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2007年2月1日

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◆今週の記事

◆今さらですが謹賀新年

 え〜今さらですが、謹賀新年です。こんな時期ですが、アジアでは「旧正月」で祝うところが多々あるんだから、決して変ではありません(笑)。ともかく今年も「史点」をよろしくお願いいたします。って半年以上ストップしておりましたが。
 ここ数年、年の後ろ半分はストップする、という状態が続いていますが、昨年は特に自分ひとりで「歴史教科書」をこさえなければいけないという事態があり、他のことまで手が回らなかったのでありますね。あれこれと「史点ネタ」と思うニュースを歯噛みしながら見送っておりました(笑)。まぁその手の話は史劇的伝言板のほうで話題にしておりましたが。
 今年は多少ヒマになるかもしれないな〜という予想がありまして、収入減は困ったモンですがカネにならない趣味の執筆作業の時間はとれそうで、少々複雑な気分ではあります(笑)。というわけで「史点」も再開ね。

 史点執筆が出来ない間に、日本では政権が交代し、予定通りに安倍晋三さんが総理大臣の地位についた。史点史上4人目の日本首相というわけ。それにしても小泉純一郎さんは長かったなぁ…辞めた途端に存在感が見事に消え去ったが、後任者の安倍さんの影の薄さはどうしようもない。支持率は順調に下降路線をたどりつつあるが、そもそもこの人の「人気」とやらも多分にイメージ先行、上げ底なもんだったから、実際になった途端に大したことないのがバレバレになってしまっただけだろう。キャッチフレーズのつもりらしい「美しい国」の連呼は不気味なだけだし。

 不気味といえば経団連会長の御手洗冨士夫キヤノン社長がまとめた「御手洗ビジョン」に冠せられた、「希望の国、日本」も相当に不気味だった。なんか「美しい」だの「希望」だの宗教くさいったらありゃしない(笑)。
 本文を読んでみたが、「美しい薔薇が健やかな枝に咲くように、美徳や公徳心は愛国心という肥沃な大地から萌え出ずる」なんてくだりではもうアホかと(「綺麗な薔薇にはトゲがある」とツッコミを…)。美徳や公徳心より先に愛国心、って論法ですよ。そしてさらに「愛国心は改革を徹底していく前提でもある。これから我々が進む道は決して平坦ではない。石くれやいばらも多く、痛みも覚悟しなければならない。国民に国を愛する心がなければ、「希望の国」に至る道筋を歩み続けることはできない」…って、消費税を上げて法人税は下げ、国民は黙って負担に耐えなさい、耐えない奴は「非国民」、ほしがりません勝つまでは…と懐かしいフレーズが連想されちゃうな。
 それでいてこの御手洗さん、自分の会社が外資比率が高いために政治献金が出来ないってんで、外資を減らすのではなく法律のほうを変えさせて、来年は自民に献金が出来ると大ハシャギしてるわけで。これだから「愛国心を持て」「公徳心をもて」だのと連呼する奴は信用できない。「愛国心は卑怯者の最後の隠れ家である」とはよく言ったものだ。

 で、その「国を愛する」という表現が、成立以来60年にして改正された教育基本法に盛り込まれた。もっとも、自民党が本来やりたがっていたものからはずいぶんマイルドにされてしまい(民主党案の方が露骨だった)、宗教政党であるところの連立相手の公明党が「心」に踏み込ませるわけがなく、「態度」という妙な表現に落ち着いたが。「国を愛する態度」という表現には何やら「面従腹背」という四字熟語が連想されるよなぁ(笑)。それと法律中の明記により「他国を尊重する態度」も養わなきゃいけないことになったようです(笑)。これ、ひっかかる人が大勢いそうな気がするが。
 教育基本法と憲法の改正は自民党結党以来の悲願。一つは曲がりなりにも果たした、というわけで、次は衆院で圧倒的な数字をもっているうちにと憲法にとりかかり、とりあえず今年は国民投票の方法を決める「国民投票法案」の成立が見込まれている。実際に改正するには衆参両院で3分の2以上の賛成を得なければならないので民主党も賛成しないと不可能なわけだが、自民・民主の連立は公明党が一番恐れていて妨害に走るだろうし、まぁしばらくドタバタとやっていそう。

