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2014年9月1日

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◆今週の記事

◆今年の夏ももう終わり

 さて毎年恒例で、こちらの商売は夏が多忙。おかげで「史点」更新も二ヶ月近くもほったらかし。結局夏休みの終わったのちの今日になってこれを書いている。

 この7〜8月にもいろんなことがあった。シリア・イラクの「イスラム国」は相変わらず元気に活動中で、異教徒に人頭税をかけるところまでは「伝統」だからまだ許容範囲として、異郷徒への強制的な改宗や大量処刑、女性の売買、油田地帯を抑えての密輸、人質をとっての身代金要求など、それで「聖戦」を名乗って恥ずかしくないのかよ、と言いたくなる報道が耳に入ってくる(あのアルカイダすら距離を置いてるんだから)。『旧約聖書』で知られる預言者ヨナの墓まで爆破しちゃったなんて、ホントに罰当たりなこともやっている。
 「イスラム国」には欧米出身のイスラム教徒も多数参加していることも注目されている。ボストン・マラソンでの爆弾テロがアメリカ育ちの人物による犯行だったし、それ以前のロンドンでの爆破テロでも実行者はイギリス育ちだったとされ、近ごろ目につく傾向ではある。もちろんイスラム教徒の大多数はそんなことはしないのだろうが、かえって欧米社会でマイノリティーとして育つと自身のよりどころとして過激信仰に走ってしまう…ということはあるのかも。こういうことが続くとそれこそ反移民意識に火がついて、いっそうややこしくなる恐れも感じる。

 その後情報が途絶えているが、日本人一人が「イスラム国」の捕虜となった。この人物が「民間軍事会社」を設立していたり、プライベートな部分でもいろいろと「ややこしい」人だったもので、日本の情報機関員(?)の疑いまでかけられてしまっているらしい。「イスラム国」側がインターネット上でこの人についての情報収集をしているあたりも、言い古された表現だが「グローバル化」を実感してしまう。
 この「イスラム国」、さすがにアメリカも放置はできないと見て、一部空爆を開始した上にNATOも含めて本格的な軍事作戦の展開も検討しているらしい。前任者の尻ぬぐいをさせられているという観もあるんだけど、「イスラム国」のヤバさは確かに放置はできまい(まぁアサド政権打倒を優先して実質放置してたからこういう事態になったんだが)。現在でも「イスラム国」対策で一日約8億円を使っていると聞くと、「集団的自衛権」とやらがさっそく適用されて日本も「お手伝い」させられそうな…


 ウクライナ東部の情勢も相変わらずで、この間に現地上空でマレーシア航空機が撃墜されてしまうという、思わぬ「副産物」の悲劇までが起こってしまった。この撃墜の真相についてはほぼ親ロシア派側の誤射だろうと見られているが、当事者たちは認めておらず「藪の中」状態にされてしまっている。
 クリミア併合の方はみんなもう既成事実として認めちゃっている観もあるが、ウクライナ東部については双方が譲らない状況。ロシア政府は直接的関与を否定してるけど、ロシア軍兵士の一部が「義勇軍」としてウクライナ東部に越境し、親ロシア派を支援しているのは事実のようで(政府の指示ではなく個々人勝手な「義勇軍」参加という形にしたといえば朝鮮戦争における中国軍の例もある)、一時押され気味だった親ロシア派が一気に巻き返す勢いになっている。一方のウクライナ側もそれこそ「民間軍事会社」の外国人、要するに傭兵を使って攻勢をかけているとの話もあり、この戦いは地元住民はあんまり関わってないんじゃないのか、という気もしてくる。
 和平への動きもチラチラ見えては逆戻り、を繰り返していて、ロシアもウクライナもお互い引くに引けなくなっている。ウクライナの現政権はEU加盟どころかロシアが一番いやがっているNATO加盟への動きも加速させていて、ロシア側も態度を硬化させて、プーチン大統領が「我が国は核大国」なんて物騒な発言をかましたりしている。これまで言わなかったウクライナ東部の「独立」にも言及していて、もしかするとクリミアみたいな強硬手段を取る気なのか、との懸念もある。まぁこれまでの経緯からするとそこまでの気はなく、ウクライナを連邦国家状態にして東部は半ば独立状態、みたいな形が落とし所と思って駆け引きをしてるんだと思うけど。
 経済制裁、それに対する報復制裁も行われて「また冷戦か」なんてささやかれているが、プーチンさん、ホントに秋に来日できるんですかねぇ。微妙に日本相手には違った態度を見せてもいるだが。


