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大阪フィルハーモニー交響楽団
第347回定期演奏会

日時
2001年4月14日(土)午後5:00開演
場所
フェスティバルホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
合唱
大阪フィルハーモニー合唱団、大阪すみよし少年少女合唱団
独唱
波多野均、三原剛、平松英子、竹本節子、吉田浩之、多田羅迪夫
指揮
若杉弘
曲目
バッハ…マタイ受難曲 BWV244
座席
Rサイド1階M列3番(A席)

はじめに

 今年は花粉症がひどいとのことでしたが、どうでした? 猛威を振るった杉がやっと済んだと思ったら、その後の檜がこれまた凄かった。私なんかかゆいとか鼻水じゅるじゅるを通り越して、花粉に触れた皮膚が「痛い!」と感じるくらいでした。まあそのピークも日曜日までくらいだそうなので、一安心というところですか。……この後は夏草花粉が待っています。嗚呼受難。

マタイ受難曲

合唱のこと
 受難の目撃者であるコーラス(1)が左、幾分観念的なコーラス(2)が右に配置されて、その真ん中を児童合唱が陣取ります。男声はもとより女声も黒い服を着てステージ最後尾に並ぶ様は壮観なものがありました。(話は逸れますが、バッハはこの左右に分かれたコーラス、オケ、通奏低音を厳密に使い分け、各アリアもどちらが伴奏をするかでそれぞれ違った効果を狙っています)
 最初緊張していたのか、第1曲「来よ、娘たち。共に嘆こう」では全体に声が出ていませんでした。音程がおかしい人もチラホラと。特にコーラス1の女声陣の声が固く、先行きに若干不安を感じさせるものとなりました。
 一方、児童合唱は全員暗譜で歌い、しっかりと歌えていてとても良かったです。ですからその分大フィル合唱団の元気のなさが目について児童合唱が浮き上がった形になってしまったのが残念でした。もし大フィル合唱団がフルパワーならばすみよし少年少女合唱団のあの人数もちょうどいい具合になっていたのではないのでしょうか。
 しかし児童合唱がいなくなった第2部からは充分な声量が出、第32曲「世は私に欺き仕掛けた」からようやく本当のコーラスが聞けた気分になりました。これ以降は各声部の歌い分けや広々とした響きがきっちりと出ていて、大コーラスらしい歌に浸ることができました。
 しかし最後の曲である第68曲「私たちは涙を流しながらひざまつき」は少々元気が良すぎたでしょうか。もっと祈りに満ちた表現を目指しても良いのではなかったのかと思いました。

独唱のこと
 配役を書くと、波多野均(福音書記家)、三原剛(イエス)、平松英子(ソプラノアリア、女中1、ピラトの妻)、竹本節子(アルトアリア、証人1、女中2)、吉田浩之(テノールアリア、証人2、祭司長1)、多田羅迪夫(バスアリア、ユダ、ペトロ、大祭司、祭司長2、ピラト)。
 特筆したいのは波多野氏です。マタイを生かすも殺すもエヴァンゲリスト次第なんですが、日本人にこれだけ歌える人がいるなんてまったく知りませんでした。勉強不足。
 ペーター・シュライヤー氏に師事したそうですが、要所での凛とした歌い口で楔を打ち込むシュライヤーさんに比べて、思い切った強弱の付け方でドラマチックに表情をつける波多野さんでした。とにかく見事。
 三原氏は豊かな声量で相変わらずかっこいい声です。特に今日のイエスは王様のような堂々たる恰幅の太さを感じました。変にヒロイックではなかったのが良かったです。(裁判以降イエスが黙り込んでしまうので、出番が少なくなってしまうのが残念)
 平松氏は最初その出来に不安がありましたが、尻上がりに調子を上げ、第2部のアリアなどとても聞き入ってしまうものでした。でも第1部最後の方の第27曲「こうして、私のイエスは、今捕らえられた」のアリア二重唱では竹本氏とのコンビネーションが上手くいってなかったようです。
 竹本氏は最初から貫禄のある歌いっぷりでしたが、平松氏が後半とても良かったのでほんの少し霞んだかなと思わなくはないです。
 多田羅氏はアリアでの出番は少ない(でも重要なアリア)のですが、その分ちょい役がとても多かったです。それがとてもいいアクセントをつけるぴりっとしたもので、「いい仕事してますね」と言いたくなるものでした。
 吉田氏は声量はかなり出ていましたが、技巧的にかなり聞き劣りするものでした。