 防衛庁もとうとう「防衛省」に格上げ。ま、実態はほとんど変わらないとも言えるのだが、「史点」的観点からすると「省」という語の歴史的経緯にも思いを馳せる。そもそもこれは古代中国で宮中の上級官庁を指した言葉で、唐代の律令制で「中書省」「門下省」「尚書省」の「三省」が設置され、その下に各専門官庁の「六部」が置かれていた。日本は唐に学んで律令制を導入しているが、日本の律令における「省」は「刑部省」「民部省」「式部省」のように、中国で言うところの「部」の下に「省」をつけて、実質「部」に相当する位置づけになっている。
 その後、中国では「省」は「浙江省」「広東省」というように地方行政単位をさす言葉となっていき、中央官庁は今も「外交部」「国防部」のように「部」。韓国も中央官庁は「部」で、中国と同様だ。その一方で日本は明治時代に太政官制を復活させた形のため、「大蔵省」「外務省」「内務省」というように「省」が中央官庁の名前になったわけだ。
 律令制以来の伝統があった「大蔵省」は省庁改変の際に「財務省」に改名したが、これが訳語の世界で混乱を呼んでいる。海外文学の翻訳や世界史のテキストなどでは海外の財務担当官庁を「大蔵省」と訳すのがこれまで慣習となっていて、、財務長官を「蔵相」と略して訳すケースが多く、それが急には切り替えられないからまだまだ混乱した状態なのだ。それとなまじ漢字文化圏である中国・韓国の「部」をそのままにするか「省」に直すかで対応は報道機関でもまちまちだ。
 戦前の日本には「陸軍省」「海軍省」があり、それぞれ大臣を出して内閣の一角を担っていた。基本的に陸軍・海軍それぞれから推薦された軍人が大臣になることになっていて、昭和前期にはこれを利用して陸軍・海軍が意に沿わぬ内閣に大臣の推薦拒否を突き出して倒閣するというケースもあった。またシビリアンコントロールどころか「統帥権」が天皇にあることをタテに内閣のいうことも聞かずに軍部が暴走した歴史は良く知られているとおり。
 もちろん現在の防衛省と自衛隊は昔の軍隊とはずいぶん違う組織だし、いきなり「軍国化」などという心配は僕もしてない。ただ今後の自衛隊は海外活動を「本業」に格上げし、国連どころかNATOやアメリカと一体化した軍事行動をとる方向性を進んでおり、今度はその主体性の無さが気にかかる。
 とか思っていると、日本初の「防衛大臣」となった久間章生さんがイラク戦争や沖縄基地問題でアメリカの悪口を言い出したりしたのは、もしかして「戦後レジームからの脱却」ってつもりなんでしょうか(笑)。思った以上にアメリカ側が反応してるのも(例の「核保有論議」も思い合わせて)かすかな疑念を読んでいるのかもしれませんな。これを「キューマ危機」と呼んでたりして(笑)。

 親分アメリカに付き合う形で日本が「出兵」し、まぁなんとか無難に撤退した(空自は活動してるが)イラクは、その後もうメチャクチャ。イラク戦争開始時に「政権倒すのは当たり前として、そのあとどうするんだ」と伝言板で書いていた僕の予想をはるかに上回る混乱ぶりだ。アメリカ兵の死者も3000人の大台を超え、イラク人の死者にいたってはもう実数がつかめない。中間選挙でも共和党が敗北し、さすがのブッシュ大統領も「失敗」を公言せざるを得ない情勢になっている。
 昨年の暮れも押し迫った12月30日、イラクの前大統領、サダム=フセインは絞首刑に処せられ、波乱に満ちたその生涯を閉じた。「史点」にもずいぶん登場した人物だが(イラストにもしたっけな)、刑死という最後を遂げたのは史点史上彼が最初だ(今後そういうケースが出てくるのかどうか…?)。その処刑の模様を映した映像が報道やネットを通じて全世界に配信されたということでも、彼は世界史に名を残してしまうんじゃないかと。
 急スピードの裁判→死刑判決→処刑の展開には、さすがに批判も多かった。あれこれ過去の関係をしゃべられるとまずいアメリカがさっさとやらせた可能性もまだ否定はできないのだが、フセイン政権時代に弾圧されたシーア派を中心とするマリキ首相の政権が、アメリカの予想を超えるスピード処理をしてしまったのも事実らしい。死刑の直接的理由はシーア派150人ぐらいを虐殺した事件について「人道上の罪」が問われたものだが、化学兵器を使用してのクルド人虐殺容疑については事実上闇に葬る形に。フセイン処刑に続きその側近の処刑も執行され、フセイン政権時代のことはますますウヤムヤにされ、あまつさえ宗派間対立がさらに激しくなる事態に。もしかしてマリキ政権はアメリカへの嫌がらせをしてるんじゃないかと思えてくる(などと思っていたら、先日いしいひさいち氏がイラク人たちが日本の「地上げ屋」から追い出しテクニックを学んだ、というネタを書いていた)。ブッシュ政権が最近さかんに「イランの工作活動」に言及するのも気になるところ。

