大白法

平成17年9月16日号


主な記事

<1〜5面>


<6〜8面>


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御法主上人猊下御言葉
9月度広布唱題会の砌 (支部登山の経緯と意義等)


皆様、おはようございます。ただいまは9月度の第一日曜日における広布唱題行を執り行った次第であります。総本山ならびに各末寺においても、本日9時から、信徒の方々と僧俗共に唱題行に励んだことと思うのであります。しかるところ、本日は実に多くの方々がこの客殿と、一部は大講堂にお集まりになり、ただいま相共に唱題行が行われましたことは、本当に有り難く存ずるものであります。おそらく本日の支部総登山で参詣の各末寺の方々がここにおいでになっておるために、このように大勢の参詣者があったことと思うのであります。

この唱題行は総本山においても行い、また各末寺においても例月の第一日曜日に行っておりますが、どちらにおいてもその功徳は全く変わるわけではありません。皆様方は本日、この総本山で唱題行を行いましたが、また所属されておるそれぞれの末寺に参詣されて行われる唱題行にも、同じく大きな功徳が存するのであります。根本の寺と末寺の違いはありますけれども、その御本尊の功徳において、また唱題修行の意義においては全く変わりはないのであります。


ところで、本日はこうして皆様方が支部総登山のために総本山に参詣されまして、共々に唱題行を執り行うことができました。この支部総登山は、たしか平成4年から行われておると思います。

それまでは創価学会の運営による登山会が行われておりましたが、あの団体の、特に池田大作という大謗法者の誤った考えによって様々な誤りが生じてまいりました。それについては一々、とても申し上げきれませんけれども、そのような状態が次第次第に惹起してまいりまして、特に総本山大石寺開創700年の平成2年にそれが顕著になってきたのであります。そのようなことから、宗門は正法をどこまでも正しく持っていく上において、その筋目をつけるべく処置をいたしましたが、それをさらに恨んで、様々な言い掛かりをつけてきました。その結果、平成3年から4年にかけての処置となったのであります。

そして、その平成2年の大石寺開創700年という非常に深い意義のある年から、特に法華講の興隆の姿がはっきりと現れてきたのであります。皆様方のなかにも出席された方もあると思いますが、平成2年に「3万総登山」の結集がありました。これが4万人を超えるところの多くの方々の参集によって、実に見事に達成されたのであります。この姿を見て創価学会・池田大作はさらに嫉妬の念に狂って、正法を、また総本山をますます誹謗してくるという状態を現してきたのであります。宗門は厳然としてこれに立ち向かい、今日、特に平成4年から支部総登山を執り行い、それによって正しい信心を持った全国の法華講の方々による、一年に一度の支部の総力を挙げての総本山への参詣を実践してきたのであります。

支部登山の写真

仏法の言葉に、「根ふかければ枝しげし、源遠ければ流れながし」(御書1036ページ)という言葉があります。地面の中に根が深く入っておれば、そこから現れてくるところの幹といい、枝といい、葉といい、ことごとくが正しく生長し繁茂するのであります。しかし、その根を忘れて「もう、これだけ幹も大きくなった、枝も栄えた、葉も茂ってきたから、根から切ってしまって別の所へ移そう」といって移したことが実はあったのです。ある時期に、このような莫迦(ばか)なことを池田大作が行ったのです。

総本山で観桜会が開かれたのですが、その年は雨が降ったために、かわいそうなことに総本山の桜を切って常来坊の中へ入れ、常来坊の広間を桜で満開の姿に一往、したのであります。しかし、そのような莫迦なことがあるでしょうか。その時は私も既に当職でしたから招かれました。ただし、その当時の状況としてはやむをえませんでしたので、私はそのことについては触れませんで黙っておりましたけれども、その桜はどうなったかと言いますと、もちろんすぐに枯れてしまったのであります。根があればこそ、桜にしろ他の植物にしろ繁茂するのであります。根本である根が切れてしまえば、植物としての命もなくなるのです。これは植物のみに限らず、一切のものがそのとおりであります。一時は良いようだけれども、根本を忘れたところには、必ずその結果が衰消の姿乃至、滅亡の姿となって現れてくるのであります。