オーケストラのこと
 この曲はオーケストラも2群に分かれていますが、弦はいつものプルトを左右で分け、指揮者を境としてそれぞれを配置したものとなっていました。管楽器は弦楽器の前に座り、両オケの間に通奏低音として第1グループ(オルガンとチェロ)と第2グループ(チェンバロとビオラ・ダ・ガンバ)とに分かれていました。現代曲でもやんない限り、まず見られない配置だったので、なんだかとっても新鮮でした。
 最初、ビオラ・ダ・ガンバがいることに気が付かず、第34曲のテノール・レチタティーヴォと第56曲のバス・レチタティーヴォでやけに下手なチェロ独奏だなと思ってしまいました。よく見るとエンドピンがなく、両膝で楽器を抱えているのに気が付き「ああ、古楽器か」と思い至りました。そりゃ今の楽器とは音の質が違うわさ。
 オケで特筆したいのは管楽器(特に第1群)の見事さでした。淡々としていましたが、その表現は的確だったと思います。
 弦は相対的に立派に鳴っていましたが、イエスのバックを務めるときの荘厳な響きが薄かった。フェスでは難しいかもしれませんが、もうちょっと弱音のデリカシーに気を遣って欲しかった。
 しかし大編成のマタイらしく分厚く壮大な響きは充分に出ていて、大フィルらしい色が出ていたと思います。有名なリヒターのCDではもっと重厚な音がしていると思う人がいるかも知れませんが、あれはピッチが低いせいでそう感じるのであって、低音楽器からの音の積み上がり方では今日の大フィルは決して引けを取るものではありませんでした。(いや、今日の演奏がリヒター並の名演かって聞かれると困るのですが……)

指揮者のこと
 休憩なしでも3時間掛かるこの大曲をどのようにドライブできるかは指揮者の技量にかかっています。正直あまり期待はしていなかったのですが、ふたを開けてみるとその音楽のヤマのつくり方はとても見事でした。
 第1部は幾分淡々としていましたが、第2部に入ってからは若杉さんも身振りが大きくなり、音楽に起伏が生まれました。特にピラト総督がイエスの代わりにバラバを釈放する件から、イエスが息を引き取り天変地異が起こるまでのドラマチックな運びはグイグイと音楽に引き込まれてしまいました。
 大編成だからといって重く引きずるようなことはなく、中庸なテンポですっきりとしたものでした。
 また各曲間の継ぎ方や合唱を立たせるタイミングなどよく練られた演出でした。圧巻はコーラスを座ったまま歌わせた第44曲「お前の道と心のわずらいとを」のコラール。

おわりに

 最終コラールが締めくくられると、拍手がしたくてウズウズしてた人が手を叩き始めました。……予想は十分出来たことですがね〜。もうちょっとなあ。じっくりと余韻を楽しみたかった。
 大きな拍手に3回オールキャストで答礼してくれた後、帰るお客はゾロゾロとロビーに向かいました。コンマスも解散の合図を送ろうとしましたが、まだ拍手は止まず、結局若杉さんだけによる4回目の答礼が行われました。ここで盛大な拍手が若杉さんに送られ、また「ブラボー」の掛け声がひとつかかり、いい形でコンサートの幕が降ろされました。

 ホールを出ると8時20分となっていました。3時間20分の長丁場。皆さんお疲れさまでした。(これを読んで下さった方も)
 演奏中あまりに集中しすぎたためか、帰ってからも頭が痛かったのですが、とても満足した演奏会でした。
 定期会員席にはチラホラ空席が目立ちましたが、もったいないと思いますね。バッハはそんなに晦渋な音楽ではないので、他の作品共々もっと聞いて欲しいと思います。

 総じて、疲れたけど聞けて良かった演奏会でした。

 さて、次は内田光子のピアノリサイタルです。フェスティバルホールでのピアノソロということなので、音響的にはあまり期待していませんが、なにより内田さんのピアノが楽しみでしょうがありません。


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