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2017年8月21日

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またまた一か月以上間を空けてしまいました。もっとも今月は夏休みシーズンの割にこれといったネタが集まりませんでしたね。

◆今週の記事

◆紅茶の名産地の大騒動

 いきなり私事だが、最近の僕は紅茶を飲む量が明らかに増えた。いや、そう本格的にたしなんでるわけじゃなく駅などの自販機でなんとなく紅茶飲料に手を伸ばしやすくなったというだけのことだが。以前は確実に缶コーヒー党であったのだが、だんだん紅茶党に体質が変化してきたのかもしれない。ま、コーヒーも毎日定時に飲んでますけどね。

 紅茶最大の消費国と言えばイギリス。なんでも世界の紅茶の半分はイギリス人の喉を通過しているとか。それでいてイギリス本土で紅茶が栽培されてるわけではなく、かつては中国から輸入して紅茶中毒となり、それで輸入超過になったために代わりにアヘンを中国に売り込んでアヘン中毒を蔓延させ、それがアヘン戦争の原因となってもいる。また少し時代をさかのぼってイギリスがアメリカ植民地に「茶条例」で課税したために植民地人が反発、ボストン港で茶の箱を海に投げ込む「ボストン茶会事件」を引き起こし、これがやがてアメリカ独立戦争へとつながっていった。こうした経緯のためアメリカ人は紅茶ではなく「コーヒー党」になったと言われるのだが、いまアメリカの保守団体の名前が「茶党(ティー・パーティー)」なのは考えてみると皮肉である(もちろん「ボストン茶会」に由来したネーミングなんだけど)
 そんな紅茶大好きのイギリス人だが、紅茶の生産は中国から木を移植、セイロン(現スリランカ)やインドのアッサム地方といった、「大英帝国」植民地内の栽培に適した地域で行われるようになった。その中でも最高級の品質とされたのが、インド北東部の「ダージリン」地方で栽培される「ダージリン茶」だ。そうそう、アニメ「ガールズ&パンツァー」でも紅茶を飲みながらイギリス製戦車を指揮する「ダージリン」ってキャラがいるんだよね(というか、「ダージリン」でググると彼女の顔がまず出たので笑ってしまった)

 そのダージリンで、ここ2か月ばかり大騒動が起き、名産のダージリン茶の生産にも大打撃が出ている、という話題がAFP通信で報じられていた。
 このダージリンはインドの西ベンガル州に属するのだが、今年になって西ベンガル州政府が州内の学校教育でベンガル語の履修を義務付けたところ、ダージリン地方の多数派住民である「ゴルカ人」たちが猛反発、ダージリン茶生産のストライキに踏み切ったほか、一部で死者も出るほどの衝突や放火事件まで頻発、学校も閉鎖されて「夏休み延長」状態になってしまっているとのこと。あちらの英語新聞のネット報道ものぞいてみたが、もはや騒乱状態、内戦一歩手前という感があった。
 ベンガル語といえばインド東部、ガンジス河口域地方の言語で、多数あるインドの言語のうちでも話者数が多い。インド北東部はもちろん、「ベンガル人の国」を意味するバングラディシュでも公用語とされている。しかしダージリンの「ゴルカ人」たちが話しているのは実は「ネパール語」なのだ。地図で確かめてみるとなるほどネパールとは国境を接したすぐお隣である。さらに「ゴルカ」「ネパール」という言葉に僕は思い当たるものがあった。ずいぶん前の「史点」で、イギリス軍にいるネパール出身の「グルカ兵」について書いたことがあり、この「ゴルカ」と「グルカ」っておんなじことなんじゃ…と思って調べてみたらやっぱりそうだった。今度の騒動の背景にもまた「大英帝国」の歴史が絡んでいるのである。

