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2016年1月18日

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◆今週の記事

◆東アジアの年末年始 

 今さらですが、あけましておめでとうございます。今年も「史点」を宜しくお願いします。
 今年最初の「史点」となりますが、もう一月も半ば過ぎ。この二週間ちょっとの間にも世界はいろいろとニュースがあった。SMAP解散騒動とかデビッド=ボウイ死去とかアラン=リックマン死去とか、芸能ネタで僕が反応するものが多かったな。

 さてこの年末年始、極東の三国ではいろいろと目まぐるしい動きがあった。それぞれ岸信介の孫、朴正熙の娘、金日成の孫が指導者をつとめているという、似た者同士の世襲国家だったりしますな。いま名前を挙げた三人とも、微妙にお互いに関係があって極東現代史の暗部をひきずっているという感じもする。

 年末に突然動きがあって驚かされたのが、日本と韓国の外相会談が急遽行われ、そこで「従軍慰安婦問題」について日韓両政府の間で「不可逆的な最終的合意」がなされたことだった。この件は日韓ともにその政権のトップにいる人やその背景の政治的姿勢もあって、なかなか話が進まず、韓国側がしきりに言っていた「年内の解決」なんてとてもできる雰囲気ではなかった。それが年の瀬ギリギリになって急転直下で合意に持ち込まれた。つまり、表に出ない部分で事務レベルでの交渉は着々と進んでいた、ということなんだろう。上記のように岸の孫と朴の娘なんだから、周辺人脈は案外つながりが深い気配もあるんだよな。
 急転直下の合意そのものにも驚いたが、日本側が合意内容の中で「軍の関与」を明確にしたのも正直驚いた。いや、客観的には認めてしかるべきものなのだが、なにせ日本の歴史修正主義者たちのアイドル(爆)であり以前から「河野談話見直し」姿勢をちらつかせていた安倍首相がこれにOKを出したというのは正直驚いた。一部に表現が玉虫色だとか道義的責任が不明確になったとかを挙げて「河野談話より後退」と批判する人たちもいたが、それは「安倍がやるんだから何か企んでるんだろう」という色眼鏡がついている、あるいは合意そのものに反対姿勢ゆえのあげつらいであって、素直に読む限りこれは「河野談話」より日本側の責任を認めたとしか読めない。だからこそ、この合意の直後、日本のネトウヨ的言動の有名人たちや、産経新聞周辺の「歴史戦」参加者たちは結構動揺し、批判をぶちあげていたのだ。もっとも予想されていたことだったが、長続きはしないんだよな。彼らが神のように崇めていた安倍さんがそれをやっちゃったんだもん、ガッカリはしてもそれを非難攻撃することは考えもしないらしい。

 歴史ではときおり例があるのだが、ある政策に反対する立場の親玉が為政者になってから、現実的な政治判断から当初反対していたその政策を実行してしまうことがある。なんでそうなるかといえば、反対派の親玉だけに反対派の声をいくらか抑えられ、強行することが可能になるから。たとえばだが、今度の合意が民主党政権時代に行われていたら保守業界からすさまじい批判の嵐になっていたはず。それが安倍さんだとこの程度なのだ。この手のパターンではそれまでの支持者が「裏切られた」と感じて下手すると暗殺に走ったりするのだが、とりあえず現在の日本の保守業界はそこまでのエネルギーはないし、「憲法改正」が最大目標であるからそのためには多少の妥協も、ってくらいで納得しちゃうんだと思う。
 「戦後70周年談話」でもそういうところがあって、実は安倍さん、当初思われていたほど原理主義者ではないのかもしれない。政治家ってのはそういうもの、ということかもしれないけど。そうそう、「70年談話」の時と同じく、今度の合意の直後に首相の奥さんが「代理」のように靖国神社に参拝していて、これは保守系支持層に対する「埋め合わせ」のつもりなのだと思われる。

