大白法

平成18年9月1日号


主な記事

<1〜5面>

<4〜8面>


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大白法700号の発刊に寄せて


◎御法主日如上人猊下御言葉

今回、法華講連合会機関誌『大白法』が、本年9月1日をもって700号数えると聞き、心からお祝い申し上げます。創刊号から700号に至るまで、企画・編集・発行に携わってきた多くの方々の御尽力に心から敬意を表します。

関係者から聞くところによりますと、昭和37年8月の創刊当時は、法華講連合会加入支部も僅か45支部で、発行部数も少なかったようですが、今回の学会問題を契機として、全国的に法華講支部が結成され、現在では加入支部も569支部に増え、それに伴って『大白法』の発行部数も飛躍的に伸び、全国規模で購読され、各支部が日常の信心活動に様々なかたちで活用されていることは、まことに歓びに堪えないところであります。

就中、最近の紙面は、僧俗が一体となって編集・発行に携わり、信行増進、教学研鑚、破邪顕正等の各面において、その時々に適った問題を的確に取り上げ、多くの読者の要望に応えて、法華講連合会機関誌としての使命と役割を見事に果たしていることは、今後の法華講の発展と推多を鑑み、まことに心強いものがあります。

『日蓮正宗法華講連合会規約』の第5条には、「連合会は、日蓮正宗総本山及び末寺を厳護し、日蓮正宗の教義を護持弘宣して、広宣流布達成に資するとともに、法華講支部の発展をはかり、講員の信仰増進に寄与することを目的とする」とあります。したがって、『大白法』は、あくまでも一天四海広宣流布を目指す法華講連合会の機関誌として、その目的達成のために、宗務当局からの指導・連絡をはじめ、法要・儀式・行事・案内等を含めた活動状況の報告などを正しく伝えていく報道性と、法華講連合会が進むべき方向性を示唆した指導性と、外に向かっての布教性を兼ね備えたものでなければならないと思います。

こうした意義から、このたび700号の発行を契機に、『大白法』がさらに充実発展して広布に寄与されますことを心から願い、関係各位のいよいよの御健闘を心から祈り、お祝いの辞といたします。



□祝辞 委員長・柳沢喜惣次

このたび、9月1日をもって『大白法』は発刊700号を数える。まことに感慨無量であります。昭和37年8月の創刊号より毎月1回の発行が、平成3年9月より、学会問題に端を発し月2回の発刊となり、その間、年数をもって数えるときは45年間となります。住時の方々の並ならぬ御苦労は筆舌に尽くせるものではありません。心から感謝申し上げる次第でございます。

また、この頃(平成3年)から、学会の大謗法は日に日に増大し、時代もまた予期せぬ方向に大変動していったように感ずるものであります。そのような非常事態の中にあっても、法華講は大御本尊様に守られ、血脈嗣法(けちみゃくしほう)の御法主上人猊下の御指導のもと、その信心は『大白法』の通じて全国一点の染みもなく、妙法広布の直道を、ひたすらに進んできたのであります。

思うに、何事も続けていけるということは、大切なことであります。また長期に渡って続くことの要因は、正直な信心を貫くことと、弛まぬ精神の持続であると信ずるものであります。申すまでもなく妙法の生活は、正直な信心の体からすべてを生ずるものであり、そこに時代を超えて大勢の生活を導くことができるも、反面、不正直は後続の者を善導することはできません。そこに、末路は変質するか、中断するかであります。

妙法広布の一翼を担う『大白法』がその使命を全うする上に、僧俗一致、御法主日如上人猊下の御教導のもとに、今後さらなる法華講の信心の倍増、啓蒙、そしてまた、すみずみに至るまでの周知に肝胆を砕かれる皆様のために、時代はさらに卓越した企画、編集を要求してくることと存じます。どうぞ今後とも、一層の御精進と御健勝を御祈念いたし、お祝いの言葉に代えさていただきます。




第11回海外信徒夏期研修会
17の国と地域から1,070余名が御登山


去る8月19日・20日の2日間にわたり、総本山大石寺において、第11回海外信徒夏期研修会が開催された。この研修会は、海外に在住する信徒を対象として平成4年より執り行われているもので、今回は大韓民国、台湾、アメリカ合衆国、カナダ、シンガポール、マレーシア、タイ、ホンコン、フィリピン、ブラジル、アルゼンチン、スペイン、フランス、スイス、イタリア、英国、ガーナの計17の国と地域より総勢1,070余名の信徒が参加した。

18日午前中に、海外部サポートスタッフが全国から集まり、正午には総二坊1階カウンターに海外部センターが設置された。そして、午後零時半より総二坊lAにおいて結団式が行われ、受け入れの準備が整えられた。

18日午後から19日早暁にかけて、世界各地から海外信徒が続々と着山し、19日午前8時半から広布坊で開会式が行われた。開会式では最初に、世界各地より信徒を引率してこられた御僧侶、各国担当の御僧侶、また海外派遣要員の御僧侶、さらにサポートスタッフの紹介があり、続いてスケジュールと総本山滞在中の注意事項の説明があった。最後に海外部長・漆畑行雄御尊師の挨拶をもって開会式は終了し、その後、1時間の唱題会が行われた。

午後1時半からの御開扉の後、午後3時半から客殿において御法主日如上人猊下より御目通りを賜った。その中で御法主上人猊下は、遠路の登山を労われ、『南条殿御返事』の一節を通して御指南あそばされた。この後、各宿坊に帰り夕の勤行を行い、一日目の行事を終えた。

翌20日は、午前2時半から丑寅勤行に参加し、明けて9時半から、「登山参詣の意義」と題して行われた講義に参加した。これは、8力国の言語別の会場に分かれて、それぞれの担当講師より受講した。

午後1時半からの御開扉の後、全体講義として広布坊において、全国布教師の妙栄寺住職・高野法雄御尊師により「一波はやがて万波に及ぶ」と題して講義が行われた。また、海外部作成の大石寺紹介のスライドショーが、昨年に続き行われ、六壼が創建された時の様子や日目上人への御付嘱を、視覚を通して学んだ。

引き続き閉会式が行われた。はじめに、海外部主任・中本代道御尊師より挨拶があり、次いで漆畑海外部長より、御命題の「『立正安国論』正義顕揚750年」を期して4つの記念事業が行われることと、中でも特に地涌倍増への闘いの取り組みについて「信徒の多い国は多い国なりに、、少ない国は少ない国なりに、ともかく現状の2倍を目指してそれぞれの国において精進していくことが地涌倍増ということであり、さらに大事なことは、その倍増された地涌の友が2009年にこの総本山に大結集するということである。そのためには御国に帰られた後は、御命題の意義をしっかりと心にとどめ、ここにお集まりの皆様が率先して折伏を推進していただきたい」(趣意)との御指導があった。

