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2018年3月30日

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◆寒い国から愛をこめて

 久々にスパイネタ。僕が興味を持ちやすいこともあって「史点」では一時期スパイネタをよくやってたんだけど、ここしばらく途絶えていた。ま、昨年の金正男氏暗殺事件なんてスパイ映画そのまんまだったりしたけど…今の状況を考えると世の中、何がどうなるか、ホント分からないよなぁ。続報を聞かないのだが、キューバのアメリカ大使館における「超音波攻撃」?の話もかなり気になってたりする。

 今回とりあげるのは、もちろんただいま「新冷戦」とまで騒がれている、イギリスでの亡命ロシア人暗殺未遂&おそらく暗殺事件だ。
 去る3月4日、イギリス南部のソールズベリという町のショッピングセンターで、亡命ロシア人のセルゲイ=スクリパリ氏(66)とその娘ユリアさん(33)の二人が意識不明の状態で発見された。この文章を書いてる3月末の時点でもなお意識不明の重体のままである。このスクリパリ氏、ロシア生まれでロシアの情報部員、要するにスパイのお仕事に就いていたのだが、実は米英にも情報を流す、要するに「二重スパイ」のアルバイトもやっていたことがばれ、逮捕され有罪判決を受けたことがある。その後2010年に米露間の「スパイ交換」によってロシアを出国、その後イギリスで亡命生活を送っていた。家族はロシアに残したままになっていて、今回一緒に重体になっているユリアさんは、たまたまイギリスに会いに来ていたところだったとのこと。
 こういう人物が不審な「死にかけ」をしたとなると、当然ロシアのスパイに消されそうになったのでは、との疑惑が浮かぶ。なにせイギリスでは最近(2006年)も元ロシア情報部員だったアレクサンドル=リトビネンコがポロニウムにより「毒殺」された例がある。今回の事件でもかつてソ連で開発された神経剤「ノビチョク」が使用されたとイギリス当局は特定(続報によると自宅玄関付近で使用されたらしい)メイ首相が公式にロシアの関与、それもプーチン大統領自身の指示による可能性が高いと表明して非難した。まぁなにせプーチンさん自身、かのKGBの出身ですからね。

 これまた予想通りだが、ロシア政府は関与を完全否定している。しかしイギリスはドイツやフランスなどEU諸国と合同でロシアを非難した。「対抗措置」をとると言い出したのでジェームズ=ボンドの出番かと思ったらそうではなくロシア外交官の追放という措置だった。アメリカも例の「ロシアゲート疑惑」のことも絡んでロシア外交官の追放を実施してEUに歩調を合わせた。現時点で25カ国で150名ほどのロシア外交官が追放処分を受けていて、NATO(北大西洋条約機構)のロシア人職員数名も追放されたとのこと。NATOってもともと対ソ連の軍事同盟で、ソ連の後継国家であるロシアも仮想敵であるように思ってたんだけど、近頃はロシア人職員もいたりしたんですな。NATOもできればロシアも取り込んで…なんて言ってた時期もあったような。
 ロシアも対抗して外交官追放を行うようで、これでも冷戦時代よりは穏やかながら「新冷戦」と言われるだけの外交的緊張状態にはなっている。ロシアと言えば今年はサッカーのワールドカップ開催国となるが、とりあえず出場ボイコットはないにしてもイギリスなど出場国の政府高官が一切開会式や試合観戦に行かないという可能性は出てきている。

 これだけではない。3月12日には、やはりイギリスのロンドン郊外で、亡命ロシア人ニコライ=グルシコフ氏(68)が自宅内で首をつって死亡しているのが発見されたが、直前にスクリパリ事件があったもので警察も不審死として慎重に捜査、その結果、首を圧迫された痕跡があるとして「殺人」と断定した。
 このグルシコフ氏はロシアで航空会社副社長などをつとめた実業家だが、同じくロシア人実業家でプーチン大統領の政敵と言われたボリス=ベレゾフスキー氏の盟友と言われていた。で、このベレゾフスキー氏もイギリスに亡命したが2013年にロンドン郊外で首つり死体で発見されていて、グルシコフ氏は「あれは暗殺だ」と主張していたとのこと。今度はその当人が不審死を遂げたことでいっそう疑惑は深まりそうだ。