 今度の「合意」では「不可逆」という文言がついている。つまりは「これが最後で、蒸し返しはなしね」ということだ。安倍さんも「子孫にずっと謝罪させることはしない」と言ってたが、確かにきちっとどこかで「打ち止め」にしておく必要はあるだろう。これでこの件を韓国が持ち出さなくなるんなら軍の関与だって責任だって認めてしまえ、という考えだったのかな。安倍さんやその周辺は去年の南京事件の世界記憶遺産のときもそうだったが、この手の話を国際的に持ち出されること自体を嫌っているようで、特に慰安婦問題でも「記憶遺産」な話が出されては困る、とそっちを優先して合意を急いだ気配も感じる。そして「記憶遺産」および日本大使館前の「少女像」の撤去などを日本側の条件として内々に認めさせたのだと思われる。
 だがこの「内々」がかなり早い段階で流れちゃった。合意発表直後には韓国内のマスコミでも合意歓迎ムードが多かったのだが、この「条件」が報じられると合意を批判する声が一気に広がってしまった。先日の世論調査では6割くらいは反対と言ってるらしい。これ、あくまで内々のままでやってりゃ話がもう少しうまくまとまった気もするんだよね。韓国政府の一部で報道を非難するような発言もあったから、日本側が意図的にリークした可能性もある。そうリークすることで国内の不満の声をやわらげようとしたか、はたまた合意自体をぶち壊したい人がいたか。
 それでも一応両政府で発表し、共通の親分であるアメリカ様のお墨付きも得た「合意」である。朴槿恵大統領も国内の批判をなだめつつも基本的には「合意」に基づいた方向で行くと明言しているし、日本側でもまたぞろ自民党保守派議員が変わり映えのしない「問題発言」をやらかしたが安倍首相は「両政府の合意に反する発言」としてかなり強めに不快感を示し、発言した当人もあっさりと「誤解を招いた。撤回」とひっこめてしまった。直後の世論調査を見る限りでは日本国内ではこの「合意」の評価は結構高く、安倍内閣の支持率も上昇傾向だ。
 これからも紆余曲折はあるだろうが、この「合意」が今後のベースになるだろうし、当事者たちの生きていられる時間を考えるとこれは政治的妥協の産物とはいえ大きな一歩ではあろうと思う。政治や外交なんてのはすべてこれ妥協の産物なんだしね。歴史的に見れば国民みんなが賛意を示す外交成果ってのはおもいっきり危険なんだよな。


 さて正月明け早々の1月6日の午前、北朝鮮がいきなり「水爆実験」を実施した。ホントに水爆かどうかについては疑問の声が多いが、核実験であることには間違いなさそう。まだ北朝鮮が発表しないうちに周辺国はその地震波をキャッチ、明らかに人工のものだと判断してすぐさま「核実験か」とニュースが打たれていたのを見ても、発表をわざわざしなくてもすぐわかっちゃうものなんだと分かる。だから大地震をみんな「地震兵器によるもの」とか言い出す陰謀論なんてそもそも成り立たないのだな。
 世界中が驚くことは驚いたのだが、あとから思えば予兆はあった。去年の末に金正恩第一書記が自国を「原爆と水爆を自力で爆発させられる強大な核保有国」という表現で初めて「水爆保有」に言及し、ちょうど中国を訪問していた北朝鮮のモランボン楽団が公演を中止して急遽帰国したため、中国側がこの発言に不快感を示したことが原因では、とささやかれていた。その後動きがなく新年の金正恩の演説でも特に強硬姿勢は見られなかったので、世界中がいきなりの「水爆実験」に不意打ちをくらった形だ。核実験の時は一応やっていた中国への事前通告も今回はなかったと報じられている。
 ただ、北朝鮮が「水素爆弾だ」と主張しても懐疑的な見方が多い。水素爆弾は核分裂ではなく核融合エネルギーを利用するもので、その起爆装置として原子爆弾を使用する。うまく作ればパワーは原爆より何百倍も大きく、それでいて比較的小型にしてミサイルに積むことも可能。だがかなり高度な技術力が必要とされるので北朝鮮にはまだ無理だとみられているし、今回の爆発も水爆にしては小規模であることから「ホンマかいな」と疑われているわけ。ただ、最初の核実験のときも「ホントに核か?」と疑われていた経緯もあるので、やはり安心はできないと思う。
 またアメリカはじめ関係国としては「水爆と認めてビビるわけにはいかない」という事情もある。北朝鮮が核実験をするのはアメリカへの敵対姿勢というより、アメリカに自分の存在を認めさせたい、言い換えれば「気を引くため」だというのは昔から言われていること。いしいひさいちが漫画で「屈折した愛情表現」と的確に表現していたことがあるが、確かにそう考えた方が理解しやすい。だからアメリカもこれまで核実験に対して交渉のテーブルに乗るようなことはせずにほとんど無視してきたのだが、どうしても振り向いてもらいたい北朝鮮としては行動をエスカレートさせるほかない。ほとんどストーカーですな。
 まぁそんなわけで北朝鮮はそう主張してもアメリカ側は水爆とは認めず基本無視することになりそう。しかし今度の「水爆」という言葉で日本ではビキニ環礁水爆実験、第五福竜丸、ゴジラ(そういえば今年新作公開か)という連想ワードが流れたが、あのときアメリカは地下ではなく地上であんな規模の水爆実験をやっちゃってたんだなぁと改めて怖くもなった。


