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「古典派からのメッセージ・2003年〜2004年」目次へ戻る
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私の能楽メモ(二〇〇三年)

 

満開の桜の幻影

 北陸地方は今が桜の盛りです。きょうは石川県立能楽堂へ金沢定例能を見に行きましたが、ちょうど演目に「嵐山」がありました。吉野から移植された京の嵐山の桜を、吉野の神々が守護し、あわせて衆生・国土を守ると誓いつつ舞を舞うという物語で、雲に見まがう満開の桜の嵐山を背景に、木守・勝手の男女二神が華やかな相舞を見せた後、蔵王権現が現れてダイナミックな所作を見せます。本日のもうひとつの演目「加茂物狂」における怨恨昇華の玄妙な舞のような深みはありませんが、まことに見て楽しい舞台でした。嵐山の満開の桜の幻影が消えやらぬままに通りに出ると、兼六園と金沢城の間のお堀通りや白鳥路も桜のアーチで覆われ、小生は引き続き能舞台の夢の中にいるような心持ちでした。

平成一五(二〇〇三)年四月一三日

 

能の演出について

 能は、動きが少ないぶん、言葉(セリフ)が命である。歌舞伎と違って、能は、台本自体が、平安文学(源氏物語、伊勢物語、平家物語など)を下敷きにし、縁語、掛詞、序詞などを駆使した重層構造を持つ立派な文学作品なのだ。

 ところが現代人は言葉への感覚が鈍化し、かつ、古典的教養は衰弱している。しかし逆に現代人は映像文化の中で育っているため、映像に対する感覚は鋭敏である。今日、能を演ずる時、邪道かも知れぬが、こうした時代の変化を考慮して、映像面での演出が必要だと感じる。具体的には、照明の具合を曲によって調節するのだ。能はどんな種類の曲でも一定の明るさで舞台を照らしているが、少しほの暗い照明の方が効果がある曲も多いと思う。

 さらに邪道ではあるが、演能時、現代語翻訳付きの字幕を用意したらどうだろう。こうした工夫で、能のファンは格段に増えると思う。潜在的に若い人の能への関心は高いと思う。そうした若い人たちを能に引き込むには、映像面でのわかりやすく効果的な演出と、詞を理解させるための現代語訳付きの字幕とが不可欠だと考える。

平成一五(二〇〇三)年五月二四日

 

燭火能「羽衣」を観る

 先週の土曜日は、能登半島の東の付け根にある氷見(ひみ)の円照寺で催された燭火能を見物に行きました。浄土真宗の寺である円照寺の、蓮如上人没後五百年の行事の一環として奉納されたものです。蝋燭の光の中で「羽衣」が演じられましたが、漁師から返してもらった羽衣を着けて舞う天女の表情がことのほか喜悦に満ちていたように感じられました。「羽衣」は、とりわけ明るい印象の残る能ですが、その理由は、三保の松原の長閑な春の風景に加えて、登場人物たちの性格にあるのではないかと小生は感じています。ワキの漁師、白龍(はくりょう)は、羽衣を取られて哀しむ天女の姿を見て痛ましく思い、家宝にしようとした羽衣を天女に返してしまうような、欲の無いやさしい男ですし、シテの天女は、好天に誘われて、大切な羽衣を松の木に引っかけたまま水浴びでもしていたのでしょうか、陽気でおっちょこちょいな憎めない女性を小生は想像します。こんな二人のキャラクターがとりわけこの能を明るい印象にしているのではないでしょうか。

平成一五(二〇〇三)年五月二五日

 

「上求菩提、下化衆生」

 風邪をひいて行った近所の病院の待ち合いで金沢の地元情報誌「アクタス」をめくっていたら、当地の能楽師のおひとりが、自分の芸における信念は「上求菩提、下化衆生(じょうぐぼだい、げけしゅじょう)」であると述べておられた。この仏教用語の意味するところは、「上を仰いで常に菩提(ここでは能の理想の姿ででもあろうか)を求め、下を見て後進の人々を化する(教育する)」ということである。「上求菩提、下化衆生」は、宗教家や芸人だけが持つべき心がけではあるまい。人生は須らく人間修養の場だとすれば、我々もまた修行者として、上には菩提(理想)を求めてやまず、下には導きの慈悲心を発揮することは、全ての人間の本来の姿であるとさえ言える。自然に胸に収まる美しい言葉だ。

