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2016年2月8日

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◆今週の記事

◆人類の歴史は戦争の歴史? 

 映画「2001年宇宙の旅」は、その冒頭で猿人が道具の使用を開始して「ヒト」への道を歩き出す様子が描かれる。そのきっかけが「モノリス」なる異星から送られたと思われる「装置」に触れて、というあたりがSFなんだけど、弱々しい存在でしかなかった猿人が「ツァラトゥストラはかく語りき」の曲に合わせて骨を道具として使うことを思いつくシーンは「人間の歴史」の始まりを神々しく描いた映画史上全体でも屈指の名場面だ。
 その名場面の直後、猿人は他の群れとの紛争でその道具を「武器」として使い敵の撃退に成功する。そして勝利の雄叫びと共に骨を空中に放り投げると、それが次のカットで人工衛星に切り替わる。人類の数百万年の歴史を一気にひとっ飛びする、これまた映画ならではのマジックとして名高いシーンだ(説明不要でしょうけど、当HPのトップにあるGIFアニメはそのパロディです)。そしてこれらのシーンは人類の歴史が実は「戦争」の歴史にほかならず、それは21世紀の今も続き、とうとう宇宙にまで展開されているということを暗示している。映画中では米ソの宇宙をめぐる冷戦も描かれていて、実際に2001年になったらソ連も冷戦もなかったというネタによくされるけど、その2001年に9.11テロが起こり、大規模テロという形での戦争の始まりを告げちゃった感もある。

 人間という動物が、同じ種どうしでかなり凄惨な殺し合いをする動物であるというのはよく指摘されるところ。よく「獣じみた」とか「畜生にも劣る」とか言い回しがあるが、人間の方が並みの獣より残酷なことをする。そういう凄惨な殺し合いは農耕・牧畜を開始して所有観念や集団組織ができて利害が衝突してから…という意見もあって、日本でも「縄文時代は戦争がなかった」といった縄文理想化妄想が広がってもいるが、実際には縄文時代でも「戦場」のあとと推測される例はあり、どうも人間という動物は農耕・牧畜を始める以前から「殺し合い」をしばしば行う連中だったと言わざるを得なくなってきている。

 気が重くなる話ではあるが、そうした人類史の暗部を再認識させられるニュースがあった。元ネタは時事通信配信記事から。
 イギリスのケンブリッジ大などの国際研究チームが1月20日付の「ネイチャー」電子版で発表したところによると、アフリカはケニアのおよそ一万年前の遺跡から、棍棒や槍などで殺害されたとみられる遺骨が少なくとも27体も発見されたという。発見場所は同国のトゥルカナ湖の近くで、一万年前には湖岸付近であったとみられ、湖の水や魚介類をめぐる争いが起こった現場ではないかと推測されるらしい。
 発見された遺骨のうち大人は21人。男女それぞれ8人ずつで性別不明が5人と推定された。これら大人のうち10人分はほぼ全身がそろっていたが、棍棒で殴られたと思われる骨折の跡や、槍や矢を受けた傷が確認された。一人の男性の頭骨には槍か矢じりとみられる黒曜石が突き刺さっていたという。「戦争」とすると女性の割合が高めのように感じるが、これはある部族もしくは家族集団レベルがそろって湖のそばにやって来た時にでも一方的に攻撃を受けたりしたということじゃなかろうか。これら遺体に埋葬の痕跡がなかったというのも一方的虐殺を予想させる。
 「虐殺」を示唆するのが、女性ばかりでなく6人もの子供が含まれていることだ。さらには女性のうち一人は妊婦で(胎児の骨も発見された)手足を縛られて殺されたと推測させる痕跡があるらしいという追い打ちも報じられている。

 怖い説として、ネアンデルタール人が絶滅した一方で現生人類が全世界に広がったのは、こうした「戦闘性」にあったからではないか、というものがある。ガタイはネアンデルタール人の方がよかったらしいんだけど、もしかすると彼らは戦闘的でなかったために現生人類に敗れたのでは…というのはあくまで推測だが、現実に現生人類の歴史がほとんど戦争の歴史に見えてしまうので(全体で年数をカウントしてみるとやってない時期の方が長いとは思うんだが)一定の説得力はある。そうした戦争の歴史がさまざまな「進歩」を生んだというのもまた否定はできない。
 その一方で上記のような「虐殺」の痕跡を見聞きして「なんて残酷な」と思い、弱者に憐れみを覚えるのもまた現生人類の特徴かもしれないんだけどね。



