鳥は鳥に 〜Royal milk tea〜 / page4


 しゃがんで見上げると、相変わらず、くるくると花びらのような雪が、降りてくる。  消え入りそうに小さな粒子は、次から次へと、目の前に広がる乳白色の『海』に吸い 込まれゆく。そうして波紋ひとつ立てることなく、霧という乳白色の流れの中に還ってゆく。  雪は、鳥のように空からたったひとりで旅を続けて、そして消えてゆく。  ふと浮かんだ、そんな物思いに思わずきゅっと毛布を肩に引き寄せると、ほんのりと した暖かみが身体を包んだ。  毛布の暖かさと、熱いお茶。真冬の研究所の戸外での観測では、このふたりが何より も心強くてほっとさせてくれるパートナー、だと思う。    そこで、ずっと自分の手の中で柔らかい湯気を立てている、もうひとりのパートナー のことを思い出した。 「はい、ロイヤルミルクティ淹れてきたんです。身体、温まりますよ。」  だけど、助教授さんは私の差し出したマグカップに、軽く首を横に振った。 「僕は結構ですから、まどかさん飲んでください。僕は慣れてるけど、まどかさんこそ 身体温めないと風邪引いちゃいますよ。」 「……私が淹れるお茶って、もしかして美味しくなかったりします?」  ぽつりと、冷たい夜気にちいさく白く浮かんだ、私のつぶやき。 「え? そんなことはないと思うけど……、どうしてです?」 「だって助教授さん、私の淹れたお茶っていっつも飲まないじゃないですか。」  言葉は真白い息になって、一番永い夜の空気に溶けてゆく。  その行方を見上げると、冷たい雪の粒子がふわふわと、私の額や頬に触れる。 「……僕は、あまり紅茶は好きじゃないんです。」  あからさまに困ったような表情で軽く頭をかいて、助教授さんは答えた。 「でも、よくこっそりと一人で紅茶淹れてるって、ウミノ君言ってましたよ。」 「……ほら、それより、もうすぐ飛び立ちそうですよ。」  私の追及に、わたわたして双眼鏡を目に当ててごまかす助教授さん。でも私はその言 葉には応えてあげないで、きゅっと膝を抱えて頬をつける。  ちらりと横目で見ると、黙り込んだ私に困り果てたような表情の助教授さん。困らせ といて少し申し訳ないけど、そんな表情の助教授さんの横顔を見るのは、少し楽しい。  そんな楽しさとともに、ふと、とりとめもない想いが、私の胸を捉えた。  結局は自分は子供でしかなくて、何もこの研究所の役に立っていないんだという、根 拠のない、漠然とした淋しい想い。

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