螺旋の樹の物語 Rail 2 Station 2

時の駅


                                              
『まもなく、森行きの最終電車が参ります。どなたさまもお乗り遅れのない様ご注意くださ
い。まもなく……』

 木製の待合室の壁に架けられた、プラスチック製の古びたスピーカー。それがあたかもぜ
んまいを巻いたかの様に急に息を吹き返して話し始めたのはその時だった。

 ノイズの混じった、スピーカー自身と同じくらい古びて聞えるその声は、これも何処か不
思議な一つの歌の様に夜空に響き渡る。


「電車が来るわ。ホームに戻らなくちゃ。」
 彼女は小人の娘の手を取って、ホームへと軽い足取りで登る。

 やがて、娘がずっと歩いてきた丘の方から、ふたつのレールを辿ってのそりと電車が姿を
現した。


 それは確かに「のそりと」という表現がふさわしい、まるで電車とは言えないような代物
だった。一両だけの、風を切って滑ることなどできそうもない丸っこい木製の車体。重そう
にその車体をがとごとと揺らして廻る大きな金属の輪、それが二本のレールの上をごろごろ
と走って駅へと乗り込んでくる。

 石造りのホームへと止まったその電車は、あたかもその駅とふたつで一組の骨董品のよう
に見えた。


 小さな鐘の音を二回鳴らして、その電車は扉を開けた。空気が緩むような音とともに。

「一緒に行く?」
 電車のステップを上りかけて、振り向いて彼女は娘に尋ねた。


「うん。」
 師匠の後を追い始めた時と同じ、確かな直感。



 レールは左に緩やかなカーブを描いて、星座と虫達の音楽が響く広い草原を走ってゆく。
その軌跡は月明かりに照らされて、今は褐色というよりむしろ瑠璃色に輝いて電車の行方に
伸びている。


 窓から行く手を眺めていた小人の娘が、不意に嬉しそうな声をあげた。

「よかった。あそこまで行けば、ふたりのれえる、会えるんだね。」

「え……?」
 その言葉に驚いて、娘の視線の先を追う彼女。月と夜風に揺らされて、舞う蝶の様に明滅
する草原の彼方、それが天空と交わる場所。


 確かに、レールは合わさってひとつになって見えた。


「そうだね。」

 思わず微笑んで応える彼女。そんな微笑みの先で、安心から疲れが急に押し寄せてきたのか、
あるいは心地よく揺れる電車の振動につられたのか、小人の娘はうつらうつらと眠りに落ちか
けていた。


 そんな娘を眠らせるかのように、彼女は優しく言葉を紡ぎだした。
 そっと静かに、車内に響く高い歌声。


 眠りの淵に立ちながら、ぼんやりと小人の娘は、初めて彼女の歌声を耳にした時に感じた、
森の娘との根本的な声の違いをおぼろげながら理解していた。


 彼女の歌声は、師匠の歌声より快活で、そしてたぶん師匠よりもさびしい。


 そっと、その小さな手で彼女の手を握って、ぼんやりと訊ねた。
「お姉ちゃんは、さびしくないの?」

 寝言半分に浮かんだ、娘の最後の問い。だが、その返事を聞く間もなしに、瞬く間に深く心
地よい眠りへと引き込まれていった。

 後には、ふたつの時間を超えて伝わる、互いの手のぬくもりだけが残っていた。


 あるいは、小人の娘も、その眠りの狭間で僕の夢を見ていたのかもしれない。


 電車が通り過ぎたあとには、彼女の歌声の余韻がひととき残り、そして再びもとの虫達のひ
そやかな会話へと戻っていった。


  今その目の中 見えるよ輝く無数の星が
  遥かな宇宙から 届くよ小さな秘密の言葉

  最終電車も眠った駅には二人だけ
  同じ時代の中生まれてきたよ
  いつか出遭うために 君のそばに

  無人のホームには 時計のギリシャ文字
  夜空のジオラマに 描くよ未来都市
  今この手の中 包んだ体温探していたよ
  悠かにたゆたう 時空の海へと体を投げて

  同じ地球の上墜ちて来たんだ
  まるで宇宙のしずく 君も僕も

  二人のてのひらで 秘密が解けてゆく
  一億光年の 想いが蘇る
  夜空のジオラマに 浮かぶよ月の駅
  レールのその果てに 銀河の灯がともる



挿入詞:『Around The Secret』/zabadak より
作詞:覚和歌子 作曲:上野洋子
挿入詞:『時の駅』/遊佐未森 より
作詞:工藤順子 作曲:外間隆史


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