東京の空の下 / page16

   *** 「……そっか。」  叔父さんはマグカップにそっと口をつけてから、『夕暮堂』のテーブルに還ってきた 初乗りの切符達を手に取る。 「もしかしたら、これは電車の少年が、くうちゃんに送ったのかもしれないね。」 「緑色の、電車が? ゆうちゃんじゃ、なくて?」  叔父さんの思いがけない言葉に、僕は幼い日々の回想から、大人になった僕の時間へ と引き戻された。 「多分、ゆうちゃんは、こういうやり方でくうちゃんに手紙を送ったりしないと、思う 。それに、切手もなしに鉄道郵便の印だけ押してあるし、今のくうちゃんの話からする と、その方が自然だよ……あくまで、僕の推論だけど。」  古びた封筒を手に取ってじっと眺めながら、叔父さんはまるで推理小説の探偵みたい な風情で言う。何だか、今にもパイプでも取り出しそうで、ちょっと可笑しい。 「……だとすると、少年は何で今になって僕にこれを送ったのでしょうね。」 「それだけ、長い時間が流れたということ、かもね。」  丸眼鏡にグレーのセーターの探偵さんは、こんな風に僕の話を、結論付けた。 「……そろそろ、行こうかな。お茶とお菓子、ありがとうごさいました。」  しばらく叔父さんととりとめもない話をしてから、僕は椅子から立ち上がった。  紅茶の香り、のほほんとした叔父さん、リビングの空気。  『夕暮堂』の風景は、ゆうちゃんと一緒に暮らしていた頃と、ほとんど変わらない。  時の川の流れの中で、あっという間に変わってゆく風景、ゆっくりと変わってゆく風景。  そんなことを考えていて、ふと北の町に帰る前に大切な風景を見ておこうと、想った。 「晩御飯までには、帰っておいでな。」  『夕暮堂』の店先へと出て行こうとした僕の背中に届いた、叔父さんの声。  まるで、おもてに遊びに出かける子供にかける、お父さんの言葉のように。 「泊まっていくんだろ? ゆうちゃん、きっと喜ぶよ。」  胸の中が何だかくしゃっと暖かくなって、思わず微笑んでしまってから、僕は応えた。 「ありがとう、ございます。」




←Prev  →Next

ノートブックに戻る