【韓国旅行記】 観光地に行かない釜山旅行記 2/3



01集会の朝・・・

 朝、目が覚めたら8時くらいだった。めちゃめちゃ眠い。もう一度寝て次に起きたときには10時近くになっていた。トイレに行ってみると、隣の部屋で「かうりさん」と「コンジョさん」が寝ていた。動こうともしない。僕も少し眠かったのでまたうとうととしてしまった。

 12時ちかくになって、やっと本格的に起きだした。今日はパソコン通信「チョルリアン」(千里眼)の日本語同好会の定期集会があるのだ。集合はプサン駅前に1時だ。間に合うのか?

 しかし、かうりさんとコンジョさんは悠然と食事の支度を始める。この辺が時間に縛られない韓国人ならではってことなのだろうか? そしてインスタントのスープで、またまたご飯をいっぱい食べてしまった。韓国でもご飯は元気のもとなのだ。

 メシをたらふく食ってから急いで支度をする。何とか間に合いそうだ。車のところまで行って荷物を積み、即、出発した。

 かうりさんの家からプサン駅までは、5分少々だった。かなり近いところに住んでいたわけだ。そして時間ぎりぎりにプサン駅前に到着した。



かうりさんの家の台所

02集合場所の釜山駅前へ

 駅前広場の噴水台のまわりを回ってみると、北側、セマウル号出口側にウソギ君をはじめとした日本語同好会のメンバーが数人集まっていた。因みに1次に集合予定の人は40人だったはずだ。ざっと見たところ、まだ3分の1程度だった。

 昨日のウソギ君や、うみちゃん(男)の他に、み〜っちゃん(女)ほしさん(女)などの日本語同好会を代表する重要人物たちも集まっていた。

 み〜っちゃんはB'zとASUKAをこよなく愛する女性だ。20代半ば(?)くらいで、日本語はかなりうまい。日本人の友達も多いようで、B'zのニューシングルが出たら送ってもらっているらしい。また、コンサートがあると日本まで駆けつけるという。そして「あすかあじゃっし」「いなばあじゃっし」(あすかおじさん、稲葉おじさん)と彼らを呼び親しんでいる。あじょっし、ではなく、あじゃっしというところがポイントだ。(ちょっとニュアンスが難しいかも知れないが、通常、韓国語ではおじさんのことを「あじょっし」と言います)こういう行動を変に思う人もいるかも知れないけど、アーロン・クォックやジャッキー・チョン(チュン?)のコンサートを見に香港まで行く日本人もいるわけだから、そういうもんなんだろう。

 ほしさんは、静岡県に留学していたことがある日本語の堪能な女性で、現在、大学4年生だ。目がクリッと大きく、若い頃の天地真理を彷彿とさせるとてもチャーミングな女性だ。日本語を始めたきっかけはアニメーションだそうで、声もアニメチックな感じがする。現在、チョルラナムド(全羅南道)のスンチョン(順天)という街に住んでいる。今日は早起きして高速バスでプサンまで出てきたようだ。日本語同好会のサブシスの一人でもあり、要チェックだ。

 ところで1時を大きく回ったのだが、プサン組以外はほとんど現れなかった。今日は、韓国の独立解放記念日であるクァンボクチョル(光復節)だからか、車でプサンに向かっている連中は、渋滞で立ち往生しているようだった。バスも同様だと思う。それに大雨の影響もあるのかも知れない。

 そのうち40分から50分ほど遅れで「テジョン(大田)組」が到着した。テジョンは韓国の真ん中くらいにある中核都市だ。分からない人は一度地図で確認されたい。

 しかしソウル組は一向に現れる気配すらなかった。全員で待っていても仕方がないので、一部を残して、みほちゃんの「海の家」に向かって移動することになった。

 みほちゃんの海の家(以下、ミホジャン:みほ荘=ミホジャンと呼ぶ)はプサン市街地から見て東の方、ヘウンデ(海雲台)の先にあるソンジョン(松亭)という有名な海水浴場にある。電車も走っているようだが、車で移動することになった。


韓国・釜山駅
釜山駅


韓国・釜山駅前
釜山へようこそ

03ソンジョン(松亭)へ・・・

 再び、かうりさんの車に乗る。道はとても渋滞していたので、ソンジョンにつくまで1時間以上かかってしまった。特に、ヘウンデの周辺が大渋滞だった。海水浴客が多いので仕方ないのかも知れない。でも、横に座ったほしさんといろいろ話が出来たので、ラッキーだった。

 無事にミホジャンに到着してみると、直接来た人などが既に数名いるのが見えた。挨拶などをする。ミホジャンは海の家と言うよりは海岸にある「海鮮料理屋」だった。正確な名前は「ユラック フェチプ」といって、「お刺身」や「ヘムルタン」(海物湯:海産物鍋)などが自慢の店だ。一階の入り口には水槽があって魚が泳いでいた。そして中に入るとテーブル席が少々あって、その奥に座敷席がたくさんあった。屋上にはテントが張ってあって、そこでも宴会が出来るようになっていた。今日はここで宴会をして雑魚寝というパターンのようだ。

 しばらく店の前でうだうだ喋っているうちに、パラパラと人が集まり始めた。ソウルからのメンバーも集まってきた。その中でも驚いたのは、広島のオフにも来ていた「テクシキサさん」(テクシ技士:タクシー運転手:男)だった。対話名のとおり、個人タクシーの運転手なのだが、ソウルからそのタクシーを運転して来たのだ。自家用車と考えると違和感ないのだろうけど、ソウルナンバーのタクシーがうろうろしているのを見るのは、何だかすごかった。