次いで研修会の修了証書が、漆畑海外部長より参加者代表の韓国信徒のヨム・フィチャンさんに手渡された。引き続いて同氏より全参加者を代表して謝辞があり、閉会式は終了した。

2日間の研修会を終えた海外信徒は、翌21日の丑寅勤行に参加した後、順次帰国の途についた。海外信徒が下山した後、宿坊等の清掃や機材の後片付けを済ませたサポートスタッフの解団式が正午より総二坊1Aにおいて漆畑海外部長御出席のもと行われ、一切がとどこおりなく終了した。

今回の夏期研修会において、御法主上人猊下から御目通りの砌に直々に賜った御言葉を誇りとして、総本山で過ごした貴重な時を各々生命の奥底に刻み込む信心修行の実践が、それぞれの国におけるさらなる地涌倍増への闘いとなって現れることと確信する。

なお、19日・20日の両日、任務の合間を縫って、「海外部サポートスタッフ研修会」が、3年後に迫った「『立正安国論』正義顕揚750年」の佳節に予定されている海外信徒総登山に向けて、サポートスタッフ一人ひとりの成長と、より充実した体制の確立を図る目的で行われた。



御法主日如上人猊下御講義
折伏要文(第3期)


皆さん、おはようございます。本年度法華講夏期講習会の第3期に当たりまして、このようにたくさんの方が参加され、まことに御苦労様でございます。本年度から2日目の講義の時間帯を少し変えまして、午前9時からの1時間を私の話といたし、そのあとの1時間において指導会を行うことにいたしました。

さて、私の講義は、皆様方のお手元にお配りしてある「折伏要文」を教材としてお話していきたいと考えております。これは簡単に言いますと、平成21年の御命題である「地涌倍増」と「大結集」を達成する道は、折伏以外にないわけであります。つまり、「地涌倍増」というのは文字通り倍増でありますから、そのためには折伏を実践していくことであります。「大結集」も、折伏の伴わない大結集は、単なる数集めにしか過ぎなくなってしまいますから、この御命題を名実共に達成していくためには、やはり折伏をして地涌倍増し、そしてその結果として大結集を行うということが大事であります。したがって、基本となるのは折伏であると思います。

この折伏の大事については、皆様方も各支部にお帰りになりますと、指導教師や講頭さん、副講頭さん、幹部の方、そういった方々からしょっちゅう聞いていらっしゃると思います。しかし今回、あえて「折伏要文」を講義することにいたしましたのは、このことは私たちが勝手に言っているのではなく、御本仏大聖人様が、私たちの一生成仏のために、そして真の世界平和と全人類の幸せのために「折伏が大事である」ということをおっしゃっているということをよく知っていただきたいと思ったからであります。そこで本年度は、折伏に関する要文を抽出いたしまして、少しずつお話をしていきたいと、このように考えた次第でございます。



それでは、今日はテキストの7ページから拝読をしていきたいと思います。

◆南条兵衛七郎殿御書◆

【善なれども大善をやぶ(破)る小善は悪道に堕つるなるべし】(御書323ページ14行目)

ここに「善なれども大善をやぶる小善」とありますが、善といってもその中には小善や大善があるのです。

仏法の上から言いますと、まず第一に、小乗教と大乗教があります。そこで、この小乗教と大乗教を比べますと、同じ善ではあるけれども、小乗教は小善であり、大乗教は文字通り大善になるわけです。五重相対の中に大小相対ということがありますが、大乗の教えが説かれれば、小乗の教えというものは全部、大乗に含まれるわけですから、これは取り上げてはならないのです。

次に、権実相対の上から述べれば、大乗仏教の中でも、権教と実教という立て分けがあるのです。すなわち、爾前権経である阿弥陀経や大日経などは、この権教のほうに含まれます。そこで、実教である法華経と、阿弥陀経や大日経などの権教を比べれば、同じ善ではあるけれども、やはりそこには小善と大善の差があって、大善中の大善であるところの法華経に帰依しなければならないということになるのです。

ですから、このところは、善には大善と小善があって、そのうちの小善である爾前権経が大善である法華経を破ることがあれば、それは用いてはならないし、もし用いるようなことがあれば、それは悪道に堕(お)ちることになると仰せられているのです。

そこで、今、末法においては、まさに三大秘法の南無妙法蓮華経が究極の大善になるわけです。ですから、それ以外の教えはすべて小善となるのです。しかも、その小善が大善を破る、つまり阿弥陀経などの権教が法華経の実教を貶(けな)すようなことがあれば、それは悪道に堕ちるということです。ですから、それは破らなければならない対象になるということであります。

しかるに、世間の人々はこのことがよく判っていないので、仏様の教えであれば何でも同じではないかと言うのです。皆様方も御承知かと思いますが、「分け登る ふもとの道は 多けれど 同じ高嶺の 月を見るかな」という歌があります。これは登り方が違っても、結局は山の頂上へ着くではないかということです。つまり仏教で言えば、全部仏様が説いた教えなのだから、どれを信じてもよいではないかということです。たしかに富士山に登るのは、そうかもしれません。けれども、仏法はそうではないのです。仏法には、きちんとした善悪のけじめがあるわけで、そこで唯一最高の大善である南無妙法蓮華経以外は全部、邪義邪教であるということになるわけです。このことが判らないと、なぜ折伏するのかということも判らなくなってくるのです。

この法華経と爾前経とを譬(たと)えるならば、爾前権経は足場であるということです。つまり、家を建てるときには足場が必要です。柱を立てるにも、壁を塗(ぬ)るにも、足場がなければ家は建ちません。けれども、ひとたび家が建ったならば、足場は取り払わなくてはならないのです。ですから、家が建つまでは足場が必要であったのと同様に、法華経が説かれるまでは爾前権経も必要だったのです。けれども、家が建ってしまえば、足場が必要なくなるのと同じように、法華経が説かれたならば、つまり末法においては三大秘法の南無妙法蓮華経の大御本尊様が御出現したからには、それ以外の方便の教えは捨て去らなければならないということであります。このへんのけじめをしっかりとつけていくところに、折伏の意義を感じていかなければならないのです。



◆弟子檀那中への御状◆

【大蒙古国の簡牒(かんちょう)到来に就いて十一通の書状を以て方々へ申さしめ候。定めて日蓮が弟子檀那、流罪死罪一定(いちじょう)ならんのみ。少しも之を驚くこと莫(なか)れ。方々への強言(ごうげん)申すに及ばず。是併(しかしなが)ら而強毒之(にごうどくし)の故なり。日蓮庶幾(しょき)せしむる所に候。各々用心有るべし。少しも妻子眷属を憶(おも)ふこと莫れ、権威を恐るゝこと莫れ。今度生死の縛(ばく)を切りて仏果を遂げしめ給へ。鎌倉殿・宿屋入道・平左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺己上十一箇所。仍って十一通の状を書きて、諫訴(かんそ)せしめ候ひ畢(おわ)んぬ。定めて子細あるべし。日蓮が所に来たりて書状等披見せしめ給へ。恐々謹言】(御書380ページ10行目)

