桜 / page8


 かたこと、かたこと、レールの繋ぎ目を越える度に、軋んだ旧い旋律が小さく響く。  少年を連れて、娘は街外れから丘陵へと、二度ほど列車を乗り換えた。  そうして今、ふたりは単線を走る二両編成のディーゼルカーに揺られている。  月明かりにさらされた野原や樹々だけが、架線のない車窓を影絵のように通り過ぎる。  淡い光がちいさな窓から差し込む車内には、少年と娘のふたりだけ。  古びた繊維の緑色のロングシートには、ふたりの影と、ふたりに寄りそう持ち物の影。  娘に寄りそうのは、桜の径に来る時にいつも抱えていた、ヴァイオリンのケース。  一方、少年のそれは、深緑色の風呂敷に包まれた、平べったい物体だった。  庭園を発つ時、その包みを持ち出してきた少年に、ヴァイオリンは、と由布子はきょ とんとして訊ねた。  そんな由布子の問いに、少年は何故だか恨めしそうな表情で軽く睨んだ。  そのまま少年は何も答えなかったから、それっきり風呂敷の中身はわからずじまいだ った。  それっきり、夕暮から宵闇へと向かう時間の中を、黙ったままでふたりでここまで列 車を乗り継いできた。  暖かい家へと帰る人々が行き交う中を、夕風のようにふたりで通り抜けながら。  はじめは、無茶な頼み事に怒っているのだろうかと、由布子は気まずく感じていた。  だけど、夕暮の空気が列車の振動とともに夜に溶けてゆくにつれて、その沈黙も少し ずつ、自然で心地良いように、思えてきた。 「随分遠い場所から、僕のことを見つけ出して来たんだな。」  見知らぬ車窓の風景へと目をやりながら、ぽつりと、少年がその沈黙を破った。 「桜の樹って、大地に降りた根を通じて、繋がってるから。」 「……てことは、うちの桜が、僕のこと他の樹にぺらぺら喋ってるのか。全く……。」  少しふくれた顔で呟く少年の反応に、娘は微かにくすっと笑う。  そうして、少し緊張を解いて緑色のシートに座り直してから、ぽつりと続けた。 「私が聴いた音楽も、何処かの桜が伝えてきたのを、私の桜が受け止めて届けてきたの。」

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