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2017年3月9日

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※時節柄多忙と気力の問題で更新が一か月以上遅れました。そのためネタが古めですが、賞味期限は切れてないと思います。

◆今週の記事

◆あの「マサオさん」暗殺!

 時節柄、2月はとうとう更新できなかった。この一か月の間にもあれやこれやと「史点」ネタ的事件が続いたが、中でも世界に衝撃を与えたのが、マレーシアのクアラルンプール空港で起こった「金正男氏とみられる男性暗殺事件」だ。まぁどうみても金正男氏当人が殺害されたとしか思えないのだが、この文を書いてる時点でもマレーシア当局は親族とのDNA鑑定もできないままなので起訴状でも「金哲(キム・チョル)と名乗る人物」と書いているとのこと。一部で「殺されたのは影武者」説まで流れてるくらいで、とりあえずこの記事では「マサオさん(仮名)」という表記にしておく(笑)。

 この「マサオさん(仮名)」という表現をするのはこれが初めてではない。もう16年も前になる2001年5月7日の「史点」においてこの表現を使っている。そう、「金正男氏とみられる人物」が日本への不法入国で拘束され、日本政府は公式には一度も「金正男」本人と認めることなく強制退去させた、あの一件があった時のことだ。当時日本中がビックリしたものだが、どうもその時も含めて日本には何度か出入りしていたようなんだよね。
 あの時はディズニーランドへ遊びに行こうとしていたと言われている。今回の暗殺事件を受けて個人的に親しかったり取材をしていた人々が彼について多くの証言をしていたが、「新橋の線路下の飲み屋でサラリーマンたちと談笑していた」「新橋で食ったうどんが美味かったと懐かしがっていた」といった逸話が紹介され、「金王朝」「白頭の血脈」「ロイヤルファミリー」などと言われつつ、意外に庶民的な一面もあったことを知った。思えば祖父の金日成、父の金正日には「寅さん」ファンだったという噂があったものだ。
 あの「マサオさん(仮名)来日事件」は、当時の小泉純一郎内閣が「強制退去」という措置をとったことで、拉致問題の関係者などから批判の声が上がってもいた。だがその年の9月に突然小泉首相が平壌訪問を発表、北朝鮮と首脳会談を行った上に拉致被害者の帰国という展開になったことを思い合わせると、どうもこの「マサオさん(仮名)」解放に絡めて何か両国間で密約でもあったんじゃないかと僕はにらんでいる。

 ともあれ、この「マサオさん(仮名)」はその後はさすがに日本には入らなかったらしいが、マカオなど中国国内、東南アジア各地を動き回っているとの話がチラホラ流れてはいた。その神出鬼没(?)ぶりから、いしいひさいちさんが時事ネタ漫画「PNN」で「金正男の世界の片隅から」という金正男氏が戦地のイラクをはじめ世界各地から取材リポートするシリーズを描いていたこともあった。いしい漫画は実在人物を漫画キャラ化するのが定番だが、金正男氏もそのキャラの濃さからきっちり漫画キャラとして成立していたのが面白かった。

 長男なので当初は「金王朝の三代目」と目されもしていたが、日本での一件でそれも消えた感じになった。そもそも「三代目」後継者の割には自由奔放に動き回りすぎてた。そうこうしているうちにそれまでノーマークだった異母弟・金正恩が後継者指名され、2011年に金正日が死去、その直後に正男氏も帰国したもののすぐ出国していることが報じられたのが一般に知られる最後の動向となった。少年時代から外国暮らしを続けていて英語・仏語その他に堪能(話からすると日本語もできたんだろうな)、欧米的な感覚も持っていたと言われるだけに北朝鮮の状態については当然いいとは思っておらず、後継者はもちろんのこと関わり合いになりたくないって姿勢もうかがわせていた。北朝鮮から金銭的に支援されていたという話もあるんだけど、外で気楽に暮らしてるほうが当人にとっては良かったはず。