さらに「源遠ければ流れながし」という語でありますが、これが大聖人様の仏法の根本の道を示された言葉であります。爾前迹門の教えに対して、本門の根本の久遠のところから、科学を超越する意味における厳然たる仏法の実在を示されておるのが、本門の寿量品の教えであります。そのところのさらに根本において、大聖人様が末法に妙法蓮華経を自ら身に当ててお読みあそばされることにより、久遠元初の根本の妙法の当体を顕され、また御自身がその妙法蓮華経如来として顕れ給うたのであります。それがこの9月12日なのであります。

本日は9月度の広布唱題会に当たっておりますが、大聖人様は『開目抄』に、「日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑(ねうし)の時に頸はねられぬ。此(これ)は魂魄(こんぱく)佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそ(怖)ろしくてをそろ(恐怖)しからず。み(見)ん人、いかにをぢ(怖)ぬらむ」(御書563ページ)と、法華経の行者の不惜身命の姿にこそ、あらゆる迫害を打ち破り、難敵を打ち払うところの厳然たる大功徳があって、その大功徳について、すなわちその威厳、威光について「みん人、いかにをぢぬらむ」と仰せあそばされたのであります。

しかれば「魂魄佐土の国にいた」るという、その魂とは何かと申しますと、これは聞かれた方も多いと思いますが、久遠元初の御本仏としての御魂であります。この魂をはっきりと実証あそばされて、『立正安国論』以来の正法正義をもって一切衆生を救わんとするそのお振る舞いに、また御化導に対して三類の強敵が現れ、ついには大聖人様のお頸を刎(は)ねんとする姿が現れました。けれども、結局、それを果たすことができなかったのであります。

ただし大聖人様はその時に、既に凡夫の日蓮の頸は刎ねられたと仰せであります。ここに深い意義があるのです。刎ねられつつも、なおかつその御魂魄が佐渡の国においでになったという意味は、すなわち日蓮の凡身の迹が発(はら)われて、久遠の仏様の御当体として顕れあそばされたということであります。この大聖人様の大仏法は三大秘法として開かれ、そして日興上人に正しく受け継がれ、日興上人からさらに日目上人、日道上人と一器の水を一器に移すが如く、今日まで総本山に伝えられております。

したがって、皆様方が一年に一度、法華講の支部総登山として総本山に参詣されるということは非常に大切なことなのであります。皆様一人ひとりが講中の発展とともに自らの罪障を浄化して本当の成仏の境界を打ち立て、妙法の功徳を顕すところの、一年の多くの修行のなかの根本の修行が、この支部総登山であるということをよくお考えいただきたいのであります。そして、もし皆様方の支部のなかで色々な意味でここに参加していない方があったならば、来年からは是非、皆さんが誘い合わせて1人も漏れなく支部総登山に参加していかれることが大事であります。私は、そのような意味で支部総登山が隆盛を極めていくところに、おのずから仏法の広宣流布の正しい道が開かれてくるということを信ずるものであります。

支部登山の写真

今後とも、いよいよ御精進されることを心からお祈り申し上げ、ひとこと御挨拶といたします。御苦労さまでした。

※この原稿は昭倫寺の若山さんのご協力で掲載しました。



広布推進僧俗指導会より


◎平成21年に向けて 総監・早瀬日如御尊能化

本日は、平成17年度地方別広布推進僧俗指導会に当たり、皆様方には諸事万端御繁忙のところを、万障繰り合わせて御出席され、まことに御苦労様でございます。さて、私からは「平成21年へ向けて」と題して少々申し上げたいと思います。


『立正安国論』の原理

大聖人は『立正安国論』に、「早く天下の静謐を思はゞ須く国中の謗法を断つべし」(御書247ページ)と仰せであります。すなわち、邪義邪宗の謗法を断たなければ、真の世界平和も、全人類の幸せも、また我々自身の成仏も実現しないと仰せらているのであります。

したがって、この『立正安国論』の原理に照らせば、今日の不幸と乱の原因、例えば、今イラクをはじめ世界の至る所で起きている内戦や爆弾テロや凶悪な犯罪、さらには毎日のように繰り返される悲惨な事件や事故など、さらに今日の政治の混乱と不信、いまだ続く経済不況、教育の荒廃、モラルの低下、文化の退廃、家庭崩壊など、その根本原因を突きつめてみると、すべてこれは池田創価学会をはじめ、邪義邪宗の謗法の害毒にあることを知らなければなりません。