 昨年はこのサダム=フセインを締めくくりにして、「史点」ネタによく出てきた大物がいろいろと亡くなった。やはり「人道上の罪」に問われて裁判中だった元セルビア(ユーゴスラヴィア)大統領・ミロシェビッチが病死したのも昨年3月のこと。チリの独裁者で軍事政権時代の罪状を問われていた(老齢のためお目こぼしという形になったが)ピノチェト元大統領も12月に91歳で大往生。キューバのカストロ首相もいつそれに続くのか、と言われたりしているわけだが(失礼)、とりあえず年は越したようだ。

 2007年は日本ではとりあえず参院選が行われるので、それまでは各種の「不票」を買いそうな政策は凍結状態になりそう。しかし安倍内閣支持率イカンではまさかの「衆参同日選」決行も噂されている。今のところみんな否定しているが、なにせ過去には中曽根康弘元首相がやらないやらないと言って結局決行した例もあるし。
 アメリカの方でも次期大統領選へ向けての動きが開始された。やはり、というか、予定通りにヒラリー=クリントン上院議員が立候補を表明。民主党内の有力対抗馬が黒人のオバマ上院議員というあたり、どちらにしても候補になっただけでアメリカ史上初の事態になる。共和党側はNY市長だったジュリアーニ氏が有力視されてるらしいけど、まさか女性&黒人ということでライス国務長官なんてことは…そういやフランス大統領選でも社会党の候補者は女性のロワイヤル氏なんだよな。

 ま、ともあれ、何が起こるか分かりませんが、今年も歴史は進み、史点は書かれていくのであります。



◆過去と現在の対話

 歴史学専攻に進んだ学生が、たいてい読まされる定番本が、イギリスの歴史家(ソ連史専門)E=H=カー『歴史とは何か』だ。そもそも歴史学とはなぜ存在するのか、という「歴史哲学」と呼ばれるジャンルの教科書的扱いをされる名作である。一家中史学科という変な我が家では、両親が大学時代に使った訳本が転がっており、僕が史学科入学直後にそのまま使用したりしている。大学入試の「赤本」なんかだと入試の前に読め、と書いてあったほどだ。
 その『歴史とは何か』の内容を一言でまとめろ、ということになると「歴史とは、過去と現在との対話である」というカーの名句に尽きる。昔の話を研究してどうなるんだとか、時代とともに見方が変化する「歴史」というものとどう向き合うのか、といった根本的な疑問に対する一つの回答といえるだろう。歴史と向き合う現代の人間もまた歴史の流れの中にいる「歴史的存在」であり、その立場から過去の歴史と「対話」をしてそれを自分の生きる現代に反映させる、というまとめ方でいいのかどうか、まぁそういうことを言ってるのだと僕は解釈している。

 それはそれとして、「歴史」論議は単なる昔話ではなく、しばしば「現在」に深く関わり、目の前の大問題として浮上してくる。特に、どうしても現在と密接に関わる近現代史の論争は直接的な政治問題になりやすい。日本周辺ではこれが近年イヤというほど見られるわけだけど、それは何も日本周辺にかぎった話ではない。


