灰色のブロック塀に区切られた幾つかの路地を、迷いもなしに曲がってゆくと、かた
こと、かたこと、と電車の調べが遠く聞こえてきた。
やがて、線路と寄りそって続く細い道へと出た。慣れた足取りで夕暮の街角を歩いて
ゆくゆうちゃんと、ついてゆく僕。ふたりのちいさな影法師が、アスファルトに黒いか
たちを映す。
「ほら、これ、いいでしょ。」
そっと手を離して、ゆうちゃんは左のポケットから小さな茶封筒を取り出して、僕に
手渡した。
何だろうと、封筒の折れた口をあけて、そっと手のひらの上に降ってみると、ちいさ
な紙片が何枚かこぼれでた。
淡いセピア色の、長方形の紙片。かすれた黒い文字で書かれた、駅の名前。
それは、電車の切符だった。おじさんの『夕暮堂』の最寄駅の、初乗りの切符。
「緑色の電車でくるりと一周してね、ひとつ手前の駅で降りるの。そうすると、一番安
い切符で降りられるんだよ。」
少しだけ得意そうに笑う、ゆうちゃん。
僕の手のひらにこぼれた切符達。その隅に刻まれた日付は、少しずつ違っている。
この切符の数だけ、きっと、ゆうちゃんの時間は洗われて、少なくなって。
やがて、細い道の先に、踏切が見えてきた。
はじめてこの街に来た時の、降りる時の合言葉だった、踏切。
「隣の駅から、ここまで帰ってくるまでの間に、緑色の電車と青色の電車が別れてゆく
場所が、あるの。そこから、さらさらとした夕空が、見えるのよ。」
「……あの子に、教えてもらったんだ。」
うん、と少し微笑んで、ゆっくりうなずく、ゆうちゃん。
黄色と黒で仕切られた、線路と人の歩く道の境界点。
時計回り、反時計回りの線路の他に、何処かへと続く二本の古びた貨物線と、全部で
四本の線路を、またいで。
緑色の電車の円い線路の中で、たったひとつしかない踏切は、一回りした後に車窓か
ら見えた時よりも、ずっと大きく思えた。
「もう、帰ろう。」
この巨大な街での暮らしが始まった踏切の前で、僕は下した選択を、言葉にする。
あのレコードの曲と、同じ言葉で。
「僕は、さみしくても、おかあさんと暮らしてた時のことを、景色を、忘れたくない。」
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