◆亀は万年…

 「鶴は千年、亀は万年」というが、もちろん実際にそんなに生きるわけはない。ただ大型種の亀の中にはかなり長生きなのもいるのは事実で、200年以上の長寿を保った例もある。昨年惜しくも亡くなった作家・舟崎克彦の代表作「ぽっぺん先生」シリーズの中で「綱吉公の時代」を回想するウミガメが出てくる話もあったっけ。

 さて、去る1月19日の夜、ベトナムの首都ハノイの中心部にある「ホアンキエム湖」で、一匹のシャンハイハナスッポンのオスが死んでいるのが発見された。この「シャンハイハナスッポン」という亀は育つと体長1m超、体重200kg以上にもなるという大型種だが、今や絶滅寸前、世界でも生存が確認されてるのは中国とベトナムにたった4匹、いや今度一匹が死んだので残り3匹という大変貴重な亀なのだ。このたびハノイでお亡くなりになった一匹は推定年齢100歳くらいとみられているという。

 なんでもこの「ホアンキエム湖の大亀」は大変有名なもので、これまでオス2匹の生息が確認されていた。見かけたらラッキーとされ市民にも親しまれていたそうだが、2011年にこのうち一匹を腫瘍の治療のために特殊部隊を動員して捕獲したこともあるとのこと(もちろん治療後に湖に戻した)。今度死んだのがその治療した方だったのかどうかは報道では分からなかったのだけど、ネット上ではこの亀の死を悼むベトナム人の声があふれたとか。
 しかしこの亀の訃報記事の一部が掲載後に取り消される、という事態も起こったらしい。ベトナムは中国同様の共産党一党独裁政権、実は近々共産党の新指導部の選出が行われることになっていて、一部にこの亀の死を「不吉の兆し」と報じるものがあったらしく、「人心を騒がすな」ということで削除をくらったということみたい。

 この亀の死を「不吉」ととらえる声があるのは、この「ホアンキエム湖の亀」にはベトナムの歴史に深くかかわる伝説が存在するためだ。
 14世紀から15世紀にかけて生きたベトナムの英雄に黎利(レー・ロイ)という人物がいる。15世紀のはじめ、永楽帝時代の明がベトナムへ侵攻して支配下においたが、黎利は挙兵して明軍を撃退、新たに黎朝「大越国」を建国してその太祖となった。伝説では黎利は魔力を持つ剣「順天」を手に挙兵し、皇帝となってから年号も剣にちなんで「順天」とした。黎利は常にこの剣を腰にさげていたが、ある日ハノイの湖で小舟に乗っていると湖の中から金色の大亀が現れた。大亀が黎利に「順天」を本来の持ち主である竜王に返すように言うので、黎利が剣を投げると亀はそれを受け取って水中に消えていった。このためこの湖の名前を「剣を返した」=「還剣(ホアンキエム)」という名前に変えたという伝承だ。
 この金色の大亀というのが、この湖に生息する「シャンハイハナスッポン」なのではないか、という話なのだがもちろん600年も生きているわけはないからその亀(スッポン)をイメージしたんじゃないかという話だ。

 ポイントなのは、この伝説では竜王がベトナムの危機を救うため英雄にその剣を貸してやった、という設定になってるところで、黎利が剣を返したのはベトナムが外敵を追い払って平和になったということを示す。しかしいつかまた外敵が攻めて来たら竜王がその剣を救国の英雄に貸すかもしれない、という話なわけだ。その後のフランスやアメリカの侵略に対してその剣が出てきたという話は聞かないが、とにかくベトナム人にとってこの剣および亀は外敵を破った自国の歴史のシンボルということになるんだろう。
 だからその亀が死んだ、しかも共産党の新指導部選びが行われる直前だったから、「不吉」という噂が広がった。またそれを共産党も気にしてるわけですな。黎利が永楽帝に対抗したこと、その永楽帝が派遣した鄭和艦隊が中国の南シナ海領有主張の根拠だったりすることなんかとつなげると、ちと不気味な符合でもある。



◆甲賀忍者復活?