 そして1月16日に行われた台湾の総統選挙で、事前の予想通りに民進党の蔡英文主席が、国民党の候補(それも途中で交代した)をダブルスコアに近い大差で破り、次期総統となることが決まった。民進党としては8年ぶりの政権奪還、もちろん台湾史上初の女性指導者である。同時に行われた議会選挙でも民進党が圧勝したので以前の民進党政権に比べても安定した政権運営ができそうだ。
 蔡英文さんという人がどういう政治家なのかは僕もまったく知らないのだが、アメリカで法学を学んだ学者肌?な人らしく、基本的には穏健派政治家とみられているらしい。台湾の選挙というとどうしても中国との距離感が大きな論議になるが、国民党がこのところ中国への接近を進めたことに対する、とくに若い世代の反発が今度の結果を呼んだわけだから、前政権に比べれば中国と距離を置こうとするだろう。といって全面対決というわけにもいきそうになく、結局は現状維持なところになるんじゃないかと。中国側も結果は予想していたから、今のところは静観というところかな。
 これで東アジアでは韓国に続いて女性トップの政権が誕生したことになるのだが、考えてみるとここ四半世紀の韓国と台湾って政治推移が似てる気がするんだよね。第二次大戦後の台湾は国民党による一党独裁が続き戒厳令が敷かれていたが1987年に戒厳令が解除され、多党制や総統の直接選挙など民主化がすすめられた。韓国も軍事政権から民主化が宣言されたのが同じ1987年で、それからようやく民主的な大統領選挙が行われるようになった。2000年代はじめに革新系の政党が政権をとったが保守系に政権を奪還された後で政治腐敗を追及されてるところも似ているし、ソウル市長・台北市長をつとめた人気政治家が大統領・総統(中国語ではどっちも同じだが)になってるのもおんなじ。そして政党の立ち位置こそ異なるけど、その次に初の女性指導者が登場したところもソックリといえばソックリだ。そもそもどちらも元日本の植民地統治を受けていて、戦後は冷戦の最前線国家として非民主的な体制が続いているとか、「アジアニーズ」とひとくくりにされるように経済成長のパターンも似てるのだ。


