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「古典派からのメッセージ2001年〜2002年編」目次へ戻る
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クリスティアン・バッハをめぐる対話

 

 掲示板に、古典派のマイナー作曲家をこよなく愛する方からのメッセージが届きました。古典派好きにはとても楽しい、以下のような内容です。


「アマデウスの周辺」 投稿者:すえだま(投稿日:平成一四(二〇〇二)年五月二二日)


 初めまして。三〇歳の男性です。突然ですがお手紙を差し上げます。クリスティアン・バッハについて検索をしていたところ、貴方のサイトを偶然みつけました。私が愛してやまないクリスティアンやミヒャエル・ハイドンについて、やさしい言葉を書いておられるのを読ませていただき、嬉しくなりました。私も貴方と同様、ヴォルフガング・モーツァルトや彼と同時代の作曲家の作品がとても好きです。(もちろん一八世紀後半の音楽だけでなく、バロックを含めあらゆる曲が好きなのですが。最近ではルネッサンス近辺の宗教曲に夢中です。月並みですが、デュファイ、パレストリーナ、ヴィクトリア、モラーレス、バード、ギボンズといった作曲家たちをこよなく愛しく思います。)

 実は、最近とてもよいCDを入手したんです。THE NETHERLANDS BACH SOCIETYによるモーツァルトのレクイエムのライブ録音なのですが、カップリングで収録されている曲が、クリスティアンの手によるレクイエムなんです。私はこのクリスティアンのレクイエムにすっかり心酔してしまいました。この曲はイントロイトゥスとキリエ(BOOKLET解説ではディエス・イレの断章もレクイエムに含まれていることを示唆。ただしニューグローブの作品目録では別作品扱い)のみですが、両曲とも音の一つ一つがきらきら輝き、泉のように深いいつくしみであふれ、私の心を豊かに抱きしめて離さないのです。私は何度も何度もこの曲たちを聴き、そしてその度に喜びと感動で満たされ、今にも天にも上るような気持ちです。編成は四声のダブルコーラスにオーケストラ(オーボエとホルンを含む)。感動的なイントロイトゥスに続くキリエのフーガには、もちろんお父さん(筆者注:クリスティアンの父、ヨハン・セバスティアン・バッハ即ち大バッハのこと)の厳格さはみられないけど、美しくささやくようなモティーフが、ヘンデルを思わせるようにドラマティックに効果的に用いれら、聞く人の心を最大限にまで高めてくれるのです。

 ああ、愛しいクリスティアン。どうしてこうも、彼の曲はいずれもやさしく暖かく、そしてこんなにも洗練され豊かな趣味に満ち溢れているのでしょうか。そのように書くのは愚問ですね。勝手なことばかり書いてしまいました。ごめんなさい。もし貴方がまだ聴かれていないようでしたら、ぜひ聴いていただきたいと思います。新宿のタワーレコードの視聴コーナーで紹介されていました。演奏も洗練されていてとても優秀です。それでは。

 

このメールに、次のような返しをさせていただきました。


「ロココの雅 ヨハン・クリスティアン・バッハ」(平成一四(二〇〇二)年五月二五日記す)


 「すえだま」さん、楽しいメールをありがとうございました。「すえだま」とは、モーツァルトの名前「アマデウス」のアルファベット綴りを逆読みしたものですね。昨日さっそく「すえだま」さんのお勧めCDを入手しました。確かにこの演奏は素晴らしいですね。モーツァルトのレクイエムも、情念どろどろにならず、古楽器らしいメリハリの効いた好演だと思いました。クリスティアン・バッハのレクイエム断章もこの人らしい優しさに満ちた佳曲ですね。

 大バッハの末息子、クリスティアンについては、ドイツのCPOレーベルで管弦楽曲の集大成企画が進行中ですが、この企画は、ベルリン時代の意外に深刻なチェンバロ協奏曲や様々な管楽器のための楽しい協奏曲など、発見の多い好企画です。また、クリスティアンには室内楽にも素敵な作品がたくさんあります。例えば、作品一一や作品二二の五重奏曲たちは愉悦に満ちたロココの佳品です。特に有名な作品二二の一(ニ長調の五重奏曲)は小生の愛して止まない曲です。クリスティアンの声楽曲、特にオペラがもっと演奏されてほしいものです。彼のオペラで全曲録音された曲はまだ無いのではないでしょうか。もしあったらぜひ教えて下さい。

 

このメールにさらに「すえだま」さんから次のような熱烈なお便りをいただきました。


「クリスティアン賛歌」 投稿者:すえだま(投稿日:平成一四(二〇〇二)年五月二七日)


