<その2>
◆「自己否定」というキー・ワードが生まれた瞬間、「自分が考えていたのはそのことだったのだ」と多くの学生達が全共闘運動にひきつけられていった。その意味でこの運動は政治革命というよりも思考革命と呼んだ方がいいものだった。
◆自らのよって立つ場所を根底から疑うという意味の「自己否定」の考え方は、「客観性」を装った上で自立するジャーナリストという職業をも否定の対象とするものだった。
◆東大闘争は理工系の学生達によって開始されたことが一つの特色だった。自分の研究がそのまま企業社会、資本の論理に組み込まれてゆくことへの危機意識が、彼等を「このままでいいのか」という自己懐疑へと駆り立てていった。
◆全共闘に関してはそういう私的交流がまだ許された。山本義隆や秋田明大の潜伏中の記事を大きく載せても問題にはならなかった。むしろジャーナリズムの快挙として称賛された。世論もそういうジャーナリズムの反権力的姿勢にまだまだ寛容だった。
しかし武力闘争をスローガンに掲げる政治セクトのメンバーと私的にまで交際することは「犯罪」に近いものになっていった。
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