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「……そっか。」
叔父さんはマグカップにそっと口をつけてから、『夕暮堂』のテーブルに還ってきた
初乗りの切符達を手に取る。
「もしかしたら、これは電車の少年が、くうちゃんに送ったのかもしれないね。」
「緑色の、電車が? ゆうちゃんじゃ、なくて?」
叔父さんの思いがけない言葉に、僕は幼い日々の回想から、大人になった僕の時間へ
と引き戻された。
「多分、ゆうちゃんは、こういうやり方でくうちゃんに手紙を送ったりしないと、思う
。それに、切手もなしに鉄道郵便の印だけ押してあるし、今のくうちゃんの話からする
と、その方が自然だよ……あくまで、僕の推論だけど。」
古びた封筒を手に取ってじっと眺めながら、叔父さんはまるで推理小説の探偵みたい
な風情で言う。何だか、今にもパイプでも取り出しそうで、ちょっと可笑しい。
「……だとすると、少年は何で今になって僕にこれを送ったのでしょうね。」
「それだけ、長い時間が流れたということ、かもね。」
丸眼鏡にグレーのセーターの探偵さんは、こんな風に僕の話を、結論付けた。
「……そろそろ、行こうかな。お茶とお菓子、ありがとうごさいました。」
しばらく叔父さんととりとめもない話をしてから、僕は椅子から立ち上がった。
紅茶の香り、のほほんとした叔父さん、リビングの空気。
『夕暮堂』の風景は、ゆうちゃんと一緒に暮らしていた頃と、ほとんど変わらない。
時の川の流れの中で、あっという間に変わってゆく風景、ゆっくりと変わってゆく風景。
そんなことを考えていて、ふと北の町に帰る前に大切な風景を見ておこうと、想った。
「晩御飯までには、帰っておいでな。」
『夕暮堂』の店先へと出て行こうとした僕の背中に届いた、叔父さんの声。
まるで、おもてに遊びに出かける子供にかける、お父さんの言葉のように。
「泊まっていくんだろ? ゆうちゃん、きっと喜ぶよ。」
胸の中が何だかくしゃっと暖かくなって、思わず微笑んでしまってから、僕は応えた。
「ありがとう、ございます。」
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