 「史点」ほったらかし期間中に武力紛争が開始され、再開までに一応の停戦となったのがイスラエルのガザ地区。パレスチナ側にイスラエルの少年が殺害されたとの報道があった直後からヤバい感じはしていたが、ガザ地区の「ハマス」によるロケット砲攻撃とイスラエル側の空爆&地上軍侵攻とでこの2カ月ばかりは完全に戦争状態。といっても力関係では当然イスラエルの方が圧倒的に強く、一方的にブン殴ってる印象しかなかった。
 2000人以上も出た犠牲者の大半は一般市民で、国際的な非難はもっぱらイスラエルに向けられた。さしものアメリカ政府も苦言を呈していたし、イスラエルを批判すると「ユダヤ人差別」と結び付けられやすいヨーロッパでも指導者レベルでイスラエル批判が口に出された。そんなこんなで停戦と破綻を繰り返したあげくに8月末になってようやく「長期停戦」がまとまり、ひとまずの事態収拾となったのだが、ハマス側もイスラエル側も「勝利宣言」をしているあたり、そのうちまたやらかすな、とバカバカしくもなってくる。


 歴史ネタかどうかは迷うのだが、ほぼ確実に今年を象徴する「歴史的事件」にされてしまうであろう、「STAP細胞」騒動、とくに新情報もなく捏造が確定ということで話題も少なくなったと思っていたら、論文の共同執筆者としてSTAP細胞に「箔」をつけてしまった笹井芳樹氏が自殺する、という悲劇が起きた。
 僕は最初にこのニュースを仕事先の休み時間にスマホで目にした時、一応驚きはしたものの、すぐに「やっぱりこういうことになっちゃうのか」と思った。海外メディアの一部で「日本では自殺という形で責任をとる場合がある」といった報道があり、それに対して「誤解」と反発する声をネット上で多く見かけたのだが、実際の話、日本で大きな疑獄事件だの企業の不祥事など、組織がからんだ大きな事件が起こると、たいていどこかで一人くらい自殺者が出る。江戸時代でもそうした事例は多かったように思うし、僕はあながち的外れでもないと思った。笹井さんという人は報道で聞く限りでも経歴的にも業績的にも普通の日本人の範疇には入らないレベルの人だったとは思うのだが、多くの人や多額のカネのからむ組織の中で精神的に押しつぶされてしまったのかなぁ、とも感じる。ただ、酷なようだがあの世に逃げちゃってもしょうがないわけで。
 STAP細胞騒動は、日本の科学界・教育界、さらには一般人や文化人、マスコミの一部にみられた科学・学問理解のレベルなどなど、多くの問題点をあぶり出した。そう言っちゃうと日本ならではの事件というようにも聞こえるが、アメリカのベル研究所で起こったヘンドリック=シェーンの不正事件を扱ったNHKのドキュメンタリー(10年前の番組の再放送)を先日見たら、ビックリするほど展開・背景構造が瓜二つで、幸い(?)にして、この手の話は日本だけではないと良く分かった。ただそっちでは自殺者は出てないんだよね。


 もひとつ科学系の話題になるのだが、「69年ぶり」「戦後初」と聞くとやっぱり歴史ネタでもあろう。8月末になって、日本国内で海外渡航経験のない人に「デング熱」を発症した人が出たのだ。「デング熱」はおもに熱帯・亜熱帯で発生する病気で、蚊によってウイルスに感染させられ発症する病気。マラリアほどひどい症状ではないらしいが風邪よりはキツいそうで、下手すると死んじゃうこともあるという(まぁ風邪だって下手をすれば死ぬこともある)。日本国内で感染が確認されたのは戦時中のことで、戦争で東南アジアなど熱帯に行ってた兵士が感染して帰国、そこから蚊を媒介して流行した例があるという。それ以来なかったというのは、やはり戦争中ほど人が熱帯へ行ってないということなんだろうか。