 「北朝鮮三代目」の金正恩委員長の「御代」になってからすでに5年が過ぎたが、聞こえてくるのは粛清の嵐の話か核実験かミサイル吹っ飛ばす話ばかり。ああ、あと米韓軍事演習があるたびに攻撃してくると本気でおびえてわめき散らす反応を見せるのが恒例になってるな。昨年後半はトランプ大統領出現ネタで世界が大騒ぎのあおりか静かになっていたが、「忘れられそうになると騒ぎだす」という法則どおり、日米首脳会談の最中にミサイルをぶっ放した。それは予想の範囲ではあったけど、その直後によもや腹違いの兄の「暗殺」を実行してしまったのにはさすがに驚かされた。
 もう事件から二週間が経過しているので今さらいちいち詳しい話は書くまい。暗殺の実行者はベトナム人とインドネシア人の女性二人で、当人たちはあくまでイタズラ映像の撮影のために雇われたもので「暗殺」などとは知らなかったと主張していて、その真偽はともかくとしてまさに「スパイ映画さながら」な暗殺作戦だった(北朝鮮工作員が一瞬のすれ違いで毒殺する場面が韓国映画「シュリ」にあったな)。使用されたのが「VXガス」であったことには、オウム真理教事件の記憶がある日本人にはその凶悪さが改めて実感されたはずだ。
 
 普通に考えれば暗殺の指示したのは「三代目」当人としか思えない。すでに「おじ」にあたる幹部の処刑も実行している人物だ、腹違いの兄の暗殺を実行するためのハードルは低かったと思う。あんな大変な国の後継者になる気なんててんでなさそうな遊び人風の兄なんて危険視する必要もなさそうなものだが、兄弟というのは潜在的にライバル候補の存在であり、権力を持つ者ほど猜疑心にかられて兄弟を警戒し、敵視しやすい。実際、歴史上権力者の兄弟殺しの例は数知れない。オスマン帝国では新スルタンが即位すると兄弟たちを処刑するのが恒例になっていたというし、インドのアショーカ王は腹違いの兄弟を99人も抹殺したと伝えられる。日本だって伝説の初代天皇・神武天皇の息子たちは早くも兄弟間で殺し合っている。王族ではないけど、旧約聖書の世界では兄カインが弟アベルを殺したのが人類最初の殺人だ。

 そんなわけで心理的には理解できなくもないのだが、いまこの時代にホントにやっちゃうか、と驚くような「兄殺し」である(暗殺作戦そのものは今の時代だってよくあることなので驚きはない…さすがに空港でやるか、とは思ったけど。何やらギリシャ悲劇かシェークスピアを思わせる古典史劇悲劇風な展開になってきたが、こうなると最後は「粛清を恐れた部下による反乱」か、「亡命した王子による父の仇討ち」という展開もありえるかなぁ…



◆京都代理戦争?

 映画「仁義なき戦い」シリーズは、呉・広島で実際に起こったヤクザの抗争を素材にした「実録ヤクザ映画」であるが、製作したのが東映京都撮影所ということもあってロケ撮影はほとんどが京都市内で行われている。「仁義なき戦い浪漫アルバム」というマニア本では京都市内のロケ地案内マップまで収録されていて、ファンなら「聖地巡礼」を京都市内で楽しめる(笑)。

 さてその京都のヤクザ業界で、「仁義なき戦い」シリーズの第三弾「代理戦争」を思わせる事態が発生している。映画の「代理戦争」は広島の覇権を争うヤクザ集団がそれぞれ山口組と神和会という神戸二大勢力を味方につけて争うさまを、当時の冷戦下において世界で展開された「米ソ代理戦争」に重ね合わせた作品だが、京都における大物ヤクザ集団「会津小鉄会」が今年に入って完全に二派に分裂、おまけにそれぞれがつい最近分裂した「山口組」「神戸山口組」をバックにするという、実に広島のケースとよく似た情勢になっているのだ。
 ヤクザ関係を扱うマスコミでもすでに「京都代理戦争」のタイトルが踊っている。歴史ネタ、国際政治やスパイネタと共に実は闇社会ネタも鉱物な僕としては、すでに一か月は経った話ながら金正男暗殺と同レベルでこの話題を取り上げざるを得ない。そんな僕でも「会津小鉄」というヤクザは会津方面が拠点にしてるのかな、などとかなり最近まで勘違いしていた体たらく。「小鉄」と聞いても「じゃりン子チエ」とか「こてっちゃん」を連想してたし(笑)。

 そもそも「会津小鉄会」というヤクザ組織(指定暴力団である)は幕末にその歴史を発した「名門」だ。幕末の京都に上坂仙吉という侠客がおり、会津藩に協力していたことからか「会津小鉄」というあだ名がつき、その流れを汲んで京都に拠点を置くヤクザ集団が「会津小鉄会」を名乗るようになった。上坂仙吉を「初代」として、2008年に馬場美次が六代目会長を襲名するに至っている。ところがこの六代目会長、昨年詐欺罪で起訴され実刑判決を受け、その法廷で会長引退の意向を表明していた。このためヤクザ業界で起こる抗争のパターンである、「跡目相続」問題が巻き起こり、ここにちょうど分裂して「本家争い」の最中にある「山口組」「神戸山口組」の両派が首を突っ込んできたわけだ。

