【韓国旅行記】 観光地に行かない釜山旅行記 3/3



01朝を迎える

 今日は日本に帰る日だ。夕方の船に乗らなければならない。でも、4時30分までに港に行けばいいので、比較的余裕はある。

 寒かったこともあって、朝早めに目が覚めてしまった。2階のテントの中は海岸だからか、夏だというのにかなりの低温だったのだ。起き出して1階に降りていくと、1階の部屋でもくさんの人が雑魚寝をしていた。まだほとんどの人が眠りの国にいるようだ。(右写真)とりあえず、店の前にイスを並べて既に起きている人と話をしたりする。Naoさんはまだ寝ているようで、姿が見えなかった。

 うだうだと話をしているうちに9時近くになってしまった。この辺りで起床時間となり、まだ寝ている人たちもたたき起こされてしまった。そしてテーブルを並べて朝食となる。朝食はやはりご飯とヘムルタン(海産物鍋)だった。この組み合わせははずせないようだ。そしてまたもやご飯をおかわりして、腹一杯食べてしまう。韓国に来てからやたら食が進んでしまうのだ。

 そして食後にミーティングが始まる。不足した会費の再徴収とか、今後の予定の確認だった。一応、昼御飯まで用意されているのだが、これを食べずに帰っていく人たちもいた。せっかくプサンまで来たので観光して帰る人、あるいは遠方なので早めに帰りたい人などだ。行きもそうだったけど、帰りも渋滞が予想されるからだ。そしてミーティングのあとに、一旦解散となる。

 そして帰る人はここで三々五々帰っていき、残った人はまたもやうだうだと話を始めるのだった。Naoさんは愛用のリブレット、デジカメ、携帯電話を駆使して人々の注目を集めていた。ナンパ3種の神器なのかもしれない。



韓国・松亭海水浴場 雑魚寝する人たち
雑魚寝する人たち

02再び海岸へ

 さて、ぼーっとしていても仕方がないので、クィトゥラミ、ウソギ君と海岸に出てみることにした。海岸に出てみると昨日と同じで芋の子を洗うような混雑ぶりだった。そして波が高くて遊泳禁止になっているのも同じだった。他のメンバーがいないかどうか海岸を歩いていると、沖に「バナナボート」が走っているのが見えた。乗ってみようか・・・。そう思って歩いていると、ちょうどポミさん(女)と@@さん(女)が歩いていたので、一緒に乗りに行くことにした。

 ポミさんは、日本語同好会を代表する「うわさの美人」で、実際に女優顔をしている。田中裕子、原田美枝子タイプの女性だ。いわゆる、巷で可愛いタイプとは一線を画している。それから日本語もかなり堪能のようだ。プサンに住んでいて、日本語同好会の重要メンバーの一人だ。要チェックだ。

 結局、5人で砂浜の端の方まで歩いていき、おじさんに頼んで乗せてもらうことにした。もちろんお金を払ってだ。しかし、本来5人乗りのバナナボートは波が高いために4人しか乗れないことが判明、仕方なくウソギ君はボートを引っ張るジェットスキーに乗ることになった。

 バナナボートは海岸の端から端までを1往復するものだった。普通は最後に急旋回してみんなを海にはめるんだけど、ここのバナナボートはおとなしかった。しかし降りるのに失敗して海にはまってしまった。実は5人とも水着を着ていなかったので、僕らも「水着を着ないで普通の服のまま海に入っている人たち」の仲間入りをしてしまった。

 1時近くになったので海から戻ってみると、Naoさんやホシさんをはじめとして、かなりの人が帰ったあとだった。挨拶もできなくて残念だ。とりあえず軽くシャワーを浴びたあと、昼食のビビンバを食べた。


韓国・松亭海水浴場
クィトゥラミ


03日本へ・・・

 昼食が終わったあと、みんなに挨拶をして港に移動することにした。日本に帰るのだ。港まではテクシ技士さんが「自分のタクシー」で送ってくれることになり、ナターシャさん(女)たちと一緒に乗り込むことになった。

 途中大雨に見舞われて一時はどうなることかと思ったけど、何とか天気はもってくれた。港でテクシ技士さんたちと分かれたあと、急いで乗船手続きを済ませた。そしてお土産を買うために南浦洞まで行き、お菓子やカセットテープなどを購入する。再び港に戻ったときには4時30分になっていた。

 帰りの船への乗り込みは、思いのほか時間がかかった。荷物の検査に時間をとられているのだ。結局、乗船に2時間以上かかり、出航は7時だった。そしてプサンへの旅は終わった。

 今回の旅は、船中2泊、プサンで2泊の4泊5日の旅だった。プサンでの宿泊は知り合いの家と海の家ということで、またもや「ヨグアン(旅館)にさえ泊まらない旅行」になってしまった。今回の旅も新しい発見が多く、とても実り多いものとなった。「韓国文化」「韓国人」に、また少し近づけた気がする。やはり韓国人の集団に飛び込んで寝食を共にすると言うのは、いろんな面で面白いことが多い。言葉の壁もあってこういう機会はめったにないと思うけど、出来るだけ参加して、お互いの理解を深める機会になればいいと思った。

 僕らが当たり前だと思っていることや、そういう意識さえないようなことでも、韓国では全く違ったとらえ方をしていたり、見方をしていることは往々にしてある。それは逆に日本文化を写す鏡でもあり、「日本人の考え方」を再認識する旅でもあった。

(全3話終了)

1998年8月13日 〜 1998年8月16日


関釜フェリーからの眺め 釜山
日本へ帰ろう

 

第1話
1998.8.13〜14
下関から釜山へ
第2話
1998.8.15
韓国のパソコン通信「千里眼」(チョルリアン)の「日本語同好会」の集会に参加 そのまま松亭(ソンジョン)の海の家に雑魚寝宿泊 
第3話
1998.8.16
再び海岸へ移動 朝の松亭(ソンジョン)海岸