べトポルテックス95(展示会)とベトナム企業状況
(ベトナム旅行記その3)

1はじめに

 今回の話は、私の初めてのベトナム訪問のとりまとめです。

 私の出発前に,アジア太平洋経済協力会議(APEC)が11月15日から21日まで大阪で開催され,関税や非関税障壁,サービスなど貿易・投資に関する各分野について広く自由化の方向を打ち出した中長期のガイドラインである行動指針がとりまとめられました。ベトナムは,1986年のドイモイ(刷新)の採択に始まり,社会主義計画経済から自由市場経済にその経済政策を大胆に移行しており,1994年の米国の経済制裁の全面解除,1995年7月の米国との国交回復による政府間交流の再開に伴い,一層貿易や投資環境が整いつつある状況です。ASEAN(東南アジア諸国連合)に1995年7月加盟し,さらにAPECへの参加を希望(当時、現在加盟)しているベトナムでは,これらの情勢を受けて諸外国の支援により有形無形の大規模な言十画が動き始めています。同国のインフラストラクチャー(社会的生産基盤)整備の一環として,大きく伸びる電力の需要に応えるため,中部ラムドン省で発電能力72万KWの水力発電所,南部バリア・ブンタウ省でフーミー火力発電所の建設が開始され,また,ブンタウ港にベトナム初のBOTとして,6.5億ドルの費用をかけて年間貨物取扱量2千万トンの港湾を開発する構想の実現が図られています。

 このようなインフラの整いつつあるベトナムに対し,日本企業のベトナム向け投資の姿勢は未だ慎重です。1994年度までの各国累積投資シェアの第1位は台湾で,以下香港,シンガポールと続き,日本は5番目です。日本企業のベトナム進出は,ベトナム政府が開放政策に転じてから始まり,最初は委託加工の形態が多く,本格的な合弁形態での進出は89年からで,現在90社余りですが,操業期間が短く,ベトナム進出に関して業績評価をできる状況にはありません。しかしながら,最近の急激な円の乱高下とアジア太平洋地域の貿易・投資の自由化を背景に,ベトナム経済の成長に伴う内需向け投資の拡大がみこまれており,また,円高の進展による我が国中小企業の海外向け投資案件の活発化や,既設の生産拠点とベトナムに新たに設立する生産拠点との分業化の促進により,我が国産業界のベトナム進出が特に製造業を中心にして増加していく傾向にあります。また,投資に至らないまでも,現地企業に技術指導を行い,委託生産をしている日本企業の数が増えつつあります。

そこで,我が国の中小企業のベトナムとの技術提携並びに企業進出の可能性を探るため,ベトナム社会主義共和国を訪問することとし,1995年11月22日から30日までの9日間にわたって現地を訪問いたしました。

ベトナムで初めて開催されたVIETPORTEX'95(造船及び関連工業に係る展示会)及び最大都市ホーチミンシチー(旧サイゴン)と首都ハノイにある同国企業の工場,それから,外国からの投資,経済活動を管轄するSCCI(国家協力投資委員会,1995年10月末にMPI=国家計画投資省に改称)を訪問いたしました。

 

2ベトポルテックス

1995年11月21日から24日の4日間,第1回国際港湾水路建設・造船業・海洋オフショア技術専門見本市(VIETPORTEX'95)がホーチミンシチーで開催されました。ベトナムで同分野の展示会が開催されるのは初めてです。テーマは「ベトナムの港と造船」。主催はハンブルク見本市会社,共催はベトナム商工会議所,後援はVietnam National Maritime Bureau(VINAMARINE=ベトナム海運総局)です。出展品は,港湾建設,港湾施設・設備,港湾経営管理,輸送・運送,水路建設,エンジン・推進システム,ポンプ,コンプレッサー,ナビゲーションシステム,エレクトロニクス,オフショア技術などバラエティに富んだ内容ですが,ベトナム国内外合わせて11か国から24ブースの展示参加がありました。今回最も多い11社が展示参加したドイツは,展示会場の半分を占めており,他を断然圧倒していました。ロシアやチェコ,オーストリアなど旧共産圏からの参加も目に付きました。ノルウェー,イタリア,イギリス,アメリカ,シンガポール,その他ベトナム当局からの出展もありました。日本企業では,唯一中国塗料鰍ェハイフォンペイントと技術提携して出展参加していました。

当地では立派な建物である会場の外の狭い門扉でガードマンが人や車の出入りを厳重にチェックしており,一般人が気軽に入って来れるような会場ではありませんが,主催者発表では3日間でのべ2千名余りの入場者を数えたとのことです。会場もこぢんまりとしていますが,観覧者もまばらで,実機の展示はなく,パネル展示が主体で,特に目新しい展示品もなく,VTRに人だかりしている程度でして,世界各地で開催された展示会を見慣れた目から見ると寂しい会場風景でした。ベトナムの現状に照らし合わせてみるとき,現時点ではこのような展示会を当地にて開催し,また,展示に参加するということで、ベトナム側の関係分野での関心を高めることに意味があると思わざるを得ません。

 なお,1996年にハノイで開催される次回展示会には,既に11ケ国80社が参加を希望しているとのことです。

 

