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#4100 
尾鳩 2003/06/17 12:19
じゃあ「まじめ」に話そうかな

醤油顔(こう書くといかにも濃い感じがする)とかいう言葉の流行した時期は、もう10年前にもなるのか・・・。何か最近年が経つのが早すぎる。時間そのものの経過が早くなっているのか、それとも地球の自転速度が(以下略。

>軍制
戦国期はもちろん、南北朝期にそのような高度に組織化された軍隊が存在したのかに関しては、疑問だなあ。呼び方も、単純に雑兵なんて呼ばれてるだけのような。
極端な話、馬に乗っている大将とそれ以外の雑兵というような単純な分け方されているだけのような気がしないでも。
日本の軍制や戦いの歴史に関して、以下のような内容の本を聞いたことがあります。
平安期〜鎌倉期は、騎兵騎射中心。
南北朝〜戦国期は、弓矢、鉄砲等弓兵中心。
幕末期〜明治初期は、火砲中心(火力重視主義)。
明治後期〜昭和期は、白兵中心(歩兵重視主義)。
つまり、武士同士が騎馬上で刀や槍でやりあったことなどほとんどなく、日本史を通してほぼ弓矢や鉄砲が主力であったということになります。元寇における蒙古騎兵と武士団との戦いも白兵個人戦重視主義の日本武士と集団戦重視の蒙古騎兵の戦いなのでなく、騎兵騎射の日本武士団と歩兵中心の蒙古軍との戦いであったというんですね。
白兵戦が起こるのは、飛び道具の打ち合いの中で優劣が決定した際の追撃戦にほぼ限られてしまうということです。それも日本の場合は、騎馬を降りて戦ったらしいですよね。
日本には古来から武士による白兵重視の伝統があったという主張は、実は明治後期あたりから「作成」された伝説にすぎないというわけですね。
それも高度に組織化された鉄砲や弓兵ではなく、むしろ個人がばらばらに打ち合うという・・・。高度に組織化された火砲兵や騎馬隊の前兆が見えてくるのは、やはりオスマン・トルコあたりが最初であり、グスタフ・アドルフ、フリードリヒ二世を経てナポレオンが完成させたというのが最も説得力があるような気がするんですが、如何。




#4099 
久保田七衛 2003/06/16 23:47
肖像画の向き

>ななさま
正面向き、横向きですか?面白そうな意見ですね、、、。
 ふと想像したのですが、エジプトでもミイラを入れた棺の肖像は正面向きですよね(ローマ期以降は別でしょうが)?また、キリストはどちらかというと正面よりの相貌が多いような気がします。ひょっとしたら宗教画など「自分に語りかけてくれること」を意図した肖像は正面向きになりやすいということはないでしょうか?それに対し東南アジアの影絵(ワヤンなど)やアンコールワットの壁画など、「物語」の登場人物は横向きが多いですよね、、、ひょっとしてこのような点からみると、かなり面白い分析ができそうな気もしますが。(日本の肖像画史で正面像が前面に出てくるのは、それだけ宗教的背景が強く作用しているからにも思えます。)




#4098 
なな 2003/06/16 22:14
まじめな話に戻りますが(^^;

南北朝時代の、戦時の組織編成について詳しい方がいたら教えて下さい。
戦国時代の軍制についてはネットでも解説しているサイトがいくつかあって、
総大将→副将→軍師→……足軽大将→足軽隊→雑役の非戦闘員
上記のように高度に組織化されていたそうですね。
南北朝時代もほぼ同じと見て流用しようかと思ったのですけど、特に足軽の起源については
「南北朝時代に"射手の足軽"が現れた」とあったり「応仁の乱の頃から現れた」とあったりで
発生時期が一致しないんですね。
足軽が現れる前は歩兵を何と呼んでいたか、悪党どもは稼ぎ場を求めてうろちょろしてるし、この当時では守護が任国に下向していないし、しかし大人数を召し抱えたらしっかり組織しないと戦場で機能しないだろうし…どーなっとるんじゃ。

>尾鳩さん
現代に生きる平安美人は紀宮様ではないかと思っています…。源氏物語絵巻の「引目かぎ鼻」のお顔そのまま(笑。愛子様、真子様もそうなる可能性大ですね。
つい最近…って、しょうゆ顔が流行ったのは十年も前ですよ〜?(^^;)



#4097 
足塚玉虫 2003/06/16 22:06
ソ−ス顔しょうゆ顔

もう死語なんじゃないでしょうかソ−ス顔しょうゆ顔って
言葉は。(爆
とゆうかそれらの言葉が流行っていた頃も、正確な意味は
つかめないでいました、ソ−ス顔は濃くて、しょうゆ顔は
アッサリした顔って事でしょうか?
歴史人物の顔を濃い薄いで分類するのもまた一興かも。

坂本竜馬〜ソ−ス顔?浅黒くて豪快な顔ってだけか。

土方歳三〜志士らに、剣の腕を恐れられた割には端正な顔は
やはり、しょうゆ系?

高杉晋作〜川柳で、乗っていた馬より長い顔と詠まれた人でしたね
写真で見ても納得、ただ、この人の顔は強そうなアゴ以外はアッサリ
してるので、ソ−ス系か、しょうゆ系か微妙かな?

勝海舟、桂小五郎〜土方氏にも似て非なるよな優男顔、しょうゆ系か?

西郷隆盛〜ソ−ス系でしょうね、ただ、今までお馴染みだった
あの豪快な肖像画は、本人でなく親類の誰かの絵だ〜とゆう説が
あるとかなんとか。

こうしてみると、ソ−ス顔とは凹凸のある顔、
しょうゆ顔は、滑らかで起伏が緩やかな顔ってことになるのでしょうか?





#4096 
尾鳩 2003/06/16 13:13
負け犬の遠吠え・・・かな

あれ、つい最近まで流行っていたハンサム顔って、しょうゆ顔でしたっけ、ソース顔でしたっけ。まっ、どっちでも、いいんですけどね、顔なんて(ワオーーーン。



#4095 
尾鳩 2003/06/16 13:05
40過ぎたら自分の顔に自信を持てとはいうけれど・・・

100年経っても顔で評価されたとしたら、たまんないですよねえ(笑。

>義経の顔
美形か醜男か、何だか当人からすれば「大きなお世話だ」ってな話題ですね(笑。
何かの本で、義経軍には、もう一人「義経」というこれも源氏の血統を引いている武将がいたとか。こっちの方が醜男の「義経」である可能性が高い、だから知られている方の義経は美形であるという「夢」はまだあると書いてあったような。いや、カッパブックスとかそういう類の本ですから。
それにしても、「夢」ってのは一体・・・?

しかし、100年どころか1000年経っても「顔」で判断されるなんて、何かやだよなあ。土方歳三や坂本竜馬なんて明らかに「顔」で得している部分があるような気もするし(ご当人達の実績を無視しているわけではありませんので、あしからず。ちなみに、私はご両人のことは、結構好きです。
美人の基準でいえば、小学生くらいの時、NHKの歴史関係の番組で
平安美人は「壇ふみ」顔。
室町美人は「○○」顔。
江戸美人は「由紀さおり」顔
って紹介してまして、今でも強烈に覚えています。室町美人のところだけが思い出せない。でも、すごい紹介の仕方ですよね。引き合いにだされた壇ふみさんと由紀さおりさんは、確かその場にいたような・・・。どんな顔をしていたのかまでは、覚えてません。ついこないだまでは、「ソース顔」なんていうのがはやりだったわけですし。人の価値観とは移ろいやすいもの。諸行無常の響きあり・・・ゴーーーン。
将来、やまんば顔が21世紀を代表する顔として紹介されることだけは避けて欲しいです、はい。



#4094 
なな 2003/06/16 00:31
美の基準

まあ、ネフェルティティの場合はなんといってもあの「片目の彩色石像」がありますから…。
目鼻立ちはともかく骨格からして違いまっせ〜となったら…。
整った顔の条件で思い出したんだけど、日本や東洋では正面を向いた顔を見ますが、西洋では昔から横顔が正式(と言うのか?)ですよね?
よって西洋のコインは横向きの人物を彫るのだと聞いたことがあります。
私がネフェルティティの石像を見て「すごい美人〜」と思ったのも、確か横から写した写真でした。顎から首筋にかけてのラインが素晴らしいと。
古代エジプトの人物画はどれも横向きだし、やはり横顔の方が重視されていたでしょうか。



#4093 
ホリ−・ハンタ− 2003/06/15 23:29


>古代エジプトの王妃の顔を復元したら〜
その復元顔を我々が、そんなに美人かな?と思っても、
本人が生きていた時代は、その手の顔が美人の部類に
該当してたかもしれませんねぇ、美形の形容って
時代によって変化しますし。
義経が出っ歯でチビであったとしても、当時の流行では
アイキョウのある顔だったのかもしれません、
昔、NHKだったかの歴史番組で、沖田総司は本当に
美形だったのか?とゆう趣旨のを見た事が。
肖像画や写真が一切無いようなので、当時の記述で
推測の域でしたが、そこでの結論は、我々の美的感覚で
いえば、沖田より土方の方が美形だったかもしれないが
沖田はアイキョウがあって隊士たちを笑わすユ−モアが
あったようで、また土方は遊郭に入り浸ったりと
キザでもあったようで、其の点に関しては沖田は淡白で
美形は美形でも沖田は陽、土方は陰って感じであった
のでは?ということでした、
ところで、芹沢一味の粛清、これは近藤・土方の主導
ってことになってますが、沖田も参戦したんでしょうか?
沖田の剣の凄さの形容に、よく、常人が突きを1回やる間
に沖田は3回突きを入れられた〜とゆうのを聞きますが
どうなんでしょうねぇ。




#4092 
アール・ケイ 2003/06/15 22:11
三種の神器はどこにある

ということで、「大河ドラマファンの部屋」編集長アール・ケイ、参上しました
(なんのことか分からないかた、ごめんなさい(笑))。
大河ドラマ『草燃える』の壇ノ浦のくだりを回想していて、ドラマ中、例の「三種の神器」が
どう扱われたか、思い出そうとしているうちにもっと根本的な問題を考えるに至りました。
ネット検索でもいろいろ出てはくるのですが、諸説あって何が本当なのか、
或いはどこまでが確かめられている話でどこからが虚構なのか、ぜんぜん分からないのです。

1.三種の神器とはそもそもなにを指すのか、そしていつその役割−皇位継承の証拠?が定まったのか。
2.壇ノ浦の戦い以前に、三種の神器は失われたことがあるのか(そもそも複数あったという説すらあり?)。
3.壇ノ浦の戦いで、結局三種の神器はどうなったのか、
 或いはどうなったとされているのか。
4.『太平記』で描かれた南北朝の混乱のなか、神器はどうなったのか。
5.神器は現在どこにあるのか(あることになっているのか)。
6.今上天皇さえ神器を見ることを許されていないというのは本当なのか。
7.「神器」の読み方は“ジンギ”“ジンキ”“シンキ”と3つもあるのは何故か。

ご存知の方、是非お教えいただければ幸いです。
或いは素人にも分かりやすい参考図書等ありますれはお教えくださいませ。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#4091 
久保田七衛 2003/06/15 13:05
複顔術ほか

>尾鳩様
 いやいや、おたおたしてしまいまして申し訳ございませんでした。コンピューターは私はダメです(汗)。ホームページを作らなければと思うと、気が重い、、、。

>ネフェルティティについて
 一般に複顔術でつくられる顔は骨から軟部組織の厚みを推定して「作った」顔ですので、実際には作るひとでかなり印象が変わったりしますです、はい(唇や瞼の厚さなんかは推定の世界です。「美人」に作るかどうかは製作者の腕・主観によるところもありますかね;化粧でもだいぶ変わるしなあ)。先日エチオピアで発見されたホモ・サピエンス・イダルトゥの顔の推定画(朝日に掲載されていましたが)は黒人を想定した軟部組織のつき方でしたが、根拠はなんだったんかいな?ちなみに、伊達政宗の複顔はすごいハンサムですね(片目じゃないけど)。
 
>源頼朝像について
 過去朝日新聞に掲載されていましたが、アメリカだかイギリスだかにある江戸時代の『源頼朝像』のモトネタがあの肖像で、そのため近代以降長いこと頼朝像として扱われてきた、何てことが書いてあった気が、、、。足利忠義説では『伝平重盛像』の方が足利尊氏とされていて、垂れ目が妙に納得できて私には如何にも本当臭く感じられます。

理化学年代測定について
 古墳時代の開始も実は早いのではないか、なんて発表も、東海の廻間T式(畿内の庄内式との関係で議論かまびすしいやつですが)についてでていますね。弥生時代中期以後については、大陸との年代対応について学史的に議論がかなりされているので、どうでしょうか、、、。ただ、そのような議論にあってもたとえば池上曽根遺跡の年輪年代測定の結果についての解釈では共通の見解は微妙なところがあるはずですね。弥生終末から古墳時代初頭の議論が、抜本的にされなおす必要がでてきそうな予感がしますが、どうでしょうかね。



#4090 
徹夜城(世界史のプリントを作成しながら書きこみしている管理人) 2003/06/15 11:18
歴史人物のお顔は…

歴史もの掲示板では定期的に話題になると言ってもいいのが、この肖像画問題ですね。
有名な「源頼朝像」は頼朝のイメージを決定的に植えつけたものだと言えますが、もともとあれが「頼朝像」だという証拠は無いんですよね。確かその寺に何枚かの肖像画が収められていて、頼朝や平重盛など同時代の人の肖像画があるらしい、とそういう話になっていたんじゃないかなぁ。で、どうもあの顔を見ていると「頼朝っぽい」と印象を受けるんであれが頼朝像ってことになってきたと。
 あの肖像画のモデル候補者は南北朝時代までくだって存在しておりまして、有力候補の一人に尊氏の弟の「足利直義」も入っております。そう言われると、けっこう印象はマッチしているように僕には思えますね。
 一方の尊氏ですが、彼の顔はほぼ確定できます。義詮・義満と続く三代の木像があって明白な「遺伝」を感じられますし、その木像といくつかの肖像画は確かに共通した特徴を持っています…そう、「垂れ目」なのですね。よく言えばおっとりした貴族然としたお顔でありますが、「武将」って感じじゃないなぁ。でも「太平記」などに描かれる尊氏ってそんな感じなんですよね、実際。
 そのあまりにも特徴的な風貌から有名になっちゃった「騎馬武者像」ですが、高師直説が有力になったものの決め手は欠くようで今なおモデル探しが続いています。候補者の中には僕が「ムロタイ」で書いていた細川頼之、その父細川頼春も候補者に入っているそうで、僕なんかは戦死している頼春なんかだとああいう絵にされそうな…って気もします。義詮が頭上にサインしているのもつじつまがあう気がしますし。

 義経が出っ歯の小男、ってのは割と知られてきたようですがドラマではやはり美少年となってしまいます(笑)。
 同じく美少年のイメージが定着している沖田総司ですが、こちらもそれほど美男子ではなかったとの証言もあるようですね。つい先日週刊誌で新撰組研究家の方のそういう発言を見かけたのですが、何に似ている、って言ってたか忘れちゃって…

>奥野さん
まったく「ソ連も遠くなりにけり」ですよねぇ。世界史の授業でも最後に89年以後の動乱を入れるようになりましたし、なんといっても教わる生徒達にとっては「ソ連」なんざ記憶にない状態です。僕らはまだどこかで「ロシア」と言うより「旧ソ連」と言いたくなっちゃう世代なんですが(「ロシア」が復活したときは20世紀初頭に戻された気分だったもので)。

>ななさん
「楼蘭の美女」ってやつですね。あれは「かつては美女だったんだろう」というわけですが、確かに醜い姿をさらされてしまっている…って感じはありますね。
大英博物館に行くとエジプトのミイラがわんさか置いてありまして…と言っても中身を見せているのはあんまりないですね。包帯ぐるぐる巻き状態や棺桶の公開という形で展示室がミイラだらけ(笑)になっております。漫画やゲーム、アニメ等でミイラと言うと包帯ぐるぐる巻きで出てくるのはそういうことなのか、とあっちで見ていて初めて納得したりして(笑)。



#4089 
なな 2003/06/15 00:10
復元

百年ぶりに"再発見"されたという、古代エジプトの王妃ネフェルティティのミイラ。
ミイラから復元したもとのお顔があの端正な胸像と似てもにつかないものだったら…!
女性の気持ちとしては、たとえ後世の人間であれ、干からびちゃった自分の姿なんて見られたくないだろうと思うし、その上「じつはそれほど美人じゃなかったのね。ちゃんちゃん」などと世界中にさらし者にされた日にゃ〜、その怒りはファラオの呪いどころじゃないと思うわ。(^^;)

↑というのも、その昔「楼蘭の美女」の宣伝文句につられて博物館へ出かけたら、展示されていたのは「やっぱりミイラはミイラ」で、まわりの人々も同じことを感じたらしく、薄暗い会場に「あら〜?」な空気が漂っていたんですね(笑。
今思えば、まん中に寝かされたミイラの彼女はお気の毒でした。



#4088 
ブッチャ−3世 2003/06/14 21:37
肖像

写真が無い時代、会った事のない人間を絵だけで特定
するのは確かに困難そうですね、オタズネ者のお触れ描き
など似てなかったら結構オミヤ入りになったりもしたので
しょうか?
特に戦国時代とか、合戦の対峙する大将どうしなどは
サシで会うことなどマレであろうから、戦う相手の大将の
顔を知っているというのは重要そうですね、
織田信長も桶狭間まで義元の顔を見た事が無かったようで、
信長が合戦直前に義元の顔を知っていた人物を確保したのが
結構、重要だったというのを聞いたことがあります。
川中島一騎討ち伝説が脚色とすれば、
信玄と謙信は一度も顔を見た事が無かった宿敵どうしって
ことになるのでしょうかねぇ、合戦で大将どうしが
顔が見えるほど接近するのは勝負が付くような状況だし。



