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#1800 
五番街 2001/08/25 12:49
ダンサー

>ブロードウェイでダンス修業をしている東洋人は、東洋人が主役を演じられる
>ミュージカルが「ミス・サイゴン」だけなので、その主役獲得が目標なのだそう
>です。

かつてフランク・シナトラやなんとかイグナチウスさんなんかの超有名歌手が歌をうたい、ロケット(ラインダンス)で有名な、いわばアメリカの宝塚劇場ともいうべき、えーと、そうそう、ラジオシティという劇場がマンハッタンにあります。

このラジオシティーでロケットのメンバーに日本人ダンサーが選ばれて、話題になったことがありますが、彼女は「マイノリティー政策の一環として、マイノリティーのダンサーを採用しなければならなくなって、私が選ばれたんでしょう」と、非常に醒めたコメントを出していました。

たしかに、日本人の場合、身長や手や足、ついでに胸もそうですが、こうしたダンスで欧米人のダンサーと比較すると見劣りするのは事実で、しょうがないですね。彼女も、他のアメリカ人のダンサーと同じほどのモンではないことは十分に知っているのでしょう。



#1799 
ほしむら☆てるき 2001/08/25 02:26
信賞必罰とは?

 何か、NHKで三国志特集をやっていて、徹夜城さんが怪訝な感想を抱いていたけれど、
これについては、私も変に思いました。
諸葛亮=孔明が、「信賞必罰」という事で評価されていたけれど、
この番組で悪役扱いされている魏の曹操も確か「信賞必罰」で知られていて、
君主として、最近は高い評価を受けているのもあるはずなんですよねぇ。
一応、昔の日本のプロトタイプに当たる国と魏の関係で、
それなりに魏にも思い入れがあります。




#1798 
徹夜城(本日は秋葉原へ出陣していた管理人) 2001/08/25 00:13
太平記と役人と

>実樹さん
はじめまして。「太平記大全」をネットサーフィンで発見されましたか(^^)。大河ファンBBS関係者以外ではあまり宣伝活動もしていないんですが、こうして発見されると嬉しいものです。
先日、某検索エンジンで「太平記大全」と打ち込みましたところ、私のサイトがTOPに踊り出るんですなぁ。本物の「太平記大全」関連を差し置いて(笑)。ご存知の方も多いかもしれませんが、数ある「太平記」の版本の中に「太平記大全」って絵入りのやつがあるんですよ、ほんとに。もちろん知っててやったことです(笑)。
当時小学3年ですか〜。僕が最初に大河を意識したのは小学5年ぐらいなので、それは早熟ですね(^^)。しかも「太平記」という現在一般には今ひとつなじみがない題材でちゃんと見ておられたというのは凄い。ぜひぜひ楽しんでくださいませ。
「大全」も間もなく完結が迫ってまいりました。師直が死ぬ辺りまで本文は書いちゃったんですが、何やらホロッと来るものが…別に僕が作った話じゃないんだけど、ずっと書いてくると何やら愛着がわいてくるものです。直義が死ぬ場面なんて書いてて泣いちゃうかもなぁ。
さて、そのあとは…極秘、極秘(笑)。

>班超さん
うーん、「やはり」と思うのと「なぜ?」と思うのと半々ぐらいの感想を持ちましたよ、その話。その役所に限ったことじゃないのかも知れないけど。
その役所ですが、またぞろ何か起きたようですな。「稲垣吾郎逮捕」のニュースに隠れてあまり見えませんけど(汗)。



#1797 
おやかた 2001/08/24 22:42
公共機関側の人間として・・

私は、市の作った財団で働いています。実際の仕事が科学館の
お姉さんですし、入場料取るところにいますから、来館者へは「お客様」という
意識で常にいます。でも、中央省庁の人って、まだ市民は客とは違うなんて考えたりする
いわゆる「役所的」な人の方が多いんでしょかね。
直接市民(中央省庁からすれば国民)と接する最前線の職員は、どこでも頑張ってるんではないかなと思うんですが。民間企業と同じ事をしなければいけないとは思わないんですが、
気持ちよくすごしていただくためには、よりよい接し方というのは
あるのになあと思います。
でも、本日私は忙しさにかまけて笑顔を忘れて接客し、お客に怖がられてしまった
サービス業失格の偽公務員です。



#1796 
班超H.K. 2001/08/24 11:48


暑い日が続いております。そちらはいかがですか。

朝日の「単純・無垢なリベラリズム」、いやあ、面白い表現ですね。すさまじくあっさりと朝日さんの本質をついているようで・・・。まあ、私もそう思います。戦前朝日は権力迎合主義、戦後は権力そのもの、てなことをどこかで聞いたような気がしますが、本質はまさに「単純・無垢なリベラリズム」、にあるのでしょうね。新し物好きというか。過激さが売りというか。
ただどこの国にも批判することで食ってる人間っていますから。昔はそれこそ朝日系というか、人民派というか、大衆派(死語)というべき本多さんや佐高さんなんかが、しきりに政府系批判を行ってましたし(今でもやってるのかな)、そんな批評家の巨頭というべき人達がいるところに新人が同じ手法で割り込んでも食えないっていうこともあるんじゃないかな。で、今は朝日を叩けば一応手応えはあるということなんでしょうか。確かにわきがあまいのも事実ですから。産経もわきががら空きですけど、徹夜城君言ってたように、叩いてなんぼのもんでもないしねえ。

「自分の意見が国民全部の意見」と勝手に決め付けて文章を書く・・・ほぼ、全てのジャーナリズムがそうなんじゃないの。ジャーナリズムだけじゃなく、権威となった組織というのは、そういう体質をどことなく持っていると思うのですけど。
私、この前某省庁(最近あまり噂の良くないところです、ボスは人気あるようですが)の人と激論したのですが、私は権威回復には広報活動をより充実すべきなんではないかな、と軽く言ったんです。本当にマイルドに。そしたら、すごくむきになって(まじで、これが)、我々はサービス機関ではない、国民というのはお客さんとは違う、というわけです。「公僕」であり、税金もらってるわけだから、やっぱりきちんと奉仕してます、てなくらいのアピールはすべきなのでは、と反論したのですが、「やるべき仕事はきちんとやっている。情報公開も行っているし、ホームページもちゃんと開いている。民間とのコネクションも常にある」というわけです。とどめは、我々の仕事を評価しないのは、我々の行動をしっかり見ていないからだ、ちゃんとホームページなどを調べてから批判すべきでは、諭されてしまいました。
その時、ふと思ったんですけど、民間の企業で客に評判のいいところというのは、勘違いな批判に直面しても、必ずこちら側にも誤解を招くような落ち度があったのでは、と我が身を振り返る、それが常に変化を呼び起こすわけですね。外に対する風通しがいいわけです。しかし、風通しが悪いと周りが同じ意見を言う人間だけになる、自分1人だけでなく周りが全て自分と同じ意見だから、安心しきってしまうわけですね。
かつて公共、民間の主要組織のサービスに対する満足度に関するアンケートだったと思うのですが、公共機関で初めてトップになった機関がございました。出雲市であり、そのときの市長は確か岩国哲人だったように思います。この人、元ウォール街出身の金融マンですよね。公共機関に民間の見解を導入したのが成功の要因だったように思います。つまり「我が身を振り返り続ける」という単純に言えば、そういうことなんですが。

ところで皆さん、この掲示板は、公共機関に近いのでしょうか、それともより民間に近いのでしょうか。異なる意見に対する風通しはよろしいのでしょうか。果たして、いかが?






#1795 
実樹 2001/08/24 04:11
はじめまして

ネットサーフィンしていてたどり着きました。
私は太平記が好きで、NHK大河ドラマ「太平記」大全とういうのがあった!ので見ました。
(といってもまだ総論、「父と子」だけなんですが、、)
なんだかとても興奮してしまいました。
私は今大学生なので当時小学3年生だったのですが、物好きに太平記だけは毎回ビデオに収めてみてました。
最近友達が偶然太平記好きだと知り、今現在ともにビデオを見返しつつあります。
当時はよく分からなかったこと(当たり前か) も、おもしろくてはまってるんですが、
このホームページではとても詳しく解説されていて、勉強になりそうです。
10年も前の大河なのに、、とうれしくて、拙い文章ですが書き込みさせていただきました。
ビデオを見返すのと同時進行でじっくり読まさせてもらいますね。



#1794 
徹夜城(中国史に進んだのはやっぱり「三国志」がきっかけだった管理人) 2001/08/24 00:13
NHK民放化現象

そういえば、と書き忘れていたことを。先日「その時歴史が動いた」で夏休み特番よろしく「三国志」を二部構成でやってましたねぇ…「三国志や戦国ばかりが歴史じゃないぜ」とはこの歴史サイトのキャッチフレーズだったりしますが、まぁ僕も一応「三国志」が中国史に足を進めたキッカケだったりしますので、ツッコミする気分で見てました。

ええと、見た方は分かると思うんですけど、「その時」ってこんなに史実と小説をゴッチャにしてやる番組だったんですかねぇ?というのが感想でした。「三国志」に詳しい方は分かるかと。
いちおう「ここは正史、ここは演義」という断りが入るところもありましたけど、全体としてはゴチャゴチャになっていました。
全体のテーマは結局「正義の人・劉備と諸葛孔明」なんですよね。で、曹操および魏王朝は大殺戮をする非道政権であると言わんばかりの構成でした。最後にはそのために魏が晋に倒されたことにする始末で。ここまで意図的にやっちゃまずいだろ、と思いましたね。
とどめを差すのがそのテーマに完璧に沿ったコメントをする陳舜臣とジュディ・オングの両氏。陳さんなんか絶対分かってるはずなんですけど、まぁそこは逆らうのも大人気ないとは思いますがねぇ…まさに「知ってるつもり?」状態だなと思っちゃいまして。特に今回は全体の作り方が「知ってるつもり?」に瓜二つでした。特に悪いほうの見本でね。

「プロジェクトX」についても思っていることなんですが、NHKにも妙に「民放的手法」が導入されて来てますね。むろん、それがプラスに働く部分も多いのですが、「NHKでなければできないもの」というのもある、それを大事にしてほしいと思うのですね。

NHKといえば、「週刊新潮」のテレビ評を書かれている島野功緒さんが先日の城山三郎「特攻」に触れてました。番組自体はそれなりに評価していましたが、友人の「宇垣の特攻機に予備士官2名が随行したことに触れていない。特攻士官戦死者の60%が予備士官であったことを伝えていない」との強い不満が紹介されていました。
なお、この文で島野さんは首相の靖国参拝には賛成してますね。その一方で「名誉の戦死」の実態も指摘し戦争指導者には物凄い怒りを持っている。うーん、やはりこういう方もいるんだなぁ、と思ったところで。こういう方は「分祀」という方向になるんでしょうか?



#1793 
徹夜城(ちょっとした新聞読み比べマニアかもしれない管理人) 2001/08/23 23:35
新聞ジャーナリズム

>アール・ケイさん
ふむふむ、そりゃまぁ凄い本が出てたもんですね。読売も単純ではないんですが、中枢は明らかに変な偏りを持っているのは事実ですね。しかもそれが一個人に帰結していると言うのが恐ろしいところで。中央公論も「言論にはタッチしない」とか言われてましたが、やっぱり征服されてしまったようですね。ジャッジが井沢元彦って時点でもう結論は見えてるでしょう(笑)。
この人の朝日批判は的を得ている点もあるのですが、同じことを産経にやるとは思えませんしねぇ(ま、産経批判しても金にならないし)。で、ご本人がどうなのかというと、これがまた批判本(というかツッコミ本)一冊書けるぐらいで。五島勉だ、ハンコックだとトンデモ系に騙され続けているのも…(^^;)。そういえばこの人最近「小説」を書いてるのか?
過去の社説を並べているそうですが、「ほーら間違ってた」とやるのはあまりフェアではないでしょう。ひょっとすると現在進んでる方向が「間違っている」のかもしれませんしね。戦前の新聞がそうであったように…そういえば朝日批判論者ってよく戦前の朝日の報道姿勢を引き合いに出しますけど、それってやっぱり「あの戦争は間違ってた」って観点に基づいてるのかな?どうみてもそう考えてるとは思えない人が多いですけど。

朝日の「単純・無垢なリベラリズム」ってのは当たってると思います。正直かなり偽善的なところもありますしね。産経の確信犯的態度(笑。なおフェアということではありません)から比べれば中途半端なところもありますが、僕に言わせれば毒にも薬にもなりませんね。実のところ「朝日」を実体以上に「神格化」しているのは実は朝日批判論者の方だと思ってます(笑)。

産経と赤旗が似ている点ですか…一番感じるのは「自分の意見が国民全部の意見」と勝手に決め付けて文章を書くところですね(笑)。



#1792 
アール・ケイ 2001/08/23 18:23
滅びるより悪いこと

仕事中、ちょっとサボって本屋になぞ行ってみたら、とんでもない本を見つけてしまいました(そんなにとんでもなくないのかもしれませんが)。中央公論新社から出ている新書で、読売新聞の編集部が著者という形を取っている、戦後、サンフランシスコ講和条約から現代に至るまでの朝日新聞と読売新聞の同じテーマ社説を並び立てて比較するというものです。ま、そういう形式の本はいままでなかったわけではないですが、かの見識ある(といわれた)中公から出ているのがなんとも虚しい感じがしました。しかも、その本、“ジャッジ”が置いていてどちらの社説が正しかったかという判断をしているのですが、それが、やはりというか井沢元彦氏なんです(笑)。もうもう不遜というか臆面もないというか、私、呆れ果ててしまいました。そりゃあ、よくも悪くも中庸を行った読売に比べて、朝日の無垢なリベラル論はことごとく世の動きに否定されてしまってますが、それを何も今更並べ立てて、それもジャッジというより一方の方のセコンドに付いているような人間に批評させるなんて、読売の朝日コンプレックスも直りませんなあ(笑)。
そんなことはどーでもよくて(笑)、私がショックだったのは、こうして言論、ジャーナリズムというのは死んでいくのかなあと思っちゃったことです。中央公論社は、完全に破産させるべきでした。ナベツネ読売に、産経グループの扶桑社のような態のいい別働部隊を与えてしまったような気がします。
シネマ旬報(の編集、販売権を持っている組織)が角川書店に買収される、という記事が載っていましたが、角川としては旬報のブランドネームとデータを使って本格的に映画業に再参入するつもりなんでしょう。旬報も傾くべくして傾いているのですが、変に名前を存続させようとはせず、名誉ある廃刊の道を選んで欲しかったと思います。

産経新聞と赤旗ってどこか似てません? まず結論ありきで逆算して記事を書いているような…。ま、朝日だって同じ穴のむじななんでしょうが、もうちょっと品が良くて狡猾です(笑)。
ぜひ産経抄には、チンギスハン=義経説に脚光を当ててもらって、世界帝国の支配者は天皇の子孫である可能性がある、とか書いてて欲しいです。読みませんが(爆)。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#1791 
徹夜城(夏期講習が追い込み状態の管理人) 2001/08/23 11:16
ちょっと変わった大河ネタ

いろいろと問題が山積してまして、すいませんが「史点」は今週は休ませてくださいませ。次回二週合併号にいたします。ま、首相や大統領も夏休みをとる時期ですし。

ところで、僕がひそかに愛読している産経新聞(最近個人的に「参詣新聞」などとからかってましたが)名物コラム(笑)「産経抄」ですが、なんと現在の大河ドラマ「北条時宗」に触れてましたので、ちょいとご紹介。昨日の朝刊に載ったものです。
台風の接近をネタにしたものですが、そこから元寇の話につながります。文永の役の時は台風はこなかった、という説を述べているところはごく当たり前ですが。そのあとに「時宗」に触れます。以下、引用。

「▼歴史の真実と通説の見きわめは、なかなか難しいものがあるようだ。NHKの大河ドラマ『北条時宗』もようやく蒙古襲来にさしかかってきたが、どういうわけか時宗は“悩める平和主義者”のように描かれている。女たちはみなウーマンリブの女権論者のよう。
▼元のフビライが日本に求めたのは征服でなく通商だと解釈し、飛行機もない時代に時宗は「わしは蒙古へ行こう」などと気やすくいう。すべては平和的な話し合いで解決できるというのだろう。“戦後民主主義的ドラマ”の典型といっていい。」

…まぁやっぱりそう見えちゃうか(笑)。「悩める平和主義者」の描き方が鼻につくのは事実ですが、NHKの大河ドラマって昔からそうですからねぇ。「蒙古へ行く」って発言は僕もやりすぎだと思いますけど(笑)。
ただこの潮流と言うのは世界的な現象であるのも指摘しておきましょう。モンゴルで製作した「チンギスハーン」もこの傾向が顕著に出ていました。いまどき征服万歳、戦争礼賛に描くわけにもいかないという事情もあるんですね。ここらへんが「史実」と現在においてそれを「ドラマ」として描くときの差なのです。女性の描き方にしても「産経抄」氏の指摘にうなづくところも無いわけではありませんが、中世において意外に女性の発言力があったというのも事実ですし、これもまた「ドラマ」の手法として考慮しても良いと思うんですよね。

モンゴルが征服ではなく通商うんぬんというのはこれもまた「無いわけではない」と言っておくべきかな(杉山正明さんあたりに出てきてもらうといいのかな)。ただドラマとしてその方向を強調するってのはありますね。

ただやはりこの文章、力点はラストにあるのは明白です。だいたいこのコラムは巷の話題を強引に「産経的主張」に引っ張ってオチをつけるのが恒例で、その強引さ加減が笑いを呼ぶ爆笑コラムとして読む楽しみ方もあるんです(僕ぐらいかなぁ)。「史点」でも何度か取り上げてツッコミを入れさせてもらってます。
「戦後民主主義」を諸悪の根源のように言う人が産経抄氏をはじめとする右派知識人に多いわけですが、実はこの方面の方々が「時宗」に対して妙な期待を寄せていた節があります。実際に僕もそういう文を読んだのですが、つまり大陸からの侵略に対しこれと戦ってはねつけたという「栄光の歴史」を称揚して欲しいという願望があったようなんですね。そんな文章をみかけましたから僕も気にしてはいましたが、とりあえずドラマとしてはそうはなっていません。
さらに言えば、この方面の方々には「モンゴル」を妙に持ち上げつつ(ヨーロッパに対して勝利したアジアだからです)、元寇に関しては「中国・朝鮮が日本を侵略した」とポイントをずらした話(それ自体は事実ですが置く力点が違います)をしばしばすることも指摘しておきましょう。

ま、現在の「時宗」にはいろいろと文句のある僕なんですが、「産経抄」氏にこう言われるとちょっとむかついた、ってなところで書かせていただきました(笑)。

>班超さん
「中国が海を支配したとき」って、鄭和の話をしているくせに表紙が鄭成功って本ですよね?最初ヒゲの武将が表紙になっているのに中身が宦官である鄭和の話題なので「?」と思ったことがあります。表紙を良く考えないで選んだ可能性高し。無関係ではないにせよ…



#1790 
班超H.K. 2001/08/22 11:00
海といえば・・・

倭寇、うーん、まさに東洋の海の状況を象徴する歴史的しろものですよね。私が一番興味のある問題の一つは、実に海洋統治という課題、現実的な問題に還元すれば、領海問題というような国家間の問題をいかに解決するか、ということになりましょうか。大学院の時のテーマも実にこれでしたね。
ところで、現在の海洋統治の基本的枠組みというべき海洋法ですが、起源をたどれば(ちょっと強引ですけど)ローマ帝国時代の海洋統治概念にいきつくというのは、よく言われているところですよね。平たく言えば、欧州の歴史概念にもとづいているわけで、その概念を19世紀末頃、国際法(当時は万国公法と訳してましたが)の概念輸入と同時に中国が取り入れたということなんですけど、つまり、東洋におけるところの海洋統治の概念には明らかに歴史的なギャップがあると、マスター論文のポイントの一つはこれだったように思います。
このマスター論文の時に頻繁に使った書籍に「中国が海を支配した時」(英文名:when China rule the ocean)というのがございまして、作者は誰か忘れましたが、米国の女性ジャーナリストだったように思います。これが非常に面白い。主に鄭和の話しなんですが、他にいろんな中国を中心とした海の話しが紹介されており、倭寇ファンも必見の書籍だと思います。学問的な考証も大した物で、是非ご一読を。徹夜城君が既に紹介ズミかもしれませんが。

ところで、海にまつわる話しでもう一つ。ちょっとした情報の公開。歴史問題の陰に隠れ忘れさられたような感の濃い「尖角諸島問題」。実は、香港の右翼組織(と言っていいのかな)が尖角諸島(もちろん彼らにとっては中国領魚釣島ですが)上陸を計画しておりまして、募金をはじめたというところ。ところが予想を大幅に下回る額しかあつまらず、今年の計画は断念せざるを得ないらしい。歴史問題は「中国人」としての問題を含んでいる面がありますが、領土問題は純粋に「国家問題」ですからねえ。香港人としては、何となく団結に欠けるところがあるのかな。以上、ちょっとした香港の「領海問題」に関する話題を。



#1789 
なな 2001/08/22 00:01
失礼

私が見たのは、第3回(今日放送)の予告だったのですね。一瞬だったもので。
テキストがあってよかったです・・・ホッ。人間講座って3ヶ月シリーズ(12回)くらいでしたっけ?
「元寇が引き金となって〜中国大陸へ進出して行くんです」というお言葉に、「い、いや、その間には数段階あるんですけどぉ〜っ・・・」とテレビにつっこんでおりました。
白石先生と教育テレビに異議申し立てする私。おそれ多いことです。(-_-;)



#1788 
徹夜城(番組チェックを怠っていた管理人) 2001/08/21 23:47
危うく見過ごすとこだった

「サムライたちの海」の松浦党シリーズ、危うく見逃すところでした(汗)。この伝言板のぞいて「あっ!」と思い出し、かろうじて後半は見られました。うかつ。
今回は元寇、次回は倭寇ですね。予告では例によって通称「倭寇図巻」が出てきました。ビジュアル的にはあれしかないんだよなぁ。とにかく、次回は録画します。

>+αさん
PCのお悔やみ(笑)、元寇博多来襲についてのご考察、ありがとうございます。
ところで、ご紹介のディズニー製「三銃士」ですが、僕も以前TVで見て大爆笑、すかさず「歴史映像名画座」に入れてしまいました。忠臣蔵への置き換え、まさに言いえて妙です。
付け加えるなら、柳沢吉保が大奥に乱入して将軍正室の浴室に上がりこんだり、綱吉によって柳沢が川に突き落とされ溺死すると言うとんでもない映画です(笑)。
ディカプリオ主演で作られた「仮面の男」も相当無茶な作品ですが、あれはまだ良心的。東映時代劇だって「限度」というものはわきまえてますからねぇ。あの「三銃士」、フランスでは公開したのでしょうか?