 ヤクザ映画でもおなじみのように、ヤクザ業界では組や系列組織を越えて幹部同士で「盃(さかずき)」を交わした「兄弟分」「親子分」関係など疑似血縁関係的な人間関係が複雑に張り巡らされている。この辺が自分の専門である後期倭寇連中にも通じるなぁ、と思ってこの業界の話に関心を持つようになったのだが、映画「仁義なき戦い・代理戦争」でもこうした複雑な「盃外交」が展開されて実にややこしい抗争が繰り広げられる。今度の会津小鉄会のケースも同様のようで、馬場六代目会長は「神戸山口組」の幹部と兄弟分関係にあったため山口組分裂の事態に対してやや「神戸」よりな姿勢をとっていたらしい。

 その六代目が引退となれば、山口組(名古屋の弘道会系の主流がの方ね)側が好機到来ととらえ、今年の1月10日に山口組幹部が京都の会津小鉄会本部へ乗り込み、馬場六代目会長の引退と、山口組寄りとされる会津小鉄会の若頭で傘下組織「心誠会」の原田昇会長を七代目会長とすると内容のFAXが関係者に向け発せられた。
 ところがその翌日、会津小鉄会本部に今度は神戸山口組の組員たちが乗り込んできて山口組派を実力で追い出し、「先に出したFAXは与(あずか)り知らぬもの」と全面否定する馬場会長直筆サイン入りの新たなFAXが出され、「心誠会」の原田会長を裏切り者として「絶縁」すると発表したのだ。いやまぁ、よくこの時点で血を見なかったものだ。

 そして1月21日に京都市左京区にある会津小鉄会傘下「いろは会」事務所において「継承式」が行われ、会津小鉄会若頭で「いろは会」会長の金子利典が「会津小鉄会七代目」を襲名し、馬場六代目会長は後見役の「総裁」におさまることが表明された。この跡目相続に山口組と山口組寄り一派が黙っているはずはなく、2月7日に京都市伏見区の「心誠会」事務所において同会会長・原田昇を「会津小鉄会七代目」とする儀式が執り行われ、こちらには山口組主流派「弘道会」幹部が「後見」として立ち会ったという。
 かくして「会津小鉄七代目」が京都に二人並び立つという、まさしく南北朝時代の「神器なき戦い」を思わせる事態になっちまったのである。南北朝マニアとしてもついつい血が騒いでしまう事態だが、面白がっちゃいけませんね。双方の継承式には京都府警の機動隊が出動して厳重警戒のもとで行われたというし、それこそ映画みたいに本物の京都で血の雨が降る事態にもなりかねない。ま、それはそれとして天皇家の争いもヤクザの争いも、こうしてみれば似たようなもんだ、とは思う。
 とりあえず問題となるのは、会津小鉄会が分裂しちゃうと、「分裂組」とみなされた方は指定暴力団ではなくなってしまうという点。両方とも改めて指定すればいいわけだが、どっちが「本家」で「分家」なのか決着つかない状態だから警察もこまっちゃうよな。京都のヤクザ業界といえばちょうどさる大学病院の院長がヤクザ組長と付き合いがあって「服役は無理」とする診断書を書いちゃったことが問題になっていたっけ。

 なお、この騒ぎと並行して、僕の住む市内にあり、僕もほぼ毎日のように車でその建物の前を通りかかるヤクザの事務所前に、警察のパトカーがランプを光らせたまま停車し24時間監視体制をとっている様子が二週間ほど確認された。まさか京都の事態がこっちに関わるのか?と思ったが、後日調べたところではこれは近隣にある系列の組事務所で発砲事件があったためと分かった。実はこのヤクザ事務所ではもうだいぶ昔になるが組長が何者かに撃たれて死亡、そのまま迷宮入りになってたりするなよな。警察としてもそりゃ監視したくもなるだろうが、見ようによっては警察が公費を使ってヤクザ事務所の用心棒やってるみたいでもあった。



