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名古屋フィルハーモニー交響楽団
第九特別演奏会 in 2002

日時
2002年12月22日(日)午後3:00開演
場所
名古屋市民会館
演奏
名古屋フィルハーモニー交響楽団/愛知県合唱連盟
独唱
サイ・イエングアン(S)/竹本節子(A)/イ・ヒョン(T)/青戸知(Br)
指揮
小林研一郎
曲目
ベートーベン…交響曲第9番 ニ長調「合唱」
座席
1階24列30番

はじめに

 コバケンが録音している第9の演奏は2枚あって(共にEXTON)、九州交響楽団とのものと日本フィルハーモニー交響楽団とのものがあります。
 これらを聞いてみると両者の解釈に違いはほとんどなく、コバケンの第9に対する解釈はほとんど固まっていると言えるみたいです。(良く言えば完熟、悪く言えばマンネリ)
 さてさて、今日はどんな演奏を聞かせてくれるのか期待と不安が綯交(ないま)ぜになった気持ちで会場へと向かいました。

名古屋市民会館

 名古屋からJRで3分ほど行った金山駅を降りると、そこからすぐの所に今日の会場となる名古屋市民会館がありました。
 中に入ると意外にこじんまりとしており、客席数2500ほどの収容数を余り感じさせませんでした。
 座席について言うと、足の前のスペースは十分でしたが、横幅が窮屈な感じを受けました。座り心地は良くも悪くもなく、と言ったところです。
 ステージを見た印象はまるで講演会をするような場所でしたが、視覚的には適度な勾配が付けられ、前の人の頭が邪魔になることはありませんでした。
 一方、音響的にはステージ上のみで音が鳴っている感じがして、客席にまで音が届いていない感を受けました。ただ今回の席が前から24列目(1階のやや後ろより)だからそう感じるのかも知れず、これが15・6列目だと若干印象が変わるかもしれません。しかし正直に言って大阪のフェスティバルホールよりも音響的にはプアだと言わざるを得ません。

 ステージ上を見渡すと、合唱は演奏前からスタンバイしており、独唱陣は後にスケルツォとアダージョの間に入場してきました。彼らの立ち位置は指揮者の横ではなく、合唱の前だったのが大変好ましく思いました。
 そうそう、今日の演奏会にもサブマイクを含めたたくさんのマイクが立っていましたので、録音されるようでした。ナミレコード(ライヴドア)かな?

 それにしても名フィルは託児施設を完備している(予約制)のがいつも感心します。

ベートーベン…交響曲第9番 ニ長調「合唱」

 さて実際の演奏はどうだったのか書いていくと、まず第1楽章と第2楽章はCDとまったく同じと言える演奏で、テンポ設定やコバケンが唸る所も(笑)違いを見出すことはありませんでした。コバケンの第9の実演は今回初めて見たはずなのに彼の指揮ぶりが予想を外れることがなかったのには苦笑いを浮かべてしまいました。(それにしても彼は演奏中は唸っているんじゃなくて、オケと一緒に歌っているんですね。最近そう思うようになりました)
 CD持ってない人にも簡単に説明すると、第1楽章は早めのテンポでグイグイと進む、劇的なもので、続く第2楽章はさらにテンポアップして、きびきびとしております。両楽章とも歯切れの良いリズムで力強く進行します。

 オケについて述べると、今回は管楽器に補強を行わない普通の2管編成だったのですが、会場の空気を震わせるようなパワーがなく、客席から舞台までの距離を非常に遠くに感じてしまいました。大阪の某オケのように金管がみっともなくひっくり返ったりはせず、安定した演奏をしていたのですが、ややアンサンブルに緻密さを欠いているように感じ、コンマスが足をステージからはみ出させる程のハッスルプレイをしていたにも関わらず、音楽からは余り熱を感じることはありませんでした。

 ところが第3楽章に入るとびっくりするようなことが起こりました。ここの第1主題が非常に遅かったのです。最初コバケンが振り間違えたのかと思ったくらいです(笑)
 しかもピアニッシモでは限界まで音量を落とし込み、そこからじっくりとクレッシェンドしてくる様は驚きと共に深い感慨がしみじみと胸に沁み込んで来ました。ふわっと浮き上がるような第2主題は普通の速度でしたが、第1主題が再帰して来ると、再びじっくりと歌い込んでいきました。
 器楽のみの部分では間違いなく白眉の出来で、時間の流れを忘れてしまうような楽章でした。