3ベトナム企業訪問

私が訪問したベトナム企業は,ホーチミンシチーでは,アン・プ造船所(河船,油井の製造)とル・シャ機械加工工場(照明器具の製造),ハノイではMESC(自動車の整備)とトラン・ファン・タオ・エンジニアリング・プラント工場(小型エンジンの製造)及びマイドン・メカニカル・エンジニア・ファクトリィ鋳物工場(水道管用パイプ,ハンマープレス機械の製造)の5か所の国営企業です。従業員数は100〜450名の規模で,同国では中堅クラスの企業です。従業員の平均賃金は,月35ドルから多いところで月100ドルですが,人件費は中国の30%程度といわれています。定年は,国営企業共通の男60才,女55才で,平均年齢は30〜40才です。なお,間接部門15%,現場85%の構成が殆どです。技術者は10%前後ですが,技術そのものが旧来の外国技術を今に続いて利用しており,製造現場では人海戦術でのんびりこなしている状態です。設備は旧ソ連,チェコ,ハンガリア,中国製が多く,既に減価償却済みの旧式を使っており,設備の更新を希望していました。また,資材はロシア,日本,韓国など外国から輸入していますが,鋳物だけは国内調達でした。ベトナムでは1500トンまでの船の設計はVINAMARINEでやっており,訪問した造船所の現場では支給図面を基に人海戦術で建造していました。ベトナムには国営の船舶検査会社があり,図面段階,建造中,及び竣工後の3回検査があるとのことです。

また,鋳物工場では,鋳物資材を国内市場から調達していました。スクラップを鋳物の材料とし,鋳物の砂にはベトナム砂を手で固めて使用しているので,複雑なものは無理です。キューポラには,ホンガイ産の良質のコークスを使っています。ショットブラスト,サンドブラスト装置はなく,ここでも人海戦術です。鋳物の出来栄えはお世辞にも誉められるものではありません。品質管理の概念はないようです。ベトナム全土で同規模の鋳造工場は27か所あり,鋳物1kgは0.5ドルで取引しているそうです。

1996年から証券取引所が新たに開設されるので,業績のよい企業では株式会社化の計画もあり,また,訪問したどの企業も外国からの協力や合弁の申し出を期待していました。若者向け楽天地,変圧器・送電線,セメント工場の整備,煉瓦(舗装用タイル)工場などのプロジェクトの要望がありました。ホーチミンシチーの企業は,SCCIの紹介で1994年にベルギー企業と,ベトナム側45%,ベルギー側55%出資の合弁企業(資本金30万ドル)を設立し,成功しているそうです。ベトナム側は土地,建物を提供し,従業員は20名,社長のみベルギー人です。合弁の作業場所は,乱雑で旧式設備のベトナム側の場所とは違い,整理整頓されて組立ラインも工夫されていました。また,ハノイの企業は,日産自動車や丸紅から20万ドルの資金援助,新規設備の提供及び技術指導員の巡回,日本での教育訓練などの技術協力を得て,自動車の改造,整備に対応していました。国中に溢れているモータニバイクと違い,自動車はベトナム全体で未だ20万台ですが,これからの成長を見込んでいるそうです。それから,不足がちのビルに目をつけて,長谷川工務店とも合弁協力して駐在員事務所用ビルを建築中でした。また,他のハノイの企業では,韓国のダエチェンから日本のクボク製品とよく似た農機用エンジンをノックダウン(CKD)部品として輸入していました。CKDは10%,製品輸入だと30%の輸入税がかかるそうです。当社製品の方が半分位安いのにユーザーはCKDを選ぶそうです。また,中国製のエンジンは安いのでとても競争できないが,密貿易を取り締まれば3割上がるとのことです。ベトナムは河川が多いので,将来も農機向けの他にも30〜40トンの造船向けに15馬力級の小型エンジンが必要だそうです。製品の保証期間は6ヵ月でした。

4SCCI

ハノイにあるSCCI本部を訪問してトゥアン局長からベトナムヘの投資全般について概略次のとおり伺いました。

ベトナムは,陸地が33万1千平方km,人口は7200万人。鉱物資源等も豊富で,ここ4年間は毎年8%以上の経済成長を達成しています。2000年までの成長率は毎年9〜10%を目標にしています。ベトナムヘの1994年の総投資は,338件,37億5千万ドルで,前年比それぞれ29.5%増,41.6%増と急増しています。経済開発を達成するためには,今後500億ドルが必要ですが,巨額なので,政府予算の他に,外国の金融機関,投資家に180〜200億ドルの投資を期待しています。SCCIは,60億ドルの投資を50か国,800企業から導入しており,ベトナム政府は2000年までに所得倍増を計画しています。対外経済開放のため,ベトナム政府・議会では外国企業への課税軽減を進めており,外資に限り現地牛産用の設備と原材料の輸入税を免除しています。消費財の輸入税も60%以下に抑え,10年後には輸入税一律5%以下を目指しています。法人税は製造業で最大25%,輸出加工区では10〜15%で,他のアジア諸国と比較しても有利です。利益の海外送金に対する源泉課税は,投資額1千ドル以上は5%です。個人所得税や消費税は別途徴収します。また,外資の許認可手続きも簡素化し,窓口をSCCIのみに一木化し,所要期間も1か月程度に短縮しました。ベトナムの労働コストは,ハノイ,ホーチミンシチー周辺で月35ドル前後と低く,高い労働意欲を持ち,工場の立ち上げに当たっても従業員の訓練期間は韓国のほぼ半分で済んだ例もあるそうです。軍関係,武器生産など国家安全保障,国防に係る分野を除いてどの分野でも自由に投資できます。合弁形態の他にも,100%外資企業も認められています。