◆神も仏も沈黙の…
 
 先日、マーティン=スコセッシ監督の映画「沈黙」を鑑賞してきた。原作は遠藤周作でカトリック業界での「問題作」として世界的にも著名。かつて日本でも篠田正浩監督で映画化したことがあるが、スコセッシ監督は本作の映画化に長年執念を燃やしており、20年以上をかけてようやく実現にこぎつけた。内容はイエズス会宣教師たちの日本への布教と幕府によるキリシタン弾圧、そして「踏み絵」等による「棄教」といった素材を扱い、テーマは重く複雑である。実が原作はようやく読み出したところなんだけど、映画化された二本を見てみてるだけでもいろいろ感がさせられて興味深い物語ではあった。今度のスコセッシ版は「アメージング・スパイダーマン」が主演で「スターウォーズ」出演組も二人出ているというキャスティングが面白くもあった。
 さて、そんな話題を枕にここ最近の宗教ネタなどいくつか。

 まず「沈黙」に絡めて日本のカトリック教徒の話題から。
 2月7日、大阪市は大阪城ホールにおいて、高山右近「福者」に列する「列福式」がカトリック信者など一万人を集めて盛大に執り行われた。すでに昨年1月にバチカンの法王庁で決定されていたもので、バチカンから派遣された枢機卿が儀式を取り仕切り、右近が身に着けていたチョッキの切れ端が「聖遺物」として儀式に使われたとのこと。「福者」というのはカトリック教徒が尊崇の対象とする人物(当然カトリック信者)のことで、「聖人」に次ぐランクになる。
 高山右近は大河ドラマや戦国ゲームでも良く出てくる人物だから説明不要だろう。いわゆる「キリシタン大名」の著名人の一人で、キリスト教への弾圧が厳しくなっても信仰を守り続け、最終的に1614年に国外追放となり、フィリピンのマニラに渡ってその翌年に現地で死去している。弾圧にも負けず信仰を守り抜いたということでん「福者」認定なんだろうけど、これまで日本で「福者」「聖人」に列せられたのは全て信仰のために処刑された「殉教者」であることを考えると、右近はかなりの特別扱いという感もある、
 そもそも他の「福者」「聖人」は個人ではなく殉教者多数をひとまとめに列福・列聖している。右近以前に列福されたのは「ペトロ岐部と187殉教者」という、江戸時代の殉教者を総まとめにしたものだったし、聖人の方も「日本二十六聖人」と「聖トマス西と15殉教者」という2セット合計42人の組み合わせだ(昨今の女性アイドルグループみたいである)。単独個人で列福された高山右近がいかに特別扱いかわかるだろう。
 さて、なぜ右近は特別扱いなのか?大名という高い身分を持ちながらそれを投げ捨てて信仰を保った、というのは確かに目立つ点だが、つまるところ「有名人だから」くらいしか思い当たるところがないんだよなぁ。意地悪なことを言えば「広告塔」的に使えるわけで。右近については「聖人」への昇格も噂されていて、そのためには彼に関して何らかの「奇跡」が起こったと認定されることが必要になる。まぁ以前書いたように、「〇〇に祈ったら病気が治った」程度のものでも奇跡認定されちゃうようですがね。

 キリスト教関連の話題続き。
 キリスト教の経典といえば旧約・新約の「聖書」。その古いテキストとして20世紀に発見されたのが「死海文書」と呼ばれる文書群だ。現在のイスラエルの死海周辺の洞窟から発見され、これまで11の洞窟から文書群が見つかっていたが、このたび「12番目の洞窟」が確認された、との発表が2月初めにあった。11番目の洞窟が確認されたのは1956年のことだから、実に60年ぶりの新発見である。「死海文書」に新作がぁ!?ってことで大いに盛り上がりそうなニュースなのだが、実はそうでもない。
 この「12番目の使徒」、じゃなかった、「12番目の洞窟」、残念ながらすっからかんになるほどの盗掘済みで、新たな文書は一切発見されなかった。残されていたのは文書を納めていた壺や、文書を束ねていた革紐、文書をくるんでいた布や、何も書かれていない羊皮紙といった「残り物」ばかり。つるはしが二つ発見されたが、これは1950年代のもので盗掘者が残していったものだと思われる。報道によるとこの洞窟には隠し穴があってそこに文書が隠されていたが、残念ながら盗掘者たちの眼はごまかせなかった。洞窟内の隠し部屋に文書、といえば敦煌・莫高窟の「敦煌文書」(井上靖「敦煌」のモチーフにもなった)の話を連想させる。
 それでもこうした洞窟の発見自体は重要だ。こうした洞窟がほかにもある可能性が出てきたわけだし、中には盗掘をまぬがれて温存されてるものもあるかもしれない。この話題を報じた「ナショナル・ジオグラフィック」で取材されていた専門家は「東方三博士の日記が見つかったりはしないでしょ」と冗談を言いつつ、何か新たな発見は期待できるとコメントしていた。