 その台湾と朝鮮半島を統治していた日本では、「まだそんなのが残っていたのか」と驚くような話が国会で審議されることになった。台湾総督府や朝鮮総督府など戦前日本の海外統治のための資金を管理する「旧外地特別会計」が十個あったのだが、そのうち敗戦直前の2年分(1944、1945年度)の決算が未承認のまま70年もほったらかしにされており、ようやくこのたび「70年の節目を機に」ということで決算の承認をすることになったというのだ。
 もちろん敗戦によって日本は全ての植民地を失ったので、それらの特別会計自体はすぐに消滅した。しかしその収支報告である決算は本来やっておかねばならない。一応事務を外務省が引き継いでいたが、まず敗戦直後の日本の混乱があり、さらに台湾も朝鮮半島も直後に冷戦構造下の混乱や戦争が起こってたため、決算のための資料を取りに行くのが困難だった。それでそのまま70年もぐずぐずと決算書提出が先送りされていたのだが、昨年に国会議員の中から「処理すべき」との声があがり、外務・財務両省が協力して日銀の記録などから集められる範囲で資料を集め、どうにか決算書を作成、国会に提出することになったとのこと。
 なんでも剰余金や積立金で8億円ほどが2015年度の一般会計に繰り入れられるそうで。一方で朝鮮総督府が発注した工事費の未払金などがあり、決算が国会で承認された後で今の日本政府が支払わなきゃいけない可能性もあるとのこと。ともあれ、ようやく旧植民地統治の財政面での「決着」がつくことにはなるのだが、まだまだ「戦後」は終わってない気もしてきますな。


 戦後70年目にして、といえば、日本共産党の議員たちが国会の開会式に初めて出席したのもささやかに話題になった。昨年、国会議員4分の1以上の要求がありながら臨時国会を開かなかった埋め合わせに、1月4日とかなり早い通常国会の開会となったわけだが、参議院議場で行われた開会式に共産党の志位和夫委員長ら幹部6人が出席したのだ。戦後の国会の歴史上初めての「大事件」だったのである。
 日本国憲法では天皇の「国事行為」のひとつに「国会を召集すること」を挙げている。国会やるからみんな集まれ、と命じるのは形式上天皇なのだ。もちろん天皇自身の意志はそこに入らないはずだけど。そんなわけで戦前以来天皇が国会の開会式に立ち会うことになっていて、大日本帝国憲法下では「貴族院」に玉座が置かれ、ここで開会式が行われていた。これが戦後にも引き継がれて、貴族院から参議院に変わっても同じように天皇臨席の開会式が行われ続けている。
 日本共産党は現存する日本最古の政党だが、戦前においては存在自体が非合法だった。戦後になってようやく合法政党となって国会にも進出できたわけだが、1947年に日本国憲法下初の国会が行われた際に一部議員が開会式の様子を確認するために出席したものの、以後は完全に開会式を欠席し続けてきた。共産党はその理由として、「天皇が国会開会式に出席して『おことば』を述べたりするのは戦前の儀式を受け継いだもので憲法の主権在民にそぐわない」というものだった。
 それが今年になって突然の出席である。天皇の入場の際の起立、「おことば」が終わった後に天皇が礼をするのに応える「一礼」にもちゃんとつきあったという。共産党としても「すでに儀式として定着している」として天皇の臨席を容認することにしたそうで、「礼」についても「天皇が礼をされたときに礼をするのは人間として当然」と志位委員長は発言していた。一応「戦前を踏襲した儀式の改善はすべき」との一言はつけたけど。
 もちろん共産党としては政治的狙いもある。今年の参議院選挙、下手すると衆参同日選もうわさされるなか、安倍政権の改憲の動きを阻止することを優先して他の野党に選挙協力を呼びかけている最中で、天皇制についても「反対というわけではない」という姿勢をアピールするためなのだ。今さら…という気もしなくはないが、それだけ危機感を持ってもいる、ということだろう。野党の中で共産党が元気なのは確かなんだが、先日も「連合」の会長が民主党の岡田克也代表に「共産党との選挙協力には反対」と伝えており、この業界の共産党ぎらいはかなり根深いものがあるみたい。面白いもんで、実は政策綱領とか、自民党と気が合いそうなところも多いんだよね、共産党って。



◆中東情勢また波高し

 昨年来シリア問題などでキナ臭い中東だが、年明け早々にさらに不安な動きが出てきた。中東の大国であるサウジアラビアとイランが激しく対立、サウジがイランとの「断交」に踏み切り、それにスーダンやバーレーンといった国が同調した。「断交」といてば外交関係を断つことで、戦争の一歩手前(開戦と同時に断交ということもある)という状態で、かなりのキナ臭さだ。