平成一五(二〇〇三)年七月一日

 

狂言「仏師」と能「半蔀(はしとみ)」

 先週、能楽堂の「観能の夕べ」で、狂言「仏師」と能「半蔀(はしとみ)」を観ました。狂言「仏師」は、掛け合い漫才のルーツのようなスピード感あふれる楽しい寸劇。対照的に、能「半蔀」は、「源氏物語」夕顔の巻に題材を採った、動きが極端に少なく、かつ、遅い、静的演劇の極致ともいうべき作。シテ(夕顔の女)は我が師匠の藪俊彦師が演じられました。藪先生曰く「拷問に近いほど静かでのんびりした」この「半蔀」は、しかし、源氏物語や周辺の和歌のみならず、和漢朗詠集や新撰朗詠集といった漢詩まで踏まえた、格調高く、凝りに凝った台詞が素晴らしく、能を離れてこの詞を朗読しても味わい深いものがあります。また、地謡が「(夕顔の君は)香を焚き染めた扇の上に夕顔の花を折り取って源氏にまゐらせた」と謡う場面でのシテの所作は、ハッと息を呑む美しさでした。いずれにせよ、幽玄そのもののこの曲は、小生の鑑賞力や古典教養ではまだ充分味わうには至りません。観劇を重ねて、いつか、この種の幽玄能を味わえるようになりたいと思います。

平成一五(二〇〇三)年八月九日

 

「七騎落」「葛城」「梅枝」を観る

 きょうは能楽堂へ金沢能楽会の別会能を見に行きました。きょうの別会能では三曲の能が演じられました。はじめの「七騎落」は、敗走の舟から誰か一人犠牲にして降ろすよう源頼朝に命じられた土肥実平が、降ろすのは自分の息子しかないと悟り、主君への忠義と子への愛情の狭間で苦しむという、いかにも往時の武士たちに受けそうな主題。緊迫感としみじみした情愛に彩どられた曲ですが、登場人物が多くにぎやかで溌剌とした雰囲気もあり、ハッピーエンドで終わるのも爽やかです。

 二曲目の「葛城」は、戒めを受けていた大和国葛城山の女神が、山伏の祈祷で救われる物語です。シテの薮俊彦師のイメージ造型力の素晴らしさに感動しました。雪を頂いた笠を被り、雪の着いた柴を背負ってシテ(里女じつは葛城山の女神)が橋掛かりから登場すると、舞台がしんしんと降り積もる山の雪景色に一変するのです。もちろんそれは観客の幻想にすぎませんが、舞台効果装置の無い能では、こうした強烈なイメージを観客に喚起するのは、シテの一種の気迫としか言いようのない鍛練の成果によるものなのです。心に苦しみを宿しながらも山伏に暖を取らせる里女の風情からも、実際にパチパチと囲炉裏の火の燃える様子さえ目に浮かぶようでした。

 打って変わって、戒めを解かれた後半の女神の喜びの大和舞いは、実に華やかで優美なものでした。巫女を模した緋の長絹を穿いた装束の美しさ、清潔さを象徴する女面のたおやかさに目を楽しませていただきました。

 解説書によれば、「葛城」は「世阿弥作と言われるが確証は無い」とありましたが、高い詞の調子や凝った言葉遣いは、世阿弥そのもののように小生には感じられます。例えば、

    肩上の笠には無影の月を傾け、

    担頭の柴には不香の花を手折りつつ…

    (雪の降り積もった笠は影の無い月を傾けたようであり、

    担った柴の雪は匂わぬ花のようである…)

というような素晴らしく映像的な詞は、世阿弥の天才からしか生まれ得ないように思えます。

 三曲目の「梅枝(うめがえ)」は、雅楽の楽人であった夫を殺された妻の執心が、旅の僧の読経によって癒されてゆく物語。後半で、楽人の装束を着けた女の亡霊が、夫の遺品である太鼓を打ちつつ舞楽を舞う様が、哀しくも印象的でした。