 現在「本能寺ホテル」なんて映画が公開中だが、日本のタイムスリップ歴史ものはやたらと織田信長の時代へタイムスリップする(笑)。ツイッターでSF作家だったかな、どなたかが「本能寺に大勢未来からタイムスリップしてきて大混乱になる」というアイデアを示されていて大ウケしてしまった(笑)。ああ、幕末にタイムスリップして坂本龍馬に会うパターンも多いですね。要するに人気歴史人物に会うというのが歴史ファンの究極の願望であることを反映してるということなんだけど、信長の場合は「本能寺の変」という突然の大事件があり、これがもしなかったら…と多くの人が想像(妄想)をめぐらせやすい、ということもある。

 そんな人気者の信長だが、僕などは以前から「上司に持ちたくない人」の第一位に上げているくらいで、あんまりむやみに高評価しちゃうのはどうかな、という人物でもある。確かに先進的、革新的なところはあるとは思うんだけど短気な話には事欠かないし、比叡山や一向一揆など敵対勢力を大殺戮した残酷な面も強調される。同時代人の多くはどんな風に彼をとらえていたんだろうな、とはよく思うところだ。
 このたび、当時の仏教界が信長の横死をどうとらえていたかを示す資料が出た。愛知県豊橋市にある金西寺(曹洞宗)に残る開山の記録の冒頭で、「江湖散人」なる人物が作った詩文が引用されており、そこでは信長のことを「大猿」「黒鼠(ねずみ)」と罵倒し、大変な暴君であって死んだのは幸いであったという趣旨の内容があったというのだ。

 問題の詩文、本能寺の変の翌月という段階で作られたものとのこと。原文をぜひ読みたかったのだがとりあえず現時点では分からないので、毎日新聞に載っていた大意を引用する。
 まず信長の政治について「京を鎮護して二十余国を領したが、公家をないがしろにして万民を悩まし、苛政や暴虐は数え切れない」とケチョンケチョン。そんな信長が本能寺で横死したことについて「人々は拍手し、天下が定まった」とまで書いている。信長のことを「平清盛の再来」とけなす(つまり清盛も悪役イメージなんですな)その一方で、明智光秀「勇士」と表現しているとのこと。信長の安土城建設についても民に苦役を敷いて築いた巨大建造物として批判的に記されているそうだ。
 「江湖散人」は集雲守藤という僧の別号とのことで、この集雲守藤は近江の出身。少年のころに信長の比叡山焼き討ちや安土城建設を身近に見聞きした可能性があり、それで信長に批判的であったのかもしれない。そもそも比叡山延暦寺はなんだかんだ言われながらも日本仏教界最大の寺院、聖地のようなもんだから、それへの徹底的な攻撃を行った信長に仏教界は批判的ではあっただろう。連想したのが大河ドラマ「独眼竜政宗」で本能寺の変の知らせに伊達政宗少年の学問の師・虎哉和尚が「仏罰じゃ!」と断じ、政宗少年はそれに違和感を覚えるといったシーンがあった。
 この記事を書く際にネットでこの件を検索してみたら、やはり世間には信長ファン多数のようで、こうした信長批判には反発する書き込みが多くある印象があった。2ちゃんねるのスレッドでは「この時代にもパヨクが」なんて見出しがあったりしたが、この信長批判の坊さんはむしろ当時としては保守的な立場だよなぁ。そして同じ印象を抱いていた人は少なからずいたんじゃないかと僕は思っている。
 この詩文に出てくる「公家をないがしろに」のくだりなんかは、本能寺の変・朝廷黒幕説を補強しそうなところだが、僕自身は当時信長の周辺では彼の暴走に危機感をぼんやりと感じてる人は結構いて、たまたま光秀が急な思い付きでやっちゃった、くらいに考えている。ひるがえって信長については「部下の管理に失敗して寝首をかかれたドジな上司」という面もある、というくらいに考えといた方がいいんじゃないかと。



