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2017年1月30日

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◆鐵のシルクロード

 なんか難しい字のタイトルになってしまったが、「てつ」と打ち込んで変換したらこう出たのでこのままにしておく(以前どっかの記事で使ったんだろうな)。一般に使う「鉄」は略字体で本来はこっちが正しいのだ。「鉄」という字は「金を失う」と書くため、縁起を担いで「鐵」の次を用いている鉄道会社もいくつかある。
 ところで僕は一応鉄道ファンと自負はしている。ただマニア度はそれほどでもなく、車両の形式にも特に詳しくはないし、写真撮影にあちこち押しかけることもしていない。あえて分類するなら「乗り鉄」ということになるんだろうけど、最近は旅に出る暇もなくって…

 そんな軽度の鉄道ファンにして歴史ファンの僕が「ほう」と反応してしまったニュースがあった。中国浙江省の義烏を今年元旦に出発した貨物列車が1月18日にイギリスの首都ロンドンに到着したというのである。そのルートは中国東部の義烏から中国西部の新疆ウイグル自治区を抜けてカザフスタンに入り、そこからロシアに入って東欧へ、それからドイツ・フランスを通ってユーロトンネルでイギリスに上陸するという、実に走行距離12875キロ。ユーラシア大陸をほぼ端から端まで走破したわけで、まさに「現代のシルクロード」だ。

 鉄道ファンとしっても軽度なので今度の話題を詠むまで恥ずかしながら知らなかったのだが、旧ソ連地域の鉄道の軌間(ゲージ)は1520mmと広い。中国とヨーロッパは「標準軌」と呼ばれる1435mmの軌間を採用しているので中国とヨーロッパには共通の列車を走らせられるが、間に挟まる旧ソ連圏ではそれができない。僕が最初に見た記事では「軌間が異なる旧ソ連圏では機関車を代えた」とだけ書いてあったのだが機関車だけの交代で済むはずがない。貨物列車の方はどうしたんだ、と不思議に思って英文記事まで含めてあれこれ調べてみたところ、ようやく解決。中国から旧ソ連圏に直通する列車は、国境の駅で車体の下にあって線路に乗っかる「台車」をまるごと総とっかえしていたのだ。わからんという人はyoutubeなんかでも検索すると動画が挙がっているので見物してほしい。列車そのものを交代して乗客や荷物を乗せ換える方が早いんじゃないか、という気もちょっとするのだが(昔、京王線を使ってたころ、〇〇行という列車なのに途中で別車両に乗り換えさせられることがよくあった)、昔から旧ソ連圏では国際列車をこのやり方で処理してきたとのこと。

 「シルクロード」と書いたが、今度の貨物列車で運ばれてきたのは衣類や靴、スーツケースやオモチャといった中国製品で、絹織物ではないとはいえ衣類系がかなり含まれているあたりが昔をひきずってるようでもある。金と絹が同じ重さで交換されたという昔とちがって、全体的に「安物」が輸出されてる感じではあるが…でも歴史的にふりかえってみると、イギリスは産業革命を世界で最初に起こして「安物」の綿製品を海外に輸出しまくった国であるわけで、今になって逆襲されてるようでもある。イギリスはかつて「世界の工場」と言われたものだが、今はそれは中国の代名詞にされちゃってるし。
 さらに連想ばなしを続ければ、この鉄道貨物による商品輸出は、現在の中国政府が進めるユーラシアの東西を結びつける「一帯一路」戦略の体現でもある。中国が主導した「AIIB」(アジアインフラ開発銀行)にヨーロッパで抜け駆け的に参入表明したのがイギリスだったりするし…。もっとも、昨年のEU離脱決定でイギリスもどこへ行くんだかわかんなくなっちゃった気もするが。

 鉄道ファンだからということもあるけど、鉄道による「貿易」というのはこれから結構注目されるんじゃなかろうかとこの記事を読んでて思った。速さなら飛行機、大量輸送なら船舶がまさるけど、鉄道は飛行機よりは安くて大量、船舶よりは安くて速いという、モノによってはなかなか便利な輸送手段ではあるのだ。JR貨物も言ってた記憶があるが、鉄道貨物は近頃流行りの「環境にやさしい」輸送方法でもあるわけで。人を乗せる方についてはよほど好きな人でないとキツいと思うが、貨物なら文句は言わないだろうし。