#4087 
ひで 2003/06/14 20:04
伝源頼朝像

通常源頼朝の画像として紹介されているあの色白の貴公子然とした画は、
実は頼朝では無いという話しもあります。足利直義の像だとのことですが、
真相はいかに・・・。

ほかにも武田信玄として伝わっているがっしりした体格の男性像が能登の畠山氏
のものだとか、足利尊氏として伝わっているものが実は高師直だといわれたり・・・。
昔の人の肖像の特定ってのもよくわからないものですね。



#4086 
奥野 2003/06/14 02:08
「ロシアの日」

再来年の大河ドラマ、義経ですか。確かに使い古しといえば使い古しなテーマですけどね。戦国時代よりは新鮮味があるかもしれませんが、どうやって料理するのでしょうか。頼朝をどう描くかでストーリーが随分と違ってくるだろうし、脚本的にはいろいろいじれそうな気もします。
関係ないけど、札幌には「義経ジンギスカン」というジンギスカン料理店があります。なかなかいいお店ですよ。

ロシアでは、6月12日が「ロシアの日」という祝日で、この週末は連休となっております。何を記念した日かというと、1990年のロシア連邦主権宣言(ロシアの国内法がソ連の方よりも優越する、という宣言)採択が6月12日だったそうで。以前は「独立記念日」ともいってたようですが、さすがに変なので止めたんでしょう。ソ連崩壊直後、「革命」の熱気がまだ残っていた時期には、新しい国家統合のシンボル的な祝日として今よりずっと派手に祝われていたものの、現在ではちょっと複雑な扱いを受けている記念日です。ソ連時代に対する歴史的評価自体、まだ固まっていないという感じで。
しかし、考えてみればペレストロイカのゴタゴタからソ連末期の頃など、今となってはもう一昔前の話になってしまいましたね。僕がまだ高校の頃の話で、自分も年をとるわけだ…などと個人的にも感慨深いです。

それから、ちょっと時期遅れの歴史テストの珍回答ネタ。人から聞いた話ですが、「ビスマルクス」というのがあったそうです。正解がマルクスだったのかビスマルクだったのかは忘れてしまいました。まあ、いかにもありそうな間違いですね。しかしあの2人が合体したらどういうことになるのか、考えただけでも恐ろしい話ではあります。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/6218/


#4085 
足塚玉虫 2003/06/14 01:28
義経の容姿

義経サンはモテモテで、兄の頼朝サンも女タラシで
政子サマの嫉妬がスゴかったくらい〜と浮き名流しの
兄弟〜ってのが定説みたいになってますが、
まぁ頼朝サンの方は色白で端正な顔立ちの肖像画、
まぁアレがモデルに忠実な絵なら、モテたろうなって
トコですが、弟・義経サンの肖像画ってのは
見た事ないですけど、義経氏はチビで猫背で出っ歯
だったって異説も最近、聞き及び、そこいらは
やはり絵や写真の残ってない伝説の美男子・沖田総司
みたいなもんかなぁ〜と。兄貴分の土方サンは
今でもイケメンで通用しそうな写真が残ってるだけに。



#4084 
景虎 2003/06/13 15:18
少年隊はいつまで少年なんでしょう・・・

再来年の大河は義経ですか。確かに、いまさら・・・という気はしますが、ここ数年は義経のドラマってなかったような気がするので、少年少女にとっては新鮮かもしれないですね。

義経は武術文化的に面白い人で、義経から伝わったという伝説をもつ流派が結構あるようです。
勿論、証拠がないので史実として認められる話ではありませんが、中々面白い話です。
義経の師匠の鬼一法眼は京八流の開祖とされていますが、吉岡流が京八流系とされているのは、武蔵の影響で有名ですね。京八流系の現存流儀としては念流が有名ですが、南北朝時代の人といわれている念流の開祖は、鞍馬寺で武術を学んだという話があり、義経を彷彿とさせる話ではあります。

話は変りますが、イスラエルは相変わらずのようですねえ。いつになったら平和になることか・・・。



#4083 
徹夜城(民族主義と過剰愛国は恐らく一番嫌いなものの管理人) 2003/06/12 23:46
再来年の大河は…

大河BBSの方に昨日の段階で書いてましたけど…
再来年のNHK大河ドラマは「義経」と発表されました。
なんでも宮尾登美子さんの「平家物語」(週刊朝日に現在連載中)を原作に、平清盛→源義経という流れでドラマ化するらしい。とするとそのタイトルは変なのでは?という気もしちゃいますが。まぁこれを「原作」としたのは一種のアリバイでありましょう。
 このところNHKはドラマ制作と「原作」の同時進行みたいな企画を続けていたように思うのですが、今度はちょっと「新手」?な感じですね。

 まぁしかし「義経」…
 正直なところ手垢がつきまくったネタと思ってしまいますな。新しい義経像でも提起するんならいいんですけど(それすらももう手塚「火の鳥・乱世編」司馬「義経」で古くやってるんですが)。どうしても源平合戦で「義経」となると「古いネタ」というイメージがついちゃうなぁ…そこをどう打破するのか。

 個人的に過去に見た「義経」もので良かったのはバブル期大型TV時代劇量産期の一本、TBSで東山紀之主演のものですかね。正月時代劇ということで良い意味で「おめでたい」娯楽作品になってました(笑)。合戦シーンも戦国とは違う華麗さが源平の魅力でした。屋島合戦の那須与一(光GENJIの誰かだったような)は大失敗でしたが(笑)。
 ラストは「その後のことはよくわかりません」とタモリ(!)のナレーションが入り、事実上義経が逃げたことにしちゃってましたね。まぁNHK「武蔵坊弁慶」もそれっぽいラストでしたが…
 そーいえば先日の「蒼き狼」製作の発表はこれとの符号か!?(←何を言い出すんだ)

>尾鳩さん
「お天気お姉さん」といえば、以前ロシアでやはりお姉さんキャスターが脱いでいく意味不明のお色気ニュース番組があったという話題がありましたね。

 それにしてもご紹介のラジオの話題…胸くそが悪くなる話ですな。ちょいと笑って済ませられない。もちろん日本でもその手の話は特にネット上にあふれてるけど、公共電波にはさすがに流しませんからね。オチとしては救われはするんだけど…いやな感じですね。
 以前週刊文春でしたか、「中国のネット掲示板にあふれる反日・天皇誹謗書きこみ!」みたいな記事がありましたが、そんなの日本のネット探したら日本人ですらネタとしてやってるのになあ、と思ったこともあったっけ(笑)。さすがに最近はネットに関する無知も減ってきたか、その手の記事はみかけなくなりましたけどね。



#4082 
尾鳩 2003/06/12 19:50
お天気お姉さん>湖南省版

>中国ネタ

香港の新聞で見つけた面白いネタの紹介。

1.お姉様の天気予報
その名の通り、何故か色っぽい格好をしたお姉さんがソファーに寝ころびながら天気予報をするという・・・。写真で見る限り、結構な美人です。言葉と言葉の合間に、ため息が入ったりしているそうです。
放送場所は、湖南省。いやあ、見てみたいと思ったのは、僕だけじゃないはず・・・ですよね。
さすがの内容に、当局から注意が入ったみたいです。
それにしても、最近の中国の変わり様は・・・いったい何なんだ!?

2.ラジオD.J.の悲(喜)劇
これも、湖南省で、地方ラジオ局D.J.のお話。
今年の2月、D.J.に対する質問コーナーで日本人(と称する人)から電話が掛かってきました。内容は、恐ろしいまでの中国人に対する罵詈雑言。
以下は、自称日本人とD.J.の間における会話の中でも面白い部分の抜粋。
自称日本人「僕は・・・小さい頃から、シナは劣等民族だと教わった。・・・僕らの国では、ラジオで自由な議論がされることが許されている。」
D.J.「日本で地面に二文字だけを書いた中国人が逮捕されているじゃないか、どこが民主的なの」
自称日本人「中学校教育さえ受けていない中国人は豚。全体の7%しか専門学校以上の学歴を持っていない」
D.J.「北海道の農民に向かって同じことが言えるか、この日本鬼子、小日本!!」
自称日本人「人口だけが多くなって、お前達中国人は地球のお荷物だよ」

と、まあ、こんな会話が続いたらしいです。
局からは、途中で切れという指示が出ていたらしいんですが、自らの判断で会話を続行したという。その理由は、
「日本人は、みんなこんな奴らだということを中国の同士に知って欲しかった」とか。
自称日本人の方は、「小原正太郎」を名乗っていたんですが、湖南省の農民の少年であることが判明し、なんと警察に逮捕されてしまいました。
こういう輩って、多いらしいんですよ。日本人を名乗って、日本人の印象を悪くしようという、正直言って「最低の輩」ですね。
湖南省の地方事件とはいえ、無視するわけにもいかず、外務省でも何らかの対応を示したとか。こんなのに付き合わざるを得ないお役人の方々には、正直同情するばかりです、本当に。

このD.J.も非道いですよね。
日本人と付き合ったことないんでしょうね、観念的にしか日本人をとらえていないというか・・・。また、特にネット上ですけども、反対に中国人を罵倒する文章があふれかえっているのも事実。同じ穴の狢ですね。
「国家」や「政治」などの類からたまには頭を解放して、人付き合いをしてみればとでも言いたくなりますよ。まあ、「国家」を嫌悪するあまり、アレになっちゃった人というのも周りを見るとたくさんいますけどね。



#4081 
徹夜城(映画コーナーに新掲示板を設置したりしていた管理人) 2003/06/10 22:57
「てこ歴」も復活させたいんですけどね。

>貧乏神さん
そうでしたか、出雲井さんのお宅を発見されたのですね。この方、その後は「新作」は出されてないのかな?別に期待もしてませんが(笑)その後の情勢を知りたい気はします。「教科書の教えない神武天皇」は読んだんですけどね。

「てこ歴」コーナーといえば、「ノストラダムスに惑わされるな」と安田喜憲氏は相変わらず意気ケンコウに活動されてますね。最近はすっかり「長江文明」をひた走っているようですが…
 最近は商売道具の歴史テキストなどでも「長江文明」の明記は増えてきました。僕はそれじたいを特に否定はしませんが、従来のいわゆる「黄河文明」と全く異質の文明だと位置付けたがっている安田さんにはあんまり感心しません。昨年でしたか、「世界最古の都市遺跡!」とブチあげていたのは。なにがなんでも世界最古にしたいみたいで。
 そしてこのお方のもう一つの強烈な願望がこの「失われた長江文明」が「日本文明」のルーツである、という主張なんですね。最新刊の青春出版社の新書でもますますこの論調を強めています。長江流域の文化の影響が日本にあったとか人が移動したとか、これについても僕は特に否定はしませんし、可能性は十分あるとは思いますが、安田氏はどうも「縄文文明」をやはり持ち上げ、これと「長江文明」を結び付けようと躍起なんですね。せめて「弥生」なら話が通じる気がするんですが…
 それと安田氏のもう一つの特徴が独特のエコロジー論(?)との結び付けですね。「森や自然と調和する文明」だったかなぁ…しかし縄文文明ならまだしも稲作文明っちゅうのは自然破壊活動という見方も出来るような気がしますが。最新刊では「私は同じ文明としてアンデス文明も加えたい」などと言い出しておりまして…
 んで、自分の主張に対して反応しない従来の日本の考古学界については「自虐的な歴史観」というさる方面でおなじみの主張を(汗)。この人、別の本でも縄文時代が一万年も続くことについて「我々の祖先が一万年もまったく進歩しなかったはずがない」とか妙なことを口走っておられましたし。つまるところ自国文化に対するコンプレックスがあるんじゃなかろうか、と立ち読みしながら思ってました(^^;)

>ななさん
さいですか、僕の警報から妙なトラブルに…(^^;)
韓国ドラマですが、現代劇のはまったく見たことないんですよね(映画は別)。映画といえば「二重スパイ」ってまたずいぶんストレートなタイトルの映画が公開中ですね。篠田正浩監督の「スパイ・ゾルゲ」と「スパイ合戦」となっております(笑)。
韓国版「マトリックス」の「火山高」のビデオはそのうち見ようと思っております。

>かずささん
リンク、修正しておきました。
訂正考…って…としばらく考えてしまいましたが、「鄭成功」ですね(^^;)。
邦題「国姓爺合戦」はかなりひどいもんでした。イギリス行く飛行機の中で事前に見ていたので劇場までは足を運ばず…と言いつつしっかりロンドンのチャイナタウンでVCDを買っていたりします(笑)。日本での公開はタイトルもさることながら、何やら本格的歴史映画のノリで宣伝していたのが痛すぎました。

>かりんさん
レス遅れてスイマセン。
新たなアドレスですが、以前のインディアンのとは別に新規に西部劇・アメリカ史サイトを立ち上げられたということでよろしいでしょうか?リンクは別枠で用意した方がいいのでしょうか?

>映像の21世紀
100年後には3DTVで放映(笑)。
やっぱり世紀の冒頭の映像は「WTCに突っ込む飛行機」になっちゃうんだろうなぁ…



#4080 
民本主義者 2003/06/10 15:15
21世紀版「映像の世紀」の冒頭

「1989年、ベルリンの壁の崩壊。
 1991年、ソビエト連邦の解体。
長かった冷戦は終わり、世界中の人々は過大な軍備負担から逃れて「平和の配当」を手にできる将来を夢見た。
そんな楽観的な見通しに水を差したのは、イラクによるクウェート侵略である。しかし、国連決議に基づいて組織された多国籍軍は短期間のうちにクウェートを解放、人々は国際的協調体制が健全に機能していることを確信していた。
そして、21世紀の始めの年、2001年9月11日のニューヨークとワシントンで、『それ』は起こった・・・。」(以下 テーマ曲)
「第一回 それはマンハッタンから始まった」



#4079 
尾鳩 2003/06/10 12:00
仕事中の一休み

>珍回答
高校の試験じゃなく、大学の試験の話でも。
哲学か何かの専攻の先輩で一回も授業に出なかったある意味現代日本の大学生を象徴する人がいたんです。で、試験当日。何も判らない、さて困った。
と、その先輩、試験用紙が縦書きであることに気づいたのです。先輩は、横書きと比べて縦書きが如何なる問題があるのかを延々と書き連ねたという・・・。
結果は、「可」をもらったそうです。あげるなよ・・・。

>「映像の世紀」
私、結構というか相当なドキュメンタリー・ファンでして、その中でも「映像の世紀」は秀逸の出来映えかと。最近勤め先の倉庫をあさっていたら、出てきたんですよ、「映像の世紀、第2集、大量殺戮の完成」だったかな。とにかく、第1次世界大戦の時のやつ。個人的には第6集のアジア各国の独立を描いた「独立の旗の下に」が好きなんですが。
ドキュメンタリーに最も大切な要素、判ります?
私は「音楽」もその一端を担っていると思うんですよ。この「映像の世紀」のテーマ曲といえば「パリは燃えているか」(加古隆)。
ドキュメンタリーの質はもちろんですが、この曲がいい盛りたて方をしていますねえ。
肝心の内容ですが、最後に第1次世界大戦の激戦地の一つヴェルダン要塞跡地に残る大量の十字架群を背景にチャーチルの有名な言葉がかぶさるんです。
「アレクサンダーやナポレオンのように英雄が戦場において先頭を駆け抜ける時代はもはや終わった。今や戦争の指揮者は、戦場から遙かに離れた執務室の中で電話一本で大量の人間を殺戮する・・・」なんていう内容の言葉。
ヨーロッパの人からすると第二次よりも第一次の方が、「大戦」のイメージが強いということをどこかで聞いたように思います。ヨーロッパの没落をまさに決定づけた戦争でしたから。

21世紀版「映像の世紀」。初頭の映像を飾るのは、ブッシュさんとオサマでしょうね。WTCの崩壊とイラク攻撃。何だかなあ・・・。「輝かしいはずの21世紀の初頭は、テロに対する恐怖とお父さんの復讐をはらすことから始まった」なんて。
「第1集:馬鹿で間抜けな米大(以下略」お楽しみに。



#4078 
貧乏神 2003/06/08 23:44
トンデモは生きている

先日、わけあって都内の散策をしていたのですが、てこ歴で紹介されている出雲井晶氏の
「日本の神話伝承館」を偶然に発見してしまいました。自宅の一部を伝承館にあてている
ためか、開館は土曜日のみで午前10時からとのこと。今もほんとにやってるのかは
わかりませんが。
もし都内でオフ会をやったりすることがあるようなら、訪問先とするのもおもしろい
かも知れないですね。

>珍答
珍答を考えるのは、覚えてないことを書かねばならないときの常套手段でしたね。
ウケ狙いのネタを書く場合と、「いかにも」な名前をでっちあげる場合とがありましたが。
後者の例だと、友人の話ですが、「五経集注大成」という書物をでっちあげた奴が
いました。正答は「四庫全書」だったっけなぁ。
私の経験としては、世界史が5限にあったりすると、睡魔との戦いが大変で、結果、
自分でも解読できないノートをつくってしまったことがあって、それを元に試験勉強
した結果、ムリリョ(スペインの画家)と書くべきところに、自信満々で「ムリリコ」
と書いたことがありましたね。




#4077 
かずさ 2003/06/08 21:06
お久しぶりです

お久しぶりです。
最近仕事が激務のため、最近はのんびりとネットもできない日々が続いています。
訂正港の映画も期待はずれ(予想どおり?)でしたし。もう二度と映像化しないのかな。
私事で申し訳ありませんが、私のHPが新サーバーに移転しました。
お暇な時にでもアドレスを変更して頂きますよう、宜しくお願いいたします。

http://art-wind.net/


#4076 
なな 2003/06/07 21:23
ごぶさた

一ヶ月前に徹夜城さんからウイルス感染のご注意がありましたよね。
それまでウイルススキャンは時折やっていたけど、ブロードバンドなのにセキュリティに無頓着だったなぁ〜〜とにわかに反省&不安になり、ネットで見つけた30日間無料体験版のセキュリティソフトを落として入れたのね。
自分以外の人間のネット使用を防止するため、毎回パスワードを入れてログインしないとブロードバンドなのにネットに接続できないというシロモノなんだけど、なんと翌日になってそのパスワードを失念してしまった!
本人がログインしない限りはネット接続も、パスワードの変更も、ソフトのアンイストールもできず、しかも体験版なのに救済手段がないという、「自分自身がブロックされてどーする」という笑うに笑えない状況に。(^^;)
残る手段はウインドウズの再インストールかと覚悟しましたが、ネット以外は普通に使えるのでひとまず有効期限が切れるまで一ヶ月待ってみました。
昨晩やっと期限切れで無効になるかと思いきやなぜかパソコンの保護をやめてくれない、職務に忠実なセキュリティちゃん(泣。
結局ハードディスクのデータを犠牲にしてウインドウズをセットアップし直しました。(TT)
こんな「あほ〜」はもしかして私だけか(笑?

