過去の雑記 00年 8月上

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8月 1日
SFM9月号の「無限大・小宇宙」で、自分のチェックミスを指摘される。すみません、スラデック作品リスト中、「蒸気駆動の少年」"The Steam-Driven Boy"がNova 2[ハーラン・エリスン編]とあるのは、もちろん[ハリィ・ハリスン編]の間違いです。ああ、なんでこんなメジャーなタイトルにミスがあるかなあ。申し訳ないです。> このミスで迷惑した方

日焼け跡はかなり痛い。

もうすぐ公開される映画の予習としていまさら「South Park」の日本語字幕版ビデオvol.1を見る。わりと良い。お約束にすべき部分はどこか、斬新であるべき部分はどこかを完全に理解した上で作られた良質のギャグ。僕の能力では英語が聞き取れないので、ギャグを十分に理解出来ないのが残念だ。吹き替え版探さなきゃ。

夕方からご近所の方々やご近所でない方々と「江東花火大会」を見に行く。荒川・中川の中州から見る花火はなかなかの景色。ひどく強い風が吹いていたこともあり、若干形が歪んだがそれもまたご愛敬。低めに開く連発花火は見事な迫力だった。ご近所の花火大会としては充分以上でした。

そういえばご近所の方にベイリーのペイパーバック"Eye of Terror"を戴いた。そうかベイリーがTRPGのスピンオフ小説を書くようになっていたか。

8月 2日
日焼け跡は本気で痛い。とりあえず気安めにスプレー式抗炎症剤を使ってみる。

昼前に漫然と「カーレンジャー対メガレンジャー」を見る。昨日、「オーレンジャー対カーレンジャー」を見たときには世界観のギャップにめまいがしそうになったが、こちらは全く違和感が無い。さすがは同じファンタジー戦隊同士。
しかし、あれですね。レッドレーサー対メガレッドだの、ブルーレーサー対メガブルーだのの戦いを見ていると、どっちがどっちだかすぐにわからなくなりますね。

「South Park」の日本語字幕版ビデオvol.2を見た勢いで、日本語版サウスパークページを見に行く。やはり、字幕版では多くの情報が削られているようだ。なんといってもケニーの台詞が完全にオミットされてしまっているのが辛い。吹き替え版はどこだ、吹き替え版は。

ヴァルター・ゲルラッハ『迷信なんでも百科』(文春文庫)読了。これも知ったかぶり用のネタ本。それらしい嘘をつくためには、日々の仕込みが重要なのだ。
「恋のまじない」「いびき」「死体」などのテーマ毎に、チャボアザミやカノコソウを携帯すれば女性に振られることはないだの、いびきをかく人の枕の下にヒメウィキョウをこっそり入れておけばいびきをかかなくなるだのといった、ありがたい知識が突拍子も無く羅列してある。「いぼをやっつけるには、いぼの数だけこま結びを作り、その糸を一言も喋らずに家の軒下に埋めれば良い」(大意)と書いてある同じ項に、「自分のいぼを数える人は、いぼの数が増えてしまう」とあるなど、脈絡なく集めた迷信が相互に矛盾したり補い合ったりする様は、実に魅力的。ほぼ期待通りの内容だった。
ただ、いまいち翻訳が信用できないのが気になるところ。版権表記によれば原書の発行は1998年だというのに、「ノストラダムスの一九九九年七月滅亡説ははずれた」(「世界の滅亡」の項)とあるのはどうしたわけか。また、「たとえば日本のJAFに相当するドイツのADACは」という記述が、ドイツの本にあったというのか。親切な翻訳も結構だが、これらは訳注で対処すべきだった部分だろう。こういった部分のおかげで、どこまでが原書の記述だか判断できないのが難点だ。