 1月19日、トルコのイスタンブールで、ジャーナリストのフラント=ディンク氏(52)が新聞社から出てきたところを頭や首に銃撃を受けて即死した。ディンク氏はトルコ国民ではあるが民族的にはアルメニア系で、トルコ近代史のタブーともいうべき「アルメニア人大虐殺」問題について積極的に追及してきた著名人であったため、事件はトルコ社会に大きな波紋を広げた。実際、逮捕された暗殺者は民族主義組織に関わっていた無職少年(17)で、ヤシン=ハヤルなる過激民族主義団体のリーダーから武器と暗殺指令を受けていた。暗殺指示容疑で逮捕されたヤシン=ハヤル容疑者は「少年は任務を果たし、トルコの名誉を守った」などと供述しているという。何やら日本の浅沼稲次郎社会党委員長刺殺事件(1960)を思い起こさせる話だ。実行犯の少年は「足が速かったから選ばれた」と供述しているそうだが、ヒットマンには純粋な少年、というのはテロの一つのパターンとも思える(で、指示を出す人間はたいてい安全圏にいるのだ)
 
 「トルコによるアルメニア人虐殺」問題は以前にも「史点」で書いたことがあるはずなので(探すのが面倒なので各自探して(笑))詳しい説明は避けるが、まだトルコが「オスマン帝国」の末期であった第一次世界大戦中に起こったとされるもの。当時の青年トルコ党の政権がアルメニア人の強制移住を実行し、その際に数多くの犠牲者が出た、ここまではだいたい意見の一致をみている。しかしアルメニア人側はこれがトルコ政府による組織的な民族虐殺であるとし犠牲者数を150万人以上と主張しているのに対し、トルコ政府は強制移住により犠牲者が出たことは認めながらも「組織的虐殺」はなかったと反論している。
 その後故国を離れて欧米に散らばったアルメニア人たちの運動があり、かつ大半がキリスト教徒であるアルメニア人に欧米の人々が同情しやすいという面も否定出来ないのだが、ともあれ「アルメニア人虐殺」はほぼ彼らの主張に沿って欧米で認知される傾向にある。これにはヨーロッパの一員としてEU入りを国家的悲願としているトルコは非常に神経質になっていて(ついでに言えばアルメニア共和国との領土問題もからむ)、政府として公式に「虐殺」を否定し(在日トルコ大使館のHPにも反論が掲載されている)、「虐殺」を肯定する発言や記事執筆を行えば刑法の「トルコを侮辱した罪」に問うことになっている。ノーベル文学賞を受賞したオルハン=パムク氏や今回暗殺されてしまったフラント=ディンク氏もこの罪に問われて起訴されている。
 こうしたトルコ政府の姿勢は「言論弾圧」として国際的批判を受けているが、一方でフランスで「アルメニア人虐殺を否定すれば有罪」という法律の制定が進んでいると聞いては、正直「どっちもどっち」という気もしてくる(あくまで法律による言論規制という点でね)。実際、ディンク氏はこのフランスの法律制定にも反対の声を上げていて、この問題をトルコのEU加盟の是非にからめようとする西欧諸国を「非論理的」と批判してもいた。

 そうした良識的有名ジャーナリストが「極右少年」に暗殺された今回の事件はトルコ社会に大きな反響を呼んでいるようだ。ディンク氏暗殺の直後からトルコ人らによる言論テロに反対する大きなデモが行われたし、23日に行われた氏の葬儀には10万人もの人々が参加し、大半がトルコ人にも関わらず「我々はみなアルメニア人」とのプラカードが掲げられ、トルコ政府としてアルメニア共和国の外務次官を葬儀に招待(トルコとアルメニアの間に外交関係は無い)するなど、この事件が民族対立につながることを懸念し、連帯を呼びかける運動が行われたという。政府も虐殺問題に関する「トルコを侮辱する罪」の規定の改正を考慮、との報もある。
 こうした運動が一時的にならねばいいんだけど…どうもトルコはあくまで「EU加盟」が国を挙げての至上命題であって、それに影響が無いかをまず心配して慌てて動いてる、って観もあるので。