 おりしもプーチン大統領は先日の大統領選挙で史上最多得票で再選され、「プーチン時代」がまだまだ続くことになった。ちょうど中国で国家主席の十年しばり任期を外す憲法改正が行われたことを念頭に「終身までやるつもりはない」とプーチンさんは言ってたが、この人がまったくのノーマークでエリツィン後継者に出てきたころを思い出すと、こんなに強力な長期政権になるとは全く予想もしなかったな。そうそう、「史点」連載ともども長期だ(笑)。
 だがその政権維持の在り方が、かつてのソ連時代を思わせる強権ぶりでもあり、特に敵対する政治家やジャーナリストなどが「暗殺」されたとしか思えない例が続いてるし、今度のように外国に亡命していてもとことん追いかけて殺害しちゃうという、これまたメキシコまで刺客を放ってトロツキーを殺害したスターリンのイメージと重なってしまう。

 こういう政権だけに「ロシアゲート疑惑」、つまりアメリカ大統領選にトランプが勝利するよう画策した…という疑惑も十分ありえるな、と思っちゃうわけで。まぁ僕自身はそういう画策をしてどれほど結果に影響したのか半信半疑ではあるんだけど。そしてそのプーチン再選に、トランプ大統領がすぐに「祝意」を表明したりしたんで、またアメリカでは憶測や議論を呼んじゃってるみたい。そういやどっかの首相も「ウラジーミル」なんて馴れ馴れしく呼ぶ仲良しだったりしなかったっけ。



◆「発掘」された真実

 僕は全然知らなかったのだが、ジェームズ=メラート(James Mellaart)という、かなり著名なイギリスの考古学者がいた。1925年生まれで2012年に86歳で亡くなり、すでに本人が歴史上の人物になってしまっている。この人、現在のトルコにあたるアナトリア半島の古代遺跡の研究で知られ、特にアナトリア南部のチャタル=ヒュユクという、今から8000〜9000年前の新石器時代の遺跡を1958年に発見、調査したことが大きな業績として知られている。まだ文明なるものが生まれる前の段階での「都市」ともとれる集落遺跡で、一部で「世界最古の都市」ではと言われたこともある。そう言われればトルコ南部にそういう妙に古い遺跡がある、という話だけは僕の記憶にあった。「都市」とまで呼ぶのは大げさとみるのが大勢らしいが、とにかく世界遺産には登録されるほどの重要遺跡には違いない。

 で、ここからがニュースネタ。日本ではごく一部でしか報道が出てないが、僕はツイッター経由でこの一報を知り、「こりゃ下手すると大スキャンダルでは」と驚かされた。どうもこのメラート氏、長年にわたって考古学的遺物の「捏造」をやっていた可能性が高い、という話なのである。
 2012年にメラート氏が死去したのち、その遺志を受けて同業のエバーハルト=ツァンガー氏がメラート氏が住んでいたアパートに入って遺品の整理を進めていた。大ベテランの考古学者の部屋に積もった遺品の山だろうから整理も大変で何年もかかってしまったのだろうが、その中でメラート氏が解読を進めながら未発表だった碑文の内容についてツァンガー氏が昨年12月にオランダの学会誌に発表したところ、複数の研究者から「それは偽造ではないか?」とド直球な疑問の声が寄せられたのだ。
 