「十一通の書状」とは、文永5(1268)年10月11日の御状でありまして、これは大聖人様が北条時宗をはじめとする11ヶ所に出されたお手紙なのです。これはどういうことかと申しますと、まず文永5年1月18日に、蒙古国から鎌倉に牒状が寄せられるのです。このことは大聖人様がかねて『立正安国論』において予言せられていたところの他国侵逼(しんぴつ)難の前兆なのです。この牒状のことを、ここでは「簡牒」とお書きになっておりますけれども、これは要するに、内容的には日本国に対して服属を求め、献貢(けんぐ)しなければ武力で討(う)つといったものであり、それが蒙古の国から日本の国に対して送られてきたのです。ですから、ここにいよいよ大聖人様がかねてから懸念せられていた他国侵逼難が出てきたのです。

そこで大聖人様は、まず4月5日に、鎌倉幕府に対して影響力を持っていた法鑑房に対して『安国論御勘由来』を出されたのです。次いで8月21日に、宿屋左衛門に対して申状を出されたのです。この『宿屋入道許御状』は、皆様方もご存じの申状です。御会式の申状捧読(ほうどく)のときには、最初に日有上人の申状を捧読します。次に導師の方が『立正安国論』をお読みになるのです。次が日蓮大聖人の申状、続いて日興上人、日目上人、日道上人、日行上人と順に捧読いたします。

その日蓮大聖人の申状の中で、「其の後(のち)書絶えて申さず、不審極まり無く候。抑(そもそも)去ぬる正嘉(しょうか)元年丁己八月二十三日戌亥(いぬいの)刻の大地震、日蓮諸経を引いて之を勘(かんが)へたるに、念仏宗と禅宗等とを御帰依有るがの故に、日本守護の諸大善神、瞋恚を作して起こす所の災ひなり云云」(御書370ページ)というのを聞いたことがあるでしょう。この申状は実に大事なのです。

これは、依正不二(えしょうふに)の原理の上から、なぜ正嘉元年の大地震などが起きるのかという、その原因について、それは念仏宗や禅宗などに帰依するが故に日本守護の諸大善神が瞋(いか)りをなして災いを起こすのであると仰せられるのです。ですから、現在の天変地夭(ちよう)なども、まさに同様なのです。単なる偶然ではないのです。種々の災いが起きてくるということは、まさに邪義邪宗が蔓延(はびこ)って、そこに諸天善神が瞋りをなして国を去る故に、このような災難が起きると、はっきりとおっしゃられているのです。

したがって、宿屋左衛門に対して、かねて予言していた通り、ついに蒙古国からこのような牒状が来たではないか。だから爾前権経を捨てて、法華経に帰依しなければいけないということを、この申状の中でおっしゃっているのです。しかし、幕府はそれを用いなかったわけです。

そこで大聖人様は、10月に入って、鎌倉殿・宿屋入道・平左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺の11ヶ所に対して、今、この日蓮を用いずに邪義邪宗を用いるならば、必ず他国侵逼難が起きるということを非常に厳しく仰せられて、諫暁していらっしゃるのです。そういうことで、この「十一通の書状」には、非常に厳しく御指南あそばされている内容が存するわけです。


次に「定めて日蓮が弟子檀那、流罪死罪一定ならんのみ」。このように幕府の要路者等を諫暁したからには、流罪や死罪といった様々な迫害が必ず起きてくる、そこに大聖人様は御覚悟なされておられるのです。しかし、「少しも之を驚くこと莫れ」と。そのようなことで驚いてはならないと仰せです。「方々への強言申すに及ばず」。方々への強い言葉は、これは申すまでもないことであると、このように断言せられています。つまり、これはお弟子方に与えられた御状ですから、その覚悟をここに促していらっしゃるのです。

「是併ら而強毒之の故なり」。この「而強毒之」とは、「而(しか)して強(し)いて之を毒す」と読みまして、正法を信じない衆生に対して、強いてこの法を説いて仏縁を結ばせることであります。これは、今の我々の折伏も同じです。末法の衆生というのは、煩悩が非常に多いのですから、向こうから法を求めてくる話などは、あまり聞いたことがないでしょう。なかには順縁中の順縁という人もいるかもしれませんが、末法の衆生は、ほとんどが煩悩の多い人たちですから、放って置けば法を求めては来ないのです。強いてこちらから折伏に出て行かなければだめなのです。この「而強毒之」という語には、そういう意味があるのです。

これは「毒鼓(どっく)の縁」と全く同じです。こちらから打って出て、そして折伏をしていかなければだめなのです。ただ鎮座して「さあ、いらっしゃい」なんて言っても相手は来ないのです。ですから、こちらから進んで折伏をする、あえて彼らに貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)の三毒の心を起こさせて、そして毒鼓の縁を結んで妙法を受持せしめるということが必要なのです。これを「而強毒之」と言うのです。したがって、折伏は打って出ることです。いろいろな方に下種をして、それこそ日夜、打って出て闘わなければ折伏にはならないのであります。

「日蓮庶幾せしむる所に候」。すなわち、それは日蓮が庶幾(こいねが)うところであるということです。

「各々用心有るべし。少しも妻子眷属を憶ふこと莫れ」。一意専心、御法のためには、妻子眷属を思うなどの世情に流されて本当の大事を失ってはならないと仰せです。これは非常に厳しい御言葉でありますけれども、しかし、我々が一生成仏をして、自分の妻子眷属、さらには自分が折伏する人をも含めて、この人たちが幸せになるためには、情に流された、浅はかな小善に執着して、折伏をしないというような状況があってはならないということです。

皆さん方にも、親友という人がおられると思います。ところが、信心がしっかりしていないと、親友に限って折伏をしないのです。折伏をすると、2人の仲が悪くなってしまうなどと勝手に考えてやめてしまう人がいるのです。こういうのはだめなんです。皆さん方が、そうとは思いませんが、往々にして大事な人には折伏をしないという人がいるのです。これは、我々が而強毒之していかなければ、相手にとって無慈悲になってしまいます。つまり、「慈(じ)無くして詐(いつわ)り親しむは、是れ彼が怨なり」(同577ページ等)ということになってしまうのです。それこそ、自分の親にしても兄弟にしても、本当に御恩のある方にこそ、私たちは折伏をしていかなければいけないのです。