聞くところによると過去の「三銃士」映画はいずれも英米製作だそうで、本場フランスで作ったことが無いと言うのも興味深いところ。フランス製歴史大作は僕も「王妃マルゴ」ぐらいしか見てない…あ、大昔の無声映画「ナポレオン」はありましたけどね。去年やってた「宮廷料理人ヴァテール」は一応フランス資本らしいですが、セリフは全部英語。
そういえば(僕はこの調子で連想を広げてますな)、「王は踊る」ってルイ14世映画が来てましたねぇ。見に行けるかなぁ…

>のよりんさん
そうですか、確かに「竹取物語」はアニメ向きでしたね。実写もありますけど(笑)。



#1787 
アール・ケイ 2001/08/21 20:49
蒙古の前に、野分襲来(笑)

えー、こちらに書きたいことが多すぎてパニクリそうなぐらいです(笑)。
書きたくないことの方が少ないぐらい(病気ですな)

管理人さま、『太平記』解説、あと一息ですね。ご苦労様です。
直冬役の筒井クンは、当時彼のキャラクターを制作者サイドが理解していなかったために役柄にはまり切らず違和感が残る結果となりました。吉良上野介の曾孫(でしたっけ?)=上杉鷹山を演じた時はすごくはまっていたんですけどね。一見ぬぼっとしていて、その実、芯が強いというのが彼のはまるキャラクターです。

さ、帰って白石一郎さんの人間講座を見よっと(笑)。電車動いてるかしら。。。
(そういえば、土曜日に縄田一男先生が白石さんのインタビューをされたそうです)

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#1786 
のよりん 2001/08/21 13:02
最近のディズニー

「ムーラン」制作のころ実は日本の作品も候補にあがっていたようです。
候補の一つが「竹取物語」でした。
実際に日田のサンリオハーモニーランドで「竹取物語」を題材にしたアニメをディズニーの日本の子会社で制作したりしてましたね。
結局は流れちゃったようですが…当時は他に「白蛇伝」の制作もまことしやかに業界でうわさされていました。
う〜ん。手塚プロの次は東映をパクるつもりだったのか…
まあ、ここ数年クレジットを見てると映画にも日本人のスタッフが結構参加していたりします。
これはウォルト・ディズニー・ジャパン(主にテレビやビデオ版のディズニー作品を担当している)の実力が定着したせいもあるんですがね。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Cinema/5784/


#1785 
なな 2001/08/21 01:04
MS−DOS

大学時代にMS−DOSを習った・・・もしかして私とたいしてトシが違わないんじゃ?(・・)
ここの常連さんたちを、漠然と「おじさん」「同世代」「年下」と分けて認識していますが、ハンドルだけじゃほんとにわからないものですね。

>ムーランのバレエ
ブロードウェイでダンス修業をしている東洋人は、東洋人が主役を演じられるミュージカルが「ミス・サイゴン」だけなので、その主役獲得が目標なのだそうです。
オペラの世界だと「マダム・バタフライ」?東洋が舞台の作品が増えるのは喜ばしいことです。
>教科書も
日本とアジア諸国が共同で作ればいいと思うんです。
それも記述を一致させるのに躍起になるんじゃなくて、日本の言い分とアジア諸国の言い分を併記する。思春期の中坊たちには、加害者と被害者でこうも食い違うことを認識させる方がためになるんじゃないかしら?
倭寇・・・。混血児の存在を視野に入れるべきだと思うんです。ジュラシック・パークじゃないけど、どんなに徹底管理しても生命は道を見つけるのだし、どんなに国家体制を固めても人間はそこからはみ出していくものでしょう。
インターネットで日本各地の情報が入ってくるからこそ言えることなんですが、日本のそこかしこに(といってもまだ大都市だけでしょうが)こんなに日韓カップルがいるとは知りませんでした(笑。両国民とも国籍や戸籍でがんじがらめになってる現代においてもです。
まして中世なんだから・・・という柔軟性が、欠けてるんでしょうねぇ。



#1784 
+α 2001/08/21 00:44
パールハーバーを見てきました。

 どうもお久しぶりです。(こればっかりだな)+αです。

 一言でいって「ハリウッド製ラブロマンス映画」でした。ハリウッド版の「三銃士」のように、恐らく「時代考証」とかはまるで考えていないのでしょう。零戦やリアルなCGはハリウッド映画によくある「豪華なセット」の一環でそれが正しいかどうかは殆ど考慮していないという印象でした。
 (「三銃士」とはなんぞやという方のために、日本史に置き換えて簡単に説明すると、「柳沢吉保が将軍になろうとして、オランダと手を組んで、綱吉暗殺を謀るが、水戸黄門と助さん角さんの活躍で失敗、悪者柳沢吉保は成敗されて、めでたしめでたし」という映画です。)

>徹夜城さん

>ところでモンゴル軍はなんで防衛体制が整えられた博多湾にわざわざ入ってきたんだろうか、

 文永の役の時は防塁が無かったからではないでしょうか。

 文永の役の時は、日本側は防御態勢が出来ておらず、兵力も多く無かったため、元軍の博多湾上陸を阻止できず、内陸へ後退します。
 そのまま、元軍が大宰府目指して侵攻してきたら、結構危なかったでしょうが、なぜか撤退してしまいます。
 元軍が撤退した理由は、諸説あってはっきりとはしませんが、とにかく、あやういところで、窮地を脱した日本側は、急遽、防衛体制の整備に着手します。徹夜城さんの見た、博多湾全域をカバーする石築地が作られたのもこのときです。
 次の弘安の役の時は、日本側の防衛体制が整っていたため、前回よりも兵力が多かったにも関わらず、元軍は博多湾上陸に失敗し、志賀島に上陸するものの、ここも日本軍の逆襲を受けて撤退を余儀なくされ、海上をうろうろしているところを台風に直撃され、大損害を出し、撤退します。

 元軍にしてみれば、他に適当な上陸地点が無いし、前回成功した場所でもあるから、博多湾を選んだのでしょう。

>城山三郎「特攻」
 私も見ました、中津留大尉が、終戦を知らなかった可能性が高いこととか、簡単に死んではならないと訓辞していたことなどは、この番組で、初めて知りました。
 ただ、「「諸氏は神である」と訓示する上官を怒って引きずり下ろし、「死ぬな」と兵士たちに諭す教官」の話は、階級が絶対の軍隊で、そんなことができるとは思えないので、首をかしげましたが。
 それに、「諸氏は神である」という訓辞をした人というのは私の知っているのは大西中将位ですし。

>クラッシュ
 ご愁傷様です。私も一度職場で使っていたパソコンがいかれて、Windowsが立ち上がらなくなったことがあります。
 DOSモードでは立ち上がったので、昔取った杵柄(私がパソコンを使い始めたのは、まだ8ビット機が主流の頃、当然OSはDOSしかない)で、データは全部救出できたのですが、ロングネームのファイル名が、8文字に省略されてしまったので中身の確認に手間取りました。

>MS−DOSを大学で習った
 MS-DOSを大学でですか、私の頃はパスカルとかでしたね。すっかり忘れてますけど。


http://homepage1.nifty.com/SENSHI/


#1783 
徹夜城(久々にMS−DOSをいじった管理人) 2001/08/21 00:10
クラッシュ!

えー、旧PCの話なんですが、前にも肩書きでチラッと書いたようにハードディスクがとうとうクラッシュなさいました。物理的にぶっ壊れたもののようで、もはや元には戻らなそう。拾えるデータだけ必死に拾ってます。掲示板過去ログなどHP関係のものは新PCにほとんど移行していたのですが、一部旧PCにしかないやつがあって、いま救出中。
うーん、ってなわけで「史点」更新は危ないかも(汗)。パソコン歴は結構長いような気もするのだが、こういう経験は意外にも初めて。そのむかしMS−DOSを大学で習ったのが今ごろ役に立ってたりします。

>班超さん
「ムーラン」ね。アニメは見たけどバレエにするとはねぇ。
あれ、アメリカ人が作ったアニメにしちゃ中国文化に敬意を払ってる感じでその辺に関しては僕は気に入りましたけどね。エンディングに漢字がデザイン的にポンポン出てくるのは漢字文化圏の人間から見るとなんか新鮮でした。
ただあれ、モンゴル人とかが見るとどう思うのかな。「フン族」ってなってるけどさ。トルコだったかな、あの映画の描き方に「先祖を侮辱している!」って反対運動も起きたんですよ。確か「史点」の一番最初のネタがこれだった。

ディズニーが中国市場を狙ったのは明らかですが、日本ネタで何か無いか、と友人たちで話し合ったことがあります。候補は「桃太郎」「金太郎」「浦島太郎」と太郎シリーズでした(笑)。
僕はあえて言えば「ヤマトタケル」。これほど日本のお話でアニメ向きのネタは無いんじゃないかと。実写だと2本ほどありますがね…一本は冗談みたいなもんでしたが。
なお、「太平記」マニアがあれで一人増えたとすれば実にうれしいです(^^)。この調子で倭寇にも力を入れていくべきなんだろうな。

>ななさん
あ、どうも。どうも。「サムライたちの海」、チェックしておきます。
そういえば先日朝日新聞に日韓共通歴史本の作成をやってる方々の話が出ていました。やはり、「倭寇」の記述ではぶつかるようですね。日本では日本人だけでなく朝鮮人もいた、あるいは民族帰属は不明確だったとの見解が定着しつつあるのですが、やはり韓国の学者さんは頑強に抵抗するようです。「証拠は何だ」と言うから「朝鮮王朝実録にあるよ」と答えると、「それがどういう意図で書かれているか検討する必要がある」というやりとりだったようで。うーん、やはり「倭寇」はあくまで「日本人の海賊」であり「倭」と「日本」の区別を受け入れられる状況では内容ですねぇ。
中国でも聞くところでは「倭寇」と「日本の侵略」はダブってしまうところがあるようで、学者レベルはともかく一般レベルでは倭寇をポジティブにはとらえられないらしいです。もっとも学者レベルでも「倭寇研究」はしばしば秀吉の侵略も範疇に入れるんだよなぁ。
ちょっと前だと少なくとも後期倭寇に関しては「反海禁闘争!」って感じで人民闘争史観的に評価が高かったんですけどねぇ。



#1782 
班超H.K. 2001/08/20 11:50
花木蘭的話

花木蘭、ご存知ですか。ディズニーでアニメ化された中国のヒロインことムーランのことです。当時、ディズニーがアラジンをアニメ映画化して、いよいよディズニーが欧米圏以外の話しに手をつけ始めた頃、次はどこだ、中国か、日本か、中国ならなんだろう、西遊記かな、などと話していたことを記憶しています。ふたを開ければ「ムーラン」ということで、無知な私は誰の話しだろう、などと首をひねったりしたものです。
で、何故今頃ムーランの話しなどというとですね、昨日そのアニメのムーランを基にしたバレエ版のムーランを見てきたわけでして。いやー、何というか、妙な空間だったように思います。中国武士がステップ踏みながら登場したり、皇帝から勅旨を受け取るときになんでステップ踏みながら、などとつっこむ機会が多すぎまして。当然、戦闘シーンも踊りながらなわけでして・・・。まあバレエですから仕様がないんですがね。
構成作家というか、総プロデューサーはやはり西洋の方でして、東洋のイメージが全てミックスされた不思議な空間を作り出していましたね。祖先の霊というか、精霊が出てくるんですけど、これが仏教の菩薩、というよりは天女のイメージでして、肌も露な色っぽい格好ででてくるんですな、これが。どこが祖先の霊やねん、中国とはちゃうやろ、とつっこみつつ、目はしっかりとお姉さん達を見つめておりましたけどね(単なるエロオヤジやね)。蛮族のイメージも北方民族のイメージとは程遠い、かなりトロピカルな感じでしたね。そういう異空間をつくることが狙いなのかもしれませんけど。
ちなみに配役をみましたら、圧倒的に香港人が多いんですけど、主役のムーランは日本人、蛮族の頭目役も日本人でした。

ところで、太平記、いつも楽しく拝見しております。正直言うと、この場でいうと何だか袋だたきにあいそうなんですが、その大河ドラマ、見てないんです。その年、91年は日本にいませんでしたので。91年を起点に海外に出始めたもので、帰国するたびに管理人さんなどから「来日パーティー」なる飲み会をやっていた記憶がございます。
しかし、太平記、面白いですね。今更いうのもなんですが、これまではあまり興味もなかったんです、実は。しかし、非常なファンになりそうです。いつもながらですが、管理人さん、あなたは人を感化させるのが非常にうまい。かつての中国文明を彷彿とさせるものがありますな。「蛮人」たる私は、またころりと感化させられてしまいました。



#1781 
なな 2001/08/19 00:27
白石一郎「サムライたちの海」

教育テレビで21日(火)夜11時ごろから、3回シリーズだそうです。
元寇を機に大陸沿岸へ進出する、松浦党についてだそうです。Oh〜まさに倭寇!(^^)



#1780 
徹夜城(旧PCがすねてハードディスクをクラッシュさせたことに驚く管理人) 2001/08/18 23:50
「尊氏殺害」のシーンは…

>おはけんさん
早速のご感想、有難うございます。
さて、ご質問にあがっていた師直が尊氏を「殺害」する幻想を見るシーンですが、実は次の回、第46回にあるのです。
いや、ほんとこの時期は「師直くん大暴れ」ですね(笑)。出番はずーっとあった人物なのですが、幕府が出来るまでは尊氏の傍に控えているだけで目立つ場面はまるでないのです(家臣一同代表という印象でしたね)。それがこの40回あたりから目立つ、目立つ。このために柄本明さんをキャスティングしたようなもんです。
「大全」を書くために「観応の擾乱」をあれこれ調べましたが、展開があまりにも複雑怪奇で脚本・演出はさぞ大変だったことだろうと思います。けっこう大胆な仮説もとりあげつつ(師直クーデターの主犯が尊氏だった、というのをあのドラマが採用すると言うのは正直意外でした)、なんとか分かりやすく面白くまとめようとしてるんですよね。「二条の君」もそのためにかなり大胆に脚色しています。

そうそう、筒井道隆さん。やっぱりこの時期あまりうまくないんです。時代劇言葉が板についていない印象はありました。それもあってもっと平民くささが出るような感じにしたほうが効果的だったんじゃないかと思ってるんですが…



#1779 
おはけん 2001/08/18 01:57
義貞後(笑)の太平記感想

 徹夜城様、ありがとうございます。これで多少は新田の不遇も浮かばれるかな・・・(笑)

 さて、続きの太平記大全ですが、義貞の件の鬱憤が晴れて(爆笑)、いやぁ思い出すと観応の擾乱は面白かったな!というのが率直な感想です。
 なんかこの5回はもう「帥直くん大暴れ」という一言につきます(私は柄本明氏も、結構好き!)帥直といい、あとは源平の頃の梶原景時(私はリアルタイムで誰かの景時役を見たことはないんですが、一度やるなら柄本氏か、寺田農氏に是非やってほしい)といい、「冷徹に主君に忠実すぎた人間」ほど、回りを敵に回しまくって悲惨な末路を辿る・・という典型例に思えます。
 強いて挙げると、私のイメージの直義は、決して泣くときも「鼻水ジュルジュル」とか「涎飛ばし」なんかしないので、かなりイメージが違ってたのと、あのころの直冬=筒井くんは、まだまだセリフ棒読みに近く下手だったのが惜しいところですが・・・(ああ、また悪口言っちゃった)
 
 ところで、なんかこの5回辺り(尊氏亭包囲あたり?)で、帥直が「尊氏を討ち取った悪夢(幻想・妄想)」を抱く・・・というシーンがありませんでしたっけ?たしかビジュアル的には見たような気がするのですが、「本編内容」上、はっきりしないので・・・・



#1778 
徹夜城(健康には留意することにしたい管理人) 2001/08/18 00:16
「太平記」ついに第45回まで更新。

ってなわけで、あと一息でエンディングです。
しかしななさんもご指摘の通り、健康には気をつけましょう(^^;)。

>おはけんさん
いや〜、熱い熱い書き込み、恐れ入り奉りまする(^^;)。
一回保存してじっくりと読ませていただきました。いやはや、ここまで熱く南北朝を語れる方にはなかなかお目にかかれません。

ドラマの新田義貞の描き方が、とくに「大逆転」あたりからかなり辛いのは事実ですね。尊氏が主役だからとも言えますが、だったらその宿敵としてそれなりに魅力的かつ有能に描く手もあるわけで、脚本でかなりそのへん意図的に辛くした可能性はありますね。僕も義貞の評価は辛いですけど、あれはちとやり過ぎ。
おはけんさんがお書きになっていた「破軍の星」は先日読了しましたが、確かに北方謙三さん、かなり義貞にきつい(笑)。弟の脇屋義助に至ってはその義貞をそのまま一回り小物にしたような人物、と書かれている始末。新田次郎氏も書いているようですが、義貞への戦前・戦後を通した不遇ぶりには確かに涙ぐましいものは僕も感じます。あまり有能とは本音を言えば思ってないんですが(あえていえば師直・道誉なんかと比べて時代に合わなかったと言うべきか)、無能呼ばわりすることもなかろうに、とは思ってます。
 そうえいば北方さんが描く尊氏像も面白かった。しばしばボーッとしているが、本当にボーッとしている場合と何か企んで演技でボーッとしている場合とがあり、直義も区別ができない、なんてあたり、僕はかなりリアリティを感じました。

さて、ご質問の件ですが。「新田義貞」をまだ未読なので(いや、ほんと。なかなか発見できなくて)どういう風に書かれているのか分からないのですが、どうも新田次郎氏の創作のにおいを感じます。というのは僕が知る限りの南北朝本、太平記の脚注にもそんな話はまるで出てこなかったからです。ことは皇室の問題だけにまるっきり見かけないと言うのは不自然です。
 光厳上皇と豊仁親王が比叡山へ向かう後醍醐一行から離脱して尊氏のもとへ向かったのは1336年5月のことです。5月25日に仮病を使って比叡山行きから離脱、6月3日に男山八幡に向かって尊氏に合流、6月14日に東寺に入っています。豊仁を新天皇に即位させる儀式を行ったのは8月15日のことだったそうです。



#1777 
ホリ-・ハンタ- 2001/08/17 15:19
パレスチナ

パレスチナは最近、物騒ですね。私の弟は数年前、卒業旅行に中東を一ヶ月もさ迷い、
今から考えると、弟は、よくも日本に生還できたな、と思えるくらい、今のアソコは
危険な紛争地帯に逆戻りしてしまいました。弟はシナイ半島でスキュ-バ-ダイビング
をやり、物凄くキレイな海中だったと言ってました。エジプトとイスラエルが戦った際の
双方でバラまいた機雷が今も残ってて、大きな船は寄りつかない海域なのだそうで
中東で最もキレイな部類に入るダイビング・スポットだそうで。



#1776 
なな 2001/08/16 19:20
予言

>徹夜城さん
少し前に夏風邪をひかれた時。
「およそ2ヶ月に一度のわりで風邪をひいているんじゃないか?」と思いました。
で、今月の名前部分の「肩書き」をずっと見ていて、
「風邪→ハードワーク→風邪がパターン化してるんじゃないか?」とさらに分析しました(笑。
どうでしょう? 来月に入って私の予言が的中しませんように・・・。



#1775 
おはけん 2001/08/16 17:54
補足&質問(ホントにごめんなさい!)