8月 3日
日焼け跡はまだ痛い。他の場所は良いんだけど肩だけはどうもね。

野尻抱介『ピニェルの振り子』(ソノラマ文庫)読了。よんどころない事情で19世紀の雰囲気のまま恒星間航行ができるようになった世界を舞台に、銀河をまたにかける博物商の冒険を描く。主人公のガキがうざったい点と、一部のサービスがサービスに見えてしまう点、落ちが強引な点の3点以外は楽しめた。主動力が蒸気機関だったり、計算がすべて計算尺と数表だよりだったりするのに、「魔法」のおかげで宇宙での行動能力だけは笑っちゃうほど高いという設定はかなり楽しい。
でもしかし。恒星間航行が可能なら(ナビゲーションのために)特殊相対論はあって欲しいし、そうすると電磁気学は成立していて欲しいし、そうすると電気製品がより充実していてもおかしくないと思うんだけど、どうか。
# 一番納得行かないのは、ダルトン連合王国という名前なのだがこれはきっと書かれていない理由があるのだろう。統一王の名前がダルトンだとか。植民世界を幾つも従えたのなら帝国を自称するような気はするが。

8月 4日
風呂に入っていたら日焼け跡に大量の水脹れができた。傷痕から感染症にでもかかったかと緊張したが、どうやら剥ける寸前の皮膚の下に汗が溜まっていたらしい。結局皮が剥けて汗は抜けてしまったが、水脹れができた瞬間は本当に気色悪かったぞ。

麻生芳伸『落語百選 秋』(ちくま文庫)読了。読んでも楽しめるのは確かだけど、聞いた方が遥かに面白そう。やはり話芸は聞いてこそ華でしょう。さあ、CDを探しに行くぞ。

テレビ朝日「TRICK」を初めてちゃんと見る。おお、面白いぞこれ。売れない奇術師が、大学教授と組んで自称超能力者のトリックを暴きつつ、父の死の真相に迫る。設定も好みだが、何より仲間由紀恵、阿部寛、生瀬勝久らレギュラー陣のとぼけた演技が素晴らしい。特に仲間由紀恵。いや、思わずファンになってしまいそうですよ、ぼかあ。

8月 5日
<いわずもがなの前口上>これはタイトルからもわかるように、日記形式の雑記にすぎない。例えレポートリンクの類からリンクされていたとしても、あくまで雑記である。従って、「お前の記事はレポートじゃない」と言われても対応しかねるので、ご承知願いたい。だって雑記だし。</いわずもがなの前口上>

第39回日本SF大会Zero-CONに参加する。先週末に引き続き京浜東北線に乗り、南に向うこと数十分。この間は、サンダル履きでタンクトップに半ズボンという海水浴風情漂う客が増えていったが、今日はTシャツ、ジーンズ、リュックサックというおたく風情漂う客が増えていく。最寄り駅の桜木町に着いたときにはすっかりSF大会である。よーし、駄目な感じだ。

まずはパシフィコ横浜の位置を確認して、と地図を取り出そうとしたところ、目の前にいかにもという雰囲気を漂わせた人物を発見した。銀縁眼鏡で長身痩躯、無造作にまとめた短髪に、青と白の縞のシャツ、何の工夫も無いズボン(あれはパンツではなくズボンだろう)、黒のリュックまでおまけについたその姿、SFファン以外の何者でもあるまい(*)。これについていけば間違いないと思ったら案の定、何の障害も無く目的地に着いたのだった。ありがとう、見るからにSFファンの人。
*:お前の外見描写そのものではないか、と疑う人もいるかもしれないが、本当にそんな人がいたのだ。

受付をすませ、知人に挨拶したり、しなかったりしていると、オープニングが始まった。……のだが、これはちょっと辛すぎ。SF魂まわりの芸があまりに中途半端で観てられませんでした。芸人がいないのなら完全に事務的に行けば良かったのに。今回は、徹底的に企画の質と量で勝負する大会だったのだから、ちゃんとした演説一つ打つだけで十分だったと思うんだけど。

まあ、なんにせよオープニングは終わったので企画に向かう。昨年、突然チェコアニメに目覚めた俄かチェコアニメファンとしては、何はさて置き「チェコの人形アニメ プラハからの報告」に行かねばなるまい。勇んで三階に辿り着き、ついでにディーラーズに寄って水木一郎のコンサートチケットを手に入れて、だんどり良く「チェコアニメ」の部屋に……行くはずが、なぜかディーラーズに捕まってしまう。おそるべし、ディーラーズ。
購入したのはほとんど古雑誌。SFマガジン20号、ハヤカワ[ハィ!]2、3号など嬉しい収穫があった。SFMはこれで、創刊号、The SF Comics、Hi!5、7−11、13号の残り9冊。創刊号は合本の復刻版が、13号を除くHi!は預かり物が手元にあり、The SF Comicsは通読後、取れる限りのデータを取っているので、完全未見でデータもわからないのはHi!13号だけだ。放出したい方がいらっしゃれば、一定額で引き取りますのでお声がけを。