ところが、当たり障りのない人へだけ折伏をしていくような、そのようなケースが見受けられるような感じもないわけではないのです。これでは、だめなんですね。本当に御恩を受けた方々、お世話になった方々にこそ、今度は我々が本当の恩返しをしていくのです。それは、つまり折伏をもって恩返しをしていく、これが大事なのです。世法に執(とら)われて仏法の大事な意義を忘れてしまってはいけないということであります。

「権威を恐るゝこと莫れ」。この権威と言っても、これは国家権力だけではないのです。会社なんかでも、権威を恐れて折伏できないということがあるかもしれません。そこで大聖人様は、それではいけないとおっしゃっているのです。

「今度生死の縛を切りて仏果を遂げしめ給へ」。この「生死の縛」とは、苦しみとか煩悩に縛(しば)られることです。そこで、これは全部切り離して成仏の果報を遂げなさいと、こうおっしゃっているのです。


次に「鎌倉殿・宿屋入道・平左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺己上十一箇所」とあります。この中の「鎌倉殿」とは、当時の執権(しっけん)であった北条時宗のことです。それから「宿屋入道」とは、宿屋左衛門のことで、『立正安国論』を北条時頼に取り次いだ人です。

次の「平左衛門尉」は、平頼綱のことです。この人は鎌倉幕府の役人で、今で言うならば警視総監のような、そういった権力を持った人であります。この平左衛門が、極楽寺良観などと結託して大聖人様を亡き者にしようとした張本人なのです。

『種々御振舞御書』に、平左衛門尉大将として数百人の兵者(つわもの)にどうまろ(胴丸)きせてゑぼうし(烏帽子)かけして、眼をいからし声をあら(荒)うす」(同1058ページ)とあるように、竜の口の法難に際して、松葉ケ谷(まつばがやつ)の草庵に大聖人様を捕らえに行くときに、平左衛門を大将とする兵隊たちは、みんな胴丸をつけ、烏帽子をかけて、まるで戦場に行くような支度をして捕らえに来ているのです。

このときに大聖人様は、平左衛門に対して諫暁をせられるのです。すなわち、「あらをもしろや平左衛門尉がものにくるうを見よ、とのばら(殿原)、但今ぞ日本国の柱をたを(倒)す云云」(同)とあるのが、第二の国主諫暁です。また、大聖人様は、文永11(1274)年、佐渡からお帰りになられた直後の4月8日に、やはり平左衛門尉に会って諫暁しておられるのです。それが第三の国主諫暁であります。

ですから文応元(1260)年7月16日の『立正安国論』の提出が1回目。そして文永8(1271)年9月12日に平左衛門に対して諫暁したのが2回目。そして文永11年4月に、佐渡からお帰りになった直後にお会いになられ、そして諫暁したのが3回目であります。

この平左衛門というのは、あの熱原法難のときに、神四郎・弥五郎・弥六郎の三烈士を処刑した張本人なのです。ところが、やはり法華の現罰というのはあるのです。その後、14年を経て、謀反(むほん)の罪で平左衛門は親子共に誅(ちゅう)せられるわけです。結局、これは法華の現罰なんですね。大聖人様は「十一通の書状」の中で、その平左衛門に対しても出しているわけです。

ちなみに、文応元年8月27日に松葉ケ谷で大聖人様を襲わせ、そしてまた翌弘長元(1261)年5月に伊豆の伊東に流した北条重時は、その年の6月、夜中にお手洗いに行って化け物を見て狂い、その後11月に死んでしまうのです。このことは『吾妻鏡』の中に書いてあります。昔のお手洗いというのは、外にありましたから、そこで夜中に外へ出てお手洗いに行く途中で、化け物を見てしまったのです。このように、法華の現罰というのは、その後に出てくるのです。

それから次に「弥源太」とあるのは、これは北条一門の方で、大聖人様の御書に『弥源太殿御返事』などがあることから、大聖人様に帰依していたと思われます。次の「建長寺」、これは鎌倉にある寺で、ここでは建長寺道隆のことを指します。それから「寿福寺」とは、臨済宗の寺です。

次の「極楽寺」とは、忍性(にんしょう)良観がいた寺です。この良観は、文永8年に大聖人様と祈雨を競って負けるのです。すなわち、良観は1週間の内に雨を降らせてみせるということを言い出すわけです。そこで大聖人様は、これしきのことではあるが、ことのついでに仏法の正邪を万人に知らしめようとされ、もし雨が降ったならば、大聖人様が良観の弟子になるが、もし雨が降らなかったならば、良観こそ法華経に帰依するということを決めたのです。そこで、良観は一生懸命に祈るわけですが、結局、雨は降らなかったのです。そして、その後において、祈雨に負けた悔しさから良観は讒言(ざんげん)をもって大聖人様を死罪にしようとして竜の口の法難などを引き起こしたのであります。ですから、大聖人様もこの良観に対して、非常に厳しく叱咤されております。

それから次の「多宝寺」とは、鎌倉にあった寺で、極楽寺良観の管下にあった寺です。次に「浄光明寺」とは、これは鎌倉にある真言宗の寺です。それから「大仏殿」というのは、鎌倉七大寺の1つです。最後の「長楽寺」とは、鎌倉にある浄土宗の寺であります。

こういった所に対して、この「十一通の書状」を出したと、こうおっしゃっているのです。その中で、大聖人様は北条時宗に対しては、「国土の安危は政道の直否に在り」(同371ページ)と、つまり仏法の正邪は経文にあるのだから、日蓮を用いなければ定めて後悔するであろうと、このようにおっしゃっています。

それから建長寺道隆に対しては、「僧宝の形儀(ぎょうぎ)は六通の羅漢の如し。然りと雖(いえど)も一代諸経に於て未だ勝劣浅深を知らず。併(しかしなが)ら禽獣(きんじゅう)に同じ」(同375ページ)と、姿・形は僧侶の格好をして、六通の羅漢の如く立派に見えるけれども、一代諸経の勝劣浅深を全く判っていない故に獣と同じであると、このように大聖人様は厳しく破折をしておられます。

それから極楽寺良観に対しては、「三学に似たる矯賊(きょうぞく)の聖人なり」(同376ページ)と、つまり戒定慧(かいじょうえ)の三学を悟ったような顔をしているけれども、矯賊の聖人であるとおっしゃっておられます。この「矯賊」というのは、世の中の人たちを偽る、つまり姿・形は立派に見えても、実際はそうではないということです。このように厳しく破折をしておられます。


そこで、弟子檀那に対しては、先ほども言いました通り、「少しも妻子眷属を憶ふこと莫れ、権威を恐るゝこと莫れ。今度生死の縛を切りて仏果を遂げしめ給へ」と、このように厳しく我々の覚悟を促していらっしゃるのであります。