※ 補足(すいません。前後半で収まらなかった!連続してゴメンナサイ)
(五)
 義貞話が長くなってすいませんでした(たぶんこの話題をまとまって記すのは今回が基本的に最後だと思うので、どうか平にご勘弁下さい)。他の点の感想補足です。

>徹夜城様
 湊川足利船団CGに対する違和感は全くごもっともです!!毛利元就とかでも使われていましたし、もうすぐ「時宗」の蒙古襲来でもありそうですが、大河ではあまり進歩していないようで心配です(ジュラシックパークレベルまでやれば別だけど、そんな予算がNHKにはないのでしょうかねぇ・・・?)

 また、後醍醐に関する「ひどい奴」論評も全く同感です。しかし「後」白河といい、「後」鳥羽といい、戦乱期の「後」天皇はどうして・・・

 さらに「正成尊氏ご対面→次の回、いきなり包囲から脱出、山中彷徨中」という描写の断絶も然りです。
 太平記は残念ながら尊氏&義貞一騎打ちもそうで、仰るとおりこんな「次回ではもう描写断絶」が少し目立ちましたし、正成自刃のように「なぜか山場が次回持ち越し→冒頭〜前半部分」というのもありました。特に後者は、最近「時宗」でも2月騒動の時に、名越氏追討や時輔追討の描写(山場シーン)と相次ぎました。
 ああいう時間配分自体はあまりいい評判を聞かないのですが、なんでまたしても脚本・演出の方は取られたんでしょうか?なんででしょう???
(「湊川の決戦」と「正成自刃」については、やはりその直前の大問題回「大逆転」をもう少し時間をかけて複数回に分割し、坊門清忠&後醍醐の“冷酷なる進言拒絶”場面と“桜井の別れ〜湊川合戦”とが別の回に治まるようにしておけば、正成自刃場面はキレイに後者回の終わり頃に収まったのでは?と悔やまれます。

 直義に対する解説中の高評価もありがとうございます(これも変な話、同じく義貞の仇敵なのに大好きな人物です)。
 ただ、あの作品(大河「太平記」)で惜しむらくは、当時の高島弟氏の演技が、どっちかというと熱血漢風で、どう考えてもそんな知的で冷徹・理路整然とした人物に見えなかったことです(爆笑)。

 正成戦死「ヤケクソ」説も「得たり得たり!」です。ちなみに、大河太平記のころ発刊された「プレジデント」誌の誰かの文章(小説チックな論考?)には、戦場からの脱出を勧める正季に対し、正成自身が、@坊門や後醍醐が進言を取りあげず、正成を「散所の長者」扱いしたことへの恨みつらみを吐き、A「楠木正成が居なくなればどうなるか、思い知らせてやる」と毒づいて自決の意向を告げる・・・という想像場面がありました。
 私も、太平記の旧解釈(皇国史観?)とか、従来美談として語られていたような話ではなく、「ヤケクソ」か「本当に武運拙く脱出失敗」」)

(六)
 本当に最後の最後でお尋ね(質問)です。
 持明院統の光厳上皇、豊仁親王(光明天皇)は、史実的には「いつ」の時点で、大覚寺統=後醍醐(旧「官軍」)陣営から脱出して、足利方に身を寄せ転がり込んだのでしょうか?(書籍・文献を調べてみても載っておらず、よくわからないのでお尋ねします)。
 ちなみに新田次郎氏の前記小説では、尊氏が九州へ落ち、途中で院宣をもらう前後時点ころに光厳上皇都を脱出し、播磨白旗城の赤松円心に身を寄せてそこに錦旗を挙げていたという設定になっていました(だから、あの小説での義貞の播磨戦争は、@足利方の赤松つぶしだけでなく、A光厳上皇奪回という超重要な意義を有していたから、全力投入しても無理もない戦でした)。
 これは全くの「史実に反する」新田氏創作なのか、それとも文献資料的には「よくわからない」ので、可能性としては「一応ありえた」話なのでしょうか?
 何かご存じでしたら、ご教示いただければ幸いです。

 以上、やっと終わりです。本当に長々無反省に掲示板占拠。すいませんでした。



#1774 
おはけん 2001/08/16 17:49
太平記大全感想など(後編)

※ 投稿後半です。
(三)
 ちなみに、今回の大河「太平記」と対極的(?)な新田次郎氏小説によると次のように義貞は描写されていました。

(足利氏・尊氏との関係)
(1)幼少時から、「足利氏との格差挽回・源氏正統としての旗揚げ」を意識させられて育った。
(2)ただし、一時は「公家に利用されてはならない」との尊氏見解に同調し、行動をともにしようと考えたこともあった。
(3)しかし中先代の乱の際、勅許を待たず無断出兵した尊氏に追随しようとしたところ、タッチの差で京都残留の勅命が下り関東へ下れず、それが尊氏との永遠の訣別につながった。
(4)尊氏・義貞の共闘を裂いたのはむしろ尊氏本人よりは、「足利家大事・足利政権確立」を考えた直義・高帥直の方が張本人であった。

(湊川合戦by新田次郎説)
(1)義貞&正成とも「あわよくば勝てばいいが、多分無理なので、適当に戦って最低限の戦力を温存して脱出・帰京する」ことを考えていた。
(2) 辛うじて義貞は脱出したが、正成は脱出失敗した。
(3)(新田説というか創作?)正成脱出を阻んだのは、斯波軍に扮し山中に隠れていた赤松円心軍(楠木軍と過去共闘し戦法を熟知)だった。

(金ヶ崎落城や、北畠顕家軍と同調しなかった点について)
(1) 金ヶ崎城が予想より早く落城したのは、高帥泰が、城周辺の気比神宮関係者ら非戦闘員を攻め立て、金ヶ崎城に追い込み、糧食不足に陥らせるという壮絶(少々卑劣?)な戦法をとったため
(2) 顕家・義貞不合流の原因は、むしろ吉野の後醍醐戦略ミス
(@もともと越前情勢や東北の各地戦況を無視して、かつ相互連絡も取らせず、ただただむやみに督戦ばかりした/A越前の戦闘も一番山場の時期で、援兵を割けなかった/それにB北畠軍も青野原「勝利」での人的犠牲・消耗が酷すぎた)
(※ なお、新田氏小説中では「北畠軍は時期尚早の上洛で、飛んで火に入り焼かれようとしている虫。一緒に焼かれてはならない」という言及があり)
(ただしこの点、顕家ファンは、義貞に対し「助けに来なかった」ことへの相当の不満あり?→その反動なのか、北方謙三作・顕家主人公の「破軍の星」は義貞のことをかなりボロクソ・低能気味に書いている)

(北陸での戦いや今後の見通しについて)
(1) 義貞も、無能公卿ら(&言いなりの後醍醐)には辟易としていた
(2) 義貞は、越前平定後は十三湊の安東氏を頼って羽州・奥州に下り、奥州〜越後・上州での募兵、軍団再編を考えていた(※小説「義貞」には、鎌倉幕府末の陸奥戦乱に参戦したのを機に十三湊の安東氏と親交関係を持った〜という作者の推論&オリジナル創作部分があるので、それが伏線になっている)
(3) 京都を見捨て鎌倉を新しい首府とし、そこに公家の大半を排除して後醍醐&新田氏政権(幕府)を構想していた
(※その意味で「太平記」ドラマ中の尊氏による「義貞が勝っても、彼も幕府を作ろうとするはず」の指摘は当たっている?)

(灯明寺畷合戦=義貞討死について)
(1) 義貞戦死は、越前の足利方・斯波高経を滅亡寸前に追い込んだ時点での不慮の事態だった。
(2)(新田氏小説の描写では)「無謀な小勢での援軍参加」ではなく、「物見」の間隙を察知され突かれた一瞬の悲劇(&その隙を見逃さなかった斯波高経の一世一代・渾身の出兵)・・・

 かなりこの小説自体は「主人公に設定した人物びいき」の部分は否定できないとは思います(それが、誰かを主人公にした「歴史小説」の限界?)。
 ただ、立場が違うとここまで書けるのであり、逆にそれからすると大河「太平記」の尊氏反逆以後の諸回の脚本演出とは対照的であり、いかに「よりによって義貞に不格好で無残な」描写ばかり結果的に選りすぐられていたのかわかります(苦笑。でも、ホントそう思いますよ・・・)
 小説「新田義貞」の文体自体はさほど身贔屓・感情的な筆致ではなく、極力控えめで比較的冷静です(私見)。特に「どうしてそのように描いたのか」を各章毎に取材ノートを付けて示し、読者の判断を誠実に仰がれているのは特筆に値します(20年前以上の古い作品ですが、私は前に「大河ドラマ原作にちょうど良い。始めっから「義貞紀行」も備わっているし・・・と半分冗談でレスしました)。
 一度ご興味がおありでしたら、読んでいただければ幸いです(なお、新田氏の描いた尊氏像は、まさに徹夜城様分析の「躁鬱質」尊氏像と合致しています)。

(四)
 私はもちろん、南朝正閏論者でも、尊氏逆賊論者でもありませんし、皇国史観でもなく、首相の靖国公式参拝は違憲で不適当と思っているくらいです(後醍醐はトンデモナイ人物だと思う点では人後に落ちないつもりです。信じられないことですが、義貞の仇敵尊氏もハッキリ言って「大好き」です)
 ただそれでも、義貞についての「戦前は正成の栄光に隠れていたのに、戦後は逆賊尊氏の復権・再評価の反動で、ますます凡庸な武将と片付けられる」風潮(新田次郎氏あとがきより)は、さすがに、非常に不当であり苦々しいと思っています。
 全国各地に一族多数を擁し(吉良、今川、斯波、細川などなど)、軍事経済力知名度とも比較にならない隔絶から出発し、挙兵後約5年間、全く縁もゆかりも乏しい土地や敵地ばかりでここまで(一事は互角、「あわや」まで)抗った義貞には、「その時代の制約の中で、よく頑張った」と見てあげるのが公平な評価だろうと思いました。
 たしかに、「海千山千の後醍醐天皇」(新田氏曰く)や「戦場の実際を知らない公卿たち」あるいは「非情な政治」に翻弄され、それを尊氏のようには切り抜けられなかった(押さえ込み、拒絶できなかった)のは彼の限界かも知れません。
 ただ、政治的立場など抜きにして、『或る日、後醍醐天皇の綸旨を奉じて新田庄を出たまま、二度と故郷の土を踏むことがなかった新田一族』には、たしかに新田次郎氏の言うとおり『涙を誘われるものがあった』(同書あとがきより引用)と思います。

 かなり主観的な文章を長々と書いてすいませんでした。



#1773 
おはけん 2001/08/16 17:43
太平記大全感想等(長いので前編)

 お久です。
 靖国論議についてはいろいろ意見もあるのですが、触れ出すと寝る時間がないくらい長〜く書き込みせざるを得ない(苦笑)ので、いつものとおり、ひとり(爆笑)太平記大全感想などを連ねます。
 ちなみに、今回の感想がとびきり遅くなったのは、理論武装(?)しておこうかと思って、読んでいる(再読)最中の新田次郎「新田義貞」(新潮文庫)読了を待ったためです。
 以下、雑然とならべてすいません。

(一)
 う〜ん、たしかに主人公か否か、敵方武将かどうか、だれを中心に描くかという焦点やそもそもの作品により、人物像には違いがあり、複数の解釈・描写が可能な場合にはどれをとるかは取捨選択です。
 ただ、何かスタッフは、この大河作品で建武新政以降は、義貞がことごとく「阿呆(融通が利かず洞察力がない)」で「無茶・無謀」で「無骨・無様」に写るような解釈・選択肢ばかり選りすぐって選び続けたのでは?と勘ぐりたくなります(言い過ぎかも知れませんが、正成と対比するとあまりにも鮮明)。
 特にご想像通り、湊川で「義貞が騙された」という描写は、まさに池端=田中氏に「義貞ファンに喧嘩を売ってるの?」と毒づきたくなる場面でした(あれじゃあんまり・・・(泣))。
 また「義貞の最期」もタイトルと内容が齟齬を来していて(戦死場面がその回の一番の山場に全然なってないっつぅ〜の!)冷遇ここに極まれり(涙)でした。
 そういうわけで、義貞贔屓の私としては「そりゃいくら何でもあんまりじゃないか!」というのの連発で、「一番好きな大河」には挙げられないし、「義貞」を読んじゃった後だとあらためて−5点くらいに感じてしまいます。徹夜城様も書かれてたとおり、個々にはいい場面・鋭く深い描写があるんですが、全般に36〜40回も「好きになれない」(39回除く)描写連続でした。

(二)
 それに対し、徹夜城様の大全「☆解説☆」自体の方は、白旗城攻防〜湊川までの経緯とか、金ヶ崎城攻防などについて、冷静で公平な紹介・分析をいただき感謝感謝深謝です。

 白旗城〜湊川については、結局@水軍兵力が乏しく、尊氏ら自身を西海道まですぐに追撃するというわけにいかなかったこと、A後醍醐天皇を出迎えねばならなかったこと(朝廷対策)、B播磨の赤松に対しては、先に自軍の大将を早めに派遣していること、C大軍を率いて義貞本人が、しかも赤松支配の実質的敵地へ出陣するにはそれなりの糧食等準備が必要であることなど、諸般の事情からしても、この時期まで出陣に時間を要したのは責められないと思うのです。
 なお、小説「新田義貞」では、さらにD尊氏に対抗して自分も関東に戻り兵を募ろうと試みたり、E義貞・正成の方から、円心に対し「播磨守護職を返上→赤松氏への贈呈と引き替えの官軍側復帰工作」が積極的に試みられたという描写も加わっています。ただしこの辺は作者の合理的推論・創作?(なお、前者は「新田幕府創設」を勘ぐった無能公卿らに反対され、また後者は円心に「播磨守は光厳=足利の新朝廷からもらう」とにべもなく拒絶され、いずれも功を奏さず)

 ※ 長くなりそうなので、後半に続きます。すいません。



#1772 
ほしむら☆てるき 2001/08/16 16:09
靖国神社参拝について。

小泉首相が13日参拝日を変えたことで、
一部タカ派連中が逆に抵抗勢力になって、
皮肉なことに小泉政権を潰しかねない・・・

意外などんでん返しがありそうですね。
私にはそんな気がします。



#1771 
徹夜城(ただいま「太平記大全」UPに向けスパートをかけてる管理人) 2001/08/16 14:18
「8月15日」が過ぎて

おやおや、某大学院史学科関係者の書き込みが続いているな。しかも中国史関係者ばかり。インターネットの世界は狭い(笑)。

>班超さん、がおがおさん
毛沢東の故郷の話、実に興味深く拝読しました。いやはや、いろんな意味で「中国」っぽい話だなぁ、と。そうか、劉少奇家は風水がいけなかったのか(^^;)
香港の方が騒ぐのは予測してましたが、今日、北京でも過去最大規模の学生デモがあったとか聞きました。北京政府は正直なところことを荒立てたくないのが本音でしょうけど、「国民世論」ってやつも無視できなくなったというのが最近の情勢なんじゃないですかね。日本の靖国推進論者は逆に考えてるみたいですけど。韓国に関してもシチュエーションは似てますな。それにしても韓国の右翼(そう言っていいと思う)連中が抗議の「小指切断」をしたのには呆れた。あれ、どう考えても日本の習慣(?)の輸出としか思えませんが。儒教では親からいただいた体を傷つけちゃいけないんじゃなかったかなぁ。

>中根さん
その「靖国」という本はいろんなところで紹介されてましたね。僕も読んでみようかと思います。
ところで「靖国」という字面は中国古典ネタだろうとは思っていたのですが、「春秋左氏伝」だったとは知りませんでした。ちなみに今回の件を報じる人民日報の論文(だったかな)でも「『靖』とは『安』である」と漢字解説から始まっているあたり、ああ、漢字の国だなぁと思うところでした。
「靖国」もそうですが、年号や天皇・皇后の贈り名も全部中国古典から引っ張ってますよね。昨年亡くなった昭和天皇の皇后に「香淳」の名が贈られましたが、あれが史上初(たぶん)の中国古典由来でない贈り名です。それでも出典が和製漢詩集「懐風藻」というあたりが日本文化の限界なんでしょうが。

>ホリー・ハンターさん
実は僕の父も「だらしねぇ」と言ってました(笑)。ただしまるっきり反対のベクトルで。「15日に強行して猛反発くらわんと、こういう連中は身にしみてわからん!」と言ってまして、僕が「史点」で書いたのもこれと似た発想からなっています。よく関東直撃しそうな台風が直前でクイッと房総沖にそれると「だらしねぇ」という親父でして…ま、そんなもんです(笑)。

>歴史教科書問題
なお、8月15日に判明すると言われた教科書採択ですが、どうやら「つくる会」の教科書は公立中学ではほぼ完全壊滅(例の東京と愛媛の養護学校だけ…全部あわせても20人以下の生徒で恐らく現場では教科書は使用しない)と私立中学のいくつか、というところだったようです。
検定制度じたいに疑問がある僕としては、とりあえずベストな結果だったと言えるかな。この結果に「つくる会」や産経新聞がいかなる「大本営発表」をやるのか注目してます。ま、たぶん「外圧と過激派の妨害」の中でそこそこの成果はあげた(教育委員のみによる採択の実現、一番敵視していた社の採択率が下がったのは事実)、と肯定的な発表をするんじゃないかと。「退却ではなく転進」と言い出す可能性もあるかも(笑)。



#1770 
班超H.K. 2001/08/15 10:55
燃えてます、靖国

いや、靖国参拝に対する反応は、当地香港では熱いですな。暑い夏をますます暑くしてくれます。特に、大陸系のメディア及び主に民主派と呼ばれる野党グループの攻勢というか、反撃というか、すさまじいものがあります。他の問題では、いつも対立する上記2つのグループなんですが、今回はことごとく意見を一致させてますね(当たり前か)。何だか、尖角諸島(中国名:魚釣島群)の領土問題のときの香港のようですね。
領土と歴史、中国、特に共産党にとっては、今や存在意義を決める死活問題ですね。かつて、香港で反日運動が激化したときには、運動が制御不能になることを恐れた北京中央政府が介入し、沈静化の方向に向かいましたが、今回はどうなんでしょう。むかしから、チョクチョク話題には上っていた問題ですから、真新しいとは言えないんですが・・・。まあ、中国にはWTO加盟という巨大な課題が控えてますし、当地香港ではあらゆる研究機関・銀行が今年度GDP成長予測値を下げたという悲観的な経済ニュースが主流になりつつありますから、いずれ経済マターにとって変わられるんでしょうが、日中間にまた妙な傷痕を残したことは確かでしょうね、全く。