つまり、邪義邪宗の謗法の害毒によって貧・瞋・痴の三毒が強盛になり、人々の心が濁り、命が濁り、衆生全体が濁り、時代が濁り、結局、その害毒は個人だけではなく一国をも不幸にし、世界を不幸にし、戦争、疫病、飢渇、天変地夭となって現てくるのであります。


貧・瞋・癡の三毒

考えてみれば、人間の不幸は人が自らの欲望、すなわち貧・瞋・癡の三毒などによって招いているということであります。

先日の『朝日新聞』によると、地球の温暖化現象は近年特に著しく、このままいけば、世界全体の平均気温は今より2.7℃上昇し、降水が北極に近いところでは増え、地中海周辺では減り、その結果、ユーフラテス川の水量は40%も減少し、逆にガンジス川の水量は15%も増すほか、世界至る所の河川で増水や干魃現象を起こし、それによって人の健康や食料生産での悪影響の可能性が急激に高まり、食料や水の世紀末を告げると報道されていました。

本年、各地に多大な被害をもたらした台風14号も、先日のテレビによると、日本周辺の平均気温が0.6℃上がった結果ではないかと言われていました。しかもその原因はどこにあるのかと言えば、二酸化炭素濃度の上昇によるということであります。二酸化炭素濃度の上昇は排気ガスなどによって起こることで、結局のところ、人間が自然界を破壊し、人間の欲望によって自分たちが住むこの世界を、この地球を危機に追いやっているのであります。

ところが、こうした人為的な原因による異常気象だけではなく、例えば、群発する地震なども、実は我々の生命活動と密接な関係にあるのであります。大聖人は文永5年の申状において、「去ぬる正嘉元年丁巳八月二十三日戌亥刻の大地震、日蓮諸経を引いて之を勘へたるに、念仏宗と禅宗等とを御帰依有るがの故に、日本守護の諸大善神、瞋恚を作して起こす所の災ひなり」(御書370ページ)と仰せられています。すなわち「何故、国を揺さぶるような大地震が起こるのか」との質問に対し、大聖人は「それは日本の国の人々が間違った教え、すなわち謗法の念仏宗や禅宗等に帰依しているが故に、日本守護の諸大善神が瞋りをなして起こしたのである」と仰せられているのであります。

また『瑞相御書』には、「人の悦び多々なれば、天に吉瑞をあらはし、地に帝釈の動あり。人の悪心盛んなれば、天に凶変、地に凶夭出来す。瞋恚の大小に随ひて天変の大小あり。地夭も又かくのごとし」(御書920ページ)と仰せられています。すなわち「人の悦びが多ければ多いほど、天にはよい験(しるし)が現れ、地には諸天善神の動きがあって人々は守られるが、人の悪心が盛んになれば、天変地夭が起きる。人の瞋りが大きいか小さいかによって、天の動きもまた大小がある。地震も同じである」と仰せられているのであります。

つまり、依正不二の原理に照らし、正報たる我々人間の生命活動が歓喜に満ちたものであれば、依報たる自然界にはよい傾向が現れ、平穏で平和な国土世間となりますが、その反対に、我々の生命活動が邪義邪宗の害毒によって狂ってくると、天変地夭が起きるのであります。

したがって、善につけ、あるいは悪につけ、我々の身口意三業にわたる生命活動の動向がそのまま自然界・国土世間に大きく影響を与えているのであります。まして、人間の限りない欲望や野望や瞋りによって起きる戦争やテロ、悲惨な事件や事故は、間違いなく我々人間の貧・瞋・癡の三毒のなせる業であり、この三毒によって起きる結果であることは明白であります。


僧俗異体同心して御命題達成を

我々は、こうした現実を直視し、真の解決を図り、我々人類が安心して住める平和な社会にしていくためには、末法の御本仏宗祖日蓮大聖人様の仏法以外にないことを固く確信し、救済のための最善を尽くしていくことが、本宗僧俗の大事な使命であることを銘記しなければなりません。