次に「仍って十一通の状を書きて、諫訴せしめ候ひ畢んぬ」。この「諫訴」というのは、訴えるということです。

それから「定めて子細あるべし」。これは、このように11通の御状を出せば、必ず何か子細が起きるであろうということです。つまり、これだけのことをするから、必ず何か差し支えとなる事柄が起きるということを、大聖人様はかねてからおっしゃっているのです。この延長線上に竜の口の法難等があるわけです。

「日蓮が所に着たりて書状等披見せしめ給へ。恐々謹言」。これは、お弟子方に対して、出した書状を見に、私のところに来るようにと、おっしゃっておられるのであります。


◆聖愚問答抄◆

【抑仏法を弘通し群生(ぐんしょう)を利益せんには、先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり。所以(ゆえ)は時に正像末あり、法に大小乗あり、修行に摂折あり。摂受の時折伏を行ずるも非なり。折伏の時摂受を行ずるも失(とが)なり。然るに今世は摂受の時か折伏の時か先ず是を知るべし。摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて、邪法邪師一人もなしといはん、此の時は山林に交はりて観法を修し、五種六種乃至十種等を行ずべきなり。折伏の時はかくの如くならず、経教のおきて蘭菊に、諸宗のおぎろ(頤口)誉れを擅(ほしいまま)にし、邪正肩を並べ大小先を争はん時は、万事を閣いて謗法を責むべし、是折伏の修行なり。此の旨を知らずして摂折途(みち)に違(たが)はゞ得道は思ひもよらず、悪道に堕つべしと云ふ事、法華・涅槃に定め置き、天台・妙楽の解釈にも分明なり。是仏法修行の大事なるべし】(御書402ページ12行目)

まず「抑仏法を弘通し群生を利益せんには、先ず教・機・時・国・教法流布の前後を弁ふべきものなり」とあるのは、仏法を弘通して一切衆生を救おうとするためには、まず教・機・時・国・教法流布の前後という五綱(ごこう)を弁えなければならないということです。

それは、なぜかと言うと、「所以は時に正像末あり」。つまり、時代においても正法時代、像法時代、さらに末法という時代があるということです。それから「法に大小乗あり」。つまり、法にも大乗の教えや小乗の教えがあると。さらに「修行に摂折あり」。修行にも、摂受と折伏という修行があるということです。,p. 法を説く心得として「数息(すそく)観」と「不浄観」ということがあります。洗濯屋さんというのは、いつも物を綺麗に洗っているのです。ですから、洗濯屋さんには「汚い物はいけない、綺麗にしなければ」という「不浄観」を教えれば、洗濯屋さんはすぐに理解できるのです。ところが、鍛冶(かじ)屋さんに「不浄観」を教えても、鍛冶屋さんはいつも真っ黒になりながら一生懸命仕事をしているわけですから、「汚い物はいけない」などと言っても、理解しにくいわけです。ですから、鍛冶屋さんには「心を乱さず、呼吸を整える」という意味の「数息観」を教えるのです。このように、法というのは、相手によってきちんとそのところを弁えて説かなければいけないということを言っているわけです。とはいえ、あまりに隋他意(ずいたい)のほうにいってしまうと、これもまたおかしくなってしまうのです。ですから、我々が折伏するときには、相手の機根に応じ過ぎてしまって、だんだんと摂受になってしまうことのないように気をつけなければなりません。

御承知の通り、折伏というのは相手の間違いをしっかり正していくことです。ですから「大聖人様の仏法でなければ幸せになれませんよ」と言うときに、同時に「あなたの持っている信仰は間違いですよ」ということをしっかりと言ってあげることが大切なのです。別に喧嘩をする必要はないのです。どうかすると喧嘩腰になってしまうような人がいるかもしれませんが、そうではないのです。もっと穏やかに言えばいいのです。謗法の根源をきちんと教えてあげて「その考え方は間違いですよ」と教えてあげるのが折伏なのです。

要するに、このところでは、時には正法・像法・末法という時代があり、法には大乗・小乗という教えがあり、修行には摂受と折伏があるということであります。

次に「摂受の時折伏を行ずるも非なり。折伏の時摂受を行ずるも失なり。然るに今世は摂受の時か折伏の時か先ず是を知るべし」とありますように、まず、このことを知らなければならないのです。つまり、末法は折伏の時であるということです。

次いで「摂受の行は此の国に法華一純に弘まりて、邪法邪師一人もなしといはん」とありますが、末法においては、このようなことはないのです。末法という時は、摂受ではなく折伏をしなければいけないということです。それから「此の時は山林に交はりて観法を修し、五種六種乃至十種等を行ずべきなり」。この「五種」というのは、受持・読・誦(じゅ)・解説(げせつ)・書写の5種の修行です。それから「六種」というのは、最初の受持を「受」と「持」の2つに分けるので6種となります。さらに「十種」というのは、10種類の修行法があるということであります。要するに、そのような修行は正法、像法の時に行うべきであって、末法の今の時は折伏であるということをおっしゃっているのです。

次に「折伏の時はかくの如くならず、経教のおきて蘭菊に、諸宗のおぎろ誉れを擅にし」。この「蘭菊」とあるのは、ものが群になってたくさん並んでいる姿をいうのです。つまり、これはどういうことかと言いますと、諸宗の教義が様々に乱れ起きている様を、このようにおっしゃっているのです。それから「諸宗のおぎろ誉れを擅にし」とある「おぎろ」とは、奥深い、奥義とか深遠という意味です。これは、諸宗それぞれが自分勝手に深遠の法門を立てて、名声をほしいままにして蔓延っているということです。

「邪正肩を並べ大小先を争はん時は、万事を閣いて謗法を責むべし、是折伏の修行なり」。まさに今日の社会においては、万事を差し置いて謗法を責める、折伏の修行の時であるということです。

「此の旨を知らずして摂折途に違はゞ得道は思ひもよらず」。我々は、知らず知らずのうちに「折伏をしている」と言いながら摂受に流れないようにしなければだめなのです。折伏をする過程の中では、どうしても相手の機根に徐々にしたがってしまうことがあるのです。最初は、威勢よく権門の理を破さんとするのだけれども、だんだん相手の気持ちがこちらに近づいてきて入信しそうになると、ついつい妥協して「時間がないなら御題目三遍でもいいですよ」なんて言ってしまうのです。そうすると、本当に正しい教えになってこないのです。やはり「朝は五座、夕は三座の勤行を毎日しっかりと行って、私たちと同じように折伏をしなければ功徳はありませんよ」と言ってあげなければだめなのです。それを途中で後退してしまって「まあ、あなたは特別に忙しいから、五座三座の勤行は省略して・・・」などと言ってしまったならば、後で教えるのは大変ですよ。やはり、末法は折伏を行じていく自行化他の信心を立ててこそ功徳があるのですから、それをしっかりと教えてあげることが大事なのです。

