東京の空の下 / page7

 やがて、電車はホームが何本もあるステーションに到着し、大勢の人が車内へと吸い 込まれてきた。  その変化に驚いて、はじめて僕達は見つめあった視線をほどいて、手を繋ぎ直す。  ゆうちゃんと僕の手が、一瞬ためらってから触れた、その時だった。 「こんな所で、けんかなんかしちゃだめだよ。」  高いソプラノの声が、僕達の耳に、届いた。  驚いて振り向いた、ふたりが並んで座っているロングシートの目の前に、淡い翠色の 服を着た、小さな男の子がちょこんと立っていた。  茶色の短い前髪を、細く開いたままの窓から流れこむ風に揺らせて。  男の子は、あっけに取られた僕達に、軽く首を傾げて、悪戯っぽくこう付け加える。 「そんなことしてるから、もうとっくに踏切通りすぎちゃったよ。」    ゆうちゃんが、あっと息を飲んで、慌てて僕の手を引っ張る。 「大変、くうちゃん、はやく引き返さなきゃ!」  そんなゆうちゃんを押さえるように、少年は軽く首を横に振った。  淡い翠色の、大きな袖にくるまれた両手を軽く前に出して。 「下手に反対向きの電車に乗ると、降りる駅を過ぎた後に踏切が来るから、またわから なくなるよ。このままずっと乗って、時計の針を一回りした方が、いいよ。」 「でも、もしも踏切が何個もあったら、ぐるりと回ったら訳がわからなくなっちゃう……。」  僕は、突然現れて話しかけてきた少年を警戒して、ぽつりと呟いた。  この巨大な街自体と同じように、この地で出逢った子供も、何処か信じられないよう な気がして。 「大丈夫だよ。このまるい線路には、踏切はたったひとつしかない。この僕が言うのだ から、間違いないよ。」 「どうして、間違いないの?」  半信半疑の僕を、安心させるようににっこりと微笑んで。 「だって、僕は君達がたった今乗っている、緑色の電車だから。」




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