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南の車庫駅で運転を交代して、しばらく休憩を取る。
そうして、今度は反時計回りの電車と待ち合わせて、再び運転席に座る。
少年は、気がつくと何時の間にか運転台の隣に座っている。
時計回りと、反時計回りとでは、同じ路線でも運転席の窓に映る風景が随分違う。
私は、個人的には反時計回りの方が、好きだ。
特に、青い電車と合流するポイントが気に入っている。
減速させながら、まるで鳥が地上に舞い降りるように、高架橋から急なカーブを描い
て坂道を駆け下りる。
もっとも、十一の車両を繋いだこの電車は鳥のように身軽ではないから、線路が多少
きつい曲線を描くだけで、キン、キンと、抗議するような高く軋んだ音をたてる。
「ずっと前さぁ、」
何故か、久しぶりに子供の頃のことを思い出しながら、私は少年に話しかける。
「キミは、この街の人達の時間を、かなしみを、洗い流してるって、言ったよね。」
坂道を降りると、まるで街角で偶然出逢ったかのように、遠い港町からやってくる青
色の電車の線路が、何時の間にか隣に並んでいる。
私は、このふたつの線路が出逢う、この区間が好きだ。
たとえ離れて、別れてしまった人でも、何時かまた逢えると信じていれば、こうやっ
て必ずまた逢える。
円い線路を廻ってこの区間を通る度に、そんなことを、感じさせてくれるから。
「ん? 言ったっけ? あんまり憶えてない。」
口笛でも吹き出しそうな飄々とした横顔を向けて、ぶらぶらと薄緑色の裾を揺らせて。
そんな少年をちらりと見て、たぶん嘘だな、と思う。
「じゃあ、キミや、キミを運転している私の時間は、誰が洗ってくれるんだろうね。」
駅のプラットホームに電車を滑りこませながら、私はぽつりと言った。
反時計回りの緑、時計回りの緑、北へ向かう青、南へ向かう青。
出逢ったばかりの駅では、ふたつの電車はぎこちなく別々のホームに停車する。
「ゆうちゃんはのーてんきだから、洗うべき時間なんて、ないでしょ。」
少年のあんまりな言葉に、むっとして少々乱暴にブレーキをかけてやる。
「ふーんだ。」
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