
【農場写真】

【統一画面】【アウルファームHP・申し込み】【野菜の説明】
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一週間遅れの桜の季節も終わり、新緑の美しいこの頃です。
10数年ぶりに春の京都へ行ってきました。
初めて寺の宿坊に泊まり、朝のお勤めに参加」させていただきなかなか良い体験でした。
畑の作業も少しずつですが、進んでいます。近くの旅館に泊まったり、日帰りを繰り返しながら行っていますが、家の完成が待たれます。
喜多恵子
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| はなみずき通り |
祇園歌舞練場(都をどり) |
芸妓さんのお点前1 |
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| 芸妓さんのお点前2 |
建仁寺法堂の天井画(双龍図) |
多摩ニュータウンの桜風景 |
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| 多摩ニュータウンの桜風景1 |
多摩ニュータウンの桜風景2 |
多摩ニュータウンの新緑(ゆりの木) |
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| 智積院1 |
智積院襖絵 |
智積院会館(宿坊) |
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| 智積院庭園1 |
智積院庭園2 |
琵琶湖疏水の千石船 |
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| 平安神宮神苑1 |
平安神宮神苑2 |
方広寺の鐘 |
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| 豊国神社 |
睦沢町の畑(肥料まき) |
睦沢町の畑(肥料まき後の耕転) |
「小学校前の畑から」
土睦(つちむつ)小学校の校庭前の畑から作業開始です。
4月19、20日。子供たちがグランドで元気に動き回るのを見ながら、ジャガイモをまず植えつけました。
植えつけ量は昨年までの半分以下の60s。1人で植えつけできる量です。4月25日にはヤマトイモも植えつけました。ヤマトイモは種イモ自給を目指して昨年収穫しておいたむかごも植えました。
連休明けには多摩の家で作ったネギ苗を運んで植えつけます。そしてサトイモを水田あとに植えつけ、5月下旬にはサツマイモを植えつけ、カボチャ類と落花生?を直播きすれば、9月中宅配開始へのとりあえずの準備は整います。
この先は多摩の自宅でナスやピーマン類の苗を作ります。遅い時期の果菜の収穫が目標です。トマトもキュウリも予定しています。
「タケノコなど」
千葉県産タケノコからも100ベクレルを超えたものが出たというニュースがありました。睦沢町の西端の山間部のタケノコでも出たようです。一部のしいたけでも。
原発事故以来放射線量にはデリケートにならざるを得ませんが、幸い町の野菜からは不検出のようです。町でも県との協力で定期的な検査を行っています。結果は県や町のホームページで閲覧できます。
原発事故直後の放射能雲(ブルーム)は一度海上に出たものが風向きの加減で、霞ヶ浦から柏市や流山市などのある東葛地域を通過し、千葉県木更津市や市原市の一部をかすめて東京湾を南下したそうです。タケノコについてはそのときに森林に降った放射能の影響が出たと考えられます。
睦沢町の畑の土壌放射線量調査によればセシウム合計が35ベクレル/kgだそうです。これは厳しくなった国の食品安全基準の乳幼児基準の50ベクレルを下回っています。
つまりその土壌で生産する野菜は35ベクレルに野菜の種別ごとの吸収係数を乗じて得られる値となりますから、吸収率の高いジャガイモでも35×0.11となります。これは4ベクレル未満。国安全基準の100ベクレルからみれば超安全ということになります。少なくとも計算上はそうなります。またその数値は高度な検査でもなかなか測定できないレベルになります。