 サウジアラビアとイランというのは、中東のイスラム世界にあって、かねてからライバル関係にある。そもそも民族的に見ればサウジはアラブ、イランはペルシャと異なっているし、宗教的には同じイスラム教徒ではあるがサウジは聖地メッカを抱える多数派スンナ派の盟主、一方イランはムハンマドの甥アリーのみが正統な後継者だとする少数派シーア派の盟主という関係にあって、二重の意味でライバル関係にある。特に1979年にイランで「イスラム革命」が起こって立憲君主体制が終わり、シーア派の宗教指導者に率いられる政教一致性の強い国家になってから、周辺のスンナ派君主国ではイスラム革命の自国への波及を恐れてなおさらイランを警戒するようになった。またイランの方でも各地のシーア派勢力をバックアップしてそれぞれの国で反政府活動をやらせた事実はある。
 最近でもイランとサウジをめぐる対立ばなしは折に触れてあり、イランが製作したムハンマドの生涯の映画にサウジが反発した、なんて話題を「史点」でとりあげている。また、イランとサウジの間にある「ペルシャ湾」についてもサウジとその周辺国が「アラビア湾」という呼称を主張するなど、なんやかやとケンカのタネはつかない。

 今回の騒ぎの直接的きっかけは、サウジアラビアが年明け早々の1月2日に、「テロ関与」の罪で死刑判決を出していた47人の処刑を実行したことだった。処刑された47人のほとんどはアルカイダなど実際にテロ組織に関与した者だったというが(中には知る人ぞ知るの大物もいたらしい)、処刑された死刑囚の中に同国のシーア派指導者ニムル師が含まれていたことがシーア派からみると大問題だった。ニムル師はイランで学んだシーア派聖職者で、「アラブの春」の流れのなかサウジで反政府活動を行ったのだが、テロではなくあくまで平和的な活動であったとされる。しかしサウジ政府からすれば彼の活動はイランからの「革命輸出」の内政干渉工作にしか見えず(全否定もできない話だが)、それで逮捕・処刑してしまったわけだが、この処刑はかねてからシーア派のイランでは懸念されていて、それが現実となったことで直後にテヘランのサウジ大使館が暴徒に襲撃され、焼き討ちされるという事態になってしまった。
 この大使館攻撃に対して翌3日にサウジ政府は素早く「イランとの国交断絶」を発表、イランの外交関係者の48時間以内退去を命じた。サウジの動きにバーレーン、スーダンが同調してイランと断交したが、イラン側はサウジ等に対して同様の対応はしておらず、なんだかヘンな感じ。スンナ派諸国がみんな同調したというわけでもなく、各国それぞれに温度差のある対応になってるようだ。だがその直後にイラン側が「イエメンのイラン大使館がサウジ軍の空爆を受けた」と発表、一時緊張が走ったが、その後ウヤムヤになってるところを見るとイラン側の勘違いの気配が濃い。
 「断交」と聞くとほとんど戦争状態に聞こえるが、とりあえず今のところ表面的には静かな情勢だ。大使召還よりは強め、というくらいだろうか。サウジと言えば聖地メッカを抱えているが、イランとの外交関係はなくても聖地巡礼については受け入れるとしているそうで。そういいえば昨年のメッカ巡礼での大量圧死のときもイラン人の犠牲者が多くて、イラン側が不信感を見せたこともあったんだよな。

 その一方で、昨年の「核合意」にもとづき、イランは今年から晴れて欧米の経済制裁が解かれる。その直前にペルシャ湾でアメリカ人がイランの革命防衛隊の船につかまった、というニュースが流れたりもしたが、「事故」みたいなものだったようで、平和的に引き渡しが行われていた。それと並行してお互いに収監していた相手国の人間を釈放しあい、アメリカとイランの「蜜月」と言っては言い過ぎかもしれないが、かなり平和的ムードが流れていた。
 イランは大国だけに経済的のびしろが大きく、経済制裁解除となると欧米や日本の資本が進出をはかるだろうし(差し押さえられていた多額のイランの海外資産も返還される)、石油の輸出も増加するから石油価格も下がってしまう。サウジとしては何重にも頭の痛い問題で、一部には今度の処刑や断交もイランへの挑発、あるいはわざと中東の緊張を高めようとしてるんじゃないか、ってな憶測まで出ている。
 その真偽はともかく、サウジという国もあのオサマ=ビン=ラディンの母国であり、イスラム原理主義の発信地でもあるわけで、一歩間違えると王政が倒されて混乱状態になるかもしれない、という恐ろしい観測もある。そこまでいかなくてもサウジとイランがもめると直接的にはシリアの混乱がますますおさまらなくなる。仲介にトルコが乗り出すあたり、中東の近現代史を思い起こして興味深いところではあるんだが。そのトルコでは年明け早々にイスタンブールでISによるとみられる自爆テロが起こって、年明けの混沌感をさっそく増している。
 
