「本当は、私がここから消える瞬間も、一緒だった墨染桜の下で迎えたかった。」
ひとときこの径に降りた沈黙を、すぅ、と軽く息を吸ってほどいてから、娘は続けた。
「私は、ずっとあの桜の根に埋まって眠りにつくのだと思ってた。まさか私より樹の方
が先なんて、ね。」
「桜の根に埋まっているのは亡骸なんかじゃない。人の想いの破片だ。」
微かに高まった娘の感情の波と言葉に警戒して、少年は少し考えてから返した。
桜の務めは、込められた人の想いを、花びらの音符に染めてうたうこと。
桜の花が儚く散るのは、そんな務めを秘めた花だからでも、ある。
淡い紅を帯びた花を、胸から溢れた想いのように華やかに咲かせ、散らせる。
そうして、人が秘めた、届かぬまま降り積もった様々な想いを、空気に拡散させる。
それは、春という新たな季節の始まりに咲き、儚く散る花なればの務めなのだ。
桜の花が紅いのは、その根に人が埋まっているから、という言伝えは間違いではない。
ただ、埋まっているのは亡骸ではなく、人の想いの破片なのだと少年は思う。
そんな意を込めた少年の言葉に、そんなことわかってる、と頷く桜護の娘。
その仕草とはうらはらに、高まった胸のうちから零れ出す言葉は、止まらない。
「だから、墨染桜も花の下で眠らせてやりたいの。私が、抱えた想いの破片と一緒に。」
そう言葉を放って、何かが断ち切れたように、きゅっと由布子は少年に背を向けた。
僅かな沈黙の後に、まるで水面に波紋が落ちる様に、またしても桜の気配が広がる。
先程の輪唱とは違う、何処かかしましい娘達にも似た、不平と非難のさざめき。
その矢面に立たされて、おいおい、と桜護の少年はざわめく枝に覆われた天を仰いだ。
「ちょっと訊くが、その上着の染色は、その墨染桜からもらったのか?」
困ったように軽く頭をかいて、桜護の少年は訊ねた。
脈絡のない突然の質問に、一瞬戸惑ったように瞳を開いて、桜護の娘が振り返る。
不思議そうに小さく頷いたその頬は、微かに濡れていた。
「仕様が無い。その桜に会うだけは会ってみる。」
肩を落としてため息をひとつついたあと、桜護の少年は諦めたように応えた。
「……女の桜護を泣かせたなんて、姉上に知られたらとんでもないことになるからな。」
少なくとも、桜も由布子のことを大切に想っている、それは桜色のカーディガンが確
かに示していたから。
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