そんなこんなでブースと、棚売りと、オークションを見てまわっているうちにすっかり半端な時間になってしまったので1コマ目は諦め、次の、「ライブ版SFスキャナー」を見に行く。「リレー座談会 2. SFというジャンルの確立」とどちらにするべきかは散々迷ったが、敢えて過去ではなく現在を取ることにした。
「ライブ版SFスキャナー」は題名通り、SFマガジンの「SFスキャナー」をライブでやる企画。紹介される作品は、近日刊行予定だったり、何があっても訳されるはずが無い物だったりさまざま。作品そのものだけでなく、紹介者の思い入れや話芸まで総合的に楽しめるお得な企画だ。
登壇したのは、内田昌之、中原尚哉、嶋田洋一、古沢嘉通、中村融、山岸真の6人。今回は全員翻訳者というだけの事はあり、ほぼ全てが近日邦訳刊行予定。邦訳が出るとは思えない怪作の話を聞くのも楽しいけど、こうやって確実に役に立つ話を聞くのもありがたい。
トップバッター、内田昌之が紹介したのはロバート・J・ソウヤー"Calculating God"。神の存在を科学的事実としている異星人が、地球に調査にやってくる話だとか。例によって、強引な事実を設定して、それが証拠にという形で物事を証明していくらしい。設定だけ聴いている分には面白そうだったんで、出たら多分読むのだろうな。
次の中原尚哉が紹介したのは、ヴァーナー・ヴィンジ、"A Deepness in the Sky"。名作犬SF、『遠き神々の炎』の続篇というか前日譚にあたる話で、低速圏での通商戦争を舞台にしているのだとか。大部な込み入った話らしく、時間内に説明を終えるのに苦労していた様子。おかげで、こちらも250年の内5年間だけ光る恒星という謎の設定しか覚えていなかったり。出るのは嬉しいけどまた分厚いのかと思うとやや気が滅入る。
嶋田洋一の紹介作は、マイケル・マーシャル・スミスの作品集及び処女長篇に、ブライアン・ステイブルフォードのSFサスペンス。申し訳ないが、作品集は良さそうと思った記憶しか残っていない。なんでもかなり陰気な話らしい。良いよね、陰気な話は。
古沢嘉通は、もちろんイアン・マクドナルドの"Scissors Cut Paper Wrap Stone"。大会数日前から原稿を用意したというだけあって、すばらしい紹介の仕方。会場内の誰もが読んでみようと誓ったことだろう。右手のマルクトの刺青で誰でも支配し、左手のケテルで何でも壊す主人公って……。150ページという短さも期待出来る要素。今から来年が待ち遠しいね。
中村融は、スティーヴン・バクスターの"Mammoth"。主人公は、女の子。ごく普通の14歳。ただいま初恋の真っ最中。でも、唯一つ違うのは彼女はマンモスだったのです。って、わけでマンモスの少女に視点を置いた1人称小説であるらしい。どんな代物なのかまったく想像も付かないので、ぜひとも手にとってみたい所。
が、僕の本命はこちらではなく、余った時間に紹介されたアンソロジーの方。一つは、セミナー以来各地で騒がれている河出の年代別SFアンソロジー。11月に40年代、50年代の同時刊行で、文庫形式、1000円前後の予定とか。既訳の名作もがんがん訳し直しているらしいので、それも楽しみの一つだね。もう一方は、8月下旬予定のホラーSF傑作選。こちらも完全新訳及び、再訳で、時代に見合ったものになっているのだとか。ああ、SFアンソロジーがこんなハイペースで刊行される時代が来ようとは。こんなにアンソロジーが出るなら、長篇はもう読まなくてもいいや。
トリの山岸真は、唯一刊行予定の全く無い、マイクル・ビショップ、"No Enemy But Time" 。人類の起源と、一人の男の心理を重ねあわせた技巧的作品だそうで。その粗筋を語る姿は実に熱っぽく、作品に対する思い入れがひしひしと伝わってくる良い講演だった。ビショップとは相性が悪いらしい僕でも、そうまで言うのなら読む価値があるに違いないと思いそうになったのだから、きっと素晴らしい作品なのだろう。いずれ、万が一、なにかの間違いで邦訳が出る事があったら読んでみよう。

