この先のモバイルは携帯電話になる

以前に、「モバイルでインターネットならPHSなんだけど」という話を書きましたが、ここ数年のうちに、その常識は全く変わってしまいそうです。あの時、私は、PHSは一つのアンテナを少人数で使うのに対して、携帯電話は、多くの人数でアンテナを共有するから、この先も携帯電話によるデータ通信がPHSを越える可能性は少ないと書きました。でも、もはや、この理屈は通りません。なぜなら、携帯電話は全く異なる無線通信方式に変わろうとしているからです。

新しい通信方式というのは、CDMA(code division multiple access)というもので、「音声に疑似雑音を乗算してスペクトラム拡散する」ものだそうな。これだけでは良く分からないですが、信号をそのまま送るのではなくて、決まった合言葉をかけ算してから送ると、相手は、それに同じ合言葉をつかって元に戻せる。しかも、かけ算した信号は、元の信号より広い周波数の領域にばらまかれるので、そのすき間に、同じ方法で変換した他の信号を混ぜても、混信せずに元に戻せるということらしいです。合言葉を使うということから、もともとは、軍事用の用途で開発されたらしいですね。言い換えれば、盗聴も難しいので通信に向いているということです。それで、なんでまた、これが携帯電話でのデータ通信のスピードを上げることにつながるのかというと、同じ周波数帯の無線チャンネルに複数の信号を混ぜて送ることができるからなのです。以前にこの欄で紹介したように、携帯電話では、一つの電波を複数の人が時間をわけて共有しています。これが、基本的に9600bpsというデータ速度をきめていたのです。もっと、スピードを上げるにはドコモパケット(DoPa)の様に、同じ電波を時間で区切って共有する、パケット通信を使うしかなかった。しかし、CDMAでは、複数の人が同じ電波を同時に使えるので、時間で区切る必要がなくなり、電波で流せる通信速度を全部使うことができるのです。

それでは、CDMAを使ったデータ通信は、PHSの32kbpsよりも早くなるのでしょうか。実は、世界的にCDMAによる通信は、二つの派閥に分れています。先行して導入が始まっているのは、cdmaOneというシステムです。これはアメリカの電話会社が積極的に導入しているもので、日本ではDDI系と日本移動通信が導入を始めています。このcdmaOneは、西日本の方からサービスが先に始まり、来年には全国的に使えるようになります。データ通信としてはまずは14.4kbpsの通信をサービスするようです。その後、来年には、DoPaと同じようなパケット通信で、64kbpsを提供する予定らしい。この段階で、最大速度(自分だけで回線を占有できるとき)ではPHSを抜くことになります。一方で、NTT DoCoMoの方はW-CDMAという方式をここ数年で入れようとしています。これも、同じCDMAですが、使う周波数や通信速度が異なるので、データ通信に使える速度はぐっと延びて、最大2Mbpsまであがります。もちろん、cdmaOneの方も、これに対抗するために、2001年には、cdmaOneをさらに高速にしたW-cdmaOneというのをいれるのだそうです。ただし、高速性から言うと、W-CDMAの方が有利なようです。これらの、二つの方式を、IMT-2000(International Mobile Telecommunications -2000)という規格でまとめようという話が進んでいるのですが、結局、W-cdmaOneとW-CDMAという二つの流れはまとまりそうもないようです。ただ、まとまらないなりに、一つの端末で、世界のどこでも電話ができるという、ローミングは実現できそうですが。

それはともかく、少なくとも、来年くらいからcdmaOneによる64kbpsのパケット通信が、日本の一部で始まるということで、これまで高速なデータ通信が売りであったPHSの立場は、モバイルコンピューティングの世界でも無くなりつつあります。この先、PHSはどのように使われていくのでしょうか。雷情報のダウンロードとか、迷子を探す位置情報サービスとか、用途を限った使い方になるのでしょうか。あるいは、電話機の値段とか、重さ、連続通話時間、単位時間辺りの使用料などを総合して考えて、コストパフォーマンスの面からメリットがでないものかな。とはいえ、たとえIMT-2000がPHSの二倍の通話料金であったとしても、本当に移動しながら144kbpsで通信できるのなら、みんなこっちに流れてしまうでしょう。だって、ISDNの128kbpsよりも速いんだから。いまのPHS市場の停滞を見ていると、21世紀の移動通信はIMT-2000に統合されてしまう可能性も高いですね。PHSは決められた端末間のデータ通信に使われるだけで、もはや通話や移動体からのデータ通信には使われなくなる。そうねぇ、IMT-2000仕様の電話機がPHSなみの値段で使えるのなら、どっちでも良いといえば良いのですが。

それにしても、移動通信の分野も、こう技術の進歩が早いと、携帯電話やPHSなんて使い捨てになっちゃいそうですね。PIAFSが使われるようになって、携帯電話よりずっと高速だぜと思っていたら、二年もしないうちに、cdmaOneで64kbpsが実用化されてしまうんですから。でも、IMT-2000のもたらす影響はデータ通信の世界ばかりでもないはずです。IMT-2000は、一つの電話機が世界中で使える環境を考えています。近い将来、自分の携帯電話が、地球上のどこでも使えるようになる。もし、本当に世界中で共通に電話が使えるようになると、電話番号も世界の中で固有のものになる。すると、遠い将来には電話番号が個人を認識するコードになる可能性もありますね。21世紀も半ばになると、生まれたときに、その人の電話番号が与えられるようになるかも知れない。携帯端末にそれを入力すると、自分用に使えるようになるとか。これって、国民総背番号制ってやつかな。ある日、友達に電話をかけると、「この電話番号は、すでにお亡くなりになりました」なんてアナウンスがされたりする。電話番号を間違うことを人違いと言ったりしてね。なーんか、自分が電話機になったみたいな感じがしてくるけど(^_^;。

1998.06.19
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