ですから、折伏というのは一貫して、正しいことは正しい、間違いは間違いであるということを説いてあげなければ、本当の折伏にはならないのです。このへんを油断していると、いつの間にか摂受をしているようなことにもなりかねませんので、気をつけなければならないということです。

次に「悪道に堕つべしと云ふ事、法華・涅槃に定め置き、天台・妙楽の解釈にも分明なり。是仏法修行の大事なるべし」とあります。このことは法華経や涅槃経、あるいは天台大師や妙楽大師の解釈にも、明らかに示されているということであります。特に、天台大師は『法華玄義』の中で、「法華折伏破権門理」とおっしゃっているのです。これは「法華は折伏にして権門の理を破す」ということで、法華経の思想なのです。法華経の思想、法華経の命そのものが折伏であるというのです。ですから、法華経の修行そのものが、まさに折伏行であるということです。故に「是仏法修行の大事なるべし」、このことは大事であるから忘れてはならないとおっしゃっているのです。


次も『聖愚問答抄』の御文であります。

【摂受折伏の法門も亦是くの如し。正法のみ弘まて邪法邪師無からん時は、深谷にも入り、閑静にも居して、読誦書写をもし、観念工夫をも凝(こ)らすべし。是天下の静なる時筆硯を用ゆるが如し。権宗謗法国にあらん時は、諸事を閣いて謗法を責むべし。是合戦(かっせん)の場に兵杖を用ゆるが如し。然れば章安大師涅槃(ねはん)の疏に釈して云はく『昔は時平かにして法弘まる、戒を持すべし杖を持すること勿(なか)れ。今は時嶮(さか)しくして法翳(かく)る。杖を持すべし戒を持すること勿れ。今昔(こんじゃく)倶(とも)に嶮しくば倶に杖を持すべし、今昔倶に平かならば倶に戒を持すべし。取捨宜(よろし)きを得て一向にすべからず』と此の釈の意分明なり。昔は世もすなをに人もたゞしくして邪法邪義無かりき。されば威儀をたゞし、穏便に行業を積みて、杖をもて人を責めず、邪法をとがむる事無かりき】(御書403ページ5行目)

この御文の前に、摂折二門の関係はちょうど文武二道のようであると仰せられて、時によって文学と武道を選ばなければならないと説かれているのです。そして、その後にこの御文に入るわけです。

そこで「摂受折伏の法門も亦是くの如し。正法のみ弘まて邪法邪師無からん時は、深谷にも入り、閑静にも居して、読誦書写をもし、観念工夫をも凝らすべし。是天下の静なる時筆硯を用ゆるが如し。権宗謗法国にあらん時は、諸事を閣いて謗法を責むべし。是合戦の場に兵杖を用ゆるが如し」と。折伏の時とは一体いかなる時なのかということをよく考えなければいけないということを、ここでおっしゃっているのです。天下の静かなる時や邪法邪師のいない時には、筆や硯も大事であるけれども、そうではない折伏の時には、我々は謗法を責めていかなければならないのです。つまり「合戦の場に兵杖を用ゆるが如し」ということであります。

「然れば章安大師涅槃の疏に釈して云はく『昔は時平かにして法弘まる、戒を持すべし杖を持すること勿れ」。昔の平らかな時には、戒律を重んずればよくて、杖を持つ必要はないということです。しかし「今は時嶮しくして法翳る。杖を持すべし戒を持すること勿れ」と。末法のこの時は、戒を持するのではなく、杖を持たなければならないということです。つまり、末法の時代は険悪であり、正法が隠れてしまっているから、この時は折伏でなければならないと仰せられているのです。

「今昔倶に嶮しくば倶に杖を持すべし、今昔倶に平かならば倶に戒を持すべし。取捨宜きを得て一向にすべからず』と此の釈の意分明なり。昔は世もすなをに人もたゞしくして邪法邪義無かりき。されば威儀をたゞし、穏便に行業を積みて、杖をもて人を責めず、邪法をとがむる事無かりき」。昔は穏やかであるから摂受でよかったけれども、末法の時代は折伏でなければならないということをおっしゃっているわけです。


次も同じく『聖愚問答抄』であります。

【今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし。此の時は読誦・書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり。只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり。取捨其の旨を得て一向に執する事なかれと書けり。今の世を見るに正法一純に弘まる国か、邪法の興盛(こうじょう)する国か勘(かんが)ふべし】(御書403ページ12行目)

この「今の世は濁世なり、人の情もひがみゆがんで権教謗法のみ多ければ正法弘まりがたし」ということは、今の時は五濁(ごじょく)悪世の末法の世の中であるが故に、人々は三毒強盛にして正しく仏法を見ようとせず、よって正法が弘まりにくいということです。そして「此の時は読誦・書写の修行も観念・工夫・修練も無用なり」。つまり、末法の時は、部屋に閉じ篭(こ)もって経典を読誦したり写経をしたり、あるいは沈思黙考(ちんしもっこう)などする必要はないということです。

「只折伏を行じて力あらば威勢を以て謗法をくだき、又法門を以ても邪義を責めよとなり」。折伏というのは、まさにこのことでありまして、相手の誤った法門、考え方が間違っているのを、我々はしっかりと正していく、邪義を責めなければだめなのです。「あなたが今日、不幸になっている原因は、間違った教えにあるんですよ」ということを、その人に言ってあげなければだめなのです。それを言わずに、何とか入信してもらおうなどと思ってやっていたら、それはだめです。先ほども言った通り、別に喧嘩腰で言う必要はありません。穏やかにきちんと理を説いて言えばよいのです。したがって、そのことを言わなければいけないということであります。

「取捨其の旨を得て一向に執する事なかれと書けり。今の世を見るに正法一純に弘まる国か、邪法の興盛する国か勘ふべし」。つまり、この末法という時代をよく知らなければだめだということです。


次に同じく、聖愚問答抄に、

【涅槃経第三に云はく『若し善比丘あって法を壊らん者を見て置いて呵責(かしゃく)し駈遣(くけん)し挙処(こしょ)せずんば、当に知るべし是の人は仏法中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是我が弟子真の声聞なり』と。此の文の意は仏の正法を弘めん者、経教の義を悪しく説かんを聞き見ながら我もせめず、我が身及ばずば国主に申し上げても是を対治せずば、仏法の中の敵なり。若し経文の如くに、人をもはゞからず、我もせ(責)め、国主にも申さん人は、仏弟子にして真の僧なりと説かれて候。されば仏法中怨の責めを免れんとて、かやうに諸人に悪(にく)まるれども命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋(いか)らす。汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ。是を以て章安大師云はく『寧(むし)ろ身命を喪(うしな)ふとも教を匿(かく)さゞれとは、身は軽く法は重し身を死(ころ)して法を弘めよ』と。此の文の意は身命をばほろ(喪)ぼすとも正法をかくさゞれ。其の故は身はかろく法はおもし、身をばころすとも法をば弘めよとなり】(御書404ページ8行目)