 今度のニュースはロンドンだから大きく報じられてたまたま目についたというだけのことで、実は中国からヨーロッパへの直通貨物列車はすでにこれが15都市め。すでにドイツてゃ北京-ハンブルク間、重慶-テュイスブルク間、フランスとは武漢-リヨン間、スペインとは義烏-マドリード間といった直行貨物列車がそれぞれ週に一本ペースで運行されている。中でも2015年から運行開始した義烏-マドリード間直行貨物列車は総延長13000キロを超える世界最長列車となっている。
 …と書いてて思い出したが、スペインって標準軌より広い1668mmという独自の軌間だったはず。昔、フランスからスペインへ直行する列車では車両が自動的に軌間変更できる仕組みになっていると読んだことが…だとすると、この中国からの直行列車はどうやってるんだろう?そこまでまだ調べきれていないのだが…ああ、それを考えると夜も眠れない!…ってネタ、今はわかる人どれほどいるのかな?(僕もリアルタイムで元ネタ知ってるわけじゃないですが)


 鉄道関連で小ネタを一つ。
 1月14日にセルビアの首都ベオグラードからコソボ北部ミトロビツァに向けて走ったひとつの列車が、あわや戦争勃発かという騒ぎを引き起こしていた。列車の車体はセルビア国旗の色に塗られ、その上には「コソボはセルビア」とデカデカと、それも世界の20か国語(日本語、韓国語もあったという)で書かれていたのだ。コソボ側は当然激怒し、国境付近に治安部隊を出動させる騒ぎになったが、さすがにセルビア側が「人命を守るため」という理由で列車を国境手前で停止させたとのこと。
 「コソボ紛争」もしばらく名前を聞かなくなったので、どういう経緯だったか忘れてる人も多そう。かつてのユーゴスラビア崩壊の過程の最後の段階で、セルビア南部の「コソボ自治州」はアルバニア系住民が多数派であったためセルビアからの独立紛争が起こり、2008年に独立を宣言、セルビアは当然認めないままだがアメリカなど「西側」諸国を中心に国家と承認する国が世界の半分くらいある(日本も同年に承認)
 実質的な独立達成で紛争自体はひとまずはおさまっており、今度の列車は久々にベオグラードからコソボへの直通列車が走るという記念すべきイベントでもあったのだが、そこへセルビア側が思いっきりケンカ売ってるととしか思えない列車を送り込んでしまったわけ。コソボ独立は絶対に認めないというセルビアの言い分も分からないではないんだけど、わざわざそんな列車を仕立ててまでやるというのが…



◆PPAPの次は

 昨年なぜか世界的にブレイクしたピコ太郎さんの「PPAP」。ちょっと前に韓国の「江南スタイル」が似たような現象を起こしていたっけ。その「PPAP」に続いて世界でやたら再生回数の多い動画が「APA」であるというのも、妙なつながりを感じてしまう。
 いろいろ報道も出たあとなので簡単に書くが、アパホテルの客室に南京虐殺や慰安婦問題を否定したり真珠湾は謀略だったと主張するような英文書籍が置かれていることにアメリカ人と中国人の客が気付き、「こんなとんでもない本がある」とその動画をネットにアップ(ちゃんと「日本人全体がこうというわけではない」という前置きをちつけた冷静な紹介である)、特に中国で「炎上」を引き起こし、大変な再生回数にのぼり、とうとう中国政府までが批判の声を上げる事態になった。特にアジア大会で選手の宿泊先にアパホテルも入っていたため、当初はあくまで自説を主張しうて撤回を拒否していたアパホテル側も一応中国人選手が宿泊する部屋については問題の書籍も含めてすべての「情報物」を撤去する方向…というのが現状だ。