 トルコと言えば、昨年暮れのロシア機撃墜で今もロシアとにらみ合いを続けているが、「敵の敵は味方」というやつで、最近はウクライナ政府への接近を進めているらしい。その仲介にたっているのがクリミア半島に昔からいる「タタール人」勢力で(もともと中央アジアから来た遊牧民という点ではトルコと近い民族ではある)、ウクライナのタタール民族組織の幹部らが12月にトルコを訪問してエルドアン大統領と面会、2016年中に双方の首脳の相互訪問を行うことやFTA締結について合意したと伝えられている。
 するとその直後にトルコの第二野党でクルド系左派「人民民主党」のデミルタシュ共同党首がモスクワを訪問してロシアのラブロフ外相と会談している。デミルタシュ党首はエルドアン政権がシリアのクルド勢力を攻撃しているとかねてから批判しており、先のロシア機撃墜についてもエルドアン政権を非難した。ロシアはそれに対してIS攻撃ではクルド勢力と協力すると約束、お互いに相手の「少数民族」を利用しあう構図になってしまった。歴史的にみるとなかなか面白い、とついつい言ってしまうのだが、性懲りもなく繰り返されてきたパターンということでもあるんだよな。



◆人類史あんな発見こんな発見

 1991年にアルプスの氷河の中からミイラ状態で発見された約5000年前の男性「アイスマン」についてはこれまでも何度か取り上げている。こんな昔の保存状態のよい人体が見つかることは珍しく、その体は徹底的に調査され、その人種系統や身に着けていたもの、身体的特徴になど興味深い成果があがっている。また彼の死に方についても矢で射られ頭部を殴られて殺害されていたとする説が有力になり、彼個人をめぐる状況についてもあれこれと推理小説みたいに想像がめぐらされている。
 そして今度はその胃の中から採取されたDNAの分析で、彼が「ピロリ菌」に感染していたことが確認された。ピロリ菌は胃炎や胃潰瘍の原因となる菌で、実は世界人類のほぼ半数が感染しているとされていて決して珍しいわけではないのだが、ピロリ菌は親から子へと伝染するため菌の系統を調べると感染者の人種系統についても分析することができるのだ。1月8日付のアメリカ科学雑誌「サイエンス」に研究チームが発表した分析結果によると「アイスマン」のピロリ菌はアジア系に近かったといい、現在のヨーロッパ人がアジア系・アフリカ系ピロリ菌の交雑状態であるのと対照的だった。つまりヨーロッパにアフリカ系ピロリ菌が入って来たのは「アイスマン」殺害事件よりずっと後だという推測が成り立つわけ。
 「アイスマン」自身が胃潰瘍になっていたかどうかは、さすがに胃の粘膜の保存状態が悪く確認できないとのこと。そういえば彼については「腰痛」の持病があったとの説があり、体にほどこされた刺青が腰痛に効く「ツボ」の位置を示している、なんて見解もあった。彼は死亡時に40代くらいであったとみられるから体にいろいろと問題が出てくる年頃ではあろう。腰痛に胃潰瘍までわずらった上に何者かに襲撃され殺されちゃったとなると、ますます気の毒な人のような…