>徹夜城さん
>韓国ドラマの話
というわけで亀レスごめんなさい。書き込み時は時間がなくて簡単にお知らせしただけだったんですけど、"さっき見たら"(!)きちんとレスいただいてて・・・。
洋画を見てると、特に女性キャラが男性相手に長々とまくし立てたり、くってかかったりするシーンにびっくりすることがあります。日本人だったらここまで言わないだろうな〜と。
前は「東洋人だったら」とひとくくりに思っていたんですが、中国人や韓国人の行動パターンの方がむしろ欧米人に近くて、映画やドラマの作りもあちらで受け入れられやすいでしょうか?
そのへんのところも実際に見て確かめてみたいです。あとは衣装とセットですね。
宮中晩餐会での韓国大統領夫人のチマチョゴリが上品な色合いですてきでした。



#4075 
モーグリ 2003/06/07 20:45
珍回答

前に試験の試験官(見回り)のアルバイトをやっていたときに、歴史のテストの回答で
「ローマ帝国の滅亡の原因」について、「金がなかったから」という
珍回答を見た事があります。

多分分からなくてウケ狙いで書いたのでしょうが、昨今の銀行への公的資金の注入
を見ていると笑えないような気もします。



#4074 
足塚玉虫 2003/06/05 21:28
歴史の試験

歴史テストの珍回答は、たぶん分からないから
苦しまぎれ で書いてるのでしょうね、たぶん違うだろうな
と本人が思いながら書いてる場合が多いんじゃないですか。
ハイ、私も学生の頃は珍回答を ササン朝ペルシアと
書くところをササミ朝〜と書いたりとか(寒
座とは何か簡潔に書きなさい〜ってのを
アンマさんの組合〜と書きました。(自爆




#4073 
徹夜城(採点のバイトに追われていた管理人) 2003/06/04 23:18
珍答は採点の楽しみ(笑)

映画伝言板がやたらに繁盛しているのに比べて、こちらは珍しく数日ストップしておりますね。ここは一つ管理人自ら。

この三日間ほど、某全国テストの採点の仕事をしておりました。退屈きわまる採点作業で唯一の楽しみが「傑作珍答」にめぐりあうことです(笑)。まぁ今回は問題がストレートなものが多かったせいか、さほど豊作ではなかったですけど…

ある人物が仮想の自己紹介をしている文章を並べてそれぞれ誰か答えさせる問題がありまして、
「江戸時代に松前藩に対して蜂起したアイヌの酋長の名前は?」という質問に「アインシュタイン」と書いた者が数名。
「平安時代に坂上田村麻呂と戦った蝦夷の指導者は?」の問いに「朝青龍」と書いた者が一名。

といったところでした(^^;)。



#4072 
徹夜城(映画と歴史の掲示板の領域に悩む管理人) 2003/05/31 00:24
「蒼き狼」映画化

だ、そうです。朝日新聞のサイトの芸能文化欄で見かけました。参加している中国史メーリングリストにも情報が流れていました。
あくまで井上靖の小説「蒼き狼」の映画化だそうです。日本・モンゴル合作で一応モンゴル側の監督とキャストなのか…なんか日本側の監督と俳優の出演もあったりするのかもしれませんね。企画的には「敦煌」のノリが感じられます。
脚本は高田宏治氏…「極妻」とか「仁義なき戦い」シリーズの一部とか東映作品を中心にあれこれ書いている方ですな。うーん、どうもこの手の企画は「日本的」にウェットに流れる恐れを感じてちょっと怖い。

ご存知の方もおられるでしょうが、「蒼き狼」は以前TV朝日系列でTVドラマ化されたことがあります。全部で4時間ちょっとでしょうか、時間が長いおかげでかなり細かいところまで映像化できていました。詳しくは「歴史映像名画座」参照。
このTV版「蒼き狼」は話はいいとしてロケ先が内蒙古自治区の、それも妙に砂漠砂漠したところばかりを背景にしているところが多くて、実際のモンゴル映画を見てその草原の美しさに圧倒された者としてはかなり違和感がありますね。どうも日本人は大陸に「砂漠」を求めてしまう傾向があるんじゃなかろうか。「人形劇・三国志」もオープニングからして砂の中からタイトルが出てましたしねぇ。

>尾鳩さん
古代の文物、確かにイラクのあれはまさに「歴史的事件」でしたな。どれほどが流出していくことやら。いろいろと意見があるのですが、学者や博物館関係者の中には「買い取ってでも取り返すべき」との意見もあるようです。博物館・美術館からの盗難はヨーロッパでも結構頻繁に聞こえてくるニュースですが、それもだいたい買い取らせることを目的にしているフシもありますね。ルパンみたいに趣味でコレクションするやつはそうそういないかと…と思っていたらいたんだよな。「史点」ネタにしてました。
 イギリスに行ったとき大英博物館を二日ほど訪れましたけど、あそこなんか「世界中からの略奪品展示場」って側面もありますよね。行って見て実感しました。

 世界史的遺跡にはあんまり行ったことが無いのですが、自分も良く知る歴史的有名人ゆかりの地を自分の足で歩くと言い知れぬ感慨を覚えるときがありますね。ああ、この同じ地面をあの人も歩いたんだな、というような。五島や平戸に行ったときには僕は自分の専門関連でつくづくそう思いましたよ。

>ホリー・ハンターさん
日本のヤーさん、ってのの大半は表面的なコワモテであるのですね。それが商売になっているわけですけど。ただヤクザ関連の本などを読んでいるとホントに怖いヤクザっていうのは「顔面凶器」ではないんだそうな。
僕のいた大学(今も一応いるんだけどさ)は以前は極左系の連中が幅を利かせていたようですねぇ。「軍報」なんてビラ定期的に貼ってたし(どっかで火炎瓶が投げ込まれたってな事件を「大戦果」とか書いていた)、今もゲバ文字の立て看板立ててますからね。やってるのはン十年もののOBとしか思えないけど。右系のは見かけませんでしたが、ある時期の大学祭ではオウムから幸福の科学からなにからいろんなサークルが登場していた覚えがあります。



#4071 
かりん 2003/05/31 00:07
挨拶

お久しぶりです。
リ・ニューアルして戻って参りました。
まずはご挨拶まで

http://karins14.hp.infoseek.co.jp/


#4070 
ホリ−・ハンタ− 2003/05/30 18:59
秘密結社

漠然とした思いですが、秘密結社は当然、秘密の組織だから
当然、税金は払わんでしょうねぇ、その時点で犯罪組織か?(苦笑
そこで、宗教団体か思想団体って通せば課税対象にならんのかな?
中国の税制は、よく分かりませんが。

>ヤクザは未だ可愛いほう
筋のかたに目の前でスゴまれた経験がある手前、
可愛いなんて口が裂けても言えません(苦笑
管理人サマが書いてるのは、無論、シシリアンやチャイニ−ズの組織と
日本極道とを比べてでの事でしょうが。
グロ−バルしてようが、してなかろうが犯罪組織や右翼団体は、
おっかない、左翼も然り。新興宗教もウサンくさい。
私が行ってた大学は、成田闘争系列の組織と公安のスパイが
学生やってる派と原理研(KCIAの援助を受けてたと
ウワサされてた右翼系思想団体)が三つ巴の暗闘をやってた
らしく、私も原理研の同好会と成田闘争の同好会に
しつこく勧誘され、弱ったもんです。




#4069 
尾鳩 2003/05/30 11:48
秘密結社の秘密は永久に秘密なんです(笑

>秘密結社
管理人様のおっしゃるとおり、右か左かという区別は、そもそも秘密結社に適応させることは難しいですし、意味がないと思います。そもそも様々な秘密結社と共産党の結びつきは、秘密結社が共産党の思想に共鳴した結果ではなく、共産党側による勢力の拡大を浸透を目的とした戦術という側面が強いですから。広大な中国大陸においては、各王朝が隅々まで権威・権力を浸透させることなどまず不可能なわけで、その隙間にいろんな団体が活動していたわけですからね。
初期中国共産党の歴史など、確かに水滸伝を彷彿するものがありますねえ。賀龍の蜂起や彭徳懐が官憲のすきをつき太湖(だったかな)のほとりに逃げ込むところなど水滸伝を地でいきすぎてますもんね。

>古代の文物
イラク博物館から盗難などで失われた史料って、どの程度かえってくるんでしょうね。
博物館めぐりが好きな自分としては、できるだけ多くの文物がかえってくることを祈るのみ。やはり、古代の文物が、歴史の教科書で見た史料が目の前にある時の感動と言ったら一言じゃ言い表せないですからね。
しかし、博物館もさりながら、遺跡というのもこれまた不思議な感覚を引き起こす場所ですね。実際に「その場所で」人が何らかの営みを歩んでいたという場所なだけに、博物館で感じる以上の臨場感がある、とでも言えばいいのか。ポンペイの遺跡に行ったとき、夕暮れ時に急にあたりがしーーーんとなった時、あの時の怖さと言えばいいのか、孤独感と言えばいいのか、未だに忘れることができませんよ。



#4068 
徹夜城(また容量増強かな、と考える管理人) 2003/05/29 23:39
現在24M

>アール・ケイさん
了解しました。確かにここの伝言板の過去ログが新規顧客(?)の呼び水になっているのは確かなんで。その代わり数年前のものについてレスがついたりこちらにメールが来たりとなるとややこしいところもあるんです(^^;)。
とりあえず過去ログも四年分現状のままとしておきましょう。
HPはただのところ借りようかなぁとも思いつつズルズルとBIGLOBEで容量を増やしてきたのですが、どうしようかなぁ。

>秘密結社関連
 中国の秘密結社は右か左か、というのは実のところあんまり意味が無い観点でしょうね。秘密結社というその性格上、反体制的なのは確かなんでしょうけど。清を打倒するため、あるいは混乱する社会を収拾するため、秘密結社がいろんな場面で活躍する素地があったというところでしょう。
 まず注意点として「秘密結社=犯罪組織」ととらえては本質は分からない、ということなんですね。広い意味での「相互互助組織」みたいなもんでして、日本で言えば戦後の混乱期以後に成長した新興宗教団体などがこれに近いかと思います。「秘密結社」って言いながら実はほとんど秘密なんかではなかったりしますし。
 中国共産党だって、その歴史を見れば限りなく「秘密結社」的なんですね。そして党員の大物の中には(例:朱徳)実際に天地会など大秘密結社の一員だったために窮地を脱したり何かと協力を得られたりと利点を得ていた人もおります。中国共産党史なんてそのまんま「水滸伝」やら「三国志」みたいなもんでして。

 一方の日本のヤクザですが、これは「秘密結社」というのとはかなり違うでしょうね。古今東西どこにでもこういう存在はありますけど「秘密結社」とは言いがたいかと。ヤクザ社会も日本流のムラ社会みたいで各地域地域で組織があってそれが全国的に「系列」化していったといいますか…やはりこの方面でも「お国柄」ってやつが出るみたいですね。



#4067 
ブッチャ−3世 2003/05/28 22:31
ヤ−さん は右か左か

>中国革命を支援した秘密結社
なるほど、中国のヤ−さん は、かつて左だったんですか。
日本のヤ−さん はだいたい右ってイメ−ジですね(苦笑
でもたしか戦後できた広域暴力団・某組は港湾組合が
変質、過激化して形成されたとか聞いた気が、右か左かよりは
利のおもむくままですかねぇ。
映画シシリアンを見てたら、戦後、米軍が進駐してきて
反共の露払いとしてシシリアン・マフィアが右派勢力と
癒着した〜ような描写がありました、
本土から追われた国民党勢力が台湾を奪取した際も
台湾の秘密結社は、国民党軍に加担し
反政府左派勢力への弾圧をやった〜とかゆう話しも聞きます。




#4066 
アール・ケイ 2003/05/28 15:02
過去ログの全国的効用

えー、ちょっとマニアックな歴史のネタなどをネット検索していると
こちらの掲示板の過去ログが引っかかってくるんですよね、時たま。
それが自分(アール・ケイ)の書き込みだったりして思わず笑っちゃうことも(笑)。

だからというワケではないのですが、出来ることでしたら過去ログは
ガクジュツテキハッテン(笑)のためにも残しておいていただければ幸いなのですが。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#4065 
尾鳩 2003/05/28 11:32
さらに秘密結社の話題でも

>徹夜城様
山田先生の名前を間違えてしまうとは・・・不覚です。
いえ、最近誰も書き込んでなかったようだったので、あわてて書いてしまったミスなのです。山田先生、すいませんでした。
で、山田賢先生の著書なんですが、秘密結社関連で一つご紹介。
その名もずばり「中国の秘密結社」講談社1998.
秘密結社関連ならば、まずはこの本をお薦めします。

>阿祥様
陳舜臣さんによる中国の秘密結社の話は、阿祥さんのおっしゃるとおり、限定的な定義の仕方だと思います。

>この本では孫文の革命の母体となったのは、清初にその起源を持つ“天地会”と呼ばれる秘密結社だったと書いてあります。

「天地会」だけでなく、三合会や哥老会などと呼ばれる秘密結社なども様々なかたちで支援していたように思います。あと、漁師の組合から始まったと言われる青幇や紅幇というのもありますね。組合という点においては、フリーメイソンなんかを思い起こします。

また、「中国革命を駆け抜けたアウトローたち」(福本 勝清 中公新書)という本では、初期中国共産党のリーダー達が民衆の力を結合していく方法の一つとして、地域ごとに勢力基盤を持っていた当時の秘密結社や自警団の頭領達と義兄弟を結んでいった経緯が紹介されています。共産党が政権を奪取した後、結局それぞれの秘密結社は、解体されるか弾圧の対象になっていくのですが。ただ、資本主義中国の側面が強くなるほど、再び秘密結社的なものは、復活してくるんですよね。前述の三合会や哥老会などの名前は時々香港の新聞紙上に名前が登場してます。

ちなみにフリーメイソンは、今や年会費払えば誰でも会員になれるみたいですね。と学会の方が、入会難しそうですね(笑。
復明運動と秘密結社、さらに武林と呼ばれる武術家達との関係については、いずれ機会があるときにでも。ただ、中国の歴史において、「秘密結社」「同業者組合」「民間の宗教団体」「黒社会」「反政府組織」の区別をつけるのって、本当に難しいと思うなあ。それぞれ厳密には違う組織だけど、必ずどこかが重なっていたりしますから。



#4064 
阿祥 2003/05/27 22:48
中国の秘密結社

>尾鳩さん

陳舜臣さんの本に、中国の秘密結社は清朝前期にその起源を発するというようなことが書いてあったように記憶しています。この場合の秘密結社はおそらく、一般名詞的な使われ方ではなくて、清末の革命をもたらしたという、限定的な意味でのものだと思います。じゃないと、ほとんど無制限に革命を目指した秘密結社というのはあるでしょうから。
で、その清末の中華民国を成立させるに至った国民党の大本に、秘密結社があるということはよく言われているようです。手元に『清洪述源』という本があります。この本では孫文の革命の母体となったのは、清初にその起源を持つ“天地会”と呼ばれる秘密結社だったと書いてあります。この組織は明朝の復興を目指すという理念の下に結成され、清朝の圧迫の下で地下組織となり、延々と清末まで活動を続けます。そして、孫文により思想的なバックボーンを与えられ、近代的な政治集団に換骨奪胎を遂げ、現在に至るというわけです。
明朝の復興を目指すというのは、実際に明末の対清朝の抵抗運動があるわけで、この本では、これらの秘密結社の起源を、鄭成功や朱舜水に求めています。“華僑は革命の母”と聞いたことがありますが、実質、これらの復明運動は海に追い落とされた華僑たちにより続けられたとすれば、この時代の実態についてはそれなりの真実であるように思います。

それにしても、華僑による復明運動の地下組織が、発展して中国国民党になり中華民国を成立させ、それがまた大陸から撤退して台湾に定着していると考えると、これは偶然ではなく、何か必然性のある成り行きかもしれないと感じているところです。