 歴史問題、ということでは第二次大戦がらみも定番だ。
 バルト3国の一つ、エストニアの議会が1月10日に「不適切に置かれた大戦の死者の墓や記念碑を移動できる」ことを認める法律を可決した。この法律で名指しされているわけではないようだが、この法律制定の最大の狙いは、首都タリンの中心部にある、第二次大戦で戦死したソ連軍兵士の遺骨を納めた墓や、彼らを称える記念碑の撤去にあることは明らかだった。この動きにソ連を継承している形のロシア側が強く反発し、「経済制裁」すら辞さない動きを見せているという。
 エストニアを初めとするバルト3国は、ロシア帝国の領土だったが、第一次世界大戦後に独立を達成した。しかし第二次大戦期にスターリン指導のソ連に併合されてしまい、ソ連崩壊の過程でようやく独立を取りもどしたという経緯がある。最近ではEUにも加盟してますます「旧ソ連」から遠ざかっている形で、首都の中心にある「ソ連時代の記憶」をとっとと撤去したいという気持ち自体は分からないではない。第二次世界大戦はソ連にとってはナチスのファシズムと戦った「大祖国戦争」と位置づけられるが、エストニアに言わせればヒトラーとスターリンの二大独裁者に勝手に自国の取り合いをされたようなもので、ソ連兵士を称える気なんざ起きないのは事実だろう。
 エストニアではナチスの「カギ十字」とともにソ連の「鎌と槌(つち)」のマークを公共の場で表示することを禁じる法律も制定しようという動きがあるそうで。


 そのナチスのシンボル「カギ十字」、ドイツではすでに法律で表示が禁じられ、西ヨーロッパ各地でも事実上公共の場ではタブーとされているのだが、日本ではナチスファッションともども何気なく使っちゃうこともあって、過去にも「キン肉マン」のブロッケンjrについていたそれが海外放映時に問題となったこともある。しかしその「カギ十字」とは逆向きである「卍(まんじ)」マークにもナチスのそれと誤解してイチャモンがついた例が「ポケモン」にあった。
 「卍」というのは地図では寺院を示す記号だが、ちゃんと漢和辞典にも載っている漢字でもある。ただし中国で生まれた字ではなく、漢和辞典に「インドで仏の胸に描いて功徳円満の意を表した記号」とあるようにもともとはインドの記号だ。この「卍」マークを漢訳仏典では「徳」とか「萬」とかで表現しようとしたが、あの則天武后の時代に「卍」を新漢字として認定し、「萬」と同じ読みをするということになったのだそうだ。仏教だけでなくヒンズー教もこのマークをめでたい印として結婚式などで使うそうである。
 このたびEU議長国のドイツが、自国同様に「カギ十字」を公共の場で表示する事を禁じる措置をEU全体に広げようとしたところ、EU域内のヒンズー信者団体から抗議の声が上がっているとの報道があった。ヒンズー団体は「われわれにとって、カギ十字の持つ意味はナチスの思想とは対極にある」「ナチスが誤った使い方をしたからといって、カギ十字の平和的使用を禁止するのは間違いだ」として、法律の導入反対を欧州議会にはたらきかけていくという。ま、確かにマークに善悪があるわけじゃないですからね。PCエンジンマニアとしては名作RPG「天外魔境II卍丸」が欧米ではプレイされないのは問題であると思います(笑)。


 ナチスがやった最大の悪事とされるのが「ユダヤ人虐殺」、いわゆるホロコーストだが、これについても疑問や否定をする動きが絶えない。ただしナチス信奉者というよりは「反ユダヤ」の立場からこれを主張する向きが多く、最近ではカトリック保守派信者のメル=ギブソンの父親がそうした発言をしていたし(メル=ギブソン自身もホロコースト否定ではないが酔っ払って反ユダヤ的発言をしたとして問題になった)、ユダヤ人国家イスラエルに対する反発からイスラム圏にもホロコースト否定論は広がっている。有名どころで反米・反イスラエル姿勢を鮮明にしているイランのアフマディネジャド大統領はホロコースト否定を明言し、それを検証する国際会議まで開いちゃったりしている。
 1月26日、国連総会でアメリカが発案国となって「ナチス・ドイツによるホロコーストの歴史的事実を否定することに対して無条件で非難をする」という決議案が出され、共同提案国103カ国、決議に参加した加盟国全ての賛成を得て採択された。実質的全会一致なんだけど、この決議案が明らかに標的にしているイランは最初から決議に加わらなかった。イラン代表は演説でこの決議を「偽善的な政治運動」と非難したという。
 もっとも国連総会の決議は法的拘束力は持たない。日本が毎年国連総会で「核兵器廃絶」を求める決議案を出して圧倒的賛成多数で採択されてるなんて、日本人でも余り知らないのでは。これも実は「反対」する国はゼロなんだけど核保有国がみんな棄権しちゃうんだよな。



◆「社会主義国」新たに登場!?

