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「古典派からのメッセージ・2003年〜2004年」目次へ戻る
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有間皇子の悲劇

 

 福田恒存原作、松原正台本、別宮貞雄作曲のオペラ「有間皇子(ありまのみこ)」のCDが出ていたので聴いてみました(発売元はカメラータ・トウキョウ)。台本と首っ引きで聴いたのですが、音楽よりも台本の素晴らしさに強く惹かれました。

 大化の改新後、皇位継承権を持つが故に、中大兄皇子と中臣鎌足から警戒された有間皇子は、狂人を装って権力争いから身を守ろうとしますが、周囲からそそのかされてついに謀反を起こし、裏切りに遭って一九歳で殺されます。運命に翻弄された有間皇子の悲劇を、彼が万葉集に残した歌、

  磐代(いわしろ)の 浜松の枝を引き結び 真幸くあらば また還り来む

を絶唱する場面を頂点に、シェークスピア劇のような緊張感を以って描いた傑作です。この歌は、死を覚悟しながらも、万が一生きて再び帰ることあらばと、松の枝を結び合わせて僥倖を祈った青年の心情が溢れてあまりある哀歌です。

 福田恒存氏の人間の描き方は複雑で、登場人物も善玉、悪玉の単純な仕分けはできず、かつ、宿命とそれを破ろうとする人間の意思をどちらにも勝利を与えずに描いています。オペラとしては少し複雑になりすぎているきらいはありますが、人間というものを深く考えさせてくれる「大人のための悲劇」とでも申せましょうか。

平成一五(二〇〇三)年八月一六日