#4063 
徹夜城(執筆がはかどらない管理人) 2003/05/27 22:27
縄文中期も一緒に

どうもこのところ多忙というか新学期以後のスケジュールでリズムが乗らないというか各種執筆活動がストップしちゃっておりますね。
告知は出してないですが、ほとんど休止状態になっていた「ヘンテコ歴史本研究報告」のツリーBBSは閉鎖させていただきました。閉鎖しようと久々に覗いてみたらつい二日ほど前に天然もの?のトンデモさんらしき書き込みが…(さもなきゃ明らかにネタだな)。天孫降臨の地がどこそこだとか学者も在野も倭人伝にひっぱられすぎだとか面白いことをお書きでしたが…まあ使いづらいものでしたし、そのまま閉鎖させていただきました。
このサイトもいい加減容量がすごいことになってきているのでリストラ(真の意味で)作業を時々してるんです。この史劇的伝言板のログもいい加減古い物に関しては削除しようかなぁと思うんですが…どうでしょうねぇ?僕の手元においといて見たい人には提供するって形にしようかな、とも。

>考古学な話題
先日の「弥生時代開始が500年さかのぼる」との衝撃発表を行った歴史民俗博物館ですが、続いて縄文中期もそのまま500年シフトするとの続報を出しましたね。そのまま全部500年ズレるわけでそれ自体は自然なことかもしれませんけど。

>鉄砲伝来映画
鵺さんご紹介のサイトで映画「鉄砲伝来」のストーリーも確認してきました。1968年というと元祖大映の末期状態の頃かな…森一生監督というのもやたらにいろんなの撮ってる方でしたね。しかし僕が持ってる「ぴあシネマクラブ」のCD-ROMデータベースにはこれ載ってなかったなぁ。よくよくマイナーな映画なのか?
ストーリーの方はほぼ予想通り、というところですね。

>尾鳩さん
 山田先生の名前の方が間違ってますぜ。「賢」が正しい。ご本人もここ時々見てるんだから、気をつけましょうね(笑)。
 中国の「黒社会」にしてもシチリアマフィアにしても、なんというか古代文明中心地のせいもあってかよく似ているように感じるところがありますね。日本のヤクザなんてのは可愛いもんでしょう。
 日本のヤクザ関係も興味があってチョコチョコとは調べてることもあるんですが、「秘密結社」とかいったものとはだいぶ違う感じですね。それでも日本史、とくに近現代史をふりかえると要所要所で「日本の暗部」の影がちらつくところがありまして、この辺は日本独自のものを感じたりもします。



#4062 
尾鳩 2003/05/27 19:40
自警団と黒社会

自警団の歴史は、五胡十六国時代どころかさらに遡れそうな気もしますね。
そもそも、あの広い大陸でのこと、もともと政府に頼っているような気質のところじゃないですからね。まあ、漢代などは、城壁に囲まれた都市中心で、その都市同士を隙間を埋めるように農村群が発展してくるのは、さらに後になってからということ話も聞いたような気がするので、憶測でしかないんですが・・・。

黒社会と自警団の関係というのは、実際のところどうなんでしょうね。資料が手元にないので、確認の仕様がないんですが、直接結びついているのかな。
また秘密結社と黒社会の間にもどのような関係があるのか、結構興味があったりします。どなたか詳しい方ございますか。
ただ、孫文と秘密結社との結びつき、上海における蒋介石と黒社会との結合に継続性を見いだせるのであれば、黒社会のルーツの一端がかいま見えるような気もしますが、何せ資料がないので、なんとも言えません。すいません。まあ、こういう秘密結社や黒社会など、中国社会の流動性に注目した研究としては、千葉大学の山田建先生という方がいらっしゃいますね。

ひとつ、黒社会関係で余談を。
香港やマカオにおける黒社会といえば、北朝鮮の存在が密やかながらささやかれていますね。マカオからは北朝鮮への直行便も飛んでますし。
マカオを仲介とした北朝鮮と香港との関係については、断言を避けますが、資金洗浄の場所として使われているなんていう憶測が当局などの間でささやかれたことが実際あったようです。
資金洗浄の関係でいうと、QFII制度、つまり中国の投資家が香港市場で外貨建て株を売買する制度に関して、香港側から盛んに中国側に対するアプローチがかけられてますが、中国側の懸念が中国から外国への資金流出なのに対して、香港の金融当局が懸念しているのは、実はマネロン対策だったりしますからね。以上、おそまつながら、現在の黒社会の一端についての現地レポートでした。



#4061 
2003/05/25 16:03
あれ〜タイプミスf(^^;)

ここには解除コードは無いのですね(笑)
何かタグがあるのかな?



#4060 
2003/05/25 07:22
いえいえー

さりがとうございます(^o^)ゞ 
キネマ旬報の映画データベース
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/
で、歴史的なキーワードを入れて遊んでいたら偶然発見してご報告に参りました(笑)。
ネタバレですが、ストーリーも結末まで記載されておりますよー。



#4059 
ブッチャ−3世 2003/05/25 00:48
チャイニ−ズ・ガ−ディアン

>五胡十六国時代
中国史ではマイナ−領域時代なようですが、
何の本で読んだか忘れましたが、
異民族の五胡に駆逐され華南へ逃げ避難した
漢民族の大移動で様々な民間自警団が組織され、
追撃をしのいだ〜って事で、安住の地に止まった
後も、この自警団組織は脈々と維持され
この自警団が秘密結社・チャイニ−ズ・マフィアの
起源ではないか?ってトンデモ説なわけですが(爆
これがホントなら、シシリアン・マフィアより
歴史が古いってことになるんですかねぇ
黒社会は。



#4058 
徹夜城(そんな映画があったのかとビックリ仰天する管理人) 2003/05/24 23:18
えええええっ!!!!

すいません、ビックリ度が個人的にかなりあったもんで。

>鵺さん
すごい情報をありがとうございます。ぜんっぜん知りませんでした、そんな映画。
その配役からするとピントを鉄砲伝来の張本人に仕立てて、話を織田信長まで持っていく映画だったみたいですね。「五峰」というのは「王直」と疑われる人物ですから、すでに彼を演じた人がいた…ということに驚かされました。ピント君まで演じられてしまっていたとは、これもビックリで。
 なんで僕がピントに関してなれなれしくクン付けなのかと言いますと、以前小説で後期倭寇のことを書いた際(途中放棄)ピントを三枚目的な準主役キャラとして設定したことがあった、という実に個人的な理由なのでありました(笑)。王直とも親友関係に勝手にさせてもらったりもしましたが、史実としては二人の間に交流があったことはまったく確認できません。ただし二人とも「鉄砲伝来伝説」に絡んでくること、行動範囲と時期がほとんど重なることなどで会ってない方が不自然、という思いもありました。それで小説ではピントは実は王直と個人的によく知り合っていたが、それがために彼はその回想録で王直との関係を一切記さなかった…という風にしたんですよね。実際ピント君、イエズス会といささか怪しい関係がありまして情報抹殺操作が…ま、詳しくは「海賊」コーナー参照のこと。

 ともあれピント本人が鉄砲伝来に関わっていたというのは本人が旅行記「東洋遍歴記」に記した真っ赤なウソなんですけどね(笑)。以前NHKの歴史番組でもそのまんまやっていたから、結構現代人でも騙されています。その映画も恐らく「遍歴記」と「鉄砲記」をミックスして話を作ったかと思われます。配役見てるとどうやら「ネジの作り方を聞き出すために鍛冶職人がポルトガル人に娘をあてがった」という伝説も採用しているようですね(これも後世作られた伝説みたいですけどね)。

 王直を演じたのは戸浦六宏さんでしたか。僕が見た映画の中では大島渚監督の「忍者武芸帳」で主人公・影丸の声を演じておられましたな。


>足塚さん
数年前に弥生時代の遺跡から出た器か何かに「漢字?」と思われるものがあったとの報道があったように思います。「史点」ネタにもしたはずですが、探すが面倒で(^^;)。
邪馬台国の使者なんかはひょっとすると漢文を使ったかもしれませんねー。「倭の五王」ぐらいだと確実というところでしょう。
一部にではありますが、弥生時代の「銅鐸」に書かれている「絵」が日本独自の文字なのだという主張もあるにはあります。「神代文字」と似たようなポジションではありますけど。



#4057 
2003/05/24 10:01
このような映画が・・・

管理人様、ご存知でしたでしょうか・・・('-'*)

鉄砲伝来記 1968 大映

監督: 森一生

リック・ジェイソン  (ピントオ)
若尾文子 ワカオアヤコ (若狭)
藤村志保 フジムラシホ (お種)
藤巻潤 フジマキジュン (織田信長)
東野英治郎 トウノエイジロウ (八板金兵衛)
小池朝雄 コイケアサオ (橘屋又三郎)
中谷一郎 ナカヤイチロウ (作次)
戸浦六宏 トウラロクヒロ (五峰)
五味龍太郎 ゴミリュウタロウ (織部丞時貫)
内藤武敏 ナイトウタケトシ (種子島時尭)





#4056 
貧乏神 2003/05/24 00:35
お約束

>漢字を導入する前

当然、神代文字でしょう。(^^)




#4055 
足塚玉虫 2003/05/23 23:26
縄文時代

縄文時代に戦争の形跡があったとか何とかニュ−スで
やってて次に弥生時代が500年も早かったとは。
500年って軽くいいますが、近世と近代、現代が
すっぽり入ってしまう年月ですよねぇ。
土器の特徴で年代を決めるわけですか、縄目の土器が
無くなってきた頃から弥生時代でしたっけ?
ところで日本人は、いつから文字を使うようになった
んでしょうか?漢字を導入する前は
どんな文字、使ってたんですか?



#4054 
尾鳩 2003/05/23 18:56
そういや、俺最初は、考古学の学生だったんだよなあ・・・

WHOが香港・広東への渡航規制勧告を遂にはずしましたね。
これで、一段落というのが日本の報道のパターン。今回のことから、いろんなことが学べると思うんだけどなあ。


九州北部での弥生時代の開始が、従来と比べて500年くらい早くなったとかいうニュース。
>すでにこの新年代では日本列島への鉄器渡来が中国の鉄器時代開始(前4cごろ)より早くなるという問題も指摘されていますが・・・
こら、確かにえらいことだわ・・・。そしたら、今度は中国の方で鉄器時代の開始が早まるニュースが報告され、続いてまたまた日本で・・・、ってなことにはならんでしょうな(←あるわけなかろう。
まあ、最近は考古学関係のニュースは、つとに懐疑的に見るように習慣づけられてしまったようで、そんなに驚ろきもしなかったんですが。まあ、この姿勢は、どのニュースに対してもですけど。




#4053 
徹夜城(大学では考古学は概説しかとらなかった管理人) 2003/05/21 23:04
久々に「その時」を見た

いつもは水曜夜は仕事に出ていて見てないのですが、本日は諸般の事情で在宅していたためNHK「その時歴史が動いた」を見てみました。
戦時中に「国家総動員法」へと突っ走る軍と議会・政府を批判する大演説をぶった斉藤隆夫議員の話でしたね。その大演説の録音版がちゃんと残っているんですなー。「聖戦の美名」のもとに国民に犠牲を強いているとの発言部分は確かに強烈なものがあります(だから即刻削除、除名処分になったわけですが)。「いわく共存共栄、いわく世界の平和」と美辞を並べて戦争を遂行する政府と軍への批判部分も強烈です。いつの時代でも戦争の大義名分には「平和」が唱えられているってわけですな。


>原田さん
僕は考古学にははっきり言って疎いんで土器形式とか年代測定についてはまるっきり知らないと言ってもいいぐらいなんですが(一応大学史学科の初年に「考古学概説」で聞かされたことはありましたが)、今度の「弥生時代開始は500年さかのぼる?」との発表には「どうなんだろ?ともあれ慎重にね」と思うばかりでした。
専門的なことにはほとんど突っこめないのですが、初期稲作自体の開始が北九州でそのぐらい早いことはありえるかもしれない、とは思うんです。しかしその後の「弥生時代」をもたらす人の移動と直接的に関わってくるのかどうか…という疑問もあります。
 ここんところ弥生人=春秋・戦国期に大陸から移住してきた人、という見方がかなり一般化してきているようにも感じます。今度の見解だと春秋戦国よりも殷周交代時期にその移動があったということになっちゃうらしく、あんまりしっくりこない気もしますね。
 そういえば「論語」の中で孔子が「世を捨てて東の海の果てへ小船で漕ぎ出したらうんぬん」とか言ってませんでしたっけ。

>尾鳩さん
あーそういえばありましたねぇ。泥で神様が人間を作った、って話。最初はちゃんと入念に作っていたけど途中から面倒くさくなって(笑)縄を泥に突っこんでぶるぶるっと振り回して作るようになった、とかそういう話じゃなかったかな。それで人間には美男美女とそうでないの(笑)がいるんだと、僕の聞いた話じゃ聖人うんぬんではなく容姿の問題になっていたように記憶してます。
 それにしても途中で面倒になる神様、ってのも人間臭くて面白い(笑)。

>奥野さん
ロシア極東は感染者が出てこないのが不思議なぐらいでしたからねー。日本も同様と言えると思ってるんですが、今のところは。今度の台湾人旅行者の感染確認で関西では大騒ぎになりましたが、どうやら今のところ感染確認者はいないようで沈静化してきた感があります。
 その代わり阪神戦の「観戦者」が急増してたりして(^^;)

>ブッチャー3世さん
僕は今や世界史を教える立場にいるんですが、五胡十六国あたりは僕自身が投げてますから(笑)国名なんてもういちいち覚えさせません。「五胡」が何かをおさえる方が重要でしょうね。五代十国あたりにも同様のことが言えます。
 ただ「三国志」マニアが次にとりかかるものとして五胡十六国から南北朝へ行くという流れがありますね(さもなきゃ逆に時代をさかのぼる)。だから案外この時代に詳しい中国史ファンは多かったりします。
 明代なんざ…(つい出るグチ(^^;))

>モーグリさん
 意外と出てるんですよ、杉山教授(笑)。ワイドショーとかを中心に。さすがにTVに出る場合はそう変なことは言いません(言ってもカットされるでしょうが)。それに歴史ばなしの解説でよばれるわけじゃないですからね。
 一応国際政治学専攻らしくまともな本も書いています(市立図書館でみつけた)。でもパラパラと見たけどこれと言って目新しいこともなく当たり障りのないことばかり書いてる感じでしたね。
 大学で授業とってる方数人から連絡をうけたところでは授業ではかなり快調にムチャなことをおっしゃっているようです。



#4052 
モーグリ 2003/05/21 22:41
ひさしぶりです

ひさしぶりです。

今日の夕方やっていたテレビ朝日の番組にここのサイトでも取り上げられていたあの『戦慄中国4千年』の杉山徹宗氏が登場していました。
北朝鮮危機関連の番組だったのでどんなトンデモな発言が飛び出すかと期待していたのですが、「日本はテロリストに狙われている」という常識的な警告論でちょっとがっかりでした。



#4051 
ブッチャ−3世 2003/05/21 20:08
4千年の歴史

>おもしろい中国史
ひねくれもの の私は、統一王朝の中国史より
分裂時代になにやら興味が。
中国が分裂状態(3国以上)になったのは
春秋・戦国時代の他にも何やらワケわからん時代が
ありましたよね、五胡十六国時代とか、
五代十国時代とか。その時代に出てくる国名の多さには
世界史を選択してたもんで、覚えるのが煩わしかった記憶が。

何故か知りませんが、ウチには集英社の
『人物・中国の歴史』全10巻が全巻あります、
全部は読んでませんが、興味を引く人物の巻はかじり読みを。





#4050 
奥野 2003/05/21 15:41
遂にロシアにも…

まったくもってお久しぶりです。

ロシア極東で、遂にSARSの症例が確認されたそうです。モスクワでも、噂のレベルでは「患者が出た」という話を聞きます。こちらに来ている中国人は多いし、週に何本かは中国からモスクワへ直通の列車が走り続けている状況なので、あり得ないことではないでしょうね。あれだけ長大な国境を接しているのだし、中露間の人の行き来を考えるなら、次にロシアでSARSが流行する可能性もあると思います。人の流れに沿って疫病が広まるのは大航海時代の昔から変わっていないわけで…と、本当はそんな呑気なことを言っている場合でもないのですが。

>モンゴル軍について

モンゴル軍が初めてルーシ(ロシア)に襲来したときも、最初はまず南ロシア草原に遊牧していたポロヴェツ人(キプチャク、クマンとも)を攻撃し、ポロヴェツがルーシ諸公に保護を求めたために戦いが起きたという流れになっています。年代記の情報を信じるのであれば、実はこのときモンゴル軍はルーシの諸公に使いを送って協力を求めたものの、ルーシ側はこれを殺害して戦闘に踏み切った(そして敗北した)ことになっています。これを見る限りでは、モンゴル軍は交渉の手続きを踏もうとしており、ルーシがこれを蹴って戦争になったようです。
もっとも、モンゴルがルーシを征服する端緒となった2回目の攻撃では使者を送ったという記録はなく、こうした「外交手続き」にどの程度の意味が与えられていたのかはよく分かりません。当時の戦争と征服はどのような大義名分のもとで行われていたか、どのような手続きが求められていたか、興味深い問題だと思います。

>中国の神話

神話と言えるかどうかは分かりませんが、『捜神記』という書物は面白かったですね。4世紀頃に編纂された怪異譚集で、日本語訳も東洋文庫から出ています。これを読む限り、様々な怪奇現象(男が女に変わってしまったりとか、奇形の生物が現れたりとか)を何らかの「予兆」としてとらえるのが当時の一般的な考え方だったようです。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/6218/


#4049 
尾鳩 2003/05/21 11:48
>ヴェルさん

>中国の面白い歴史
管理人さん同様、どの時代も面白くて、結構迷ってしまうんですが、中国史というよりは周辺も含めた交流史(とでも名付ければいいのかな)の代表的なところを2つばかり。