 その碑文は3200年ほど前の、あの「イリアス」で有名なトロイアの、「ムクスス」なる王子に関する記述を含んでいた。どこに不審点があったのか報道だけでは分からなかったのだが、すぐに複数の学者が「偽造」と断じたくらいから何か明確な「ミス」があったのだろう。指摘を受けたツァンガー氏は2月に遺品の調査を進め、その結果、問題とされた碑文だけでなく、他の未発表の碑文メモについても「偽造」の証拠を見つけてしまった。「全てではないが、かなり多くの偽造資料があるようだ」とツァンガー氏は語っており、メラート大先生がその半世紀以上にわたる学者人生の中でどれほど資料偽造を行ったのか、これから綿密な調査が行われrことになるのだろうが、下手すると研究成果の全部に疑いがかかる可能性がある。日本の「旧石器捏造事件」の例もある、こういうことする人は一度や二度だけやったとは思えないのだ。

 ツァンガー氏によると、1995年にメラート氏から古代の言語「ルウィ語」で書かれた碑文についての手紙を受け取ったことがあるという。その手紙の中でメラート氏は「私はルウィ語の読み書きはできない」と明言し、知り合いの解読できる考古学者に読んでもらった、という趣旨のことを書いていたというのだが、今度の一件を受けてツァンガー氏が遺品をよく調べたところ、メラート氏が「ルウィ語」をちゃんと理解できていた証拠も見つかったとのこと。こうなるとかなり常習的、かつ長年にわたって「ウソ」をついてきた可能性がますます高くなってしまう。

 まだ「疑惑」の段階だからなのか、ウィキペディア英語版の「James Mellaart」の項目記事では今度発覚した疑惑についてはまだ一切書かれていない。だが、「Drak affair(ドラク事件)」という気になる事件についての記述があった。その事件についての独立の項目もあり、目を通してみたのだが、このメラート氏、実は半世紀も前すでに資料捏造を疑われるスキャンダルを起こしていたことを知ることになった。
 メラート氏が語るところによれば、1958年にイスタンブールからイズミールへ向かう列車の中で、アンナ=パパストラティなる、アメリカなまりのある英語を話す若いギリシャ人女性と出会った。彼女が珍しい腕輪をしていたことからメラート氏が話してみると、イズミールにある彼女の家に古い墓地から持ち出した様々なお宝があるというので、メラート氏は彼女の家に行って数日間滞在、お宝のいくつかのスケッチや記録ノートをとった。写真についてはアンナが「別の機会に撮影してお送りします」というので撮影せず、彼女の住所をメモして別れた。しかしその後連絡がなかなか来ず、しびれを切らした頃にタイプライターで打たれたアンナの手紙が届くも、短く「さよなら」と告げるだけで写真はなかった。
 結局メラート氏はスケッチなどを元に「ドラク・トレジャー」と呼ばれるお宝の存在を公表してしまうのだが、その存在証拠は彼のスケッチとメモだけで現物も写真もなし。おまけに例のアンナなる女性に連絡をとろうとしたらメモされていた住所がそもそもイズミールに存在しないことが判明。タイプで打たれた手紙も別のところから投函され、本当に「彼女」が実在するかどうかさえ怪しくなる始末に。この時点でメラート氏、おもいっきり偽造を疑われていたようだ(タイプの手紙も彼の妻が使ってたものと同じではとの疑惑もあったようで)。一方でメラート氏の証言がかなり具体的であることからパパストラティなる女性は実在するもののCIAのエージェント、もしくはイズミールにある米軍基地の関係者で、考古遺物の密輸に絡んでメラート氏を利用した、つまりメラート氏はだまされた被害者なのでは、という説もあったみたい。しかし僕などはこの話、そもそも列車内での出会いからして「作り話」めいてるな、と思ってしまったな。
 ともあれ、トルコ政府はメラート氏をおもいっきり疑い、1964年にメラート氏が巨額の考古遺物密輸に関与したと報道キャンペーンを張り、国外追放処分にした。その後一時的に入国を認めたこともあったが結局まメラート氏がトルコ国内で専門の遺跡調査をすることはできなくなった。