 ソビエト連邦の崩壊このかた、「社会主義国」という言葉も遠い過去のものになった観がある。いや、今でも中国・北朝鮮・ベトナム・キューバなど「社会主義国」の看板を掲げている国は存在しているが、中国とベトナムは市場経済導入でおよそ「社会主義」とは思えない国になってしまった。北朝鮮も市場経済導入を試みようとはしているし、そもそも独自の「主体思想」とやらを掲げていて「社会主義国」というカラーはとうに薄かった(むしろ「宗教王国」というイメージだ)。キューバについては実情が良く分からないのだが、革命以来の指導者カストロ議長もあとどれだけもつか、という健康状態と言われ、どのみち体制の変革は避けられないのではないかと見られている。

 そもそも「社会主義」という思想&構想自体が産業革命以後の資本主義へのアンチテーゼとして生まれたもので、マルクスらが、高度に発達した資本主義社会はそれ自身の矛盾により社会主義へ移行すると「科学的」根拠をもたせたものの、現実にマルクスらが想定したような社会主義革命は一つも起こってないともいえる。ソビエト連邦が成立した当時のロシアだってとても「高度に発達した資本主義社会」だったとは言えず、革命をやっちゃったレーニンたち自身も、ロシアより資本主義が発達していた西欧諸国でまもなく社会主義革命がおこり、さらに共産主義段階へと移行すると思っていたフシがあるようだ。しかし現実にはそうはならなかった。
 その後実際に出現した「社会主義国」は資本主義段階すらあったかどうかというような発展途上国ばかりという事態になる。そういう国で、そもそも人間の欲望を押さえ込むような社会体制を作ろうというんだからなおさら無理があるわけで、結局は警察国家・個人崇拝・人権抑圧・情報統制といった話ばかりが目立つ国が多かったことは否定できない。
 
 さてソ連崩壊からはや15年が経つわけだが、ここに来て「社会主義国」を公式に宣言する政権が出てきて注目を集めている。南米の産油国・ベネズエラだ。現在正式な国名は19世紀の南米独立の英雄シモン=ボリバルから名をとって「ベネズエラ・ボリバル共和国」というそうだが。
 南米諸国が近ごろ左派政権が次々と誕生し、アメリカ、というよりブッシュ政権に反旗を翻すような姿勢を強めて連携し、「南米連合」みたいな勢いを見せている。これが一時的なブームなのか大きな流れになっていくのかはまだ判然としないが、この状況の先駆けを突っ走っているのがベネズエラのチャベス大統領というのは衆目の一致するところ。
 チャベス政権は主に貧困層の支持を集めて1999年に成立したが、富裕層・中産階級がこれに反発し、石油利権をもつアメリカの介入もあって2002年に軍事クーデタが発生、一時チャベス大統領が拘束されるなど混乱もあった。しかしこのクーデタは失敗に終わり、かえってチャベス大統領の権力強化を招く結果になる。2005年に議会選挙が行われたが、反チャベス陣営が候補を立てない戦術をとったため、議会はチャベス派で全議席が独占される状態になっている。

 このチャベス大統領、反米姿勢をますます強めている。昨年の国連総会の演説ではアメリカを「悪魔」とののしり、先日も国営TVで「グリンゴは地獄へ落ちろ」と叫ぶなど(「グリンゴ」はラテンアメリカでの米国人に対する蔑称。手塚治虫の絶筆作品の1つのタイトルにもなった)、言動は過激さを増すばかり。外交面でもイランやベラルーシ、ボリビアなどアメリカと対立する国をわざわざ訪問して連携を強調するなど、アメリカをチクチクと刺激する活動を見せている。やはり反米姿勢を見せる北朝鮮(もっともここは話さえ合えばコロッと親米に転じそうな気がするが)にも一時支持する姿勢を見せていたが、さすがにミサイル発射・核実験については非難する声明を発表し距離を置いている。
 このチャベス氏が「師匠」として崇めるのが、中南米における反米の元祖的存在、キューバのカストロ議長だ。チャベス大統領はキューバを何度も訪問してカストロ議長と会談、近ごろ健康不安説が強まっているカストロ議長の「健在」アピールに一役買ってもいる。ベネズエラはキューバに石油を供与、キューバは2万人もの医師をベネズエラに派遣して貧困層治療にあたるなど相互の協力も進められている。先日など、ベネズエラ政府が同国の貧困層10万人にキューバへの無料観光旅行をご提供!なんて、ちょっと笑っちゃうような発表もしていた。