まずは、倭寇。これは、もう管理人様おとくいの分野なので、詳しい説明は彼におまかせするとしましょう。ただ、中国、日本周辺の海を舞台に、海賊が、商人達が、西洋勢力が入り乱れて活動する様子は、もう圧巻の一言に尽きます。中国史と言うよりは、世界史の胎動を感じさせてくれますね。

もう一つは、北方騎馬民族の歴史かなあ。匈奴、柔然、突厥などモンゴルからハンガリーまで続く平原を狭しと駆け回った彼らの歴史は、海上史と同様の世界史規模のダイナミズムを感じます。中国を追われた匈奴がフン族に変わったという話や柔然がアヴァールに変わったという話なんかは真偽はともかく、広範囲を活動範囲とする遊牧民族だからこそ、信憑性も出てくるというもの。魅力的な強力なリーダー達の存在もすてがたい。匈奴の冒頓単于、フン族のアッティラ、アヴァールのバヤン・ハン、突厥のムカン・カガン、そして蒙古のチンギス・ハンなど、ユーラシアに大帝国を築き上げた人物を挙げればきりがないですね。
フン族、アヴァール族は中国との直接の接点はないですけど、匈奴や突厥と当時の中国王朝との絡みなどは、やはり面白いですね。一例を挙げれば、冒頓単于率いる匈奴騎馬軍と高祖率いる漢軍の攻防。折角、連戦連敗を喫してきた項羽という巨大な敵がいなくなったと思ったら、これだからなあ・・・。高祖、さすがに負け慣れしていると言っても、ちょっと気の毒。
とにかく、遊牧帝国と農業を基盤とする王朝国家の興亡は、一見の価値ありですよ。

>神話
神話だと、これまたいろいろとあるんですが、ヴェルさん同様「西遊記」が好きなもんで。「西遊記」の話にいろんな神様や妖怪が出てきますよね。あの元ネタを探ると、結構中国の神話が勉強できると思いますよ。例えば、天界にいた頃の猪八戒がちょっかいを出そうとした月にいるヴィーナス(名前、何といいましたっけ)なんて、いろんな伝説に顔を出してますし。
「西遊記」以外では、中国版天地創造の話も面白いですね。盤古という名の巨人が成長するに従い天と地が分かれていき、盤古が死んだ後、彼の体からこの世のいろんな生命が誕生したとかいう話。あるいは、ある神様が泥から人間の体を作る際、最初は丁寧に作っていたんだけど、途中から疲れちゃったんで、紐を泥に投げ込むだけになっちゃった。そのたれ落ちる泥の固まりからも人間が生まれました。丁寧に作った人間は、聖人に、泥の固まりの方は、凡人になったっていう何かすごい差別的なお話でした(笑。



#4048 
阿祥 2003/05/21 10:43
中国の神話

>ヴェルさんへ

白川静氏の著書にそのものずばりの『中国の神話』という本があります。未見ですが、氏の著作は文化人類学的な視点から、中国古代史を解きほぐしたものが多く、面白い本ではないかと思っています。漢字についての著作が有名で、これについてはマスコミも多く取り上げていますが、他に孔子や古代民俗についての著作もあり、これらも一読の価値があると聞いています。



#4047 
久保田七衛 2003/05/21 00:31
すいません、早速訂正

失礼、比較対象があまりに良くない。雀居も松竹里も発掘の水準がかなり高い遺跡でしたね。失言が過ぎました。



#4046 
久保田七衛 2003/05/21 00:24
金海式は春秋戦国移行期ということですか?

 自然科学系の意見として、開発当初の頃に比べれば同位体を用いた年代測定法が全般に進歩したことに対する漠然とした「自信」が背景にあるでしょう。飲み会で「考古学者はいつまで型式編年を偏重するのか」という意見は彼らの中でよく交わされる会話ではないでしょうか。、、、ただ、「炭素だけでいきなりいってしまってよいのか」という疑問はどうしても晴れませんね。報告書がない時点で層位学的見解だけで石器の年代を決定する行為とあまり変わらないような気がどうしても頭をよぎります。

 それにしても春成先生、以前東大UPに書いていたご自分の学説を変更することになるわけですが、どう議論を展開されるのでしょうか?興味深々ではありますが、、、。



#4045 
原田 実 2003/05/20 23:02
え、えらいことになった

5月19日、国立歴史民俗博物館が、北部九州での弥生時代の開始が従来より500年がた早くなったと発表。ニュースで見たとき、思わず「今日は4月1日か」と思ってしまった。開始が早まった分、中期を長く取ることで調整するようで、弥生中期といえば甕棺墓の最盛期。さすがに前漢式鏡が伴出している須玖式甕棺や立岩式甕棺の年代が何百年もずれることはないようですが、汲田式甕棺が戦国時代になりそうで、頭の中の年表を書き換えねばならない。すでにこの新年代では日本列島への鉄器渡来が中国の鉄器時代開始(前4cごろ)より早くなるという問題も指摘されていますが、本当に矛盾がそれだけでおさまるか、様子を見なければなりません。

http://www8.ocn.ne.jp/~douji/


#4044 
徹夜城(史点書いてはいるんだけど書き進まない管理人) 2003/05/20 21:10
歴史はどこでも面白いのであります

>久保田さん、尾鳩さん
面白い話なんで、ぜひお互い協力してやってくださいな。ただこの伝言板ではなくメールでやりとりするようにしてください。
久保田さん、尾鳩氏も言ってますが僕にメールをくだされば尾鳩氏のアドレスを連絡しますよ。

>時宗クンの決断
そうですねぇ、使者を斬ったのは確かに一回戦争したあとではあるので「暴挙」と言ってしまっては言いすぎかな。ただ、日本もろともきわどい橋を渡ったものだとは思えます。鎌倉までわざわざ連れてきて首はねちゃったのはずいぶんなことをしたもんだ、と。もっともモンゴルの世界征服の過程で「使者が生還しなかった」ってのが戦争の原因となったパターンはけっこうあるような気がしますね。

 その後手近なもので元寇についてちょこちょこっと調べたんですが、日本に来た元の使節は面白いほどに「多民族的」なんですねぇ。文永の役の前に来た趙良弼は女真族出身だったようですし、鎌倉で斬られた五人の使者は元人(モンゴル人ではなく中国北方人のような)・高麗人(通訳らしい)・唐人(中国南方人?)・回回国人(ウイグル?)・薫畏国人(??)といった具合で五人とも出身民族が違っていたそうで。「世界帝国」ってことを見せつけようとでもしたんでしょうか。彼らの辞世の詩が残っているとかで、読んでいてかなり個人的には同情しました。「鉄砲玉」って感じなのかな。

 それと弘安の役の二年前に時宗が求めていた中国禅僧として無学祖元が来日していまして、百科事典で引いたらどーも彼が時宗の元寇対策に精神的影響を与えたんじゃなかろうか、ってなことが書いてありました。大河「時宗」は時々しか見てなかったから、この辺どうなっていたのかなーと。
 年表を見ていると元の使者を龍ノ口で処刑したのが1275年、実際の弘安の役が起こったのが1281年と割と間があるんですね。日本遠征準備だなんだとやってる最中にもフビライが日本商船に交易許可を出していたり(1278)、それと入れ替わりに先述の無学祖元が来たり(1279)と存外人の行き来はあるみたいで。

>ヴェルさん
中国の歴史に限りませんが、どこの時代も面白いもんでしてねー。薦めろ、と言われると際限なく出てくるので僕はかえって困っちゃうんですよ(笑)。
僕自身は今、研究と趣味と小説の準備を兼ねて16世紀中ごろの中国沿海史、というより海賊史を追い掛け回していますが、これがまたベラボーに面白いんですな。まさに気分は「仁義なき戦い・海上死闘編」であります(笑)。以下、「代理戦争」「頂上作戦」「完結編」と続きます、って何を書いてるんだ。
ただ面白いといっても一般に流布している書籍とかはあんまりないですからねぇ。一応「中国の海賊」(松浦章氏著)ってズバリの本もありますんで、そのあたり当たってみると面白いと思う話が見つかるかもしれませんよ。

 そして中国の神話、ですか。
 中国っつう国は「神話」というのがなかなかない、とはよく言われます。もちろん無いわけではないのですが、「古事記」みたいなものがなくって。僕もこの辺はどこぞの本でチラッと聞きかじったものぐらいしか知りません。あの九つ太陽が出てきちゃって弓矢でそれを射落として…ってのは明白に「神話」ですよねぇ。

>りゅうさん
「日本書紀」は一時読み進めてたんだけど神武のあとあたりで挫折しまして(笑)すっ飛ばしてしか読んでないんで吉備うんぬんのことは僕はまるっきり分かりません。「古事記」は読み通したんですけどね。雄略ってひどいやつだなぁという印象ばかりが残っていたりもしますが(笑)。
未読ですけど、黒岩重吾氏の遺作になったかと思いますが「ワカタケル大王」って小説がありましたよね、あれなんかにはその辺出てこないでしょうか?



#4043 
民本主義者 2003/05/20 16:45
中国の面白い歴史と言えば!

司馬遷の史記列伝にまず指を屈しますなあ。
中央公論社『世界の名著』に収録された「司馬遷」の巻が読みやすいと思います。
皇帝から刺客(テロリスト)や滑稽(ピエロ)にいたる実に様々な人びとの伝記や逸話集です。
これを読んでると、楽しいのは勿論ですが、なんでこの著者はこんなにも色々なタイプの人びとの考えてることがよくわかるのかと、司馬遷の洞察力に恐ろしくなってくるほどです。



#4042 
ヴェル 2003/05/19 20:24
皆さんが最も面白いと思う中国史または中国の神話を教えて下さい。

はじめまして。
現在わたしは学生で、今、
中国の歴史又は神話でおもしろいとおもったもののレポートをまとめています。
しかし、わたしはあまり中国史に詳しくないので、
こうしてネット上で、おもしろい話を調べています。
西遊記、封神演義、水滸伝、三国志以外で、
何か面白い物語があれば教えてください。
よろしくお願いします。



#4041 
景虎 2003/05/19 18:10
ふびらいさん

>元寇
私も詳しくは知らないのですが、ここ
http://jpnkiryaku.hp.infoseek.co.jp/
に詳しく書かれていますね。
元寇以前の、新羅・高麗・南蛮・刀伊などの進攻も解説してあります。

また、このサイトには元史からの引用として、大宰府が日本国使を元に派遣したと書かれています。さらに元は、朝鮮半島南部の金州での軍備増強の言い訳として、日本に対するものではなく、三別抄への備えだと日本使に説明したらしいので、日本はそれなりに情報収集をしていたのではないか、と考えられます。

元の使者を斬ったというのは、文永の役の後からきた使者であり、開戦前の使者は帰国しているので、いきなり斬ったわけではないのでしょう。私がしらないだけで、斬られた人がいたのかもしれませんが。開戦前の使者が諜報活動を行っているので、後からきた人が斬られたのは、ある程度しかたがないと思います。



#4040 
民本主義者 2003/05/19 16:19
SARS大躍進!

>尾鳩さまへ
>、「大躍進」状態の再現!
>これまでは、ひたすら「隠蔽」に徹してきたのが、中央からの「隠蔽をやめろ、直ちに実情を>報告せよ」の一声で、今度は逆に何が何でも、どんな患者も、全てSARS発症者として報告し>てしまえとばかりの数の水増しが起こったというもの。

なんか異様に納得できてしまう自分が情けない・・・。なにしろ大躍進の時には穀物生産量の水増し報告が相次ぎ、上から「作りすぎると腐るので、余った穀物で蒸留酒を造るように」というありがた〜いお達しがあったほどです。深耕密植して上に子供が座っても倒れない稲の写真を見たことがあります。生産量が極端に向上した田を人口衛星の打ち上げになぞらえて「衛星田」と呼んだとか。まあ、社会全体の雰囲気が尋常じゃなかった。あ!今の中国社会だってそうじゃないか!こりゃますます怪しい・・・。
半分以上信じちゃってます。いいのか?!>自分




#4039 
尾鳩 2003/05/19 11:25
それは、面白い企画ですね>久保田様

>久保田様
>ところで、実は現在「社会的疾患としてのSARS」(仮題)というテーマの共同研究を企画中、公費(科研費ではないですが)の取得を申請中です。疫病史・経済学・政治学・国際関係論・社会学多方面の研究を統合し、社会的貢献の達成と学問的ノイエスを導き出せないか、と考えていますが、ジャーナリズムに携わっておられ、かつ香港に在住しておられる尾鳩様にもぜひ加わって頂けまいか、と考えています(私の身元はおってご連絡いたしますが、某3流大医学部内科学所属の助手です)。

お誘い頂いてありがとうございます。
非常に興味のあるテーマだと思います。しかし、これは謙遜ではなく、私なんぞがどのような貢献ができるのか、何とも言えず・・・。また、私はジャーナリズムとも仕事柄深いつき合いにありますが、実はジャーナリストではなく、ちょっと特殊な立場にいる人間でして(いずれ、お伝えします)。
しかし、非常に興味があるのは事実です。ついては、メールなどで詳細をご連絡しただけないでしょうか。メールは、管理人様にお聞き頂ければよいと思います。
というわけで、管理人様、久保田様からの照会があった際には、私のメルアドを久保田様に伝えて頂けませんか。よろしくお願いします。
ところで、明日、香港で、香港中文大学の牧野先生(国際政治経済学)の講演(演題:「香港・中国におけるSARS流行の現状と日本人社会の課題」)を聴衆に行って参ります。何か、ご参考になるような面白い情報がつかめましたら、またご報告いたします。

SARSですが、先週、香港ではピークは越したというWHOの発表がありました。一方、関心は、やはり中国大陸に移っているようですね。先日、主に商社やメディア関連の人間同士の情報交換会に出席してきたんですが、中国大陸での急激な患者数の増加に関する様々な見解が聞けて、非常に面白かったです。
もちろん、情報を隠蔽してきたことをほぼ認めた中国当局ですから、急激な増加に関しては、基本的には問題はないのだとしても、(1)増加の仕方にむらがある、(2)増加の仕方が「異常」に急激である、という2点に疑問点が集中していました。
(1)の点で、問題になったのは、上海における発症者数の相対的な少なさです。これには、多くの商社マンが上海での発症者数を他都市に振り分けているのでは・・・、という疑問を投げかけてました。何せ、今や最大の経済都市ですから。まさか、とは思いますが、そのような疑問が出てくるのが、中国なんだよなあ。
(2)に関しても、いろんな仮説が出てきたんですけど、私も珍説(!)を一つ紹介してきました。すなわち、「大躍進」状態の再現!
これまでは、ひたすら「隠蔽」に徹してきたのが、中央からの「隠蔽をやめろ、直ちに実情を報告せよ」の一声で、今度は逆に何が何でも、どんな患者も、全てSARS発症者として報告してしまえとばかりの数の水増しが起こったというもの。まあ、まだ統計的な「ノルマ」がある国ですから、あそこは。もちろん、半分冗談で発表したんですけど、聴衆者の方々、最初は異常に納得していたなあ。実は、この珍説をまじめ聞いてしまうという状態の方が怖かったりして。



#4038 
りゅう 2003/05/18 19:38
初めまして。教えてくださいm(__)m

初めて書きこまさせてみらいます。りゅうです。
色々な掲示板に顔を出しているので、もしかしたら、もう名前は知られているかも・・・。
初めてでぶしつけなのですが、私は今古代史について調べています。
「日本書紀」と雄略天皇なのですが、そこで、吉備上道臣田狭が妻を取られて、反乱を起こす(新羅と通じる)という話について、教えてください。

@葛城氏と吉備氏は密接に繋がっていたのか。
A吉備下道臣前津屋も殺していますが、なぜそこまで吉備氏を滅亡させるのを急いだのか。
B吉備氏に朝廷(倭)への叛意はあったのか。前々より新羅と通じていたのか。
など何でもかまいません。皆様の知識、御意見を聞かせて下さい。



#4037 
久保田七衛 2003/05/17 19:06
拝啓 尾鳩様

、、、ついに、ほぼ確定診断症例が上陸しましたね。以前議論していたときと状況が異なるのは致死率についての報告が大きく異なること(3.5%→15%)で、正直に申し上げて危機感を強く感じています(北京・香港でも全感染者数の17−25%は医療関係者で、ウィルスの曝露量も多く重症化しやすい状況におかれるわけで、実際診療する立場としてはなんともはや)。

 ところで、実は現在「社会的疾患としてのSARS」(仮題)というテーマの共同研究を企画中、公費(科研費ではないですが)の取得を申請中です。疫病史・経済学・政治学・国際関係論・社会学多方面の研究を統合し、社会的貢献の達成と学問的ノイエスを導き出せないか、と考えていますが、ジャーナリズムに携わっておられ、かつ香港に在住しておられる尾鳩様にもぜひ加わって頂けまいか、と考えています(私の身元はおってご連絡いたしますが、某3流大医学部内科学所属の助手です)。

 ずうずうしい要請であることは百も承知の上、是非ともお願い致したいのですが。
(徹夜城様、本掲示版にこのような書き込みをしてしまい誠に申し訳ございません。)