 そういうことが半世紀前にあった人なのだと知ると、今回の碑文捏造発覚も話がつながってくる。メラート氏が全て捏造していたとか、遺跡も全部ウソだとまで決めつけることはできないが、その業績についてこれからいろいろと検証作業が進められるだろう。現在チャタル=ヒュユクを調査している考古学者の人は報道にノーコメントだったそうだが、正直心穏やかではないだろうなぁ。
 どれかの報道ではツァンガー氏は「メラート氏は発掘を禁じられたために偽造に手を出したのでは」という趣旨の発言が伝えられていたけど、過去の事件を知るとそうなる以前から胡散臭い。イギリスのアカデミズムでは「ピルトダウン原人」捏造の先例があるが、果たしてそこまでの話に発展するのかどうか。



◆半世紀が過ぎて反省期

 1968年3月16日、ベトナム戦争の真っ最中の南ベトナム・クァンガイ省にあるソンミ村ミライ集落に、アメリカ軍部隊が戦闘ヘリで飛来、この集落の住民504人を無差別に虐殺した。いわゆる「ソンミ村虐殺事件」である。戦場では敵兵士と一般人の区別ができなくなって(特に相手がゲリラ戦を展開してる場合はなおさら)、こうした一般人虐殺事件というのは「つきもの」と言ってしまえるほど戦史上例が多すぎるのだが、特にこの「ソンミ村虐殺」は事件発生の翌年12月に現場写真と共に報道が始まり、アメリカ人の多くがベトナム戦争の「大義」に疑問を抱き、若者らのベトナム反戦運動に火をつける象徴的事件になったことで名高い。
 アメリカ軍は当初「べトコンの根拠地を掃討したもの」と発表していて、虐殺をやった兵士たちも当初はそのつもりだったんだろうが、すでにべトコンのゲリラ戦術に苦しめられて(直前に「テト攻勢」もあった)精神的に参っていたことも無差別虐殺にエスカレートした原因なんだろうけど、それにしてもここまで、というくらい徹底した皆殺しをやってしまっている。あまりにひどいんで目撃した別部隊が虐殺をやめさせるために味方に攻撃態勢をとった、なんて話もあるくらい。このソンミ村虐殺のイメージは映画「地獄の黙示録」「プラトーン」といったベトナム戦争映画にも観ることができるし、手塚治虫「ブラック・ジャック」でもこの事件をモチーフにしたとしか思えない一話がある。、

 事件からちょうど半世紀となる2018年3月16日、かつてのソンミ村であるティンケ村に建設された記念館で追悼式典が催され、事件で奇跡的に生き残った村人や、当時現場で従軍して写真を撮影し後日公表したカメラマン、虐殺を止めようとした米軍部隊の元兵士などが参列した。当然ながら参列したアメリカ人たちは「アメリカ人はこの事件を忘れてはならない」と言い、一方で家族を殺された生存者も「忘れはしないがアメリカを憎み続けることもない。過去は過去だ」と「未来志向」な発言をしていた。
 当人たちの思いはそれとして、ベトナム戦争をアメリカと戦って勝利し統一を果たした現在のベトナム共産党政権は、近年むしろアメリカに接近する姿勢を見せている。南シナ海の領有権問題で対立する中国を牽制するためということで、つい先ごろの3月5日に、アメリカの空母「カールビンソン」が米空母としてはベトナム戦争以来半世紀ぶりにベトナムに寄港して、時代の流れを感じさせる話題として報じられた。それとどう絡むのか分からないが、3月中にベトナムは南シナ海の油田開発を中止してもいる。中国の圧力に屈した形のようなんだけど、ベトナムの政権というのがそもそも中国とおんなじ共産党一党独裁、経済的には改革開放とよく似た路線を進んでるんだよな。

 そのベトナムを22日から韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領が公式訪問していた。そして23日にチャン=ダイ=クアン国家主席と会談した文大統領が「私たちの心に残っている両国間の不幸な歴史に遺憾の意を表する」と発言したと韓国大統領府が発表している。「両国間の不幸な歴史」とはもちろんベトナム戦争のこと。当時、韓国はアメリカ親分のもとで北朝鮮と対峙する「反共」国家だった事情で、ベトナム戦争にもアメリカ軍に協力して部隊を派遣、戦闘にも参加していた。そしてこれまた住民の無差別虐殺事件など、戦争の悲劇を巻き起こしてしまった過去があるのだ。