 アパホテルの会長がトンデモ右翼思想の持ち主であることは以前から知る人ぞ知る。なんつっても2008年にあの田母神俊雄氏のトンデモ論文に最優秀賞をあげてしまった「真の近現代史観」懸賞論文の実質的主催者である。これを受けて当時の麻生内閣は速攻で田母神氏を航空幕僚長から更迭したが、陰謀論だらけの論文を書いた頭の悪さもさることながら、その後の彼のたどった経緯を見ると、この更迭は麻生内閣の功績と思わざるえを得ない。こんなのが航空自衛隊のトップに上り詰めていたというあたり、日本における「バカと煙ほど上に行く現象」の表れとも思えたのだが、「真の近現代史観」の選考者たちはもしかして航空自衛隊を救うという愛国的動機から彼の論文を選んだ…なわけはないけど、結果的にはそうなってるな。

 この騒ぎの当時からさんざ指摘されてるが、「田母神論文」の中身というのは、つまるところ「日本はいっさい悪くない!何もかもコミンテルンなど外国勢力の陰謀だ!」という典型的な陰謀論だ。張作霖爆殺から日中戦争、果ては太平洋戦争まで全部「コミンテルンの陰謀」で、純朴な日本はハメられた、という話になっている。この手の話、右翼業界では人気があって相変わらず再生産され続けているが、彼らの主張の通りだとすると、陰謀にひっかかり続ける当時の日本の政府・軍部の指導者たちが「ただのバカ」にしか見えない、ということになぜか当人たちは全く気付かない。ホントの「自虐史観」だと言われてしまうほどなのだが、彼ら自身の頭が悪いせいか「なんて哀れで素敵な日本!」と自己陶酔に浸ってしまっている。まぁ田母神さんの例のように日本の組織って上に行くほどバカになる例は多くみられ、実際に「バカ」としか思えない当時の指導者層は目につくので全否定もできないのがつらいところ(笑)。
 田母神論文だけでなく、この「真の近現代史観」全体が同様の「日本はハメられたのだ陰謀論」に毒されていることは、その論文集のタイトルが「誇れる国、日本 謀略に!翻弄された近現代」になってることでも一目瞭然だ(しかし変なところに「!」マークがあるな)。今度の件でもアパホテル側は特に南京事件について反論していたが、どれも言い古された話ばかりで何の反論にもなっていない。「事実に基づいて指摘せよ」みたいなことを言ってたが、何を言われても聞く耳を持たないのが陰謀論者というやつだ。

 この「真の近現代史観」懸賞論文、歴代受賞者を眺めればそうそうたる面々(もちろん皮肉)で、便利なトンデモ保守・右翼さんリストと化しているのだが、昨年末、そのリストに新たに名前を加えたのが西鋭夫という人物。受賞論文は『美学の國を壊した明治維新』である。タイトルを見て、「え?明治維新を全否定かよ!」と、この「真の近現代史観」の傾向にそぐわないのではと驚いて、ネット上にアップされているその論文を読んでみた。なるほど、明治維新をほぼ全否定する内容で、明治から戦中までを理想時代のように語りがちな保守業界では珍しい意見である。ただし、その理由がふるっていて、なおかつこの「近現代史観」らしい陰謀論のオンパレードで、率直に言ってネタとして大笑いさせてもらった。
 
 この「論文」、まずアヘン戦争から話を起こす。アヘン戦争がイギリスによるひどい侵略戦争であるのは否定できないところだが、この論文ではそれが日本に対しても行われたのだ、という趣旨が書かれている。「日米修好通商条約」の第4条で「三斤までのアヘン輸入を認める」とされていて、イギリスやアメリカからアヘンが日本に売り込まれた、という話が根拠にされているのだが、僕が調べた限りではこれむしろ「三斤以上のアヘン輸入は禁止」という趣旨らしいのだ。それ以外でもハリスがいわゆる「唐人お吉」を弄んで捨てたとか、ちょっと調べれば日本側の誤解と分かる話を平気で書いてるし(実際にはハリスは彼女を即座に追い返している)、一般に幕末の英雄として人気の高い坂本龍馬についても「その路銀はどこから出た」と書いて(彼の実家はかなり裕福なんだが)、つまるところイギリスやフランスが裏で糸を引いて明治維新を実現したと主張しているわけ。