#4036 
徹夜城(昼間っから眠い目を擦っている管理人) 2003/05/17 13:17
日本への「入寇」

>刀伊の入寇
「刀伊の入寇」については僕も全然と言っていいほど知らないんで「日本史用語集」を引っ張り出して引いてみたところ…
「1019年、賊船50余艘が対馬・壱岐から博多湾に侵入。大宰権帥藤原隆家らに率いられた在地の武士団により撃退。後、沿海州地方の女真族(朝鮮で刀伊と呼ぶ)と判明」
 と、ありました。ちなみにこの藤原隆家さんは藤原道長の兄弟でもありますね。
 あくまで印象ですけど、この女真族の入寇は侵略活動というより「海賊行為」に近いように思えますね。もちろん海賊も侵略行為の一種なんだけど、国家的・民族的活動とは思えないところもあります。ただ女真族が海賊活動…というのもちとピンと来ないところもありますね。
 つい疑っちゃうのですが(恐らく当時も疑われたと思う)これ高麗方面の海賊だった可能性も高いような…新羅時代も新羅海賊ってけっこう広範囲に活動してましたからねぇ。張保皐という海賊兼大商人の大物もおりましたし、九州近辺まで新羅海賊が出張ってきて朝廷への貢物を奪ったりしているケースもあるようです。

>元寇
僕などは時宗と鎌倉幕府の対応は「結果オーライ」なところがあったと思ってまして、かなり危ない橋を渡ったもんだと感じてます。
ただ、一つ考えられるのは日本と南宋の間にはかなり人・物の交流があったんで、その滅亡の過程を見ていただけに「蒙古」に対する強い警戒感はあったんじゃないか、ということがありますね。もっとも元寇が終わったあとは日本と元の交流もあっさりまた盛んになっちゃうんですけど。あくまで私的交流だし江南方面とばかりのつきあいとも思えますが…

>有事法制関連。
これはそのうち史点ネタにでもするかもしれませんが、本音を言えば「何を今さら」的法整備という気もしますね。本音のところこの法整備を熱心に進めたセンセイ方も日本にいきなり唐突な武力攻撃があるとは思ってないんじゃないかって気もします。
一番それをやりそうな可能性があるのは実は米軍だったりするんですが(笑)、この法律は米軍との協力関係が大前提として明記してありますからなぁ。

>マヤ文明展
おやかたさんもご覧になってましたか。
確かに「科学博物館」でやる展示としては首をかしげるところもありましたね。完全に歴史物の展示会でしたから…最後のVRシアターが科学博物館らしさ、でしょうか。
ナビゲーターの方が操作するコントローラーがなんだかゲーム機のX−BOXっぽかったのがなんだか可笑しかったです。それと、「アメリカのヒューストン」っていうところをトチって地名がなかなか出なくなっていた一幕があって「大変だなぁ」と思っておりました。

秦太さんはマヤに直接行かれてるんですねぇ!
今度の展覧会でのマヤは「コパン遺跡」を中心に扱ってました。えーと、ホンジュラスだったかな?お土産売り場ではホンジュラスのが目立ってましたが…ニカラグアもあったかな。



#4035 
ホリ−・ハンタ− 2003/05/15 21:00
日本への一方的な侵略ですか

歴史にIFは許されないのですが、たまに
思います、日本がアメリカに宣戦布告し無かった場合
どうゆう歴史になっていったか?〜って、ことを。
アメリカにケンカを売らなくても、自滅する運命だった
のかなぁ〜と。しかし、その件に関してはソ連は
日本が大陸だけに戦力集中してもらっては困ったはずです
から、ゾルゲは、やはり大きなモノをもたらしたのかな?と。

侵略と侵攻では字が違うだけでなく、侵略は、侵して略す、ボルわけですから
蒙古が日本に攻めてきた時は、日本の領土でボラれたのは
対馬だけで蒙古軍は北九州をボルひまも無かった、と聞きました
当時の対馬の人々には迷惑だったでしょうが。
北条時宗が失策だったかどうかは分かりませんが
博多攻防戦で、九州の武家勢力の威勢が上がった〜とゆう影響は
あると思います、攻めてきてくれない事に越したこたぁないんでしょうが
蒙古が攻めてこなかったら鎌倉幕府は、もっと長く続き
太平記の時代も、違った情勢になってたでしょうか
歴史にIFは許されないんですけど。(苦笑





#4034 
秦太 2003/05/15 20:55
マヤとの遭遇

 「マヤ文明展」、私も首都圏在住だったら是非行きたかったところです。
 というのも、数年前にメキシコ旅行をする機会があり、ウシュマルやチチェン・イツァなどユカタン半島の遺跡を見学してきましたもので(今回の展覧会はメキシコ以外のマヤ遺跡が中心だったようですね)。アステカの遺跡は礫砂漠のような荒地に多いのですが、マヤの遺跡は密林に囲まれ、奈良公園の鹿並にイグアナだらけでした(笑)
 「マヤ」というと滅亡した古代文明というイメージですが、ユカタンでは、スペイン人のもたらしたヨーロッパ文明と混合しつつも、マヤはしぶとく健在でした。
 例えば様々な名称に「Mayan なんとか」という表記が使われていましたし(「なにわ」「みちのく」みたいな感覚らしい)、食生活や伝統的なお祭(キリスト教の祭祀のはずだが、とてもそうは見えない)、あるいは現代美術にも、古代マヤ以来の伝統を色濃く感じました。
 帰国後、日本とメキシコのマヤ文明研究者の講演会も聴きに行きまして、上記の印象をより強くしました。メキシコ人研究者はまさにマヤ地方出身の人でした。なんでも赤ん坊の時、ベビーシッターの手によって、マヤ伝統の頭骨変形版を嵌められたそうです。母親が気付いて止めてなければ、古代マヤの人形みたいな細長頭になるとこだったそうな。
 そういえば「マヤ人は宇宙人だと主張する人々がいます。マヤ人は今、皆さんの目の前におりますが、宇宙人に見えますか(笑)」なんてことも言ってました。マヤ文明に惹かれるトンデモさんたちには、研究者としても、マヤ人としても、やっぱり辟易されているようです。



#4033 
尾鳩 2003/05/15 19:55
怖いもの知らずのジョバンニ

>「一方的な侵攻」
刀伊の入寇、これは一方的な侵攻と言えるんでしょうね。
まあ、世界史的にみて、国家間の「一方的な侵攻」を見つける方が難しいだろうなあ。
そんなあるかないか判らない「一方的な侵攻」ということを前提に、日本の「有事」が語られているんですか。本当かなあ。政府もそこまで馬鹿なのかあ?
倭寇みたいに、それこそ突如いきなりどこのものとも知れない軍勢が現れた、みたいなことをもって「一方的な侵攻」と呼んでいるんですよね、「天声人語」は。
ただ、自分にとってわからないのは、「有事」を招く「有事法制」だって言ってる部分ですね。その部分をどなたか、解説して頂けないかなあ。

北条時宗の対応に関して、例え外交文書が穏やかな内容であれ、実際は「脅迫」に近いことを時宗は知っていた、なんて言ってる人もいますよね。蒙古(後、元朝)の要求をのんだ場合、遠かれ近かれ、日本は事実上元朝の強圧に屈せざるを得なくなる、対決しか道は残ってなかった・・・、なんてね。私、「北条時宗」は見てないんですけど、どういう観点で描かれていたんですか。
私は、時宗さんには同情しちゃうなあ。外交オンチだとどうしても馬鹿にできないんだよなあ。元々、蒙古の方には、日本侵略の意図なんてなかったのが、時宗さんの対応がまずかったんで、報復として軍勢を派遣したのか、そうでなかったのか、そういう蒙古側の対応の方は、ひとまずおいといて、幕府側の立場から考えた場合、やはり警戒して当然のような気がするなあ。
もちろん、だからいきなり使者を切って良かったって言ってるんじゃないんですよ、念のため。ただ、蒙古なり、元朝なりを警戒心をもって観察してもおかしくはないように思うんですよね。
じゃあ、幕府がどの程度正確な情報を掴んでいたのか、という点ですが、かなりの情報は掴んでいたんじゃないかなあ。日本の政権担当者って、鎖国の時代でさえ、かなりの好奇心をもって海外の情報を把握しようとしていた、って聞きますからねえ。
ただ、今でも言えることですが、情報収集を他に依存しすぎていることと、分析の仕方に甘さがにじんでしまうのであって、情報に対しては、いつの時代でもどん欲ですねえ、この国は。



#4032 
ザッキー 2003/05/15 16:44
むずかしいしんだなぁ

徹夜城様

レスありがとうございます。


>「一方的侵攻」については筆者の意図を外しておられるように感じられます。

ごもっとも。私もいささか感情的になっていたようです。自分でも
書きながら、これは違うよなぁとは思いましたが。
ただ、あの出だし、戦没者やその遺族の方にあまりに無配慮ではないか
と感じ、あのように書いてしまいました。

元寇の判断については、なんとも言えない、という状況なんですね。
当時としては、ベストの対応としてはどのような形がありえたんでしょうか。
歴史の評価というのは、難しいんですね。





#4031 
おやかた 2003/05/15 00:45
マヤ文明展

私も行きました。科博でやるからには、年代測定法など科学的なアプローチが強いのかと期待して行きましたら、そんなことはなく、展示物の陳列が主でちょっとがっかりしました。私自身が、一応理系だけど歴史好きで科学館職員という身の上のため、「考古学と現代科学の融合!」みたいなことを勝手に想像して期待が強すぎていました。
場所が科博だったのは、単に場所が空いてなかったからなのかな。

管理人様がおっしゃっているVRですが、私は別バージョン(調査隊の女性が案内役)を見ました。現実離れした役でなかったためか、それほど違和感無く聞いていられました。 入場口の張りぼての遺跡の様子や、大勢で最新技術の映像を観るというのが、 筑波万博を思い出させ、懐かしい気分になりました。



#4030 
貧乏神 2003/05/15 00:00
一方的な…

元寇よりも古いですが、刀伊の入寇なんかは、一方的だったんじゃないでしょうか。
いや、よく知りませんが。あと、日本が受けた一方的侵略で、最大かつ唯一の成功例
は、神武東征じゃないかと個人的には思ってたりします。

鎌倉幕府については、確かに対応はずさんに思えますが、当時の諸国の中で、外交的
に有能と言いうる国の方が珍しかったのではないかという気もします。宋にしても
中華思想なんかのおかげで相当無茶やってるわけですし。

>山田長政
「実は現地でも大して評価されてないけど、戦時中に日本が南方進出した際に軍部に
よって大いに持ち上げられた」とかいう話を聞いた記憶がありますが、どうなんで
しょう。

>未解読文字
私が昔世界史を習ったときは、クレタの線文字AだかBだかが未解読と聞いたんですが、
その後解読されたりしたのですかねぇ。計算機技術の進歩もあって、かなりの文字が
解読されたとは思いますが。




#4029 
徹夜城(久々に大学に顔を出していた管理人) 2003/05/14 22:57
マヤ文明展その他

もう昨日のことになるのですが、「マヤ文明展」を見てきました。先日の「ロマノフ王朝展」とどっちにしようか迷ったやつなのですが、こちらの方が何倍か面白かったですね。なぜか国立科学博物館で開催されていたのですが、そこは東京都美術館よりはカネがかかった、凝った展覧会になっておりました。それにしても科学博物館はずいぶん久しぶりに行きましたが、かなり変わっちゃってましたねぇ。
特にVR(バーチャルリアリティー)シネマはなかなか見ものでしたね。別に立体画像がでるわけじゃなくてでっかい画面に実物大CGで再現映像を見せてくれるという代物でしたが、臨場感は確かにバッチリ。役者さん?演じる「天文官」のナビゲーターについては賛否分かれそうですが、僕は楽しめました。
などと書いていますが、18日まででございます。関心を持たれた方は速攻で行かないとダメですよ。

マヤ文明というと難解な「マヤ文字」の存在がありますね。僕は子供時代に「インダス文字と並び未解読の文字の一つ」と覚えたものでしたが、今はかなり解読されているんだということに驚かされました。高校生ぐらいのころに「表音文字と表意文字、助詞らしきものもあるから日本人研究者に向いてるんじゃなかろうか」と何かで聞いたことがあったのですが、解読の例を見ていて確かにその通りだったのにはなんだか嬉しくなりましたね。
展示には一切出てきませんが、カタログに増田義郎氏が書かれたマヤ文明研究史・裏面が面白かったですね。マヤ文明の研究にあたった人にいわゆるトンデモ的妄想にかられる人がゾロゾロ出てくるのはなんとも面白かった(例えば「イスラエルの失われた十支族」説や世界文明のルーツがマヤだといった説など)。マヤ文明に引き込まれるのは奇人変人が多いんだろうか、と思っちゃったぐらい。

 たまたま今シュリーマンの最新研究を集めた伝記本を読んでるんですが、なるほど、聞きしにまさる問題人だったんですな、シュリーマンも。別にトンデモに走ってるわけじゃないんですけど、特に結婚関係やら金銭関係ではほとんど詐欺師とも思える行動を立たしておりまして、さらに学術方面でも強烈な「自己美化工作」を生涯かけてやっちゃったという、ある意味確かに想像以上の「大物」であります。一応この本は極端な批判は避けて実証的にやってるようなんですけどね、かなり辛辣。

>大河ドラマ関係。
韓国における日本の大河ドラマ観におそらく大きな影響を与えているのは「秀吉」の存在でしょう。確かに数年に一度は秀吉がメインキャストで出てくるドラマをやってるわけで、そこだけ聞いていれば「ナショナリズム喚起」と韓国人にとられることは心理学の問題としては理解できる気はします。

>民本主義者さん
「ポーツマスの旗」放映当時はまだ「歴史映像オタク」ではなかったんですよ(^^;)。未見で悔しい思いをいまさらしております。

>阿祥さん
NHKも台湾向けにはかなり意識して売り込みをしているらしいと聞いてます。「利家とまつ」はキャストに関しては酒井法子はじめ確かに受けそうな…という線を感じましたね。その辺は案外韓国側と発想が同じかもしれないです。

>ザッキーさん
「太平記」コーナーお読みいただいたそうで、ありがとうございます。こうしていろいろと「客寄せ」をしておりますなぁ、僕も(笑)。一銭にもなんないですけど(笑)。

さて、お話の天声人語の件ですが。
あなたが疑問に感じたものの一点、「一方的侵攻」については筆者の意図を外しておられるように感じられます。
この文章は「有事法制成立決定」を受けてのものですよね。どこからか武力攻撃を受けた場合の法整備の問題です。で、このこの法律に対しては少なくとも慎重な姿勢の天声人語氏としては「他国から一方的に理不尽な攻撃を受けた経験が過去にあっただろうか」と指摘するわけですね。この「一方的」というのは「日本が何もしていないのに攻撃を受けた」ことを指しているのは明らかです。
ザッキーさんは米軍の絨毯爆撃を挙げて疑問を呈しておられますが、この文章の立場としては「太平洋戦争」というやつはそもそも日本側が大陸侵略を進めていたことに原因があるとしていることに気をつけなきゃいけません。別に日本が何もしていないのにアメリカが絨毯爆撃をしたってこっちゃないでしょう。攻撃自体の残虐性などは別問題です。そういう事態にいたった発端として、少なくとも武力攻撃は日本が先に仕掛けたのは明らかですので、米軍の爆撃は「一方的・理不尽な侵攻」にはあてはまらないわけです。

もう一点の元寇の際の鎌倉幕府の対応ですが…これはまだまだ決着がつけにくいところですね。
客観的に見ると、確かに事前に元側から五度も使者が来ているのに実際の攻撃があるまでほとんど何もしていない、というところはありますね(それどころかドラマでもありましたように内紛をやっておりました)。朝廷が返事を出そうかという話もあったのですが、幕府はこれを握りつぶしています。外交権の剥奪ですな。
それと高麗でモンゴルに対抗していた三別抄から協力戦線の話が来ると、これは朝廷側の対応ですが、「高麗から全く内容の異なる通信が来ているのはどういうわけだ?」と頭を抱えてますから「無知」だった部分もあるかとは思えます。ただし幕府はもうちょっと事態を把握していたかもしれませんので、これは現時点では何ともいえませんね。

弘安の役では結果的に「勝った」し、一応備えはいろいろしてるんで無能とは言いがたいでしょうけど…その前に来日した使者を処刑しちゃうという暴挙をやってますから(これは東アジア外交史では言われてることですが、モンゴルの書簡の文面はかなり丁重なものです)僕は北条時宗の対策はあんまり評価はしていません。



#4027 
ザッキー 2003/05/14 13:20
元寇における鎌倉幕府は無能だったか

はじめまして。ドラマ『太平記』で検索していてたどり着きました。
『太平記』は私も好きなドラマの1本で、このドラマを通して吉川英治と、
作曲家・三枝成彰にはまっていくことになる思い出深い作品です。残念な
がら当時の放送を録画しておらず、いまは1話ごとの詳細な解説を読んで、
そうだったそうだったと往時を回想しています。

ところで、5月13日付の朝日新聞・天声人語にこんなことが書いていました。
全文は、こちら。 http://www.asahi.com/paper/column20030513.html

「日本は一方的な侵攻を受けた経験がほとんどないといっていいだろう。
外国の軍隊から理不尽な侵攻を受けた経験のことである。はるか昔、13
世紀の『蒙古(もうこ)襲来』が唯一に近いかもしれない」
「あのときも突然モンゴル帝国が攻めてきたのではない。攻撃の6年前か
ら何度か外交文書が高麗経由で幕府、朝廷に届けられた。鎌倉幕府はすべ
て無視した」
「幕府は当時の国際情勢にまるで無知だった。知る機会がまったくないわ
けではなかったが、内政に手いっぱいで知ろうとする意思がなかったよう
だ」
これに続いて、元寇以外は日本が仕掛けたか、または日本軍が出張っていた
ときにおきたもので、日本が招いた「有事」だ。いまの有事法制は、「有
事」を招く有事法制なんじゃないか、という結論です。問題点は、
1.日本は一方的な侵攻を受けた経験がほとんどない
2.幕府は当時の国際情勢にまるで無知だった
です。
1.については、「太平洋戦争における絨毯爆撃による民間人の大量殺
傷は一方的とは言わないのか」と歴史素人の私でも反論できそうですが、
2.についてはよくわかりません。私の知識は大河ドラマの「北条時宗」
レベルです。あのドラマによれば、確かに無知だったとも言えるし、そうで
もなかったとも言えそうです。ぜひ、私よりも詳しい方のご意見が聞きたくて
書き込ませていただきました。よろしければ、見解、お聞かせください。
長文、ご容赦ください。



