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シュメール人の都市国家(メソポタミア文明)


 メソポタミア Mesopotamia は、ギリシャ語で「両河の間の国」という意味で、ティグリス川とユーフラテス川の間の地域を指す。両川の周辺には肥沃な地帯が連なり、その形状から「肥沃な三日月地帯」と呼ばれている。特にメソポタミアの南半分が肥沃であり、古代文明のひとつであるメソポタミア文明の中心地となった。

 BC6500年ころからすでにジャルモ、イェリコなどの集落が発達しており、BC3500年ころには制度化した聖職者階級と堂々とした神殿が現れたとみられる。
 BC3100年ころには民族系統不明のシュメール人が、神殿を中心とし城壁を持つ都市文明を築いた。この文明は、青銅器を伴い、文字が使用された。

 都市国家としては、ウル、ウルク、ラガシュ、ウンマなどが知られており、それぞれ都市の守護神を持ち、神意を受けた王が都市を統治したが、やがて王権が強化されて王は最高の神官となった。各都市国家は、それぞれ覇を競い合った。

 神殿は改築されるたびに壊したレンガなどを土台として、その上に新たな神殿が建てられた。それはやがて、数段の土台と階段を持ち天高くそびえるジッグラトとなっていった。

 文字は、最初は絵文字が用いられ、やがて表音文字も加わって、文字の形も楔形に発達した。粘土板に楔形文字を刻んだ経済・行政などに関する文書が発見されている。

 また、通商も盛んとなり、各地の商人が神殿に集まった。インドとの交易があったことも確認されている。



【参考ページ】
農耕と牧畜の開始(文明への始り)
イェリコの農耕集落
エジプト文明
インダス文明
黄河文明


【LINK】
LINK 大英博物館ミラーサイト(日本語)メソポタミア地理古代の都市の地図

LINK The British Museum 大英博物館(英語)mesopotamiaによる検索結果ウルのスタンダード

LINK ルーブル美術館(日本語)コレクションメソポタミアとアナトリア

LINK 横浜こども科学館 天文民族学のページ 古代オリエントの星

LINK 三省堂言語学大辞典 別巻 世界文字辞典シュメール文字





参考文献
「新訂版チャート式シリーズ 新世界史」堀米庸三・前川貞次郎共著、数研出版、1973年
「クロニック世界全史」講談社、1994年
「朝日=タイムズ 世界考古学地図 人類の起源から産業革命まで」クリス・スカー編集、小川英夫・樺山紘一・鈴木公雄・青柳正規日本語版編集参与、朝日新聞社、1991年


更新 2003/8/12

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