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「古典派からのメッセージ・2001年〜2002年編」目次へ戻る
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日下公人氏の慧眼

 

 僕が今取り組んでいる人事改革の仕事のヒントになるかと思い、日下公人氏の「人事破壊」なる本をあらためて通読した。大変面白かった。この人は真のリアリストである。この本が書かれた一九九四年という時点で、今後十年はデフレ時代であると断じているのは慧眼である。これほど明快に未来の見立てをするエコノミストはそういない。さらに、インフレに慣れ親しんだ現代日本人に、デフレ時代とはどういうことが起きるのかを具体的に示してくれている。

 本書の前半では、新しい状況に対応できていない日本企業の姿が、数々の具体例で示される。インフレと経済成長を前提とした企業人事の行き過ぎた平等主義や官僚化の弊害、責任を取らない経営者、それらがもたらす企業のぬるま湯体質、企業家精神の欠如、そうしたことの積み重ねによって、企業に「夢」がなくなったこと…。この辺のエピソードの取り上げは、著者の取材力や人脈や歴史研究が生きていて、読み物としてもとても面白い。

 一方、需要の成熟した新しいデフレ時代は、何よりも、消費者主権の時代であり、消費者の注意を惹く魅力あるサービス、商品を開発できる企業家こそが最も偉大な存在となる。「一番優秀な人は実業家になる」時代が日本にもやって来ている。企業人事も、そうした人材を育成するような仕組みに変えてゆかなければならない。企業の中枢を担うコア人材とその周りを肉厚に囲む流動的なスペシャリスト集団とさらに外延のルーティンワーク担当集団といった人材ポートフォリオのイメージとか、処遇にはうんと差をつけるべきであるとかいった見解は、今となってみれば特に珍しいものではないが、実際に人事を変革するのはいかに困難な事か、現場に立ち会っている僕としては、向かうべき方向をあらためて確認できた次第である。

 いずれにせよ、日下氏は、ソフト化経済という視座から世の中をとらわれなき目で観察できる鋭いリアリストである。その言説は大いに注目に値する。

平成一三(二〇〇一)年八月一二日