この「涅槃経第三に云はく『若し善比丘あって法を壊らん者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば、当に知るべし是の人は仏法中の怨なり。若し能く駈遣し呵責し挙処せば、是我が弟子真の声聞なり』と」というのは、涅槃経に説かれる有名な御文です。

この中の「呵責」とは、厳しく責め立てることです。それから「駈遣」は、追い払うことで、つまり正法誹謗の者を退治するという意味です。次の「挙処」というのは、罪過をはっきり挙げて糾明(きゅうめい)し、処断することです。ですから、間違いの根源が何であるかということを言わなければ、それは「当に知るべし是の人は仏法中の怨」であると仰せです。本当に相手のことを思うならば、きちんと悪を正すということが大事であり、それをしなければ仏法の中の怨になるということです。

次に「此の文の意は仏の正法を弘めん者、経教の義を悪しく説かんを聞き見ながら我もせめず、我が身及ばずば国主に申し上げても是を対治せずば、仏法の中の敵なり」とあります。これは、邪義邪教の者たちが、誤った教えをいろいろ説いているのを見ていながら、聞いていながら、自分自身も折伏せず、そしてさらに、もし自分の力が足りなければ、国主に申し上げてでもこれを退治しないのであれば、それは「仏法の中の敵」になると、このようにおっしゃっています。

「若し経文の如くに、人をもはゞからず、我もせめ、国主にも申さん人は、仏弟子にして真の僧なりと説かれて候。されば仏法中怨の責めを免れんとて、かやうに諸人に悪まるれども命を釈尊と法華経に奉り、慈悲を一切衆生に与へて謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす」。これは、どういうことかと言うと、仏法中怨の責めを免れんとして、かように諸人に悪まれるけれども、命を釈尊と法華経に奉る。つまり、今日における釈尊とは、まさに文底久遠の大聖人様であり、法華経とは、三大秘法の大御本尊様であります。ですから、大聖人様と大御本尊様に、この命を奉るということです。つまり「不自惜身命(ふじしゃくしんみょう)」「我不愛身命(がふあいしんみょう)但惜無上道(たんじゃくむじょうどう)」という精神です。

法華経の『法師品』には「衣座室(えざしつ)の三軌(さんき)」が説かれています。すなわち、「如来(にょらい)の室とは、一切衆生の中の大慈悲心是(これ)なり」(法華経 329ページ)とあるように、如来の室に入るということは、大慈悲心なのです。それから、「如来の衣とは柔和忍辱(にゅうわにんにく)の心是なり」(同)とあります。つまり、如来の衣を着るというのは柔和忍辱の心を持つことですから、これは、どんなことにも堪(た)え忍んで法を説いていくという意味です。そして、「如来の座とは一切法空是なり」(同) と示されるように、如来の座に座(すわ)るというのは、これは一切法空なりと知るということです。

大聖人様は『御義口伝』の中に、「座とは不惜身命(ふしゃくしんみょう)の修行なれば空座に居するなり」(御書1750ページ)とお示しのように、この一切法空とは「不惜身命の修行」であるとおっしゃっているのです。ですから、私たちが不惜身命の精神に立って法を説いていくことが、いかに尊いことであるかということを、この「衣座室の三軌」の中に説いているのです。

したがって、この不惜身命の精神で御本尊様と御本仏大聖人様に命を奉り、慈悲を一切衆生に与へて謗法を責める、その折伏こそが一切衆生救済の最高の慈悲行であるということです。

「謗法を責むるを心えぬ人は口をすくめ眼を瞋らす」。つまり謗法を責める心が理解できない人たちは、折伏をされたことに対して、腹を立てて口をすくめ、罵(ののし)り、眼を瞋らす、そして私たちに対して批判をするであろうと仰せであります。

「汝実に後世を恐れば身を軽しめ法を重んぜよ。是を以て章安大師云はく『寧ろ身命を喪ふとも教を匿さゞれとは、身は軽く法は重し身を死して法を弘めよ』と」。これは有名な「身軽法重(しんきょうほうじゅう)」ということで、このようにお示しになっておるのです。

「此の文の意は身命をばほろぼすとも正法をかくさゞれ。其の故は身はかろく法はおもし、身をばころすとも法をば弘めよとなり」。やはり、折伏に当たっては、私たちは不惜身命の精神に立って行っていくことが大事であるとおっしゃっているのです。つまり、仏法に生きる者は折伏が自らの使命であるということを知って、その使命に生きなさいということであり、我々法華講衆は、特に今日、仏の使いとして仏の事(じ)を行じていく尊い使命を帯びているということを知って、そして、その使命に生きていくべきであるということであります。

我々一人ひとりの折伏は、全部仏様の使いとして、仏様のなされることを、今日、仏様に代わって行じているわけですから、その功徳というのは絶大なのです。ですから、「力あらば一文一句なりともかたらせ給ふべし」(同668ページ)という、この折伏行がどれほど尊いことであるかということを知らなければならないのであります。

この折伏を行ずることによって、たしかに難にも遭うけれども、それによってまた私たちは過去世からの様々の罪障を全部そこに消滅することができるのです。ですから、大聖人様は「不惜身命」「身軽法重」ということをおっしゃっているのです。私たちは、この精神をしっかりと持って闘っていくということが大事なのです。よって、今、自分たちが行っている折伏がどれほど尊いことなのかを、広布に生きる者としてよく感じて、折伏に打って出ていただきたいと思う次第であります。


◆善無畏三蔵抄◆

【仮令(たとい)強言(ごうげん)なれども、人をたすくれば実語・軟語(なんご)なるべし。設ひ軟語なれども、人を損ずるは妄語(もうご)・強言なり。当世学匠(がくしょう)等の法門は、軟語・実語と人々は思(おぼ)し食(め)したれども皆強言・妄語なり。仏の本意たる法華経に背(そむ)く故なるべし。日蓮が念仏申す者は無間地獄に堕つベし、禅宗・真言宗も又謬(あやま)りの宗なりなんど申し候は、強言とは思し食すとも実語・軟語なるべし。例せば此の道善御房の法華経を迎へ、釈迦仏を造らせ給ふ事は日蓮が強言より起こる。日本国の一切衆生も亦復是くの如し。当世此の十余年已前は一向念仏者にて候ひしが、十人が一二人は一向に南無妙法蓮華経と唱へ、二三人は両方になり、又一向念仏申す人も疑ひをなす故に心中に法華経を信じ、又釈迦仏を書き造り奉る。是亦日蓮が強言より起こる。譬へば栴檀(せんだん)は伊蘭(いらん)より生じ、蓮華は泥より出でたり。而るに念仏は無間地獄に堕つると申せば、当世、牛馬の如くなる智者どもが日蓮が法門を仮染(かりそめ)にも毀(そし)るは、糞犬(やせいぬ)が師子王をほへ、癡猿(こざる)が帝釈(たいしゃく)を笑ふに似たり。】(御書445ページ10行目)