 幕末の動乱に英仏など外国の動きが背後にあることは事実だが、一連の流れを全て彼らの陰謀で片づけちゃうというのは、それこそ幕末の志士たちの活躍を全否定するようなもんである。タイトルにあるように西氏は明治維新は「日本の美学」である武士道を破壊したと主張しており、現在の世界のグローバル化にも反対、日本での早期英語教育にも反対している(しかしこの人の経歴見ると思いっきりアメリカを中心に国際人的活躍をしてるんだよな)。この論で行くと日本の近代史は明治から太平洋戦争、さらには戦後までまさに全部が欧米の陰謀のもとにあると全否定されちゃうわけで、保守層的にマズイんじゃないかと思うのだが、論文の最後で東日本大震災の際の日本人の秩序だった行動が世界の称賛を浴びたとして「今こそが世界が日本を崇める黄金時代!」ってな結論になっている。どうもこれが選考委員のお眼鏡にかなってしまった、ということなのか。同賞お約束の「外国の謀略」もあるのも高評価だったのだろう。もしかして論文の最初と最後しか読まなかったんじゃなかろうか…(笑)。

 ま、とにかくこアパホテルの会長とその周辺はその程度の頭、ということで、ハッキリ言えば今度の件で世界に恥をさらしたと(だって日本を一歩出たら通用せんぞ、これ)のは大いに結構。もちろん当人の言うように言論の自由はあるから何を主張しようがホテル内にどんな本を置こうが勝手なんだが、「どういうホテルか」はオープンに知らされなければ不公正だろう。少なくとも僕は田母神論文騒動で知って以来ここには泊まる気は毛頭ない。



◆最後に月を歩いた人
 
 上の話題の「南京虐殺まぼろし説」同様に、いったんハマってしまうといくら説明してもかたくなに固執してしまう人が出る陰謀論の一つに「アポロ陰謀論」がある。いわく、「アポロ計画で人類が月に行ったというのはNASAによる特撮を用いたでっち上げである」というやつだ。当時あんな映像を撮れる特撮技術は存在しないうえ(「2001年」のキューブリック監督が撮った、ってなことにされてるが彼の性格からして引き受けそうにない)、月面上にはアポロ宇宙船が残してきた測量機材が残されているし、アポロ飛行士は月の石だって持ち帰っているなど、数々の証拠があるのだが、陰謀論信者は聞く耳など持たない。中でもアポロ計画以来半世紀が経っているのに、技術がずっと進んだはずの今日まで人類が月はもちろんほかの天体に到達したことがないことが「根拠」に挙げられ、当時をリアルタイムには知らない世代が増加していることもあって、僕が日頃相手にしている中学生の中にもしたり顔でアポロ陰謀説を持ち出してくるやつがいる。

 昨年、「ゴルゴ13」でもアポロ陰謀説がテーマに取り上げられ、故・アームストロング・アポロ11号船長が陰謀論を肯定するような発言をするビデオがネットに流出して大騒ぎになるという展開が描かれた。実はインタビュー映像を巧みに編集した「フェイク・ドキュメンタリー」であったというオチなのだが(フランスで同様のフェイクドキュメンタリー番組があったのをヒントにしたと思われる)、事件が解決したあとアメリカ政府高官が月を見上げて「本当に半世紀前にあそこへ人類がいったのだろうか?」とつぶやくという、微妙に陰謀説に未練を残したようなラストになってしまっていた。まぁこの劇画シリーズも、しばしば「世界情勢を知る教科書」とか評価されつつ、初期から話を面白くするために陰謀論ネタを混ぜていて注意が必要なのだ(だいたいゴルゴの設定自体が陰謀論的である)

