2002年9月はこの4公演

 


絶対王様
「リア絶対王様〜あんたの子供に生まれた人間の身になれよ〜」

THEATER/TOPS 9/4〜9/11
9/7(土)観劇。座席 E-9(招待)

作・演出 笹木彰人

 一時は繁栄の道をひた走っていたおもちゃメーカー『坂田』。しかし時代は、コンピューターゲームにとって替わられた。アイデアが貧困でバッタ物しか作れない『坂田』は、時代の波に乗り遅れ、負債の山だけが残ってしまった。社長の坂田まもる(有川マコト)は身を引き、3人の子供の中の誰かに会社を譲る事を決意したが、「おもちゃコンクールで優勝し、倒産を防げた者に譲る」という条件を提示した。子供達は倒産するならしちゃえと強気の発言をするが、家がなくなるのは困ると必死にオモチャ作りに精を出す。しかし、坂田家の行方には、壊滅的な悲劇が待ち受けていた・・・。

 坂田家の物語を進める前に、400年前の悲劇の名作であるシェイクスピアの『リア王』を知った方が面白さがわかるという事なのか、冒頭で坂田家主催の『リア王みたいな劇』が上演される。とっても親切。ざっと『リア王』の物語を紹介すると、“そろそろ隠居を考えたリア王が、3人の娘に自分の領土や財産を分け与えてやろうと思い「自分の事をどのくらい愛しているか、言ってみろ。それによって領地の分配を決める」と言い出す。性悪な長女と次女は口先だけの綺麗事で父親を喜ばせ、まんまと広大な領地を手に入れる。しかし、末娘は、自分の気持ちを上手く伝える事ができず、リア王の怒りを買ってしまう。そして、怒ったリア王は、引っ込みがつかず、自分の意ではないが末娘と親子の縁を切ってしまう。しかし、これがリア王にとって悲劇の始まりであった。2人の娘の元で隠居生活を夢みていた王であったが、結局邪険にされ荒野に投げ出されてしまう。奈落の底に落されたリア王。しかし、その悲劇はリア王だけでなく周囲の人々にも感染し、運命の歯車は全てを破滅に追い込んで行くのであった・・・”そんな感じの物語。これを坂田家の人々が寸劇として演じるのだが、これがわかりやすくて意外と面白い。正統な『リア王』の上演より理解でき、面白いのではないかと思ってしまうほど。まぁちゃんと『リア王』を観た事がない自分なので、この発言には、まったく説得力はないけど。この『リア王』の物語と現代の『坂田家』の物語がリンクしながら悲劇に向かって暴走する。テーマは『子供を生む』とは、『親』とは、『子』とは何か?らしい。まぁそんな小難しいテーマを頭の片隅においた、家族の崩壊と再生(再生までは描かれてないので希望かなぁ?)の物語である。

 ラストは悲劇に終ってしまう(亀戸で1日だけ上演された別バージョンはラストが違うらしいが観ていないので、どう変化しているのか知らない。でもまぁ悲劇が喜劇に変わるほど劇的な変化はないと思う)が、なんか、ちょいと感動してしまった。幸も不幸も紙一重。人生ってちょっとした歯車の違いで、おかしな方向へと転げ落ちるのかも。そんな歯車を正常に戻そうと、娘の坂田さやかが「おもちゃを作る!」と必死にもがくところとか、ちょっとウルウル。不器用だからそんな形でしか愛情を表明できないってところを、加藤江見が見事に演じていたのも大いにプラス。加藤江見の演技のうまさにちょっと一目惚れである。って方向が役者に向いてしまったが、本のおもしろさに感激した。いや、そんなに絶賛する程凄い本ではないが、自分にとって絶対王様は“二度と観ないだろう劇団ランキング”の上位に位置していたから、素直に見直した、って言うか驚いた。「観る目がないじゃん俺」って思った。過去はどうあれ面白かったのは事実なので、素直に褒めたい。ブラボーです。つまらない笑いに固執せず、今後も人間のドタバタをおかしく悲しく描いて欲しい。