 「アイスマン」から一気に時代をくだって、今から1500年前の人物の遺骨のそばから「義足」が発見された、とのニュースがあった。発見場所はオーストリア南部、スロベニアとの国境に近いヘンマベルクというところで、6世紀の墓から見つかった遺骨の左足首から先が明らかに手術で「切断」されており、その足首の先に鉄製の輪や木や皮の残骸が残されていた。恐らくこの人物は何らかの理由で足首から先を負傷して切断せざるを得なくなり、切断後に「義足」をはめて生活していたと推測される。義足をつけるようになってから少なくとも2年は生きていたと推定されるそうで、オーストリアの考古学者チームはこれはかなり高度な医療技術が存在していたことを示す、としている。確認される限り「ヨーロッパ最古の義足」になるのだそうだ。
 6世紀のヨーロッパと言えば「ゲルマン民族の大移動」の末に西ローマ帝国が滅亡し、ゲルマン系の諸国家が乱立してからフランク王国が西ヨーロッパを制覇していく時期だ。この墓の主もフランク人の高位の人物とみられるとのこと。


 今度は逆に一気に時代をさかのぼる。ロシアの研究チームが中央シベリアでの発掘成果をもとに「人類の北極圏進出は通説より一万年早い」との説をサイエンス誌上に発表した。これまでの通説では、「出アフリカ」をした現生人類はおよそ3万5000年前に北極圏に進出(それ以前のネアンデルタール人などは北極圏進出はしなかったと考えられている)、さらに1万数千年前にベーリング海峡をわたって北アメリカ大陸へ進出したと考えられていたが、このロシアチームの発見で人類の北極圏進出はおよそ4万5000年前だとさかのぼることになったのだ。
 といっても人骨が見つかったわけではない。発掘されたのはマンモスの全身骨格なのだ。体長3m、高さ1.8m、推定15歳の若いオスのマンモスで、一部の脂肪分が残るなど、さすがシベリア凍土、保存状態はかなりよかった。ところがその肩や頬、あばら骨に多くの傷が確認され、これは人間に狩られた際の損傷であると判断された。つまりそこに人間がいた、ということになるわけだ。


 さらに一気に時代をさかのぼって、今度は10万年以上前の話。場所も北極圏から一気に赤道直下のインドネシアに移る。
 オーストラリアなどの研究チームが「ネイチャー」誌に発表したところによると、インドネシアのスラウェシ島の19万年前〜11万年前の地層から、300個以上の打製石器が発掘されたという。人骨は見つかってないようだが、十数万年前にここに「人間」がいたことは間違いなさそうだ。ただしその「人間」は現生人類ではないと考えられる。今のところの通説では、現生人類がこの地まで進出したのはせいぜい5万年前のことだからだ。だとするとこの石器の主は現生人類以前に世界に拡散した他の人類、ということになる。
 現生人類の前というとネアンデルタール人が時期的にもあってるように思うが、この系統の人類もさすがに十万年以上前の段階でインドネシアあたりまで進出していたとは考えられない。それ以前となると「ジャワ原人」に代表されるずっと古いタイプ、「原人」段階の人類ということになるのだが、あくまで推測の域を出ない。スラウェシ島の南方のフローレス島では「フローレス人」(ホモ・フローレシエンシス)と呼ばれる小型の化石人類が見つかっていて、ジャワ原人からこの地で独自の進化をして1万数千年前まで生息していたのでは、とする説があり、スラウェシ島の石器についても研究チームはフローレス人のような古いタイプの人類によるものでは、と推測しているらしい。
 人類史研究はとにかく日進月歩の状況で、これからまだまだ目まぐるしく変化する可能性があるのだが、わりとつい最近まで「人類」も何種類かが並行して生存していたというのは事実らしい。今のように現生人類一種類だけが世界に拡散して何十億人といる事態のほうが異常と言えば異常なのだ。その同じ種のなかでゴタゴタと争いをやってるというのも考えてみれば異常なのかもしれない。