#4026 
阿祥 2003/05/12 14:21
台湾で放映されている時代劇

韓国の時代劇が台湾で放映され人気を呼んでいるというのがニュースなら、日本のそれはもうニュースにもならないほど一般化されています。NHKの大河ドラマは『利家とまつ』は大体2、3か月遅れで放映していました。いまは徳川家康をやっています。大体、100チャンネルほどある有線放送のうち日本語専門のが4,5チャンネルはあるし、映画もしょっちゅうやっています。そのうち1/100が時代劇だとしても相当な量になります。
思うに、この国は自国で生産できる製品に限りがあるのでよその国のものを受け入れるのに抵抗が少ないのだと思います。時代劇でも大陸、日本、韓国といろいろあります。ものは違いますが、車も国産車がほとんど見られなく、ヨーロッパ・アメリカ・日本と外国の車が90%以上を占めているのじゃないでしょうか。ことさら大きく言い立てるほどのことではないように思います。
ただし、VCDのレンタルショップに行っても『明成皇后』はありますが、日本の大河は見かけませんね。人気の点ではかなり遅れをとっているとは言えます。

>タロイモ様

参考資料の紹介ありがとうございました。長崎側の資料では紹介されているわけですね。今度、僕も図書館をあたってみます。

hiroyukishima@hotmail.com


#4025 
民本主義者 2003/05/12 14:14
情報提供(えらそうに)

吉村昭原作の「ポーツマスの旗」がNHKでドラマ化されたとき、明石元次郎を原田芳雄が、
小村寿太郎を石坂浩二が演じてまして、どっちも見事になりきってました。
この番組はビデオ化されておりませんが、横浜のみなとみらい21地区にある
「放送ライブラリー」に収蔵しているので、そこへ行けば観ることができます。
「放送ライブラリー」のサイトは↓です。
http://www.bpcj.or.jp/




#4024 
アール・ケイ 2003/05/11 01:35
国家ある処に、大河ドラマあり(笑)

>日本のNHK大河ドラマは16世紀以後の、豊臣秀吉、徳川家康など戦国時代から
>江戸時代にかけての実力者たちの歴史を派手に描いて、自国の文化的なプライドを
>高めるのがほとんどだ。

この記事書いた記者がNHK大河ドラマをどれだけ見ているか、興味深いものがありますな(笑)。
ドラマ『坂の上の雲』が完成したら東亞日報と韓国KBSに送りつけてやろうかしらん、
と思う私もリッパなナショナリストでありましょうか(笑)。
ま、こんな当てこすりぐらいなら平和なもんです。

ときに、ロンドンのケン・リビングストン市長って、ここで取り上げたことありましたっけ?
この人、もともとイラク攻撃反対の論陣を張っていましたが、
最近も「ブッシュはフセインと同じように政権を追われるべきだ」と意気盛んなようで。
そこまで云うか、とも思いますが、そこまで云えば立派だと思います、皮肉抜きで。


明治にはいろんな偉人・奇人がいたんですよね。
三井物産の創始者・益田孝の長男にして日本に軽喜劇、音楽劇を始めて導入した喜劇作家・益田太郎冠者。
「日本で初めてカーブを投げた男」こと、日本にベースボールを定着させた鉄道長者・平岡煕(ひろし。正しい表記では煕の左にニスイが付く)。
ほんと、芝居のネタには困りません。

http://homepage1.nifty.com/arukei/index.htm


#4023 
ホリ−・ハンタ− 2003/05/10 18:23
山田長政

この名前じたい、何か偽名のような感じしますが(苦笑
武家には長政って名前はよくあったみたいですが
武家で山田って姓は、あまり聞きませんねぇ、山田長政は
前身が南蛮貿易に関わった商人って説を聞きます。
タイへ行ってからのエピソ−ドは派手、タイ王家の内紛に
介入したとか、王族の誰かが河に落ちてワニに食われかけた
のをボディガ−ドだった長政がワニを退治したなんて
寓話も。徹夜城さん はタイ君主の謀略で毒殺とゆう説を
とられておいでですが、私が聞いた説は、晩年期の長政に
タイ王家は、親子ほども年の違う娘を嫁にやり、
長政にキツメの遠征を命令、その戦闘で、敵の毒矢を
当てられて、毒が回って死去、って説です。
まぁ、どっちも毒殺に変りはないでしょうが
異国の地で傭兵隊長となった男は、戦死する方が
壮絶である気もします。
で、長政に無茶な遠征を強いたタイ君主、
ヨソモノ助っ人戦力で遠征を〜とゆう考えもまた
名君かもしれません。
台湾の鄭の軍団に加担した日本人斬馬刀部隊いがいでは
当時、日本人が海外で戦いに行った中では山田長政は
メジャ−だったと思えますが。



#4022 
徹夜城(5月病気味かもしれない管理人) 2003/05/10 00:33
韓国からナショナリズムうんぬんを言われるとねぇ…(^^;

>ななさん
ご紹介の東亜日報記事、見てきました。ななさんもおっしゃる通りで韓国の新聞記事ってああいう調子なのは確かですから割り引いて呼んでましたけど、

「日本の大河ドラマは大部分自国の歴史を美化するナショナリズム的な雰囲気が強く、とても静的だ。しかし韓国の大河ドラマは、ナショナリズム的な面から脱し、中国人の好きな三国志スタイルの豪快なアクションもあって、海外進出の可能性が大きい」(KBSドラマ主幹)

…というコメントには「おいおい」と言いたくなるところですな。特に前段が問題で、「日本の大河ドラマ大部分自国の歴史を美化するナショナリズム的傾向が強く…」なんて言われちゃったら「自虐史観」って大騒ぎしている一部の人たちの立場がないじゃないですか(爆)。
「静的である」って点は認めます。でも少なくともNHK大河に限って言えば「ナショナリズム」というのとは違うだろうと。それと16世紀から江戸時代が多いのは事実として、それが「自国のプライド」につながると多くの韓国人には見えるんだろうか。見えるんだろうな、やっぱり。と言うよりはそもそも大河全般をちゃんとよく見たとは思えない発言なんですけどね。
韓国で製作した「壬辰倭乱」総集編はわりとナショナリスティックな偏りが無くて(時代考証は大問題でしたが)面白く見れたものです。確かにアレに比べると日本の大河はやや国際的視点には欠けるとは思えますけどね。その意味では「琉球の風」「北条時宗」は企画としては意欲作だったのだが…

それはそれとして、僕も韓国の歴史ドラマは見たいですねぇ。台湾には輸出するのか。日本ではどことなく引いちゃうところがあるのかもしれませんね、興行的に。「シュリ」「JSA」などのハリウッドばりなんだけどやっぱりアジア、というアクション大作はウケたんだけど、歴史劇となると…
そういや元明交代を舞台にした「武士(ムサ」は日本公開になるようですね。

>景虎さん
おお、なんだかすっごくおもしろそうな人ですね。山本唯三郎ですか…初めて知りました。そういうムチャクチャなキャラクターって僕、大好きでして(笑)。
ずいぶん更新してないけど「しりとり人物」の中江兆民なんかもそういう観点からの人選でしたからねぇ。

>ブッチャー3世さん
山田長政はそもそも謎だらけの人で、日本での前歴は全然分からないみたいですね。意一方のタイでは、山田長政を毒殺した側の王様がなかなかの名君ということになっているらしく、あんまり評判がよくないとの話を聞いたことがあります。
ずいぶん前に読んだ話ですが、日本とタイの友好団体か何かが山田長政の銅像を作ろうとしたら現地の猛反対を受けた…という話もあります。結局建てたんだとは思いましたが、日本で考えているものとはまた違った感覚で受け取られることもあるという例ですね。

>尾鳩さん
史点、三ヶ月ぶりになってしまいました、すいません。まぁ所詮は趣味で書いていることですので(笑)。
「アングローサクソン」ネタについては言いたいことがゴマンとあるのですが、長くなるんでやめておきます(笑)。ともあれ、「帝国の主」がああいうのじゃかなわない、ってのは多くの人が思うところでしょうな。
「SARSの人間の盾」のネタはやくみつる氏がすでに4コマで書いておりましたよ(笑)

やくみつる氏からの連想なんですけど、彼がよく出演している(この人はいったいいつ仕事をしているんだ!?)TVのワイドショーに関して。
今日は昼間は家にいたのでワイドショーなんぞ見ていたんですが(読売系列の典型的古典的なやつ)、最初のネタが「宜保愛子死去」でこの人をさんざん持ち上げ、オウム事件をきっかけにレギュラー化したジャーナリスト氏まで「超能力はソ連でも研究していた」うんぬんを言い出して下手すると肯定的ともとれるような発言までしていたのには呆れました。やく氏も出演していましたけど、さすがにこの人は冷めてまして「このあと“白装束”もやるわけでしょ」と嫌味にならない程度にさりげなくグサリと皮肉ってましたな。そしてその通り、その次のネタがそのまんま「白装束おっかけ」です。まったくオウムの時のTBS騒動を何も反省しとらんな。



#4021 
足塚玉虫 2003/05/09 21:50
不発・暴発

>爆弾を不発弾と思い、持ち帰る

国内にもいるんですよね、戦時中の、あるいは
演習場で拾った弾を持ち帰って集めてる人、
自宅に危険なコレクションを保管してて、
自宅が爆発〜って事件を数件聞いた事が。
ヨルダンでの暴発爆弾、当初はイラクのもの
との憶測でしたが、米軍のものかもしれん〜
とゆう報道もあります、もっとも一番、
言い逃れられんのは当の爆弾を土産に
持ち帰ろうとした当人でしょうが。



#4020 
尾鳩 2003/05/09 11:47
残心

管理人様

まずは、史点久々の更新おめでとうございます。
伝言板の時間の流れが異常にはやいのをさしおいて、史点はずーーーーっと時間が止まってましたもんね(^^。

で、史点ネタ。
ブッシュ氏の戦闘終結宣言、あくまでも「戦闘の終結」であって「戦争の終結」でないところがややこしい。で、その「戦闘終結宣言」のライブを見てましたけど、彼、涙ぐんでましたね。一人で悦に入っちゃって全く・・・。パパ、仇はちゃんと討ったからね、ってか。側近からすると、結構扱いやすい大統領なんだろうなあ。
最近、巷でヤルタ体制の終結と新「アングロサクソン枢軸」の確立なんていう言葉が使われてますが、「アングロサクソン」の友人が嫌がってました。反「アングロサクソン」感情への刺激とネオ保守に対抗したネオ・ナショナリズムの台頭を招くのではないかという懸念が一つ、もう一つはその枢軸の顔があのブッシュさんというのは、ゴメン被ると。「世紀の馬鹿面」とものすごい嫌いよう。同じ「白い人」から見ても、あの顔は「馬鹿」に見えるのでしょうか。

それにしても、たまに日本人が外国の新聞に載るかと思えば、例の爆破騒ぎ。
正直、言葉失ってしまいました。結局、「観光」に行ってたわけですか、あれは。
最近、どこ向いても、結構な身分の大人が「泣いて謝って」ばかりに思うのは、気のせいでしょうか。
地雷撤去の旅も結局「観光」。井戸掘りも「観光」。
「人間の盾」でイラク入りするくらいなら、この戦後復興の時期にこそ、現地にとどまっていて欲しかったと思うのは、私くらいですか。これからの方が、大事だろうに・・・。
どうせ、「観光」で世界を歩くのなら、是非香港に来て欲しい。
SARSにおびえる香港を体感するツアー。
是非、「人間の盾」となって、アモイ・ガーデンあたりに10日間住んでいただきたい。使い終わったマスクの持ち帰りは、ご自由に。
どなたか、ツアーに参加します?



#4019 
ブッチャ−3世 2003/05/08 21:04
山田長政

文明開化より前の時代で、世界史でも通用する
マイナ−日本史人物といったら、あまり浮かびませんが
山田長政なんか、どうでしょうか?タイへ行ってから
の活躍は、喧伝されておりますが、彼の日本にいた頃の
消息は、殆どありませんねぇ。彼を映像化したものも
聞きませんが。それと、ご当地タイでは彼の評判は
どうなのかも分かりませんが。




#4018 
景虎 2003/05/08 03:34
変人?

世界的な影響を与えたマイナー人というより、マイナーな変人といった方がいいかもしれませんが、山本唯三郎という人は中々面白いですね。

北海道で開拓に成功し、天津に渡って松昌洋行という材木、石炭貿易商を経営していたそうですが、第一次世界大戦が始まった時に、これは儲け時だと考えて、松昌洋行の船舶部を強化して、さらに稼いだそうです。大戦中に支配した船舶は、所有船が五千八百トンの大天丸ほか五隻、
傭船が七千トンの影島丸ほか十五隻、都合、二十二隻、六万九千トンで、東京に本店があり、朝鮮、中国、シンガポール、ハワイ、アメリカなどに支店を置いて、しこたま儲けたとか。

この人は遊び好きな人で、東京からの貸切列車に芸妓をのせて京都へ行き、東西花柳界の交流をやったりしたそうですが、何を思ったか、越中褌一万枚を携えてヨーロッパ漫遊の旅をしたとか。
衆議院議員の補欠選挙に出馬して、山谷虎三に敗れた時には、悔しさのあまり虎退治を思いつき、征虎戦と称して朝鮮に出かけてしまったそうです。最初は六十数名だったのが、各地で歓待を受け、新聞記者などを含めて百五十名にふくれあがり、山本征虎軍の旗をかかげて虎二匹のほか、豹などの獣を射殺。東京に帰ってからは、政財界の名士百数十人を帝国ホテルに招き虎の試食会までやったとか。
豪遊しただけの人ではなく、図書館などを寄付したそうですが、晩年はお約束通り落魄して、一代で築いた巨万の富を一代で使い果たして逝ったそうです。



#4017 
なな 2003/05/08 01:13
無性に見てみたい

http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2003020518018

韓国のウェブ新聞の記事っていつもこんな書き方だから、そこは割り引いて(笑。
日本のテレビ会社も買い入れてくれないかしら〜…。



#4016 
徹夜城(ウィルスメールに悩まされる管理人) 2003/05/08 00:21
ウィルスチェックは頻繁に

4月末からGW明けにかけて、ウィルスメールが怒涛のように届くので参ってます。だんだん増えてくる傾向もあり、今日だけで20通ほど来てしまいました。
しかもそのうち何通かがこの掲示板に出入りする方の名を騙ってくるのであります。ほかならぬ僕の名義でウィルスメールらしきメールが届いたとの知人の報告も受けています。もちろん名前がそうなっているだけで、発信者は別人なのでしょう。
僕もこのところ多いことに気が付いてウィルスチェックを頻繁にしています。現在のところ感染はしていない…はずです。調べた限りでは。となると、誰かこの掲示板を見ている方で感染パソコン使用者がいる可能性があるということになります。新学期シーズンなどはこうしたことが増える傾向がありまして、みなさまご用心、ご用心。SARS並みに注意を払ってくださいね。

>グーテンホーフ光子
ええと、話の発端になった松風さんの劇団ではすでに光子さんでお芝居をしたそうですよ?確かに趣旨としてはバッチリの人選ではありましょう。
ドラマではないですが、確か「知ってるつもり?」で昔やっていた覚えがあります。

>明石元次郎
この人を演じた人と言うと、一番印象に残ったのは東宝「日本海大海戦」で演じていた仲代達矢ですかねぇ。ちょっとキザすぎましたが(笑)。どうみてもジェームズ=ボンドが入っちゃっておりました。
その仲代達矢サンは「二百三高地」では乃木希典役で、両方見てるとけっこうややこしい(笑)。来るNHKスペシャル大河「坂の上の雲」では乃木や明石は誰がやることになるのやら…

>おやかたさん
ちょうどその劇のことについて三谷幸喜氏が朝日新聞夕刊に書いているコラムで触れてました。奥さんがその稽古の大詰めでダウンしてしまった一件が書かれてます。
三谷さんといえば「新撰組!」のキャストがドドドと発表になったようで。どっかではもう大騒ぎさ(笑)。

>秦太さん
そうですかー、とうとう両氏対談されましたか。確かにいろいろな話が出そうですねぇ。なんとなく来年の大河もみなもと漫画調を狙ってたりするのではなかろうか、と思うところもあります。

さてと、ぼちぼち再来年の大河が公表される時期ですが…



#4015 
おやかた 2003/05/07 22:40
演劇とイ現実世界  野田秀樹作「オイル」観劇

って、何事かと思うようなタイトルですね。
野田秀樹の新作舞台「オイル」の話です。テーマが「復讐」で、原爆を2つ落とされ、その恨みをあっさり忘れる日本人というのが中心なのですが、現在のアメリカ、イラクの関係とダブりすぎでした。
 終戦直後にアメリカが進駐してきた島根、そこに、古事記の国譲りの話が重なり、ヤマト朝廷=アメリカ、被征服民出雲人=島根県人=日本人という図式がまず出来上がります。更に、島根に石油が湧いたことで、被征服民達は中東の人々にもなぞらえられるのです。
 現実と演劇がリンクするということもあるのだということをお伝えしたくて、書き込んでしまいました。



#4014 
秦太 2003/05/07 22:17
石坂象山は黄門に続き髭無しか?