 役者では、専務役をやった野呂彰夫("フラクタル")がいい味出してたので追記しておきたい。後妻の真理さんを演じた川崎桜の演技も好き。


“絶対王様”自分が観た公演ベスト
1.リア絶対王様〜あんたの子供に生まれた人間の身になれよ〜
2.ゴージャスな雰囲気

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「おかしな2人<男編>」

PARCO劇場 8/31〜10/14
9/15(日)マチネ観劇。座席 F-30

作 ニール・サイモン
演出 鈴木裕美

 舞台は、離婚し一人暮らしをしているオスカー・マディソン(段田安則)のアパート。オスカーは前妻から養育費の滞納の催促にうんざりしていた。しかし、支払わないと訴えるとまで言われていた。そのアパートでポーカーをしている、ロイ(手塚とおる)、ヴィニー(浅野和之)、マレー(高橋克実)、スピード(八嶋智人)。もう一人のメンバーであるフィリックス・アンガー(陣内孝則)が、なかなか現れない。今までそんな事はなかったので心配する面々。そのうちフィリックスの奥さんから電話が掛かる。その電話によると離婚の話をしたところ、失意の状態で行方不明になったとの事。自殺をする格好の場所はどこかと話し合っているところへ、呼び鈴が鳴る。フィリックスに違いないと思った彼等は、離婚の話は聞かなかった事にしようと話し合うが、そんな事は雰囲気で察しが付くと言うもの。12年の結婚生活の終焉を迎えようとしているフィリックスは混乱していた。そんな状態を心配し、オスカーは、フィリックスを自分のアパートに引き止める。そんな訳で、離婚男二人のおかしな共同生活が始まった。
 しかし、病的に清潔好きなフィリックスに対し、汚い部屋じゃないと落ち着かない、ずぼらなオスカーは、徐々にストレスを感じ始めていた。そんなストレスを解消すべく、偶然一緒にエレベーターに閉じ込められてしまった、階上の未亡人とバツイチの姉妹、グェンドリン・ピジョン(深浦加奈子)とセシリー・ピジョン(広岡由里子)の二人と、ダブルデートの話をまとめていた。オスカーの部屋でディナーをとる段取りだったが、時間のずれで料理を焦がしてしまったフィリックスは、とても不機嫌であった。話しの流れで姉妹の部屋で食事をするチャンスが訪れたが、フィリックスは行こうとしなかった・・・。この出来事を境に、二人の間は最悪の状態に陥る。堪りかねたオスカーはフィリックスを家から追い出してしまう・・・。

 結果として自分の悪さを見つめ直し人生をやり直すみたいな結末なのだろうか・・・。人間はいつだってやり直せるさって事なのだろうか・・・。ちょっとラストの仲直りの意味するところが飲み込めなかった。翻訳劇の最大の欠点である(と思う)、日本人とアメリカ人の意識の違いなのだろうか?自分にはすっきりしない結末であった。そのすっきりしない感も然る事ながら、何故翻訳劇は、登場人物の名前にしろ、設定にしろ、そのままアメリカ人なのだろうか?今回は男編、女編として登場人物の名前や設定とか違うものにしているのに、何故原作を生かしつつ日本に置き換えられないのだろうか?まぁ5つも部屋のあるアパートって日本じゃ普通考えられないけどね。でも日本人の顔で日本語を話し、名前はオスカーとかって違和感があるのは自分だけなのだろうか?平気で演じられるのも不思議だが、観ていられるのも不思議だ。

 まぁ、それはさて置き、役者は最高だった。まぁ八嶋智人だけは例外なんだけど。段田安則と陣内孝則の掛け合いの面白さは逸品。でも一番うまかったのが浅野和之。『You Are The Top』で見せた2枚目のカッコ良さとは180度違った役柄。良かった〜。久々に舞台で観た深浦加奈子が(自分が観たのは第三エロチカの舞台以来かも)、うまくなっていたのも新鮮な驚きであった。広岡由里子とのピジョン姉妹にはやられた。って言うか、いたく気に入ってしまった。