 
 もともとこの地方には、17世紀にチベット亡命民たちが作った「シッキム王国」なるものが存在した。しかしこの王国はブータンやらネパールやら近隣国の侵攻をうける苦難の歴史を重ねていて、特にネパールに「ゴルカ朝」が成立するとその激しい侵攻を受け、インドの植民地化を進めていたイギリスの保護下に入った。19世紀初めにイギリスはゴルカ朝ネパールと「グルカ戦争」(イギリスでは「ゴルカ」を「グルカ」と表記)を繰り広げ、講和後にイギリスはネパール山岳民兵士の勇猛さに目をつけて彼らを傭兵として雇用、今日まで続く「グルカ兵」の始まりとなった。
 一方、シッキム王国はこの戦争のあとダージリン地方をイギリスに割譲させられ、イギリスはこのダージリンを紅茶産地にするなど農業地域として開発を進めた。この時に不足する労働力を補うためにネパールから大量の「ゴルカ人」を移入させ、これが今回の騒動のそもそもの原因となってるわけだ。インド独立以来この地域のゴルカ人たちによる独立騒ぎは何度か起こっていて、完全独立までは求めずとも西ベンガル州から自立した「ゴルカランド」の承認を求める運動が「ゴルカ人民解放戦線」なる組織によって続けられてきている。
 この手の話にはつきものだが、単に言語の問題だけでなく、ダージリンのゴルカ人に言わせると自分たちが紅茶畑でさんざ働かされながら莫大な利益はベンガル人に吸い取られている、という経済的格差構造への不満も鬱積しているらしい(少なくとも「ゴルカ人民解放戦線」はそう主張して煽っている)。今回のストライキにより、6月の茶葉生産は昨年比90%減、二か月たっても解決の見通しが立たない状態で、農園経営者たちは茶畑が数か月放置されることで雑草がはびこって繊細な茶の木に深刻な影響が出ると心配しているとのこと。ダージリン茶の価格高騰はもちろんだが、下手すると数年間ダージリン茶生産が復活できないかもしれない、とのこと。

 ダージリンなんて全然飲んではいない僕だが、皆さんも紅茶を飲みながら過去および現在進行形の世界史に思いをはせてもらいたいものだ。



◆総統閣下には皆さんお怒りのようです

 8月5日、ドイツの首都ベルリンにある連邦議会議事堂の前で、二人の中国人観光客が「ナチス式敬礼」のポーズをとってお互いに写真を撮り合い、巡回中の警官に逮捕されるという事件が起きた。結局500ユーロの保釈金を払って釈放されたのだが、ドイツでは公の場でのナチス式敬礼はもちろんのこと、ナチスのコスプレやハーケンクロイツ(鍵十字)の落書きも「違法行為」になるんだよね。ナチスという歴史的「負の遺産」を抱えてる本国だけに、ということもあるけど、新たな排外主義、いわゆる「ネオナチ」の活動も現実にある国だけにナチスがらみは基本的に一切ご法度なのだ。保釈された中国人観光客についてもこれから別に罰金などが科されるか、最悪禁固刑の可能性もあるという。
 最近世界中に現れるようになった中国人観光客、ひところの日本のそれを思い起こさせるところがあるのだが、さすがにこの二人の中国人男性(30代と40代)は歴史的配慮が足りなかったと言うべきだろう(特に歴史的いきさつのある連邦議会議事堂の前でだからねぇ)。中国だと欧米ほどにはナチスアレルギーがないのかな、とも思えるが、日本人だってこの点はかなり甘い。ひとむかし前の漫画だと「ドイツ」といえば全部ナチスを連想させる集団が登場したものだし、ナチスコスプレは相変わらず行われハーケンクロイツだってヘイトデモや巷の落書きでおなじみだ。最近では某有名クリニックの院長さんがネトウヨ発言を連発するなかでナチス賞賛までつぶやいてるし。

 てなことを考えていたのだが、欧米人でも無頓着な人はいるようで。8月12日には、やはりドイツのドレスデンで、アメリカ人男性がバーで酒に酔った上ではあるが、やはり「ナチス式敬礼」をやってしまった。バーを出たところでこの男性は何者かに殴られて頭に軽傷を負ったが(殴る方も当然問題ではあるのだが)、警察ではやはり「ナチス式敬礼」の方を問題視して捜査をすすめ、このアメリカ人男性を起訴するかどうか検討するとのことだ。

