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「なるほどねぇ。そう言えばあの時、確かに遅いなぁとは思ったんだ。」
何時の間に取り出したのやら、薄い青色の皿に並べた手製の焼き菓子をひとつつまん
で、ふむふむと頷く叔父さん。
「何を言ってるんですか。ずっと改札口で本を読みふけっていたくせに。」
負けじと小麦色の円い焼き菓子を一口かじってから、僕はしたり顔の叔父さんに反論
する。
あの後、心配しているかな、怒られるかな、とふたりでびくびくしながら駅の改札口
へと下りてゆくと、叔父さんは柱に凭れてハードカバーの本を読みふけっていたのだ。
しかも、目の前で恐る恐る声をかけるまで、僕達の存在にも、到着予定の時間から一
時間も過ぎていることにも、全く気づかなかった。
「でも、妙にあっさりと、信じるんですね。」
「十年も前の話をするのに、今更作り話をするようなくうちゃんでも、ないだろ。」
もう一杯淹れよう、とおじさんはゆっくり立ち上がった。
ケトルに勢いよく水を入れる音と一緒に、台所から、穏やかな声が届く。
「それに、この話が本当なら、ゆうちゃんがただ一人でよく電車に乗りに行っていたの
も、わかる気が、する。」
青白いガスコンロのほのおが、空気をいっぱいに抱えた水を温める。
少しずつ、細やかな泡がはじける小気味良い音が、ケトルからここまで届いてくる。
同じ日にこの世界に来たのに、自分は姉だという自覚があるから、ゆうちゃんはいつ
も僕には気弱なところは見せようとしない。
あの頃の僕は、不安定で、そんなゆうちゃんに甘えていて、気づかなかったけれど。
たぶん、ゆうちゃんは、かなしみを洗い流して欲しくて、電車に乗ってたのだ。
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