韓国・松亭海水浴場のさしみ食堂
ユラック フェチプ

04海岸を散歩

 そのうちソウルでお馴染みのメンバーも集まり始めた。しかし、宴会の時間まではまだありそうだったので、うみちゃん(男)と二人で、付近を散歩してみることにした。

 ミホジャンの前には車の通る道があるのだが、その先には線路が走っていた。海岸はその先にある。なんとかこの線路をどこかで渡らないと行けないのだが、なかなか見つからなかった。何とか見つけて線路を渡ると、その先が砂浜になっていた。それほど大きな砂浜ではないのだが、海水浴客が芋の子を洗うようにひしめき合っていた。須磨並だ。しかも波が高いため遊泳禁止になっていたこともあり、波打ち際はものすごい人だった。韓国は学校にプールがない場合が多く、水泳の授業をしないため泳げない人が多い。そのため特に水際に集中してしまうのだ。

 前にヘウンデに来たときも思ったのだが、ここでもいわゆる水着で泳いでいる人は、ほとんどいなかった。海に入っている人のほとんどが、服を来ているのだ。これは韓国の特徴(プサンの特徴?)だと思う。日本だったら女の子はこれ見よがしに水着になるし、男も泳ぐときは普通、Tシャツなどを脱ぐだろう。しかし韓国は全く逆で、いわゆる水着姿をしている人はほとんど見かけることが出来ない。そして驚いたことに、水着を着ずに、そのまま「普通の服」を着た状態で海に入っている人が多いのだ。男も女も。だから、当然、男はパンツが透けて見えるし、女の子は下着がすけすけなのだ。これは前から不思議に思っていることだ。韓国女性にとって、下着が透けて見えるのは、水着になるより恥ずかしくないことのようだ・・・かどうかは分からないけど、多いのは事実。


韓国・松亭海水浴場
松亭海水浴場

韓国・松亭海水浴場
海岸で戯れる

05宴会開始!

 散歩を終えて戻ってみると、ほとんどのメンバーが集合していた。ソウルからは日本人のNaoさんとマンマさんも来ていた。それと一緒に、ソウルの日本語同好会の重要メンバー、シスオペのサザエさん(女)サブシスのかすみさん(女)コキさん(男)キャスポさん(男)、それにトンシムさん(男)ティエンさん(男)なども来ていた。広島のオフや、以前にプサンやソウルで行われた定期集会で会ったことのある人の顔も、ちらほら見えた。そして、そのうちの何人かからお土産をもらってしまった。特にインチョン(仁川)に住んでいるミヨシさん(女)から、「朝鮮王朝実録」(の抄録?)をもらってしまった。前から欲しいと思っていたいわゆる韓国の歴史本だ。だ。王朝の歴史が刻まれている。ただ、韓国語で書かれているので読むのに骨が折れそうだ。

 さて、みんなで集まってわいわい話をしているうちに、だんだん日も暮れてきた。とりあえず屋上のテントに集まって、会費の徴収、名札の配布などを行った。そして宴会となった。

 宴会は1階の座敷で行われた。シスオペのさざえさんの挨拶で始まり、スタッフの紹介、そして一人一人の自己紹介などが続いていく。結局、日本人は3人、残りはほとんどの人がソウル周辺とプサンの人だった。しかし、とにかくたくさん人がいるので、なかなか顔と名前を一致させるのは難しかった。前から名前を知っている人ならいいけど、新たに覚えないといけない人は、ほとんどお手上げだ。韓国語は日本語に比べてやはり覚えにくい。仕方ないけど・・・。

 宴会が終了したところで、今度は真っ暗な中を海岸まで歩いていって、そこで飲み直すことになった。



韓国・松亭海水浴場での宴会
ぎっしり詰まった


韓国・松亭海水浴場 挨拶するミホちゃん
あいさつするミホちゃん

06夜の海岸に出る

 海岸まで移動すると、電気もなく本当に暗かった。そこに車座になって座り、ろうそくの光をたよりに話に花を咲かせた。日本でこういうシチュエーションになれば、必ずと言っていいほど「花火」をやるんだけど、韓国では禁止のようだった。よく考えたら夜の海辺にいること自体、問題かも知れない。こんなところには来ないんだろうけど、北朝鮮の工作員とか、小型潜水艦がうろうろしていてもおかしくないはずだし、花火のような物は以ての外なんだろう。そう考えると、韓国人は基本的海辺の花火が未経験なのだ。海に行くこと自体が少ないようだし、この事実は心に留めておくべきだろう。もし韓国人を日本で接待する機会があるとしたら、「夜の海辺での花火」は有力候補だ。

 海辺での宴会が終わり、宿舎のミホジャンまで戻る。再び屋上のテントにあがり、宴会は続いていった。僕は1時過ぎに雑魚寝の席に加わった。海から来る風は涼しかった。


(第2話終了/全3話)



韓国・松亭海水浴場の夜
辺りは真っ暗!

 

第1話
1998.8.12〜13
下関から釜山へ
第2話
1998.8.14
韓国のパソコン通信「千里眼」(チョルリアン)の「日本語同好会」の集会に参加 そのまま松亭(ソンジョン)の海の家に雑魚寝宿泊 
第3話
1998.8.15
再び海岸へ移動 朝の松亭(ソンジョン)海岸