 いわゆる「ナチス式敬礼」とは、当時の映像その他でおなじみのように、右手を斜め上にあげて指先までビシッと伸ばす、あのポーズだ。もともとはナチスの発明したものではなく、古代ローマ帝国でそうした敬礼があり、そのローマ帝国の復活を唱えたイタリアの独裁ムッソリーニ率いるファシスト党が採用、ヒトラーのナチスはそれを真似て導入、より大々的な形でやったためこっちの方が有名になってしまった。ナチスがまだそれほど危険視されてなかった段階ではこの敬礼は世界的にちょっとした流行になったようで、幼い頃のエリザベス現女王を含む英王室一家がこの敬礼をやっちゃってる映像がスクープされ話題になったこともある。

 そして…この文章を書いているリアルタイムで進行中のアメリカでの騒ぎでも、この「ナチス式敬礼」が登場した。そう、バージニア州シャーロッツビルで起こった白人至上主義者たちの集会でのことだ。僕も動画で確認したが、あの町に集まったKKKやらネオナチやらの白人至上主義集団の連中は明らかに「ナチス式敬礼」を行い、おまけに「ハイル、トランプ!」と叫ぶ者までいた。
 この騒ぎの発端は、この町にあった南北戦争時の南軍の将軍ロバート=リーの銅像撤去が決定したことにあった。ちょっと前にも当欄で南北戦争直後の白人暴動の記念碑撤去の話題を書いたように、最近南部ではリー将軍の銅像撤去の動きが相次いでいるらしい。リー自身は奴隷制には反対だったこともあり彼個人への批判はそうなかったので銅像が存続したのだが(公民権運動以後にむしろ建設が進んだという話もある)、存続したがために最近ではかつての南部、それに絡んだ黒人差別などの保守運動の象徴的存在に祭り上げられ、またそのために各地で撤去の動きが出ているとのこと。こういうの見てると、確かにドイツやオーストリアがナチスゆかりの地の「聖地化」を徹底的に警戒するのも理解できる気もする。
 で、リー将軍像の撤去が決まったというので、シャーロッツビル在住のオルト右翼(日本で言うところのネトウヨに近いと思う)が全国の同類にこの町での反対集会を呼びかけたため、大量のオルト右翼たちが町に押しかけてしまった。これも動画や画像で見たが、ライフルなどで完全武装状態の連中とか、松明を手に更新するKKKそのまんまの連中とか、先述のネオナチそのもの(ハーケンクロイツの変形版の旗も見かけた)の連中など、右翼のゴッタ煮状態の凄い光景が展開され、これが町の中央の広場で集会をやったため、カウンターのデモに集まった人々と衝突、ついには右翼が運転する車が突入してカウンター側に一人死者が出る事態となったわけだ。

 こうした連中に「ハイル!」と敬礼を送られたトランプ大統領、直後に「どっちもどっち」的なコメントをしたため騒ぎはますます大きくなった。オルト右翼を名指し批判しなかったとして非難されたため一度は火消しする発言もあったのだが、15日に休暇で来たニューヨークのトランプ・タワーでの記者会見ではやはり「どっちもどっち」論を展開、カウンターデモに対して「オルト左翼」という言葉を使ったりしたため、KKK元幹部が「勇気ある発言」と称賛する始末。さすがにこれには民主・共和両党の政治家から非難の声が上がってるし(ま、今に始まった話じゃないが)、経済人たちの諮問機関の委員になっていたインテルCEOらがこぞって抗議辞任してしまう。それでもトランプさん当人は「代わりはいくらでもいる」と例によってツイッターで強がっていたが結局二つあった経済人諮問機関はどちらも解散に。さらにトランプ大統領の最側近と言われ、極右サイト会長もつとめるなど白人至上主義と深く関わるバノン首席補佐官が辞任に追い込まれる事態に。もっともバノンさん自身はオルト右翼連中を「ピエロだ」などと批判していて、騒ぎの元凶はトランプさんの方のはずなんだけど、トランプさんとしては「泣いて馬謖を斬る」のつもりなんだろうか。