 アポロ計画は1972年12月6日に打ち上げられた「アポロ17号」を最後のミッションとして終了した。当初は20号まで計画されたそうだが、要するにカネがなくなっちゃった、正確には国がもう莫大な予算を出してくれなくなったために終了を余儀なくされたのだ。アポロ陰謀論で定番の声に「なぜそれっきり月に人は行ってないんだ?」というものがあるが、答えはずばり「カネ」の問題で、そもそもアポロ計画自体がソ連の宇宙開発に追いつけ追い越せという冷戦時代ならではの国の威信をかけた競争意識を原動力として破格の予算をつけてもらったわけで、ソ連に先駆けて月面着陸をした「アポロ11号」の時点で「勝負あり」となり、そこで終了にしちゃってもいいくらいだったのだ。映画「アポロ13」でも「アポロ13号」の時点で国民の関心がすっかり薄れ、宇宙飛行士たちも「自分が行くまで計画が続くかな」と噂しあってる様子が描かれている。

 前ふりがまた長くなってしまったが、「アポロ17号」の船長となり、月面にも降り立った元宇宙飛行士のユージン=サーナンさんが1月16日に82歳で亡くなった。彼は現時点で最後に月面を歩いた人間であり、地球周回軌道より外へ飛んだ最後の人間の一人でもある。それ以来実に44年も人類は地球周辺から離れていないわけだ(ついさっき知ったが、西日本新聞の1月30日付コラムで「その死をもって、人類から月面を歩いた者が消えた」と書いちゃっていた。「最後」の意味を誤解している)

 サーナンさんは1934年のイリノイ州生まれ。大学卒業後に海軍に入ってジェット機のテストパイロットとなり、それから1963年にNASAの宇宙飛行士に抜擢された。1966年に「ジェミニ9-A号」に乗り込んで初めて宇宙に出て、さらに船外活動実験も行って文字通り宇宙空間にも出た。続いて1969年5月には「アポロ10号」に乗り込んで月周回軌道を回って地球に帰還、7月の「アポロ11号」の月面着陸の下準備に貢献している。そして1972年12月の「アポロ17号」では船長として三度目の宇宙飛行、および月面着陸へと挑むこととなった。
 12月7日に打ち上げられた「アポロ17号」は12月10日に月周回軌道に乗り、12月11日に月着陸船を切り離して月面の「タウルス・リットロウ」に降り立った。サーナンと月着陸船操縦士のハリソン=シュミットの二人はここで三度の船外活動を行い、月面車を走らせて周辺を探検したり岩石採集など予定されたミッションをこなし、12月13日に最後の船外活動を終えて着陸船に戻った。このときサーナン船長は「私は今、月面にいます。そして人類として最後の足跡を残して故郷に帰りますが、必ずまた戻ってきます」とスピーチ、アームストロングの「この一歩は人類にとっての大きな跳躍」と対をなす名セリフを残している。このときたまたま、ということらしいのだが、シュミットの方が先に着陸船に入ってしまったため、サーナン船長は本当に「最後に月面を歩いた人間」となる。12月14日に月面を出発、司令船とドッキングののち12月19日に地球へと帰還した。

 サーナンさん自身の宇宙飛行もこれが最後となり、のちにその思い出を著書「月面最後の男」にまとめて1999年に出版している。遺族によると最後の最後まで「私を人類最後の月面歩行者にしないでほしい」と、宇宙開発の継続を各方面に訴えていたという。そうだよなぁ、月面上で「必ずここに戻る」と言っちゃったんだし。あの時当人もさすがにそれから40年以上も月面はおろか地球周辺からも人類が離れていないとは思わなかったんじゃなかろうか。火星有人飛行もブチあげられはしたけど、結局立ち消え状態になっちゃってるしねぇ…

 で、この訃報を伝えるYAHOOの記事のコメント欄には「秘密を墓場まで持って行ったな」といった陰謀論ネタ書き込みが多数。その多くはネタと分かってやってる感じもあったけど、やはり本気で書いてるとしか思えないものも散見されるんだよな。宇宙開発史大好き人間の僕としては、はやいとこサーナン氏の希望が実現されることを願うばかりだ。



◆どーなる、トランプ?

