次の文章へ進む
前の文章へ戻る
「古典派からのメッセージ・2001年〜2002年編」目次へ戻る
表紙へ戻る

 

仏教者よ、立て!

 

 ニューヨークの超高層ビルなどアメリカ中枢部に対して、イスラム過激派(と思しき者たち)が旅客機をハイジャックして突入し、超高層ビルが崩落するという驚くべき事件が起こった。この自爆テロを見て感じたのは、キリスト教もイスラム教もユダヤ教も、ゾロアスター教から出た一神教であり、「憎悪の宗教」である、ということである。尤も、カトリック作家である曽野綾子さんによれば、イエスの説いたキリスト者の本来のあり方は、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出せ」というものであり、報復はキリスト者のあり方ではないとのことだが(「諸君」二〇〇一年一二月号の対談)、現実にはキリスト者と称する人たちによる報復攻撃が行われようとしている。

 今こそ、一神教とは異なる仏教の原理、「万物への慈悲」の思想を世界に向かって称揚すべき時である。仏教は、全知全能の神や創造主の存在を否定する。ブッダは何も創造していない。ただ真理を発見し、それを私たちに教えたのである。仏典の「恨みに報いるに恨みを以ってしたならば恨みの消えることはない。恨みを捨ててこそ止む。これは永遠の真理である」という言葉は、仏教が持つ深い可能性を示している。

 僕の目には、このアメリカとイスラム過激派の報復戦争は、イスラエルとアラブの戦争と同じく、オキシデントの世界の人たちの長期にわたる殲滅戦と映ずる。我らオリエントの民は、直接の利害の対立も思想の争いも持たない立場から、誠意ある仲介の労をとるべきであろう。それこそ仏教者の責務であると思う。日本の、そして世界の仏教者は、今こそ「宗教戦争」の無意味なることをオキシデントの世界の人たちに説いてまわる時だと思う。

平成一三(二〇〇一)年九月一九日