かおがおさん

いや、お久しぶりです。君でしたか。最初誰だろうと一瞬考えたものの、湖南留学と聞いてピンときました。日本にいる時は、いろいろとお世話になりました。管理人さんともども、香港にいらっしゃることを楽しみにしておりますよ、本当に。
劉少奇の生家ですが、行きませんでした。というより、行けませんでした。暑くて、気温が37度近くあったもんで、彼女の方が最初にダウンしてしまいまして。いつもは、恐ろしいほどエネルギッシュなはずなんですが・・・。英国育ちですから、暑さには弱いんでしょうな。毛沢東生家と記念館を回るだけで、もう精いっぱいでした。ところで、湖南料理、暑いときにはたまらないものがありますね。あの辛さが、全然気にならず、ビールがおいしく頂けましたよ。四川料理とどっちが辛いのでしょう。いい勝負してます。



#1769 
中根東竜 2001/08/15 01:04
坪内祐三『靖国』

どうも、ご無沙汰です。徹夜さん、以前こちらのリンクの説明文の変更など
ありがとうございました(本当にお礼が遅くなってすいません)。

こちらの方も徹夜さんのリンクに太平記の話を追加するなどしておきましたので
ご連絡に上がりました。いろいろいつもお世話になっておきながら、
こちらが夜勤仕事が多いもので書き込みが出来ずすいませんです(今日は夏休み)。

で、表題の本ですが最近新潮文庫に入った力作の史書で、内容はまあ非常に冷静に靖国神社を
取り巻く歴史と文化を膨大な資料を基に探ったものですが、戦前大正年間までは
靖国神社は今のディズニーランドのようなアトラクションばりばりのオモシロ空間で、
戦後もアミューズメントパーク化が検討されていたというビックリするような史実が
出てきます。(これは新聞にすっぱ抜かれた結果立ち消えになったようですが・・)
今もめている8月15日参拝を始めたのは実は非常に新しいことで、
(それまでは春と秋のお祭りの時に参拝していたとのこと・・意外なことに
吉田茂以来ずーっとやってるようですな・・)
故・三木武夫氏が初め、その後騒がれたのが中曽根康弘氏だったということも
明らかにされてます。で、中曽根氏参拝の時には神社の手水(神社でお参りするときに
手を洗うこと、作法とされる)も使わなかった上お祓いまで拒否したため、宮司さんが
怒って応対に出なかったこともあったらしい・・色々難しいですなあ・・

今日山梨に旅行したおりに購入したのですが、史料をドカンドカン(いやー、靖国神社
に力道山がプロレスを奉納したことまで引用して居るんだもんな・・)
引用しているのでかなり読むのに疲れますが、今後この問題を論じるときには
これは必読書となりそうですね。なお、以下のURLに概略の紹介があります。

http://www.siri.co.jp/GENSENKAN/review/G0044.html

>ホリー・ハンターさん

どうも、はじめまして。

靖国という名称は坪内氏の前掲書によれば中国古代の歴史書『春秋左氏伝』から
来たそうで(意外にも中国史ネタなんですな)、安国と同じ意味だそうです。




#1768 
がおがお 2001/08/14 22:23
おひさしぶりです。

班超H.Kさんへ
 お久しぶりです。大学の後輩のgaokouです。

毛沢東の故郷は、僕の留学先長沙から近く、僕も行きました。結構、面白いでしょ?
 中国人は学生が学校行事で行ったりとか、観光名所のようです。特に、花の咲く季節はそうだとか。
 行けば行くほど、ご利益があるとか?!

 個人的には、毛家の宗廟があるのに、受けました。文革で壊したんじゃないの?ということで。

 ちなみに、近くに劉少奇の生家もあったのですが、お行きになりました?
 なんでも、毛沢東の家はばっちりの風水らしいのですが、劉少奇の家は風水的に悪く、ために
ああなってしまったのだ、と聞きました。




#1767 
ホリ-・ハンタ- 2001/08/14 11:51
靖国

私は本名に「靖」の字が入ってます。靖国問題は他人ごとのように
思ってますが、これではアキまへんな。自分の名の由来はオヤジが「靖」(やすし)
という名字で、オヤジの名をぶっちぎって付けて「靖彦」(やすひこ)にしたっつう
まことに芸の無い名前の私です。うちのオヤジは純ちゃんが昨日、靖国参りしたのを
根性無しと罵る程、少し右翼の入った保守的人間です。
私自身は、よく分かりません。何ぶん戦争を経験してないので偉そうな事は言えません。
でも政教分離って大切だとは思います。公明党って政教分離に違反して無いのですか?




#1766 
班超H.K. 2001/08/14 10:51
この時期、中国へ

どうもお久しぶりです。管理人さんが九州から帰ってきてしばらく、私は中国へ出かけておりました。湖南省へ行ったついでに、この時期興味もあって毛沢東の故郷へと私は足を踏み入れてきました。いや、全てが毛沢東三昧のところでした。毛沢東が少年時代を過ごしたところへも行ってきましたが、思ったよりも簡素な家で驚きました。結構豊かなところに育ったと聞いていたもんで・・・。
ところで、靖国参拝、前倒しで挙行しましたね。何だか、全てが前倒しといったようで。実は、湖南でもいろんな人間と話す機会があったもんで、もうこの機会を利用して中国語を使いまくろうと頑張ったんですが、びっくりしたのは未だ日本という国があることすら知らない人がいるというのには驚きましたな。さらには、日本を中国の一部と思っているような言動や、歴史なんて関係ない、見かけは同じならみんな兄弟、なんていう発言には、少しぶっ飛びました。実は彼女も同行していたんですが(英国人です)、アメリカとの区別がよく分からなかったようで、まあ金髪は皆アメリカさんなんでしょうか。毛沢東の故郷でもこんな人がいるのには、ちょっと驚きましたね。故郷の英雄はどこを相手に戦ったのでしょうか。まあ国民党との抗争の歴史の方が、圧倒的に長いのは確かなんですが。
ところが皆オリンピックが北京で、というのは知っているんですね。それどころか、圧倒的に大きなニュースなようで、2008年を目指して、忙しく金を貯めているなんて人も、ちゃんと存在します。
で、香港に帰ってきて、靖国参拝に対するデモに直面、いや、このニュースを毛沢東の故郷の人々が見たときには、どんな反応をするのかな、などともう一回現地に飛ぼうかななどと、現実逃避の言い訳を考えている今日このごろですが、皆さんは如何お過ごしですか。
脈絡のない文章になってしまいましたが、今宵はこの辺で。



#1765 
徹夜城(次回の史点も大変だと思う管理人) 2001/08/14 00:52
NHKの二番組について

>おやかたさん
いやあ、どうも。そこまで「史点」で言っていただけると眠い目こすって書いた甲斐があったというもんです(^_^)。読み返したらやっぱり誤植(?)があったんで直しておきました。それといくつか書くつもりだったことを書き落としてましたね。おやかたさんが触れている軍恩関係や遺族会の絡みなども。ま、それは次回に回そうかな。

では、NHKでやった二番組について。
>城山三郎「特攻」
昨日放映したものですが、引き込まれるように見ていました。8月15日の午後に飛び立った特攻隊を作家の城山三郎さんが取材したものです。宇垣纏がそれをやったのは知ってましたが、それと共に出撃した人々についてスポットをあてたものです。
内容を簡単にまとめにくいので詳しい紹介ができないのですが、見落とした方、再放送の可能性が高いですから要チェックです。絶対にお勧めします。小泉首相が「靖国」と重ねあわせてしばしば口にした「国のために命を捧げた特攻隊」の実態が見えてくる見事な番組です。
出撃を前に料亭で飲み明かし錯乱状態で刀で部屋に切りつける特攻兵士たち。「諸氏は神である」と訓示する上官を怒って引きずり下ろし、「死ぬな」と兵士たちに諭す教官。強烈な話が次々と登場します。

>思い出のメロディー
いきなりこれか、とお思いの方も多いでしょうが、どうしても書きたかったもんで。「史点」執筆のドサクサで書きこむのを忘れてました。
見た方はご存知でしょうが、ドリフターズの5人がそろって出ていたんですよ。歌を披露するだけでなく、おなじみ「学校」や「ヒゲダンス」のコントもやり、最後は「ババンババンバンバン、歯ぁ磨けよ〜!」でシメ。かつて「俗悪番組」と言われた国民的番組「全員集合」がNHKで放映されてしまった「歴史的」瞬間でした(笑)。あ、「飛べ孫悟空」の人形たちも出ていたな。私ぐらいの世代にはたまらない20分間(だったかな?)でした。
僕ね〜小学校一年生の時に「全員集合」の上演(?)を直接見に行ったことがあるんですよ。僕がいる市の市民会館が巡業場所の一つでしてね。なんだかんだで感動させてもらいました(笑)。



#1764 
おやかた 2001/08/13 22:38
靖国・・

今日、行ったんだあ。
あそこまでこだわるのって、個人的になのか、軍人団体に気を使ってるのか
どっちなんだろう。
首相他に史点読ませたいと本気で思いました。

あと、気になったことを・・・
先日、Nステで「若い人が靖国参拝をどう考えてるか?」という特集があって、
そこで27歳の教員が「国のために戦った人たちなんだから、外国がどう言おうと
参拝した方がいい」とのたまってたのです。
そういう認識の同世代人がいることと、教員がテレビで全国ネットで言うことか?
と2つ衝撃を受けたのでした。
じゃあ、あんたはナチスドイツについても同じ事を思うのか?と問いたい。
どこの国だって戦争するときの名目は「国のため」、そして一兵卒たちはその言葉を
信じて人も殺すし、爆弾を落としたのですね。
そして、首相が参拝するということはたとえ日本人が個々人の冥福を祈ると思っていても、
戦争の相手国の受け取り方が違うというのは想像できないかなあ。
一方的な情報(小泉さんが言ってるから)でしか判断しない(しかもそれが教員)人が
いることに不安を感じました。
「こじれて戦争になったら嫌だから参拝なんかするな」と言ってた知り合いの女子高生の方が
正しい感覚なんじゃないかと思ってしまいました。



#1763 
徹夜城(睡眠不足が続いている管理人) 2001/08/13 14:55
あ、今日行くようですね。

つい先ほど速報が出て、小泉さん今日これから靖国参拝だそーです。「破局」のギリギリ手前で踏みとどまったな。前倒しの場合今日行くしかないのは明らかでしたから。ま、どっちにしてもいろいろ影響が出るでしょうが。どうせそうするなら結論を早く出したほうが絶対良かったですがね。
とりあえず夕べ夜を徹して書いておいて良かった。締め切りに間に合った気分(笑)。



#1762 
徹夜城(ハンドルネームの割に徹夜はあまりしない管理人) 2001/08/13 02:01
眠いよー

えー、過去でおそらく最短にして最深夜に更新された「史点」です。とにかく13日未明までにアップしとかなきゃならないネタがあるので、ちょっと無理をしました。校正等もしてませんので、誤字脱字・文脈不整理がありましたら勘弁してください(^^;)。

>ななさん
うーん、仲が良いかどうかはわかりませんよ。聞くところではジョン=ローンってジャッキー=チェンやユン=ピョウらがいた雑技団みたいな養成所の過酷さに耐え切れずに渡米したクチらしいですから。そのとき苦労して今日があるジャッキーからすれば一時脚光を集めたローンの没落は「それみたことか」的なところもあるような気も。
人種差別うんぬんについてはジャッキー自身が若い時にハリウッド進出を目指した際に痛い目にあった経験も含めて言っているように思えます。ま、それもあってローンに同情していたのかもしれませんけど。

確かにジョン=ローンって正統派美男子だからハリウッドじゃ使いにくいかも。本人も人種差別だ!と言ったりしてましたが、実のところハリウッドで東洋人が主役の映画を作るにも題材がいまいち無いでしょう。もっとも最近じゃチョウ=ユンファやジェット=リーみたいのもいますが…
あ、また映画ネタをこっちに書いてしまっている!(^_^;)



#1761 
なな 2001/08/12 01:06
仲悪いのかと

>徹夜城さん
ジョン・ローンについての情報、ありがとうございます。
ある映画掲示板で・・・。ジャッキー・チェンは、ラッシュアワー2のインタビューの時、ローンについて一言もしゃべらなかったそうなんです。それで二人は仲が悪いのかと、その掲示板で話されており、私もそうなのかと感じました。しかしあえて触れないのも、ローンの体面を思ってのジャッキーの配慮なのかもしれませんね。
ラストエンペラーを見るとつくづく不思議に思います。アカデミー賞を9部門も制覇したのに、ローンは当時ノミネートもされなかったんですよね?(ジョアン・チェンも)
坂本龍一は音楽賞を取れても、主演男優賞を東洋人が取るのはまだ抵抗があるのでしょうか?
この人の場合、役の幅は広いのに、なまじハンサム過ぎるのがいけないのかもしれません。
ビートたけし・石橋貴明・ジャッキー。東洋人は三枚目で愛嬌のあるキャラの方が抵抗なく受け入れられるのかな? イチローとか、スポーツでうむを言わせない才能があれば別だけど。



#1760 
徹夜城(実はけっこうジャッキーファンの管理人) 2001/08/11 23:56
ジョン=ローンといえば…

>ななさん
僕も「ラッシュアワー2」を楽しみにしています。ただしジャッキー=チェンのほうを観にいくのでありますが。
ジョン=ローンが出ているというのは耳にしていました。ひょっとするとジャッキーの「お情け」なのかも。「ラストエンペラー」のあとパッとしなくなったローンについて「人種差別に苦しんでいる」とか言及していたことがあります。
「シネマニア’94」というアメリカ直輸入の映画データベースCD-ROMを持ってるんですが、ジョン=ローンの項目が立てられていないことに驚いたもんです。仮にもアカデミー賞受賞作の主演なのに…皇后役だったジョアン=チェンは項目を立てられていたので(「ツイン=ピークス」に出ていたせいか?)余計浮いてしまっていました。
その後「シャドー」っていうアメコミ原作の映画でジンギスカンの亡霊役で出ていたとか聞いたときは悲しくなっちゃいましたけどねぇ…「ラストエンペラー」以前には「アイスマン」(笑)という映画でネアンデルタール人の役を演じたこともございます。

映画といえば、「金大中事件」の映画製作が正式に発表されましたね。阪本順治監督、忙しすぎでは(笑)。日本版「JFK」みたいになるのか?発表された内容だと実録スパイ映画っぽい感じにもなりそう。

>しげひささん
そうですか、例の「アイスマン」には以前からそんな推論があったんですね。僕が見た記事ではその辺にまでは触れてなかったなぁ。だとすると戦闘がらみという可能性が高くなるわけですね。



#1759 
しげひさ 2001/08/11 14:55
新石器時代殺人事件

 表記の史点拝読。発見からもう10年たつのかと思うと、まこと光陰矢の如しです。彼(たしか発見された渓谷の名前をとって「Ezziエッツイ」と呼ばれてたはずで、NHKの特番だの本だのが出版されておりました。そうした本(名前は失念)のなかで、確か「エッツイ最後の日」という章があって、やはり悲劇的最後というニュアンスで推論が提示されてました。麓の近くに新石器時代のジェノサイドの遺跡(敵の襲撃を受けて全滅したらしい村落?の遺跡)があるとのことです。敵の追撃から逃げて山の上(えらいとこですが)に迷い込み、傷口の手当てをしつつ死んだ、そんな話でした。あの本、どこにやってしまったか。



#1758 
おやかた 2001/08/11 01:47
ワイドショーといえば

徹夜城様
田中外相糾弾に、非難が相当来たようで。。。
今、ワイドショーでしか政局を知らない奥様方は、
純ちゃんと真紀子さんが仲違いして、どっちの味方をすればいいの?
って感じかななんて思ってます。

子どもの反応の続きになるのですが、小6くらいの女の子は、孝太郎芸能界デビューが
関心事のようでした。(勿論、全総理の名前とは比較にならない)
ワイドショー見る奥様方予備軍のように思えました。
ワイドショー以上にニュースは勿論様々なメディアで目に入るから、子どもにも
すり込まれるのでしょうね。案外ヒーロー的だったりして。怖・・
そーいえば、女性誌MOREの理想の上司アンケート1位も獲ってました。
長塚京三氏らをさしおいて。




#1757 
なな 2001/08/11 01:13
大河

琉球の風・・・関西弁を話す琉球人、間カンペイ。当時わが家では出演者のほとんどの演技を「学芸会」と酷評してました。
炎立つ・・・第一回で、里見浩太郎がアテルイ役でちらっと出ましたが、その鎧と兜が、まるで戦国時代のようにきらびやかなものでした。この時点でなんとなく興味が失せました。都の風俗が浸透する前の、独特なファッションは好きでした。

そう、日本史上で一年のドラマ化に耐えうるような人物は出尽くしてますし、マイナーな人物で一年間視聴者を引っぱるのが苦しいのは、北条時宗でわかったと思うんですよね〜。
それよりなにより、あの定型化した時代考証と言葉遣いはなんとかならないもんでしょうか?

「ラッシュアワー2」でジョン・ローンが香港マフィア役で出ると知り、ひさびさに「ラストエンペラー」のビデオにはまってます。
マフィアの役しか来ないんかい。なかなか作品に恵まれない、ジョン・ローン・・・。(T_T)



#1756 
徹夜城(あわただしく再投稿する管理人) 2001/08/11 00:28
書き込みしているそのうちに

さらにご投稿があったようなので、軽くレスを。

>ひでさん
「葵・徳川三代」にワンシーンだけですが、確かに宮本武蔵が出ておりました。関ヶ原の戦いでおろおろしている姿だけが見られました。そのあと何か伏線になるのかと思っていたら、なんと3年越しで再登場することになるとは(爆)。
「バカボンド」とのタイアップというか便乗は明らかでしょうね。

>柱国大将軍さん
ここではお久しぶり。
えー、小泉首相の「締め切り」の件については「史点」で書きます。どっちにしろ実行前に書いておいたほうが良いと思いますのでね。
その他いろいろと同感する点も多かったです。「財政改革」については正直なところ「変人」でもないと出来ないだろうと思っていて、それなりに期待しているところもあるのですが。
ひょっとすると後世の歴史の本には「寛政の改革」とか「天保の改革」みたいに書かれている可能性もありますね。



#1755 
徹夜城(大河がらみで極秘計画を練っていたりもする管理人) 2001/08/11 00:19
人気というか知名度というか

>おやかたさん
似たような話ですが、先日夏期講習で現代史を教えていたところ、日中国交回復のくだりで田中角栄の名が出ました(別に問題に出るわけではないんですが、顔写真が出てまして)。「これ、田中真紀子外相のお父さんだぜ」と言うと、日ごろ社会関係がまるでダメな生徒でも「へぇ〜」
と妙に反応するんですね。角栄元首相は知らずとも「真紀子さん」は知っているんです。
その五歳の子どもの反応ですけど、やっぱりワイドショーでやたら顔が出ているのが大きいのかなぁ。もしくは子どもと言うのは案外世間の空気に敏感で、それを素直に吐露しているということなのかも。その昔中国じゃ「わらべ歌」で世相を読み取ったり予言に使われたとかいう話がありますよね。

>ななさん
まぁ、僕も正直なところ「武蔵」には「ずっこけた」クチなんですが(^^;)思いは少々複雑です。
上川隆也は誰もが考えるところですが、つい先ごろ同じ宮本武蔵を民放で演ってしまっているのがややNHK的にはネックのようにも思えます。ただ他に決定的にお勧めというのが思い当たらない。
なぜか僕の頭にとっさに浮かんだのはあのジャニーズの「K.T.」さんなんですが(別に希望しているわけではないんですが、プロデューサー的には考えそうで)、一年間拘束というのは難しかろうと思ってます。

大河については「一年」にこだわらなくてもいいんじゃないかと思ってもいます。その方が題材の幅が広がるのは確かなんです。
ただ以前にそれを実行してみた「琉球の風」「炎立つ」「花の乱」といずれもそれなりに意欲作ではあったものの今ひとつ世間受けしなかったのも事実。だからまた一年スタイルに戻っているわけなんですが…また試みる可能性もあるんじゃないかな。



#1754 
柱国大将軍 2001/08/11 00:17
戯れ言

久しぶりの書き込みです。
昨今いやな事が続きます。北海道で子供が殺されたり、高速で中学生が捨てられたり、
締め切りが迫ってきたり。
さて、締め切りといえば、小泉首相の締め切りも迫ってきましたね。彼自身は虚心坦懐に
熟慮するということですが。先の参院選挙で小泉首相に白紙委任状を渡したわけですけど、
早々に後悔するようになるじゃないかというのが、今現在の私の心境です。思うに小泉首相
には外交戦略がなさそう、というより外交センスがない、あるいは想像力がないとしか
思えませんし、内政にしても構造改革を断行するのはいいですけど、それは何のために
するのか、するとどういう良いことがあってどう社会がよくなるのか、
サッパリわかりませんし。巷では小泉対抵抗勢力みたいな構図が盛んに言われますけど、
そもそも小泉首相に「抵抗勢力」に対抗するだけのまたは説得力のある社会像なんて
ないと思うんですけど。だから、根が悲観的な私としては改革を唱えるだけの人々と
既得権益を守るだけの人々との不毛な争いに終始するじゃないかなという暗い未来を
予想してます。改革は何のために行うのでしょうかね、それで利益を受ける人々は
誰なんでしょう。
だらだらと埒もないことを申し述べました。







#1753 
ひで 2001/08/11 00:12
武蔵?