といってもゼロでなければ安心できない、という方もいらっしゃるはずです。が、自然放射線量というものもあります。
ちなみに昨年までの生産拠点だった山梨県北杜市白州町の白州保育園での空間放射線量は2011年8月3日、0.076μシーベルト/時、7月28日の睦沢町土睦小学校で0.07μシーベルト/時。原発事故の影響は少ないと思われる白州町のこの値はこの地域が花崗岩質の土壌であることに由来している可能性がありそうです。
とすれば、花崗岩が砕けた砂中心のアウルファームの畑はいったいどれだけの放射線量だったのか?計っていませんから数値は不明ですが、ゼロではなかったはずです。
全国には花崗岩スポットが結構ありますが、これまでは気にもかけないできました。白州以外にも岐阜県や六甲山や島根あたりなどにもそういう場所があるそうです。そういう場所での放射線量はおしなべて高い数値を示しているそうです。
さて、今年度のアウルファームの最初の収穫物はジャガイモです。出荷前検査というのをします。場合によっては、ゲルマニウム半導体検査器による検査も。ただし、こちらは5ベクレル以下不検出という精密なもので、一検体当たり20000円かかります。この費用を東電が持つというなら全種類やります。が、80品目自腹では持ち出しが多すぎます。それにしても東電、いつになったら消滅するのでしょう。送電線も売却して、ちょっとはましな企業にお任せしましょう。
千葉県長生郡の地下には天然ガスが地域供給600年分あるそうです。電気にも変えたいですね。さよなら東電いかがでしょう。
「気分転換しました」
京都の花見は本当に久しぶり。満開でした。
・智積院宿坊宿泊
信徒数が30万人にのぼるという真言宗智山派の総本山だけに、宿坊も立派でした。最新のホテルのような快適さは望むべくもありませんが、清潔感と精進料理のおいしさはさすがと感じられました。しかも格安料金です。
宿坊宿泊の目的は朝の勤行です。金堂で朝6時から、本尊大日如来の前で30人ほどの僧たちが声明を唱えます。厳粛な空気感です。お経とはいえ堂内に響き渡る宗教音楽に酔いしれること小一時間。
それが終わるとすぐに明王殿に移動して護摩焚。
不動明王そのものが炎の塊のような像ですが、目の前で護摩木が焚かれ、太鼓が叩かれ、僧たちの声明が唱えられると、みるみる不動明王が命を持つかのごとき表情になるから不思議です。よく計算された儀式であると感じられました。宗教心のかけらも持たない者にとっても地上と天上界がつながったかに思われる瞬間がありました。
勤行のあとは、講堂襖絵と由緒ある名勝庭園鑑賞。庭園は千利休の好みに合わせて利休の死後に秀吉が作らせたといういわれのあるものでした。講堂襖絵は有名な長谷川等伯のものの複製。本物は収蔵庫にありました。宿坊宿泊者はゆっくりと説明付きで鑑賞できます。大切に保管されていました。教科書で見たことがある楓図のほかに等伯の息子長谷川久蔵の桜図がありました。薄暗い光の中でも桜の花だけが浮き上がって見えるという絵です。365日昼も夜も花見がしたいという秀吉のわがままな注文にしっかり応えています。25歳の作。天才の誉れ高き久蔵は26歳で急逝。商売敵の狩野派によって殺害されたという穿った見方もされているそうです。
初めての宿坊でしたが、朝が苦手でない方にはおすすめできます。それほど窮屈でもなく、お酒も飲めます。騒げませんが・・・。門限、消灯などあり。
・岡崎公園あたり
琵琶湖疏水沿いの桜を水上から楽しめる船が出ていますが大混雑。2時間待ちはできず、平安神宮の神苑へ。紅枝垂桜が美しい大きな庭園です。明治時代の庭園で約1万坪。内外に知られた有名庭園だけに手入れも行き届いています。松の木の枝ぶりも立派でした。
お花見日和で池泉式庭園を廻る人の列が途切れず。中国人観光客の多いこと。南禅寺にも足を運びましたが、こちらも人の波。にぎわっていました。
・祇園甲部歌舞練場へ
第140回都をどり会場へ。4月は舞妓さんや芸妓さんたちの雅な舞台が鑑賞できます。
開演前には芸妓さんによるお點前を楽しむことができます。舞妓さんがひかえです。初めての見学のためもあり芸妓さんの所作と姿の美しさに見とれるばかり。お茶とお菓子の記憶は残っておりません。この日の點茶出番は點茶が豆ゆりさん、ひかえが彩乃さんでした。美しくかわいらしいお二人でした。
