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大阪フィルハーモニー交響楽団
第368回定期演奏会

日時
2003年5月10日(土)午後7:00開演
場所
ザ・シンフォニーホール
演奏
大阪フィルハーモニー交響楽団
独唱
菅英三子(S)/寺谷千枝子(Ms)
合唱
大阪フィルハーモニー合唱団
指揮
大植英次
曲目
マーラー…交響曲第2番 ハ短調「復活」
座席
1階D列28番

その前に

 大阪フィルのミュージック・アドバイサーを3年間務めた外山雄三・若杉弘の両氏が3月いっぱいをもって退任しました。
 これについて否定的な意見も若干見受けられましたが、もともとが90歳を越えた朝比奈御大がもし半引退状態(例えば年末の第9だけ指揮をするといった状態)になっても大丈夫なように“副音楽監督”的な役職として作られたのがミュージック・アドバイサーなるものだったのではないかと思います。(ひとりだと後継者と取られてしまうので、同格の2人を立てたのでしょう。それに御大が舞台に立てる間は音楽監督の座を降りてもらう訳にはいかなかったでしょう)
 しかし結局、御大は半引退状態にはならずポックリ逝っちゃったんで、両氏には新しい音楽監督が見つかるまでのリリーフを務めてもらい、次の人にバトンタッチした時点でお役目御免となったのでしょう。
 それに新音監が若くて実力のあるひとだったから、2人ともこんな宙ぶらりんな役職に留まる気はなかったと思います。

そして大植英次

 で、その大植さんですが、今年46歳でミネソタ管弦楽団でのめざましい活躍は周知の通りです。
 なにより2005年のバイロイト音楽祭に日本人として初めて指揮台に立ち、「トリスタンとイゾルテ」を振るというニュースには大変驚いてしまいました。若杉・大町・飯守の果たせなかった夢がいまここに!
 過去に大フィルを振っていて(大植さんは2回振っています)、若く実力があり、オーケストラを確実にトレーニングできて、今は体が空いていて、できたら日本人(すごい欲張りだ……)を梶本に捜してもらい、大植さんに白羽の矢が立ったのでしょう。……これ以上ない人事です。
 しっかし、これ程の人が実にタイミング良く空いていたなあ。朝比奈隆、最後の強運。

ホールでは

 会場では補助席が出るほどの満員で、3階席までギッシリでした。
 ステージ上も楽員のイスが所狭しと並べられ、一番奥の雛壇とクワイヤ席に合唱団用のスペースが設けられていました。
 また舞台左手にはテレビカメラが見える範囲に1台設置されていましたが、一説によるとNHKのもの(昨日は朝日放送)らしく、カメラの他にたくさんのマイクがぶら下がっていました。パッと見ですが、DSD録音による5ch収録のようなので、SACDやDVDオーディオで発売されるか、衛星のサラウンド放送で流されるのでしょう。

 やがて開場を告げるアナウンスが流されると、客席も舞台上も人が満ち、明らかにいつもと違う熱気がホール内に充満していました。
 コンマスがステージに現れると拍手が起こり、軽く音合わせを行うと、新しい音楽監督の登場を息を潜めて待ちました。
 そしてついに大植さんがその姿を現すと割れんばかりの拍手が起こりました。昨日はここで歓声が上がったそうですが、今日はそんなことはありませんでした。
 大フィルのポスターでさんざん見た顔をやっと見ることが出来ました。会場の拍手に大植さんは笑顔で応えます。しかし思ったより背が高くないひとですね。

マーラー…交響曲第2番「復活」

 冒頭の低弦の唸りから気迫がまったく違っていた。非常に高い緊張感が張りつめていて、そのひと鳴りを聞いた瞬間に「今日は素晴らしいものになる」と確信しました。
 大植さんは大きなアクションでオケに指示を飛ばしていました。しかしギチギチにオケを縛り付けるものではなく、上手くオケを乗せてその実力を引き出すタイプだと感じました。
 しかしその陰で、指示の多くは弦楽器に与えられ、それがツボにはまっていたあたり、さすがだと思いました。
 一方、オケの方はどのパートもタップリと鳴った非常に密度の濃いアンサンブルで、低音からどっしりと積み上がっていくバランスはまさしく大フィルのものでした。(これでどこどこのパートが弱い、と言う人は少し耳の掃除をしたほうが……)
 楽章自体は速めのテンポで流れていきました。テンポ変化は師バーンスタインとは違い激情的に揺り動かすのではなく、隠し味程度に用い、一見インテンポのように進みました。
 また歌謡的旋律にもあまりカンタービレを効かせず、割と淡々と演奏するのは、大植さんの特長なのかは今日の演奏だけでは判りませんでした。