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「おかしな2人<女編>」

PARCO劇場 8/31〜10/14
9/15(日)ソワレ観劇。座席 G-8

作 ニール・サイモン
演出 鈴木裕美

 舞台は、離婚し一人暮らしをしている、テレビプロデューサーのオリーブ・マディソン(小林聡美)のアパート。オリーブは前夫から金の無心(全て博打の金)の電話に、ついつい金を渡してしまうという甘さを有していた。それが原因で別れたというのに。そのアパートでボードゲームをしている、レニー(深浦加奈子)、ヴィラ(広岡由里子)、ミッキー(歌川椎子)、シルヴィー(池津祥子)。もう一人のメンバーであるフローレンス・アンガー(小泉今日子)が、なかなか現れない。今までそんな事はなかったので、心配する面々。そのうちフローレンスの旦那から電話が掛かる。その電話によると、離婚の話をしたところ、失意の状態で行方不明になったとの事。自殺をする格好の場所はどこかと話合っているところへ、呼び鈴が鳴る。フローレンスに違いないと思った彼女らは、離婚の話は聞かなかった事にしようと話し合う。しかし、知られている事は、雰囲気で察しが付いてしまうというもの。12年の結婚生活の終焉を迎えようとしているフローレンスは混乱していた。そんな状態を心配したオリーブは、フローレンスを引き止める。そして、二人のおかしな共同生活が始まった。
 しかし、病的に清潔好きなフローレンスに対し、汚い部屋じゃないと落ち着かない、ずぼらなオリーブは徐々にストレスを感じ始めていた。そんなストレスを解消すべく、偶然エレベーターに閉じ込められ知り合った、階上のスペイン人兄弟、マノロ・コスタズエラ(高橋克実)とジーザス・コスタズエラ(八嶋智人)とダブルデートの約束をする。オリーブの部屋でディナーを取る段取りだったが、時間のずれで料理を焦がしてしまったフローレンスは、とても不機嫌であった。話しの流れでスペイン人兄弟の部屋で食事をするチャンスが訪れたが、フローレンスはドアの前で、意図的なのか身体的なのか、突然動く事ができなくなってしまった・・・。この出来事を境に二人の間は最悪の状態に陥る。堪りかねたオリーブはフローレンスを家から追い出してしまう・・・。

 物語の格子は男編と同じなので、物語の感想としては男編と同じく、ラストの感情がイマイチつかめず、消化不良に終わった。でも、男編よりは、お互いにいい方向で変わったって感じは伝わってきたので、評価は高い。それがテーマかどうかは、わからないんだけど。設定的には女編には若干矛盾を感じた。男編では養育費を捻り出す為に“共同生活と自炊”という事に矛盾がなかったが、キャリアウーマンであるオリーブには、金銭的な面での自炊は関係ないのではないか。顔を合わす事に不満を感じたら、勝手に外食すればいいのに。自炊する事に、もっと必然的な理由が欲しかった。例えば、健康的な側面だとかでもいいから。

 舞台設定は男編も女編も変化はない。男編で書きそびれたので、ここで書くが、共同生活を始める時の暗転は凄かった。一瞬にして汚い部屋が綺麗な部屋に変身するのである。回り舞台でもないのに。その暗転の鮮やかさには感心してしまった。スタッフの陰の努力が見て取れる早業であった。拍手。

 役者では、歌川椎子のやかましさが嫌だった。もっといい役者いるだろうに・・・。あと小泉今日子は、ミスキャストと言ってもいいのかも。そりゃ小林聡美と小泉今日子の競演って事で華はあるが、演技は下手。あえてそんなキャラとして作り込んだのなら、自分の感性違いなのだが・・・。小林聡美は、間といい雰囲気といい、うまいの一言。小林聡美の自然な演技との対比として、あえて下手な演技で変な人物像を作っていたのだろうか?狙いがわからない。

 そんな不満もあるが、面白さでは女編の方が男編より勝っていた。その大きな要因がスペイン人兄弟の存在。相変わらず、でしゃばり演技の八嶋智人はうざったかったが、高橋克実の面白さは最高。出来れば高橋と浅野和之のコンビで観たかったなぁ。このスペイン人兄弟の登場シーンが一番面白かったのだが、それって、本編の面白さからは若干逸れてしまっているので、まずい結果だとも思うのだけど・・・。まぁ面白かったからいいか。

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シベリア少女鉄道「デジャ・ヴュ」

王子小劇場 9/25〜10/2
9/28(土)観劇。座席 自由(7列目中央:招待) 

作・演出 土屋亮一

 ※注意!この文章にはネタバレが含まれています。ネタを知ってしまうと、土屋亮一が語る「ため息混じりの感動と、とびきり複雑な心境」は、見事に砕け散り、味わう事が出来ません。何かの機会で観ようと思っている方は絶対に読んではいけません。