すでに皆様には御承知の通り、平成21年の御命題は「地涌の友の倍増乃至、それ以上の輩出と大結集」であります。結論から先に言えば、天変地夭や戦争やテロ、悲惨な事件や事故をなくし、平穏にして幸せな世界を実現するためには、我々は何としても「地涌倍増」の御命題を達成しなければなりません。「地涌倍増」が達成されれば、未来広布への道も大きく開かれ、御金言のごとく諸天善神も守り給い、日本は変わります。日本が変われば世界も変わります。何故なら、仏法は体であり、世間は影であります。正を立てて国を安んずるという『立正安国論』の原理は厳然と存在しているからであります。

しかし、それにはまず我々は本年度の折伏誓願を必ず達成することであります。いたずらに遠くを見つめて空理空論を弄(もてあそ)ぶのではなく、現実に目を転じ、自らの足もとを見つめ、そこから一歩一歩確実に勝利していくことが肝要であります。

御命題の達成まで残りあと4年、ここへ来ての本年度の闘いは極めて重要であります。極論すれば、本年度を勝利するかしないか。これによって「地涌倍増」の達成度は大きく変わります。したがって、各支部とも、まず本年度の折伏の達成状況を見て、総括すべきものは総括し、残り期間をどう闘うか。指導教師並びに幹部が真剣に考え、実効性のある具体的な企画を立て、講中挙げて折伏に取り組んでいかなければなりません。ただ、指導教師や幹部が「やれ、やれ」と、いくら号令をかけても折伏はできません。まず第一に、指導教師・幹部が率先垂範して折伏を行ずることであります。

しかしまた、勝つためには、誓願を達成するための具体的な作戦が必要であります。講中の特長を生かした戦略、あるいは戦術としての闘い方があるはずであります。もちろん、各支部の特徴もあります。大小もあります。地域性もあります。しかし、その中で最善の方法をしっかりと見極めていくことが、指導教師並びに講中幹部の大事な役目であります。したがって、指導教師・幹部は無策であってはなりません。何も手を打たず、ただ時間の過ぎるのを傍観するのではなく、智慧を絞り、可能性のある手を打つことであります。智慧が涌いてこなければ題目をあげることであります。指導教師も幹部も一緒になって、真剣に唱題に励むことであります。

また、「何故、折伏をしなければならないのか」ということを、繰り返し繰り返し学習していくことも大事であります。目的や思想を持たない集団は、いずれ滅び去るからであります。また一方、大事なことは、講員各位には、上からの指示をただじっと待っているのではなく、また折伏の責任を指導教師や幹部だけに押しつけるのではなく、自らが立ち上がることが講中活性化の起爆剤となり、勝利への導火線となり、誓願達成の強力な原動力となるのであります。

つまり、私が申し上げたいことは、指導教師をはじめ、講頭・副講頭・幹部・講員が一体となって闘えば、必ず勝利するということであります。まさしく「人の和」こそ勝利の秘訣であります。外典にも、「天の時は、地の利に如かず。地の利は、人の和に如かず」という言葉がありますが、異体同心の団結なくして勝利はありません。世のため、人のため、また自らのために、勝利を収めたければ、私心を捨て大同団結して、残り4カ月を闘いきっていくことであります。

結論すれば、平成21年の御命題達成の鍵は、今後、残り4カ月間の闘いの如何(いかん)に懸かっているということであります。何卒(なにとぞ)、皆様方には、この指導会を機に、決意を新たにして立ち上がり、異体同心・一致団結して、必ず本年度を勝利し、御命題達成へ向けてさらなる大前進を図られますよう心からお祈り申し上げ、私の話を終えます。



○広布推進僧俗指導会より 折伏実践の方途について 大講頭・石毛寅松

皆さん、こんばんは。私は「折伏実践の方途について」申し上げます。

本年は「僧俗前進の年」として、平成21年の御命題達成に向かって大前進していく年であり、全支部が誓願目標を達成していく大事な年であります。したがって、これからの話を少しでも参考として折伏実践に活かし、全支部が、本年度の折伏誓願目標を立派に完遂されるよう念願いたします。そこで折伏実践の方途として、「一般の邪宗教に対する折伏」と「創価学会員に対する折伏」とに分けて申し上げます。