続いて参加したのは「リレー座談会 3. 初期の日本SF作家」。こちらはやや低調。小松左京の肉声を聞けた、SF作家クラブ立ち上げの会合のテープという貴重なものを聞けた、など収穫もあったが、全体を貫くテーマが見えず、今一つ何を意図したものかがわかりにくいパネルという印象が残った。福島正実の強い権威を確認できただけでも良しとすべきか。

テープが危なすぎて再生できない領域に入った後、高橋良平が全体をまとめ直して話の筋道をつけようとしはじめたあたりで緊張の糸が切れたので企画を退出。星雲賞でも見に行こうかと思ったが、別会場まで歩く気力が発生せず、結局その辺にいた人達とだべったり、オークションの様子を眺めて笑ったりして時を過ごす。万人が納得できるプログラムなど作れるわけが無いと頭では納得しながらも、行きたい企画が重なるわりには全く行きたい企画が無い時間もあるという事実を恨めしく思ったり。いや、不可抗力だとわかっちゃいるんだけれども。

とかなんとか思っているうちにいつしか時も過ぎ、鑑賞予定の最後の企画、「a night of wonder 難波弘之LIVE」の開始時間となった。 予定より若干遅れて始まったライヴは、さすがの出来。「シンフォビート」しか聴いた事のない身にはわからない曲ばかりながらも十二分に楽しむ事が出来た。「愛に時間を」「アメージング・ストーリーズ」といった入魂のメドレー曲も素晴らしかったが、最も印象深いのは、オープニング曲「ハロー・トーマス」。「メリーさんの羊」の単調なメロディが、どんどん厚みを増していく様には完全に圧倒された。「編曲と何か」ということを思いっきり見せ付けられた気分。なるほど、編曲だけでここまで聞かせる事が出来るのか。

ライブ終了後、ディーラーズ近くでうろうろしていると、しだいに人が集まってきたので、そこにいた集団で食事に行く。メンバーはスタッフでは無い名大SF研OB5名、スタッフでは無い東洋大SF研現役・OB4名、その他5名で都合14名。紆余曲折の末、桜木町駅付近のパスタ屋に入ったのは9時になるかならないかくらいだったろうか。様々なところで様々なことが語られる中、主に、住田、東洋大の佐藤さんと「天下統一」「信長の野望・天翔記」の話などしながら過ごした。なんで、いまさらそんな話をしていたんだろう。

2時間ほど飲んでいたので、店を出たのは午後10時45分。急いで帰れば、西船橋行き最終か東陽町行きには間に合うという時間帯。最悪、総武線で亀戸あたりまで出てタクシーに乗れば余裕で帰れるなと思いつつ、とりあえず礼儀だからとカラオケに行かないかと聞いてみると、いつもの人達(細木、住田、堀川)が乗ってきた。頭悪すぎ。
言い出しておきながらも「いやしかし、それもどうよ」という気分だったのだが、堀川が完全に帰れなくなっていたので本当にカラオケに行くことに。桜木町一帯がビジネス地区であることを思い知らされつつ、なんとか朝までやっているカラオケ屋に入る。5時まで、4人で20000円という額を聞かされる中、堀川はうちに泊めることにして東陽町からタクシーに乗るのが最善ではという思いは沸いてきたが、いまさら後の祭りという奴である。ドリンクが自販機売りという事実に感動しつつ、歌えるかどうかわからない曲ばかり緊張感無く歌った。

最後の曲「マジンガーZ」を歌いおわったのは午前4時30分、桜木町駅に向かう中、さらに頭の悪い行動を思いついた。一度西葛西に帰るのだ。桜木町-西葛西間がざっと1時間20分、帰ってシャワーだけ浴びて出れば、9時に桜木町に戻ることができる。そうすれば荷物だって置けてしまう。これで朝の栄養バランスもばっちりだ。寝不足で思考力の低下した脳に理性的な判断など望むべくもなく、つい東京に向かってしまった僕の、明日はどっちだ。

