「見えたの、ですか?」
鳥の行方に心を奪われていた私の様子に気付いて、そっと助教授さんが声をかけた。
この研究所の中で助教授さんだけには、こっそりと打ち明けたことがある。
私が、時々鳥の中に、人の姿が見えてしまうということを。
「……真白い衣に翼を纏った、すごく綺麗な子。深くて強い、黒の瞳をしてた。」
私が助教授さんの声にやっと応えた時には、もう鳥は『海』を離れて、夜空の遠くへ
と消えた後だった。
一言だけ呟いて、後は何も言うことができずに私はそっと助教授さんに寄り添った。
肩に、服を通じて微かに感じる助教授さんの体温に、少しだけ慰められる。
だけど同時に、この温かさは私のではなく助教授さんのもので。
やっぱり自分がひとりであることに変わりはないのだ、という漠然とした想いから、
ほのかな淋しさが生まれて私の背を撫でてゆく。
「一番永い冬至の夜には、世界の何処かで新しい春が、生まれるそうです。」
先程のくすくす笑いもすっかり消えて、俯いて黙ってしまった私に、ぽつりと助教授
さんが話を切り出した。
「春の子供が育つ度に、少しずつ夜は短くなってゆく。そうしていつしか成長して、春
は世界に満ちあふれて、花を咲かせ、新しい緑を育てる。」
私は、顔をあげて少しだけ助教授さんの横顔を見る。
「あの鳥は、やがてくる春を迎えにゆくために、冬至の夜に飛び立って旅を始める本能
を持っている。そう、知り合いの『旅人』から聞きました。」
助教授さんは、飛び立った鳥の行方を見上げて、楽しそうに、眩しそうに目を細めて
いた。まるで、冬の満天の星空をはじめて見た、少年みたいに。
本当に、この人は鳥のことが好きなんだ、と思う。
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