「あっ……!」
私がはじめて翼に気付いて、小さく声をあげたその刹那、翼は大地を蹴り夜天へと駆
け上がった。
『海』の霧の低く漂う白、舞い散る花弁のように降りてくる雪の白。最も永い夜の闇
に圧されて大地へと白が低く降りる無彩色の世界の中で。
たったひとつ、何よりも真白い、小さな鳥の翼が夜気を裂いて空へと駆けてゆく。
その軌跡に、淡い輝きを一瞬だけ残して。
はじめは、そんな輝くように白い鳥の姿に、私には見えた。
だけどその鳥の翼は、不意に私の視界の中で、ひとりの娘の姿に変化した。
冷たく澄んだ冬の夜気に銀色の長い髪を洗われながら、か細い背に生えた真白い翼が、
緩やかに力強く羽ばたいて、空を駆る。
その身に纏う薄い衣も、衣に護られない肌も、まるで降りたばかりの新雪のように白
い。ただ、自らの行方に広がる遥かな夜天をのぞむ瞳だけが、深い夜の色を浮かべてい
る。
鳥の娘が地上を振り向いた一瞬、私と目があったような気が、した。
そのほんの刹那、世界に自分と鳥の娘しかいないような夢想が、私を捕らえた。
鳥は、たったひとりで、大地を離れて見知らぬ空へと旅を始める。私と合ったその夜
の色の瞳には、穏やかで、迷いのない強さをたたえている。
ただひとりで飛び立つ強さを持てない私は、ぽつりと地上に残されてしまう。
残されても、たったひとりであることには、やっぱり変わりがなくて。
胸の奥に静かに溢れるように、鳥への遠い憧憬と、『海』のように広がる淋しさが、
満ちてゆく。
こうして、人と鳥は別れたのだろうかと、抑えられない淋しさに包まれながら、思う。
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