8月 6日
東京に向かう京浜東北線の車内には、なぜかカラオケを歌いに行った面子全員の姿があった。川崎に住む細木さん、住田はまだともかく、小田原方面在住の堀川が何故ここに。聞いてみると実に楽しい答えが返ってきた。「山手線を3周しようかと思いまして」。理にかなう実に正しい判断だ。

東京駅に堀川を置き去りにしたまま、西葛西の自室に着いたのは午前6時過ぎ。すぐにシャワーを浴び、着替え、再び横浜に向かう。自分が何をやっているのかという疑問は居眠りしているうちにやり過ごしたから大丈夫だ。O.K.合理的。

桜木町で田中香織さん、藤澤さんと待ち合わせ、例の車で、パシフィコ横浜に向う。コミケでは毎回好評を博し、SF方面でもやねこんで大ブレイクした藤澤さんの愛車だが、今回は環境条件が悪すぎた。駅から会場まではわずか数分間、車で会場に向う道は歩行者と大きく異なるためその筋の観客も少ない、駐車場も地下にあり観客から隔離されている、と受けるには不利な条件が揃い踏み。やねこん会場で受けた嵐の絶賛の再現は望むべくもない。そんな中、小さい子がこちらを怪訝そうに見つめながら、親の注意を引こうと努力する姿は印象に残った。きっと、
 弟「お母さん、ピカチュウが走ってるよ」
 母「(そちらを見ようともせず)はいはい」
 兄「(同じく弟の方だけを見て)馬鹿だなあ、そんなわけないだろう」
 弟「だって本当にいるんだもん」
 父「(声だけを聞きながら)はは。子供は無邪気だなあ」
などという会話がなされていたのだろう。きっとこれをきっかけに、自分の行ったことなんて信じてもらえないんだと、ひねくれていってしまうに違いない。ああ、なんて罪深いことを。< かってに話を作らないように

会場到着後細々としたことをしていたので若干遅れたが、なんとか小浜徹也の前口上の間に「達人たちが教えるインターネット時代に英米SFのモノと情報を入手するためのFAQ」の部屋に到着。「通信カラオケの部屋」にも惹かれるものがあったが、似非海外SFマニアの対面を守るためには、これを聞かないわけにはいかないのだ。
で、結果としては期待通りというかなんというか。何の偶然か、回答された質問の半数近くは興味があるか、興味があるかもしれないと思える質問だったので、大変楽しく聞くことができた。が、しかし他の参加者が満足していたかどうかはよくわからない。会場からの質問を募っても全く出なかったのは、ちょっとどうか。
とりあえず、最も印象に残った回答は、面白い作品を探すコツは「とにかく読んでみること」というもの。そらそうだ。

「ジャンル対抗「最強」決定戦:SF・ホラー・ミステリ・ファンタジー史上最大の決戦」を冒頭だけ覗いて、各出場者の「わるもの」を確認した後、「水木一郎コンサート」会場に向かう。会場前はいきなりの大行列で、あまつさえ整理券番号など存在しません問いう落ちつき。若い番号ですっかり油断していた人達はかなりかわいそうだった。
準備に時間がかかったか始まるまでに大分間があったが、会場司会の見事な機転で場の緊張が保たれたので、コンサートは冒頭から大盛り上がり。「まぁーっはろっどで、ぶろろろろぉーー、ぶろろろろぉーー、ぶろろろろぉぉぉ!!!」といきなり、バロム1の主題歌が流れはじめたときには、みな既にええかげんに出来上がっていた。もちろん、その後もハイテンションは続く。手拍子を打ち、叫び、腕をふるうちにどんどん違う世界に行ってしまうのだな。また、選曲も絶妙で、メジャーにすぎず、マイナーにすぎず、SFファンの選良意識を微妙にくすぐるラインナップになっていた。さすがはアニキ。

コンサート終了後は、深上鴻一さんと久しぶりに話をしたり、手に入れ損ねた資料を求めて歩き回ったり。ぐるぐると色々時間を潰した末に、暗黒星雲賞を見て、インディーズSF映像大賞授賞式を見て、そのままぼーっとしているとエンディング。過剰な混雑は割と怖かった。