 その後の続報によると、大統領発言が火をつけた形でノースカロライナ州でデモ隊が南軍兵士像を引きずり倒す行為に出た。これも乱暴なのであまり感心はしないのだが、これ以外の各地で地方自治体が南軍兵士像やリー将軍像撤去に踏み切る動きが続出しているとのこと。像の撤去についてはかえって加速しちゃったようでもある。
 その後ボストンでも数十人程度の右翼が集まる集会が行われたが、それへのカウンターデモに4万人が集まったという。こういうところ、アメリカ人のいい意味での積極性が出るなぁ、と感心もするのだけど、あんな人を大統領にしちゃった国民(もちろん全員が票を入れたわけじゃないが)であるのも確か。就任から半年が過ぎたわけだが、早くも「史上最悪の大統領」の歴史的名声を獲得しつつあるんじゃないかな、トランプさん。事前の予想以上に無茶苦茶なことになってきてる。
 あ、そうそう、タイトルの「総統」というのは、中国語での「大統領」を意味する言葉に、例のMAD動画シリーズの名前をひっかけたものです。



◆スケールのデカいウソ

 またヒトラーの登場となるが、彼の著書『わが闘争』で書いた言葉に「大衆は大きな嘘ほど信じる」(大意)というものがある。小さいウソでもダマされる人はそれなりにいるんだろうが、大きなウソになると現実感がとぼしくなってかえって鵜呑みにしやすい、ということなんだろう。実際ヒトラーは「ゲルマン民族の優秀性」だのユダヤ人やロマ、障害者などへの差別といった「大ウソ」を人々に信じさせていて、この「大きな嘘ほど信じる」という法則が嘘ではないことを証明してしまったわけだ。

 そこまでのスケールではないのだが、詐欺事件においても傍から見ていると「なんでそんな話にダマされた?」と首をかしげるような事例で、「話のスケールがデカい」という例が目につく。「M資金詐欺」や「皇室財産詐欺」のように、世間には知られぬ巨大な資金が運用されている…といった陰謀話で大金を巻き上げるのは古くからある手だ。スケール感とはちょっと違うが、前回紹介した「偽モンテネグロ公」や、もっと前の「偽有栖川宮」とか「昭和天御落胤」事件のように世間一般ではなじみのうすい皇族・王族の名を利用するパターンもある。「水戸徳川家の者」と名乗って寸借詐欺やってるのもいたような。これらも話がデカいと聞く側も検証能力がマヒしてしまうということなのだろう。

 8月15日、愛知県警北署は、名古屋市内在住の72歳の女性に「100万米ドル紙幣」を1枚150万円、合計4枚分600万円で売りつけた詐欺の容疑で自称大阪在住の無職の82歳の男性を逮捕した。もちろん「100万米ドル紙幣」など存在するわけがないのだが、この男と共犯者たちはワシントンの肖像画が描かれた偽物の「100万ドル紙幣」を作成し(押収された「紙幣」の写真が報道されていた)、その女性をまんまとダマしてしまったのである。

 しかしいくらなんでも「100万ドル紙幣」(額面通りなら約1億円超)なんてものを信じちゃうとは…と呆れもするが、報道によるとさすがは詐欺師、結構手は込んでいるのだ。彼らは「アメリカ政府から日本政府に毎年44兆円分ものドルが持ち込まれている」と話し、「100万ドル紙幣」はそこで使われる特殊なものだと説明したらしい。そして「そのうち100枚を自分たちが預かっている、これを持っていれば1枚450万円と換金できる」と説明し、被害者女性に6枚買わせたのだ。まぁその女性もカネもうけ話に乗ってしまった、ということではあまり同情もされないだろうが、話自体は記事から読み取れる以上に匠みなストーリーだったのではないかと。いきなり本題にはいったわけではなく、何度か会って少しずつ信用させて行き(当然自分たちの身分も偽ったはず)、最後の最後で「100万ドル紙幣」登場となったのだろう。

