春を持ち去った娘が少年に逢いに来たのは、もう秋も終わりに近い頃だった。
晩秋の乾いた夕暮の灯りが、枝を抜けて低く差し込み、径に長い影を落とす。
その樹々の影を踏みながら、少年は舗道に落ちた枯葉を樹の根元へと掃いていた。
人気が無く風も淡いこの夕刻の庭園は、ほのかにわびしい静けさに満ちている。
音楽のように規則的な旋律で、ただ少年の竹箒の音だけが乾いた空気に響く。
不意に、桜達が風もなしにざわめいて、その旋律を乱した。
おや、と桜の変化に気付いて、少年がふと顔をあげたその先に。
小径に、ひとりでぽつりと影を落として、あの娘が立っていた。
少年の記憶の片隅にまだ微かに残っていた、あの桜色のカーディガンを羽織って。
「あの……、ごめんなさいっ。」
暫く木陰に佇んでいた娘は、思い切ったように少年の元へ駆けてきた。
落ち葉の紅に染まった径を、小走りで、ふわりと束ねた後ろ髪を揺らしながら。
何処か思い詰めた様子の娘に少し驚いて、桜護の少年は竹箒の手をとめた。
「今年の春、ここの桜達のうたが、妙に小さいとは思いませんでした?」
突然投げかけられたそんな言葉に、少年は訝しげに娘の黒い瞳をじっと見つめ返す。
感性の鋭い者ならば、桜のうたが空耳のように届いて、聴こえることはある。
でも、普通の人間ならば、その音の細やかな変化に気付くことなど、有り得ない。
そんな少年の疑念に応えるように、娘はそっと瞳を閉じて、告白した。
「私が、この径の桜達から、春の気を頂戴していたんです。」
「……あんた、桜護なのか?」
微かに驚きの表情を現しつつ、桜護の少年は、はじめて娘に言葉をかけた。
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