◆70年目のその日が来て

 昨年は第二次世界大戦終結からちょうど70年だった。70年と言えば、欧米では著作物の著作権が保護されるのが作者の没後70年までである。
 というわけで、第二次大戦終結の年に死去した人物の著作権は、欧米では今年1月1日をもって消滅する。その対象となることで話題を呼んだのが、ナチス・ドイツの指導者アドルフ=ヒトラーと、そのナチスのために命を失ったアンネ=フランクの二人だ。以前から議論を呼んでいたのだが、この二人の著作権が今年元旦をもって実際に切れてしまい、やはり論争を呼んでしまっている。

 アドルフ=ヒトラーの著作と言えば、なんといっても『わが闘争』である。ミュンヘン一揆に失敗して獄中にあったヒトラーがその思想・政治構想をまとめた一冊で、ナチスの「聖書」とまで言われる。それだけに戦後のドイツでは発禁状態が続けられてきたのだが、とうとう著作権が切れてしまった。
 ヒトラーの遺族というのもいないので同書の著作権はヒトラーの住所登録地であるバイエルン州が保持し、その内容からネオナチ勢力に利用されることなどを懸念して再出版は一切認めてこなかった。だが著作権切れの迫った数年前から学術的見地による出版の動きが出てきたこと、著作権切れした外国で出版されていたり(日本でも翻訳や漫画版など普通に売られている)古本が入手できること、今やインターネットでいくらでも閲覧できる状況であることなどから、それならいっそちゃんと批判的注釈を加えたものを出そうということになり、ミュンヘンの「現代史研究所」から1月8日に戦後初めて「わが闘争」が再出版されることとなった。
 実に70年ぶりでドイツでの出版となった「わが闘争」は、原書780ページに、あれこれと注釈・論評を加えて2000ページにもふくらませ上下巻構成での出版とのこと。同研究所では多くの注と論評を加えたことで「歴史や政治の研究・教育に役立つ」と離しているとのこと。やはりドイツでは神経質にならざるをえない一冊なんでしょうな。いま難民問題でネオナチ的空気がただよってないわけではないし。


 アンネ=フランクはヒトラーの死に先立つこと2が月前後の時点で、ベルゲン・ベルゼンの強制収容所で死去している。栄養失調による衰弱死とみられ、その正確な死亡日時は不明だ。あと2か月ほど生き延びていれば…
 そんなわけでアンネはヒトラーと同日に著作権が消滅することになり、彼女の作品である『アンネの日記』も1日を期してインターネット上で無料公開された。ただし、公開をしたのはフランスの学者と野党議員で、1947年発行の初版オランダ語版をそのままネットにアップした。彼らはこの行動について「規制なく共有することが彼女への最大の追悼である」と主張し、その正当性の補強に「わが闘争」の著作権切れも持ち出している。
 しかしこれまで「日記」の著作権管理をしていた「アンネ・フランク基金」は猛反発している。基金側の主張では、そもそも「アンネの日記」は彼女の死後に出版されたものであり、その場合は出版日から50年間著作権を保護するという規定が適用されるというのだ。初版本は1947年発行だから著作権切れじゃないかと思ったら、その後内容を補充した完全版が1986年に発行されていて(最初の「日記」は父親が内容をチェックして、家族の悪口や性的な記述を削除していた)、それから50年ということは2037年までは保護されるのだ、という主張だそうで、基金側は法的闘争も検討中とのこと。う〜ん、その場合でも初版本の公開自体はOKなのではないかなぁ。

 なお、日本では今年で著作権切れとなるのは1965年没の人物の著作物で、谷崎潤一郎江戸川乱歩という大物がいる。乱歩といえば名探偵・明智小五郎を主役にする推理小説が良く知られ、僕の研究対象だとその明智が出てくる『黄金仮面』が著作権フリーになるのがなかなか便利なのであるが、大人気シリーズ「少年探偵団」の後期作品には乱歩名義で別人が書いたもの(乱歩の大人向け作品の児童向けリライトが多い)も混じっていたりするのでその辺はどうなるんだろ。
 前にも書いたが、日本もTPP合意により著作権保護期間を没後70年に延長する方向だ。それがいつ確定するのか分からないのだが、1966〜1970年あたりで亡くなった人物の著作物についてはどこかで線引きされて20年の差がついちゃうことになる。
 


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