 報道で初めて知ったが日本でも毎年200人くらい、海外から帰国後にデング熱を発症しており、そうした感染者の血を吸った蚊を媒介して感染者が広がることは専門家の間では以前から予想されていた。今回はたまたま確認されただけで実際にはすでに国内感染者は出ていたのではないか、との見方もあるそうだ(ネットで調べたら昨年にも日本を旅行したドイツ人が山梨県で蚊に刺され、帰国後発症していたという)
 媒介する種類の蚊も温暖化のせいもあってか生息域がどんどん北上している事実もその根拠となっている。その生息域北上のマップをテレビで見たが、なんだか桜前線だか、朝廷の東北支配前線の北上解説図にそっくりだなぁ、と思ってしまった(実際、朝廷と蝦夷の境界線の変遷は気候変動と関係があるとの説をどっかで見た気がする)。このニュースの直前には「今年は猛暑のせいか蚊が少ない?」なんて報道が出ていたが、デング熱報道の直後には殺虫剤メーカーの株価がドーンと上がったりしていたな。
 ところで、僕も一時そうだったのだが、この病気について「テング熱」だと思い込んでいる人が多数いる。実際、「デング熱患者が70年ぶり発見」とのニュースが流れた直後、ネット上の検索キーワードの上位に「テング熱」「天狗熱」が食い込んでいた。南方でかかる病気、というイメージが熱帯にいる「テングザル」を連想するせいかな、なんて思ったりもしたが、烏天狗ではない長い鼻に赤ら顔の天狗のイメージが「発熱」と結びつきやすい、ということかも。


 このデング熱報道に出て来る「69年ぶり」というフレーズ、もちろん敗戦の年以来ということでもある。今年は第一次世界大戦勃発から100年という節目だが、第二次世界大戦についてもノルマンディー上陸作戦やパリ解放など戦局の節目から70周年目ということで、この夏にはそれらを記念するイベントも行われた。そしていよいよ来年は第二次大戦終結から70周年目ということになる。
 7月28日、広島に原爆を投下したB29「エノラ=ゲイ」搭乗員であったセオドア=バン=カークさんが93歳で亡くなった。「エノラ=ゲイ」には12人の搭乗員がいたが、彼が最後の一人となった。広島原爆投下を上空から見た人間もついに全員この世を去ったわけで、第二次世界大戦の経験者も確実に減ってきているということをまた実感させられるニュースとなった。なお、長崎の原爆投下に参加した搭乗員はすでに全員亡くなっている。

 その長崎への原爆投下は、当初小倉(現北九州市)に行われる予定だったが、現地が「もやと煙」による視界不良であったために小倉への投下をあきらめて第二候補の長崎に変更した、というのはすでによく知られた話。この視界不良の原因は前日行われた空襲のためだったとされているが、去る7月26日の毎日新聞紙面で「実は八幡製鉄所でコールタールを燃やして煙幕を張った」との、元八幡製鉄所従業員の証言が載った。
 記事によると、8月6日にすでに広島に「新型爆弾」の投下があり、八幡製鉄所の従業員たちも「次は小倉では」と身構えていたという。そして8月9日朝に小倉方面に向けてアメリカ軍の小編隊が飛んできているとの警報がラジオで報じられると、証言者は上司の指示でドラム缶を輪切りにした「煙幕装置」の中で製鉄所の副産物であるコールタールを燃やして黒煙をあげ、「煙幕」を張ったというのだ。この煙幕装置は別に原爆対策で作ったものではなく、もともと空襲を想定して設置していたものだったという。
 これまで天候と、前日の空襲による煙が原因とされてきたが空襲のあとに夕立があったため煙はなかったとの証言もあって、もしかするとこのコールタールの黒煙が「視界不良」の原因では、という話なのだが、もちろん確定情報ではない。八幡製鉄所でどれほどの量の黒煙が上げられたのか不明だし、それが原爆投下を3度も試みてあきらめるほどの視界不良をもたらしたか疑問もある。ただ「一因」くらいにはなったかもしれないし、何より原爆投下情報をすでに知っていた人々により人為的にそれを回避しようとする試みがあった、という事実は非常に興味深い。
 ただ、その結果として長崎は大変な「とばっちり」を食ってしまったとも言えるわけで…それもあって証言者の方は負い目を感じてこれまで公表はしてこなかったという。毎日の記事の最後には長崎の原爆被災者協議会の事務局長の「煙幕で思い悩まないでほしい。許せないのは、あんな爆弾を大勢の市民がいるところを狙って落とそうとしたことだ」というコメントが載せられていた。