御法主日顕上人猊下は、平成7年の初登山会の御目通りの砌、我々法華講に対し、「本年中に最低、一人が一人の折伏をし、真の自行化他の御奉公ができうるよう、大御本尊に誓願し、お祈り申し上げることが大切であると思うのであります」(大白法424号)と御言葉を賜れました。また、平成12年の「新年の辞」においても、「我一人立ち上がり、本年に於いて必ず一人以上の折伏の縁を作り行ぜんとの誓願を、大御本尊に祈念し奉られることこそ肝要であります。(中略)この我れ一人が本年一人以上の折伏を行ぜんとの志が、世界広布の要諦(ようてい)であります」(同540号)と、一人ひとりが誓願を立てることの大事について御指南を賜れました。

そこで、貝体的な折伏実践の方途について、5つに分けてこれから申し上げます。


第一の方途:御本尊様に誓願を立てる

御法主上人猊下御指南のごとく、一人ひとりが決意を込めて御本尊様に誓願を立てるということであります。この誓願ということは、「自らが仏様に願い、仏様に誓っていく」ものであります。

支部の誓願数や地区・班・組などの誓願数は知っていても、自分自身の誓願についてはほとんど考えていないのではないでしょうか。誓願目標のない人は、どうしても唱題も折伏の実践も惰性に流れ、寒苦鳥のようにいたずらに毎日を過ごしてしまいがちになります。この惰性を打ち破って前進していくためにも、まず一人ひとりが、御本尊様に誓願を立てることであります。


第二の方途:みんなで折伏に歩く

組織をあげて、皆で折伏に歩くということです。

本年の年間実践テーマに、「『一人が一人の折伏』を実践」とあることから、すべてを自分一人でしなければならないと考え、個々別々に折伏に歩いてはいないでしょうか。しかし、これでは講中全体に、信心の喜びも折伏の歓喜も拡がっていきません。組織をあげて皆で手分けをして折伏に歩いてこそ、歓喜の輪が拡がっていくのです。

具体的には、班や組など皆で下種先を出し合い、皆で応援することです。そのためには、(イ)相手の宗旨は何か、真言宗か念仏か、それとも新興宗教か、また学会員かどうかを、はっきりとお互いに知り合うことが大事です。(ロ)家庭の状況はどうか、何か悩みごとはないか等を話し合い、下種先の一覧表を作ることです。(ハ)この一覧表に基づいて、「誰と誰」が「いつ」応援をするか等を具体的に決めて、皆で折伏に歩くことです。

大聖人様が『崇峻天皇御書』に、「すぐろくの石は二つ並びぬればかけられず。車の輪は二つあれば道にかたぶかず。敵も二人ある者をばいぶせがり候ぞ」(御書1171ページ)と仰せのように、折伏は必ず2人以上、できれば3人乃至4人で歩くことが大事です。このなかには、壮年や婦人、新入信者やふだんあまり折伏をしていない者も入れて、信心の喜び、折伏の楽しさを、体でつかんでいくようにすることです。

この一緒に歩く仲間を3人1組としても、支部や地区、班等で、30人いれば10組出来ます。60人いれば20組、90人いれば30組出来ます。これらが日曜日等、お寺や拠点に皆で集まって唱題をしてから折伏に歩けば、信心の歓喜が涌き、折伏が楽しくなり、必ず結果は出てまいります。


第三の方途:具体的な仕方・方法

かつて法道院の前御主管・観妙院様は、私たちに「数息観(すそくかん)」と「不浄観(ふじょうかん)」の例を引いて御指導くださいました。この数息観ということは、鍛冶屋さんがフイゴを使って鉄を溶かし、金槌で打って物を作るときの呼吸の間合いの取り方です。洗濯屋さんにこの話をしても、ピンとこない。洗濯屋さんには、汚い物を洗ってきれいにする不浄観を教えることです。

折伏もこれと同じで、相手の機根、性格などをよく知ることが大事です。相手の身になり、相手の境遇まで自分をもっていって折伏することです。「何でも、相手を言い負かせばいいんだ」と思っている人がいますが、それはダメです。邪宗教を破折するのではなくて、相手の人格を否定してしまう。それは折伏ではありません。真心込めて、相手の間違った考え、邪義・邪宗を破折していくことが大事です。