 被害者女性は換金できなかったことでダマされたと気付いたそうだが、「44兆円」などというスケールのデカい話の前に100万ドル6枚、だいたい600万円なんてどーでもよくなってしまったのかもしれない。そもそも常識的に考えれば、なんでアメリカが日本にそんな多額のドルを引き渡す必要があるのかと疑問に思うはずなんだが、「政治外交の世界には一般人には見えない闇の動きがある」といった陰謀論的世界観をスンナリ信じてしまう人というのは多いのだ。「44兆円」というバカに大きい金額も、「大きいウソほど人は信じる」という法則を分かってて利用してるのかもしれない。
 ただこの被害者女性、このほかの件でも詐欺にあって750万円だましとられていて、詐欺師業界で「カモ」として名前が出回っていたのかもしれない。ただそっちの詐欺の犯人がつかまったことから「100万ドル紙幣」の主犯の方も逮捕される結果となったので、因果はめぐるというべきか。主犯として逮捕された男は「まったく理解できない」と犯行を否認してるそうだが、こちらも80過ぎの老人、老々介護ならぬ老々詐欺も増えていくのだろう。

 その後ネットであたってみたところ、「100万米ドル紙幣」なるものが一応「実在」することも知った。ただし実際に使用できる紙幣ではなく、記念グッズとして発売された、いわばジョーク商品のようなものみたい。日本人が「これは換金できるのか?」とYAHOO知恵袋に質問してるのも見かけた。
 そして7年前の2010年8月に、アラブ首長国連邦でコートジボアール出身の男がこの記念グッズ「100万米ドル紙幣」を「本物」と女性に信じ込ませ、中央銀行で換金させようとする事件が起こっている。「両替してくれたら額面の30%を払う」ともちかけていたというあたり、いかにも詐欺っぽいのだが、実際に両替できるはずもない。記事では分からなかったが紙幣をいくらかの値段で売りつけたのではないかと思う。まもなく逮捕された男は「使用できない紙幣とは気づかなかった」と供述していたというが、その後どうなったかはわからない。
 上記の日本での詐欺事件は2011年に起きているから、案外同様の詐欺の手口が世界的に広がっていたのではあるまいか。写真で見る限り日本での事件で使われたのはその記念グッズのとは別物っぽいのだけど、ヒントくらいにはしたのかも。なお、日本でも実例があるが、世界では「ただの紙に薬品をかけると紙幣に化ける」という、もっと信じられないような話をもちかける詐欺の手口が定番の一つになっていたりする。


