こんな会話を交わしながら、僕達は三人で緑色の電車を反時計回りに一周した。
本当は六十二分だけど、洗われて擦り減った六十分の時間をかけて。
車窓に映る空は、いろいろな形の建造物に切り取られていた。
二等辺三角形の定規みたいな赤い塔、少しでも空の近くへと、橋のように線路を掲げ
て走る電車。そして、色とりどりに明滅する広告塔の明かり。僕達が今まで生きてきて、
見たこともなかった、人の創ったもの達。
ゆうちゃんは、そんな風景を見て楽しそうに笑っていた。
とりわけ、一度別れていった青色の電車の線路が戻ってきて、緑色の電車に寄り添っ
た時には、嬉しそうに声をあげた。
だけど、僕はそんな気分にはなれないまま、じっと車窓の見知らぬ街を見つめる。
まるでどこまでも続く深い穴に墜ちてゆくような、無限の回廊のような思考の名残が、
未だに僕の胸の奥に影を落としていた。
それに、ゆうちゃんと僕の想いは違うのだと、判ってしまったことが、辛かった。
たとえ言葉を交わさなくても、お互い同じことを想っていると、ずっと信じていた。
少なくとも、まだおかあさんが一緒にいてくれて、穏やかに暮らしていた頃は。
ずっと昔に失われた、顔も知らない写真家のおとうさんの、時間。
僕達と一緒に流れていたのに、不意に止まって消えてしまった、おかあさんの、時間。
いつか何処かで消えてしまう、僕やゆうちゃんの、時間。
「少なくなった時間は、何処にいっちゃうの?」
僕は、ぽろりと言葉をこぼすようにして、少年に尋ねる。
「洗った後、時間の粒子を干すんだ。そうすると、時間はさらさらになって空に還って
ゆく。」
見覚えのある、ふたつの電車が別れてゆく坂道。
その風景の方を見ながら、緑色の電車は応えた。
「人がたくさんいると、増えるのはかなしみだけじゃ、ないよ。この街の空を見てれば、
いつかわかるよ。」
かん、かん、かん、かん。
赤い灯りを交互に燈して、この円い線路でたったひとつの踏切が音楽を奏でる。
「ねえ、私達のかなしみも、洗い流して、くれる?」
プラットホームに降りる時、ゆうちゃんが真剣な顔で、こう尋ねたのを憶えている。
少年は、その問いには答えないままで、電車の扉が閉じるまで、優しく笑っていた。
|