玄 関 口 【小説の部屋】 【交響曲の部屋】 【CD菜園s】 【コンサート道中膝栗毛】 【MIDIデータ倉庫】

ブルックナー交響曲第9番(全4楽章版)

日時
2001年10月5日(金)午後7:00開演
場所
いずみホール
演奏
ロイヤル・フランダース・フィルハーモニー管弦楽団
指揮
フィリップ・ヘレヴェッヘ
曲目
ブルックナー…交響曲第9番 ニ短調(全4楽章版)
座席
1階C列18番

はじめに

 愛車クーペ・フィアットを駆っていずみホールへと参じましたが、この日は阪神高速の渋滞がきつく、「ひょっとしたら間に合わないかも」と不安になってしまいました。しかし幸いにも開演10分前に到着となり、最悪の事態は回避できホッと胸をなで下ろしました。
 駐車場のゲートキーパーのおじさんにいずみホールの客だという旨を伝えると、料金は先払いだから車を預けたら先に受付で支払いを済ましてくれと言われました。で、受付に行くと、時間関係なしに1000円でした。まあ、今度車で来場される方は参考までに。

 会場に足を踏み入れるとロビーに長蛇の列が。それはこのコンサートのプログラムを買い求める人達の列でした。1セット1000円で、フランダースフィルの日本公演共通のものと、今日のブルックナー交響曲第9番のフィナーレ専門のものの2冊セットでした。
 私がその列に並んだことは言うまでもないでしょう。このプログラムを握りしめながら、はやる胸を押さえつつ座席に身を沈めました。

ブルックナー…交響曲第9番

 さて、実際のヘレヴェッヘさんとフランダースフィルによる演奏ですが、その響きはボテッとかゴリゴリとはしておらず、あえて例えるならシューリヒトのように速いテンポを基本としてキリキリ進んでいくものでした。まあシューリヒトのような仙人じみた神々しさはなかったですが、幾分軽めながらその響きに夾雑物はなく、色づけのない澄んだ音色が大変素晴らしいものでした。この人のバッハを聞いてみたいと思いました。
 一方フランダースフィルの方ですが、技巧的に不安になるような所はなく、最後まで安定した実力を聞かせてくれました。いずみホールで行うと言うことで、チェンバーオーケストラのようなものを想像していましたが、ブルックナーを演奏するに相応しい大編成のオケでした。
 パートごとに見ていくと、まずワグナーチューバの見事さは特筆ものでした。NDRや大フィルが霞んでしまいます。またホルンの立体的な響きも合わせて金管パートが大変良かったです。そうそう弦パートの並び方が、2ndヴァイオリンが右、コントラバスが中央奥に行く古典配置でした。

 第1楽章で気になったことですが、ブルックナー休止と呼ばれるゲネラル・パウゼがこの楽章中はまだいずみホールの残響を捉えきっていないのか、変に長すぎたり短すぎたりして違和感を感じてしまいましたが、第2楽章からはホールの響きを完璧に捉えてその違和感も消滅しました。迫力も充分に出ていましたが、やはりいずみホールにブルックナーは小さすぎたような気がします。出来ればシンフォニーホールでやって欲しかった。また私が座った席が前から3列目ということもあり、耳に届く音のほとんどが楽器からの直接音だったことも今から思えばイタかったです。
 ヘレヴェッヘさんはタクトを持たずに指揮を行い、テンポはほとんど揺らさない代わりに強弱の変化を積極的に行いました。それでいてねちっこさやいやらしさは全くなく、晴朗な響きをオケから引き出していました。
 第3楽章も速めのテンポで進んでいきましたが、前2楽章とは違い集中力がやや薄れたのか構成がやや甘く感じてしまいました。それでも生への執着を投げ捨て神にすべて身をゆだねる諦観のようなものが感じられたのは大変素晴らしいものでした。
 この楽章のあとには長い沈黙が流れました。
 ちなみにこの第3楽章まではコークス監修による新クリティカル・エディションだと言うことでしたが、従来の版との違いは全く解りませんでした。

 そして今日の目玉と言うべき最終楽章でしたが、オケも最後の力を振り絞っての燃焼を見せてくれました。
 曲自体はアイヒホルンさんとリンツ・ブルックナー管によるCDと比べるも大きな違いはなく、新たに見つかった楽譜による数小節分のフレーズの追加や対位法の緻密化です。
 気味悪い半音進行の第1主題が執拗に繰り返される様は狂気にも似た薄ら寒さを覚えます。それが様々な主題と複雑に絡み合う内に変容を遂げていくのですが、そのプロセスは今までブルックナーが書いた全楽章でも最も複雑で、何度CDを聞いても把握し切れません。ヘレヴェッヘさんもその辺は完璧ではなく、ややとっちらかった感がありました。
 もっともブルックナーはひとつの楽章を書き終えたあと、ブロックを構成する各楽想が繋がりよく連続するように見直しをするのですが、未完に終わったこの楽章にはそのプロセスはありません。ですから繋がりの悪い散漫な印象は仕方ないのかもしれません。
 それでも破滅的な大不協和音のあと、輝かしくやってくる神への賛歌が立ち上ってくるとゾクゾクゾクッと全身に鳥肌が立ちました。すべての主題が重ねられて神への感謝が歌われると胸の中に幸せが一杯に満ちてきました。
 オーケストラが持てる力のすべてを解放すると最後の音がテヌート気味に引き延ばされました。

おわりに

 充実しきった響きがいずみホールに響き渡ると、その残響が消えていくのをじっくり待ってブーワッと拍手が湧き起こりました。さすが、今日はブルックナー狂の人達しかいないことだけあります。不粋な「ブラボー」もありません。ただ熱い拍手だけが会場を満たしていきます。
 何度も何度も呼び出されるヘレヴェッヘさん。その度にオケのメンバーを立たせていきます。特にホルンとワグナーチューバが立ったときは一際大きな喝采が送られました。
 6回目(?)の答礼のあと、ついにオケが解散すると、至福に満たされた演奏会も幕となりました。

 確かにブルックナー自身がこの曲を完成させたらもっと素晴らしくなるのは間違いとは思いますが、それが叶うことのない今、後生の人が校正したものであってもこの曲が全4楽章で終わることを想定したものである以上、十分意味のあることではないでしょうか? (残された資料の数から言ってもマーラーの第10番よりはずっと純正に近い)

 総じて、胸の中が幸せで一杯になった演奏会でした。

 さて次回は運が良ければ、大阪フィルの定期、朝比奈翁によるブルックナーの交響曲3番です。この曲を得意とするザンデルリンク翁を除き、年寄り指揮者はほとんど振りたがらない曲ですが、御大が久しぶりに公開でこの曲を振ってくれます。
 是が非でも行ってみたいコンサートです。
 (……と書いたのですが、御大が過労のため入院してしまい、演目が変更となりました。こうなると無理して足を運ぶ理由も消えたのでこのコンサートは敬遠し、年末の佐渡裕による第9に行くこととします)


コンサート道中膝栗毛の目次に戻る