はじめそれを聞いたときはてっきり「バガボンド」をそのまんまやるのかと思っちゃいました(笑)
武蔵というと「葵 徳川三代」の関ヶ原の合戦のときにワンシーンだけでてたような記憶があります。あれ、ちがったかな・・・



#1752 
おやかた 2001/08/10 23:25
小泉人気

本日、小泉氏の顔と名前が幼児にまで知れ渡っていることを知り、
改めて、小泉人気の異常さを感じました。アイドル並みですね。
年寄りでもモー娘は知ってるみたいな。
私、科学館で子ども相手の仕事をしております。本日シャボン玉
実演中、汚れ防止のため床に敷いた新聞紙に1面ぶちぬきの小泉写真がありました。
すると、5歳くらいと思われる子供たちから、「小泉さんだ、小泉さんだ!」の合唱。
その後も、「小泉さんの顔がシャボン液で汚れた!」などなど最後まで関心を引き続け、私の実験ショーは支持率80%の総理大臣に負けたのでした。
ちなみに、前の総理大臣は?という問には誰一人答えられませんでした。名前を言ってもきょとんとしてました。。。。
支持率80%という現実を選挙結果よりもはっきり感じた次第です。



#1751 
なな 2001/08/10 01:49
宮本武蔵?

ROMだけで、レスするつもりはなかったんですが、思わずずっこけちゃったんで・・・。
私はねぇ〜、そろそろネタ枯れ大河は終了した方がいいと思ってるんですよ。
大河の主役をはってない、実力・年齢・実績ともに揃った俳優は、あと誰がいます・・・?
唐沢と反町は数年間は出ないでしょうから。NHKがひいきにしてる上川隆也かな?

>タロイモさん
「全国」の「鉄道駅」の「天ぷらそば」だけを食べ歩きしているサイトを見つけたんです。(^^;)
そばつゆの謎について質問してきました。近日中に体験談を聞かせていただけると思います。



#1750 
徹夜城(とりあえず大河存続を願っている管理人) 2001/08/10 00:39
再来年の大河ドラマ決定!

もうよそで書いたことですが。
当伝言板で一時盛り上がっていた「兵庫精神」の話題でで名前があがった宮本武蔵さんが再来年のNHK大河ドラマの主役に決定しました。
今さら、って気もしなくはないテーマですが、吉川英治のものをベースにしつつ、「巌流島」以降も加えて壮年期まで描くのだそーです(お通さんの処理にちと困るな)。
歴史映像マニアとしては新たな「武蔵」の出現に興味がわくのは当然ですが、このところ戦国〜江戸初期が続いているので(今はそこに挟まって鎌倉時代をやってますが)、時代バランスを少しは考えい、という気持ちです。
秋に単発で「聖徳太子」を作るので、それをステップにして飛鳥ものに挑んでくれると期待してるんですけどねぇ…。黒岩重吾の「天の川の太陽」なんかいいですぞ。

今頃になって北方謙三の「破軍の星」を読了。北畠顕家が主人公の小説です。なかなか面白かったので同じ作者の「道誉なり」にもとりかかってます。
と同時に宮脇俊三の「時刻表昭和史」を読み出したらハマってしまいまして…久々に歴史本コーナーを更新しようかな、と思う今日この頃。



#1749 
徹夜城(夏期講習が盆休みで一息ついた管理人) 2001/08/08 23:02
「史点」ようやく更新。

九州のたびから帰ってきて夏期講習に投入され、各種データの新PCへの移行作業を行い、新環境であたふたしているうちにADSLを断念してISDN導入を決定し(なんという落差だ)NTTとあれこれ話したりとまぁドタバタしているうちに「史点」も「太平記大全」も更新STOP。ようやくつい先ほど「史点」二週合併号(?)をUPしました。危うく三週合併になりかけたのですが(笑)。
今回はちょっと「史点」にしては風変わりなネタを一つやってます。前にも実は一回ああいうネタはやったことがあるんですけどね。

次は日曜にはアップするでしょう。今回見送って次回に回した大ネタがあります。まぁ思い当たる方は思い当たるでしょうが。

「史点」の過去記事リストですが、鋭意製作中。この伝言板の過去ログもがんばって作ってます(^^;)。とりあえずHP容量増やしてもらわんとなぁ。



#1748 
徹夜城(夏期講習真っ只中の管理人) 2001/08/04 00:37
九州報告第二弾

前回の書き込みには書かなかったことを。
実は名護屋城のあと博多にも出向きまして、「元寇防塁跡」なるものの一部を見てきました。まさに大河ドラマとのタイアップ見学であったと言えましょう(笑)。
思ったより低いなぁ、などとも第一印象では思いましたが、「蒙古襲来絵詞」に描かれているのもあんな感じですね。地図で見ると博多湾全体に防塁が築かれていたことがよく分かりました。結果的にはやはり効果があったのでしょうねぇ。
ところでモンゴル軍はなんで防衛体制が整えられた博多湾にわざわざ入ってきたんだろうか、と素朴な疑問も以前から持ってるんですがね。他に上陸するところなんていくらでもありそうな…などと思ったりもするんですが、やはり博多なり大宰府なり抑えるという明確な目標があったってことなのかな。
ま、その辺は「北条時宗」でも見ればいいのか。そういや祝子さん、婚約されたそうで?(笑)。

途中眺めただけなんですが、名護屋の近くに「呼子」という港があります。一説によれば王直のライバル、陳思盻につながる一派がこの呼子に来ていたんじゃないかというんですね(中国側資料に「楊哥」と罹れている)。そう思いながら眺めてると、秀吉の大陸侵略の野望の拠点がそのすぐ隣ってのは何やら面白くてですねぇ…。「明史日本伝」だと王直の残党が秀吉をそそのかしたことになってるんですよね。
そうそう、レプリカでしたけど明の万暦帝から秀吉を「日本国王と為す」とした勅書も名護屋城資料館に展示されてました。もちろん怒った秀吉が破いちゃったなんて事実はないですからね、谷沢栄一さん(笑)。そういや「つくる会」の西尾さんたちから激しい怒りの攻撃が谷沢氏にも向かってるようですな(笑)。

>ホリー・ハンターさん
フジモリ元大統領の「全世界指名手配」ですが、とりあえず日本政府はペルーとの間に引き渡し規定がないことを理由に拒否する構えです。トレド大統領としてはアメリカに泣きついて日本政府に圧力かけてもらうのが早道でしょうね(笑)。なお、最近のフジモリ氏の生活費は自由連合の代表が支えているのだそうで。
外務省関係がドタバタしていて、「問題山積の時に混乱してないで早く正常化しろ」との声がしきりで、中には「世界に恥をさらしている」などと言っている元外相もおりましたが、そもそも日本外交って聖徳太子の昔から恥をさらしてますので、心配することはありません(爆)。だいたいこれまで外務省のやってる外交っていつ「正常」だったのか非常に疑問がありますし(笑)。などとニュースみながらつぶやいてました。

>タロイモさん
うーむ、たびたびの実地検証、ご苦労様です。まさにフィールドワークですな。
なお、「太平記大全」の執筆はぼちぼち再開してます。完結まであと一息なんだけど、観応の擾乱の過程はどうにもうっとうしい…



#1747 
タロイモ 2001/08/03 22:56
足利尊氏のうどん屋

管理人様
遠き九州より足利尊氏の如く無事に東上を果たされたようで、
なによりでした。
足利尊氏の話ついでですが、三河には足利尊氏のうどん屋があります。
大正庵釜春という店ですが、
足利尊氏が三河矢矧の宿で後醍醐天皇に味方すると決意した後、
うどんを食べて腹ごしらえしたのに由来するのではなかろうかと思われ、
その証拠に店内に入れば二つ引両紋がいたるところに
見うけられ・・・・以上は冗談です。ただ単に創業者の家紋が二つ引両紋だった
のでしょうけれども・・・^^;
うどんつゆの濃さですが、昨日安城の支店で普通のうどんを食べて確認してみたところ
関東風でもなく関西風でもなく、その中間といった感じでした。
この店のうどんつゆを関東の人が味わえば「劇的に薄くなる」
という表現になるような気がしました。
参考までにこの店のURLを出しておきます。





http://is.sorimachi.co.jp:10132/kamaharu/newpage1.html


#1746 
ホリ-・ハンタ- 2001/08/03 12:54
お久しゅうございます。

ペル-はフジモリさんに逮捕状を出したようですね。当人は今、何処にいるんでしょうか?
私の記憶が間違って無ければ未だ日本に居るはずで、日本政府はどうするんでしょう?
外務省も内輪の横領やら、靖国やらに忙しくて、フジモリさん問題にまで手が回らないか?
横領で叩かれる外務省もどうなるのでしょう?何を今更とお思いでしょうが、
私は最近、原哲男&武論尊の「公権横領捜査官」にハマってます。
主人公の捜査官は、ケンシロウそのままのキャラ、「中坊林太郎」
あんなゴツイ地検特捜部の人間って、いたら、欲ボケどもは腰抜かすでしょう。
「お前は、すでに横領している!」なんて言ったりして。



#1745 
徹夜城(九州から生還した管理人) 2001/08/02 00:53
戻ってきました。

すでに昨日大河BBSに書いちゃってましたが、九州から帰ってきました。気のせいか関東の方が暑く感じられます。

さる学術的合宿(?)に参加してきて、そこでもあっちゃこっちゃでこのサイトの宣伝じみたことをしゃべっていたので関係者が見ているかも知れず、うかつな事が書けないのですが(笑)。まぁ学問的にも趣味的にも大いに刺激される旅でした。連夜の暴飲暴食で体が疲れちまいましたが(笑)。中国史研究者は対象の時代がくだるにつれ頭脳型から体力型へ移行するという業界の俗説(笑)を改めて実感しておりました。

学術的な話はとりあえず置いておくとして(ご希望でもあれば紹介させていただきますけど)、そのあと団体で肥前名護屋城など見物してきました。そう、秀吉が大陸侵略の基地としたあの土地です。
壮大な石垣は未だにちゃんと残っています。本丸跡に登れば、壱岐、対馬まで見渡せる大パノラマ。そこにあった陣屋配置を見れば有名戦国武将の名がズラリ。「真田昌幸陣屋跡」なんて感動するじゃありませんか(←「真田太平記」が大好きだったもんで)。
おまけに本丸跡に昭和初期に建てられた記念碑の文字は東郷平八郎元帥が書いております(^^;)。まさに「夏草や つわものどもが 夢の跡」by芭蕉

偶然ですが、名護屋城の資料館で韓国から来た小学生(たぶん)の一行と出くわしました。日本の小学生と一緒に見学する企画だったようで、日本語とハングルの解説が飛び交っておりました。昨今の頭の痛い情勢の中でのこの催し、地元マスコミの記者達がカメラを構えて追いかけ取材をしておりました。地元の人と思しき「日韓友好」と書かれたハッピ姿の人もあり。
ともあれ、無邪気に説明を聞く両国の子供達の姿を見て歴史をやってるものとしてあれこれ感慨深い光景でした。
それにしても九州は以前行ったとき以上にハングル表示が目立つ土地になったよなぁ。
平戸の王直像の情報も聞きつけ、早い内に二度目の平戸・五島めぐりをしたくなってしまった(^^)。

>アール・ケイさん
二週合併号を予定している「史点」ですが、お書きの通りあれこれととりあげたいネタは多くてですねぇ。あ、たぶん参院選は書きません(笑)。
プーランさんのも考えてはいるんですが、実は映画も本も見てなくって。それと背後関係がよく分かんなくてうかつに書けないような気もしてたりします。



#1744 
アール・ケイ 2001/08/01 16:16
♪ はは、のんきだね〜

関東以南では夏・第2部が始まってしまいました…。
お暑うございます。

管理人さまが、いないわずかな間にもインドでは元女盗賊の国会議員が暗殺され、
坂本竜馬夫人の写真が発見されたかと思うと、
西川峰子サンが佐渡の村上水軍の末裔、それも後鳥羽上皇の49代目の墓守(!)とご結婚と、
史点のネタになりそうなことばかり起こる夏ですな(笑)。参議院選は全く盛り上がりませんでしたけど。
こう書いているうちにも、小泉首相の長男がザ・ドリフターズの後輩になってしまいました(笑)。
バラエティには出し辛いだろうから、CDデビューかドラマ出演じゃないかなと思うのですが、
これが音痴かダイコンだったら、芸能欄にぜったい「だめだこりゃ」と書かれるに違いないと踏んでいます(笑)。クリントン前大統領の弟だかが売れない歌手だったり、とまあ前例がないわけではないでしょうが、小泉さんとこもよく分からぬ親子関係でありますな。


http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#1743 
徹夜城(明日からちょっとお留守にする管理人) 2001/07/28 23:38
明日から九州に行ってます

気分はちょっとした足利尊氏…ってかなり違うよな(笑)。2、3日で大挙東上する予定です。ついでに北九州の各種歴史遺物も見てくる予定。
留守中は弟のK・E・Nに管理は任せておきます。
ってなわけで「史点」更新はまるでおぼつきませんのでご了解ください。
参院選終わった後に二週分ということでまとめるんじゃないかと思います。あんまり面白くなさそうなので参院選はネタにしない可能性もありますね。
問題は参院選の後。八月はいろいろと日本は揺れるかもしれないなぁ。

以前書いたアメリカのミサイル防衛実験ですが、今度は実験で標的とされたミサイルが「誘導電波」を発していたことが発覚してまた騒ぎになってるようです。おとり関係が甘かったことも含めて「成功」を絶対のものにするためにあの手この手やったようにしか見えないなあ。
直接的関係があるような無いようなあるような、ですが(笑)、あのカーター元大統領がブッシュ大統領をケチョンケチョンに言っちゃったようですね。大統領経験者が現職を非難するのはかなり異例のことのようです。異例といえば先日サミットに出かけた留守中に民主党の議員が外交政策批判をやって、これもアメリカ史上異例(外交は現場に任せて留守役は黙っているのがルールだったそうで)とか話題になってました。

いま、「史点」の全過去記事リストを作成中なのですが、ブッシュさんって99年からもうあれこれ話題に上ってますね。当時から「史点」ネタ元として期待株だったんだなぁ(笑)。



#1742 
タロイモ 2001/07/24 22:33
伊勢と駿河・遠江

なな様
伊勢と駿河・遠江は海路での交流が頻繁だったので、
静岡の食文化と伊勢の食文化は共通のものがあるのかもしれません。
今川・武田の海賊衆である小浜氏、向井氏、伊丹氏などの
一族は元々は伊勢(紀伊)から駿河に移り住んだ一族です。
(伊丹氏は細川高国に敗れて、伊勢に落ち延びたようです。)
武田信玄が西上する時、家臣の岡部忠兵衛に
伊勢の国で海賊衆を募集するよう命じた、なんてこともあったようですし・・・

「太平記」の時代でも北畠親房一行が伊勢大湊から東国へ出航し
船団の一部が遠江に流れ着いたのも伊勢と駿河・遠江との
関係の密接さを示すものになるのではないかと思います。

あ、それから伊勢うどん(たまりうどん)ですが「いずみ庵」のメニューの中にあったので
名古屋でも食べられると思います。




#1741 
なな 2001/07/24 00:48
ここより辛いつゆ?

>タロイモさん
レポートありがとうございました!^^
いずみ庵は、中村玉緒がCMやっていましたね。やはり関東風。うんうん納得。^^
・・・と思ったら、時間差で徹夜城さんから新情報が(笑!
名古屋より辛いうどんつゆ? 想像できません。そういえば静岡の食文化って知らないですね・・・。前述したように、八丁味噌は豊橋までらしいです。八丁味噌が浸透せず(駿府に家康がいたのに)、しょう油は濃いのかな?
それと伊勢うどん! 好物なんです。滅多に食べられないけど。うどんというよりは和え物の感覚ですね。関西圏の薄味志向の中で、伊勢うどんは特異な存在です。ある意味でこっちの味噌煮込みうどん以上。

>ホリー・ハンターさん
おそらく全国的な傾向なんでしょうが、上の世代ほど塩辛い物が好きで、若い人は健康のこともあってか薄味嗜好ですね。子どもの時分は親と一緒に食べると、あの辛い味噌煮込みを、汁まで全部飲め、残すなと言われたものです。(^^;) さすがに今は私が残しても咎めませんが、自分らは一滴残らず飲んでます。塩分は大丈夫なんかい?
抹茶クリームではないですが、私も地元のローカルグルメ番組で「デザート・パスタ?」を見たことありますよ。あんかけパスタなんてモノもありますね。専門店もあるんですよ?



