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交響曲第5番変ホ長調について

曲名
交響曲第5番変ホ長調 作品82
作曲
ジャン・シベリウス(フィンランド
完成
第1稿:1915年(50歳)の春頃
第2稿:1916年
第3稿:1919年《決定稿》
初演
第1稿:1915年12月8日
第2稿:1916年
第3稿:1919年
構成
テンポ・モルト・モデラート−アレグロ・モデラート
アンダンテ・モッソ・クワジ・アレグレット
アレグロ・モルト

はじめに

 「ベートーベン以降、最高の交響曲作曲家」 と言われることもあるシベリウス。これについては色々と異論がありますが、ベートーベンの後「交響曲」というものについて彼ほど真摯に闘いを挑んだ者はいないでしょう。
 その彼が50歳の時に作った交響曲第5番は非常に晴れやかで明朗な霊感に満ちていて、シベリウスの最高傑作とする人もいる程の名曲です。(もっとも3,4,5,6,7番はどれも同じ高みに到達していて甲乙はない)
 そんな曲とはどんな曲なのでしょうか? またどんな想いが込められているのでしょうか? 時代背景から順に追ってみたいと思います。

この頃の時代背景

 1904年に起こった日露戦争でロシアが判定負けを喰らったため、激化してしまったロシア革命。そのあおりをフィンランドももろに被ってしまい、国民が赤軍と白軍に別れて内乱が起こってしまいました。赤軍の支配地域にいた白軍支持派であったシベリウスは大変危険な目をして脱出したそうです。
 しかしその動乱もさめやらぬ内に1914年世界中を巻き込んだ大戦(第一次世界大戦)が勃発します。この戦争は飛行機、戦車、潜水艦等の新兵器や毒ガス、機関銃、火炎放射器等の大量殺戮兵器が大量に投入されました。またこれらの登場により空爆など相手国民の生活基盤を根こそぎ破壊してしまうことが可能となり、戦争も全国民に被害が及ぶものとなりました。戦闘員、非戦闘員問わず今までとは比較にならないほどの死者が出て、当時人類史上最も悲惨な戦争となりました。命が無駄に散らされる時代です。
 第一次世界大戦後、フィンランドはフィン族念願の独立(正式国名は日本語読みでスオミ、通常使われる「フィンランド」は英語)を果たしますが内乱、大戦と払った代償は余りに重く辛いものでした。

この曲に込められたもの

 楽壇登場当時のシベリウスはロシアからの独立のため、フィンランドの民族自決を鼓舞するような民族精神の溢れた曲を書いていました。しかし先に挙げたような情勢が彼を自然(=命)への賛美、いえもっと深い、命そのものを音楽で表現しようとする姿勢へと変えていきました。また彼自身が08年に当時不治の病だった癌(咽頭癌)となったのも大きな原因と言えるでしょう。(これは手術により完治しましたが、再発の恐怖は以後何十年も彼につきまといました) もはや彼にとって民族だのと矮小なことを言っている時代ではなくなったのです。
 初めてこの曲が完成したのは1915年、シベリウス50歳の時で、すでにフィンランドの人間国宝になっていた彼の50歳を祝おうと祝賀コンサートが企画されました。この時シベリウスはコンサートを締めくくるのにふさわしい新しいシンフォニーを一曲頼まれました。彼もヨシと言うことで、構想中だった3曲のシンフォニーの内一番華やかだった変ホ長調のものに着手しました。(残りの2曲は後に6番、7番となります)
 シベリウスは以前、3番のシンフォニーを初演の演奏会に間に合わず落としてしまった前科があったため、彼にしては急ピッチで作曲が進められました。こうして出来上がった初稿版は1915年の春頃完成され、同年12月8日に祝賀コンサートで無事初演され、大成功を収めたのでした。
 しかしシベリウスは自分のイメージしたものにはほど遠い、この初稿が気に入らず、16年に第2稿、19年に第3稿と書き直し、やっと決定稿としました。
 苦労した甲斐があって、この曲は輝かしい生命力に溢れ、フィン族がどうしたとかいうものを超越した素晴らしい生命賛歌となったのでした。彼自身も第1楽章に当たる部分を「自分が書いた音楽のうち最も立派なもの」と言い、終楽章に当たる部分では16羽の白鳥が湖の上をゆっくり旋回している光景を見て、その時受けた神の啓示にも似たインスピレーションが基となっており、大変感動的なものとなっています。

《 シベリウスの日記より 》
 今日11時の10分前に16羽の白鳥を見た。人生最大の感動のひとつだ! 神よ、なんという美しさ! 白鳥達は長い間、私の頭上を旋回していた。そして輝く銀のリボンのように、太陽の光の霞の中へ消えていった。
 声は鶴のような木管楽器の類だが、トレモロがない。まぎれもなくサリュソフォンの音色だが、白鳥の声はトランペットに近い。小さな子供の泣き声を思い起こさせる低い繰り返し。自然の神秘と人生の憂愁! 第5交響曲のフィナーレのテーマ、トランペットのレガート……。
 これは長い間、真の感動から遠ざかっていた私に起こるべきものであった。こうして今日、私は聖なる殿堂にいるのだ。1915年4月21日。

