JAZZは醜く歪んだ音楽かもしれません。

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小説を飛ばす。

順三は一人暮しの狭く真っ暗な部屋に戻ると、手探りでスイッチを探し、
蛍光灯の点滅が終わらない内に靴下を脱ぎはじめていた。
何だかその中には一日の疲れが溜まっている様な気がするから、
真っ先にこれをしないと落ち着かないのだ。
脱いだ靴下を直接洗濯機に放り込んだ瞬間、
仕事の呪縛から逃れた様な気がする。
順三は急に緩慢な動作になって、片手でネクタイを緩めながら
冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出した。
ベッドの端に「よいとこらせー。」などと古臭い声をあげながら座ると
テレビのスイッチを入れた。
どの局もアホな番組ばっかりやっている。
彼が仕事から帰ってくるのはいつも午前に突入しているから、
大抵ニュースも終わっていて、深夜の若者向けの番組で埋め尽されている。
25歳くらいまでは一緒になって笑っていたのだが、
30近くなるとどうも画面の向こうの虚構が鼻につき始めた。
おそらく出演者の年齢を追い抜いたあたりから
共感できなくなってきたのかもしれない。
ビールをぐいっぐいっぐいっと喉に注ぎ込むと
「くぅ〜。五臓六腑に染み渡るなぁ。」などとこれまた古臭い声をあげた。
リモコンのチャンネルをあれこれ変えていると
音楽のランキング番組に出くわした。
いきなり今流行りのビジュアル系バンドPITHECANTROPUS ERECTUS
"飛べない翼に君の夢を〜"が大音量で流れ出してきた。
慌ててボリュームを絞るがそのはずみでビールを床にぶちまけてしまった。
ヴォーカルのSHOTAの何を云ってるかわからない歌と
更にそれをかき消そうとするかの様なドラム、ベース、ギターの猛攻。
「ったくもー。」
ティッシュで床を吹きながら順三はイライラしてテレビを切った。
一気に部屋に静寂が訪れる。
部屋が少しだけ色褪せた様な感じがして、
目覚し時計の秒針の音や冷蔵庫のモーターの音だけが小さく鳴っている。
これもまた寂しい。
順三は何か音楽でもかけようとCDの棚を見た。
「うーん。」
どうも今の気持ちにフィットする様なモノが見当たらない。
流行りのミュージシャンは一通りおさえているので
ベスト盤を中心にそこそこの枚数はあるのだが、
さっきのPITHECANTROPUS ERECTUSの後遺症からか
並んでるCDの背表紙を見た瞬間に記憶の中で再生される音楽が
どれもこれもうざったく感じてしまうのだ。
順三はこぼれ残った僅かなビールを殆ど缶を逆さまにして啜ると
もう一度追加のビールを取りに冷蔵庫に向かおうとした。
そしてその時、何気なく傍らにあったFMラジオのスイッチを入れた。
流れてきたのはジャズだった。
彼は2本目のビールを開けながらラジオのボリュームを上げた。
何だかわからないが音楽がすうっと彼の中に溶け込んで来た。
真っ先にドラムの音の質が違うのがわかった。
ロックやポップスの叩きつける様な感じに対して流れる様な感じがする。
このスピード感は普段聴いてる音楽にはないモノかもしれないと思った。
そのビートに合わせてピアノがグネグネと切れ目なく弾いている。
良く分からないが上へ下へと転がりまわる様な感じが小気味良い。
と、急にラッパが出てきた。
「さっきまでいなかったのに急に出てくるとは、どっかでサボってたな。」
と、順三は一人言を云いながらも、なんか明るくノリの良い感じに
知らず知らず左手で缶ビールを弾いてリズムをとっていた。
やがて演奏が終わりいかにもNHKらしい盛りあがりに欠ける男性の声で
キャノンボールアダレイで"アイリメンバーユー"でした。」
と曲の紹介をした。
「えー、キャノンボールなんちゃらって人なのかぁ。でもどの人がだ?」
ビールが少し回ってきた彼は、アナウンサーに向かってツッコんだ。
それにしても歌詞のない音楽にちゃんと耳を傾けたのは、
ひょっとしてこれが初めてかもしれないと順三は思った。
ジャズなんて呑み屋のBGMで静かにかかってるだけのモノだと
決めてかかっていただけに、彼の中ではちょっとした発見だった。
「うーん。ジャズも良いかな〜。」
しかし、次の日の朝、彼の頭からキャノンボールアダレイの名前は
モノの見事に消し飛んでいたのであった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

いきなりすみません。
小説のコーナーではなかったですね。

ジャズを聴き始めたいと思うには、何かのきっかけがあると思います。
テレビなどのマスメディアにちゃんとした形で出てくる事が少ないので
その出逢いはちょっとした偶然の中でしかありえないかもしれません。
・テレビのCMで使われていた。
・オシャレなバーのBGMでかかっていた。
・FMで聴いた。
・知人の紹介。
・好きな人が好きだったから。
・亡き夫の遺品を整理していたら出てきた。
・神の啓示。
その他色々考えられますが、ジャズにはこんな特徴があります。
「ちょっと聴いただけでオシャレな感じがする。」
聴きこんだ経験のない人でもジャズって云えば
カッコイイ大人の音楽ってイメージがあるのでは?
このヒミツについてはまた触れていきたいと思いますが、
これもジャズの魅力の一つである事には間違いありません。

それじゃどうして結構好印象なのにも関わらず、
「ジャズは敷居が高い」と云われてあまり聴かれないんでしょう。
理由はただ一つ、アドリブ。こいつのせいです。
あらゆるジャンルの音楽の中で、
ジャズほど極端にアドリブ性を追求した音楽はありません。
多くの場合、演奏全体の8割以上をアドリブパートが占めます。
そこの部分を理解するかどうかがジャズに嵌るかどうかの
分岐点と云って良いでしょう。
「綺麗な女の子がいたから声をかけてみたら人生哲学について
延々と話を始めちゃってまいったよ。」
ここで「もういいや。」と敬遠してしまう人もいれば、
「君のことがもっと知りたいんだ。」と飛び込んでいく人もいるでしょう。

これがジャズ最大の魅力であると同時に、
ポピュラー音楽と云えないくらいポピュラリティを失ってしまった
最大の原因でもあるのです。

それでは次に
アドリブの魅力とそれを活かす為の歪んだ演奏形式について
話を進めていきたいと思います。

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