この「仮令(たとい)強言(ごうげん)なれども、人をたすくれば実語・軟語(なんご)なるべし」というのは、たとえ強引な言葉であったとしても、人を助けるということであれば、それは真実の言葉であり、穏やかで優しい、意を尽くしている慈悲の言葉であるということです。ですから、折伏のときに厳しいことを言ったとしても、その人を救おうということであれば、結局、それは実語であり軟語であるということです。

「設ひ軟語なれども、人を損ずるは妄語(もうご)・強言なり」反対に、たとえ優しい言葉であったとしても、人を損ずるのは妄語・強言であり、結局、偽りの言葉になってしまうのです。歯が浮くようなお世辞を言っているのは、これは妄語であり強言である。表向きは軟らかくても、実は人を害しているという言葉であるということです。

それから「当世学匠(がくしょう)等の法門は、軟語・実語と人々は思(おぼ)し食(め)したれども皆強言・妄語なり。仏の本意たる法華経に背(そむ)く故なるべし」。いろいろな人が法門を説くけれども、それらは全部、仏の本意である法華経の背く強言・妄語であるということです。

「日蓮が念仏申す者は無間地獄に堕つベし、禅宗・真言宗も又謬(あやま)りの宗なりなんど申し候は、強言とは思し食すとも実語・軟語なるべし」。まさに相手を救うという意味では、大聖人様が「念仏無間・禅天魔・真言亡国・律国賊」と仰せられた、一見、強言のように思える言葉は、実は真実の言葉であり軟語である。つまり、人々を救う言葉であるということです。

「例せば此の道善御房の法華経を迎へ」。大聖人様の師匠である道善房は、初めは念仏の阿弥陀仏を拝んでいたのです。それを大聖人様の強言によって法華経を迎え入れることになったということをおっしゃっているのです。

そして「釈迦仏を造らせ給ふ事は日蓮が強言より起こる」。これも結局は、大聖人様が強くおっしゃられたこそ、このようになったということです。このところは、「釈迦仏」という言葉を使われておりますが、これは権実相対の上から阿弥陀仏と対比されて、このように示されているのです。ですから、御真意から言うならば、三大秘法の大御本尊ということになるわけです。

次に「日本国の一切衆生も亦復是くの如し。当世此の十余年已前は一向念仏者にて候ひしが、十人が一二人は一向に南無妙法蓮華経と唱へ、二三人は両方になり、又一向念仏申す人も疑ひをなす故に心中に法華経を信じ、又釈迦仏を書き造り奉る。是亦日蓮が強言より起こる」と。今日の様々な姿から見て、我々一人ひとりが折伏をするときには、それぞれ一対一ですから、一人であるかもしれない。しかし、そこで皆が立ち上がって実践すれば、大聖人様が、「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人三人百人と次第に唱へつた(伝)ふなり」(同666ページ)と仰せのごとく、1人が2人、2人が3人、そして10人になり、さらに100人というように、だんだんと増えていくのです。

我々一人ひとりの折伏が、どれほど尊いことであるか。実は一人ひとりの折伏から全部出発しているのです。百万という数も、一から出発しているのです。いきなり百万というのはありえないのです。そこに御隠尊日顕上人猊下は、私たちに対して常々「一年に一人が一人の折伏をしていきなさい」と、このようにおっしゃているのです。私たちは、このことをよくよく知らなければならないと思います。

「譬へば栴檀(せんだん)は伊蘭(いらん)より生じ、蓮華は泥より出でたり」。この「栴檀」と「伊蘭」は、共に似た植物の名であります。この伊蘭は、屍のような悪臭を放つとされておりまして、その伊蘭の林から栴檀が生ずるわけです。そこで、この香木である栴檀の一葉が開くと、四十由旬(ゆじゅん)にも及ぶと言われる伊蘭の悪臭が消えてしまうと言われているのです。それから蓮華も泥の中から生じて、そして清らかで立派な花を咲かせるのです。

したがって、この我々が末法という濁世の世において南無妙法蓮華経と唱えていって、そこに一生成仏の花を咲かせていくということの誓えであります。五濁乱漫とした末法の世の中であるからこそ、我々が題目を唱えて立派に一生成仏の花を咲かせていくということが尊いのであり、それが我々の信心なのです。

「而るに念仏は無間地獄に堕つると申せば、当世、牛馬の如くなる智者どもが日蓮が法門を仮染(かりそめ)にも毀(そし)るは、糞犬(やせいぬ)が師子王をほへ、癡猿(こざる)が帝釈(たいしゃく)を笑ふに似たり」。要するに、邪義邪宗の者たちが大聖人様に対していろいろと謗ることはまさに「糞犬(やせいぬ)が師子王をほへ、癡猿(こざる)が帝釈(たいしゃく)を笑ふに似たり」と、このようにおっしゃっているのです。つまり、我々が折伏をするときには、このように堂々と折伏をしていかなければならないということをおっしゃっているのであります。


それでは時間がまいりましたので、本日の講義はここまでといたします。皆さん方には、お帰りになりましたら是非ともこのテキストの御文を拝読して、意を決して折伏に立ち上がっていただきたいと思います。

この「折伏要文」は、勤行のときに拝読しても結構ですし、あるいは座談会等の会合で、皆で拝読していただくことも結構であります。一度に全部は大変ですから、拝読するところを適当に決めて読んでいただきたいと思います。この折伏ということは、私が言っているのではなく、大聖人様がおっしゃているのです。末法の御本仏が私たちに折伏を勧められているのです。

ましてや大聖人様は、「法華経の敵を見ながら置いてせめずんば、師檀ともに無間地獄は疑ひなかるべし」(同1040ページ)とまでおっしゃっているのです。ですから、折伏ということが大事なんです。

平成21年に向かってこの大事な時に、我々は一致団結して立ち上がって折伏を行ずるべきであると思いますので、是非ともお願いをする次第であります。皆様方のこれからのいよいよの御精進をお祈りいたしまして、本日の講義を終了いたします。




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