◆日米トップここ一か月

 前回、1月末に「史点」をアップした時はトランプ大統領の就任十日という時点だったが、すでにその時点でアメリカはもちろん世界中が大騒ぎになっていた。特に中東・アフリカの7カ国の人々の入国制限を命じた大統領令は内外の著名人・識者・マスコミや各国首脳などの激しい非難を浴びていた一方で、アメリカ国民の半数以上は支持してるという結構ショックな世論調査も出たりしていた。ワシントン州の司法長官が憲法違反であるとして大統領令の差し止めを命じ、法廷闘争は続けられているが入国禁止措置は今のところ中断されている。これぞアメリカ建国以来の「三権分立」原則の効果というところだが、トランプ大統領はイラクだけ除外して入国ビザありの人の入国は認めるという譲歩をしつつも新たな「入国禁止令」を出している。これもまた差し止めを喰らう可能性が高そうだが、トランプさん、例によってツイッターで司法関係者をボロクソニ叩いていて、そうした言動自体が「三権分立」を軽視していると批判されている。
 先日の最初の連邦議会演説は彼らしい過激なかっ飛ばしを押さえて工夫された演出もあって割と好評であったみたい。その前後ツイートが途絶えたこともあって「ようやく大統領らしくなったかな?」とささやかれたら、直後のツイートで「オバマ政権がトランプタワーに盗聴器を仕掛けた」とか騒ぎ出し、やっぱりこれか、と…なんかこのパターンの繰り返しだな。

 トランプさんは自分に批判的なCNNやらニューヨーク・タイムズやらを「嘘ニュースメディア」呼ばわりして攻撃、露骨に排除をしたりしてるが、トランプさん本人やその腹心たちが根拠不明な「嘘ニュース」を流しまくるのだから困りもの。彼らが口にした「オルタナ・ファクト(また別の真実)」はちょっとした流行語にもなり(日本で言えば「大本営発表」か)、政府により情報統制された世界を描いたジョージ=オーウェルの小説「1984」が売れるという現象も起きている。
 閣僚人事の議会承認がなかなか進まないうちに、トランプさんの腹心と言われるフリン氏が早くも国家安全保障問題担当補佐官職を更迭された。補佐官就任前の「民間人」の立場でロシア大使とロシア制裁問題について接触したことが法に触れたためだ。同様の問題はいったんは議会の承認を得たセッションズ司法長官も選挙中にロシア側と接触していたことがあとからバレて騒ぎになっている。当選直後から何かと「ロシアの影」がちらつくのがトランプ政権の特徴なのだが、なんかホントにトランプさん自身がロシアに弱みでも握られてるんだろうか。いくらハッカー工作をしたとしても選挙戦の結果まで狙って変えられるとは思えないんだけど…あのやたら「周りはみな敵」な態度(トム=クランシー的世界観)のトランプさんが妙にロシアには馴れ馴れしいのが不思議と言えば不思議。トランプさん以外でもフランスやドイツなどの反EU・反イスラムの極右政党の多くに親ロシア、というか親プーチン的な態度が目につくとの話もある。あ、そういえば我が国の首相も「ウラジーミル」と妙に馴れ馴れしく読んでるよなぁ。

 そうしたプーチン好きのヨーロッパ各地の極右政党はおおむねトランプも支持していて、結局面会はしなかったらしいが、フランスの極右「国民戦線」のルペン党首がトランプタワーを訪問していて、当選も可能性ありとされるフランス大統領選への弾みにしようとしていた。トランプさんの方でもイギリスのEU離脱を称賛、各国の反EU勢力を事実上後押しするような態度を見せている。
 クロアチアでもネオナチばりの極右政党「右派現住クロアチア人党」の党員たちが首都サグレブでアメリカ国旗を掲げて行進、第二次大戦中にナチスと組んでユダヤ人やセルビア人を虐殺した組織「ウスタンシャ」を称賛して「トランプ万歳」と叫んだという。これにはさすがに現地のアメリカ大使館が抗議声明を出していたが、そのクロアチアと対立するセルビアでも極右政党「急進党」がトランプ支持を表明しているそうで、旧ユーゴスラヴィアの宿敵同士が同じ人を称賛するという妙な話に。そういやトランプ大統領の奥さんも旧ユーゴのスロベニア出身だったっけ(まさに「移民」そのものだよねぇ)
 さらに面白いところでは、ジンバブエ建国以来独裁を続けているムカベ大統領が、2月21日に93歳(!)の誕生日を迎えて次期大統領選への出馬を表明(!!)していたのだが、その中でトランプ大統領の「アメリカ国民のためのアメリカ」という主張、いわゆる「アメリカ第一主義」に賛同を表明していた。ムカベ政権は人権問題を理由にオバマ前政権から制裁を受けており、その解除を期待してのことではないかと言われている。93歳には負けるけどトランプさんも歴代最年長大統領ではあるんだよな。しかしなんか、世界中の「ウヨク」のアイドルになりつつあるのか、トランプさんは。