◆もう一つの人類と

 たびたび取り上げているのだが、またもネアンデルタール人の話題。我々現生人類より一歩前に「出アフリカ」してヨーロッパから西アジアまで広がったとされる人類だが、最近では現生人類と一定期間「共存」していた、それどころか混血までしていた可能性が有力視されてきている。その共存期間がどのくらいだったのか、具体的な数字を挙げた論文が8月20日付の「ネイチャー」に発表された。
 論文を発表したのはイギリス・オックスフォード大学のトーマス=ヒッガム氏らの研究チーム。彼らは最新の測定技術を用いて、ロシアからスペインにおよぶ各地のネアンデルタール人の遺跡40か所から出土した骨や灰、貝殻などの年代を測定した。6年に及ぶ調査の結果、ネアンデルタール人はおよそ4万年前に絶滅したが、それまでの2600〜5400年間という長期間にわたって現生人類と共存していた可能性が高い、と判断した。ネアンデルタール人と現生人類のグループが緊密に共生していた証拠は見つからないそうだが、「地域によって少なくとも25世代から250世代は確かに共存していた」とし、文化的交流や交配が行われるのに十分な時間があった、というのがその論文の趣旨だ。
 この研究では、4万5000年前までのヨーロッパはネアンデルタール人が大半であったとされ、早くても5万年前くらいにヨーロッパに到達した現生人類は「少数派」であったという。しかしそれから5000年ほどの間に状況が変化し、ネアンデルタール人は絶滅してしまった。この絶滅については「現生人類に滅ぼされた、とってかわられた」とする説もあるのだが、この研究ではその変化は長期間にわたるゆっくりとしたものであり、両者にさまざまな交流があったのではないか、と見るわけだ。もちろん、同じ種族同士でも激しく殺し合ったりする現生人類だけに、全てが平和的な交流ではなかっただろうが。
 ネアンデルタール人が生息したおよそ30万年、という数字から見れば5000年なんてごく短いものだけど、現代から5000年前っていったらメソポタミアとかエジプトの古代文明の初期段階。今までの文明の歴史ぶんだけの期間、「先輩」にあたるネアンデルタール人と共存期間があったと考えると、人類史もより複雑な重みが加わるし、実は文明だって他の多様な可能性もあったのかもしれない、なんてことにも思いを馳せてしまう。


文化交流? 上の発表に先立つ8月7日、その「ネイチャー」系のオンライン科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」では、「ネアンデルタール人がハトを食べていた」とする研究論文が載った。これまで最初に鳥肉を食べたのは現生人類からと見られていたが、我々とさして変わらないネアンデルタール人もやっぱり鳥肉を食べていた、ということなんだそうで。
 イベリア半島の南端、ジブラルタルにはネアンデルタール人が長期にわたって住んでいた洞窟遺跡があり、そこで見つかった6万7000年前から2万8000年前までのカワラバトの骨約1700個を調査したところ、切断された痕や人間の葉型、焼いた痕跡などが確認されたという。つまり、ネアンデルタール人たちはハトを解体して火で焼いて調理し、それにかぶりついていた、というわけだ。こうしたハトの調理の痕跡は洞窟内の異なる広い場所で繰り返し行われていて、「常習的」に焼き鳥を食べていたと推測されるそうである。
 この地方では4万年ほど前までネアンデルタール人が生息しており、それが彼らの最後の生息情報となっている。その後は現生人類がこの地に入り込んでくるのだが、もしかすると「焼き鳥」も彼らから教わっていたかもしれない?