 で、どこの国でも似たような話になるのだが、韓国でもベトナム戦争の加害責任については保守層を中心になかなか認めてこなかった過去がある。初めて「遺憾の意」という形で言及したのは初の革新系政権をになった金大中(キム・デジュン)大統領だったが、それだけでも韓国内では在郷軍人会やら保守政治家やらが猛反発していた記憶がある。その次の革新系である廬武鉉(ノ・ムヒョン)大統領も同様の発言をしていて、その廬武鉉と盟友関係であった文大統領がそうした発言をするのは自然な流れではあった。報道で見たが加害責任を認めてベトナムへの支援活動をしている韓国市民団体からもそうした姿勢を示すよううながす声もあったようだ。
 ただ、当人がどう思ってるかはともかくとして一国の大統領となると、発言は慎重になる。「遺憾の意」あたりで止めておいて、賠償問題や謝罪表明にはつながることはないと韓国大統領府も一応念押しはしていた(ベトナム政府も公式には賠償要求等はしていない)。韓国とベトナムも冷戦終結後は関係が深まっていて、中国周辺国ということでは似た立場にあるとも言え、ベトナム側もアメリカに対するのと同様に戦争責任問題は強くは持ち出さないと思われる。
 思えば金大中・廬武鉉と文大統領のもう一つの共通行動は「南北対話」なんだよな。ベトナムは北が統一しちゃったけど、北朝鮮は統一どころか…という状況の中で手を差し伸べ、あれよあれよという間に妙に北朝鮮が「物分かりのいい国」になってしまってるここ一か月ちょっと。来月には南北首脳会談が実現する運びとなっていて、ホントにこれが「冷戦終結」に向かうことになるのかどうか。もっともそうなったらなったで「統一」は遠くなるような気もするが。



◆事象の地平の彼方へ

 毎年のことではあるが、今年も三か月が過ぎ、著名人が多く亡くなっている。星野仙一野中広務夏木陽介大杉漣…といった名前がとりあえず浮かんだが、今回は3月14日に死去したスティーブン=ホーキング博士を取り上げたい。宇宙創成やブラックホールを語る天才物理学者にして、全身の筋肉が動かなくなってゆく難病ALSの患者であり、車椅子に乗って移動し、機械による合成音声で講演や著作を行う姿でも世界的に知れ渡った。近年では映画やドラマにまでなった世界的有名人であり、こういう難しいことを専門にしている科学者の訃報としては非常に大きく報道されたように思う。それこそアインシュタイン以来じゃないかと。

 急に話が変わるようだが、2月の末に漫画家・松本零士さんが80歳ということで業績をまとめた記念書籍が出版され、そこに十数年ぶりで書かれた「銀河鉄道999」の新作が掲載された。この新作、これまでのストーリー(一度完結後、再開した部分も含む)とはほぼ無関係な、独立した話、それも主人公星野鉄郎の白昼夢みたいな内容でもあるのだが、鉄郎とメーテル、さらにはハーロックやエメラルダスまでが「ブラックホールを経由して別の宇宙に旅立つ」という話になっていた。何やらみんなで「涅槃の彼方」へ旅立つような感じでちと不吉なものも感じたのだが、鉄郎は「必ず地球に戻る」と言っていた。
 で、この「ブラックホールを使って別の宇宙へ」というアイデアも、ホーキングが言い出したことなのだ。もっとも21世紀に入ってから「SFファンには申し訳ないが」とホーキング当人がその可能性を否定しちゃっている。