 こうした「デカいウソ」とは違うのだが、もう一つ額のデカい詐欺事件が先日あった。東京・五反田の一等地をマンション用地として積水ハウスが購入、63億円を支払ったのだが、これがまったくの詐欺であったことが分かり、8月初旬になって公表したのである。
 この五反田の一等地というのは五反田駅から徒歩3分という地点にある「海喜館(うみきかん)」という、一部で良く知られるレトロな旅館のある土地だった。この地域は昭和前期には「花街」として栄えた歴史があり、この旅館はその時代の雰囲気を残した建物として一部マニアに知られていた(ネット検索すると結構紹介されている)。外見からはとても営業してるように見えなったが、ごく最近まで予約こそとりにくいものの一応営業はしていたという。ただ土地所有者でもある女将の女性の体調もあってか最近は実質休業状態、今度の事件直前には完全廃業をしていたようだ。
 場所が場所だけに不動産業界では知る人ぞ知るの物件であったらしい。過去にも何度か土地売却ばなしが持ち込まれたが所有者女性はつっぱね続けてきた。それが今年四月になってその女性がさる業者を通じて積水ハウスに土地売却ばなしを持ち掛けて来て、その土地を何としても入手したかった積水ハウスはその業者を通じた転売予約で契約、総額70億円のうち手付金として先に9割の63億円を6月初め支払った。そして登記移転の手続きをしようとしたら書類の不備が分かり却下、くだんの土地の所有者の女性はどうもこの時期に入院、さらに他界したとみられ、その親族が所有を引き継いでいたことも判明。積水ハウスに土地売却の話を持ち込んだ女性はまったくの偽物(偽パスポートなど偽造書類を用意していた)で、間に入った業者もペーパーカンパニー。見事なまでに63億ものカネを詐欺師らにかっさらわれたのである。
 この件で初めて知ったが、このような土地取引の詐欺師を「地面師」と呼ぶのだそうで。どうもこの土地は業界的にはよく知られていたので、地面師たちもしばしばネタにしていたらしい。積水ハウス側の油断としか言いようがないのだけど、「地面師」という種族自体が90年代初頭のバブル崩壊以後「絶滅種」のようにもなって四半世紀もたっていたから、という事情もあったかも。最近では東京五輪を控えて再開発ばなしの増えた都内では「地面師」たちの活動が復活しつつあるとの話もあって、なんだか対馬で見つかったカワウソみたいなもんかとも思っちゃったのであった(笑)。詐欺の歴史も世間一般の歴史と表裏一体というわけですな。



◆太平洋の海の底から

 8月に入ってすぐ、特撮・怪獣映画ファンには残念な訃報があった。初代「ゴジラの中の人」、つまりはスーツアクターであった中島春雄さんが、8月7日に肺炎のため亡くなったのである。88歳だった。僕がリアルタイムでゴジラ映画を楽しんだ頃はすでに引退されていて、「ゴジラの中の人」といえば薩摩剣八郎さんだったのだが、その大先輩であり、最初の「怪獣役者」ということで名前は良く知ってたし、ご本人がテレビや内外のイベントに登場されているのを見てもいた。ハリウッド製ゴジラが最近作られた時も何かのイベントで顔を出されていたはずだ。

 中島さんは1929年(昭和4)生まれ。戦争中は飛行機乗りを目指して予科練に入ったが、16歳の時に敗戦。その後20歳で俳優業に入り、東宝に入社するも、いわうる「大部屋俳優」というもので、登場人物と背景モブの中間くらいの役しかつかない役者人生を送っている。東宝ということで1954年公開の黒澤明監督の名作「七人の侍」でも野武士グループの一人を演じていて、映画の中盤で村の偵察にやって来て宮口精二演じる「久蔵」に斬られてしまう二人のうち一人を演じている。出演リストを見ると他の映画でも全て固有名詞のない「名もない役」ばかりで、最後の映画出演も「日本沈没」(1973)丹波哲郎演じる首相の運転手という役どころだった。
 「七人の侍」と同時並行で製作された戦争映画「太平洋の鷲」に出演した際、空母甲板上で火だるまになる兵士を演じ、これがどうも史上初の「ファイヤースタント」であったらしく、これが監督の本多猪四郎、特技監督の円谷英二の目に留まったことがこの二人の次回作「ゴジラ」でのゴジラ役起用につながったらしい。
 「ゴジラ」という、それまで誰も見たことがない「怪獣」なるものを演じなければならなくなり、中島さんが参考にと動物園に行ってゾウの動きなどを観察して演技に生かしたというのも有名な話。いくらかの演出指示はあっただろうが、ゴジラの動きは基本的に中島さんに任されていたともいい(だいたいあの着ぐるみの中で動くこと自体至難である)、ゴジラという怪獣の生みの親の一人と言ってもいいのだ。その後ゴジラ映画ではゴジラ役を立て続けに演じ、その他の本多・円谷特撮映画で多くの怪獣・人間以外のものを演じている。