◆7月中のとりこぼしネタ

 7月という、思えばだいぶ古い話題なんだけど、スルーするにはもったいないな、と思う話題があって…ちょうど記事四つにするには一つ足りない状況になったので、ここで取り上げてみた。
 
 マヌエル=ノリエガといえば、かつてのパナマの独裁者。日本では「ノリエガ将軍」として知られ、いま報道される場合は「ノリエガ元将軍」だ。大規模な麻薬取引に関与し、おまけに選挙も無視して独裁を進めたため、1989年にブッシュ父大統領の命令でアメリカ軍がパナマに侵攻してノリエガを拘束、そのままアメリカへと連行して裁判の末に40年の懲役刑を科した。だが、もとはといえばノリエガはCIAに協力して、CIA長官時代のブッシュも少なからずノリエガを支援していた過去もあった。サダム=フセインもそうだったが、アメリカは独裁者だろうと犯罪者だろうと都合が良ければ利用し、都合が悪ければ抹殺しちゃうのだ。
 映画「ダイ・ハード2」では明らかにノリエガがモデルとしか思えない「エスペランザ将軍」なる中東某国の軍人が登場し、麻薬容疑でアメリカへ連行されるが、アメリカの右翼軍人たちが彼を「反共の英雄」とみなしてその奪還を計画するという筋書きで、こういうのを作れるところがハリウッドの懐の深さだな、と思ったことがある。

 そのノリエガさん、2007年に減刑された30年の刑期を終えて釈放されたが、そのままフランスへ移送されて資金洗浄の罪で刑務所暮らしが続いた。その後、情報を追いかけてなかったのだが、調べてみたら2011年に母国のパナマに戻っている。ただしこちらでも政敵暗殺などの罪で禁固刑を科せられているそうで。
 その名前をネット上の報道で久々に見たのは7月15日のこと。なんとノリエガ元将軍、アメリカのゲーム会社に損害賠償を求める訴訟を起こしたというのだ。なんでもアクティビジョン・ブリザード社の「コール・オブ・デューティ・ブラック・オプス2」というゲームの中で彼が実名で登場し(もちろん無許可)、しかも殺人者や誘拐犯といった悪役として扱われているのだそうで。調べてみるとこの「コール・オブ・デューティー」シリーズは一兵士の視点によるリアルな戦場体験、戦争映画のような演出が売りのシューティングアクションゲームで、この「ブラック・オプス2」はシリーズ9作目。この一本は1980年代と2025年の近未来を舞台にした親子二代の話となっていて、ノリエガ以外にもCIA関係者で実在人物が登場しているらしい。どうせ相手は収監中の人物だし、ってことで実名で勝手に登場させちゃったんだろうけど、どんな悪人であろうと何をしてもいい、ってことではあるまい。それこそ「ダイ・ハード2」みたいにモデルの人物くらいにしておけばよかったんだろうが、訴状にもあるように「ゲームのリアリティを増し売り上げをあげる」狙いでそのまんまの「出演」になったのだろう。リアリティを狙うなら、それこそCIAとの裏関係まで描いてくれれば面白いのだが、どうもそれはないみたいなんだよな。