 ちなみにフィン族とは元をたどれば民族大移動の主役となったフン族であり、アジアの民族です。そのせいか多神教的な精霊信仰が根っこにあり、我々日本人にとってはゲルマン、ラテン、アングロサクソン等の音楽より取っつきやすいと思うのですがどうでしょう? 事実ドイツなどではシベリウスの人気は皆無に等しいそうです。
 また南北に長い日本では北海道のように冬が大変厳しい地方の方がウケがいいそうです。
 フィン族で有名な国では他にバルト三国のエストニアがありますが、この国も交響曲の盛んな所で大変素晴らしい交響曲を書いている作曲家が沢山います。トゥビン、ペルト、テルテリャーンなどがそうです。

曲の構成について

 さて、シベリウスの曲の構成について語るとき、よく言われるのが「シベリウス独自の形式」と言うものですが、あれウソです。この交響曲はソナタ形式を元に書かれています。
 従来のソナタ形式は第1主題とそれに相反する第2主題とで構成されますが、ベートーベン以後第1主題が全曲を支配するようになり、ブラームスに至って曲の最初に提示される動機を元に各主題が形成されるようになります。そこでシベリウスはそれを更に一歩進めて、ひとつの動機のみを展開して行きそれに提示部・展開部・再現部風の姿を与えると言う方法にたどり着きます。
 第4番から前面に出されるようになったこの手法は第5番でさらに徹底されます。(これが結実したのが第6番であり、究極の形として第7番となります) しかしこの手法だと旋律がどうしても短く断片的になり、この曲で目指している劇的で晴れやかな効果を表現するのは難しいのでした。
 そこでシベリウスは曲の核とでも言うべき原動機を最初に提示するのを避け、曲の一番最後に出すことにしたのです。その結果、各部分で表情豊かな旋律を主題とすることができ、この曲の目的であった劇的で晴れやかな音楽を展開することに成功したのです。
 
テンポ・モルト・モデラート−アレグロ・モデラート
 第1楽章に当たる部分では序奏無しでホルンによる朗らかな主題が提示されます。これが少しずつ形を変えていき音楽が展開されていきます。主題が分解され尽くして音楽が沈み込んだ後、再び盛り上がり金管によって主題が高らかに再現(元とまったく同じ形ではありませんが)されます。それから曲はひとつ振りの3拍子になってスケルツォ風に再び展開していきます。最後は目も眩むような疾走感溢れる熱狂的なコーダとなります。
アンダンテ・モッソ・クワジ・アレグレット
 第2楽章に当たる部分は変奏曲のスタイルを取っています。弦のピッチカートによって提示される主題が順次変奏されていきます。ここでは主題も変奏も同じ重きを取られて、主題が分解したり展開されることはあまりありません。またひとつひとつの変奏が区切って奏でられるため、この交響曲の中で一番分かりやすい部分となっています。哀愁が漂う中でも慈しむような心が溢れる音楽です。
アレグロ・モルト
 終楽章に当たる部分での大きな特徴はいきなり展開部から始まることです。断片的に散りばめられ複雑に絡み合う旋律はやがて霧が晴れるように段々とその感動的な姿を現します。ホルンの対旋律を受けて終楽章に当たる部分の主題が木管によってはっきりと奏でられる頃になると、この交響曲もクライマックスを迎えます。やがて主題が消えていくとずっとバックで流れていたホルンの鐘のような音型だけが残り、高らかに斉奏されます。これがこの交響曲の原動機であり、シベリウスが自然から受けた天啓のようなインスピレーションの源なのです。
 そして青空に消えていく白鳥の群を見送るような6つの音を最高潮のなか断続的に奏でられると、この素晴らしい生命賛歌も幕を閉じるのです。
 この曲のエンディングは前代未聞の物で衝撃的であり、初めて聞いたときは度肝を抜かすと思います。(別に気持ち悪い不協和音を使っている訳ではありませんよ) しかしこのインパクトが忘れられなくなった時から、シベリウスの深遠なる世界の扉が開くのです。
 
 ところでこの文章中「第○楽章」と書けば良い所を「第○楽章に当たる部分」と非常にまどろっこしい表現が連発されていたのにお気づきでしたでしょうか? これには理由があるのです。実はこの交響曲、単一楽章からなっているのです。私の持っている Wilhelm Hansen監修のポケット版スコアには見あたりませんでしたが、作曲者はそう言っていて、またそのことを明記しているスコアもあるそうなんです。実際、手元のスコアを見ても1st.Mov.とかローマ数字でJとかは書かれてなく、ただ Tempo molto moderatoと書いてあるだけなんです。
 考えてみると終楽章がいきなり展開部によって開始される所など、第1楽章の提示部と終楽章の再現部の間に挟まれた巨大な展開部の中にスケルツォ的、緩徐楽章的な性格が含まれていると見なすことが出来ます。
 耳にすると明らかに3つの部分に分かれているので上のような表現を用いましたが、シベリウスの楽章の垣根を取っ払ってひとつに凝縮しようとする試みはこんな所にも表れています。


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