今年の演目は平家物語所縁名所(ゆかりのなどころ)。平清盛にゆかりのある八景を舞うという内容でした。いずれも有名な場面で馴染みもあり分かりやすく、あっという間の1時間でした。
今回が初めての京をどり鑑賞でしたが、舞妓さんや芸妓さんの舞の鍛錬もさることながら、毎年製作するという本物の衣装にも驚きました。まさに京の伝統工芸が凝縮した豪華な舞台です。囃子も地方も鳴りものといい声で舞台を盛り上げていました。
なるほど「都おどり」にハマる人がいるというのも頷けます。帰ってからも出演者の顔写真つきプログラムを何度も食い入るようにながめております。
・先斗町
俵屋宗達の風神雷神図で有名な建仁寺に立ち寄り、三条烏丸の新築ホテルへ。京都のお寺は午後4時に閉まるところが多く、夕食には日が高すぎ、ホテルでちょっと一服ということになります。
錦市場を通り繁華街へ。先斗町は30年ぐらい前までは敷居の高い感じがありましたが、時代は変わり、歩いているのは外国人ばかり。一見さんが主流です。よほどのお店でない限り一見さん大歓迎状態です。四条通からすぐのお店で京料理を味わい、京都のお酒もたっぷりいただきました。そのお店では舞妓さんにも来ていただけるそうです。今度は先斗町歌舞練場の鴨川をどりですね。
・東山
今回の京都は宿坊と都をどりが目的のため、何度も行ったことがある東山界隈で過ごしてきました。
清水寺は観光バスの列と人の波。しかも清水の舞台は大改修中。せっかく久しぶりに行ったのに残念。地元では仮装行列と呼んでいるにわか和服の観光客などをかき分けて清水坂の七味屋へ。山椒の香り豊かな七味唐辛子を土産にしました。
三十三間堂や方広寺あたりも散策しました。この辺りは平家一門や後白河法皇のお気に入りの地であった上に秀吉にとっても重要であったという歴史に何度も登場する場所です。豊臣氏滅亡となる大阪の陣の方広寺鐘銘事件の君臣豊楽、国家安康の鐘銘文も見てまいりました。
この日の歩数計は3万歩を超えていました。
「外房睦沢の家、着工」
4月16日に基礎工事が始まりました。8月16日竣工予定です。
出来上がるまでは多摩から睦沢へ通いの農業になります。きついので早めの竣工がいいのですが・・・。
中高年農業ですから、新築の家に背中を押してもらわなければ勢いがつきません。体力もお金もありったけを絞り出して道楽農業を実践してまいります。
話はそれますが、外房のおさかな、新鮮で美味しくてびっくりするほど安い!!ベリーグッドです。
| 「トラクターなど引っ越しました」 |
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2012・4・1・411号 |
「農場新住所」
新住所が千葉県長生郡睦沢町川島字長者773−59になりました。
まだ更地状態ですが、住居建築に向けて地盤調査が終わったところです。良好な地盤であるという結果がでました。地盤改良を必要としない十分な強度があるそうです。したがって普通に建築できることになり余分な出費は避けられました。数万円で今後10年間の不同沈下についての保障がえられました。
もともと双葉電子工業のグランドだったという土地で、長く安定した状況にあったという履歴の土地ですから、盛り土リスクもなく安心です。
「平屋」
房総沖地震の震源域だけに震度6強が予測されていますが、今回建てる家は木造ながら耐震強度や台風などの強風に対しての耐力も最も高いレベルだという建築設計事務所の太鼓判をいただいております。
平屋建ては基礎や屋根面積が2階建てよりも広くなり割高になりますが、夫婦2人と犬1匹の生活ですから当然の選択でした。2階に上がるのも億劫になってきましたし。
「震源域です」
ただいま話題の房総沖地震および東京湾奥直下型地震の震源域を通過して東京へ行き来することになります。危険だらけです。そのときどこにいるかが問題ですね。運に頼りましょう。
今回の地震で割れ残った房総沖ですが、どんなにひどくても500qにわたって割れるということはないとすれば、津波も今回ほどではないと勝手に楽観しております