 さー、なっちゃいましたよ、ドナルド=トランプさんが第45代アメリカ大統領に。実際に就任する前からこんなに言動が注目された大統領というのも初めてだ。この文を書いてる時点で就任から十日ほどしか経っていないが、その間にも連日彼について話題が尽きることがない。それも明らかに悪い方の話題ばかり。「大統領になったら変わるんじゃないの」という希望的観測もこの十日間ですっかり消えちまった感もある。

 当選以来、トランプさんのツイッター上の発言が悪くも悪くも世界の注目を集め続けている。やれ、大統領専用機「エアフォース・ワン」新型機が高い、F35が高いと言って、メーカーに大幅値下げさせることに成功。メキシコに工場を新設しようとしていた国内自動車メーカーを名指しでやり玉にあげて計画撤回に持ち込む。自動車ということではトヨタやBMWなど外国企業にも恫喝的な批判を向け、とにかく「アメリカ第一」でアメリカの雇用拡大に貢献しないやつは全て敵、といわんばかりの攻撃を続けている。それでいてトランプブランドの衣服や、トランプ支持者の帽子などがメキシコ製、中国製だったという話も出てきているのだが。

 前任者のオバマさんもツイッターをやってはいたが、一応大統領専用アカウントということもあって当たり障りのないものがほとんどだった。しかしトランプさんは思い切り政治的な発言が書かれ、そのために企業の株価が上下したり外国政府高官がさまざま反応を見せてしまう。また個人的「つぶやき」でもあるため歯に衣を着せることがなく、特に自分に対する批判・非難に対してはすこぶる敏感かつ攻撃的に反応する。女優のメリル=ストリープが批判スピーチをしたら「過大評価された女優」とこきおろし、反トランプデモに対して「彼らは投票に行ってない」と根拠不明の批判をし、大統領選で投票の実数ではヒラリー=クリントンの方が280万票ほど多かったとされたことに対し「不法移民による不正投票が数百万票あった、調査する!」とこれまた根拠不明の「反撃」を表明している。票数はどうあれ自分が勝ってるんだから黙ってりゃいいように思うが、どうもこの人、こういうことに黙っていられない性格のようだ。もともと品のない人であることは明白だったが、大統領になってからもこの調子が変わっていないというのは…本音と建て前を分けない、という素直な性格ともいえるだろうけど、むしろそういう使い分けができるほど頭がよくないのでは…

 就任式では集まった群衆の数がオバマさんの時の半分くらい、ってな話が出ると、「実際にはもっとたくさんいた!史上最大の数だ!」と根拠もなくわめいてマスコミを「捏造報道」と批判する。大手マスコミへの批判は選挙中から目立っていて、記者会見を避けるのもツイッター上で直接発言するのもその表れなんだけど、大統領になってからその対立関係はますます激しくなってるようにしか見えない。マスコミも完全正義ってわけでもなく彼らも偏向報道はするだろうし意図的な誤報みたいなのを流すこともあるので一部のマスコミ嫌いがトランプさんを支持する声を出してもいるけど、トランプさんの場合一切根拠を示さず言いたい放題言ってるだけとしか思えないからなぁ…トランプ側近で元ネトウヨサイト主催者であった人物などは、「マスコミは黙れ」と露骨に言っちゃうし、かねてささやかれていた通りに周辺人物や閣僚もこの調子の品のない人たちが多いようである。まさに類は友を呼ぶ。

