やがて、電車はホームが何本もあるステーションに到着し、大勢の人が車内へと吸い
込まれてきた。
その変化に驚いて、はじめて僕達は見つめあった視線をほどいて、手を繋ぎ直す。
ゆうちゃんと僕の手が、一瞬ためらってから触れた、その時だった。
「こんな所で、けんかなんかしちゃだめだよ。」
高いソプラノの声が、僕達の耳に、届いた。
驚いて振り向いた、ふたりが並んで座っているロングシートの目の前に、淡い翠色の
服を着た、小さな男の子がちょこんと立っていた。
茶色の短い前髪を、細く開いたままの窓から流れこむ風に揺らせて。
男の子は、あっけに取られた僕達に、軽く首を傾げて、悪戯っぽくこう付け加える。
「そんなことしてるから、もうとっくに踏切通りすぎちゃったよ。」
ゆうちゃんが、あっと息を飲んで、慌てて僕の手を引っ張る。
「大変、くうちゃん、はやく引き返さなきゃ!」
そんなゆうちゃんを押さえるように、少年は軽く首を横に振った。
淡い翠色の、大きな袖にくるまれた両手を軽く前に出して。
「下手に反対向きの電車に乗ると、降りる駅を過ぎた後に踏切が来るから、またわから
なくなるよ。このままずっと乗って、時計の針を一回りした方が、いいよ。」
「でも、もしも踏切が何個もあったら、ぐるりと回ったら訳がわからなくなっちゃう……。」
僕は、突然現れて話しかけてきた少年を警戒して、ぽつりと呟いた。
この巨大な街自体と同じように、この地で出逢った子供も、何処か信じられないよう
な気がして。
「大丈夫だよ。このまるい線路には、踏切はたったひとつしかない。この僕が言うのだ
から、間違いないよ。」
「どうして、間違いないの?」
半信半疑の僕を、安心させるようににっこりと微笑んで。
「だって、僕は君達がたった今乗っている、緑色の電車だから。」
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