古典主義者スタンダール 新宿ピカデリーへ映画「アマデウス」を観に行った。ストーリー自体は面白く、息つく間もなく二時間四〇分過ぎた。しかし、僕には、やはり音楽だけで充分だった。あのミュージカル俳優か何かのようなモーツァルト役の役者の演技を真剣に観る気はしなかった。ただ、「レクイエム」の一節が出てくると、モーツァルトの魂の肉体からの悲痛な袂別が僕の頭に浮かび、パパゲーノや夜の女王の歌が出てくると、人の生きる姿の自然な清らかさが思われて、何度も涙があふれそうになった。 家に戻って小林秀雄の「モオツァルト」を読み返してみると、小説「パルムの僧院」の主人公ファブリス(即ちそうした「人間の典型」を作り出したスタンダール)とモーツァルトの人間像の類似が示されていた。蓋し、卓見である。 スタンダールことアンリ・ベールが生きたのは、まさにフランスの激動の時代であった。彼が六歳の時フランス大革命が勃発した。十六歳から三十一歳の人格形成期はナポレオンの天下であった。ナポレオン失脚後の王政復古が四十七歳の時まで続き、一八三〇年の七月革命を経たルイ=フィリップの治世に五十九歳で彼は世を去っている。スタンダールは共和制がフランスに根付くのを見ることはなかった。 スタンダールの人生の軌跡は「ロマン派」そのものである。兵士として、敬愛するナポレオンの軍隊に挺身し、いくつものドンファン的恋愛に自らを投じ、結局生涯独身で終わっている。「パルムの僧院」に登場する女性たち(クレリア・コンチやサンセヴェリナ侯爵夫人)の心理の微に入り細に渡る描写は、スタンダールが相当の恋愛遍歴の持ち主であることを物語っている。そして、ワグナーに似た、典型的芸術家肌の面、つまり、自己中心で社会性を欠いた、わがまま放題の「文士」「芸術家」の面がある。ファブリスを、「イタリア一の美男子」に描くのは、明らかにスタンダールの強烈なナルシシズムであり、ファブリスが美しい叔母のサンセヴェリナ侯爵夫人の保護愛を受けるのは、明らかにスタンダール自身がそうした保護愛を希求していることの現れであり、太宰治にも似た「文士の甘え」である。 ただし、知人からの借金を踏み倒し、弟子の妻を我が物にしたワグナーとの大きな違いは、スタンダールには、限りない優しさ、含羞、そして絶対的な純粋さがあることである。ワグナーの如く、煮ても焼いても食えない絶対君主のような横柄さはない。スタンダールの無軌道とも見えるロマン派的人生には、彼の生まれたままの純粋さがきらめいている。 小林秀雄は、スタンダールをモーツァルトともども「裸形になった天才」と表現する。スタンダールの優しさ、含羞、純粋さは「自我たらんとする極めて意識的な強烈な努力」の現れであり、「虚偽から逃れようとする彼の努力は凡そ徹底したものであり、…(中略)…未だ世の制度や習慣や風俗の嘘と汚れとに染まぬ、と、言わば生まれたばかりの状態で持続する命を夢想する」ほどの純粋さなのである。スタンダールは、職業的小説家を志して、着々と目的に向かって計算づくで生きたわけではなかった。彼はあれこれの役割と化した職業人たる人間ではなく、全人格の現れたる原初の人間を志したのである。だから、「もし彼がどこかで恋愛に成功していたら、或いは、ナポレオンの帝国で成功していたら、彼は小説など書かなかったかも知れぬ」のである。スタンダールの化身たるファブリスは、天衣無縫の自然児であり、「大胆で、柔順で、優しくまた孤独な、自分の魂の感ずるままに自由に行動する人間、無思想、無性格と見えるほど透明な人間」なのである。 スタンダールは、政治思想的にはフランス革命とナポレオンに深く傾倒し、アンシャンレジームを憎んだ自由主義者であった。しかし一方で、彼は、こと音楽では、メユール、ケルビーニ、ルシュール、ベートーヴェンといった「革命の音楽家」ではなく、チマローザ、モーツァルト、ハイドンら古典派を好み、古典の真価がわかる人であった。およそ革命の精神から程遠いアンシャンレジームの代表的芸術とも言うべきオペラブッファが大好きな人であった。アンシャンレジームと革命の時代の両方を生きたパイジェッロについて、スタンダールが言及するのはパイジェッロがアンシャンレジームのために書いたオペラのことだけで、ナポレオン即位式の音楽の書き手としてのパイジェッロは無視している。 「パルムの僧院」の後半の大夜会の場面で、クレセンチ侯爵と結婚して間もないクレリアに会わなければならないファブリスの責め苦を慰めるのは、さる夫人の歌うチマローザのオペラセリア「オラーツィ家とクリアーツィ家」の中のアリア「いと優しき瞳よ」であり、ペルゴレージの歌なのである。それらは「昔たいへん流行った」歌であり「時代遅れの音楽」である、と、韜晦家スタンダールは古典派音楽への愛を隠そうとしているが、この小説中では、モーツァルトやチマローザが要所要所に登場して、ファブリスを、つまりはスタンダール自身を慰撫しているのである。 スタンダールは、歴史上、モーツァルトの真価を最初に理解した人である。ロマン派音楽の自意識が肥大化した「悲しさ」ではなく、人間の生きる自然な姿としての「かなしさ」をモーツァルトの中に見出した最初の人である。このことを以ってしても、彼がいかに古典派音楽の真髄に通暁する感性の持ち主であったかが理解されよう。 もちろん、音楽に限らない。古典への愛は、例えば、絵画ではコレッジオへの深い愛となって現れ、文学では、シェークスピアへの愛となって現れる。「リアリズム文学の徒スタンダール」という解釈は単なる伝説にすぎない。彼は最上の古典主義者である。 では、スタンダールの、革命とナポレオンを熱烈に支持する政治思想は一体何なのか?