といってもひとたび大地震が来ればインフラはズタズタになりますから、せめて手押しポンプ式の井戸でも掘っておきましょう。
「農機具等引っ越し」
3月27日に白州で積み込み、3月28日の深夜に高速を走り早朝睦沢着。以上はトラクター会社と運送屋さんの仕事です。農場主は朝4時半出発で多摩市から直接睦沢町へ。
近所迷惑を気にしながらも7時半から作業開始。午前10時すぎに終了。ご苦労様でした。トラクターなどを載せた11トン車と4トン車が静かな住宅地に突然現れるわけですから、ご近所は何事かと思われたことでしょう。ご迷惑おかけしました。今後、順次畑に移動いたします。
運送屋さんは混雑する首都高速を通り、長野県佐久へとんぼ返り。往復で500km以上の長旅お疲れ様です。寒い地域に住んでいる彼らは、千葉県の水田ではもう代掻きがはじまっていることにびっくりしていました。1か月以上の違いがあります。
「農地など」
まだ不十分ですが、とりあえず9月中宅配開始への分は確保できました。
昨年夏まで使用していた畑と昨年までコメ作りしていた水田です。この水田は水はけが良すぎて水不足になるという、水田不向きの土壌です。いずれも野菜栽培に向いた良好な農地です。
4月上旬には町が取り組んでいる牛糞もみがら堆肥を投入し、さらにこれまで通り有機JAS対応証明書が出されている有機質肥料などで土壌を整え、4月中旬以降にジャガイモ、ヤマトイモ、サトイモなどから植えつけをはじめます。多摩の自宅でもただいまネギの苗つくり中です。9月中に宅配品目が揃うようなスケジュールでまいります。
「ビジネスホテル」
新居ができるまでは茂原のビジネスホテル泊でしのぎながらの作業になります。日帰りでの農作業はさすがに無理です。
幸い居心地のいい家族経営の小さな宿が見つかりました。ビジネスホテルというより小奇麗な民宿といった感じ。サラリーマン風が結構宿泊していました。
「気分転換」
農場移転話からちょっと気分的距離を置くために息抜きが必要になりました。
4月9日〜11日は京都へ花見に行ってまいります。
9日は長谷川等伯の国宝障壁画で有名な智積院の宿坊に泊まります。宿坊初体験です。朝の勤行に参加することが条件だそうです。ホテルにも泊まって俗っぽい日常も維持したいと思います。
京都に支社を持つ友人が祇園の有名なところへ招待すると、前から誘ってくれていますが、行きたいような、行きづらいような・・・。祇園、舞妓さん・・・夢のようないい響きですが、やはり身の丈に合ったどやどやした木屋町あたりでとぐろを巻いているほうが似合っていますね。しかし、いつかはそういう場が普通になってみたいものです。
| 「移転先決まりました」 |
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2012・3・1・410号 |
| 「寒中お見舞い申し上げます」 |
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2012・2・1・409号 |
あまりの寒さに、片付けが残っている山梨に気持ちが向きません。1か月半も不在状態ですから郵便物もたまりにたまっているはずです。中には確定申告関連のものもあり、いつまでも行かないわけにもまいりません。寒さが緩んだすきをねらっていますが・・・。
「毎日が金曜日」
1月も足しげく房総通いしました。
候補地の長生郡睦沢町および館山地域の農地と住居用地を探し続けています。幸運なことに大変いい方たちとの出会いに恵まれ、話はまとまる方向へ動いています。
農場移転するには新しく住居と農地を確保し、トラクターや資材を11トン車と4トン車を連ねて運搬しなければならず、大変なエネルギーと資金が要ります。今後10年程度アウルファームを続けるために、どう計算しても回収不可能な資金投入などなど、酔狂としか言いようのない移転計画であります。
しかも知り合ったばかりの方たちに無理なお願いをするわけですから、なんでそこまでして、と思われても仕方のない話です。
還暦を過ぎてくると、残りの人生時計が気になりだします。わがままをお許しいただくしかありません。