#1740 
徹夜城(暑くて死にそうな管理人) 2001/07/24 00:13
暑い…(汗)

>班超さん
日本、少なくとも関東地方は身に染みて暑いぞ。香港の暑さと比べるとどうかしらんけど、とにかく近ごろ殺人的に暑い。暦の上では昨日は「大暑」だそうである。
…ってなわけで暑苦しい中、「史点」更新しておきました。ついさっきぐらいのとれたて新鮮なネタも入っております。これでインドネシアも親子二代大統領です。デビ夫人は大統領未亡人であると同時に大統領の継母になってしまいました…ってああいう場合は「継母」というのだろうか?
香港行政長の問題はNHKのBSアジアニュースなんかで見てました。まぁよく言う「上に政策あれば下に対策あり」って感じじゃないですかね。台湾でも経済人なんかで「一国二制度でええやん」という軽いノリの言葉も出てきてるらしいですしね。
北京五輪ネタで「史点」でチラッと書いた「予測」ですが、とりあえず「ボイコット国がたくさん出るだろう」と揶揄する記事は週刊誌に載りましたね(笑)。

>うどんつゆの話
以前出た話ではありますが、ちょっとここらで補足しておきましょう。
「つゆの濃さが三河安城で変わる」というのはTV番組「タモリ倶楽部」のスペシャル版でやった企画の結果なんですね。うすくちの駅そば(うどん)が食いたいというタモリさんが、新幹線各駅で降りて駅そば(あるいは近くのそば)を食ってつゆの濃さを調べていったんです。
それによると静岡に入ったらかえって濃くなり、「おや?」と思っていたら三河安城で劇的に薄くなり、米原で完璧に関西風になったというものでした。

>参院選挙。
実はわたくし徹夜城は今日済ませてきてしまいました。そう、「不在者投票」です。初めてやってきました。ニュース見たら小泉首相もやってましたね。
その日は遠く「筑紫びらき」(「私本太平記」ネタです)に行く予定でして。参院選結果を「史点」ネタにするにはかなりタイミングが悪いスケジュールになっております。



#1739 
タロイモ 2001/07/23 23:30
うどんつゆ報告

なな様
三河安城付近のうどんつゆですが、
今日昼飯兼ねて、三河安城付近に本店がある「丈山の里 いずみ庵」に行ってきました。
この店のうどんつゆの味付けは、かつおだしで関東風の濃いくちでした。
それでですね、この店は愛知、岐阜、三重、静岡に支店があるようですが
どの店も味付けは同じだそうです。
つまりこの店の支店があるところでは関東風の濃いくちのうどんつゆに対する
需要がある、ということが言えるのではないかと思うのです。
一応参考までに「いずみ庵」のHPも載せときます。
それでこの「いずみ庵」の支店の展開状況を見ると、鈴鹿の関、関ヶ原あたりまでが
関東風の濃いくちつゆの勢力が及ぶ、という事になるのではないかと思います。
もっとサンプルを集める必要があると思いますが・・・現時点ではこんな感じです。
また機会があったら報告します。
・・・言っておきますが、私は「いずみ庵」のまわしものではありませぬ・・・^^;
そういえば伊勢には「たまりうどん」という独特のうどんがあります。
かなり濃い目のたまり醤油で食べるうどんです。

五番街様
宮本武蔵は確かに徳川体制寄りですね。二人の養子も徳川譜代の家に仕えてますし、
武蔵が晩年に肥後熊本細川家に招かれたのも、
徳川との関係強化を期待されたためでは、などという話をどこかで読んだ覚えがあります。
(確か徳川の密偵という話も・・・)
でも武蔵は剣豪としては「異端」だと思ってます。
「日本一」「最高の剣豪」という評価も
まず武蔵自身が喧伝して そのうち周りもその気になり、
現代になって吉川英治の小説で止めを刺した、という感じでしょうか・・・
武蔵はある意味、マスコミ対策 メディア戦略が上手だったということではないかと思ってます。


http://www.izumi-seika.co.jp/AN/


#1738 
班超H.K. 2001/07/23 12:51
死ぬほど忙しいんですが、とりあえず香港から

いやー、暑いですねー、日本も蒸し暑いでしょうね。香港では、外はムチャ暑いのに、ほとんどの建物の中は、冷房をこれでもか、というくらいに使っておりまして・・・実際、設定温度が5度というところもあるくらいで、まるで冷蔵庫並みに寒かったり、わけわかんないです。
ちょっと、香港からニュースを。
来年、ここの一番えらい人を決める行政長官選挙がありまして、その選挙条例が立法会(まあ国会のようなもの)で通過したんですが、その際、親中国派と民主派(まあ反大陸系ですな)でえらいもめたんです、これが。もめた部分ていうのが、「中国中央政府は行政長官の任命権だけでなく、罷免権も持つ」という条例文。これが認められると、香港は北京の言いなりになってしまう、香港の「高度の自治」が踏みにじられる、と心配からいろんなところから懸念が出されたのですが、結局認められてしまいました。
まあ、香港人なんてのは、チョウ現実主義ですから、経済に影響が無ければ何だっていいじゃないか、というのが一般の本音だったりして、メディアの加熱気味の報道とはかなりのギャップもあったりもしたんですけど、それにしても北京にとっては、いいこと続きといった感じですね。オリンピックも決まったし、世界の受けが良くなれば、最大の懸念事項といっていいチベット問題などへの関心をそらすこともより楽になりますからね。
日本に関して言えば、世界経済の癌だ、と言われたり、はたまたこれからどうなるのかインドネシア、独走気味で浮いている感の強いアメリカ、といわゆるアジア・太平洋地域では、なんだか中国の1人勝ちといったところがありますね。
史点にもありましたが、WTO加盟をさらに成功させれば、江沢民、朱鎔基といった現指導者の共産党英雄殿堂入りはまず間違いないかもしれませんね。日没するところの中国、ではなくて日出るところの中国、とでも言っときましょうか、とりあえず。



#1737 
アール・ケイ 2001/07/22 23:27
クニを東西に分かつもの…

えー明日の夜は仕事で話題の富山県に向かうアール・ケイです(笑)。
富山には呉羽山という小山がありまして、これを境に呉東(ごとう)、呉西(ごせい)という地域割りがされています(こんなこと地元の方に読まれたら恥ずかしい(笑))。旧前田藩の支配地域がここで分かれていたために、文化習慣面でも分かれ目になった、ということです。地元の商社の人間に改めて確かめました(笑)。ただ新潟県上越あたりは今でも関西からのスキー客が首都圏のより多いぐらい、ということに象徴されるように、江戸と上方の双方から影響を受けていたようです。
言葉も呉東、呉西で微妙に違うようですし、さらにこれが新潟に入るとなまりが薄くなったように変わります。また同じ呉西でも新湊あたりの漁師町の言葉は電話で聞いてもぜんぜん分からないぐらい荒っぽく聞こえたりします。

兵庫精神、なんか二昔前の兵庫県教育委員会が言いそうな表現ですねー(爆)。やっぱり、神戸と姫路は同じ括りにしちゃあいけませんぜ。司馬遼太郎さんが化けて出ますよ(笑)。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#1736 
五番街 2001/07/22 11:44
武蔵は兵庫者か?

うーむ、兵庫精神の権化と称する私は、あくまで自称でして、だーれもそんなん認めてくれてないのですから、宮本武蔵を兵庫者と認定するか否かは、私の権限に属するものではありませんです、はい。

しかしながら、大阪に住みながら典型的な兵庫者であった坂田三吉は、誰からも認定されていない「名人」を名のったこともあるようで(<−これが兵庫精神!)、それにちなんで、私も、兵庫者名人を名のって、宮本武蔵を評価してみましょう。

生地が姫路近くという主張もあり、現在も彼の子孫をなのる方がいらっしゃいます。武蔵が播州弁で喋っていたと考えると楽しいですね(ちなみに、私も播州の出身です。「ばんしゅう」と発音して見てください。舌の上をこの音が通過すると、美味しい番茶を飲んだときのような満たされた気分になりますね)。

ところが、兵庫精神の特徴の一つは、けっして「日本一」などという評価を受けてはならないことです。「剣聖」と呼ばれ、「最高の剣豪」と評価される武蔵は、この点をもって失格です。さらに、天草の乱では徳川方について「美少年」天草四郎時貞を鎮圧するために働きました(ちなみに、この戦いで負傷したようです)。こんなことは、兵庫という異境の人間のやることではありません。この点からして、やはり武蔵は播州出身ではなく、美作あたりというのが真相でしょう。



#1735 
Q世代 2001/07/22 07:30
伝説にのっちゃう愚かしさ

>+α様

>>飛鳥
> この辺の、公式サイトを見ていただけばおわかりになると思いますが、飛鳥は、そもそも低騒音STOL実験機であって、量産する計画はありませんでした。

飛鳥が実験機だと言うことは知っていましたし、あのまま量産されるとは思っていませんでしたが、私の文章は「量産計画が挫折した」という風に読めますね。この辺書き方が悪かったです。てっきりコミューター機の実用化の道を開いたものだと思っていたということです(まあ開いたと言えば開いたのかも知れませんが、開いただけのようです)。

しかし、

> それが、どういうわけか、飛鳥が量産を前提に開発されたかのような「伝説」が生まれ、一人歩きをしています。(そういう「伝説」が生まれる背景は理解できるのですが、そういう「伝説」が流布するというのは、あまり健全な状態とは思えません。)そもそも、量産する計画など無かったのですから、アメリカの横やりで、量産がぽしゃったとかいうのも当然の事ながら事実ではありません。

私の考えがこの伝説にのっかった思いこみだったことは事実です。どこかで聞きかじった事を材料にモノを言うのはまずいですね。アメリカの横槍云々は確信がなかったので、ぼかして書いたのです(^^;)が、結果的に伝説の再流布をしてしまったわけで、反省しております。ご指摘ありがとうございました。

けど、せっかく開発した技術、実用化しないともったいないよなぁ、という気持ちは変わりません。実は私は、アメリカの横槍と言うよりは、「長い滑走路を作りたい」国内の勢力の影響があったのではないかという疑いを捨てきれなかったりして(笑)。



#1734 
貧乏神 2001/07/22 01:54
関西風味など

ええと、カミングアウト合戦になるのもどうかと思うのですが (^^;; 、私に関して
いいますと、本籍のある能登に実家があり、私は両親が諸国放浪中に生まれて、言語形成期
後半以降を関西で過ごした関係上、精神的に関西人となっております。
とはいえ、京都に住んで神戸の学校に通ったりした関係で、いまひとつ何人かよくわからない
状態になっており、しゃべる言葉も京都弁やら神戸弁やら河内弁やらがごっちゃになった、
とりあえずは関西弁らしい、としかいいようのないものになっております。
ちなみに、現在は、両親は実家を継いで能登に在住、私は東京在住で、実家の後継を期待
されつつ、それをうっとおしがっている、という、他人にはどうでもいい愚痴をここに書いて
しまいました。って、文章として変じゃないか。(^^;;;
あ、さらに言うと、ものごころついてから北陸に住んでいたことはないのですね。あ、越後
高田に1年ほどいたのは北陸に入るのかなぁ…

さて、本籍地(あんど実家)は氷見のすぐ隣なんですが、氷見うどんなるものは存知上げません
でした。蒙を啓かれた思いです。

関西のうどんですが、最近は、単に薄口醤油と濃口醤油の違いのような気もしています。実は
薄口醤油の方が塩分が強かったりするのですが。関西のうどんの場合、昆布ダシが基本では
ありますが、ダシの味を重視する消費者が多くて、結果、人気店では、カツオ節やサバ節
を使って結構強いダシの味を出したうどんを出していたりするようです。

私個人としては、うどんとそばは違う食べ物とみなしていて、そばならば濃口でも構わな
かったりします。あ、関東風のざるそば、もりそばは好物です。ただし麺がちゃんと打って
あること。(^^)

国産航空機のことが話題になっていますが、少し前に講談社α文庫の「YS-11」という本を
読んだのですが、YS-11開発のキーパーソンって、東条英機の息子さんだったのですね。
あれを読むと、退役間近のYS-11に乗るためだけに伊豆大島あたりに行こうか、という気に
なってしまったりします。






#1733 
+α 2001/07/21 23:11
AWACSと飛鳥

+αです、ご無沙汰をしています。

>E-767

 早期警戒管制機E-767がアメリカのAWACSと比べて高い理由には、まずベースになっている機体が違うというがあります。
 アメリカのAWACSは、B-707という、ボーイングが開発した最初の旅客機で、旅客機としてはとっくの昔に生産を中止した古い機体を使っているのに対して、日本の早期警戒管制機は、最新型のB-767を使っていますからその分、価格が高くなります。
 また、生産機数もたった4機なので、量産効果が働かず、量産効果の働くアメリカと比べるとどうしても割高になり、1機あたりの価格が高くなります。
 また、最初、ボーイングは専用の生産ラインを作る必要があるという理由でもっととてつもない金額を要求してきたと思います。
 いくらなんでもそんなには払えないといことで、色々とすったもんだしたあげく、アメリカ政府の働きかけななんかもあってあの価格に落ち着いたはずです。
http://www.jda.go.jp/jasdf/awacs/hpg0904a.htm

 航空自衛隊がアメリカの兵器を優先的に採用する傾向があるのは、日米安全保障条約の関係で、戦時にはアメリカ軍とともに戦う必要があるのと、旧軍には空軍がなかったため、航空自衛隊という組織そのものが、アメリカ空軍をならって作られた、ミニアメリカ空軍でおり、アメリカの兵器をそのまま採用することに抵抗がないということがあると思います。


>飛鳥

 この辺の、公式サイトを見ていただけばおわかりになると思いますが、飛鳥は、そもそも低騒音STOL実験機であって、量産する計画はありませんでした。

http://www.nal.go.jp/flight/jpn/Museum/ASKA/aska.pdf
http://www.nal.go.jp/jpn/history/011.html

 それが、どういうわけか、飛鳥が量産を前提に開発されたかのような「伝説」が生まれ、一人歩きをしています。(そういう「伝説」が生まれる背景は理解できるのですが、そういう「伝説」が流布するというのは、あまり健全な状態とは思えません。)そもそも、量産する計画など無かったのですから、アメリカの横やりで、量産がぽしゃったとかいうのも当然の事ながら事実ではありません。

 それでは、用件だけですが、今回はこのへんで。


http://homepage1.nifty.com/SENSHI/


#1732 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/21 07:57
名古屋は濃いですね

なな・さん、同じ中部の真ん中の人間ながら、富山の私から感じるに
名古屋の味付けは濃いと思います。中部でも日本海側と太平洋側は別世界ですね。
味噌煮込みウドンを試したことがありますが、旨いというか濃い。
赤味噌というか黒味噌に近いものを食わされました。それと、
きしめん、でしたっけ?あの太くて幅広い麺の。あれに近いものが
富山の西側で「氷見うどん」という名で産しております。
ただ、一般的に関西の人にはウドンとは、ウス醤油味昆布ダシというのが
王道だそうで、濃い口ウドンは邪道であると松本人志が申してました。
濃いというのは、ともかく、味噌ウドンは、もうちょっと薄ければ
なかなか旨いものだと思います。後、ぶったまげたのは
抹茶クリ−ム・パスタ。もっとも、アレを出す店は愛知県でもアソコ一軒だけでしょう。
三河・尾張の人のメン類に対する、コダワリは、なかなかだと思います。




#1731 
なな 2001/07/19 23:24
同郷

>タロイモさん
中部圏は私一人かと思っていました。(^^)/
うどんつゆについてお聞きしたいのですが。三河安城でつゆが変わるとすれば、三河以西は関東風の濃い味で、尾張は関西風の薄味ということになるのでしょうか? 賛成されます?
実体験として、わが家でもお店でも、名古屋のうどんつゆは色も濃くて辛いんですよネ。
あまり三河方面へ行く機会がないし、さらに出先で一人でうどん屋には入りませんので^^;、タロイモさんの経験を教えていただけますか? つゆの境界線の謎はゼヒ解きたい・・・。
それと、北陸地方での東西の境界線が話題になっていましたが、思うに中部地方では東西の両方が混在しているように感じます。
例えば食べ物だと、鰻の蒲焼きは関西風、しらすぼしとちりめんじゃこは両方売ってるし、おでんは関東風の濃い味で、うどんとそばの比率は同じだと思います。
はっきり境界線があるのは八丁味噌を使う料理ですね。東の境界は豊橋だそうで。
テレビはたいてい首都圏に準じていますが、吉本新喜劇を筆頭に関西の番組も流れてますし。
これが三重県に行くと、言葉がガラッと関西弁に変わるし、味噌も変わる。関西に入ったな〜と感じます。



#1730 
タロイモ 2001/07/19 22:54
ボンボンバカボン、バガボンド

兵庫精神の話>
日本的ではない訳の分からん物に熱中するという兵庫精神、
大変面白く拝見していたのですが、宮本武蔵も
中に入らないでしょうか?
美作生まれといいますが、播磨との国境で行き来も多かった
ようですし。最近では播磨の姫路あたりの生まれではないか、
という説も出ているようですが・・・

実は私の先祖は、美作と播磨の国境地域出身のようで
宮本武蔵の父や祖父と同じ姓だったりするので
もしかしたら遠〜い、遠〜い親戚になるのかもしれないらしい・・・です。(かなりマユツバ話)
現在はうどんのつゆの濃さが激変するらしい三河安城近辺に棲息してますが・・・^^;



#1729 
徹夜城(茨城弁は理解不能な茨城県民の管理人) 2001/07/19 10:44
方言など

>ホリー・ハンターさん
失礼しました。富山県と以前書いてらっしゃいましたっけね。
富山県のど真ん中で駅そばの味、うどん・そば比率が変わるというのは以前TVで見て「へぇ〜」と言っていたものですが、江戸時代以前の昔からそうした「東西の境界」だったのか、興味のあるところです。
なお、人類起源ネタですが、過去にも何度か採り上げてまして、「史点」の柱の一つ(?)だったりします。「続編」というよりは今後も話題があったら書いてみたいなというところです。
>班超さん
「生粋の関西弁」と書いたのはマズったかな、とは思ってました(^^;)。まぁ関東人からみればそんなもんです。
なお、僕が興が乗ってくると江戸弁になるとのことですが、それはべらんめえ調になるということでございましょうか(笑)。
なお、茨城弁は僕はまるでできないのですよ。正確には宮城系茨城人二世(笑)なので。宮城弁もできませんけどね。私のアイデンティティはいったい…そう悩むモンじゃないな(^^;)。まったく標準語的世界に生まれ育ってしまったと思っています。
僕は茨城南端に在住しているいわば「移民」ですが、周辺に住む先祖代々根付いている住民達は生粋の茨城南部弁(千葉北部弁とさして変わらない…つまり「下総弁」か)を話してます。僕ら「移民」を相手にするときは標準語になりますが、地元民同士の会話になるともう僕もついていけなくなります。茨城南部弁もヒアリングはなかなか難しいのです(笑)。顕著な特徴は「い」と「え」が標準語と逆、あるいは不明確になることと、文末の「っぺ」「へ」の多用でしょうね。あと文の始めの音が息に飲まれて聞こえなくなることも多いかな。
「そうだろ?」と聞くとき「だへ?」とか言うんですが、良く聞くと「だ」の前に「ン」という音が入っていたりします。

>史点ネタ補足
ブッシュ政権暴走ネタでちょいと補足しておきます。
書き忘れたのですが、「国連刑事裁判所」(だったかな?)の設置にも強硬に反対してるんですよ。ブッシュ政権でなくても反対したかもしれませんけど。要するに戦争犯罪を国際的に中立な立場から裁けるような機関を作ろうという話らしいんですが(現在ミロシェビッチを裁いているあれとは異なります)、アメリカとしては「そんなのやられちゃー世界中に軍隊送ってる我が国の兵士が裁判にかけられる可能性が高い!」として反対しています。
 そうそう、先日のミサイル防衛実験ですが、レーダーが「故障」して「命中しなかった」というデータを出していたことが判明して議論を呼んでます。他の観測装置が「命中」を示したので国防総省は「問題なし」としていますが、何やらどこまでも胡散臭さがつきまとう実験です。実際に命中していたとしても実戦レベルでは大問題のミスであり、議会内の反対派などを勢いづかせそう。

そうそう、昨日ようやく公開終了直前の滑り込みで韓国映画「JSA」見てきました。
…参った(^^;)。すっげーよくできてますわ、これ。そのうち映画評でも書きます。



#1728 
なな 2001/07/19 00:12
おや・・・

>ホリー・ハンターさん&Q世代さん
ロケットetc。うちの父が、ずばりそれらのエンジニアだったんですよ。
この前「プロジェクトX」で国産ロケット開発の回がありましたでしょう?
自衛隊の早期警戒機とは、近年配備されたボーイングE−767のことではないでしょうか?
それまでのグラマンE−2Cは13機入っていますから。E−767は一機あたり550億円という、定価(?)の倍で空自が買ったらしいです。それも4機。
なんで私がこんなこと知ってるかというと、E−767を購入する際にマニュアルを日本語訳しなければならないでしょう? 驚いたことに軍用機のマニュアルって民間が訳してるみたいなんです。で、父に「よければご自宅のパソコンで・・・」と話がきたの。パソコン使うとなると私が教えなきゃならないので、私も説明を聞きましたよ(苦笑。「英語力があるなら(私が)訳してもいいですよ」とも。別に機密でもないようで、機密だったら私を立ち会わせたりはしないでしょうし。とはいえだいぶお話はぼかしておありますが。
先ほど軍事関係のサイトでE−767の性能を見てきたんですが、高性能すぎて、まるで化け物ですね・・・。単なるこれまでの哨戒機と同じくらいの物かと思っていたんですが。



#1727 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/18 16:18
はじめましてQ世代さん

私はイマイチという言葉を気軽に使う困った人間でして、すんません。
自分的には技術者の方々を総じて批判するつもりは無いです。
ただ、それが国家事業にも関わる以上、開発事業が頓挫、あるいは
報道で失敗したと報じられた場合、それを知った一般市民としましては、
とりあえず、イマイチなのかな?と思ってしまったワケで。
確かに、オリンピックで結果を出せなかった選手に批判するようで、
イケナイことですね。開発事業に絡んでる官僚にも責任は有りますしね。
そういう開発事業に携わるエンジニアの方々は、どうしても、
国を背負って立つ?ようなプレッシャ-や行政、政治屋連中の
制約や邪魔もあるでしょう。税金を使ってやるという面では
公共事業と一緒ですか?聖域無き改革を唱える現総理や
石原・行革相はこの分野にも大ナタを振るっちゃうのですかね?