 第3楽章が終わると終楽章へはアタッカで突入しました。歓喜の主題が低弦で歌われる直前、フルトヴェングラー級の長〜い間が空けられてから始められました。そしてささやく様に始められた歓喜の主題が徐々に膨らんで行き、最高潮になった所で合唱団が一斉に立ち上がり、トランペットが高々と歓喜を吹奏しました。
 そして楽章冒頭のファンファーレが帰ってくると、ついに声楽の出番が来たのでした。

 ここで独唱陣について述べると、ソプラノが中国、テノールが韓国の方だったため、いつも日本訛りのドイツ語を聞いていた耳には新鮮に聞こえました。特にソプラノのサイさんは透明な発音で声が良く通り、背がとても高いことも併せ、非常に目だっておりました。一方、テノールのイさんは各単語間でフレーズが切れる感じを受け、発音もやや甘い気がしました。
 バリトンの青戸さんはこの人の甘い声のせいかどこかスカッとしない印象を受け、アルトの竹本さんは余り目立ちませんでした。

 続いて合唱について述べると、全体の人数が200人強だったのですが、男声が70人弱に対し、女声が140人強もいました。そのため混声4部の部分では女声に男声が少し飲まれていました。男声のみの部分でも会場に響き渡る十分な声量があったので、女声を各パート10人ずつぐらい削った方が良いと思いました。
 しかし技量の方は所々ピッチが怪しくなる程度で、声量も十分出ており、最後の力のこもった歌唱はなかなか良かったと思いました。特に女声に金切り声を上げる人がいなかったのは非常に好感を得ました。ただフーガの所などもっと旋律線を明確にして欲しい所があったのはちょっとだけ残念に思いました。

 合唱前半の頂点である“vor Gott!!”の後、またもやフルトヴェングラーばりの長い沈黙を演出しようとしましたが、ここで
「ピリリリッ、ピリリリッ」
 と携帯電話の呼び出し音が……。すぐに止むのかと思ってか、コバケンはその間を継続させますが、一向に切れる気配はなく、仕方ないかのように、早目に切り上げて次のトルコ行進曲に入ってしまいました。「あ〜あ」って感じが会場に漂いました。
 しかし演奏者の集中力が切れることはなく、男声による“Seid umschlungen,Millionen!”などとても立派な響きをしていました。
 この頃になるとコバケンの指揮は合唱団に対するものに集中し、2重フーガの部分では、各パートへ旋律の出だしをビシビシと指示し、合唱団はそれにハッキリとしたアクセントで応えていきました。
 その後はやや中弛みしたような気がしますが、独唱4人のカデンツァが終わり、プレストへ入ると、音楽にエネルギーの高まりを感じ、合唱による“Freude,schoener Goetterfunken! (oe=oのウムラウト)”ではなかなかのカタルシスを得ることが出来ました。そしてオケだけによるプレスティッシモで駆け抜けるように締めくくられました。

アンコール

 曲が終わると、ワッと大きな拍手が湧き起こり、ブラボーの歓声も掛かりました。コバケンもすぐさま弦パートのトップと握手をするためにステージ上を駆け回ります。
 やがて独唱の4人と合唱指導の2人を加え、演奏者全員が勢ぞろいして喝采を浴びました。

 何度となくカーテンコールを行った後、コバケンが会場の拍手を制止すると、お決まりのアレを始めました。
「皆様のお力を頂き、今年も、まだちょっと早いですが、終えることが出来ました。来年もまた新たなお力を頂戴して頑張りますので、どうかよろしくお願いします。
 それで今日は申し訳ありませんが、オーケストラ・合唱団共にエネルギー使い果たしてしまったので、アンコールは無しとさせて下さい」
 と締めくくり、大きな拍手のなか“一同礼”をして、演奏会の幕が降ろされました。

おわりに

 総じて、マンネリの中にもわずかにキラリと光るモノを垣間見た演奏会でした。

 来シーズンから常任指揮者が沼尻竜典さんとなる(コバケンは桂冠指揮者となります)のに合わせて、コバケンによる第九は今年でひとまず終了となるようです。3日公演は引き継がれるようですから、指揮者・オケ共々の頑張りに注目したいところです。
 この日、配られたプログラムに来シーズン定期の予定が載っていましたが、個人的に一番の注目は6月19日に行われる飯守泰次郎氏によるブルックナーの交響曲第9番の全4楽章版です。ただ会場が今日と同じ市民会館なので、どうしようかなーと思案をしております。

 さて次回は井上道義&大阪フィルハーモニーによる第9です。
 この日は前音楽総監督であった朝比奈隆氏の一周忌にもなりますが、新しい体制が整いつつあるこのオーケストラが井上さんとどんな第九を聞かせてくれるのか大変楽しみであります。


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