 昨年の10月23日付「史点」で「日本忍者協議会」なるものの発足を話題にした。この協議会、三重県伊賀市・滋賀県甲賀市など「忍者」ゆかりの地の自治体が集まって「オールジャパンで忍者を発信する体制」を目指したものだ。これ、多分に外国人観光客相手を想定してる気がするんだが、実際伊賀の忍者屋敷なんかは外国人観光客には「穴場」として好評であるという報道もみかけた。もはや忍者も観光資源、実態なんぞどうせわかりゃしないし、面白けりゃいいといえばそうなんだけど、お堅い自治体が率先してこういうのをやり出すと暴走のケを感じてしまうんだよな。

 実在人物である服部半蔵や、その子孫を称する「忍者ハットリくん」、はたまた「伊賀の影丸」なんかもあって有名なもんだから忍者といえば伊賀、ってことになっちゃってるが、山一つへだてて隣の「甲賀」の方は、その伊賀のライバル、ならまだしも当て馬というか悪役というか…な扱いが多い。今年の大河「真田丸」の影響で池波正太郎「真田太平記」がまた脚光を浴びているが、あれでも甲賀忍者は悪役回りで主人公の女忍者が甲賀に潜入して大変な目にあるんだよな。
 それでいて僕自身は幼少時から「甲賀」に割と親しみがあった。なぜかといえば最初に読んだ漫画が白土三平「サスケ」だったから。あの漫画では主人公サスケも、父親の大猿を含めた「猿飛忍群」も甲賀忍者の設定だったのだ。一応元ネタの立川文庫のヒーローで真田十勇士の一人・猿飛佐助が甲賀忍者設定だったかららしい。もっともあの漫画、服部半蔵率いる公儀隠密はもちろんのこと、剣術家の柳生宗矩柳生十兵衛までが忍者で自前の忍者軍団も抱えてるし、由比正雪も忍者、根来衆も忍者軍団になってたっけ。

 さて甲賀の話なのだが、毎日新聞の報道によると、滋賀県甲賀市では市民に「あなたの先祖は忍者ですか?」というアンケートを開始したという。「創作などで脚色されがちな忍者の真の姿を把握し、観光につなげる狙い」なのだそうだ。聞くからに大丈夫かな?と思っちゃう話なのだが、よくよく記事を読めば意外と地に足がついている。
 「甲賀忍者」と言われるものがホントにいたかはおいといて、そうイメージされるルーツはあった。応仁の乱が収束してから間もない1487年に将軍・足利義尚は自分に逆らった近江の六角氏を攻めたが、このとき六角氏に味方した甲賀の地侍たちが幕府軍相手にゲリラ戦で活躍、この地侍たちが後に「甲賀五十三家」と呼ばれることになった。あくまで伝説の領域の話で江戸時代以降の文献に出てくるものらしいのだが、一応これが「甲賀忍者」の元ネタになったと考えられる。
 今回の甲賀市の市民アンケートは、「あなたの先祖は甲賀五十三家ですか?」というものらしい。この五十三家の名字は確定してるので、電話帳でそれらと同じ名字の725世帯にアンケートを郵送、「忍者の子孫かどうか」「手裏剣や巻物などが伝わっていないか」「現在の職業」などを任意で尋ねるのだそうだ。現在の職業が「忍者」の人がいたりして(笑)。
 
 なお、このアンケート調査をするのが市の観光企画推進室の職員たちで作る「甲賀流忍者調査団・ニンジャファインダーズ」なる方々なのだそうで。「子孫」ということになった市民の方には2月21日に開催される「甲賀流忍者復活祭」でパネルディスカッションをやっていただくとか。「復活祭」ってなってるあたり、伊賀に比べると甲賀はまだ宣伝に力が入ってなかったってことなのかな。それにしても「ジュラシック・パーク」じゃあるまいし、復活させちゃっていいのか、忍者って。
 ところでなんで2月21日かというと、翌日の2月22日が「忍者の日」と去年決められたから(笑)。「2・22=ニンニンニン」だからだそうだが、そりゃハットリくんでしょうが!



◆またも宗教ネタ詰め合わせ

 なんか定期的に繰り返してる気がするが、僕が面白がってしまうような話題って宗教がらみが多いんだよね。宗教もそれこそ人類の歴史と共にあって今なお強力に影響を与えているわけで。

 パキスタンでは、イスラム教徒の15歳の少年が自分の手の手首から先を切り落とすというショッキングな事件が起きた。なんでも礼拝の際に聖職者が「預言者ムハンマドを愛していない者は手を挙げなさい」と言ったとき、うっかり「ムハンマドを愛している者」が手を挙げるのかと思い込んで手を挙げてしまった。当然聖職者は不信心者めと非難したが、この少年は帰宅後に自分の手の手首から先を切り落とし、皿に乗せて聖職者のところへ持って行ったというのだ。
 これねぇ、やっぱりその聖職者の質問がイカンでしょ。誰も手を挙げないことを想定していたと思うんだが(礼拝の場だもんね)、挙げたら挙げたで勘違いとフォローすべき。実際警察当局は聖職者の発言を「ヘイトスピーチ」として逮捕したそうだが、パキスタンはイスラム過激派もかなり強いところだから警察も神経質にはなるだろう。なお、手首を切り落とした少年については父親や地元の人たちは「称賛」しているとのことなんだが…手は戻ってこないわけだしなぁ。