#1726 
Q世代 2001/07/18 15:54
軍用機はさておき

>ホリー・ハンター様
初めまして。

さて、日本の航空技術は決してイマイチというわけではないと思います。
ロケットの打ち上げは最近芳しくありません(つまり現在はイマイチ化している、と言えてしまうかもしれませんが)が、以前は確か世界一の打ち上げ成功率を誇っていたはずですし、飛行艇では世界に誇るPS-1を開発しました。
滑走路の短い日本の空港事情に合わせて開発した“飛鳥”は、当時世界最高水準のSTOL機だったはずで、これの実用が見送られたのは、ひとえに日米間の政治的な要請によるものだったと記憶しています。

“飛鳥”の挫折に代表されるように、兵器の輸出を禁じている日本が、旅客航空機を実用化し、世界のマーケットに出せない以上、航空機の開発費用は全くと言っていいほど回収されないわけで、これが国産航空機開発の首を絞めるという悪循環になるわけです。決して航空技術のレベルが低いと言うことはないと思いますよ。

しかしまあ、開発した飛行機が実用化されないと、ノウハウの蓄積が遅々としたものになる、というのは確かかもしれません。でもそれを以てイマイチと言ってしまうのは、ちと酷かと。



#1725 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/18 14:17
史点の更新、拝読しました。

北京オリンピック>
 大阪の方々、ご愁傷、お察し申します。でも
 そんなに気を落とされなさいますな。ユニバ-サル・スタジオをゲットなされたじゃ
 あ〜りませんか?ごめんくさい、慰めになってませんな。

猿人・原人・続報>
 管理人さん、このネタ、良いです、続編、楽しみです、ヨロシク。

わがまま大国・アメリカ>
 ミサイル迎撃システムなんてゆう目玉の飛び出る価格の買い物を日本にさせよう
 というわけですか。ところで疑問に思ったのは、自衛隊の装備を全部アメリカ製
 にしなきゃならんとゆう条項が日米安保条約の条項にあるのですかね?
 まあ其れは極論として、あまり兵器国産にコダワり過ぎると次期戦闘機自国開発
 研究みたく、長年、巨費を研究に投入しても今だにマトモな最新鋭機が出来てない
 ではないの?ってハメになりますしね。日本って航空技術は意外にイマイチ
 だったりして。HIロケットよく落ちますしね。早いとこ新・人工衛星を
 軌道に乗せなきゃ、「ひまわり」の寿命も後、数年だそうで、
 日本自前の気象衛星が無くなり、天気予報がやれなくなるかも。
 脱線しましたが、アメリカの兵器は総じて価格が高いそうですよ。
 例えば、早期警戒機。日本はグラマン社のものじゃなかったですか?
 それ一機で、スウェ-デン・サ-ブ社製の同型機が3〜4台は購入できるだろう
 と或る軍事評論家がコラムっておりました。





#1724 
班超H.K. 2001/07/18 10:49
そうでした

いや、徹夜城さん、そうそう、貧乏神さんは本籍が石川県、ということでしたね。
ちょっと訂正しておきますと、私の場合は関西弁をまくしたてている気は毛頭ないんですよ。多分関東の人間が聞くと、そういう風に聞こえるらしいですね。関東では、関西人?と聞かれて、関西では、変な関西弁だね、とよく言われますから。あくまでも、石川、特に小松弁(のつもり?)です。
ホリー・ハンターさんがおっしゃてたように、富山と石川では言葉がかなり違うのは事実です。昔、HNKの連続TV小説で、富山出身の発明家?の話しをしていたように思うのですが、その時の方言を聞いて、何だか四国の高知弁みたいだなあ、っていう風に思ったのを覚えております。まあ、俳優さんのしゃべる方言だから、あまり信用できませんが。
ところで石川も関西の影響が大きいなあ、と感じるのは、関西系の番組を関西と同時間に放送していることですね。吉本新喜劇なんかは昼の1時から毎週土曜日やってまして、かかさずみておりましたからな。カンペイちゃんなんかがまだ駆け出しで、岡八郎や花紀京なんかと絡んでましたな。夜8時の全員集合と並んで、土曜の楽しみでした。懐かしい・・・。
徹夜城くんは、茨城ですけど、饒舌になりはじめると、江戸弁になりますね。特に、倭寇や映画の話しをするときなどは、本当に落語家なみですな。「つっこむ」余裕はないくらいに・・。「つっこみ」を学習したまえ、管理人さん(笑)。



#1723 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/18 08:57
残念ですが、石川県人で無いです。面目無い。

細かいことでしょうが、私は富山県の人間です。
自分的には石川で生まれ育った方が良かったかな?とも思ったりして。
管理人さんが、おっしゃってた蕎麦の味が駅で変わるというのも本当です。
富山県は西半分が関西的、東半分は関東・東北的です。従って、西はウドンをよく食い、
東は蕎麦をよく食います。私は父の仕事の関係で、少年時代は埼玉にいたもので、
蕎麦の方が好きですね。でも今住んでるのは、富山の西側で、ウドンも嫌いで無く
なりました。方言的には、石川は完全に関西のアクセントですが、
富山は、やはり、東西で関東と関西で分かれると思います。関西で
「アホンダラ!」と同意語なのは、富山では、「ダラ!」。富山の人は、
関西の人のように饒舌では、無いので、長い口上は苦手で、何でも
略したがります。




#1722 
徹夜城(最近弟のスポーツHPにカウンタ抜かれるんじゃないかと不安になる管理人) 2001/07/18 00:11
「史点」更新しました。

一コママンガつける予定だったんだけど、それやると更新が明日になってしまうので…後から追加しているかも知れません。

>班超さん
とりあえず公開されている常連者の出身・在住県を整理しておきましょう。
「貧乏神」さんは播磨とおっしゃってなかったかな?君と同じ石川県人は「ホリー・ハンター」さんね。アール・ケイさんと五番街さんが兵庫出身ながら全くの異郷に在住、というあたりで。ななさんは名古屋ですよね。で、僕が茨城南部、と。
当然ながら知ってる人しか知らないわけですが、班超氏というのは石川県出身ながら生粋の関西弁をまくし立てる人物です。前首相とか巨人の4番とかが同郷のはずですが、この地方の人があんなに関西文化なのかは僕は良くは知りません(行ったのは一度しかないし)。神戸の親戚の影響が大きいのかなぁ。
 北陸というのは地勢上、関西文化の影響が強いという話も聞くのですがね。以前出た話題ですが、富山県のど真ん中あたりで駅そばの味が変わるとか言う…東海方面だと三河安城って話でした。

 旧国制と県の話ですが、僕が住む茨城県というのも「常陸国」と「下総国の一部」の合体という妙な構成です。しかしそれほど地域差はないんじゃないかという印象を持ってます。平将門にしたって(最近ようやく「風と雲と虹と」の総集編ビデオ見ました)下総国の生まれですけど、常陸も活動範囲でしたから、あんまり区別してなかったんじゃないかという印象を持ってます。もちろん畿内周辺と開拓期の関東平野じゃまた事情は違うでしょうけど。

港町の独立志向ってのは洋の東西を問わないんじゃないかなぁ。だいたい海と関わってる連中って陸の連中からの独立志向が強いですし(この辺は専門絡みなもので)。ましてや香港は現実問題として独立と支配の狭間にあるわけでなおさら感覚がとぎすまされるでしょう。
香港で北京語使うとバカにされることもある、といった話は耳にしたことがあります。それでも香港直輸入のDVD買うと必ず北京語(国語、マンダリン)音声がついてますね。もちろん商売上の理由があるんだろうけど。

ジャッキー=チェンの映画が好きな僕ですが、「警察故事4」(邦題は「ファイナル・プロジェクト」)で英語になったり北京語になったり広東語になったり忙しかったですな。北京語になる部分は面白いことにオーストラリアの中国人移民を訪ねるシーンでした。「北京語できる?」って英語で聞いてから切り替えてましたね。日本語吹き替えに変えると全く無意味でした。




#1721 
班超H.K. 2001/07/17 17:08
香港から再び

しばらくは、関西衆(厳密には兵庫)がさかんに兵庫論を展開されていたようで、その圧倒的な存在感はどこでもさすがだなー、と感心していました。いわば、兵庫ナショナリズム(言葉の定義上の問題はさておき)といったところでしょうか。そういえば、神戸独立論ということを私の叔父(神戸在住の実業家です)も盛んに口にしていました。独立心旺盛な場所柄なんですね。
それで感じたのですが、香港も神戸(兵庫でなく敢えて神戸に限定します)に非常に似ているところのように思うのです。港町であり、非常に開放的な土地柄ですしね、両方とも。
香港が中国大陸との関係を見る際にも、香港はたとえ中国の一部分であるとはいえ、基本的には政治的に独立した自治体であることを非常に強調する傾向があるように思います。「一国二制度」ご存知ですよね。香港を回収する際、トウ小平さんが編み出したという奇想天外なアイデアです。中国はもちろん「一国」の方を強調し、香港は中国の一部分!と恐ろしいほどに強調するのですが、香港側は「二制度」をたくみに強調し、独立した主体であることをことあるごとにアピールしております。
まあ、大陸とは違うというよりは、あいつらとは「文化的」にはおれたちの方が上だ、というのが香港人にはあるようなんです。ちょうど、モンゴルに支配されたときの漢人、という構図に似てますね。実際に、「マンダリン(北京語)禁止」という嘘のような店もあるのですよ。
オリンピックが北京に決まったときも、どちらかといえば、冷めておりましたね。私の印象ですが。それよりも、話題になり易いのが、「法輪功」という気功集団を政府が邪教呼ばわりしたことと、行政長官の罷免権を北京政府が持つということが、議会で承認されたことです。中国大陸の影響が濃くなるのではないか、香港の自由が犯される前兆ではないか、とオリンピックよりはこちらの方がえらいにぎわっている、そんな印象です。閉鎖的な感じの強い国の代表的港街では、国家規模のナショナリズムが希薄な分、それに対抗するように地域主義的な感情が強くなってくるといった側面もあるようですね。

ところで、貧乏神さんだったと記憶していますが(違ってたらごめんなさい)、石川出身で心は関西人とのこと、ははっ、私も石川県出身で同じ事を言ってたように思います(徹夜城君にもよく言ってたように思う)。北陸人をも魅了する関西文化、いや、関西は奥深いですな。



#1720 
徹夜城(虚弱体質をさらけ出しているような気がする管理人) 2001/07/17 00:05
夏風邪はバカしかひかない…らしい。

小泉首相につきあって夏風邪をひきました。これで私も立派な「変人」です(笑)。支持率80%も来るってなもんでしょう。あ、それは無理か。ま、僕も人間だったということですね(←福田官房長官はいい味出してますな)
というわけで今回の「史点」は大幅に遅れてます。奥運の話とか美国の話とかを予定してます。

>橘樹さん
82000踏んで戴いたそうでありがとうございます。「史点」「太平記大全」を楽しんでいただけてるようで幸いです。もっとも最近はこの二つしか事実上動いてないなぁ。旅行記は実に久々に更新しましたが。
「史点」の過去全部、という話は以前からなくもなくて考えてはいるんです。しかし何しろ膨大な量で(「史点」が始まったのは1999年2月)、全部ネットに載っけるとBIGLOBEからもらってる無料容量を突破しかねないのです(たまにイラストもついてますし)。なら広告入りのHPスペースを借りるという手もあるんですけど…統一性がないのもヤなので検討中です。
過去の史点ネタのリストだけ作って「○月×日のやつを」って注文いただいたらメールで送ろうかとか、そんな事も考えてます。
「史点」だけでなくこの伝言板の過去ログもただいま編集中。これまた膨大な量でしてね…。改めて読んでいて実に面白かったので、これは容量が許す限り載せておきたいと思います。

>班超さん
はいはい、旅行記の方も急がせていただきます。我ながら驚くほど細かいところまで旅行の中身を記憶していたので、2年のブランクも心配無かったです。
北京五輪の話だけど、以前東京五輪まぢかの頃のニュース映画をNHKでみたら、当時の日本も相当なもんだったみたい。「諸外国の方に恥ずかしくないようにしましょう!」などとやってたんですよね。
韓国でもソウル五輪の際に「犬肉」を扱う店が表通りから一掃されたという故事もあります。この件では韓国人もかなりコンプレックスがあったみたい。

>ホリー・ハンターさん
鳩山由紀夫氏と奥さんはですね、知る人ぞ知るドラマがあったのですよ。僕も細部まで正確には知らないのでここで書くのは避けますが、調べれば話が出てくると思いますよ。



#1718 
橘樹 2001/07/16 22:36
はじめまして

いつも楽しく読ませてもらっています。ちょうど82000HITでしたので書き込んでみました。週刊ニュースな史点と、太平記大全は特に面白いです。私は大学で太平記を研究(といえるようなレベルではありませんでしたが)しましたので太平記大全は嬉しかったです。
あと、お願いがあるのですが、ニュ−スな史点を、ここ一ヶ月間と昨年の今ごろだけではなく、過去のもの全て読めるようにしていただけないでしょうか。
また何かあったら書き込ませてもらいます、頑張ってください。




#1717 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/16 13:57
参議院選挙

もうじきですな。街宣車が騒々しいですわ。宇宙人・鳩山由紀夫クンも我が県に
来ましたよ。わたくし的には、由紀夫クンは巨泉とツルむより、月亭可朝と
組んだ方が、街頭演説で漫才でもやれて良かったのにと思うわけで。
鳩ちゃんは冷ややかな外見で民衆ウケしない感じが。最近、
鳩ちゃんが純ちゃん総理と会談した際、
 鳩ちゃん「変人に宇宙人、また新聞に書かれそうね?」とコボしたところ、 
 純ちゃん「何いってんの、宇宙人ってアメリカで人気あるのよ?」と鳩ちゃん を
 なぐさめたそうです。

ところでギタ-弾き語りエロオヤジ:月亭可朝は選挙に出るのは二回目だそうで、
前の出馬の時の公約が「一夫多妻制」。
私が鳩ちゃんとエロオヤジが絶妙のコンビだと思うワケは、鳩ちゃんが
実は恐妻家ではないか?という場面を見たからでして。あれは、
小泉内閣に対する野党各党首の国会質問の初日の朝、TV局が
いざ出陣の鳩山由紀夫・宅にお邪魔して中継をやっておりまして、取材のマイクに
対し鳩ちゃんの奥さんが大張り切りで喋りまくってました。TV画面へのアップ度も
鳩ちゃん より奥さんが圧倒してて、はしゃぐ奥さんの横で鳩ちゃんは
蚊が泣くような小声で「お前、イイ加減にしとけよ。」と縮こまっておられました。



#1716 
五番街 2001/07/16 12:42
NY方面からお便りします

すんまへん皆様。兵庫精神ネタはおわりにしょうかいなと思ってたんですけど、アール・ケーはんが書き込んでおられますので、レスつけなしょうない状態ですわ。

はいはい、今年の冬は非常に厳しかったんですが、夏はしのぎやすい感じです。なんせ梅雨がないですし、NYは全米では湿度が高いと言っても、日本ほどむしむししてませんです。

あのー、兵庫県の西の端は赤穂市で、それから西へ行くと、岡山県になりますが、コトバがコロッと岡山弁になります。私の高校の国語の教師によりますと、ここまで明確に言語圏が県境によって区切られているのは珍しいそうです。それで、このあたりの県境は、関西と中国地方の文化・言語の違いによって設定されたと考えられます。つまり、赤穂は関西文化圏の最西(おっ、新語かこれは)ですね。

ただし、随分前に、となりのなんとか町が赤穂市と越県合併して赤穂市に編入されました。これもひじょうに珍しいケースです。その理由は、この地域では岡山県内の高校へ電車で通うのがむつかしく、赤穂高校などへの入学を特例として認めていたそうです。それで、この町の町議会の大半の議員は赤穂高校の卒業生によって占められ、赤穂に多くの友人がいるなど、親しみを抱いていたからです(意識は赤穂よ!って感じで)。で、この町では播州弁(関西弁)が喋られているのかどうかは分かりませんが、たぶん、岡山弁から鞍替えした人もおおいだろうと思います。

ただし、北部の三石あたりになると、あきらかに関西弁が岡山弁に浸食されたようなアクセントになります。

>兵庫県からは確かに内閣総理大臣を輩出していませんが、
>初代県令は伊藤博文だし、そういった点での劣等感は
>持っていません、よ、別に(笑)。

あれ、何か私の言ったことを誤解されているようですが、日本の真ん中に位置しながら、異境であり、日本文化に「否」をとなえる兵庫県としては、なーんにも劣等感なんてあらしまへんでぇ(あ、こりゃ、どこのことばじゃ!)。

兵庫県が首相なんてもんを産み出すってことはどだい無理で、そんなん、石が浮いて木が沈むようなもんでっせ。これは、阪神タイガースが今世紀に優勝でけんやろちゅうのと同じで、兵庫精神が健在な状態で存続しているちゅうアカシなんやとおもうんですけどね、はい。



#1715 
班超H.K. 2001/07/16 10:36
ようやく・・・

徹夜城くん、ようやく書いてくれましたね。いや、本当に長かった(笑)。
2年経っているから、中国の方も、結構変わっていると思うのですが、しかし、次回を期待しています。また、すぐに(笑)書いてください。
そういえば、2008年のオリンピック、北京に決まりましたね。ますます、北京の様相も変化していくことでしょう。そういえば、かつて北京が2000年のオリンピック開催をシドニーと争った際に、ちょうど北京にいたんですが、まあ空港は暗い、レストランのサービスは悪い、道は汚い、とこれはとてもシドニーには勝てまいと感じたものです。それを考えると、中国でも時間が経つのはとても早いようですね。悠久の大地、というのとは程遠い感もあります。

香港では、表面上は「熱烈歓迎」といったところですが、香港人自身は意外に冷めているような気がします。所詮、大陸のことは蚊帳の外といったところでしょうか。



#1714 
アール・ケイ 2001/07/15 17:22
県割りの謎

皆様、暑中お見舞申し上げます。
NY方面はどうなんでしょうか。いやあ、関東はPCがぶっこわれそうなほど暑いですよ。

さて、“兵庫精神”なんて言葉を頂戴して苦笑してしまった次第です。
この兵庫県というところは、摂津、播磨、但馬、丹波、それに淡路と旧5ヶ国に渡って編成されているというめちゃくちゃな県でして(美作あたりも僅かに入っているそうな)、何故地政学を無視したような土地割りにしたのか、不可思議な思いをしています。廃藩置県の後、一旦ミニ県がべらぼうに誕生してそれが整理統合されて現在の47都道府県になったと聞いておりますが、その時何か理由があったのでしょうね。淡路が徳島県でなく兵庫に編入されたのは、淡路の独立紛争(ドラマ『お登勢』でも描かれていた)の影響でしょうが。
兵庫県からは確かに内閣総理大臣を輩出していませんが、初代県令は伊藤博文だし、そういった点での劣等感は持っていません、よ、別に(笑)。まあ、故・河本敏夫さんに肩入れする気持ちはありましたが、それは斉藤隆夫譲りのリベラルさに惹かれての事でした。。。
兵庫県には確か県人会なる組織は存在しません。それぞれの旧国でカラーが違いすぎるからです。小松左京さん(この方も先輩に当たったりします(笑))などは県都(県庁所在都市)を姫路とし神戸は独立させたほうがよいのでは、と主張していたりするぐらいです。それぐらい、神戸市民にはあまり「兵庫県民」だという意識は乏しかったのですが、大震災での神戸市の不手際以来その辺の感情に変化が出てきたような気もします(兵庫県・貝原知事の方が対応が真っ当であったもので)。
尤も、政令指定都市と県が仲が悪いのはいずこも同じで、私が住むY市でもそうだし、お隣のK市などは第三セクターの運営の主導権を巡ってK県と揉めていますしね。それが秋の市長選にまで影響している(現職が続投を表明しているのに与党の自民党が支持せず別候補を立てる動きあり)ので野次馬的には面白いのですが。