 昨年12月に三選を果たしたチャベス大統領はとうとう「21世紀の社会主義」を明確に掲げ、「われわれは社会主義に向かっており、止めることはできない」「社会主義か死か」とまで言い切ってしまった。この方針を示すために、ベネズエラの国章に描かれている馬が「右向き」になっていたのを「左向き」に変えさせたほどだ(笑)。社会主義といえば企業の国営化が定番だが、エネルギー関連企業や通信・電力会社などの国有化をおし進める動きが本格化している。
 まずとりかかったのがベネズエラ最大の通信会社CANTVの国有化。ここをまず狙い撃ちにした理由は、ほかでもない、この会社はアメリカ企業が大株主なのである。ただ強制的に国有化するのは少々無理があると思ったのか、チャベス大統領は「我が国の電話会社を支配しているのは、米国だ。彼らは電話会社を通じてベネズエラ大統領の通話を録音している」と発言、国有化の根拠に挙げている。まぁまったくの事実無根とは言えない気はするが…
 こうした改革をおし進めるために、チャベス大統領派で独占された議会は1月18日に「授権法」を満場一致で可決。一年間の期限付きではあるのだが、大統領に議会の審議を経ずに法律の制定する権限を認める、という、独裁以外の何者でもない法律を制定しちゃったのだ。大統領任期についての憲法改正を進めるとの話もあり、どうも過去によくあった開発独裁型の「社会主義政権」になっちゃうだけなのではないかという危惧を感じる。

 チャベス政権がここまで強気になるのも、米ブッシュ政権がイラク戦争で泥沼にはまって、おいそれと身動きがとれないこと、以前からアメリカの介入・支配を面白くなく思っていた南米諸国の共感があること、そして豊富な石油資源を握っているため経済外交を優位に進められること、などがある。しかし何ごとも過ぎたるは及ばざるが如しってやつで、やりすぎるとどっかで大コケするような危なっかしさがあるような。



◆「弾丸列車」が大陸を走る

 さて、一応「社会主義国」ということになっている中国からの話題。
 1月28日、中国に「CRH2型子弾頭」なるものがお目見えした。名前だけ見ると新型ミサイルみたいだが、実はこれ、このたび上海〜南京、上海〜杭州間を走り始めた高速列車の名前だ。日本ではさんざん報道されたので車両を見た方も多いだろうが、その姿は日本の新幹線最新車両そのまんまである。東北新幹線「はやて」「やまびこ」に導入されているE2系がベースとなっていて、川崎重工業など日本企業6社が中国と契約して3編成を日本で製造して引き渡し、6編成は部品だけ送って中国で組み立て、あと51編成はライセンス供与を受けた中国企業「南車四方機車車両」が製造という形がとられている。なお、「新幹線」といっても日本のように在来線とは別に新規に作る形ではなく、従来の線路上を高速で走るだけ。日本と違って中国の鉄道は国際標準軌の1435mmであるため新幹線車両がそのまんま走れるわけなのだ。

 中国の高速鉄道車両は日・独・仏・カナダでの激しい受注競争が長いこと続いていて、とりあえずいずれの顔も立てるという形で、CRH1=カナダCRH2=日本CRH3=ドイツCRH5=フランス、と手分けする形での受注となった。「あれ、CRH4は?」と思って調べたところ、「四」は「死」に通じるということで縁起をかついで欠番ということだそうな。う〜む、日本にもたまにある話ではあるが、さすがは漢字の国というところか。
 なお、今回の高速列車はあくまで在来線を走る特急列車ということであり、各国が狙う「本命」は北京〜上海間の新規高速鉄道計画だ。これについては中国側は各国の技術を取り込みつつ、自国生産車両での運行を目指しているという話なのだが…
 