 宗教ネタとは違うのだが、イギリスに住むイスラム教徒の10歳の少年が英語の授業で「私はテラスハウスに住んでいる」と書くところを「私はテロリストハウスに住んでいる」とスペルミスをやってしまい、なんと警察の聴取をうけるハメになったんだとか。これも教師が通報したはずで、子供相手の過剰反応に批判の声があがっている。「イスラム=テロ」という短絡的な連想がヨーロッパに広がってることの一つの表れだが、だいたい「テロリストの家に住んでます」って自己申告すること自体がおかしいだろうに。


 「イスラム=テロ」のイメージ浸透に大いに貢献してしまっている「IS(イスラム国)」だが、その「IS」が一昨年のうちにイラク北部のモスルにあったイラク最古の修道院を破壊していたことが今頃になって判明している。その修道院とは「聖エリヤ修道院」と呼ばれるもので、
西暦582〜590年ごろに建設されたというから、まさにムハンマドが生きていた時代に建てられたものだ。
 ISは2014年6月にモスルを占拠していて、衛星画像の分析からその年の8月から9月に破壊されたと判明したらしい。なんでもイラク戦争時にアメリカ軍兵士が祈りの場にもなったそうで、そういうことも破壊の動機だったかも。思えば彼らがやたら古代遺跡の破壊を開始したのもそのころからじゃなかったかな。
 この件を報じた記事によると、イラクにはかつて100万人以上ものキリスト教徒がいた(フセイン政権の大臣でもキリスト教徒がいたはず)。しかしイラク戦争後の混乱で今や30万人にまで減っているのだそうだ。ということは70万人くらい難民化しているということになるが…。


 日本はかつて過酷なキリスト教弾圧をした歴史をもつ。このため近代になってからも欧米での日本イメージはあまりよくなかった、という話も聞く。
 そのキリスト教弾圧のために国外追放された戦国武将・高山右近について、1月22日にローマ法王庁は彼を「殉教者」であるとして「聖者」に次ぐ「福者」に公式に認定した。日本のカトリック団体が以前から申請していたもので、確か昨年のうちにほぼ内定したと報じられていたはず。年内にも高山右近の「列福式」が行われる予定だそうで、フランシスコ法王も「可能なら行きたい」と昨年発言しているそうだ。
 この話題とやや絡むのだが、日本はかねて「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」を世界遺産の候補にしてユネスコの諮問機関「イコモス」に推薦していた。長崎県内にある現存最古の教会とか、島原・天草一揆の拠点・原城とか、隠れキリシタン関係の遺跡などが「詰め合わせ」にされたもの(最近の世界遺産はそういうのが多い)で、日本におけるキリスト教の「伝来」「弾圧」「復活」のテーマが世界的普遍性をもつ、とアピールしてきたのだ。ところがこのたび現地視察をしたイコモスから、「弾圧と禁教の歴史に特化すべき」との疑義が出され、日本側はこの推薦をいったんひっこめて作戦の練り直しをすることになった。ついでながらそういう中間報告が判明したのは、先ごろの南京事件の世界記憶遺産の件で日本が「透明性」を要求したからだったりする。
 日本側の案にも「弾圧」の歴史は入っていたのだが、どうもそれだと日本の負のイメージにつながるってんで「伝来」「復活」の方に力が入っていたんじゃなかろうか(詳細は知らないのであくまで推測)。そしてイコモスも恐らくキリスト教徒が多いだろうから、日本人が思っている以上に「弾圧の歴史」をよく認識しているということかもしれない。