 オバマ政権時にもめにもめたあげくに昨年結ばれたTPP(環太平洋経済パートナーシップ協定)も、予告していたとおり就任直後に「永久離脱」を表明し、TPPは事実上オジャンになった。締結に向けて苦労した甘利明元経産相は「TPP消滅で一番喜ぶのは中国」と言っていたが、確かにTPPって一部で「反中国包囲網」みたいに言われていたんだよな。これがオジャンになったことでTPP参加国の中には中国が提唱している「RCEP」(東アジア地域包括経済連携)へと乗り換えを図る動きも出ている。
 まぁ僕自身はTPP自体には特に乗り気でもなく、これと連動して著作権保護期間を欧米並みに延長することには反対、というところなのでTPP自体がつぶれるのは構わない(著作権保護延長は無関係にやるのかもしれんけど)。日本政府もそれを選択肢にはいれつつまだトランプ政権を説得しようとTPPに未練を残してるみたいだが、トランプさんの近頃の言動からすると日本も中国もいっしょくたに「アメリカに対して不公正な貿易をしている」と見られているみたい。トランプさんの日本や中国に対する発言みてると1980年代を懐かしく思い出してしまうが、実際トランプさんの脳内ではイメージが80年代と変わっていないんじゃないかとの指摘もある。

 中国との関係では、「一つの中国原則」の見直しもちらつかせている。「一つの中国」というのは要するに台湾を「もう一つの中国国家」と認めるかどうかという問題で、アメリカがニクソン政権時代に「中華民国」から「中華人民共和国」へと乗り換えて以来、アメリカは台湾を支援はしつつも国家としては認めないという原則を取り続けた。トランプ氏は当選を決めた直後に台湾の蔡英文総統と電話会談したし、側近にも台湾派がいると言われている。それで長年の「原則」にも手を付けようとしているのかもしれない。
 ただトランプさんがこの「一つの中国見直し」に言及した時の文脈って、それをタネに脅しをかけつつ、中国に「不公正な貿易」を是正しろと取引を持ち掛けているんだよね。他の件でもトランプさんってまず恫喝して何か条件を相手に飲ませる、という手法が目につく。日本に対しても駐留米軍にもっとカネを出さないと引き上げるぞと脅しているが、これも「貿易不均衡是正」とセットになってる感じがする。だから「一つの中国原則」を本気で見直す気がどこまであるのか怪しくもあるのだが、そもそもそうした外交上の基本姿勢と貿易問題ってテンビンにかけられるものではないだろうに。あまりにあぶなっかしいやり方じゃなかろうか。

 外交面ではほかにもキューバやイランといった、オバマ政権が和解を成立させた国々との関係を見直すこともにおわせている。なぜかロシアについては関係修復の方向でのオバマ外交ひっくり返しになるようだけど(その理由がまたいろいろスキャンダラスに注目されてる)。またオバマ政権の大きな成果である医療保険制度「オバマケア」は速攻で廃止、環境問題でもオバマ政権が環境に配慮して中止していたパイプライン建設にGOサインを出している。環境問題では、昨年アメリカや中国が批准したため発効となった温室効果ガス削減を義務付けた「パリ協定」も離脱方針を示すんじゃないかと科学者たちが警戒している。ブッシュ政権の時も京都議定書を離脱した過去もあるので、トランプさんにかかるともっとたやすくやっちゃいそうな気もする。科学系では反ワクチン論者との話もあるし…

 外交面での「ひっくり返し」でもっとの警戒されているのは、選挙期間中の「公約」の中に「エルサレムにアメリカ大使館を移転する」というのがあったこと。聖地エルサレムについてはイスラエルが自国の「首都」と主張しているがパレスチナ自治政府側も主張して譲っておらず、イスラエルと国交のある国はトラブルを避けるためアメリカも含めて大使館をテルアビブに置いている。1990年代にユダヤロビーの働きかけもあってアメリカ議会が「エルサレムをイスラエルの首都として大使館を置く」という法律を制定させているそうだが、あまりにヤバいので歴代大統領は「情勢により延期できる」という付帯条項を利用して先送りを繰り返してきた歴史がある。
 トランプさん、娘さん夫婦がユダヤ教徒ということもあってユダヤ系票狙いでこの公約を口にしたらしいのだが、実行した場合は非常に深刻な事態になりかねないとパレスチナのアッバス議長が警告を発しているし、PLOももし大使館移転ならイスラエル承認を撤回すると表明している。
 現時点での最新報道では、この件をメディアに聞かれたトランプ大統領は「それを語るのはまだ早い」と逃げを打ったというので、さすがにヤバさを認識してるのでは…ということなんだけど、なにせこれまでのところ「公約」の数々をバンバン実行しちゃってるもんなぁ。