 生方さん。こんばんは。返答をいただき大変嬉しく思いました。私と同じようにクリスティアンを愛してくださっているのを感じ、私も喜びにあふれるようです。確かに、彼にはやさしくて、軽やかで、すなおで、いつくしみあふれる愛情が一番よく似合います。クリスティアンのレクイエム、楽しんでいただけたようでなによりです。それから作品二二の二長調のクインテットがお好きということで。とてもいいですよね。こうして書いてる間にも情緒あふれる真中の楽章が思いだされ、耳を傾けると思わず心がとろけてしまうようです。弦のピッチカートに乗って漂うあのフルートの旋律のそよ風。一転して短調の中間部で深く豊かに歌うチェロ。オスティナート風に繰り出すチェンバロの感情に満ちた起伏と交錯。クリスティアンを聴いてると、いつも彼のあたたかい体温を感じます。その暖かさは決して二〇〇年経った今でも冷めないのですね。彼の優雅で高貴な光は明るいまばゆい。でもその輝きは決して作りものや形だけのものではなく、彼の心とともにお空に高く高く飛翔するのです。光の裏に影があるように、彼の心にも暗く切なくなるときがある。それが明るいパッセージの裏にちらりちらり顔をのぞかせる気がして。すると私は彼のことが愛しくて愛しくて涙が出てきてしまうのです。ホント彼の音楽を聴くと、彼の音楽を聴くためにこの世に生を受けた喜びに満たされて、感激で胸がいっぱいになってしまうのです。

 あまり自分だけ感激しても話が進みませんよね。本題にもどります。ちなみに私は作品一一の二長調のクインテットが好きです。第一楽章に表れるフルートとオーボエのかけ合いは恋人のささやきのように私の心をとろかします。中間部で同じパッセージが今度で短調で再現されると、心が切なくキュンとなってしまいます。ああ、ホント、クリスティアンはもう私の心のすべてなんです。そう、演奏はピノックのものを持ってます。私のお気に入りです。

 それから、オペラについてですが。うろ覚えで申し訳ないのですが Amadis de Gauleというオペラの全曲CDが、大昔に店頭にならんでいたような気がしました。ただ、私は食わずぎらいでそのCDは持っていません。私はやはり古楽器による演奏が好きです。もちろん、古楽器ならばなんでもよいというのでもないですけど。音楽に限らず何でもそうですが、古典を味わうには、豊かな感性よりもまず素養が必要なのだと思います。そうでないとその解釈は無知と趣味の悪さの泥塗りに堕する可能性があるから。古楽器を学んでる方々はある程度その辺がクリアされているのだ、という私の経験上の勝手な思い込みで古楽器演奏家を選んでます。それでAmadisはどうやら古楽器奏者ではなかったのではないかしら?でもそのことも含めて私は聴いたことがないので判断もできない状況です。

 オペラで印象深いのは、オリオーネです。もっとも、これは楽譜です。(CDは出ていないように思います。)アメリカに留学していた六年ほど前のある日のこと、街の古本屋さんに入ると、なんと彼の四八巻の作品全集のうちオリオーネの巻が叩き売られているではありませんか。しかも一〇ドルと二束三文です。おもわず買ってきゅっと抱きしめました。以来それは私の宝物です。オリオーネのシンフォニアはホグウッドの名演奏がありますね。でもアリアもみんなステキなものばかりなんです。そのほか、個人的に今度ぜひ読んでみたいのは「ルーチオ・シッラ」。そのほかオペラアリアで思いつくのは Non so d'onte viene何処より来たりしかを知らず。演奏は聞いたことがありませんが、テリーという人が書いた有名な研究書に付録として楽譜が載せられていて、読んでてクリスティアンを思い涙がでました。

それから私がもってるCDでVauxhallで歌われたアリアを集めたものがあります。曲と伴奏オーケストラはいいのですが、肝心のソプラノはビブラートが強すぎて私の好みではありません。カークビーのような演奏が大好きです。

それから、話がそれますが、クリスティアンはグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」の編曲も行っています。なるほど、彼がヴォルフガングと同じようにグルックを愛したことはよく理解できます。私もグルックは大好きです。オルフェオはクイケンのCDが私の大のお気に入りです。生方さんもお好きでしょうか。

 器楽や宗教声楽曲についてもっともっともっと書きたいですが、それはまたの機会に譲りたいと思います。ミヒャエル・ハイドンについても書きたいことがいっぱい。それもこの次ということにします。長文失礼しました。おやすみなさい。