 しかし1960ねない後半から日本映画界が斜陽化、円谷英二も死去して東宝も特撮部門を閉じるなど経営を大幅に縮小、中島さんも東宝から契約を切られて事実上役者を廃業、東宝直営のボウリング場やマージャン店などで働くようになる。それでも特撮スタッフから請われて「ゴジラ対ヘドラ」「ゴジラ対ガイガン」といった低予算なゴジラ映画にゴジラ役(および複数のモブ役)で出演したこともある。1972年の「ガイガン」が最後のゴジラ役出演となった。平成ゴジラシリーズ頃には「元祖ゴジラ役者」ということでインタビューやらイベントやらに時々出ていて、元祖ならではのご意見番な発言もしていた記憶がある。ゴジラシリーズの存在が日本発のエンタメとして広く認識され、やがてハリウッド製も作られるようになったことで「元祖」である中島さんの存在感も晩年になるにつれますます大きくなってたような印象もあった。
 日本でも去年久々の新作「シン・ゴジラ」が公開されたが、さすがゴジラはCGで表現され、着ぐるみ役者は不要となった(ただし野村萬斎さんの動きをキャプチャーはしている)。その翌年に元祖ゴジラの中の人が世を去るというのも、やや強引ながら因縁めいたものを感じてしまう。


 知ってる人には説明不要だが、「ゴジラ」はアメリカによるビキニ環礁水爆実験をヒントに製作された。水爆実験により太古の恐竜が目を覚まさせられ、放射能の影響で怪獣化した、という設定があり、ゴジラ自体が「核兵器」を暗喩するような位置づけにもなっている。このため1984年版「ゴジラ」やハリウッド製「ゴジラ」、そして「シン・ゴジラ」には「ゴジラに対して核攻撃が計画されるが日本人らが阻止する」という筋書きが用意されている。言ってみれば怪獣映画における「非核三原則」のようなものだ。

 さて、そこからやや強引に話をつなげるが、日本に最初の実戦使用核兵器、原子爆弾を落としたのは当然アメリカだが、その原子爆弾の部品を運んだ軍艦が海底から発見される、というニュースが8月17日に流れた。先ごろフィリピンの海に沈む「戦艦武蔵」を発見した、ポール=アレン氏率いる調査隊による二つ目の大物発見である。
 見つかった軍艦は、太平洋戦争時のアメリカ海軍重巡洋艦「インディアナポリス」。この船は極秘任務で原爆の部品をテニアン島に7月26日に運び込んだが、7月30日にフィリピン近海で日本の伊号潜水艦の魚雷攻撃を受けて撃沈されてしまった。これが部品を届ける前のことだったら…と思う日本人も多いだろうが、そのアイデアを恐らく出発点にしているのが小説および映画になった「ローレライ」だ。映画の監督は「シン・ゴジラ」の監督でもあるので、ここで微妙に話がつながってしまう。
 撃沈されたインディアナポリスにはおよそ1200人の乗員がいたが、発見・救助されるまでの数日間に漂流中の大勢が死んでしまい、結局助けられたのは300名ほどだった。このときサメに襲われて喰われてしまった兵士も少なくないといい、スティーブン=スピルバーグ監督の出世作「ジョーズ」で登場人物の一人がインディアナポリスの乗組員という設定になって、その時の恐怖を映画中で語ったことで有名になった。今度の発見のニュースでも何かと「ジョーズ」での言及が紹介されている。

 スピルバーグ監督といえば子供時代から「ゴジラ」などの怪獣映画、「七人の侍」をはじめとする黒澤映画で育った(もちろんそれらだけじゃないんだが)お方で、「ジョーズ」もある意味「怪獣映画」として作ったという話も聞く。ゴジラもジョーズも海の中から出てくるし、出現時の音楽も言われてみれば確かに似ている。そしてゴジラは原水爆の象徴であると同時に太平に散った戦死者たちの亡霊(怨霊)ではないかという説もあったりして、今度のインディアナポリス発見ばなしにいささか強引ながらつながりを感じてしまったのである。


2017/8/21の記事

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