あるいは春の生気が足りないのだろうかと、少年は通り抜ける風を眺める。
春の空気は、桜にとってランプの燃料のようなものだ。
桜はその身体に春の空気を蓄積して、それを燃やすことで花を咲かせる。
生気が強ければ、桜はよりいっそう多くの花を燈し、その調べも大きくなる。
そうして、初夏が近づき春の気が薄れると、花を散らしその年の務めを終える。
だから、冬の名残を残した年や、暖かすぎる年は、春の気が弱い分うたも小さくなる。
春の生気が足りない桜がうたえるよう力づけるのも、桜護の役目のひとつだった。
力づける方法は理屈としては簡単で、要は桜がうたいたくなるよう仕向ければ良い。
具体的には、桜護が桜達のうたの伴奏となる調べを奏でて、桜を誘う。
ただ音楽と言っても、何でも良い訳ではなく。それなりの能力が要求される。
とりわけ桜達は音に対しても繊細だから、その時々の桜の気分に感応して、即興のよ
うに調べを紡いで奏でてやらねば、桜はうたわない。
その点でも、少年は姉の能力を受け継いだ、桜達にとって申し分のない弾き手だった。
だから、寒さの散らない年の春や、樹が負の影響を受けた春には、少年はよく調べを
奏でていた。
ごく稀に、春以外の季節にも。
でも、この庭園を流れてゆくほのかな暖かい空気は、申し分のない春を保っていた。
首を傾げながら、少年は別の幹に触れてみる。
やはり返ってくるのは、くす、くすと、何処か悪戯っぽい笑いだけ。
「もしかして、おまえらさぼってるんじゃないだろうな。」
そんな桜護の少年の言葉に、空を薄く覆う桜色の梢が一斉にざわめいた。
半ば心外だと怒るようにみせかけて、よりいっそう悪戯っぽい笑いを強めて。
「……と言うか、なんか馬鹿にされているような気が、する。」
まあ、何か隠しているにしても、桜達の機嫌が良いなら問題はない。
そう思って、桜護の少年はかるくため息をつきつつ、桜達をほっておくことにした。
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