 ところで、きょうの地元紙で、当地の大鼓方の第一人者、飯島佐之六師が五十九歳の若さでお亡くなりになったとの記事を見ました。きょうのプログラムでも一曲目は飯島佐之六師が演奏されることになっており、実際には長男の飯島大輔さんが代役を務められました。父親の通夜という日にも父に代わって演奏するとは、芸の道は厳しいものだと思いました。ご冥福をお祈りします。

平成一五(二〇〇三)年九月七日

 

「三輪」と「小鍛冶」を観る

 先週末は金沢定例能があり、「三輪」と「小鍛冶」の二曲を鑑賞しました。「三輪」では、後半に、杉林を模した作り物から現れる三輪山の神の面(おもて)と巫女姿の装束が、はっと息を呑む美しさでした。「小鍛冶」は、刀鍛冶工である小鍛冶宗近に剣を打つよう勅命が下されますが、宗近は相槌打ちが居ないことに途方に暮れ、稲荷明神へ祈祷に行くと、不思議な童子が現れて日本武尊の草薙の剣の故事などを語って宗近を励まし、ついには神姿となって現れ宗近の相槌打ちを務め一緒に剣を打ち上げるという物語です。こちらも稲荷明神が人間を助けるお話ですが、昔の刀鍛冶工たちの心意気が伝わって来るような、きびきびしたテンポの曲です。後半で一緒に剣を打つ所作も、シテとワキが切れ味よく演じて、とても清々しい印象が残りました。

平成一五(二〇〇三)年十月一三日

 

「覚悟」と「離見」

 昨日は香林坊のミニシアター「シネモンド」で、田中千世子監督のドキュメンタリー映画「能楽師」を見ました。観世流シテ方の関根祥六、祥人父子の日常の稽古風景や本番の様子、父子の芸についての対話などが収録されていました。七十歳前後と思われる関根祥六師が、しきりに「覚悟」という言葉を述べておられたのが印象的でした。足の運びのひとつひとつにも「覚悟」を込める必要がある、次の動作に移る間合いにも「覚悟」を決めてから移ること等々…。また役者の心構えとして世阿弥の言葉「離見」を引いておられたのも印象的でした。「離見」は、併映された短編ドキュメンタリー「藤田六郎兵衛 笛の世界」で、笛方藤田六郎兵衛氏も引いておられた言葉で、劇中に自己を埋没させず離れて見る自己を持つことらしいのです。「覚悟」も「離見」も、小生のような初学者には奥義の真の意味合いなど理解できようはずもありませんが、能の世界のキーワードであることを何となく感じ取ることはできました。

 四十歳代と思しき息子の関根祥人師が、素人のお弟子さんたちの発表会について、少し照れながら、自分にとっては、自分の作った作品の展示会のような思いです、とおっしゃっていたのも面白かったです。確かに、東大観世会の発表会の後見をされていたシーンで祥人師が役者の動きを追う鋭い眼差しからわかるのは、師匠というのは私たちが想像する以上に弟子たちの芸について繊細に気を配っているのだということです。

 俳優の佐野史郎さんの朗読による世阿弥の風姿花伝の原文がところどころに挿入され、それがとても簡潔で美しく、映画の品格を高めていました。

平成一五(二〇〇三)年一二月七日

 

慈善能にて

 さる日曜日に石川県立能楽堂での慈善能を見に行きました。金沢の能楽師の皆さんが総出演で、能「海人(あま)」をはじめ、舞囃子、仕舞、狂言など多彩な番組が繰り広げられました。「海人」は、我が子を世に立てるために身を犠牲にする海人の母性愛を主題にした物語で、海人が海に潜り、唐土から贈られた玉を龍宮から取り返すスペクタクル劇が、シャープな所作と謡で表現されていました。シテは我が師匠、藪俊彦師が演じられました。また、この慈善能では、今小生が習っている「高砂」の仕舞を高橋右任師が舞われ、「そうか、この曲はこんなに颯爽とかっこよく舞うのか!」とイメージが湧きました。ほかにもプロの能楽師の皆さんが繰り広げる舞の数々は、見ていて楽しくかつ勉強になりました。

平成一五(二〇〇三)年一二月二七日