かたこと、かたこと、レールの繋ぎ目を越える度に、軋んだ旧い旋律が小さく響く。
少年を連れて、娘は街外れから丘陵へと、二度ほど列車を乗り換えた。
そうして今、ふたりは単線を走る二両編成のディーゼルカーに揺られている。
月明かりにさらされた野原や樹々だけが、架線のない車窓を影絵のように通り過ぎる。
淡い光がちいさな窓から差し込む車内には、少年と娘のふたりだけ。
古びた繊維の緑色のロングシートには、ふたりの影と、ふたりに寄りそう持ち物の影。
娘に寄りそうのは、桜の径に来る時にいつも抱えていた、ヴァイオリンのケース。
一方、少年のそれは、深緑色の風呂敷に包まれた、平べったい物体だった。
庭園を発つ時、その包みを持ち出してきた少年に、ヴァイオリンは、と由布子はきょ
とんとして訊ねた。
そんな由布子の問いに、少年は何故だか恨めしそうな表情で軽く睨んだ。
そのまま少年は何も答えなかったから、それっきり風呂敷の中身はわからずじまいだ
った。
それっきり、夕暮から宵闇へと向かう時間の中を、黙ったままでふたりでここまで列
車を乗り継いできた。
暖かい家へと帰る人々が行き交う中を、夕風のようにふたりで通り抜けながら。
はじめは、無茶な頼み事に怒っているのだろうかと、由布子は気まずく感じていた。
だけど、夕暮の空気が列車の振動とともに夜に溶けてゆくにつれて、その沈黙も少し
ずつ、自然で心地良いように、思えてきた。
「随分遠い場所から、僕のことを見つけ出して来たんだな。」
見知らぬ車窓の風景へと目をやりながら、ぽつりと、少年がその沈黙を破った。
「桜の樹って、大地に降りた根を通じて、繋がってるから。」
「……てことは、うちの桜が、僕のこと他の樹にぺらぺら喋ってるのか。全く……。」
少しふくれた顔で呟く少年の反応に、娘は微かにくすっと笑う。
そうして、少し緊張を解いて緑色のシートに座り直してから、ぽつりと続けた。
「私が聴いた音楽も、何処かの桜が伝えてきたのを、私の桜が受け止めて届けてきたの。」
|