 さて日本のウヨク業界でなぜか「天皇」なみに崇拝されてる気がする安倍晋三首相、トランプさんの「七国狙い撃ち入国禁止」大統領令に多くの主要国首脳が反対、あるいは懸念を表明する中で「コメントする立場にない」という凄いセリフで論評を避けた。その甲斐あってか、その直後の日米首脳会談ではエアフォースワンに乗って一緒にフロリダに飛んでゴルフまでするという好待遇を受け、それ以後トランプさんの口から日本を批判するような文言はとりあえず出なくなった。まぁ安倍さんも「トランプ大統領と仲良くなっていいものかどうか迷いもある」とポロッと本音も漏らしていたが、少なくとも子分としては親分のご機嫌はとっておくのが常道ではあり、その点では結構成功したようではある。それで支持率もアップした格好だったのだが、2月末になって思わぬところから火の手が上がった。そう、これを書いてる最中も大騒ぎの「森友学園騒動」である。

 森友学園が小学校を開校を計画、その建設地として大阪府・豊中市の国有地を払い下げられたのだが、その価格があまりにも不自然に大幅値下げされ、実質的にほとんどタダで学校作っちゃったんとちゃうか、という話になり、政治家による「口利き」があったとしか思えない、という疑惑がわきあがった。特にその小学校が当初は「安倍晋三記念小学校」というビックリなセンスの名前になっていて、名誉校長には首相夫人の安倍昭惠さんが就任していた(騒動拡大で辞任)、さらには以前から森友学園の経営する幼稚園に昭惠さんが講演などでしばしば訪れ深い関係にあったことなどが注目され、安倍首相本人も深く関わっているのではとの疑惑が当然のようにわきあがってきた。少なくとも森友学園側が国会議員や大阪府議など政治家に便宜をはたらきかけたのは間違いなく、贈賄を試みた可能性は高いとみられている。

 これと並行して森友が経営する幼稚園の異様な教育風景が世間を騒がすことになった。アパホテルに続く安倍さん周辺ウヨク案件だったわけで。
 この幼稚園については確か一昨年くらいからネット上で情報は得ていた。教育勅語を暗唱させ、安倍首相を「日本を守ってくれる人」と幼稚園児に呪文のように唱えさせる変な幼稚園がある、という話をどこか新聞サイトで見たような…アメリカのメディアでも紹介さていた記憶がある。だから今度こんな騒ぎになったことについてはアパホテルの時と同様に「何を今さら」と思うところもある。

 それでもこの問題が大きくクローズアップされ、森友の幼稚園がいかに異様な教育をやっていたかが連日のようにTV・新聞・雑誌・ネットの「美味しい素材」としてとりあげられたというのは驚きもしたし、大いに結構と喜んだ。とくにどのメディアにおいても批判一色、幼稚園児たちが訳も分からず教育勅語や安倍首相絶賛唱和をする様子を「異様」と評したことには正直ホッとした。保守系?とみられるメディアでも後れをとるなとばかり批判一色になったのも今回の騒ぎの特徴だ。
 僕が笑っちゃった、というか興味深く思ったのが、この幼稚園、教育勅語のみならず、「四書五経」の素読・暗唱に力を入れていた事実だ。昭惠夫人の前で園児たちが四書五経の一つ「大学」なんかを暗唱して昭惠さんを感激させたりしている映像を見て、「おやおや、正統中国的な朱子学教育なんだなぁ」とある意味感心もしてしまった。ここの理事長夫妻は中国韓国をボロクソに叩いてるらしいのだが、やってることはその中国・韓国そして日本における知識人の主流初等教育そのまんまなのである。つい先日、すっかり右翼タレントになったケント=ギルバートが儒教が中国と韓国をダメにしたという趣旨の新著を出しているのに気がついたこともあって、ついつい苦笑しちゃったものである。

