nector


 そうつぶやいて、そっと目を閉じたその瞬間。  さらさらさら、と絹のような音をたてて。    配達夫の背中から、まばゆい輝きがあふれだしました。  今は見えない月のように、真白く大きい輝き。  それは、一対の翼でした。  どこまでも遠く、すべての生き物たちに届けるための、強く、優しい翼でした。  右手の貝がらは、大切なかばんの中に。  左手の貝がらは、軽く握って手の中に。  そして配達夫の青年は、大地を蹴って灰と群青の夜空に飛び立ってゆきました。  一瞬だけ、隠れた月の方を見上げて。  はばたく翼のはるか下には、変わらなく見える海が、どこまでも広がっていました。     *  「あ、師匠、雪が降ってきましたよ。」  ふわり、ふわり。  海からの風にのって、ひとつ、またひとつと、雪が舞い降りてきました。  冬至を祝い、明かりの灯る街に、実りを終えて眠る村に。  静かにさざめく、海の上に。  そして、森に住む音楽の師弟の、小さな家にも。  「雪って、たくさんの言葉なんだって、師匠言ってましたよね。」  窓辺で降り積もる白い結晶を見ながら、弟子の小人の娘が言いました。  「そうよ。」  師匠と呼ばれた森の娘が答えました。  「そうして、降り積もって、大地に想いを還してゆくの。」  「じゃあ、今夜降ってる雪って、特別な言葉達なのかなぁ。」  「……どうして?」  「ほら、不思議でしょう。ちょっと変だけど。」  窓の外の夜空を指差して、小人の娘は楽しそうに言いました。  その小さな指の先、一面、灰色の雲の中に、ひとつだけ。  ぽっかりと真ん丸の穴が開いているのでした。  その澄んだ蒼の小さな穴の中心には、こうこうと輝く、真ん丸のお月さま。  その光を受けて、舞い散る雪は、ちらちらと、銀色の輝きを放っていました。  「ほんと、不思議ね……。」  「でしょ?」  「そうじゃなくて、耳を澄ましてみて……。」  森の娘は、少し声をひそめて、小人の娘に教えました。  「海の波の音が聴こえる気がするの……。」  たくさんの言葉達、たくさんの想い達。  はなればなれになっても、逢えるよう、祈りを込めて。  変わらない雪になって、変わらない波になって、優しく音を奏でているのでした。  いちばん永い、冬至の日の夜に。                                      <Fin>                       Image of 『ネクター』/song by Mimori Yusa

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