必要とされるならお金をはたいてでも仕事をさせていただくという気分になるものです。それができる状況にあるというのは大変贅沢でもありますが、野菜繋がりで生きがいを維持するのもなかなか苦労が要ります。しばらくは毎日が日曜日生活は先送りにして、毎日が金曜日程度でまいりたく思います。もう少し苦労を楽しみましょう。
「候補地情報」
長生郡睦沢町
必要な農地が確保できそうです。半分は荒地ですが、畑作に適した土壌のようです。睦沢町の中でも上市場地区は畑の多い地域で、水田は水持ちが悪いそうです。それは水はけがいいということですから、畑向きということになります。地元農家の方からも、なんでも栽培できるという心強いお言葉をいただいております。
また、住宅用地ですが、70坪程度2区画を購入しても400万程度。インフラも区画内完備ですから屋外工事費も圧縮できます。この不景気なご時世かつ震災後ですから、外房人気にも陰りがみられるようです。安いと思います。が、売る段になれば価格は下がりますから、地面はできるだけ叩いて購入すべきでしょう。不動産はババ抜きと同じで、購入イコール、ババをつかむということですから。
この地域では若く有能な一級建築士グループの力を借りることができます。また、親の世話で毎週東京へ戻らなければならない妻にとっては通勤快速で気軽に行き来できるメリットがあります。
館山
館山道終点の富浦インターからほど近い畑を借りられる可能性が出ています。面積的には不足していますが、水田に客土して10年ほど畑として使用してきたという場所などです。道幅も広く開放感のある気持ちの良いところです。周辺ではソラマメ、菜花、キャベツなどが生育中でした。
南房総は粘土質の土壌が多く畑作適地が少ないようですが、客土までして作りこんできた畑を貸していただけるとすれば、まさに望外の話です。
一方住居ですが、まだ全然です。宅地は観光地価格でちょっと高め。農地とのからみもあり簡単ではありませんが、こちらの予算に合わせて探してくれています。うまくまとまればお世話になっている地元総合建設企業に家の建築を発注することになります。
「決定近し」
房総では冬だというのに野菜たちはベタガケなしでも青々として元気よく生育中です。
花咲く南房総へは平日でも観光客が押しかけています。観光バスも多数。お土産店もごった返していました。
2か所の候補地はいずれもマイナス要因よりもプラス要因が増えてきました。まだ不十分な部分はありますが、どちらでも可能という感触になってまいりました。決断すべき時期が近いようです。
交通の便が良い通勤圏か、開放感のあるリゾート地か、迷います。総合的判断が必要ですが、最後の決め手は費用合計でしょうか。いずれにしても、話がここまで来たというのも館山地域と睦沢地域の方々の協力があればこそだということを肝に銘じておかなければなりません。
目指していた2月1日号での決定報告は先送りとなりましたが、3月1日号では報告できそうです。なお、外房も南房総も放射線量については問題なしです。
「冬休み生活」
1月下旬は例年西日本方面へ旅行に出かけますが、今年は長く休めるので、この寒さの中出かけるよりは春めいてからにした方が良さそうです。昨年、近江八幡の底冷えで風邪をひいてしまい、せっかくの近江牛を味わえなかった人もいたという記憶がよぎります。
また、夏にはかねがね行ってみたいと思っていた青森ねぶた祭りに出かける予定です。が、JTBの話では市内のホテルは4月中にくじ引きとのこと。高倍率になるそうです。くじ引きで外れると少し離れたリゾートホテルに宿泊することになるそうです。裏ワザがあればお知らせください。
今年の冬も、旧友たちとの都心での一杯やお客様(東京営業部)との中華街での会食(大新園、おすすめ)、高校時代の部活仲間たちとの湯河原箱根グルメ温泉旅行、テニスクラブの仲間たちとの新年会、新日本フィルのニューイヤーコンサートなどなど。3月には桂 歌丸の落語も。例年通り楽しく過ごしております。
ただ、今年は寒すぎてテニスクラブに出かける頻度が落ち、運動不足ぎみです。その分毎日都市温泉入浴で健康維持に努めております。