 これ、以前から気がついていたことなのだが、日本の保守、というかウヨク業界は歴史に無知な人が多く、「古いものなら、昔やってたものならなんでもいい」と評価しちゃう傾向があり、この幼稚園だけでなく「四書五経」素読を進めてる保守系の人は結構いる。森友の幼稚園で使っていた「四書五経」の素読本を出している「鈴蘭会」という団体も昭惠夫人が名誉会長をやっていて、HPを見ると安倍さんの大好きな吉田松陰の教育と重ね合わせているのも分かる。
 で、今回注目がまた集まった「教育勅語」だが、これだって実は中国の「六諭」のアレンジだ、というのは知る人ぞ知る話。「六諭」というのは明の初代皇帝・朱元璋(洪武帝)が庶民に道徳を説いた六箇条からなる「勅語」で、江戸時代の日本でもその解説をした本が教科書代わりに使われたりしていた。教育勅語じたい、欧米的な立憲体制ができる中で儒教道徳を復活させる意図で作られた面があり、六諭の影響が濃厚にあるのは当然なのだ。「教育勅語」はそうした儒教的道徳に天皇への忠誠をかぶせているところが独自性であり、戦後すぐに廃止になった理由でもある。
 ついでに言えば日本は明治から元号の「一世一元制」を導入するが、これまた最初にやったのは朱元璋だったりする(先日、こんな基本的なことも知らずに元号を論じる「保守論客」がいたなぁ)。だから僕はよく冗談で「明治=明の治」説を唱えてたりするんですがね。

 話を戻すと、そんな教育勅語だの四書五経だので道徳教育を推進していた当人が、あれもこれもといった具合で不道徳なことをやりまくっていた、というのがこの騒動のもう一つ重要な点。疑惑が次々わきあがってもとことん言い訳をし続けるあたり、よく言われる「大阪人の駐車違反言い訳」を連想したりもしたし、弁明ではなく「愛国的発言」で自分を正当化する当たりは「愛国心は卑怯者の最後の隠れ家」という名言を実感してしまう。
 すっかり「国民的悪者」状態になってしまった森友の理事長夫妻であるが、彼らが園児や保護者にやってたことはさすがに極端なところが多かったけど、その主張自体はウヨク業界でおなじみのものばかりで、何らオリジナリティはない。実際、昭惠夫人だけでなく、あの幼稚園には多くの保守人士の有名人(名前を並べるとまさにウヨク業界オールスターであった)が講演に訪れて絶賛しまくり、小学校設立にも賛同者として名を連ねていたのだ。

 で、そうした人たちが、騒動が始まったら見事なまでにみんなで「手のひら返し」をしたのもこの事件の面白いところ。安倍首相も当初は国会答弁で「私に賛同してくれている人」と表現してたのに、急転直下「しつこい人、知らない人」と言い出した。理事長夫妻からカネを渡されそうになったと暴露し、「あんなのに学校つくらしたらいかん」とまで言った鴻池祥肇議員だって、当初は教育勅語を教えるいい幼稚園だと絶賛していた(で、鴻池さん自身、過去に不道徳なスキャンダルがあったんだよねぇ)。主張がほとんど同じで賛同コメントを森友小学校のHPに載せていた平沼赳夫の事務所も「勝手に使われた、迷惑」とコメント。森友の籠池理事長が地方幹部でもある保守団体「日本会議」関係者までが「あれはネトウヨと同じ。一緒にされては迷惑」と言う始末。いやホント、主張がおんなじはずの人たちがそろいもそろって手のひら返しとシッポ切りをして逃げ散った様は、この一件が実は根が深い、ヤバい件である可能性をかえって浮かび上がらせている。

 今のところあの幼稚園を支持したのは、あとがない田母神俊雄氏とか、保守タレントのようでいて北朝鮮も支持するデビ夫人くらいかな(笑)。そういやあの園児たちの唱和ぶりが北朝鮮にソックリ、という声は多いよね。教育勅語については稲田朋美防衛相は立場上肯定的評価を口にしたが(なにせ今どき神武天皇がどうとか言う人だ)二階敏博自民党幹事長は「時代錯誤」とはっきり言っちゃってたな。元文部科学大臣で「親学」などトンデモ教育思想や神道志向など森友学園とほぼ同等の思想を持っているとしか思えない下村博文議員(これがまた安倍さん側近)までがあの教育を「不適切」と断じちゃってたところをみると自民党としても当分のあいだああいう教育には否定的になるんだろうな。

 この騒動が政権の致命傷にまでいけば面白いんだが、さすがにきわどく逃げ切っちゃうかな。「廃棄」されたことになっている資料が表に出てきたりすると…という淡い期待はあるんだが。「国有地払下げ」といえば明治時代に「開拓使払下げ事件」が藩閥政治の腐敗スキャンダルとして大騒ぎになり、「国会開設の勅諭」につながるという歴史も連想してしまう。
 ま、とりあえず教育勅語だの四書五経だの、愛国だの個人崇拝だのやりだす教育はろくなもんじゃない、という印象を広く植え付けた点で、この騒ぎは大いに意味があったと思う。理事長夫妻、ある意味日本を救ったかもしれませんよ?


2017/3/9の記事

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