物語前半で、逃走中のファブリスは、密かに故郷に帰り、ブラネス師に逢い、教会の鐘楼で一夜を明かし、コモ湖の風景に向き合う。
「この崇高な眺めは、まもなく他の全ての眺めを忘れさせ、ファブリスの中に高い感情を呼び覚ました。それは彼の中に、この上なく高い感情を目覚めさせつつあった。子供の頃のあらゆる思い出が群れを成して彼の思いを襲ってきた。そしてこの鐘楼の中の牢獄の一日は、おそらく彼の生涯の最も幸福な一日となった。」
このように、美しい自然と向き合うことで深い精神のカタルシスを味わうような人が、どうして人工的産物たる革命思想、無神論の文化、啓蒙思想が行き着いた果ての世界に安住できようか。
ファブリスは、スタンダールが、ギリシア彫刻やロマネスクの古典美を近代(彼にはその全貌は見えていない、理想化された近代)の衣装でくるもうとした美しい造型なのである。
(それにしても、フランスは何故王を殺したのだろうか? 貴族と自国文明の独自性と伝統にあれほどこだわる国なのに…。ルイ十六世の王政の腐敗、暗黒面、さらに王政復古した後のルイ十八世やシャルル十世の統治が良くなかったのは事実だろう。だからこれは歴史の必然ととらえることはできる。しかし、ロベスピエールの保身や都合で王を殺した面はないか。歴史の偶然が誤って王を殺してしまったとも言えるのではないか。)
(一九八五年二月一一日)
スタンダール(一七八三年〜一八四二年)
フランスの作家。十八世紀啓蒙思想の影響を受け、明晰な心理分析を駆使して「赤と黒」「パルムの僧院」などを書く。バルザックと並び、近代フランス文学の創始者とされるが、生前はほとんどその名を知られることはなかった。
モーツァルト(一七五六年〜一七九一年)
「モーツァルトの音楽、ベートーヴェンの音楽」の項参照。
チマローザ(一七四九年〜一八〇一年)
ハイドン、モーツァルトと同時代のナポリ楽派の代表的オペラ作曲家。イタリア各地のほか、ロシア、オーストリアでも活躍。七十六曲のオペラ以外に、チェンバロ曲、教会音楽などを残した。
パイジェッロ(一七四〇年〜一八一六年)
チマローザ同様、ナポリ楽派の代表的オペラ作曲家であったが、一八〇二年にはナポレオンに招かれてその皇帝就任の戴冠式の音楽も作曲している。オペラ以外にも器楽曲、教会音楽を多数作曲した。
コレッジオ(一四九四年頃〜一五三四年)
イタリア・ルネサンス期の画家。優美で洗練された画風。あたかも音楽が聞こえてきそうな清朗さと優しさに満ちた自然を描く一方、大胆に短縮法を用いた天井画制作の開拓者でもあった。「聖カテリーナの結婚」(ルーブル美術館在)などが代表作。
シェークスピア(一五六四年〜一六一六年)
イギリス・エリザベス朝時代の偉大な劇作家。悲劇、喜劇、史劇と、あらゆる分野に優れた作品を残し、現在も全世界でその作品が上演されている。言葉の豊富さと性格描写の精妙さは演劇史上類がない。「ロミオとジュリエット」「真夏の夜の夢」など。
〈参考にした文献〉
スタンダール「パルムの僧院」大岡昇平訳(新潮文庫)
鈴木昭一郎「スタンダール」(清水書院
:人と思想シリーズ五十二)小林秀雄「モオツァルト」(新潮文庫)