そして有機JAS認定関連報告書作成。2011年度分の報告はしなければなりません。更新しなくても前年度分の報告は必要になります。あと少しで仕上がります。当初は煩わしく感じたこの制度も長く付き合ってくると慣れもあり、負担に感じることも少なくなりました。
| 「あけましておめでとうございます」 |
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2012・1・1・408号 |
皆様にとって2012年が幸多き年でありますようお祈り申し上げます。
アウルファームの2012年は農場移転ではじまります。今年も激動の一年になりそうです。皆様のご理解と更なるご支援よろしくお願いいたします。
「房総へ」
早朝多摩市の自宅を出て東京湾アクアライン経由で房総へ。
東京湾に浮かぶ海ほたるで朝食休憩。景色もおかずに贅沢な朝食です。スカイツリーがよく見えます。東京タワーは見えにくい・・・。横浜ランドマークタワーや湾奥の幕張あたりの高層ビルもよく見えます。富士山もまるで海から聳え立つかのごとく。羽田を発着する飛行機や、東京湾を行きかう貨物船を眺めながらのんびりいただく朝食。内容はともかくとして雰囲気は豪勢で気分は上々です。カモメも飛んでいます。
「大多喜」
朝食後は房総の小江戸とよばれる大多喜へ。鉄道ファンにはおなじみのいすみ鉄道が走るのどかな山間の街です。駅から徒歩で博物館になっている大多喜城へ。大多喜駅からお城への遊歩道はなぜかメキシコ通りという名前。歩道にはメキシコ由来のレリーフが何枚もはめ込んでありました。1609年、フィリピン総督一行が御宿沖で座礁し救助されて城主本多忠朝に厚遇されたことへの返礼で1978年にメキシコ大統領が大多喜を訪れた際に名づけられたそうです。
天守閣は新しく再建されたものですが、そこからの眺めはいかにも小江戸と呼ぶにふさわしい箱庭のような里山風景です。街道沿いには蔵造の古い建物も残っていました。古い酒造もありました。古い町並みを残した好印象の静かな街です。
「移転先候補地その1」
館山。大多喜からは外房黒潮ラインで海岸沿いを南下し、一路館山へ。
子供の頃の海水浴といえば外房でした。毎年上総興津の守谷海岸に長く滞在していました。本寿寺というお寺が民宿をしていました。お盆の時には海岸で相撲大会があり、参加したもののあっさり敗れた記憶があります。5人抜きの賞品が立派なスイカだったことを鮮明に覚えています。
128号線で鴨川を通過し、目指す農地のある内房線九重駅前へ。稲(いな)という地名です。
農地の処分を考慮中の方がいるそうです。駅前に広がる農地の一角です。スーパーも目の前にあり館山の中心からも近く生活の便も良い場所です。海まで車で10分程度。地形から見て塩害も津波も心配なさそうです。 マイナス面は0.8ヘクタールという面積。最低限必要とする広さの半分しかありません。そして土が粘土質で水はけに問題がありそうです。地名からも米作り適地と分かります。それでも現在畑として使用中の部分もあり絶望的というわけでもなさそうです。
そして価格。こちらの希望価格は伝えましたがどうなるかは不明。さらに不足する広さをどうするのかという問題も残ります。その辺を地元有力総合建設企業の不動産部門が解決してくれれば話が前に進みます。近く連絡が来ることになっています。
「観光地館山滞在」
館山の良さは海です。宿からは三浦半島、丹沢、富士山、箱根、伊豆半島が一望でき、相模湾と東京湾はひとつの湾としか思えない景色です。
日が暮れてからは三浦半島の観音崎灯台の強い光が浦賀水道を守っています。城ヶ島までの東京湾沿いには大きな灯台が4箇所あるようです。次々に光を放ち、湾内を行く船の道しるべになっています。久里浜の火力発電所もよく見えて東京湾の狭さが強く感じられます。浦賀水道を通る大型船には必ず水先案内人が乗り込むというのも理解できます。
南総里見八犬伝ゆかりの館山城に立ち寄りましたが、残念ながら月曜休館。観光地のお休みはいただけません。年中お暇な中高年あっての観光地なのですから。