 遅刻してきたお客を入れる程度の休憩で第2楽章が始められました。普通はリラックスして演奏するこの楽章でも高い緊張を保っていて、これも高密度なものとなりました。個人的にはもう少しテンポを落としてじっくりと歌い込んでいって欲しかったのですが、緊密度とトレードオフかもしれません。第1楽章に続き、この楽章も非常に満足のいくものでした。
 独唱2人とオルガン奏者(土橋さん)が入場して始められた第3楽章も、前2楽章同様に一切の緩みなく進んでいきます。ただ構成がうまいためか各楽想のつながりが良すぎて、この楽章が持つ躁鬱入り乱れるコラージュような面白さが薄いと思いました。(これをベリオは上手くとらえて、シンフォニアの第3楽章のベースに据えた) ただこれもアプローチの違いであって絶対なものではありません。好きずきでしょう。

 第4楽章「原光」の安らいだ空気から一気に地獄落としとなる轟音のようなファンファーレからフィナーレが始まりました。
 ヘタするとただのバカ騒ぎに感じてしまう第5楽章の前半も一向に緩くなったりしません。第1楽章から最後の合唱まで、じっくりと確実に登りつめていく大植さんの手堅い構成力には感心しました。
 この楽章から遠隔オーケストラが参加しますが。舞台下手の扉が開け放され、その奥で演奏しているようでした。しかしこのバンダ、メチャクチャ音程がしっかりしていて上手い人達でした。ひょっとして名うての人?
 しかしトロンボーンによるコラールの後、クラリネット(オーボエ?)がロングトーンでひっくり返ったのを皮切りとして管楽器に疲れを感じるようになりました。ファンファーレが戻ってくる頃には根性で立て直したようでしたが、結構ハラハラしました。
 また第1Vnが1挺、弦が切れてしまい急いで交換していましたが、しばらくピッチが合わなくて何度も調弦するアクシデントも見受けられました。

 独唱の立ち位置は指揮者のすぐ横でしたが、マーラーは独唱に合唱団のリーダーのような役割を与えている(合唱と一緒に歌っていて途中でふわっと浮き上がるように目立つ所がある)ので、離れすぎるとその効果が薄れてしまう。独唱は合唱の前に立たせるべきだと思う。
 それに合唱も始終座りぱなしで、ソプラノとメゾ・ソプラノの2重唱の所でやっと立ち上がったが、一番神経を使う合唱冒頭のピアニッシモが座ったまま出せるはずがなく、実際この部分はピッチの悪さと声の出て無さに少々がっかりした。コーラスはファンファーレ再帰の部分で立たすべきだとこれも思う。あと、座席が前の方だったせいもあるかもしれませんが、全体的にパワー不足で最高の決め所となる“Aufersteh'n”以降の爆発力が期待を上回るものではありませんでした。(まあ期待が超絶的に高すぎたのですが……)
 合唱が歌ってる間も大植さん、オケに掛かりきりだったことも関係しているかもしれません。

 と、まあ辛口なことを書きましたが、合唱が盛り上がるにつれこっちも興奮してきて、一緒に歌い出さんばかりに没頭してしまいました。
 オケも力任せに怒鳴るのではなく、合唱以降は良い意味で力の抜けた広々とした響きを出していて、見事な大団円を描き出していました。

拍手と歓声

 最後の和音が鳴り響くとすぐに「ブラボー」の歓声と拍手がパラパラ起こり、やがて大きな拍手が湧き起こりました。まあいつもの反応と言えばそうなんですが、昨日は一瞬の静寂が会場を包んだそうですから、そういうのを聞くと非常にもったいない気がしました。
 拍手に何度も呼び出される大植さん。オケのメンバーを次々と立たせて行きます。合唱指揮者の岩城さんはもちろん、バンダ(遠隔オーケストラ)のひとも舞台袖に並びました。
 最後の答礼に大植さんが指揮台に登ると一際大きな拍手が起こり、前後左右に深く頭を垂れてそれに応えていました。
 やがて胸ポケットから在りし日の朝比奈隆の写真を取り出すとコンマスの譜面台に乗せ、クルリと客席の方に向けるとステージを後にしました。(初日はメゾ・ソプラノの席に置いたそうです)
 オケが解散しても拍手が鳴り止む気配は一向になく、8割程の人が依然として拍手を送り続けました。すると大植さんが再び登場し、総立ちによるひとりだけのカーテンコールを行ってくれました。
 そして朝比奈さんの写真を懐にしまうと颯爽と下手の扉に消え、演奏会の幕も降ろされました。
 (この後、ホール裏ではサイン会があったそうです)

おわりに

 こんなに大フィルが本気になった演奏会は朝比奈御大以外では聴いたことがありませんでした。新音楽監督の披露演奏会としてはこれ以上ないものだったと思います。
 今現在の日本に、これ程まで熱狂的に新しい音楽監督を迎え入れる聴衆のいるオケがあるのだろうか?

 総じて、ここからがスタートだ。

 本音を言うと1日目の方に行きたかった……。

 さて、次回は飯守泰次郎&名古屋フィルのブルックナー9番フィナーレ付金聖響とセンチュリーによる「新世紀浪漫派!」第2弾メンデルスゾーンです。
 ブルックナー未完の大フィナーレと、メンコンにイタリアにスコットランドというメンデルスゾーンづくし。どちらも非常に楽しみにしています。


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