 CIAといえば、7月にはドイツ政府がベルリンのアメリカ大使館にいて情報収集に当たっていたCIA支局長に「国外退去」を命じる、という異例の事件があった。もう2ヶ月近く前の話で日本ではあまり話題にならなかった気がするが、スパイネタ好きの僕には触れずにはいられなかった事件である。
 アメリカのNSAの元職員エドワード=スノーデンによる大量暴露により、アメリカが「同盟国」相手にも熱心に情報収集に励んでいて、ドイツのメルケル首相の携帯電話まで盗聴されていたことまで明らかになり、ドイツではかなりの反発が起きていた。アメリカ側がこの件についてブツブツとごまかしているうちに、7月に入ってからアメリカに情報提供していたドイツ人が逮捕されるなどアメリカによるスパイ活動発覚が2件相次ぎ、怒ったドイツ政府はベルリン大使館にいて情報収集を指揮していたCIA支局長の国外退去命令に踏み切った。「同盟国」間ではまさに異例の措置で、ドイツ政府報道官は「両国相互の信頼と寛容さの重要性は不変」としつつも、「市民の安全と国外に駐留する軍隊の安全を確保するため、西側諸国のパートナー、特に米国との緊密な協力関係は必須だ。ドイツ政府はそれを提供する用意がある。パートナーもそれにならって欲しいとやんわりと釘をさすコメントをした。ドイツの財務長官なんかは「余りの愚行に泣きたくなる」ともっとストレートな言い方をしていて、当たり前だがドイツ側の怒りぶりが良く分かる。それでもアメリカ側はノーコメントを貫いていて、在独アメリカ大使館とNSAは「米独両国民の安全を維持するためには安全保障協力の継続が不可欠」とだけ表明しているそうで。

 もっとも、8月に入ってからドイツ側もアメリカ初めあちこちを対象に熱心にスパイ活動をしていることがドイツメディアによって報じられた。2012年にドイツの連邦情報局(BND)が当時のクリントン国務長官の政府専用機内での電話を傍受、昨年にはケリー国務長官の衛星電話も傍受していたというのだ。報道によるとドイツ政府関係者はあくまで「偶然に傍受したもので、盗聴活動ではない。記録はすぐに破棄された」と主張しているそうだが、そのまんま信じられる話ではあるまい。報道ではこのほかにもトルコなどNATO諸国にもドイツがスパイ活動を行っていた事実が確認できたという。
 このドイツの情報収集活動の報道はドイツメディアで報じられたが、アメリカ側が「意趣返し」で情報源になった気配を強く感じる。まぁ実のところ、どこの国でも「情報収集」は大なり小なりやってるだろうし、その中には「スパイ」と言われても仕方のないレベルのものはあるんだろうな、と思う。イヤなのは、「他国のスパイは悪いスパイ、我が国のスパイはいいスパイ」な言説がしばしば見られることだ。


 さらについでに、7月に報じられた面白話題。
 7月10日、アメリカはペンシルバニア州で、1893年から1897年生まれの男性に向けて選抜徴兵局から徴兵登録通知書が送付されるという珍事があった。みなさん、存命であったとしてもすでに117歳〜121歳で、該当者はみんなこの世の人ではなかった。ちょうど今年で勃発百周年となる第一次世界大戦に参戦する世代だな、とすぐにわかるし、ちょうど100年というキリのいい数字から、コンピューターの入力・処理ミスだな、と気がついた人も多いはず。もう15年も前の「2000年問題」騒動を経験している人には特にピンと来るだろう。報道によると、コンピューターのオペレーターが抽出のための入力の際に年代の範囲を「93−97」と入力してしまったことが原因であるという。それにしてもそんな世代の情報までデーターベースにちゃんと入っているんだな。
 
 ところで、今のアメリカって軍隊は志願制で、徴兵制は廃止されてなかったか?と思ったのだが、調べてみたら今でもアメリカ国籍、永住権を持つ満18歳になった男性には郵便局で徴兵登録をする義務があり、怠ると罰金になるのだそうだ。登録拒否も可能だが、その場合はアメリカ国籍を得られない、政府機関に就職できない、奨学金を受け取れないとかさまざまなペナルティはあるという。徴兵制自体は存在しないが、兵士候補の把握はできるようにしている、ってことなんだろう。そして国籍や奨学金などを目的に移民の貧困層が軍隊に入ることが多い、なんて話も聞くところではある。
 ロイター通信の記事では、第一次世界大戦に従軍し、1995年に亡くなった祖父あてに通知が来た男性のコメントが紹介されていた。「笑える話だが、哀れでもある。罰金でも科されるのだろうか」



◆古墳時代のピラミッド?