なぜか参加者の投票を募る事になった2003年SF大会開催地選挙にも投票し、これでやっと無罪放免。例によって例の如く名大OB勢で集まって、中華街まで飯を食いに行く。SF大会に参加して、地元の観光をしたのは初めてだな。

なんせ睡眠時間が1時間未満なので、この頃にはすっかりばてぎみ。中華街でもちゃんとくだらない事を話し続けたはずだが、いまや一切覚えちゃいない。ああ、肉饅と豚饅についてとか、お好み焼きの地域分布についてとか話していた気はするなあ。

近所の中華料理屋とさほど味の変わらない店で飯を食った後、西葛西に戻り、そのまま泥のように眠った。

……「泥」ってどんな風に眠るんだ?

8月 7日
本来の夏休みは昨日までだが、休み疲れを癒すため、有給を利用してもう1日休み。魔性の女に振りまわされたこともあり(笑)、結局、休み前の計画は微塵も実行されずに終わった。振り返ってみると、海水浴後はずっと、雑学集を読んでいるか、炎症を治療しているか、皮を剥いているかだったような。まことにもって非建設的な10日間だった。

そんな中、例え一歩でも前進しようと殊能将之『美濃牛』(講談社ノベルス)を読了。前作に比べるとまとまりに欠けるか。プロローグの男の様子が読了後必然と感じられない点、時折起こる地の文の転調の必要性が理解できない点、など納得できない点が複数残っているのもマイナス材料。ただ、センスの良い語り、厭味にならない博識、多彩な音楽に関する言及など美点は健在で、全体としては楽しめた方。
「現代において横溝正史を再演することの難しさ」というのもテーマの一つだと思うのだが、横溝作品を読んだことがないため、この点はよくわからなかった。機会があれば横溝正史の代表作を通読した上で、再読したいところ。
しかし、本格ミステリに対する愛情と冷徹な批評家眼によるパロディとしての本格、というまとめかたをすると、ミステリ作家・スラデックにあまりにも似てしまいますね。

8月 8日
10日ぶりにブロードウェイビルを歩いてみると、サンリオショップと美容院の間が、いつのまにか画材屋というかスクリーントーン屋になっていた。中野おたく化計画は休むこと無く進行中であるらしい。万が一まんだらけ中野店の自社ビル移転の噂が本当になったら、廃墟になるんじゃないか、このビル。

帰りに高田馬場芳林堂により、唐沢なをき『電脳なをさん』3巻(ASCII)、一條裕子『犬あそび』(ビッグスピリッツコミックススペシャル)、藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄 SF短編PERFECT版』1巻(小学館)、内藤泰弘『トライガン・マキシマム』4巻(ヤングキングコミックス)を買い、電車の中で『電脳なをさん』を読む。
i-mac発売からe-one騒動にかけての、アップルが市場の話題を攫っていた頃の作品だけあって、随所に「こんなはずでは」という作者の戸惑いが感じられる。だから、マイナー好きは始末に負えないというのだ。
例によってネタのバリエーションは豊富。コグマノコロスケからテレタビーズまでフォローしなきゃならないのだから読者も大変だ。中では、サイボーグ009天使編のパロディがよかった。ああ、つくづく石ノ森章太郎の早逝は惜しまれる。

8月 9日
「本の雑誌」9月号を買う。
大森望の新刊めったくたガイドの見出し、「不動の四番バッターが放つ直球ど真ん中SFに覚悟!」ってのはどう理解すればいいんだろう。不動の四番バッターなのも確かだけど、実はピッチャーでもあったという落ちか?

『犬あそび』を読む。犬を飼えない主人公が犬のいる生活を妄想するという、いかにも一條裕子的な連作。主人公ヒサツグの、妄想を膨らませるばかりで、実現への努力は極力回避する姿勢は、実に共感がもてる。そうだよ、そうなんだよなあ。うんうん。< 何事か納得しているらしい

8月10日
ああ、ちょっと色々と面倒なことを知る。めんどくさいなあ。

SFマガジンを半分ほど読む。
野尻抱介「喪われた思索」は今ふたつ。あの展開から、異星人とコンタクトが取れてしまうのはどうかと思うんだが。解説してもらうのではなく、自力で謎を解いているのなら、もう少しカタルシスが得られたのでは。解こうとして失敗に終わるだけだったとしても。

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