 ところで1月28日から営業運転が開始された日本新幹線ベースの「CRH2」だが、「日本の技術導入」ということは一切報道されず、「中国の独自技術」という報道がなされていると伝えられる。僕もその当日にネットで中国の報道を当たってみたが、確かに「日本」ということは一切出てこなかった。ただし数日のうちにはネット掲示板などで日本の技術ということが広がっているのを確認しており、日本の新聞の取材でも乗ってる客もネット経由で案外知っていたとの報道があった。
 中国の報道が「日本技術」に触れなかった理由は察しは着く。日本のネットでも鏡写しで似たようなところがあるが、中国ネット界では「反日」はファッションみたいなもんで、以前から日本技術導入には反対署名が行われたりしていた(他にも「SAYURI」上映反対とか、日本版「西遊記」への反対運動とかもあったな)。日中間の実態を見れば政府はむしろ「親日」なわけで、あちらの反体制運動はそこを突いて「反日」に踊るというところがある。それを刺激して「反政府」に走られてはかなわんと報道規制したってところだろう。それでもネットではさんざん情報が流れてるんで無意味だし、実のところネット上以外で反対運動が起きてる様子もないので気にしすぎってもんではないかと。

 ところで「子弾頭」とはピストルなどから射出される「弾丸」のこと。このネーミングに僕は意味深なものを感ざるを得なかった。鉄道史に詳しい者なら誰でも、「新幹線」のルーツがまさに「弾丸列車計画」にあることを知っているからだ。
 俗に言う「弾丸列車計画」は日中戦争が泥沼化していた1939年(昭和14)に具体的にスタートした。軍事的要請もあって日本から大陸への輸送力増強を図るため、東京〜下関〜朝鮮半島〜満州〜北京に至る高速鉄道を新規に作るという雄大な構想だった。これは当時の鉄道省内では「新幹線」と呼ばれていたのだが、報道ではその響きもいいので「弾丸列車」と呼ばれるようになったらしい。この計画に従って用地買収が進められ、計画自体は頓挫したものの、この時の計画が戦後に復活する形で東海道新幹線が建設されることになっていく。
 その新幹線が、流れ流れてついに当初の目標であった中国大陸を走る。その名がしかも「弾丸」…って、分かっててやってるんじゃないのか中国も(笑)。もしかして日本側がこっそり命名していたりしないか。

 ところでこの弾丸列車計画、下関から朝鮮半島までどうするんだと思うだろう。驚く無かれ、この時点で「海底トンネル」を計画していたのだ!現在世界最長の青函トンネルもメじゃない、長大な海底トンネル計画だったのである。しかも一時は掘削方式ではなく「チューブ」を海底におろしてその中を列車が走るというSF並みの構想までもたれていた(マリン・エクスプレス!)。結局はその方式では潜水艦攻撃をくらうおそれありということでお流れになったそうだが。
 この「日韓海底トンネル計画」も時々思い出したように浮上してくる。1980年代から何度か計画だけなら持ち上がっているし、今年12月に行われる韓国大統領選挙の有力候補と言われる高建(コ=ゴン)元首相が公約に「日韓海底トンネル」を掲げるんじゃないかと報じられている。まぁ建設費などを考えると実現は無理っぽいと思われ、やはり大統領選出馬を表明している朴槿恵(パク=クネ)前ハンナラ党代表が提案する「韓・日・中の列車フェリー計画」のほうが現実的というものだろう。

 中国大陸に「新幹線」が走るその直前に、台湾でも「新幹線」が試験営業運転を開始した。こちらはさんざん報道されているように完全に日本の新幹線技術をベースにしたもので、営業運転自体はタッチの差になってしまったが、日本の新幹線技術の海外輸出の第一号となった。
 これも日本とフランス・ドイツ連合の受注競争があり、一度は仏独連合側に決まったのだが、突然日本技術に切り替えた(その理由については技術なこともあるが政治的なものという見方もある)経緯がある。そのため仏独連合のベースに日本新幹線を乗っける形になってしまい、トラブルや混乱が相次いでここまで営業開始が遅れてしまった。なんでもしばらくは運転士は全員フランス人になってるそうで、何やら明治時代の「お雇い外国人」を連想してしまう。

 まぁ鉄道ファンとしては日本が誇る新幹線があっちゃこっちゃで走るのを見るのは素直に嬉しい。あれやこれや隠したり文句つけたりしたって、ベースが日本の新幹線であることは間違いないんだから。本物の「弾丸」売るよりずっとマシなのは確か。
 それよりもあの中国で「SL絶滅」が迫り、お別れ展示会が開かれたりしているってニュースに一抹の寂しさを覚えちゃったもんだ。


2007/2/1の記事

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