 以前何かの本で読んだのだが、キリスト教徒的には弾圧の歴史がある日本に対し、意外と中国のイメージがよい、という話がある。中国も「禁教」を清の時代にしたことがあるけど、あれはイエズス会が儒教や祖先崇拝など中国文化と折り合いをつけて布教したのをバチカンが批判する「典礼問題」があって清朝側が態度を硬化させたもので、イエズス会士についてはその後も丁重に扱われていた。現代にいたるまでカトリック教徒は国内にかなりの数いて、あくまで中国政府のコントロール下におくことにしてバチカンの介入は嫌っている、ってところは清朝とおんなじと言える。
 そうしたこともあってバチカンは中国と国交を持っていない。だが中国がカトリックにとっての「巨大市場」であることは間違いなく、もう十数年前からバチカンはちらちら、ちらちらと中国との接近を図ってきた。現ローマ法王フランシスコさんも同様で、このたび香港紙のインタビューのなかで訪中にも意欲があることを明言していたが、ここで中国への布教で活躍したイエズス会士マテオ=リッチを引き合いに「中国は偉大な国だ。リッチの経験は中国との対話が必要だと教えている」と発言したという。
 マテオ=リッチといえば、まさに中国文化と折り合いをつけた布教方法で成功した人物。中国風に「利瑪竇」と名乗り、世界地図「坤輿万国全図」の製作や「幾何」という訳語を作るなど、ヨーロッパの科学知識を中国に紹介(間接的に日本にも影響している)、逆に中国文化をヨーロッパに紹介して科挙制度がヨーロッパで好意的に受け止められる素地を作ってもいる。そしてなんといってもその活動により多くのカトリック信者を獲得しているわけで、ローマ法王が中国との関係で引き合いにするのは当然なのだ。
 と、いうことはバチカンもリッチ風に中国と折り合いをつけて…というつもりなのかな。そもそも現法王は初のイエズス会出身法王なんだよな。そのローマ法王、今週にもキューバでロシア正教会大主教と歴史的対談をすることになってるのだが、それについては次回「史点」にまわすことにする。


 1月31日に、イスラエル政府はエルサレムにあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」に、「男女が共に礼拝できるスペース」を設置すると決定した。「嘆きの壁」とはかつて存在し、ローマ帝国時代に破壊されたユダヤ教のエルサレム神殿の西壁の一部とされるもので、エルサレムにおけるイスラム教の聖地「岩のドーム」のすぐそばにある。第三次中東戦争でこの地もイスラエルの占領下に入り、以後敬虔なユダヤ教徒たちが壁に手を突いて祈りを捧げる様子がおなじみの風景となった。
 しかし伝統的には男女の礼拝は「完全分離式」だった。イスラム教のモスクにおける礼拝と同じよなものである。しかし近年では世界中からイスラエルンに移住してきた戒律が緩めのユダヤ教徒(非正統派)も多くなってきて(前にも話題にしたが豚肉OKのユダヤ教徒もいる)、彼らの間では礼拝では男女同席が認められていたため、「嘆きの壁」でも男女一緒をありにすべきとの声が高まっていたのだそうだ。そして政府も折れてそれを認めることにしたという次第。
 今のネタニヤフ首相の政権というのは保守色が強い気もするんだけど、ネタニヤフ首相は閣議で「敏感な問題だが公平で創造的な解決策」と「男女同席礼拝」を評価した。しかしユダヤ教正統派の閣僚らは表決で反対票を投じたとのこと。今後は「嘆きの壁」で伝統が破られたことを嘆いて祈る人が増えるのかもしれない!?


 最後に、直前に飛び込んできた話題を。
 2月10日に発売になるニンテンドー3DS用ソフト「真・女神転生IV FINAL」でヒンドゥー教の神「クリシュナ」が「魔神」として登場することが分かり、ヒンドゥー聖職者ラジャン=ゼド氏という人が「崇高なヒンドゥー教の神への冒涜」と非難声明を出している。このゲームについては僕もよく知らないし(一連のシリーズのうちPCエンジンで出たものについてはちょこっとだけ手を出したが)ゲーム中でどういう扱いになってるのかも分からないのだが、チラッとゲームの解説をみるとこのゲームでクリシュナはオーディン(北欧神話の最高神)やらミロク(仏教の弥勒菩薩)らいろんな文化の神々の「多神連合」を率いる役割みたい。公式サイトを覗いてみたら「一神教VS多神教の最終戦争」なんてアオリもあって、別方面でヤバイような(汗)。だいたいその両者がバトルするんじゃ多神教状態以外の何物でもない。
 くだんの声明を出した聖職者の方も「表現の自由の尊重」は口にしている。だがこと宗教や神々についてはゲームはもっと配慮すべき、との主張もしていて、とくに「神をコントローラーで操作する」のがいけない、と言ってるらしい。信者はあくまで神の定めた運命に従うべきで、その神を「操作」するなど本来の信仰と真逆、という主張は、「たかがゲームに」と思いもする一方で、敬虔な信者にとってはやはり信仰上気になるところではあろうとも思う。
 逆に、この地球上で起こっていることは実は「神」によるシミュレーションゲームだった、というアイデアもSFではよく出てくるものでして…


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