関東大震災で陸続きになった沖ノ島公園にも行ってみました。陸から500mも離れた島だったそうですが、今は砂州で陸繋島(りっけいとう)になっています。周囲1kmほどの小さな島ですが、波も穏やかで夏はさぞやと思わせる場所です。駐車スペースもたっぷり。お隣の海上自衛隊基地のヘリコプター訓練を眺めながら泳いだり釣ったりできそうです。島を陸につなげた関東大震災時の津波の高さは9mだったそうです。
堤防釣りのメッカとして知られる館山自衛隊堤防もあり釣り好きにはたまらない場所です。海上保安庁横では5人ほどが静かに黒鯛をねらっていました。
寒波襲来中でしたが、堤防でちょっと竿を出してみました。小メジナと小イワシが群れていました。が、釣れるサイズ未満。今回は1時間弱で終了です。
館山城近くの軽食屋でお昼にしましたが、注文したもの以外のおまけが多いお店でした。自家製のゆずピールや冬瓜ゼリーなどが出てきました。人懐っこいお店でした。
館山は狭い地域に5万人弱の人口があるそれなりの都市です。大型スーパーなど店舗も多数あり不便さとは無縁の地域です。ただし大津波が来たら壊滅しそうです。
「移転先候補地その2」
長生郡睦沢町。地域で循環型農業に取り組む町です。良質な堆肥が入手可能という魅力があります。通勤快速始発駅上総一ノ宮駅や茂原駅に近く通勤圏でもあります。24年度中には圏央道が開通し隣町にインターもでき、今後はさらに便利になる地域です。
海岸から6kmほどの上市場地区に畑作適地があり、地元農家の方のご厚意により、1.5ヘクタール程度の農地は確保できそうです。ただし何箇所かに分かれることになります。
この地域も大津波が来れば甚大な被害を受けそうです。また、畑候補地のある一帯は10年に1回ぐらい埴生川が氾濫して洪水被害が出るそうで、家は建てないほうがいいというアドバイスもいただきました。調べてみると海抜6m程度しかありません。大津波ならば一ノ宮川を遡り畑は海水につかりそうです。まあ海水農法もあるくらいですから・・・。また河川が氾濫すればさらに肥沃な土地にもなるでしょうから悲観要因ばかりというわけではありません。ところでふと思ったのですが、洪水になった場合有機JAS認定はどうなるのでしょうか。洪水だけに流れますかね。
なおこの地域には海抜10m以上の場所もあり住宅地になっています。町営の分譲地もありますが、民間業者保有部分と町が売り出している部分とで驚異的価格差があります。70坪程度中心ですが町売り出し価格は400万円台前半。民間部分は200万円台後半。同一分譲地内でのありえない価格差はやはり行政がらみならではということでしょうが、高い方は当然売れませんよね。あちこち歩いてみると色々なことを見聞きできるものです。
「いまだ候補地のまま」
結論がまだ出せない事情はお分かりいただけたと思います。
いずれも魅力があり、かつマイナス要因もあります。では他の地域に、といっても放射線量を考慮すればこれ以上北へは行きにくい上に、それほど温暖でもないことになってしまいます。山間地ではイノシシですし・・・。
館山地域も睦沢町もまとまった広い農地という面では不十分。土質の面では睦沢町が良く、ロケーションという面では館山は捨てがたいものがあります。
2月1日号農場便りの頃には結論を得たいものです。もっとも、若干のマイナス要因を飲み込んで即断すれば睦沢町ですぐにでも耕作開始可能であるともいえますが、移転は今回限りですから少し時間をかけて結論を出すつもりでいます。
・アウルファーム移転模索中
寒い山梨から温暖な地域への移転を模索しております。
移転先は千葉県内を考えています。まだ場所は確定していませんが様々なチャンネルを駆使して適地を探しています。
・移転の壁
まず資金。現在居住中の山梨県白州町の家を売却して移転費用にあてます。不足分はポケットから。売却がうまくいけば資金面での壁はなくなります。すでに売り出し中です。
次に農地。認定農業者になっていますから新規の場合よりは有利ですが、日本の農地は小さな面積に多くの地権者がいるため、どこへ行っても集積が困難という現実があります。が、それを乗り越えなければ移転は実現しません。現在の半分の面積でもすぐには見つかりませんが、強力な人脈を頼って成功させるつもりでいます。
気持ちとしては温暖かつ釣りなどの海遊びができる地域が希望ですが、今のところ適地には出会えておりません。対象地域を広げて検討中です。
