「……猫舌なんです。」
「え?」
そんな想いにとらわれていた私の耳にぽつりと届いた、何処か恥ずかしそうな呟き。
その呟きにあっけにとられて、私は思わず膝から顔を上げた。
「極度の猫舌だから、人が淹れてくれたお茶は、飲みたくても熱すぎて飲めない。」
嘘、と言おうとして、銀縁の眼鏡の奥の、恥ずかしげな心底困ったような瞳と出会っ
てしまって。
何とも可笑しくて、思わずくすくすと胸のうちから笑いがこぼれてしまった。
一度こぼれてしまうと、後から後から降りてくる雪の粒のように、止まらない。
「……だから、言いたくなかったのに。」
隣で膝を抱えてくすくすと笑い続ける私に憮然として、ぽつりと呟く助教授さん。
その憮然とした声色に、ますますくすくす笑いがこぼれてくる。
「ごめんなさい、でも、言っておいてくれれば、ちゃんとぬるめに淹れましたのに。」
まだこぼれてくる笑いを抑えて、涙を手で拭きながら私は返した。そう返しながらも、
きっとこの人は見栄と恥ずかしさでずっと言えないでいたんだろうな、と思いながら。
そうして、人知れずこっそりと自分でお茶を淹れて。そんな助教授さんの姿を想像し
てしまうと、またくすくす笑いに拍車がかかってしまう。
そんな風にしてしばらくこぼれていた笑いが、やっと治まろうとした、その時。
緩やかな波のように漂う霧と、無数に舞い降りる雪に煙る『海』の片隅で、ふわりと
真白い翼が開いたのが、微かに私の視界に映った。
まるで、人知れず夜明けの霧の野原に咲く、ちいさな花のように。
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