 本人はSFを書くことはなかったが、科学者にしてSF好きだったのは事実で、「スタートレック」に姿だけ「出演」した実績もある。また高度な論文のみならず、一般向けの宇宙論など科学読み物も執筆してベストセラーとしていて、この辺、僕も愛読するアイザック=アシモフ博士にも通ずるところがある。とか書きつつホーキングの一般向け書籍は全然読んでなかったので図書館で見つけた『ホーキング宇宙と人間を語る』という本を借りて読みだしてみたが、なるほど、なかなか読ませる人である。さすがに量子論や相対性理論といった話になると難解だがなんとかわかりやすく説明はしてくれてるし、そうした話の前置きとして書かれている「科学的な物の見方」、つまり神様や精神論を排除した唯物的な自然法則の探求の歴史を古代ギリシャから説明していくくだり、歴史好きとしてはかなり面白く読んでしまった。

 さてホーキング博士の生涯や業績についてはさんざん報道もされたので大幅カットで。
 1942年1月8日、ガリレオ=ガリレイ没後ちょうど300年という因縁の日にイギリスのオックスフォードで誕生。のちに同地のオックスフォード大学に入ることになるのだが、この地で生まれたのは戦争中で両親がここに疎開していたためだ。オックスフォード大学を卒業してからケンブリッジ大学大学院に進むが、ここで在学中に難病ALSを発症してしまう。彼が21歳の時で、のちに彼は「21歳で何もかも失った気になった。あとの人生はおまけ」という発言をしている。ALSは当時発症から5年ほどで死亡するとされていたが、ホーキングは症状の進行が急に遅くなり、結局76歳と平均寿命程度までは生きられることとなった。
 1960年代から70年代にかけて画期的な業績で名声を挙げ、1980年にはケンブリッジ大学の伝統ある「ルーカス教授職」に就任。この「ルーカス教授職」は17世紀に始まった数学関連の教授職で、なんといってもあのアイザック=ニュートンが名を連ねる歴史的な地位だ。
 
 科学者としてのホーキングの業績はブラックホールがらみが多く、ブラックホールの「底」のように重力が無限大になって相対性理論の範囲外になる「特異点」の理論や、ブラックホールが「蒸発」してしまうことがあるという理論などが有名どころ。晩年までブラックホールの問題に取り組んでいた、と知人の日本人学者も発言していた。やや意外なことにノーベル物理学賞は受賞していない。
 他にもビッグバンによる宇宙創造やら別宇宙の可能性やら、いろいろあるが、「タイムマシンは不可能。未来人が現代に観光に来てないだろ?」とか、「異星人・異文明との接触は悲劇を生む可能性が高く、ないほうがいい」と発言したり(一方で異文明探査に熱心な面もあった)、最近何かと耳にする「AI」(人工知能)については「人類をおびやかすかもしれない」と警戒感を表明していた。
 また近年では「宇宙の始りに神は不要」と著作に書いて宗教界から批判されるなど、かなり徹底した唯物論者でもあった(欧米では科学者でも神様とは適度に折り合いをつけてる人も多い)。この辺もアシモフ博士とおんなじだな。そういや離婚・再婚を経験してるのも同じだ。

 3月30日、ロンドン市内にあり国王戴冠式が行われることでも知られるウェストミンスター寺院が、今年の感謝祭の礼拝時にホーキング博士の遺灰を寺院内に埋葬すると発表した。ウェストミンスター寺院は僕も2002年のイギリス訪問時に見物してきたが、歴代国王はもちろんのこと、イギリスの歴史を彩る政治家・軍人・詩人・科学者などがそろって敷地内に埋葬されていて、中を歩くだけでイギリス歴史紀行状態になってしまう場所。もちろん「国家に功績があった」と認定された人がそこに埋葬されるわけだが、ホーキング博士もその列に加えられることになったわけだ。同じ科学者ゾーンということでニュートンやダーウィンと並んで埋葬される予定とのこと。同寺院の司祭長は「ホーキング博士は著名な科学者たちのそばに埋葬されるにふさわしい。生命と宇宙の神秘にせまる大きな問いへの答えを探るには、科学と宗教の協力が欠かせない」と声明を発表していたが、宗教界と議論までしたホーキング博士はその趣旨に賛同しないのではないかなぁ。


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