>グーテンホーフ光子
 この人については、吉永小百合が主演とリポーターをつとめた、ドラマを交えたドキュメンタリー番組が、昨年NHKアーカイブスで再放送されていましたね。ヨーロッパ各地に暮らす光子ゆかりの人々を、時間をかけて取材した力作でした。

>明石元二郎
 以前ご紹介しました、みなもと太郎の自伝マンガシリーズに、明石元二郎が登場しております。例の、甘粕の親友だったという祖父の一代記『松吉伝』の、『斬鬼』誌最新号に載っている第3話です。
 近衛師団にいた松吉は、明石に抜擢され、明石のもとで諜報活動に従事していた(らしい)のです。晩年の松吉翁曰く「わしの諜報活動を話せば日露戦の歴史が変わる 死ぬまで言わんと明石閣下と約束したんだっ」・・・孫である作者もこの話には半信半疑のようですが、興味深い秘話ではあります。

 来年の大河のキャストがいろいろ発表されましたね。また物議をかもしそうな顔ぶれで(笑)
 そういえば、三谷幸喜氏とみなもと氏が3月に対談されたそうです(みなもと先生からファンサイトに寄せられた情報です)。私的な対談だったようで、公表できないような面白い話がいっぱい出たんだそうな。



#4013 
ホリ−・ハンタ− 2003/05/07 21:20
世界にはばたいたマイナ−日本人ですか

>悪のヒ−ロ−列伝
こうゆう本があります、青春出版社ってトコから出てます、
古今東西の芸術的にアウトロ−な群像のエピソ−ドを
ピカレスクに紹介するとゆう主旨の本です、
実在のギャングとか大詐欺師とか大ドロボウとかニセ札偽造士
映画パピヨンのモデルの脱獄王アンリ・シャリエ−ルとか
特に1970年代のフランスでギャングのリ−ダ−
だったジャック・メスリ−ヌの派手な悪行の数々は
ルパンそのもの(苦笑
愛人と一緒にフランス治安部隊に機関銃掃射で射殺
されたジャックの最期は『俺達に明日はない』の
ボニ−&クライドの最期を地でいくようでした。
さて、そんな世界悪人伝説にも日本人が登場します
村岡伊平次、罪状は日本から女子を大勢アジアへ
売り飛ばした明治大正の対外向けの女衒の大親玉だそうです、
なんか時代劇でいえば必殺仕事人にマト掛けられそうな人
みたいですが今でいうホストみたいな女をウマク騙す
結構ハンサムな人だったそうで、『南洋開発』なる、
もっともらしい名前の人身売買会社を設立し、
彼の組織は、中国・東南アジアで勢力を張ったとか。
ひところ前、『香港へ売り飛ばすぞ』とゆう脅し文句が
あったのは村岡氏の負の活躍からきたものがあったとか
何とか。



#4012 
民本主義者 2003/05/06 13:59
この伝言版ではマイナーとは言えないが

世界史に影響を与えたマイナー日本人。
グーテンホーフ光子と明石元次郎が思い浮かびます。
http://mic.itconsult.co.jp/mz012-nitta.htm
このサイトで二人まとめて紹介されています。
「グーテンホーフ・光子
1892年18歳でオーストリア公使グーテンホーフ伯爵と結婚。
1896年ウィーンに帰国。14年間に7人の子供。32歳の時夫の死。
ウィーン社交界の華として活躍。厳しく子供をしつける。次女オルガ以外離散。
次男リヒアルト「パン・ヨーロッパ」1923年刊行。
民族を超えた連邦制を構想。関税障壁の排除、共通通貨の創設、利害調整機関の創設など今日のEUの原点を見る。ビジョン実現のため社会活動に一生を捧げる。
基軸通貨ドルに対抗する第二の基軸通貨としてのユーロに注目。
明治の日本女性が残した「一粒の麦」の連鎖がもたらすドラマ。

 明石元二郎(大佐−>陸軍大将)
ロシア革命を誘発すべく反ツアー運動を支援する諜報、謀略工作を展開。
「日露戦争を勝利に導いた隠れた要因」との伝説。1902年ロシア公使館付武官。
広瀬武夫と入れ替えで赴任、100万円(80億円)の工作資金を参謀本部から調達、
児玉源太郎参謀本部次長の指示で、ロシア情報の収集のみならず、反ツァー勢力に活動資金を提供し、武器援助と破壊工作を試みた。
ロシア軍将校のみならず、ポーランド、フィンランド、アルメニア、グルジア、ラトビアなどを巻きこんで、反ツァーリ抵抗連合会議を開かす。
日本国の存亡を背負って時代を駆け抜けた男。壮大なロマン。」



#4011 
Lord Q 2003/05/06 11:59
英陸軍

皆さん、1週間ほど書き込み出来ない間にいろいろと
考えをいただきありがとうございました。
私もそれなりに考えてみたのですが、徹夜城さんやひでさんの
指摘どおり、陸軍は封建諸侯の寄せ集めから来ている為、部隊に
よってはロイヤルが付くところと付かないところが有り、総称には
ロイヤルは付けないという考えが正解のような気がしますが・・・。
どなたか、「これが正解だー!」と言える方いらっしゃいませんか?

尾鳩さん、多忙の為書き込み出来ない間にフォローしてくれてありがとう
ございました。



#4010 
徹夜城(このごろ執筆ペースを取り戻そうとしている管理人) 2003/05/05 23:25
なんと史点更新。

えー、三ヶ月ぶりでございます(大汗)。「ニュースな史点」を更新いたしました。
中断中に開戦、大規模戦闘終結宣言が出てしまったイラク戦争関係は予告どおりしばらく「史点」内で「復習連載」することにさせていただきました。初の試みであります。
他は食べ物関係2点でごまかしました。中断中、けっこう面白いネタもあったんですけど、さすがに賞味期限が切れてるようなのでお流れにしました。
3点だけというのもアレなのでSARSか潜水艦か「白装束」かタマちゃんか(後者二つは関連ネタだな)などとも考えましたが、気力が無く…(笑)

>NHK「教育」の仁義なき戦い番組。
ちょうどこちらもハマっていたところで、タイムリーな番組でした。まぁ特に新しい話は出なかったんですけどね。
ですが映画「仁義なき戦い」をポイントとして、脚本・笠原和夫、監督・深作欣二の二人の映画人生を、戦中・戦後の歴史を通してまとめあげるという、NHKらしいというか、なかなかの大作に仕上がっておりました。いろんな映画のシーンがいっぱい入っていて、なかなかにお得な番組でございました。
 でも笠原和夫の「昭和の劇」(番組冒頭にも出てきました。深作欣二が最期まで読みふけっていたそうで)読むと、彼自身は力を入れつつも「仁義なき戦い」は好きではないらしいんですね。ほとんど同じスタッフ・キャストによる「県警対組織暴力」は自分でも会心の出来だと言ってましたが。
 「昭和の劇」読むと、太平洋戦争もの、日露戦争もの、226やら吉田茂やら昭和史の数々の作品を手がけ、しかも関係者に相当に取材をした笠原氏の「歴史観」が濃厚に披露されていて本当にのめりこむように読んでしまいましたね。ヤクザ、総会屋、右翼、そして被差別階級や在日朝鮮人の問題などにも深く考察を入れてまして、読み応えたっぷりです。これらの件については本人も「映画にはできない」と割り切っているところもあって必ずしも脚本に現れてるわけじゃないんですけど。総じて言えば人間の営みたる「歴史」は奇麗事ではないぞ、と。



#4009 
タロイモ 2003/05/05 22:02
長崎の唐船

阿祥さま>
おひさしぶりです。
以前、お会いした時 平戸にいた中国人はいつ頃居なくなったのだろう、ということを
話されていたと思いましたが、この間『長崎県史 対外交渉編』という本を読んでいたところ
平戸の中国人と関係する部分もありましたので、ここに書き込んでみます。

幕府が生糸価格を統制し、またその数量的、安定的確保を必要としたことをうけて
寛永十二年(1635年)に中国船の長崎集中令が実施されたそうです。
すべての中国船に対して長崎一港を限って貿易を許可することにし、
他国への着岸を厳禁し、幕府の完全な支配下に置かれる事になったそうで
中国船の長崎集中令が実施された後は、平戸にいた中国人も長崎に
移住しなければ商売にならなかったのではないかと思われます。
オランダ商館が長崎の出島に移転したのが寛永十八年(1641年)だから
1630〜1640年頃には、平戸は国際貿易港としての役割を終えつつある
時期ということになるのでしょうか。

世界になんらかの影響・偉業を残した日本のマイナー人・・・ですか。
江戸初期の酒井田柿右衛門はどうでしょうか?
伊万里焼の代表的な陶工ですが、長崎での貿易を通じてヨーロッパの陶磁器にも
大きな影響を与えていると思いましたが、この人はどうでしょうか?



#4008 
阿祥 2003/05/05 15:41
八田與一

繁体字のほうがたくさんヒットしました。

http://village.infoweb.ne.jp/~fwgc0017/9907/990718.htm

http://www.yorozubp.com/0005/000509.htm

http://www.a-eda.net/asia/hatta1.html




#4007 
阿祥 2003/05/05 15:32
八田与一

昨日台湾のテレビを見ていたら“八田与一”氏の墓参りのニュースをしていました。台湾の日本占領時代に、この地で当時東南アジア一という規模のダムを作った土木技師です。氏の偉業を偲んで、今でも墓参りに詣でる台湾人が少なくないそうです。
“世界になんらかの影響・偉業を残したマイナー人”ということではリストに挙がってもいいのかなと思います。劇にはなりそうにありませんが・・・。

http://www.h5.dion.ne.jp/~kanazawa/yoichi.html

http://lib.tngs.tn.edu.tw/fish/camp/class/89/890114/890114-01s/59.htm



#4006 
ホリ−・ハンタ− 2003/05/02 23:25
ようやるロイヤルロ−ヤルゼリ−

>ロイヤル
勲章は今でも王室が授与するのでしょうか?
そこらへんから軍の部隊にロイヤルの称号が付く
のが存在するのかな?と漠然と。希な武勲を経てた
指揮官が率いた部隊が、後々にも名と伝統が続くかのように?
スペシャル・エア・サ−ビスは今でこそ、世界最強の
自他共認める殺しのライセンス集団ですが
最初は、対ドイツ・北アフリカ戦線での、小さな後方撹乱部隊
としてスタ−トした、創設者とゆうか初代の指揮官は
貴族の出で、サ−の称号の付いたお方だったとか聞きます、
名前は、はっきり覚えてませんが、サ−・アレキサンダ−
なんとかって人だったかな?



#4005 
ひで 2003/05/02 20:52
あ、それもってる(笑)

>縄文の生活誌(改訂前)
うちにあります(笑)。で、よんでみるとやっぱりトンデモですよ(笑)。
ゴッドハンドマンセーって感じだし。確か著者はいまはどっかの閑職に追いやられたという話が・・。

>英陸軍
単なる想像でしかないんですが、陸軍の場合、やはり封建諸侯の寄せ集め軍隊の時代もあるわけですし、その辺からなのかなと思ってました。海軍だとドレイクに金を出していたのは王室だし、それで海軍はroyalなのかと・・。どうなんだろう?



#4004 
徹夜城(図書館から怒濤のように本を借りてきた管理人) 2003/05/02 20:03
仁義なき…

GWということで多少時間がとれたので今日は市立図書館に出かけて怒濤のように本を借りてきました。中でも昨年暮れに亡くなった脚本家・笠原和夫氏の「昭和の劇」が面白すぎてハマって読んでおります。評判は聞いていましたが、これほど濃い中身とは。
気がつくとこの人がシナリオ書いた映画はずいぶん見てるんですよねぇ…「仁義なき戦い」シリーズはもちろん「二百三高地」「大日本帝国」「海ゆかば・日本海大海戦」の戦争シリーズ、「226」も見てましたね。変わったところでアニメの「三国志」三部作(東映動画+シナノ企画)まで見てます。別に歴史物を多く書いた人ってわけではないんですが、徹底した取材に基づいた執筆姿勢は歴史家のそれに近いという気もしましたね。
 この人がシナリオを書いたものの映画にはならなかった幻の企画に「実録・共産党」(大正から敗戦までの日本共産党激動史!)、「昭和の天皇」(もちろん昭和天皇の伝記映画!けっこう辛辣な内容になるところでした)などがあるんですが、この本の中で取材中に知ったあれこれを暴露していて現代史ファンにもかなり面白い読み物となっております。
 そういや明日、NHK教育ETVスペシャルで映画「仁義なき戦い」のドキュメンタリーを放送するそうで。NHKが「仁義なき戦い」関係を放送するとは…などと感慨にふけったりして。

>原田さん
 図書館帰りに本屋に寄って、「と学界年鑑」最新号を立ち読みしました(←買えよ)。原田さん、「縄文の生活誌」をとりあげておられましたねぇ、もちろん改訂前の(笑)。僕も事件発覚時立ち読みだけして「そのうち買おう」などと思っていたのですが、あっという間に店頭から消えてしまいまして(涙)。この本、今でも書店で「旧版をお持ちの方は改訂版と交換いたします」って掲示されてますけど、そんなもったいないことする人いるんでしょうか(笑)。

 楊貴妃の墓が山口にあるって話ですが、これを元ネタに中国で本気で「楊貴妃は日本に逃げていた」って論文だったか本だったかを書いた人がいたとか報じられていた記憶があります。徐福の話ならまだ可能性はあるんだけど、楊貴妃はなぁ…(^^;)。日本人の中国ミーハーぶりが出たものの一つかもしれませんね。それにしても「本朝水滸伝」ってそんなお話なんですか。

>ブリティッシュとロイヤル
僕はこの件は全くわからんのですが、尾鳩氏の奥様(英国人)が分からないとおっしゃってるんだから勝手な推測をさせていただきましょうか。
やはり陸軍に比べて、海軍・空軍は「特殊技術者集団」という側面が強いから、ってことが根底にないでしょうか。「ロイヤル」っていうといわば「王立○○」だから国王に直結する特殊な機関という側面があるんじゃないかと(「王立宇宙軍」ってアニメもありましたな)。これに対して陸軍は「ブリティッシュ」だから「大英帝国」国民の寄せ集めということで…
もちろん根拠はまるっきりない想像なんですけどね。ただどこの国でも海軍、そこから派生する空軍ってやっぱり独特の業界らしいのでその辺が絡んでるんじゃないかと。

>松風さん
「大黒屋光太夫」は僕がチラッと言及したんですけど、これはそれこそ「メジャー」じゃないでしょうか?かつては井上靖、最近では吉村昭氏も小説を書かれましたし、映画や漫画の題材にもなってますし、かなりメジャーな人なのは確かです。いやもちろん舞台劇の題材としては面白い人には違いないですけどね。

 単に外国へ行った人、というのなら伊達政宗の家臣の支倉常長とか、ザビエルを日本に連れてきたヤジロー(アンジロー)なんかがややマイナーで面白いかと。ヤジローはかなり謎に満ちていていくらでもお話が作れますよ、って僕も作ってますが(笑)。あくまで脇役の一人としてですけど。ヤジローはまさに「倭寇」の一員でして、ザビエルを鹿児島に連れてきたあと中国へ海賊に行って向こうで戦死したことになってます。

 実は今僕がHP連載企画として準備している小説も、「倭寇」に参加した日本人が準主役として登場します。フィリピンのマニラを攻撃してスペイン軍と激闘するというお話になります…とここまで書けば何の話か分かる方はおわかりかと。



#4003 
民本主義者 2003/05/02 15:33
戦後の冷淡2

#3941で「戦後の冷淡」と題して書き込んだ者でございます。
ブッシュ大統領がイラク戦争の終結宣言をしましたが、さっそく来ました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030502-00000867-jij-int
戦争勝っても大統領支持率ダウン=経済に不満強まる−米世論調査
【ワシントン1日時事】2日付の米紙ワシントン・ポスト(電子版)とABCテレビの合同世論調査(4月30日実施)によると、ブッシュ大統領の支持率は71%と依然高水準にあるものの、ピークを記録した4月9日に比べて6ポイント低下した。米国民はイラク戦争勝利を高く評価する一方、経済政策に不満を強めている。
 政策別の支持率では「テロとの戦い」が79%、「イラク問題」が75%に達する一方、「経済」は52%にとどまる。大統領提案の大型減税には、57%が「金持ち優遇」と批判した。米経済の現状を「素晴らしい・良い」とする回答は35%で、「良くない・悪い」の64%を大きく下回る。現政権発足後に「暮らし向きが良くなった」と答えたのは10%にすぎない。 (時事通信)
[5月2日13時13分更新]
                引用終了

ジリ貧を防ぐために必要なのは、シリアか、イランか、それとも北朝鮮か?(ため息)




#4002 
松風 2003/05/02 15:17
みなさまありがとうございます

ごめんなさい。間違えて表記しました!!
尾鳩さん発案の前田光世
アールケイさんの発案の大森兵蔵
でした。
みなさんほんとありがとうございます。






#4001 
松風 2003/05/02 15:14
みなさまありがとうございます

いろいろ知恵をいただいて感謝です!!
昨日会議がありまして、みなさんの案すべて持っていきましたが、
山田長政かアールケイさん発案の前田光世かで接戦だったのですが
結局ぽっ誰かが言い出した大黒屋光太夫がみんなにヒットし、
そっちのせんが今一番有力です。
前田光世・・・すごくいいネタですがアールケイさんのおっしゃる通り
舞台にしにくいってのが一番のネックでした。
どうしても格闘シーンを組み込まねばならなくなるので・・
私的には尾鳩さんの大森兵蔵けっこうヒットだったのですが・・
まだまだ募集中です!
みなさんお力を貸してください。




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