 「公約」をその通りに実行するのは、本来なら政治家として真摯な態度ということになるんだろうけど…公約の中でも最大の「暴言」の一つとされてきた「メキシコとの国境に壁を築いてその費用はメキシコに払わせる」という、冗談としか思えない話を実行に移す大統領令に署名したのは、さすがに世界中が呆れた。アメリカ側が勝手に壁を作るのはまぁいいとして、その費用をメキシコが払うはずなどないのだが、メキシコからの輸入品に20%の関税をかけて費用にあてるという、これまた無茶な案が側近の口から飛び出し、怒ったメキシコのペニャニエト大統領は予定されていたトランプさんとの首脳会談をキャンセルしてしまった。これもトランプさんの方が先にツイッターで「イヤなら会談に来るな」と挑発しており、そりゃ個人のみならず国家の威信にかけて行くわけにはいかなかったろう。
 トランプさんが共和党候補になって以来、両国の間には不穏な空気があったが、とうとう会談中止、それも両者ともツイッター上での「口ゲンカ」で、という前代未聞の事態だ。TVで誰か言ってたが、首脳会談でケンカになってもその中身が外に出ることはないので後から修復も可能だが、ツイッター上で全世界が見ているところでの口ゲンカとなると双方とも引っ込みがつかなくなってしまう。一応その後電話会談を「友好的」に行って関係修復をはかりはしたらしいのだが。

 やはり「目玉公約」として非難を浴びていたイスラム諸国からのアメリカ入国一時禁停止、難民受け入れ停止もあっさり実行に移してしまった。テロリストが入ってくるのを防ぐ、というのが言い分で、すでにアメリカの空港でイスラム教徒が拘束されたとか、アメリカへ向かおうとしたイスラム教徒が飛行機に搭乗拒否をされたとか、いろんなニュースが流れている。各国首脳や著名人の非難の声もあがっているが、これも「公約」をその通り実行してるからなぁ…トランプさんを選んだ人たちの一定数はこうした「インテリの良識的意見」などくそくらえ、という本音政策を支持する人がいるわけで。これがヨーロッパの同類の声に火をつけちゃったりするとかなり厄介だし、そもそも「審査体制が整うまでの一時的措置」と言ってるけど、それって解除のタイミングを何で測る気なんだろうか。あと、入国禁止に指定された国のうち、イランだけが明らかに浮いている(サウジやアフガニスタンは外しておいて)のも政権の姿勢をよく示している。
 批判の声が上がると「イスラム教徒を対象にはしてない、メディアの誤報だ」と逆切れなことを言い出したが、こんなこと実行すればイスラム狙い撃ちウニなるの明白だし、キリスト教徒の難民についてはOKってことになってるから分かっててやってるとしか思えない。さすがにこれは憲法違反だと民主党系の各州の司法長官が表明するなど、司法界から阻止の動きも出ているが、アメリカの三権分立がどこまで本物か示すためにも頑張ってほしいものだ。

 まー、なんにせよ、就任して以来、それまでだって話題に事欠かなかったトランプさんの顔をテレビやネットで見ない日はないくらい。「公約実行」で初めのうちだけやたら動きが多いだけ…であればいいんだけど、これで当人たちは8年やる気マンマンのようなので、もしこの調子で8年やったら…と思うとゾッとする。あのブッシュ・ジュニア政権が可愛く思えてくるから恐ろしい。
 恐ろしいといえば、トランプ大統領の登場を受けて、科学者たちが冷戦時代以来やってる「人類滅亡までの終末時計」がそれまでの3分から2分半に短縮された。たかが30秒とはいえ、この時計を一人の人間の言動がここまで一気に動かした例はないんじゃないかな(それまでの3分も短いが、たぶんクリミア問題の影響)
 なんつってもこのムチャクチャやってる人が「核のボタン」を握ってるんだから困ったもの。やたらと怒鳴るドナルドさんのおかげでどーなることやらと心配になるばかりの年明けである。


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