 「古墳時代」という時代区分は、当然「古墳がいっぱい作られた時代」ということであり、何年から何年までとぴったり区切れるものではない。通説として、邪馬台国の卑弥呼さんが死んだあたりから日本では大きな古墳が作られ始めるとされ(それこそ最古の古墳とも見られる「箸墓古墳」は卑弥呼の墓候補である)、史実はさっぱり分からない4世紀を経て5世紀になると俗にいう「大和政権」による日本支配が進み、その君主の墓として「大山古墳」をはじめとする巨大古墳が大阪湾方面に築かれるようになる。6世紀になっても各地の有力者がどんどんデカい古墳を作るようになり、7世紀に入ると中央では次第に古墳の小規模化が進むようになる。この辺りまで来るともう「古墳時代」ではなく、「飛鳥時代」に区分され、歴史がより具体的になってくるわけだ。
 古墳と言えば、日本独自のスタイルである「前方後円墳」がよく知られているが、円墳や方墳、変わったところで「前方後方墳」なんてものもある。大和政権の長である大王(のちの天皇)の墓は古墳時代までは前方後円墳の形式で作られているが、585年に死去した敏達天皇までが前方後円墳で、その次の用明天皇(聖徳太子の父)からは方墳で築かれるようになっている。

 さて奈良県の明日香村の阪田には「都塚古墳」と呼ばれる古墳がある。国学者・本居宣長もこの古墳についての記述を残しているそうで、そこでは先述の用明天皇の墓とする伝承があることが記されている。幸いにして明治以降の陵墓選定では対象とされなかったようで、史跡には指定されなかったものの1960年代に発掘が行われていて巨石を使った横穴式石室と石棺の存在は確認されていた。例によってすでに盗掘済みだったが、出土品から6世紀後半の年代と推定されたが、その墳墓の形式や規模についてはちゃんと確認されていなかった。
 去る8月13日に、この古墳について驚くべき発表が明日香村教育委員会と関西大学考古学研究室によりなされた。この都塚古墳の墳丘と周辺についての調査をおこなったところ、この古墳は東西南北にそれぞれ約40mほどの方墳で、最下部はのり面を河原石で固めたテラス(基壇)となっており、その上に階段状に石を積んだ「ピラミッド構造」になっているというのだ。まだ未確認の部分もあるのだが、少なくとも5段構造、もしかすると8段もの階段ピラミッド構造になっているという。もちろん日本では初めて確認されるもので、研究者もかなり驚いている様子だ。

 先述のように用明天皇から大王の墓が方墳形式で作られているが、いずれも2〜3段程度の構造で、こんな階段状にはなっていないとのこと。大王陵が前方後円墳から方墳に移行するのとほぼ同時期にこの都塚古墳が築かれたとみられ、それがどう関係するのか注目される。さらに面白いのは、こうした階段状の古墳は高句麗や百済など、朝鮮半島方面で見られるという事実だ。
 そこで被葬者の候補として、最有力に名が挙げられたのが蘇我稲目(?-570)だ。百済から日本へ公式に仏教が伝えられた時、その受容をめぐって物部氏と激しく争ったことで知られ、彼の息子が有名な蘇我馬子だ。馬子の墓と言われている「石舞台古墳」も方墳で、都塚古墳から400m北西という近くにある。その周囲が蘇我氏の拠点とみられること、築造年代、同時期の大王陵にも匹敵する規模、そして古墳の形式が大陸的なピラミッド状であることが大陸文化受容に積極的だった蘇我氏にマッチする、というのが稲目が有力視される理由。さらにいえば稲目の父親は一説に「高麗(こま)」という名もあったとされていて、さらにその父親も「韓子(からこ)」といったとされていて、蘇我氏は渡来系そのものではないにしても渡来人の血が女系で入っていた可能性は高い。今度の発見でその辺の話がまた蒸し返されそうな気がする。

 この古墳については大丈夫だと思うけど、日本に「ピラミッド」というと、日ユ同祖論・反ユダヤ・親ユダヤ・竹内文書の超古代文明論といった要素をゴチャマゼに信じていた戦前の奇人・酒井勝軍が、日本各地の山を「太古のピラミッド」と決めつけていたことを思い出してしまうなぁ。今度の発見も一部オカルト歴史愛好家を引き寄せてしまうかもしれない。


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