東京の空の下 / page18

 橋の下を、一日を暮らした人達を乗せて、かたこと、かたことと緑色の電車が廻って ゆく。その度に、時間の粒子に積もったかなしみが、かたこと、かたことと洗われて、 空へと還ってゆく。さらさらとした、菫色と橙色に流されて。  特急電車の高架に切り取られた地上側には、遠い下町のビルの灯りが燈っている。  地上に創った星座のように、幾つも燈るその灯のひとつひとつに、人がいて、かなし みを感じて、時間が流れていって。  そのたくさんのかなしみが洗い流されて橙色になった空。  あの緑色の電車の少年は、積もるのはかなしみだけじゃない、と言っていた。  かたこと、かたこと、かたこと。  またひとつ、緑色の電車が街を駆け抜けてゆく。  言葉にできないけど、確かに、ささやかな、何かがこの街に広がっているのを感じた。  それは多分、まるで鳥がひとりでも、なお風を受けてその翼を広げて飛び立ってゆく ような、想いのようなもの。 「もう、帰ろう。」  何本もの、緑色、青色、流線型の電車達を見送ってから、穏やかな気分で僕は呟いた。  東京という名前の、この街の空の下で。  晩御飯には間に合わないかな、と心の中で笑いながら踏切まで戻ってきた時には、も う日は暮れかけていた。  『夕暮堂』のある向こう側へと渡りかけたその時、紅いシグナルが、燈った。  かん、かん、かん、かん。  その高く切ない調べに乗せて、僕は懐かしいあの歌を口ずさむ。   もう帰ろう 日暮れてゆくよ   何度も呼んでみたけど 返事がない   十数えて 目を開いたら   知らない景色の中で 風が前髪を巻き上げた   遠いビルの窓が 明り灯してる   人の欲望(ゆめ)が 高く高く 空を突き上げる




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