大聖人様が『開目抄』等に、「彼が為に悪を除くは、即ち是彼が親なり」(御書577ページ)との経文を引かれて仰せのごとく、慈悲の心をもって、いかに幸せに生きるかということを教えることです。相手が病気をしていれば、自分も病気をしている気持ちになって話し、相手が貧乏をしていれば、過去の自分を振り返って、自分が救われた体験を話し、また他人の体験などを話してあげることが大事です。共に手をとり、共に涙を流す真心、慈悲の心でなければ、折伏はできるものではありません。折伏は慈悲でするものです。


第四の方途:臆病にては叶ふべからず

勇気を出して一言一句でも語っていくことです。大聖人様は『教行証御書』に、「日蓮が弟子等は臆病にては叶ふべからず」(御書1109ページ)と、また『諸法実相抄』にも、「力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」(同668ページ)と仰せられております。

今日の世相を見るとき、親が子を殺し、また子が親を殺したり、民生委員が面倒を見ている老人を殺して金銭を奪ったり、自殺サイトを利用しての人殺しなど、悲惨な事件が相次いで起こっております。大聖人様は、「仏法は体のごとし、世間はかげのごとし。体曲がれば影なゝめなり」(同1469ページ)と仰せであります。

この悲惨な事件はすべて、邪義・邪宗がはびこり世間を濁乱した、邪義・邪宗の害毒によるものであります。これらの悲惨な出来事をなくしていくためにも、勇気を出して一言一句でも語り、邪義・邪宗を徹底的に破折していかなければなりません。口先だけでいくら折伏、折伏と言っても、実行しなければ何の結果も出ません。

『土篭御書』にも、「法華経を余人のよみ候は、口ばかりことばばかりはよめども心はよまず、心はよめども身によまず、色心二法共にあそばされたるこそ貴く候へ」(同483ページ)と仰せられております。一人ひとりの「地道な折伏実践」が支部の誓願を完遂し、地涌倍増も成し遂げていくのです。さあ皆さん、決意も新たに、皆で折伏に立ち上がっていこうではありませんか。


第五の方途:唱題の大事

今年の夏期講習会で、総本山第51世日英上人様が、徳川幕府第13代将軍家定の御台所天璋院篤姫からの願い出に対し、51日間、1日12時間の唱題行をもって所願を成就されたということを学びました。講師の御尊師からは、「わずか1時間か、2時間くらいの唱題で、所願が成就することができるでしょうか」と、厳しいお話もいただきました。

御法主上人猊下は、「一切を開く鍵は唱題行にある」(大日蓮635号)と仰せられております。『祈祷抄』の、「大地はさゝばはづるゝとも、虚空をつなぐ者はありとも、潮のみちひぬ事はありとも、日は西より出づるとも、法華経の行者の祈りのかなはぬ事はあるべからず」(御書630ページ)また『経王殿御返事』の、「あひかまへて御信心を出だし此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき」(同685ページ)との御金言を拝するとき、何といっても真剣な唱題と折伏の実践以外にありません。

「僧俗前進の年」の本年こそ、今までの生活を改めて一人ひとりが時間を作り、真剣な唱題と折伏の実践をもって、本年度の折伏誓願目標を全支部が立派に完遂していこうではありませんか。


最後に:現在の一凶たる邪教創価学会への折伏

現在の一凶たる邪教創価学会への折伏について申し上げます。先ほど庶務部副部長・阿部信彰御尊師からもお話がございましたので、私は一言だけ申し上げます。

池田教に狂っている創価学会員に対し、「いったいあなたは何のために信心したのですか。学会のためですか」と言い、さらに「今、創価学会は本門戒壇の大御本尊から離れて『ニセ本尊』を拝んでいます。『大聖人直結』とか『御書根本』と言って血脈を否定しています。学会葬や友人葬を行い、塔婆もない、先祖供養もできない。あなたの信心は間違っています。堕地獄です」とはっきり言い切っていくことが大事であります。

現代の一凶たる邪教創価学会の」破折こそ、今、我々法華講衆に与えられた使命であり、責務であります。今、学会は真実を知らされることを非常に恐れています。「宗門が悪い」などの悪宣伝で洗脳されている哀れな学会員に真実を話して、一人でも多く救い、平成21年に向かって大前進していこうではありませんか。皆で一生懸命頑張ってまいりましょう。




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