 謎の連続幼女殺害事件がニュースになっている、そんな火曜日。殺害現場近くの大学に通う女子大生・津田瞳(秋澤弥里)は、たまたまその殺害現場の模様をテレビで目にし、その光景になぜか激しい既視感(デジャ・ヴュ)を覚える。身に覚えのない事件現場を詳細に覚えているのは単なる偶然なのか、それとも・・・。瞳の様子を心配したルームメイトの西村可奈子(染谷景子)は、事件を担当している姉・優(町田マリー)に相談を持ちかける。しかし、事件の真相は、新庄耕作(藤原幹雄)刑事の捜査の甲斐もなく難航を極めていた。唯一判明しているのは、犯行はなぜか決まって休日空け、週の初めに集中していると言う事であった。捜査が暗礁に乗り上げているその一方で、初めはただの思い過ごしに過ぎないと思われた瞳の記憶は、日を重ねるごとに奇妙な現実味を帯びていく・・・そして、瞳が逮捕されそうになったその瞬間、真犯人逮捕の連絡が入る・・・。
 機械の操作ミスかと思わせるくらいのほんの一瞬、スライドに「END」「START」の文字が写る。・・・そして再び火曜日。解決編のスタート。新たに登場する美容師(吉田友則)、美術館員(三谷由香)、落語家(横溝茂雄)。果たして犯人は、その動機は・・・

 という展開になるのだが、この後半からが今回の仕掛け。セリフは前半とまったく同じで、状況と話す配役を変える事によって新たな展開を見せる。見た事はないのに、見た覚えのあるシーンが綴られる・・・一度も経験したことのないことが、いつかどこかですでに経験したことがあるかのように感じられること・・・まさしく、デジャ・ヴュ。そう、デジャ・ヴュの渦は、観客をも飲み込んでいく・・・。
 そうかぁ〜デジャ・ヴュって、たんなる気のせい、勘違いかぁ〜と目から鱗が落ちる思いだった。って、それこそ勘違い甚だしいかもしれないが、そう思い込んでしまうくらい素晴しい演出であった。前作ほどの衝撃はなかったが(前作が凄過ぎたとも言えるんだが・・・)、巧妙に仕組まれた“オチ”は前回に匹敵する素晴しさであった。マジに構成力の凄さをまざまざと見せつけられた。作・演出の土屋亮一の頭の構造は一体どうなってるのだろうか。尋常ではない巧妙さに感無量の思いである。まさに奇跡である。って褒め過ぎか。無理やりな辻褄合わせが無いわけではないが、それさえもうまい具合に消化し、笑いに変換していた。緻密に計算されたコジツケがまったくもって素晴らしい。前半のクライマックス、真犯人の告白に対し「こんな穴だらけ・・・誰かに言わされているだけだよ」「誰に?」「・・・」と、謎を含んだ結末を見せておいて、後半のラストで同じセリフの後「・・・」の部分でスライドに“作・演出 土屋亮一”と出る。大笑いのラストシーンに大感激だったりする。で、このおもしろさだが、結果を知った2回目の観劇(1回目はゲネだが・・・)で倍増したのには驚いた。結果を知った上で観ると前半の前フリのおかしさが付加され、その勢いで観た後半がさらに面白くなってしまったのである。という事は、リピートするごとに新たな発見があり、さらに面白くなる芝居なのかもしれない。

 今回もチラシからネタ振りが仕込まれていた。以前「劇団結成以前に戯れに書き散らかしたまま、上演されずにいた古びた戯曲」という文章を読み、土屋氏にそうなの?と聞いたところ「ウソです。ネタ振りです」と答えが返ってきた。でも何度チラシを読み返しても自分には全然読み取れなかった。で、上演作を観て“あ〜納得”。「あえてそのまま、戯曲には手を加えず、演出だけに専念して舞台化してみることにしました。」と続けて書いてあった。そうかぁ〜同じ文章を2回続けるというネタ振りだったのかぁ〜と。

 「演技が下手で見ていられない」と言う評価も耳にしたが、新人(?)の二人を除いては、的確な演技をしていたと思う。でしゃばり過ぎる演技はせっかくの脚本を台なしにしてしまうから、このくらいのぬるさが良いのではないか。まぁ〜うまいかヘタかで二分してしまえば、ヘタに傾いてしまうのは事実であるが、個人的には納得の演技だったりする。客演の町田マリー<毛皮族>の知能足りないっ子ぶりもいい。か細い声なのにちゃんと聞こえるのは、基本がしっかりしているからではないだろうか。染谷景子の脳天気さも良かったと思う。吉田友則のナゲヤリなノバの英語教師役も好きであるし、横溝茂雄の下手糞な落語も好きである。秋澤弥里に関してはもう少し緊迫感が欲しかったかなぁ。

 次回は間をおかずに来年早々に公演を打つらしい。次はどんなでっちあげワンダーランドを見せてくれるのか、今から楽しみである。あ〜待ち遠しい。


“シベリア少女鉄道”自分が観た公演ベスト
1.耳をすませば
2.デジャ・ヴュ
3.栄冠は君に輝く

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