また,ベトナムは3000kmの海岸線があるので,海沿いの物流が大切です。ベトナムの船舶は全部で100万トンしかなく不足しています。各種の船舶技術で日本は有名なので,1万〜5万トン級の船舶建造や各種港湾整備の協力を求めています。ベトナムの造船所はハイフォン,ダナン,ブンタウ,ホーチミンなど15か所にあり,主に船舶の建造と修理だけをしています。これらはベトナムの運輸通信省,海運総局,国防省の傘下の工場で,その他各地に300〜400トン級の造船工場があります。ベトナムの造船所では1500トン級の船の船体のみをやっており,!500トン以上の船の設計は外国技術に頼っています。国内では,現在1千トン級まで建造可能ですが,人力でやっており,機械化は50%です。ハイフォンの工廠はフィンランドの援助を得ており,ホーチミンの造船所はシンガポールのケッペルコーポレーションとの合弁企業ですが非常に弱いとのことです。また,ベトナムで造る各種のエンジンは,最大で漁船向けの125〜400馬力と小さいものです。

今回の訪問では,直前にも日本から他の視察団が訪問しており,かなりの数の日本からの視察団が入れ替わり立ち替わり当地を訪問している様子が伺えました。日本語による説明用VTRや日本語版投資ガイドブックの配布という用意周到さに驚き,あまりに対応の手際良さに,バスに乗り遅れまいとする日本人の集中豪雨的な行動習性への対応としては無理もないとは思いますが,マニュアルに従って行われているように感じました。一方で,いささか面会疲れしているように見受けられましたトゥアン局長の,船舶分野についての説明が要領よく準備されていたのには感心いたしました。

ドイツのコール首相自ら先頭に立っ最近の訪越攻勢など,有望な市場に着目するのは諸外国も同じで,一概に日本人のみ責められるものではありません。しかし,ODA決定後にベトナムでは一地方政府が実行言十画を勝手に変えるなど、援助を受ける側としては強引な振舞いも聞こえて来ており,これでは,ベトナムはいまや世界の寵児であると錯覚しているのではないかと危惧する現地駐在関係者の言も頷けるところです。

5まとめ

ベトナムは,世界に残された数少ない将来を期待される市場ですが,素材産業の育成,機械設備の更新,生産技術の改良,インフラ整備の拡充が現在のベトナムには求められています。ベトナム当局も経済開放政策採用後は全方位外交を採り,外資の導入のために法律や周辺環境の整備に努めています。国策として明確にされたものはありませんが,石油を別にして,本質は農業国ですから,他の共産圏諸国の失敗例を教訓にして,重工業でなく紡績業などの軽工業や,米,エビ,コーヒーなどの農水産物による輸出立国を目指していると思われます。

しかし,ベトナム共産党は,11月開催の第7期第9回中央委員会総会でドイモイ政策の推進で一致したものの社会主義体制維持を再確認して,反政府活動には厳しく対応しており,政治体制としては依然として中国やキューバと並ぶ社会主義体制を堅持する国家です。

未開発の資源や市場,良質な労働力を保有していることを特徴とするベトナムですが,関係法規の未整備に加えて,中国やロシア,東欧など旧共産圏からの老朽化した設備や旧式の技術を基にした生産活動を行っており,他方で,資材の殆どを輸入に頼っているという国内事情を考えますと,舶用工業に限らず,我が国製造業の分野でベトナム進出をお考えの向きには,自分の目で現地を確認し,現地において信頼できる人間関係を確立したうえで,技術指導員の派遣のもとに資材,設備,原材料を持ち込み,生産物を海外に売るという加工組立てに主眼を置いた現地進出が当面適当ではないかと思われました。

いずれにしても,目の離せない,魅力的な国ではあります。今般当地訪問が初めてでして,日常生活物価のあまりの安さに驚き,衛生面から飲料水の確保に心使われて,その他にもいろいろと貴重な体験を重ねて参りました。鶏鳴で目覚めるなどここ何十年ぶりのことでしょうか。単に外国というだけでなく、社会主義国にいると意識して緊張していた性でしょうか、飛行機の乗り継ぎのために立ち寄った香港(当時は英領)でしこたま痛飲し,時間が過ぎるのも忘れる楽しい思い出となりました。

おわり

ベトナムの風景写真(少し時間がかかるかもしれません)

第1回 べトナムの日常生活

第2回 べトナムの市場の現状と課題

第3回 べトポルテックス95(展示会)とベトナム企業状況