・販路
これまでは宅配と道の駅出荷でしたが、今後は宅配のみにします。ですからお客様の紹介力だけが頼りになります。
冷涼な山梨では出荷期間が短いため、出荷が夏に集中することが避けられず、宅配のみで農場を維持するのは困難で、地域の道の駅にも出荷する必要がありました。
・有機JAS認定
移転すれば取得まで3年かかります。取得までの間も栽培方法は全く同じですから、安心安全な野菜をお届けできます。有機JAS移行中という扱いになります。
・2012年度宅配開始時期
移転がうまくいけば秋スタートできるのではないかと考えています。まだ移転先を模索中ですから断言できるわけではありません。希望的観測です。
・宅配期間
通年希望ですが、これもやってみなければ分からない面もあり、明言できず。少なくとも現在よりは長くなります。
・移転決意のわけ
2010年末に借り入れ中の農地の半分の借地契約更新合意があり、あと10年と思っていた矢先、圃場整備事業が入り、流動的になったということが引き金になりました。
この事業は耕作放棄地解消のための事業だそうです。耕作中の農地を壊して耕作放棄地対策だそうですからめちゃくちゃです。こうしたことが全国で普通に行われているようです。農業関連予算が土木事業に使われているわけです。行政は土建屋さんとつるんでいますから、工事ありきで農地の使用状況は二の次になります。
それでも一応アウルファームが契約している場所の表土はいじらないということで話は進んできましたが、今後は貸したくないという地権者も出てきています。
そういう行政やそれで利が得られると考えている地元地権者との折り合いなどを考えると、ここはさっさと移転して次の10年を楽しく野菜作りしたほうが利口だと判断した次第です。なお、今回のこの事業は地権者同士の利害のぶつかり合いで暗礁に乗り上げているそうです。まあゆっくりやってくださいな。
また、地域閉鎖社会が凝縮されている道の駅とのお付き合いにも嫌気が差したということもあります。さらに、獣害も相変わらずでサルも加わりました。
今後元気で働ける期間を不快指数の高い山梨で過ごすのはあまりにも美しくない生き方だという思いが移転を決意させました。山梨出身のある作家が山梨は縄文時代のまま現代になったと述べたそうですが、むき出しの人間だらけの様をみると、なるほど納得です。
なお、移転を決める前は農場を閉めることを考えていました。しかしながら、たくさんのお客様の期待を裏切るのも忍びなく、きつい移転を成功させ、体力のあるうちは野菜作りに励むことといたしました。
・移転のメリット
一度の作付け量を減らせるため、楽になります。また手入れも行き届くようになり、品質向上も見込めます。
働いているか寝ているかという生活から少しは楽しみに使える時間ができることになります。そして、厳寒の中での外作業から解放され、長生きできそうです。田舎のわずらわしさとの接点が減り、気分も解放されます。
11年ぶりの夏休みをとることができます。2000年の夏、新規就農前に祇園祭に出かけたのが最後の夏休みでした。
・移転の影響やデメリット
土作りを一からはじめなければなりません。が、短期で作れると楽観しています。自信もあります。有機JAS認定も取り直しになります。道の駅の常連のお客様やレストランの方たちが道の駅での気軽な購入ができなくなります。クロネコドライバーさんの歩合給が結構減ってしまいます。移転費用がかかり、移転には結構気力も必要で疲れそう。ただの引越しでも大変だというのに・・・。うまく移転ができたとしても宅配がしばらくお休みになります。
以上突然ですがご理解と更なるご支援よろしくお願いいたします。今後の進捗状況や宅配再開時期についてはホームページの農場便りでお知らせいたします。
宅配休止中(2012年)のご連絡はTEL・FAX 042-372-0633または携帯090-7426-9854へ。
メールはmichio-kita@mqb.biglobe.ne.jp
2011/11/19 アウルファーム 喜多経男
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