教科書問題は、家永教科書のような、たぶん中韓も納得するような(難しいような気もしますが)教科書を新たに作り、次回の検定に問うてみるのが、1つの解決方法になりうる気がします。検定をなくす、歴史教育を廃止する、というのは現実的ではないので。
でも、鬱陶しいなあ…。日本人をいっしょくたにして批判して交流を断とうとするのは、どう考えても「敵」にかえって得点を与えているようなものなのになあ。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#1713 
なな 2001/07/15 15:43
ドキドキ。(・・)

>徹夜城さん
あ〜、でらいビックリしました。(←ほんとに驚いて名古屋弁になってる)
「簡潔なレス」をありがとうございました。(笑)
実はほんの2・3行のレスで済むと思っていたので、こんなに深いところまで教えていただけてうれしいです。お世話かけました。_(._.)_
ゴー宣は、単行本でまとめて読んだことがあります。だんだん内容も絵柄もエキセントリックになっちゃって、拡大鏡がないと読むのに苦労するような絵(どんなマンガじゃ)になったので、こいつは危ないなーと、途中でやめました。その当時はまだ教科書ネタはなかったですね。薬害エイズとオウムとか。
私が感じた印象はまずまず合っていたということでしょうか。質問は・・・今のところはこれだけです。あの賛同者の多さの謎もとけたので(笑。そういえば、王さんのことはニュースで聞いたことがありますよ。ありがとうございました。あ、過去ログの公開をよろしくお願いします。この一年間では、それほど話題にはのぼってなかったんじゃないですか?(と思う・・・)



#1712 
徹夜城(忘れ去られたコーナーを突然更新させることもある管理人) 2001/07/15 14:03
中国旅行記の続きをUPしました

実に2年ぶりで…(^_^;)さる方から強烈な執筆要求があったためです(笑)。
というわけで「月日は百代の過客」内の「倭人襲来絵詞」の第四日をさきほどUPしました。ずいぶん間をおいた更新ですが、お暇でしたらお読み下さい。
あれから2年たち、上海や杭州の様子もさらに変化していることと思われますのでご注意。

>ななさん
教科書問題ネタは以前にも何度かこの掲示板に書いています。過去ログをお読みいただければたいていのことは書いているんですが、過去ログは現在公開に向けて整理中という段階でして。これについては少々お待ち下さい。
ご質問の件を、ここでなるべく簡潔を心がけて書かせていただきます。
藤岡氏と西尾氏の違いですが、前者が「運動家」で後者が「思想家」というところですか。あるいは「確信者」と「妄想者」の違いなどと僕はよく言っています(笑)。
「自由主義史観研究会」はもともと教育問題、授業のあり方などを考える勉強会としてスタートしたようです。藤岡さんは湾岸戦争で日本が金だけ出して海外でまるで評価されないことにショックを覚えたのがキッカケとか言ってますね。そして「坂の上の雲」を読んで「これだ」と思ったらしく…司馬遼太郎が生きてれば激怒モンでしょうがね。
ともかく最初は授業技術というか歴史教育の方法論みたいな話で、若手教師などが勉強会に参加していたようです(もと組合・左翼活動歴のある人が多いとの話もあります)。これにある時期から国粋主義・右翼活動家が結びついてしだいに色を鮮明に出していったという経緯ですね。
「つくる会」というのは藤岡氏が研究会の趣旨をベースに現実の運動を展開するためにつくったものと言えるでしょう。ここで国粋主義文化人の代表・西尾幹二氏が看板・思想的柱として担ぎ出されたわけです。小林よしのり氏も「看板」の一枚でした。他に多くの作家・文化人などが賛同者に名を連ねましたが、本人が知らないうちに名を連ねられた人が多かったのは良く知られた話です。聞くところに拠ると話に乗ってくれそうな(利用できそうな)文化人らに手紙を送り、「賛同できないのであればご返信ください」とやったらしい(未確認ですけど可能性高し)。無視した人が自動的に賛同者にされる仕掛けですね。「賛同者」にされた王貞治さんがただちに取り消しを要求したのは有名です(彼が中国人だと知らなかったのだろうか、送った奴は)。

えーと、簡潔を期さねば(^^;)。
西尾氏と藤岡氏の違いですが、二人が激しく対立した(たぶん今も感情的には続いてるでしょう)経緯を見ればだいたい見当が付きます。
藤岡氏は西尾氏に新しい教科書のパイロット版となるパンフレット的なものを依頼し、これに応じて西尾氏が書き上げたのが妄想炸裂超大作「国民の歴史」だったわけです。これには藤岡氏も頭を抱えたようで(笑)、「話が違う」と両者でかなりのケンカになりました。実際の教科書執筆においてもあれこれと衝突はあったようですが(この辺は小林よしのりの「ゴー宣」が詳しい…あんま読んで欲しくもないですけど)、決定的な物別れにはなりませんでした。それは「思想的看板」としてなぜか人気のある西尾氏と、現実的運動家・組織者としての藤岡氏がお互いを結局のところ必要としたというところでしょうね。西尾さんだったらとても飲みそうにない検定意見を丸飲みしたのも恐らく藤岡氏を中心としたブレインでしょうな。
語り出すとキリがないのでひとまずこの辺にします。何か質問があればどうぞ。



#1711 
五番街 2001/07/15 12:55
RE:NHK特集

>でも、たしかその番組では「江戸時代に生きた中華精神」みたいなノリで
>やってて、出自は在日中国人の末裔という扱いだったと思います。

なにぶん古い記憶なので、私がおぼえていないだけなのかも知れませんが、私には、メインテーマは「武林忠七」の出自を探るようなものであった気がします。

さらに、彼の出自について、このような結論を得るための資料・証拠というものもなかったように記憶しています。非常におぼろげながら、「流しの医者であった」という説が紹介されていたようにも思えるのですが、この記憶が正しいかどうかも分かりません。私の記憶では、出自をめぐる説は真偽ともに確認できなかったというものです。



#1710 
貧乏神 2001/07/15 10:40
ええと

>兵庫
どうも失礼いたしました。
個人的には摂津の酒より播磨の酒を評価している、とか書いてお茶を濁しておきます。(^^;

>首相出身県
そういえば、森前首相は石川県出身としては林銑十郎以来のはずなんですが、この林という
人も(森的な意味で)すごい人だったらしいですね。私が調べた限りでは「越境将軍」という
言葉くらいしか見つからなかったんですが、詳しい友人によると大変な人のようです。
#そういう私は本籍が石川で精神的には関西人(^^;

>教科書など
以前、復刻された講談社の戦前の絵本を父が買ってきたことがあって、私もそれを読んで
「そぉかぁ、大楠公のように忠義な人にならねばならんのかぁ」なんて思ったこともあり
ましたんで、割と影響はあるような気もします。その影響がいつまで続くかは別問題なん
ですが。

>原人
そういえば日本でも15世紀の原人の骨が見つかったようですね。;)




#1709 
なな 2001/07/14 20:46
質問

藤岡信勝氏と西尾幹二氏の主張の違いってあります? 大同小異の小異の部分で。
「自由主義史観研究会」と「新しい歴史教科書をつくる会」のHPが並立してます。
後者が前者から独立発展した経緯はニュースで覚えています。あの時ぞろぞろと設立に賛同した作家先生方で、今でも「つくる会」に参加している人は少ないようですね?

その昔「教科書が教えない歴史」に目を通した時は、藤岡氏は序文でわりとまともなことを言ってると、正直言って思ったんですよねぇ・・・。
「教科書が〜」はいわば子供向けの本ですから、人物伝の伝記が美しい面ばかり載せていてもかまわないんじゃないかと思いました。あくまで副読本ですから、現場の教師や保護者の意志を反映できる(不評ならば変更できる)と思いましたし。実際にこれを読んで内容に興味を持てば、後は子供自身が探求していけばいいことですし、藤岡氏もその旨を記していたので。
当時は社会にこうした動きが出てきたことは危険だと感じつつも、そのうち消滅するだろう、
「つくる会」設立も最後の悪あがきではったりじゃないかと思っていました。

先日西尾氏の「国民の歴史」を借りてきて目次を見たんですが、どうも藤岡氏よりも扇情的な人ではないかと感じました。もちろんこちらは子供向けのソフトな語り口ではないということもありますが・・・。
教科書は、通学先の学校が採択するとなったら、親子とも否応なしに使うことになります。
私も恐竜がそこら辺を闊歩していた時代に授業を受けたクチですので、近現代史をろくに習った記憶がありません。よって「つくる会」の教科書が生徒に及ぼす影響については、皆さん同様に心配はしていません。
ただ同会のHPを見ると各地に支部が広がっていて、私が想像していた以上に勢力のある団体になっていたようです。教科書を採択した学校が50校もあらわれるとは思っていませんでした。
けっこう何にでも引っかかりやすい性格のようで、かえってふだんからトンデモ本の類を無意識的に避けてしまってるんですよね。自由主義史観も、洗脳されそうな気がして深入りしてこなかったんです。もともと近現代史は好きじゃない・・・。けど教科書問題がまだまだ長引きそうなので、これを機会に自分の意見をまとめてみようと思いました。



#1708 
調久 2001/07/14 18:06
NHK特集でやりました

武林の件、仰せのごとく、10年ほどまでにNHKでやりました。たしか「歴史ドキュメント」の最後のほうです。この番組、NHKの特番が「堂々日本史」なんかに退化する前のシリーズでして、小生よく見てましたねん。でも、たしかその番組では「江戸時代に生きた中華精神」みたいなノリでやってて、出自は在日中国人の末裔という扱いだったと思います。実は朝鮮被虜人の子孫だったという話は、内藤雋輔さんの「文禄・慶長の役における朝鮮被虜人の研究」(東大出版)にありましたっけ? 確認してみないと。被虜人といえば、乃木大将のご先祖もそうでしたよね。

奥運北京招来の儀、これでまた北京の開発がずんずん進んで、別の町になっちまうだろなあ。先日、朱旭氏が「中国のおとっつあん」の役を好演してる「こころの湯」を見たんですけど、あの映画の終わりみたいに街角がある日突然消滅してしまうんでしょうねえ。開発もほどほどにして下さいよ。




#1707 
五番街 2001/07/14 04:35
浅野藩と孟子の子孫

えーっと、私は兵庫精神の権化であることは、吉本精神もあふれているってことで(あ、隆明ではない新喜劇の方ですが)、ゴリゴリとこじつけて笑いをとろうと狙ってるんですから、あまりマジメに考えないで下さいね(タマには私も冗談も言うのですよ-笑)。

播州浅野藩は、ご指摘のように茨城笠間からの転封ですが、本家は、秀吉麾下の浅野弾正長政を藩祖とする芸州浅野藩ですね。浅野匠守は、赤穂転封後、3代目です。祖父のえーとナガマサでしたっけが赤穂で製塩に力を入れて、名塩を産するようになりました。

この掲示板にふさわしい話題をもちだしますと、四十七士の一人、武林忠七の本家も芸州広島にありますが、彼の祖先は、阿聖孟子の子孫で秀吉の「朝鮮征伐」のおりに朝鮮から連れてこられたそうです。この言い伝えの真偽を確かめるために、だいぶ以前にNHKが特集を組んで、調べたのですが、孟子本家の家系図には、武林のことが記されていないけれど、その可能性が高いちゅう曖昧なことを、本家の何十代目様が申されておりました。面白いことに、この孟子廟のある地名が「武林」なんで、孟子と何らかの関係はあるのだろうと思います。

この番組のなかで、広島の武林家の当主(というほど名家かどうかは知りませんが)の娘さん(といっても60代に見えましたが)が、戦前は、「あの家は、あっちから来た人の子孫だ」と後ろ指をさされていた、と涙を流しながら語っていたことを印象深くおぼえています。日本人の中国・朝鮮に対する差別って、すざまじいもんだ、と感じました。



#1706 
なな 2001/07/14 00:57
たぶん

>りんかさん
それはクリストファー・コロンブスのことではないでしょうか?
コロンブスはイタリアのジェノバ出身です。
「コロンブス航海誌」は、本人自筆の原本が現存せず、バルトロメオ・デ・ラス・カサス神父の要約文が残るのみだそうですよ。



#1705 
徹夜城(今日は神保町書店巡りしていた管理人) 2001/07/14 00:21
2008年五輪、北京に決まりましたね。

終わってみれば「本命勝利」で波乱はないわけなんですけど。
僕はこの結果如何ではこれから10年20年の東アジア史はだいぶ違っていたような気もします。ま、その意味では変に波乱が無くて良かった。
この件についてはたぶん次の「史点」で触れます。

>りんかさん
かなりお急ぎ、とのことですが…うーん、手がかりが少なくって。現時点では残念ながら何も申し上げられません(汗)。周辺事情をもう少しお教え下さい。

>ひでさん
偶然(でもないんでしょうが…)ですが、僕も木曜日に書店でその本をみかけて「なんだこりゃ?」と手に取ってみました。図版がやたら多く、著者は美術系の方のようですが…
新羅はローマ文化…なんか「正倉院はシルクロードの終着点」とか「法隆寺の柱はギリシャ建築のエンタシス」とかいう程度の話なのかなぁ…。
サラッと目を通しただけですが、かえってああいうのはツッコミいれにくいんです、ホント(^^;)。

>Q世代さん
藤岡先生の件は実はかなり同感してたりします(笑)。
ただ、最近は全体的に現代史重視傾向が強く(大学受験などでは確実)、授業でもだいたい終戦直後ぐらいまでは確実に到達するようになっています。
僕なども塾で戦争期の説明はしてます。少なくとも僕の生徒達は僕の話聞いて日本軍の適当さ加減に大笑いしますね(ま、僕もあんまり深刻な話はしてないんですが)。「日本の悪口」と思うほどその当時の「日本」と今の自分達が結びついていないということもできますが。それはそれで困る部分もあるんですけどね。
少なくとも特攻隊の話聞いて賛美する生徒はいなかったなぁ。戦闘機乗りに憧れたりする子はいましたけど、特攻隊はごめんこうむるとのことでした。

>兵庫精神のはなし
えーと、兵庫県人の知り合いが以前身近にいたんですが、その人は日本海側の人でして…
播州赤穂の話が出てましたが、浅野家ってもともと茨城の笠間あたりにいた人達なんですよ。笠間で大石家があったところなんかも見てきたことがあります。
兵庫県から首相が出てないとの話もありましたが、茨城もしかり。というか、日本の首相出身県はかなり偏りがあります。長州・薩摩もそうですが群馬県みたいなのもありますし。茨城で首相レースまで参加したのは故・梶山静六氏でしたが…

>ホリー・ハンターさん
その猿人ネタもたぶん「史点」で採り上げます。前回に続き大昔ネタです。



#1704 
りんか 2001/07/13 22:42
誰かわかりませんか?

19世紀以前(16世紀かもしれませんし、17世紀かもしれません)、ジェノヴァ近くにうまれ、大西洋におけるアジアへの商業用経路を探そうとした。
彼の始めての旅行記は実際はBartholome de las Casas の書いた物であった。 という人物が誰なのかをかなり急ぎで探しています。 そしてその旅行記の名前も教えていただければありがたいです。お願いします。



#1703 
ホリ-・ハンタ- 2001/07/13 16:36
猿人と原人の間には今日も冷たい雨が降る。

ごぶさたしてます。ココへ来るのは久しぶり、でも無いかな?
なかなかココに書き込むようなネタも無かっただけなんですが。

最近、エチオピアにて約550万年前の猿人の化石が発見されたそうです。
これはケニアで見つかった現時点で最古の約600万年前の猿人化石に継いで古いもので、
生物考古学上、重要でしょうね。ところで、人類の起源を探る研究というのは、
現在、閉塞状態にあるそうです。原人(二足歩行)の化石や
猿人(二足・四足兼用歩行)の化石は発掘済みですが、両者の橋渡しをしてくれるような
化石の発掘成果が決定的に欠けているのだとか。原人と猿人では、脳の容量が
まるで違うそうで、ある生物学者の説によれば、原人と猿人の生物学的な差は、
同じ祖先から枝分かれした猫と犬の差よりも、差異が甚だしく、
人類の起源に関しては、ダ-ウインの進化論が役に立たないのでは?とすら言ってます。

学者の中には、猿が人間の祖先であることにすら懐疑的である人もいるそうで。
そもそも、猿が人間の先祖であるなら、現在も猿が生息しているという事は、
人間になった猿 と 猿のままでいる猿 との間に、どんな環境、素質の差が
あったのか?を探求するのも今後の課題かも知れませんね。
折り良く映画「猿の惑星」もリメイクされますしね。(ひぇ〜。強引かな?)




#1702 
五番街 2001/07/13 11:44
あっ、これは・・・・

あっ、これはゆるせまへんで。

>兵庫精神
播磨が入ってしまうと、ちょっと違和感があるのですが(^^;

忠臣蔵の発祥地、赤穂を含む播州が兵庫精神の中核ですねん。播州を抜いたら、イチローのおらんオリックスみたいなもん、気の抜けたビールみたいなもんでっせ。反骨の哲学者三木清も龍野の産ですしね。




#1701 
貧乏神 2001/07/13 08:54
庄屋と名主(など)

なるほど。地方によって呼称が違ったわけですか。どうもありがとうございます。

>歴史の常識
答えられなかった24%の意見は、思わず爆笑しちゃいました。
そーいえば、以前ベイエリアのゴールデンゲートに行ったとき、古めかしい砲台が
残ってたんですが、あれって、どこからの攻撃を想定してたんでしょうねぇ。19世紀
後半くらいの作だったようですが。

>イチロー
セコいヒットばかり打ってるのを見ると、篠塚とか島田誠とかを罵倒してた身としては
ちょっとアレですね。まあ残してる数字が違うんですが。

>兵庫精神
播磨が入ってしまうと、ちょっと違和感があるのですが(^^;

>関が原と太平洋戦争の前後関係
京都では「さきのいくさ」というと、応仁の乱を指すとかいう話もありますが。
(蛤御門の変という説もあり)
しかし、明治以降の歴史は、年表がほとんど1年刻みになってしまって、なにが
どーなってるのやらわかんなくなってしまった記憶があります。満州事変と
日華事変の前後関係とか。

>植木等
真宗のお寺だったはずです。確か、お西じゃなかったかな。
とはいえ、東西本願寺とも、教団としては戦争協力で、しかもご多分に漏れず、かなり
露骨な協力のしかただったようです。
「正面切って戦争に反対したのは創価学会だけ」と学会の人がネットで書いてたのを
見たことがありますが、まあおそらくそうなんでしょう。

>日本の悪口
私が小学生のころ(ああ、遠い日)の担任がそれっぽい(日教組)人だったようなんですが、
「日本の悪口」とはあまり感じませんでしたねぇ。「戦争の悲惨」とか「しいたげられた
人々」とかの話ばっかりで、「たまには景気のええ話せえよ」とは思いましたけど。(^^;

ちなみに、その前の担任は授業中脱線ばかりしては「日本の建国」とか
「海軍記念日」とかの話をしてくれて、それはそれで面白かったですね。
別に「だから日本は神の国」とかいうお説教も垂れなかったし。
しかし海軍記念日がいつだったかは忘れてしまいました。(^^;




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