東京の空の下 / page11

   *** 「なるほどねぇ。そう言えばあの時、確かに遅いなぁとは思ったんだ。」  何時の間に取り出したのやら、薄い青色の皿に並べた手製の焼き菓子をひとつつまん で、ふむふむと頷く叔父さん。 「何を言ってるんですか。ずっと改札口で本を読みふけっていたくせに。」  負けじと小麦色の円い焼き菓子を一口かじってから、僕はしたり顔の叔父さんに反論 する。  あの後、心配しているかな、怒られるかな、とふたりでびくびくしながら駅の改札口 へと下りてゆくと、叔父さんは柱に凭れてハードカバーの本を読みふけっていたのだ。  しかも、目の前で恐る恐る声をかけるまで、僕達の存在にも、到着予定の時間から一 時間も過ぎていることにも、全く気づかなかった。 「でも、妙にあっさりと、信じるんですね。」 「十年も前の話をするのに、今更作り話をするようなくうちゃんでも、ないだろ。」  もう一杯淹れよう、とおじさんはゆっくり立ち上がった。  ケトルに勢いよく水を入れる音と一緒に、台所から、穏やかな声が届く。 「それに、この話が本当なら、ゆうちゃんがただ一人でよく電車に乗りに行っていたの も、わかる気が、する。」  青白いガスコンロのほのおが、空気をいっぱいに抱えた水を温める。  少しずつ、細やかな泡がはじける小気味良い音が、ケトルからここまで届いてくる。  同じ日にこの世界に来たのに、自分は姉だという自覚があるから、ゆうちゃんはいつ も僕には気弱なところは見せようとしない。  あの頃の僕は、不安定で、そんなゆうちゃんに甘えていて、気づかなかったけれど。  たぶん、ゆうちゃんは、かなしみを洗い流して欲しくて、電車に乗ってたのだ。




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